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長良川鵜飼と関・美濃(岐阜県)

鮎投網(ていな)靄たつ川に身動がず
小瀬の鵜飼宿
夏休みに入っても梅雨はあがらず、鵜飼吟行の日となってしまった。
新幹線に乗っても時折日は差すのだがはっきりとしない天気だ。
今回は我が伊吹嶺の栗田主宰に毎年引率を御願いし、3年目であった。前2回は鵜宿から主宰に電話が入り中止となったが、
本日は長良川の水の濁りが取れれば出られるだろうとの、僅かな希望のもとに決行したものである。
鵜飼は残念ながら見ることが出来なかったが、鵜匠の足立さんに庭で鵜篝を焚いて貰って説明などを聞き、さらには
円空仏の円空さんの入定の地も、ここ小瀬であるとかいろいろな知識も得ることが出来た旅となった。
上は翌朝の朝靄、左は夕靄の長良川。下は鵜匠と鵜の庭。
梅雨出水鵜飼の舟の数珠繋ぎ
鵜の川の早き流れや夏つばめ
2007伊吹嶺11月号「伊吹集」収載
渦を巻く鵜の川暗し梅雨の宿
ねこじやらし雨の川原に打れゐし
生臭き鵜宿の土間や梅雨じめり
2007伊吹嶺11月号「伊吹集」収載
羽搏きの鵜に現はるる小さき虹
朝露の輝く庭や鵜の鋭声
飾塩崩して鮎の骨抜けり
2007伊吹嶺11月号「伊吹集」収載
岐阜駅で遅めの昼食後、タクシーで関市小瀬へと向かう。途中美濃和紙の里会館に寄った。子供の頃祖母に美濃紙を
買ってきてくれと頼まれた半紙はここで作られていたのだ。
紙漉の実演や展示品は大変役に立った。一つに何故紙漉を冬の季語となっているのか不思議であったが、楮などの
原料が腐りやすく、長くおけないからだそうだ。
鵜の家に着くと鵜飼は残念ながら無理とのこと。川は深い夕靄に覆われ、暗い渦を巻いていた。
先ほど記したように、円空縁の地で川向こうに関市円空館、円空入定の塚や墓、弥勒寺跡など発掘中の遺跡などが
あった。
夕食前は円空館で各所から集められた円空仏に見え、翌朝には円空上人塚をお参りした。おはぐろ蜻蛉が群れていた
のには驚いた。

朝の日に光り弾きて鮎投網(ていな)
邪鬼踏みし円空仏や夕薄暑
合歓の花円空仏に遇ひしあと
朝日差す円空塚や藤茂る