夏日偶發 武藤宏樹
日本短歌 昭和十四年十月号収載
人を轢きし豫感に怯ゆ原なかに急停車せし車内に吾れ立つ
炎天下の偶發事なり吾が列車兵見送りし人ら轢きたる
生生しき感覺になし砂利の上に
引き出ださるるズボンはける足
襤褸の如く人の屍は叢(くさ)にあり
耐えがたくして空を見上ぐる
鼓蟲(みづすまし)かたへの溝に泳ぎをり
一瞬にして惨事過ぎにし
人の命幾人(いくたり)轢きてとどまりし
車輪と思(も)へや血糊すらなく
あたら惜しき人の命や同じくは○○戰線にたちて死なしめ
称名はたれに申さむ大船の観世音菩薩慈光垂れ給へ