秋、白帝、金秋

      放牧の牛艶やかな隠岐の秋           栗田やすし
      鵜河原の石につまづく秋の闇          栗田やすし
      日照雨来て秋の風鈴鳴りにけり         栗田やすし
      赤米の禾さはさはと登呂の秋          中村たか
      たらひ舟八の字に漕ぐ島の秋          笹邉基子
      染みの濃き女手形や木曽の秋          川口信子
      白秋や水が水追ふ長良川            坪野洋子
      木曽の秋雀を肩に六地蔵            武山愛子
      野路の秋子宝の湯は婆ばかり          上杉美保子
      木曽の秋婆が紙縒の白馬編む          牧野一古
      閼伽井戸の水湧く音も寺の秋          石原進子
      竹藪に吸ひ込まるごと秋の嵯峨         石原進子
      三秋を病み丹田の定まらず           夏目悦江
      牛の眸に映る白雲牧の秋            丹羽一橋
      にんにくの焦げたる匂ひ路地の秋        河原地英武
      一人居を通せし父や秋を病む          山本光江
      寺町の秋飴色の細格子             奥山ひろ子
      秋日射す忍び返しの切つ先に          服部鏡子
      夕日中秋の風鈴動かざり            武藤光リ
      フィナーレの秋の花火が夜を焦がす       武藤光リ
      がうがうと牛舎に秋の扇風機          武藤光リ
      新刊の帯をはらりと解いて秋          小原米子

秋の日、秋日、秋日向、秋日影

      秋日濃し晶子の踏みし砂と思ふ         栗田やすし
      投網打つ男秋日に身を反らし          栗田やすし
      秋日濃し一遍像の前かがみ           夏目悦江
      秋日洩る父亡き部屋の将棋盤          石原筑波
      蔵に据う千貫神輿秋日映ゆ           鈴木みすず
      音たてて秋日に乾く檜桶            奥山ひろ子
      秋日差す少年子規の三畳間           夏目悦江
      秋日差すガラスケースに竹の雛         江口ひろし
      爪とぎて秋のひと日をつづれ織る        谷口千賀子
      講話聴く背あたたかし秋日差          市川斐子
      坊つちやんの間借りの机秋日濃し        長澤和枝
      古着屋の迷彩服へ秋日濃し           若山智子
      乾ききる干蛸秋の日が透ける          若山智子
      麻酔醒む窓に秋の日さしこめり         宇野美智子
      鍬並ぶ野鍛冶の土間に秋日射す         竹中和子
      秋日差す湯屋の鍵付き下足箱          武藤光リ
      秋日濃し目の切れ長な露座仏          武藤光リ
      秋日濃し汐引く川の澪標            武藤光リ
      子の婚や秋の朝日に千木光る          武藤光リ
      秋の日の差して静まる力石           武藤光リ      *白子神社
      秋日透く障子明りに技芸天           磯田なつえ
      秋陽透くト音記号の飴細工           長谷川郁代
      泥ぬぐひ終へし薬師へ秋陽差          長谷川郁代
      秋の日の透けて御堂の極楽図          砂川紀子
      秋日和檜の鉋屑匂ふ              河西郁代
      師の買ひし木曽の煙草や秋日濃し        国枝隆生
      教室の隅のオルガン秋没日           河原地英武
      打ち寄する波を走れり秋日差          河原地英武
      秋日入る鰊御殿の塗廊下            金田義子
      海に向くやん衆大部屋秋陽沁む         橋本紀子
      漂へる藻屑に秋の日差し濃し          砂川紀子
      ごんぎつね来さうな三和土秋日濃し       野島秀子
      瑠璃とかげ秋日の石に尾を垂らす        梅田 葵
      ひよつとこ面仲見世で買ふ秋日和        角田勝代
      秋日濃し被災地へ発つ日本丸          兼松 秀
      秋日照る古きスターのブロマイド        中斎ゆうこ
      秋日差す露座大仏の頬の疵           丹羽一橋
      秋日濃し刈り捨てらるる三番茶         林 尉江
      秋日差す桶屋の丸き鉋屑            国枝洋子
      秋の日を弾く球体科学館            橋本ジュン

秋の虹

      秋の虹日当たりながら消えにけり        川島和子
      秋の虹片根は母の里あたり           内田陽子
      山の端に太き片足秋の虹            中根多子
      秋の虹故人を語るOB会             梶田遊子

初秋(はつあき)、初秋、秋浅し、秋の初め、孟秋

      高嶺みな白雲刷ける秋はじめ          梅田 葵
      初秋や訪ふ人の無き寺の門           河井久子
      北国のトロ箱並ぶ秋初め            関根切子
      一輪車地に臥せられてゐる初秋         丹羽康碩
      走り根がつなぐ初秋の師弟句碑         丹羽康碩
      青きまま海の昏れゆく秋はじめ         砂川紀子
      初秋や白檀匂ふ生薬屋             若山智子
      試し弾くチェロの音沁みる初の秋        宇野美智子
      新秋や影跳び駝鳥走りだす           山 たけし
      恵那初秋檜の匂ふ芝居小屋           倉田信子

霧、朝霧、夜霧、霧時雨

      ご来光待つ霧濡れの岩に立ち          栗田やすし        *前詞 伊吹山
      朝霧や影絵めきたる蜆舟            栗田やすし        *前詞 宍道湖
      ゆつくりと動く朝霧白かんば          石原筑波
      霧深し遠海鳴りの小樽港            森田とみ
      朝霧を押して太極拳舞へり           山本崇雄
      霧籠めの谷よりひびく小屋の鐘         中野一灯
      落石に身のすくみけり霧の谷          中野一灯
      霧ふぶく享年若き遭難碑            中野一灯
      霧を来し鬚の歩荷の無口なる          中野一灯
      訪ね来しモンサンミッシェル霧の中       野口ゆう子
      辿り着く三角点や霧流る            水野時子
      身に響く霧笛や港の見える丘          夏目悦江
      霧晴れて紺碧極む隠岐の海           野島秀子
      山霧にひびく行者の鈴の音           井沢陽子
      天平の甍濡らして霧走る            伊藤旅遊
      みちのくの初めの一歩霧の中          下里美恵子
      柳ヶ瀬に古ぶ横丁霧を籠め           櫻井幹郎
      晩鐘に霧迫りくる淡海かな           石崎宗俊
      霧ごめの岩場の鎖手に匂ふ           熊澤和代
      神々の戦場ヶ原霧奔る             武藤光リ
      山鳩よ鳴けば湯の町霧に寂ぶ          武藤光リ
      霧底に垣間見えたり地獄谷           武藤光リ
      こけももの花に山霧走りくる          国枝洋子
      由布岳の頭ひねもす霧の中           巽 恵津子
      霧しぐれ地蔵千体合掌す            服部鏡子
      ビートルズ息づく街や霧しぐれ         服部鏡子
      裏木曽の山の重なり霧湧けり          上田博子
      墨絵めく山の幾重や霧晴るる          廣島幸子
      山霧や木道消ゆる瞬く間            山下智子
      霧深し影絵のごとく川鵜飛ぶ          清水弓月
      川霧の晴れて水面に城の影           石川紀子
      一村を深く沈めて霧流る            関根切子
      川霧が木曽の一村覆ひたり           上杉和雄
      N極の磁針のゆらぎ霧襖             田嶋紅白
      艦艇の灯りや霧の壇ノ浦            玉井美智子
      女体めく島へ船ゆく霧笛の音          富田範保

露、夜露、朝露、露の秋、露けし、露の宿、露時雨

      朝まだき野路の露踏む佐久平          中野一灯
      露けしや信長父子ひとつ廟           豊田紀久子
      坐漁荘の舟板塀や露しぐれ           森 靖子
      露けしや畳敷きなる天主堂           倉田信子
      声かけて触るる露けき綾子句碑         梅田 葵
      観音の白きかんばせ露けしや          武山愛子
      露けしや隠岐駅鈴の朱の房緒          井沢陽子
      取り落し数珠朝露にまみれたり         武田稜子
      芋の露歪みて顔の映りをり           佐藤きぬ
      閘門の錆びし歯車草の露            武藤光リ
      蓮の露風に零れてしまひけり          武藤光リ
      芋の露笑ひころげるやうに落つ         中山敏彦
      草の露揺らして刻む花時計           利行小波
      洞窟の聖母の素足露けしや           林 尉江
      露の玉苔にちりばめ師弟句碑          国枝洋子
      朝露の光を散らす竹箒             国枝洋子
      露けしや沙翁生家の古調度           森垣一成
      ラ・マンチャの黒衣の尼僧露けしや       森垣一成
      露けしや黒きベールの回教徒          森垣一成
      芋の葉を転げ落ちたる露ひとつ         関根近子
      飛彈信濃分かつ峠や草の露           佐藤とみお
      首伸びて鷺の啄む草の露            横森今日子
      露けしや観音までの散歩みち          中川幸子
      露けしや校舎と校舎つなぐ径          河原地英武
      朝露の刈草降ろす厩口             坪野洋子
      露寒の木にでで虫の殻乾ぶ           川端俊雄
      故郷の墓径細し草の露             音頭恵子
      朝露の一粒ごとに空の青            伊藤旅遊

秋の夕焼、秋夕焼、秋夕映

      夫逝きて秋夕焼に手を合はす          澤田正子
      まなかひに大佐渡小佐渡秋夕焼         鈴木みすず
      縄跳びに入る子出る子秋夕焼          山下 護
      牛の背を秋夕焼のすべり落つ          下里美恵子
      天辺は秋夕映えの観覧車            武藤光リ
      かくれんぼ秋夕焼へ散りぢりに         高橋幸子
      息子の死分からぬ母や秋夕焼          高橋幸子
      被爆川渡る市電や秋夕焼            国枝髏カ
      秋夕焼だんだら波の九十九里          野ア和子
      飛行機の音なく西へ秋夕焼           松本恵子
      友逝けり美しすぎる秋夕焼           内田陽子

釣瓶落し、秋の夕日、秋没日、秋落暉

      ふるさとの秋の入り日をまぶしめり       栗田やすし
      滝音を残して釣瓶落しかな           栗田せつ子
      観覧車釣瓶落しの日を追へり          伊藤旅遊
      島原へ釣瓶落しの海渡る            上田博子
      子の家へ釣瓶落しの田んぼ道          池村明子
      開帳の秘仏につるべおとしかな         蔭山玲子
      ちんどん屋釣瓶落しを練りゆけり        相田かのこ
      振り返る釣瓶落しの妻の墓           兼松 秀
      豆腐売り釣瓶落しに声張れり          足立サキ子
      モルダウの流れたをやか秋夕日         新野芳子
      信号を待つ間の釣瓶落しかな          中村たか
      秘仏展見し間の釣瓶落しかな          鈴木真理子
      仁王の眼釣瓶落しに血走れり          山本悦子
      かけ下りぬ釣瓶落しの立石寺          廣島幸子
      廃校の丸き時計や秋入日            花村富美子
      秋夕日一本道に影伸ばす            武藤光リ
      取舵の水脈に輝く秋夕日            武藤光リ
      秋夕日不動に祈る漁夫の妻           武藤光リ
      秋入日上総の農夫影伸ばす           武藤光リ
      磐に座す首なし羅漢秋没日           武藤光リ      *鋸山
      秋入日教師の卓にホイッスル          関 泰二
      地酒酌む釣瓶落しの日本海           八尋樹炎

竜田姫

      龍田姫お練りを見んと祇園まで         河原地英武

秋気、秋気澄む、秋の気

      秋気満つ五重塔の明るさに           武藤光リ
      秋気澄む土蔵の家の鯨幕            武藤光リ
      大仏の切れ長の目や秋気澄む          夏目悦江
      白壁にイコンのマリア秋気澄む         夏目悦江
      秋気満つ鍛冶場に盛る鞴の火          山本悦子
      秋気満つ弓引き絞る力瘤            太田滋子
      双龍のさ走る手水秋気澄む           坂本操子

秋澄む、空澄む、清秋、澄む

      秋澄めり音楽室の肖像画            河原地英武
      秋澄むや汽笛間近に金谷坂           中村修一郎
      秋澄めり筧に掬ふ山の水            舩橋 良
      白鳳の伽藍つつみて秋澄めり          金田義子
      秋澄むやかの子の里の水ゆたか         伊藤範子
      幼子の崩す積木の音澄めり           龍野初心
      山城を映して澄めり木曾の水          奥山比呂美
      澄む池に恋占ひの紙浮かべ           太田滋子
      秋澄むや水切かごのグラス二個         橋本ジュン
      たつぷりと靴にクリーム秋澄めり        荒川英之
      杉山の一本づつに秋澄めり           中村たか

秋の声、秋声、秋の音

      亡き友の手擦の蔵書秋の声           河原地英武
      父母眠る墓山で聴く秋のこゑ          栗田やすし
      西行の越えし峠や秋の声            中村修一郎
      眼を閉じて秋の声聴く仕舞風呂         井上 梟
      丈高き一茶の墓や秋の声            夏目隆夫
      観音の立つ岩頭や秋の声            石原進子
      陣馬野に佇めばただ秋の声           下里美恵子
      陣馬野に腰据ゑて聞く秋の声          国枝隆生
      奥志摩の粗朶吹く風や秋の声          田畑 龍
      自画像に秋の声きく無言館           鈴木 文
      木道の軋む底より秋の声            八尋樹炎
      秋の声聞く湧水に手を浸し           中野一灯
      モルダウの源流に聞く秋の声          中野一灯
      適塾にのぞく腑分け図秋の声          林 尉江
      王陵の砂利踏みをれば秋の声          平 千花子
      山門に凭れてをれば秋の声           河村惠光
    

秋色、秋景色、秋望、秋光

      寺多き湖東の町や秋の色            大原悦子
      秋光や上げ潮の川豊かなる           中川幸子
      秋光や軒に休ます仕込桶            金原峰子

竿灯、灯籠送り、ねぶた、眠(ねむり)流し

      二の腕も桴としねぶた太鼓打つ         森 靖子
      日暮れ待つ地に竿灯を横たふる         小田和子
      ねぶた客桟敷をすてて踊り出す         河村恵光
      武者ねぶた闇に目を剥き迫り来る        山本悦子

蟲送り、実盛祭

      蟲送る松明爆ぜて土手焦がす          武藤光リ
      穂孕みの田道をめぐる虫送り          朝比奈照子
      虫送り畦曲るとき火の粉散る          中村修一郎
      子らの声闇にひろごる虫送り          漆畑一枝
      奥美濃に太鼓とどろく虫送り          中野一灯
      虫送る太鼓ひびけり和紙の里          栗田せつ子
      桐の桴(ばち)打ち合ふ阿吽虫送り       佐藤とみお
      畦道に虫送る火の連なれり           小田二三枝
      しんがりをつとむる火消し虫送り        小田二三枝
      実盛虫作る青田の風入れて           渡辺かずゑ
      実盛虫田を一巡りして焼かる          片山浮葉
      鉦打つて実盛虫を火に倒す           片山浮葉
      しんがりは消防団長虫送り           長崎眞由美

残暑、秋暑し、残る暑さ

      秋暑しガラスケースに木偶の首         栗田やすし
      秋暑し怒り顔なる大虎魚            栗田やすし
      残暑なほ浮桟橋に錆び鉄鎖           栗田やすし
      黒板の文字布で消す残暑かな          河原地英武
      督促の図書捜しをる秋暑かな          河原地英武
      秋暑し定規で開く袋とぢ            河原地英武
      秋暑し古物商めく達磨寺            河原地英武
      秋暑し切手一枚づつばらし           河原地英武
      秋暑し赤き仁王にうす埃            松本恵子
      一畳の船頭小屋や秋暑し            菊池佳子
      豆腐屋の喇叭鳴る辻秋暑し           三井あきを
      秋暑し土間に錆びたる鼠取り          鈴木真理子
      サンダルに残るゆび跡秋暑し          大谷みどり
      蹲(つくば)ひの水呑む土蜂秋暑し       小田二三枝
      秋暑し番茶に塩をひとつまみ          武山愛子
      秋暑し六区往き交ふ人力車           柴田孝江
      井戸端に涸ぶ束子や秋暑し           垣内玲子
      残暑なほ海辺に近き地震の村          朝生孝子
      負け牛の涎秋暑の地へ垂るる          倉田信子
      母に買ふ水出し煎茶秋暑なほ          倉田信子
      芝庭に栗鼠遊びをり街秋暑           倉田信子
      吠えぐせの犬を叱りて秋暑し          倉田信子
      歯に刺さる鯵の小骨や島残暑          神尾朴水
      残暑なほ人間魚雷錆こぼす           森 靖子
      卓袱台に薬並ぶる秋暑し            河井久子
      群鳩の朝の旋回秋暑し             鈴木澄枝
      南苑の池の濁りや秋暑し            陳 宝来
      山野草売りの能書秋暑し            小原米子
      駅を出て白き残暑の都心かな          小原米子
      座りても立ちても残暑離れざる         梅田 葵
      秋暑し昼餉は小さき塩むすび          谷口千賀子
      尾道の坂に杖つく秋暑かな           谷口千賀子
      秋暑し風垣砂に埋もれたる           夏目悦江
      空砲の残暑の空を轟かす            夏目悦江
      木曽川の鵜臭濃くなる秋暑かな         牧野一古
      横文字の多きメニューや秋暑し         森垣昭一
      秋暑し石工の髭に石の粉            武田稜子
      三四郎池のとろりと残暑かな          都合ナルミ
      漢和辞典ずしりと重き残暑かな         石崎宗敏
      副碑据う残暑の土を掘り起し          清水弓月
      秋暑し窓より渡す回覧板            安藤幸子
      残暑なほ電車遅延のアナウンス         武藤光リ
      綿雲の蕩(とろ)けるやうな残暑かな      大石ひさを
      秋暑し猿田彦舞ふ神楽殿            千葉ゆう
      甲冑の口に闇あり秋暑し            兼松 秀
      秋暑し墓地に撒かるる除草剤          利行小波
      メールにて習ふエクセル秋暑し         森川ひろむ
      漬物の甕が塩噴く秋暑かな           山本悦子
      ねんごろに猫の毛を梳く残暑かな        藤田岳人
      水かけてビル解体の街残暑           奥山ひろ子
      残暑来て宇宙の果ての話きく          奥山ひろ子
      鎌の刃に草のねばりの秋暑かな         久野和子
      本売りし小銭鳴る音秋暑し           大島知津
      西口を抜けて秋暑の都庁前           伊藤範子
      塩造る島へ残暑の橋渡る            栗田せつ子
      電柱の影拾ひゆく秋暑かな           伊藤克江
      余白なき血圧手帳残暑なほ           武田稜子
      閉ざされしままの山車蔵秋暑し         高柳杜士
      秋暑し舗装工事のタール臭           小蜥テ民子

葉月、月見月

      ハリヨ棲む葉月の流れきらめいて        金田義子

八朔、八朔盆、八朔人形

      牛突きや八朔の餅振舞はる           平松公代
      八朔や牛乳買ひに下駄はいて          梅田 葵

八月

      八月や水ほとばしるポンプ井戸         利行小波

新涼、涼新た、秋涼し

      鵜の川の水のきらめき涼新た          上田博子
      新涼の水はじきたる麻ふきん          中川幸子
      新涼の六区練りゆく人力車           谷口千賀子
      やうやくに新涼といふ風に逢ふ         谷口千賀子
      新涼や白磁艶めくマリア様           鈴木みすず
      真白なるだんじり足袋や涼新た         藤田岳人
      研ぎ上げし鋏の艶や涼新た           藤田岳人
      新涼や砂噴き上ぐる柿田川           鈴木まつ江
      新涼の池やすつぽん浮かび来る         鈴木美登利
      新涼の沖漁火の一ト並び             中野一灯
      新涼や風神背負ふ風袋             夏目悦江
      新涼や妻の土産のタイシルク          牧田 章
      新涼や小屋に仔牛の母子手帳          上杉和雄
      鉛筆を削る匂ひや涼新た            和久利しずみ
      新涼や妻に敬老パス届く            小長哲郎
      新涼や綛で届きし生糸の荷           小島千鶴
      新涼や誰か落せる匙の音            山 たけし
      新涼の風入れ畳拭き上ぐる           神野喜代子
      新涼や針魚の尾鰭透き通る           平松公代
      新涼や畳に旅の地図ひろぐ           栗生晴夫
      新涼や師の白髪に銀の艶            大島知津
      新涼や噴煙白き浅間山             田嶋紅白
      新涼や起重機あをき煙吐き           松井徒歩
 

秋めく、秋じむ

      鵜河原の石の白さも秋めきぬ          栗田やすし
      宇宙ステーション行く大空の秋めけり      中川幸子
      岩蔭の苔に寂光秋めけり            平松公代
      切株の濡れて秋めく古墳山           神野喜代子
      十団子を掛け替へてより秋めける        矢野愛乃
      秋めくや拾ひ読みする料理本          日野圭子

爽涼、爽か、さやけし、さやか

      さやけしや苔を褥に綾子句碑          栗田やすし
      爽やかやほどよき距離の夫婦島         栗田やすし
      爽やかや太平洋を一望に            栗田やすし
      爽涼の海に漁火またたけり           夏目悦江
      爽涼の四万十川に帆掛け船           坂本操子
      秋爽や能舞台よりジャズ流る          市川悠遊
      髪上げし少女馬曳く爽やかに          小原米子
      爽やかに弦の踊れる十指かな          小原米子
      幼きの墨する音の爽やかに           相澤勝子
      松原に寄する白波さやけしや          山本法子
      爽涼や枝打ちしたる檜の香           安藤幸子
      爽やかや素足で拝す湯殿山           豊田紀久子
      さやけしや水壺下げたる百済仏         金田義子
      さはやかや志功母似の菩薩彫る         日野圭子
      爽やかや空を自在に梯子芸           朝比奈照子
      さはやかや砂吹き上げて水涌けり        塩原純子
      爽やかに練習帆船入津す            伊藤旅遊
      爽やかに地酒屋の軒風通る           村上 武
      秋爽や御堂ゆるがすお念仏           長江克江
      さやけしやますほの小貝手より手へ       梅田 葵
      爽やかや観音堂の檜皮葺き           兼松 秀
      爽やかや流燈句碑のあさみどり         利行小波
      エンディングノート記してさやけしや      井沢陽子
      師弟句碑朝の日ざしの爽やかに         鈴木真理子
      爽やかや苔深みゆく綾子句碑          山本光江
      爽やかに母を描きて父逝けり          山本光江
      お目見得の妓のまなじりの紅さやか       篠田法子
      さやけしや水琴窟の弾む音           牧 啓子
      あひのての声さはやかやわんこそば       栗田せつ子
      さやけしや婚儀を告ぐる大太鼓         武藤光リ
      膝に乗り絵本読む子の声さやか         長崎マユミ

冷やか、秋冷、下冷、冷ゆる、雨冷え

      答案の点数なほす冷やかに           河原地英武
      冷ややかや手帳に写す反戦歌          河原地英武
      冷ややかや万年筆の銀の軸           河原地英武
      味噌蔵に入りて一気の冷やかさ         小原米子
      雨去りて冷やかなりし膝小僧          小原米子
      秋冷や木立の奥のカフェテラス         小原米子
      堂開くる鍵音ひびく冷気かな          野々垣理麻
      女身仏裳裾に秋の冷及ぶ            下里美恵子
      秋冷や篝に映ゆる能衣装            小田智子
      七七忌終へし畳に足裏冷ゆ           山本正枝
      牛合せ果てて秋冷俄かなり           豊田紀久子
      地滑りの村秋冷の及びきし           野島秀子
      秋冷やまだ柔らかき通夜の餅          幸村志保美
      入院の荷を整ふる秋の冷            二村美伽
      般若面つければ冷ゆる能舞台          金田義子
      冷やかや母校の庭に不発弾           砂川紀子
      温泉で炊く朝粥や秋の冷            上田博子
      母癒えよ父に祈りし秋の冷           藤田岳人

秋晴、秋日和、秋晴るる

      秋晴れて天守閣より近江富士          栗田やすし      前書き:彦根
      秋日濃し鉄錆色の碧の墓            栗田やすし
      長城の壁に刻印秋日濃し            栗田やすし      前書き:八達嶺
      灯台の影濃き岬秋日濃し            栗田やすし
      秋日和手古舞の影ゆるゆると          武藤光晴
      秋晴や年輪多き盆を買ふ            余語和子
      人影に鯉の寄りくる秋日和           上杉美保子
      四阿に鵜籠乾さるる秋日和           小蜥テ民子
      開け放つ空ラの厩舎や秋の晴          伊藤克江
      秋晴やタールの匂ふ山車の蔵          谷口由美子
      秋晴れや氏子総出の宮掃除           滝沢昇二
      引き出して山車を曝せり秋日和         益田しげる
      秋晴れや阿蘇湧水に袖濡らす          大津千恵子
      秋晴に峡の仏間を開け放つ           江口ひろし
      秋日和手話で微笑む老夫婦           太田滋子
      売家のペンキ新し秋の晴            若林美智子
      病む妻に襟直さるる秋日和           兼松 秀
      秋晴れやひかり溢るる山上湖          山下智子
      亀の背をブラシで洗ふ秋日和          大橋幹教
      馬の背をブラシで磨く秋日和          大津千恵子
      秋晴や腹に響ける火縄銃            河井久子
      秋晴れや登山電車の大揺れす          鈴木英子
      鵜とくらす鵜匠のはなし秋日和         小島千鶴
      秋晴を映す綾子の姫鏡台            下里美恵子
      秋晴れや騎馬戦の馬つんのめる         中斎ゆうこ

秋旱、秋の旱

      秋旱ひと藪竹の幹黄ばみ            神尾朴水

秋うらら、秋麗

      秋麗志功のまろき菩薩笑む           舟橋 良
      秋うらら木の葉啣へて鵜の遊ぶ         小蜥テ民子
      腹見せてあざらし泳ぐ秋麗           鈴木美登利
      秋うらら観音様に顔三つ            江口ひろし
      振り売りのちよんまげ鬘秋うらら        角田勝代         前書き:浅草伝法院通り
      秋うららどんこ舟漕ぐ櫂の音          市原美幸
      短髪を若いと言はれ秋麗            石原れい彩
      秋うらら檻の鸚鵡に呼ばれたり         佐久間寿子
      銭函てふ鰊の郷や秋うらら           橋本紀子
      三度笠吊すブリキ屋秋うらら          丸山三依
      秋うらら気前で値切る茶碗市          武藤光リ
      秋麗や紅売る店は素顔(すつぴん)屋      武藤光リ
      秋うらら赤子につられ大欠伸          兼松 秀
      恋みくじ引けば小吉秋うらら          林 尉江
  

秋高し、天高し、空高し

      地平線見ゆる蘇州や天高し           武藤光リ
      天高し巌のごとき孕み牛            中藤溢子
      天高し山上で買ふ黒玉子            鈴木紀代
      天高し水上バイク疾走す            佐藤とみお
      自転車で走る利尻の空高し           福井喜久江
      天高し槌音響く寺普請             藤田映子
      人力に妻と相乗り天高し            下山幸重
      両手振る女性党首や秋高し           奥山ひろ子
      つぎ当ての大玉送り天高し           奥山ひろ子
      秋高し紙ひかうきを飛ばし合ふ         廣島幸子
      流鏑馬の的割れし音秋高し           梶田遊子
      天高し十万石の城普請             宇佐美こころ
      秋高し杜に流るる木遣唄            鈴木みすず
      デゴイチに燕のマーク天高し          玉井美智子
      鉄棒の子のへそが見え秋高し          櫻井勝子
      パレードの皇后の笑み天高し          河合義和
      飛び石で渡る対岸空高し            音頭恵子

馬肥ゆる、秋の駒

      海見ゆる北の岬や馬肥ゆる           栗田やすし
      餅うまし朝霧高原馬肥ゆる           神尾朴水
      相馬より木曽に避難の馬肥ゆる         林 尉江

秋の空、秋天

      秋空へ裸婦の石像身を反らす          河原地英武
      秋天へ産声高く誕生す             清原貞子
      窓越しに遠き秋空見て病める          下里美恵子
      秋天へぐるり砂撒く象の鼻           山下帰一
      秋天をつらぬくマスト日本丸          国枝隆生
      秋天へ槍突くごとくクレーン伸ぶ        丹羽康碩
      秋天を斜めにドクターヘリ飛べり        上杉和雄
      朽ち舟の中に水あり秋の空           山 たけし
      秋空にテニスボールの吸ひ込まる        小山 昇
      飛行機雲ほどけて秋の空となる         渡辺慢房
      調教の蹄の音や秋の空             内田陽子
      アドバルーン揺れて秋空揺らしけり       小原米子

秋の昼、秋真昼

      玄海の島影近し秋の昼             飯田蝶子

秋の暮、秋の夕、秋夕、秋暮

      お砂場にぽつんとシャベル秋の暮        吉田明美
      秋の暮土竜脅しの音幽か            右高芳江
      豆腐屋の喇叭遠のく秋の暮           飯田蝶子
      自販機のことと缶落つ秋の暮          中山ユキ
      せせらぎの砂はむ音や秋の暮          山下 護
      雑踏を眺め妻待つ秋の暮            丹羽康碩
      秋の夕路地に子を呼ぶ母の声          鈴木真理子

秋の宵、宵の秋

      秋の宵米寿のトップギタリスト         岸本典子

立秋、今朝の秋、秋立つ

      延命水鉄鉢で飲む今朝の秋           国枝隆生
      城山へ磴三百やけさの秋            加藤けい子
      文殊堂脇で筆売る秋立つ日           荒深美和子
      遠山の影定まりぬ今朝の秋           近藤文子
      足踏みのオルガン鳴りぬ今朝の秋        小田二三枝
      茶柱の見事に立てり今朝の秋          服部冨子
      遠浅の潮目変はれり今朝の秋          澤田正子
      瀬を越ゆる波の白さや今朝の秋         清水弓月
      投稿に切手を選ぶ今朝の秋           丹羽一橋
      すれ違ふシャンプーの香よ今朝の秋       龍野初心
      踏み竹の竹ひんやりと今朝の秋         上杉美保子
      白い雲ちぎれて飛んで秋立つ日         牧 啓子
      秋立ちて風入れ替はる奥座敷          篠田法子
      襟元にオーデコロンを今朝の秋         中村あきら
      擂粉木でつぶすアボガド今朝の秋        矢野孝子
      整理とは棄てきることぞ初の秋         丹羽康碩
      立秋や床拭き上げて嬰を待つ          山本光江
      思ふまま足を運べず秋に入る          夏目悦江
      四阿に声張る詩吟今朝の秋           横井美音
      文机の位置を窓辺に今朝の秋          河原地英武
      指舐めて頁繰る癖今朝の秋           石橋忽布
      行く雲のことごと軽し今朝の秋         梅田 葵
      立秋や鉄路を鳴らし列車来る          武藤光リ
      オリンピック終へて青空秋立てり        岸本典子
      立つ雲は引く雲となり秋に入る         渡邉久美子

処暑(立秋の後15日目)

      禰宜さんの袴揺らせり処暑の風         鈴木澄枝
      雨荒き音に目覚むる処暑の朝          山本正枝
      処暑の朝鳩のよく鳴く日なりけり        磯野多喜男
      けふ処暑の机の端の天眼鏡           梅田 葵
      処暑の風槇の神木幹太し            武藤光リ
      錆びしるきトーチカ処暑の日射浴ぶ       服部鏡子
      海見ゆる丘の尼寺処暑の風           長崎眞由美
      処暑過ぎて迷はず捨つる物多し         中斎ゆうこ
      楔打ち鍬浸しおく処暑の水           磯田なつえ
      丹念に出刃研ぐ処暑の厨かな          牧野一古

八月尽

      カンカンと足場外せり八月尽          磯田なつえ

九月

      古本の街で傘買ふ九月かな           栗田やすし
      トレパンに草の染みある九月かな        河原地英武
      ものの影やや濃くなりし九月かな        高橋ミツエ
      摘みたてのミントティー飲む九月かな      岡田佳子
 

白露(処暑の跡15日目、9月8日頃)

      奈良町で茶粥を食ぶる白露かな         武田明子
      七七忌兄に白露の水供ふ            高橋孝子
      ひそやかに藍の息継ぐ白露かな         小田和子
      城仰ぐ句碑に白露の風渡る           尾関佳子
      鐘の音の湖にひびける白露かな         関根近子
      髪染めて出稽古に行く白露の日         小島千鶴
      蔵壁を白露の夕日移りゆく           清水弓月
      行く水に灯の映りたる白露かな         中川幸子
      命名の筆をおろしぬけふ白露          小田二三枝
      空海の霊泉を汲む白露かな           長崎眞由美
      ていねいに筆先洗ふ白露かな          鈴木真理子
      印鑑に息かけて押すけふ白露          山崎文江
      母在らば九十三やけふ白露           金原峰子
      湿原に風吹き渡る白露かな           沢田充子
      ひと雨のあとの星空今日白露          山本光江
      露天湯に松葉のひかる白露かな         橋本ジュン
      首塚へ白露の鐘のひびきけり          牧野一古
      けふ白露朝の茶柱立ちにけり          谷口千賀子

二百十日、二百二十日、厄日

      夫逝くや二百二十日の夕焼雲          澤田正子
      穏やかな二百十日でありしかな         夏目隆夫
      海へ出て二百十日の雲迅し           下里美恵子
      青すぎる厄日の空を訝しむ           下里美恵子
      増水の大河の迅き厄日かな           谷口千賀子
      二百十日伊吹艾を家苞に            内田陽子
      島宮へ寄する厄日の波白し           内田陽子
      雲一つ動かぬ二百二十日かな          小長哲郎
      朝風の捲る火めくり厄日過ぐ          中村たか
      厄日かな今も柱に水禍跡            加藤ゆうや
      窓際に地球儀二百二十日かな          櫻井幹郎
      おだやかに二百十日の暮れゆけり        梅田 葵
      二百十日テントの並ぶ駐屯地          長崎マユミ
      伊勢湾の潮位高まる厄日かな          梶田遊子
      風荒ぶ二百十日の闇に座す           平 千花子
      鴇色に暮れゆく二百十日かな          栗田せつ子
      道化師の赤鼻落つる厄日かな          近藤節子

九月尽

      クッションのカバーを替ふる九月尽       石原進子
      船窓を打つ白き浪九月尽            磯田なつえ
      なめてみる藍の甘さよ九月尽          倉田信子
      灯を落とす終着駅や九月尽           梶田遊子
      貼り足せる小額切手九月尽           小蜥テ民子
      九月尽胸に冷たき聴診器            兼松 秀
      九月尽思はぬ方に朝の月            小原米子
      父祖の地の小川さざめく九月尽         中川幸子

十月

      十月の月下美人と夜を更かす          桜井節子
      十月の街の向かうに熱気球           河原地英武
      十月や屋根を跳ばんと猫構ふ          貫名哲半
      十月の空に伸びらか川燈台           林 尉江

長月

      長月の草引けば空透きとほる          井沢陽子

そぞろ寒、すずろ寒、そぞろに寒し

      梁強きお助け小屋やそぞろ寒          栗田やすし
      内子座の奈落をめぐるそぞろ寒         坂本操子
      寺田屋の急階段やそぞろ寒           武田稜子
      濁流に崩れし簗やそぞろ寒           牧田 章
      本堂に火消しのバケツそぞろ寒         中山敏彦
      黴臭き戒壇の闇そぞろ寒            上杉和雄
      地下鉄で紅ひく少女すずろ寒          上杉和雄
      そぞろ寒古寺に誅殺絵巻かな          辻江けい
      色褪せし伏せ目の菩薩そぞろ寒         磯野多喜男
      墨薄る紙の踏絵やそぞろ寒           林 尉江
      予科練の血文字の遺書やそぞろ寒        国枝洋子
      風に鳴る機屋の板戸そぞろ寒          上村龍子
      甕棺に残る火の色そぞろ寒           松原英明
      お白州の責め具黒ずみそぞろ寒         渡辺久美子
      大荒れの熊野灘見るそぞろ寒          谷口千賀子
      顎つたふ嗽の水もそぞろ寒           梅田 葵
      首塚に太き走り根そぞろ寒           市原美幸
      そぞろ寒ことりと手紙落つる音         清水弓月
      刀懸残る雪隠そぞろ寒             平松公代
      そぞろ寒刺股吊す関所跡            山下善久
      岩肌を触れゆく靄やすずろ寒          中村修一郎
      ざら紙の兵のノートやそぞろ寒         熊澤和代
      聴診器背中離るるそぞろ寒           山 たけし
      寝てよりの足の置場やそぞろ寒         夏目悦江
      そぞろ寒銅(あか)の鳥居に津波跡       国枝髏カ
      そぞろ寒火葬の赤きボタン押す         玉井美智子
      八回で終はる中継そぞろ寒           関根切子
      そぞろ寒こめかみ揉むは母ゆづり        山ア育子

うそ寒、うすら寒

      うそ寒や偽物売りに囁かる           武藤光リ
      うそ寒や欠けし羅漢の並ぶ径          武藤光リ
      うすら寒大あまびゑの陶光り          武藤光リ     *白子神社
      寝つかれぬ夜のうそ寒き手術あと        高橋ミツエ

漸寒(ややざむ)、やや寒し、ようやく寒し

      やや寒の息吹きかけて鏡拭く          武田稜子
      やや寒や道路工事の赤色灯           夏目悦江
      やや寒や木椅子の上の単語帳          奥山ひろ子
      やや寒や厄除け銭が段ごとに          上田博子

肌寒、肌寒し

      肌寒き地下のカフェーに待合はす        河原地英武
      はいとのみ妻の返信肌寒き           河原地英武

身に入む

      ほろ酔ひて身に入む友の武田節         栗田やすし   *喜寿を祝わる
      身に入むや隠し十字の観世音          平松公代
      身にしむや搦手門の矢傷跡           高田栗主
      身に入むや血文字の経の褪せし色        佐藤とみお
      身に入むや母の身体の軽きこと         川島和子
      身に入むや桜古木を切り倒す          上杉美保子
      身に入むや漢文書きの使徒行伝         谷口千賀子
      身に入むや啄木五円の無心状          谷口千賀子
      身に入むや行者の径に切れ草鞋         都合ナルミ
      身に入むや釘跡著きピエタ像          鈴木みすず
      身に入むや遺書に借財箇条書          牧野一古
      身に入むや洞の高みに鑿の跡          武藤光リ

朝寒、朝寒し

      朝寒や富士湧水に靄立てり           清原貞子
      朝寒や色で見分くる飲み薬           増田昭子
      朝寒や雀の声の澄み透る            望月立美
      朝寒や改札で鳴る電子音            関根切子
      朝寒し富士桃色にあらはるる          佐藤とみお
      朝寒や庭師小鉤をたしかむる          澤田正子
      朝寒や子に添ふて寝る薄布団          服部達哉
      朝寒や血管浮きし馬の首            金原峰子

夜寒、夜を寒み

      爪を切る音が響ける夜寒かな          太田滋子
      易断のあんどん一つ夜寒なる          横森今日子
      ストレスを夫にぶつけし夜寒かな        山鹿綾子
      スリッパの音病廊の夜寒かな          山鹿綾子
      夜寒の灯消えず救命救急棟           伊藤旅遊
      折紙の角の揃はぬ夜寒かな           菊池佳子
      背をさするだけの看取りや夜の長し       安藤幸子
      夜寒さの音たてて沸くポットの湯        関根近子
      夜寒の燈零す屋台の椅子固し          坪野洋子
      窯焚夫夜寒の躰火に焙る            武田稜子
      ちぎり絵の指にはり付く夜寒かな        武田稜子
      青竹でたたき鎮めり夜寒の火          小田二三枝
      夜寒さの白湯を甘しと思ひけり         小長哲郎
      父の歳兄の歳越ゆ夜寒かな           中山敏彦
      灯を消して夜寒の部屋の広さかな        梅田 葵
      献体の浮かぶ液槽夜寒の灯           田嶋紅白
      友の訃に独り酒飲む夜寒かな          武藤光リ
        

秋寒、秋小寒、秋寒し

      だみ声で鳴く山鳩や秋寒し           花村富美子
      秋寒し野麦峠に笹さやぐ            服部鏡子
      罅深きかはをそ句碑や秋寒し          舩橋 良
      秋寒し借りた賽銭そつと投げ          藤田岳人

仲秋、仲の秋(陰暦八月十五日)

      仲秋の藪に兎の放し飼ひ            鈴木みや子
      仲秋や波間に拾ふますほ貝           豊田紀久子

秋分

秋彼岸

      老師より途絶えしメール秋彼岸         栗田やすし
      鵜の川の石白々と秋彼岸            栗田やすし
      秋彼岸雲脱ぎし富士紫に            中村たか
      衛星の淡き航跡秋彼岸             畑 ときを
      秋彼岸仏足石の水たまり            大平敏子
      秋彼岸位牌の数のお萩買ふ           安藤幸子
      青空へ寝釈迦仰向く秋彼岸           片山浮葉
      閼伽桶に浮雲の影秋彼岸            丹羽一橋

寒露(秋分の後15日で、10月8日頃)

      函館の灯りかがやく寒露の夜          立川まさ子
      臥す母に今日は寒露と教へらる         山本光江
      旧友の本名忘る寒露かな            岡島溢愛
      寒露けふ杉玉青き酒の蔵            谷口由美子
      ふふみたる井戸水ぬくき寒露かな        関根近子
      ラーメンを鍋より啜る寒露かな         渡辺慢房
      今日寒露梢の先の空真青            武藤光リ
      斧入れし杉の匂へる寒露かな          川端俊雄

雀蛤となる(72候の一つ、10月13〜17日頃まで)

      蛤となれぬ雀の騒ぎをり            下里美恵子
      蛤となれぬ雀ら砂浴ぶる            小長哲郎
      蛤となれぬ雀の群飛べり            武藤光リ

水澄む

      水澄むや石仏磨く荒束子            江口ひろし
      目高飼ふ桶の水澄む朝かな           渡辺慢房
      古井戸の水澄み透る伊吹晴           高橋治子
      足入れて思はぬ深さ水澄める          田畑 龍
      姫街道皇女の飲みし井水澄む          山本悦子
      澄み切つて富士湧水の藍深む          横森今日子

秋の水、秋水、水の秋

      底の石見えて舟着く水の秋           栗田やすし      前書き お紅の渡し
      秋水に映る三門普請かな            奥山ひろ子
      水の秋旅の鞄に腰下す             河原地英武
      秋の水押しやるやうに小舟来る         河原地英武
      てのひらをこぼれし秋の水のおと        河原地英武
      秋水に伊勢を指す藻やむすびの地        佐藤とみお
      安曇野の藻草かがよふ水の秋          坂本操子
      笹舟を流しては追ふ水の秋           堀 一之
      畳屋の砥石が沈む秋の水            福田邦子
      水の秋棹に乱るる鮠の影            渡辺かずゑ
      木々の葉を余さず映す水の秋          石崎宗敏
      秋の水打つて老舗を守り継ぐ          篠田法子

秋の川

      舟棹の石突く音や秋の川            栗田やすし      前書き お紅の渡し
      曲りつつ夕日をなめす秋の川          下里美恵子
      石分かつ波の白さや秋の川           貫名哲半

湖の秋

      ちぎれ雲流れて速し湖の秋           石崎宗敏

秋の浜、秋渚、秋の浦、浜の秋、磯の秋

      秋の浜禊の巫女の髪靡く            長崎眞由美

秋の海

秋の山、山澄む、秋嶺、山の秋

      女湯も一人の気配山の秋            下山幸重
      山の秋トロッコ切符は檜板           上杉和雄

山粧ふ

      粧へる山いただきに一部落           坂本操子
      山粧ふロープウェイの太き綱          武藤光リ

花畠、花壇、花舗

花野

      師を恋ふや花野浄土の明るさに         栗田やすし
      旅カバン軽し花野にひとりきし         栗田やすし
      風のごと人去りゆきし大花野          栗田やすし
      踏み入れば小さき花野や牛突き場        栗田やすし
      カルストの起伏花野となりゐたり        栗田やすし
      ゴンドラの影落し過ぐ大花野          小原米子
      追悼の旅や花野を訪ふことも          山下智子
      廃業の牧場花野となりにけり          谷口千賀子
      歩きつつ草喰む馬や大花野           山口登代子
      廃駅の裏一面の大花野             奥山ひろみ
      牛飼ひの少年駆くる花野かな          豊田紀久子
      大花野芝居の幟はためける           青木しげ子
      雲は空影は花野を流れけり           櫻井幹郎
      一人佇つ夕日まみれの花野かな         武藤光リ
      花野なす野麦峠の登り口            市江律子
      大花野シートの四隅靴のせて          奥山ひろ子
      花野より見る晴れやかな大伊吹         福田邦子
      ペアリフト降りて花野の風甘し         山本玲子
      花野径朽ちて横たふ道標            千葉ゆう
      古墳山裾は花野となりゐたり          平松公代

夜長、長き夜、夜長妻

      シュレッダー唸らす書斎夜長なる        栗田やすし
      長き夜の通夜の明かりを妻と守る        栗田やすし
      付け替ふるボタンを選ぶ夜長かな        二村美伽
      新聞のレシピ切り抜く夜長かな         二村美伽
      耳遠き友と語りし夜長かな           松本恵子
      白湯飲んで夜長の灯し明るうす         梅田 葵
      航空便ホテルの部屋で書く夜長         伊藤旅遊
      長き夜や毀ちてみたき砂時計          伊藤旅遊
      せがまれし五目並べや夜長なる         太田滋子
      袖噛みて木偶が首振る夜長かな         熊澤和代
      長き夜や兄弟喧嘩の口とがり          熊谷タマ
      本閉ぢて雨の音聞く夜長かな          関根近子
      薪足して山の話や長き夜            藤田岳人
      子のメール繰り返し来る夜長かな        日野圭子
      夜長の灯引き寄せ友の句集読む         岩上登代
      ジグソーを完成させる夜長かな         荒深美和子
      カリントを食べて夜長の読書かな        片山浮葉
      縫合の瑕むず痒き夜長かな           夏目隆夫
      長き夜や志功を語る津軽弁           磯田なつえ
      長き夜や辞書を枕に犬ねむる          望月立美
      長き夜や分厚きパズル夫に買ふ         岸本典子
      怪我の足かばひ寝返る夜長かな         上村龍子
      病みし足置き処なく夜の長し          高島由也子
      長き夜の墨の滲みやみすずの詩         花村富美子
      長き夜やドアに射しくるナースの灯       千葉ゆう
      緊急の妻の入院夜の長し            武藤光リ
      一階と二階にひとりづつ夜長          齊藤眞人
      ワインやや過せし夜の長かりし         梅田 葵
      寝そびれて深夜便きく長き夜          田畑 龍

秋暁、秋の夜明

      秋暁の地震になすすべなかりけり        夏目悦江

秋の朝、秋朝

秋の夜、秋夜、夜半の秋

      秋の夜や小筆の竹に節一つ           河原地英武
      終電の音よく聞こゆ夜半の秋          太田則子
      古書店にニーチェを捜す夜半の秋        伊藤旅遊
      寝転びてショパン聴く子や夜の秋        太田滋子
      男手で喪服を畳む秋の夜            兼松 秀
      城址に切り絵行灯夜半の秋           大石ひさを
      ひとつ家に猫と住み分く夜の秋         安藤虎枝
      夜の秋おおうよおうと鼓打つ          坂本操子
      夜半の秋カーペンターズ一人聞く        鈴木澄枝
      墨の香に襟正しけり秋の夜半          泉山いずみ
      折り鶴の嘴に紅さす秋の夜           山下帰一
      指先で筆の穂ほぐす秋の夜           玉井美智子
      秋の夜や防災頭巾手作りに           長江克江
      秋の夜や月の兎の絵本児に           武藤光リ
      猫を抱くヘップバーンや夜半の秋        加藤剛司
 

秋の星、ペガサス、白鳥座、秋北斗

      ペガサスの四つ星の空刈田道          武藤光リ
      ペガサスの真下の露天湯の香り         小原米子

流星、星流る、星飛ぶ、星奔る

      星流れ父の誕生日を知らず           栗田やすし
      師の忌日過ぎて十日や星流る          栗田やすし
      流星は涙の落つる速さかな           米元ひとみ
      寝袋に触れんばかりの流れ星          松原英明
      星飛ぶや翁逝きたる夜半の風          勝見秀雄
      寝そびれし子と数へたり流れ星         金田義子
      流星を見に庭下駄をつつかけて         下里美恵子
      星飛ぶや温めし笙の試し吹き          小田二三枝
      じやあねえと喪服分かれる流れ星        山 たけし
      流星や美濃の卯建にすれすれに         櫻井幹郎     *卯建=原句は木偏に兌
      七つ星かすめて星の流れけり          夏目悦江
      三日月の涙のやうな流れ星           渡辺慢房
      漆黒の海へ一筋流れ星             小原米子
      補陀落の水平線へ流れ星            松井徒歩
      星飛んで沖の漁火ほどよき間          中野一灯
      星流るチバニアンてふ磁場地層         武藤光リ
      星飛ぶや波音低き九十九里           武藤光リ
      星流る漆黒の海照らさんと           武藤光リ
      逝きし子の星は何処や星流る          武藤光リ
      天体図秘めし古墳や星流る           山ア育子
      星飛べり期限の切れしパスポート        森垣一成
      星飛んで目鼻ずれたるピカソの絵        森垣一成
      流星を見に漆黒の川越えて           大島知津
      流星や土偶の瞼開き初む            山田万里子

星月夜

      星月夜一樹の雀寝落ちたり           河原地英武
      星月夜ジェンダー論を学生と          河原地英武
      星月夜輪島キリコの漆塗り           片山浮葉
      母の里窓いつぱいに星月夜           熊谷タマ
      満天の星を見せんと妻起す           上杉和雄
      塾帰り児と手をつなぐ星月夜          望月立美
      テントより仰ぐ星空まばゆかり         山口秀子
      星月夜飛騨の山脈しづもれり          磯野多喜男
      蛭ヶ野の牧場(まきば)泊りや星月夜      清水弓月
      みすゞの詩子に聞かせやる星月夜        小田和子
      大雨の上がりし夜半の星月夜          福井喜久江
      星月夜ランプひとつの露天風呂         成田久子
      尺八の音色身に染む星月夜           中村修一郎
      くろぐろと奥飛騨の山星月夜          山下帰一
      ふくろふの声まだ若し星月夜          牧野一古
      一声の鳥の静寂や星月夜            武藤光リ
      裏山の白く迫るや星月夜            高橋幸子

天の川、銀河、銀漢

      ジプシーの女の群舞銀河濃し          伊藤旅遊
      奥美濃の空になだるる大銀河          上杉和雄
      ニュートリノに質量ありや大銀河        下山幸重
      銀漢や能登の島山みな低し           石原筑波
      銀漢や父の名のある郷土史誌          伊藤範子
      駅弁の蓋あたたかし天の川           河原地英武
      銀漢や影絵のごとき大伽藍           熊澤和代
      銀漢のちりばむ闇の弥陀ヶ原          野島秀子
      山頂や銀河のしぶき身に近し          金田義子
      銀漢や終の住処へ波の音            武藤光リ
      夫追ひて銀河越ゆらむ妹よ           武藤光リ      *妹死す
      接近の火星に銀河横たはる           小長哲郎
      遺骨なき戦死の父や銀河濃し          安藤幸子
      観覧車銀河に触れて降りはじむ         櫻井幹郎
      画集よりシャガール翔ちぬ銀河の夜       櫻井勝子

稲妻、稲光

      盛り塩が戸口にくづれ稲光           河原地英武
      殺意あるごとく稲妻しつえうに         栗田やすし
      父の墓訪へば四方より稲びかり         栗田やすし
      いなづまや一瞬夫の顔変はる          若林美智子
      稲光夕闇の湖貫けり              山口登代子
      荒磯の流木照らす稲光             森垣昭一
      稲妻や馬の蹴飛ばす飼葉桶           森垣昭一
      稲妻や軒に真白き夜干烏賊           中野一灯
      稲妻や秋篠川の亀照らす            高橋ミツエ
      稲びかり夕餉にフォーク使ひゐて        櫻井幹郎
      城山に稲妻走る義民の地            野島秀子
      節電の暗き駅舎や稲光             森川ひろむ
      稲妻やかたく閉ざせし庭の木戸         井沢陽子
      稲光とびついてくる厨窓            廣島幸子
      稲妻に稜線浮かぶ通夜帰り           河村惠光
      稲妻や検査衣の紐固く結ふ           松永敏枝
      いな光眼前のビル立ち上がる          夏目悦江
      国取りの城に一閃稲光             渡辺かずゑ
      稲妻に浮かび上れり陶狸            林 尉江
      多度山を串刺しにして稲光           坪野洋子

秋の雷

      起きぬけに秋の雷聞く御師の宿         倉田信子
    

秋の風、秋風、素風、金風

      隠岐はるか砂丘を秋の風わたる         栗田やすし
      秋風や踏めばはるかな砂の音          栗田やすし
      師も父母も遠し砂丘に秋の風          栗田やすし
      秋風やスーツの背に深き皺           河原地英武
      鐘つけば秋風立てり小倉山           河原地英武
      綾子師のそこにゐるやう秋の風         河原地英武
      秋風や足出て開く団子虫            河原地英武
      秋風や地蔵囲へる鉄格子            河原地英武
      碑の罅の深さや秋の風             武藤光リ
      秋風や古墳に拾ふ欠け埴輪           武藤光リ
      秋風や佐原駅舎の藍暖簾            武藤光リ
      秋風や昔遊里の小料理屋            武藤光リ
      秋風や動くことなき川釣師           武藤光リ
      秋風や昔塹壕在りし浜             武藤光リ
      音乾く忍野の水車秋の風            武藤光リ
      秋風や鼻の大きな磨崖仏            阪元操子
      秋風やお岩通りを猫横切る           矢野孝子
      打ち減りし魚板の穴へ秋の風          加藤ノブ子
      秋風や牧渡りゆく弥撒の鐘           青山美佐子
      秋風や弁士塚まで寄席囃子           福田邦子
      秋風と通りぬけたり雷門            倉田信子
      秋風や虚ろに開く埴輪の目           吉田青楓
      秋風や町家に古りし籤の束           大嶋福代
      金風を身にまとひゐる足湯かな         牧田 章
      秋風や一人のメリーゴーランド         漆畑一枝
      関宿の細き格子戸秋の風            佐藤多嘉子
      引かれゆく負け牛秋の風まとひ         長江克江
      烏賊干しに志摩の秋風やはらかし        長江克江
      秋風や減反の島牛放つ             平松公代
      風羅念仏聴く草庵に秋の風           市原美幸
      団扇屋の土間を吹きぬく秋の風         市江律子
      魚道までせせらぎやさし秋の風         市江律子
      五箇山や秋風つのる流刑小屋          金田義子
      雨上がり魚紋の壺に秋の風           砂川紀子
      白樺の幹撫でて聴く秋の風           上村龍子
      床拭いて初秋風のすべり入る          中川幸子
      秋風や色足袋を干す楽屋口           林 尉江
      秋風や硝子細工の耳飾             久保麻季
      吹き抜くる秋風築地市場あと          中村あきら
      秋風や善悪分かつ二面石            新井酔雪
      文机に子がつけし創秋の風           新井酔雪
      物忘れつのるばかりや秋の風          神尾朴水
      預かりし投句は遺句に秋の風          佐藤とみお
      捨てさりし窯場を鳴らす秋の風         八尋樹炎
      常滑の路地秋風の曲り来る           下里美恵子

色なき風

      佇めば色な木風や被爆川            栗田やすし
      チマチョゴリ色なき風にひるがへる       伊藤範子
      笹鳴らす色なき風や振り返る          八尋樹炎
      高原の色なき風や鳶の笛            大谷みどり
      鑑真寺色なき風のとどまれり          武田明子
      笙の音の色なき風をとらへけり         福田邦子
      千人塚色なき風の吹きわたる          牧 啓子
      遭難碑色なき風の吹き抜くる          藤田岳人
      ハンモック色なき風の揺らし過ぐ        平 千花子
      双眼鏡覗く色なき風の中            磯田なつえ
      無言館出づれば色なき風の音          山下智子
      父母の墓色無き風の撫でゆけり         松永敏枝
      殉職碑訪へり色なき風の中           久野和子
      聖母子の像に色なき風吹けり          林 尉江

荻の声、荻吹く、ささら荻

      荻の声遠き列車の窓灯り            武藤光リ

爽籟

      爽籟に軽き音立てお礼絵馬           武藤光リ
      爽籟や波音寄する妙音寺            武藤光リ
      爽籟や茶室に滾る霰釜             山ア育子

新北風(みーにし)

      新北風や岬に聳ゆ復帰の碑           林 尉江
      新北風や師の句碑に吹くひよんの笛       朝比奈照子

秋湿り

      秋湿り底に残れり石舞台            武藤光リ
      秋湿り地に盤石のやすし句碑          平松公代
    

秋の雨、秋霖、秋黴雨

      秋霖や干草匂ふ牧の小屋            倉田信子
      余白なき母への葉書秋黴雨           石原筑波
      秋霖や世阿弥の舞ひし寺の跡          石原筑波
      秋霖や神を宿して樟大樹            古賀一弘
      雨乞の碑文濡らせり秋の雨           野島秀子
      秋雨の音を遠くに衣ほどく           坪野洋子
      秋霖を来て聖堂の床濡らす           小蜥テ民子
      秋霖や裾に錆浮く大手門            巽 恵津子
      暮れて着くふる里の駅秋の雨          中村美子
      秋霖や重なり合うて猫ねまる          坂本操子
      日もすがら男体山隠す秋の雨          武藤光リ
      秋雨を来て学食の焼魚             奥山ひろ子
      秋雨の斜めに降れり一番線           奥山ひろ子
      亡き犬の玩具に歯形秋の雨           関野さゑ子
      御神馬の銅の艶増す秋の雨           藤田岳人
      黒塀のマンリン小路秋黴雨           武田稜子
      灯籠の苔に染み入る秋の雨           小山 昇
      包丁のかすかな匂ひ秋の雨           久保麻季
      秋霖の水輪に城の影揺るる           鈴木英子
      秋霖や漆びかりのやすし句碑          栗田せつ子
      寒月句碑文字白妙に秋の雨           平松公代
      墓石の閼伽に溢るる秋の雨           山崎文江

出水、秋出水、洪水、水見舞

      根刮(ねこそぎ)の大樹流るる秋出水      坂本操子
      形代の杭にかかりし出水川           鈴木みや子
      川石を庭に残して出水引く           水鳥悦枝
      秋出水ふくらみ切つて生臭し          鈴木みすず

秋時雨

      秋しぐれからゆきさんの発ちし浦        倉田信子
      秋しぐれ席譲り合ふ峠茶屋           花田紀美子
      病院の薄きスリッパ秋時雨           和久利しずみ
      秋しぐれはや苔寂びの綾子句碑         近藤文子
      秋しぐれ如来の首といふ巌           近藤文子
      廃業の貼り紙濡らす秋しぐれ          前田史江
      信長の馬場の跡とや秋しぐれ          橋本紀子
      竹島へ渡る桟橋秋しぐれ            渡辺協子
      秋しぐれ兵の名多き無縁墓           山下 護
      モンローの小さき手形や秋時雨         奥山比呂美
      秋時雨泣くがごとくに鬼女の面         伊藤旅遊

雁渡し

      大揺れの浮き桟橋や雁渡し           八尋樹炎
      網綴る節くれの指雁渡し            中野一灯
      雁渡し誓子の句碑へ波の音           矢野孝子
      大陸へつづく潮路や雁渡し           福田邦子
      磯に踏む白き貝殻雁渡し            上村龍子
      雁渡しどれも小型の島のバス          磯田なつえ
      底見せて並ぶ揚船雁渡し            中村たか
      清里の空の青さよ雁渡し            大森弘子
      艫綱の軋む漁港や雁渡し            武藤光リ
      日時計のローマ数字や雁渡し          河原地英武
      ふるさとはあの空の先雁渡し          国枝髏カ

黍嵐

      黒雲に灯台隠れ黍嵐              玉井美智子
      きび嵐売札傾ぐ造成地             武藤光リ

芋嵐

      芋嵐男結びの馬防柵              矢野孝子
      芋嵐銹びて転がる一輪車            坂本操子

葛嵐

野分、野分雲、野分晴

      木つ端浮く野分濁りの隅田川          栗田やすし
      葛根湯喉に残れり野分の夜           奥山ひろ子
      野分晴てんやわんやの千切雲          夏目隆夫
      屋敷畑なぎ倒し去る野分かな          古田富美子
      野分雲小舟曳きゆく空らの舟          伊藤範子
      浅草へ野分濁りの川上る            林 尉江
      明日香路の小流れ迅し野分晴          中村修一郎
      屋根に干す朱泥の壺や野分晴          栗田せつ子
      ピアノ弾く妻の安堵や野分去る         森川ひろむ
      照り陰る芙蓉の花や野分雲           武藤光リ
      野分雲割つて日矢差す九十九里         武藤光リ
      野分晴師より安否を問ふ電話          武藤光リ
      潮やけの甘蔗の葉白む野分あと         平 千花子
      野分だつ雲に隠るる阿蘇五岳          若山智子
      野分晴渡し中止の赤き旗            若山智子
      野分過ぎ風見鶏めく大鴉            安藤幸子

颱風、台風期

      台風裡わが晩節を思ひをり           栗田やすし
      台風裡書斎に籠もり何もせず          栗田やすし
      台風過旅する娘より便り受く          余語和子
      来て直ぐに経誦む僧や台風裡          加藤元道
      台風禍鳥居に船の擦れし跡           小長哲郎
      台風過ぐビルの谷間に献血車          丹羽康碩
      台風禍馬場の老木枝もがれ           平 千花子
      台風禍畝ことごとく崩れをり          関根近子
      雨残り台風一過とは言へず           篠田法子
      籠の鵜の身じろぎもせず颱風圏         藤田岳人
      旅先の子より電話や台風裡           熊澤和代
      台風裡塩の効きたるにぎり飯          幸村志保美
      台風圏江戸川の波さかのぼる          玉井美智子
      台風裡駅で靴より水こぼす           河原地英武
      夕映えに一村染まる台風過           山本法子
      颱風の逸れし日脚や雨戸繰る          坪野洋子
      台風裡柱時計の不意に鳴る           下里美恵子
      台風のやたら大きな予報円           加藤ゆうや

盆波、盆荒

      盆波に洗ふおしろい地蔵かな          長谷川郁代
      貝殻を巻き込みて引く盆の波          榊原昌子
      砂被る廃れ漁船や盆の波            武藤光リ
      曳き綱の舟突き上ぐる盆の波          武藤光リ

盆の月(陰暦7月15日の月)

      伊那谷の川石白し盆の月            平松公代
      靴並ぶ土間に差しをり盆の月          中村たか
      盆の月雨戸一枚閉め残す            中山敏彦
      寝返りをするたび高く盆の月          米元ひとみ
      盆の月終の棲の門照らす            武藤光リ
      救急に命たまはり盆の月            武藤光リ
      盆の月家路急げば陰の追ふ           武藤光リ
      故郷に生家は在らず盆の月           伊藤旅遊
      庭下駄に父の履き癖盆の月           矢野孝子

盆東風

      盆東風にふと潮の香や母郷なる         桜井節子

秋の雲、秋雲

      遊行柳仰げば白き秋の雲            栗田やすし
      秋雲や船で着きたる浅草寺           中川幸子
      秋雲の寄りては離れ子は遠し          中川幸子
      水筒に水汲む秋の雲ちらし           市江律子
      放牧の牛の丸き目秋の雲            藤田映子
      一刷けの秋雲の湧き浮御堂           神尾朴水
      秋雲の流るゝ迅さ見て病めり          下里美恵子
      反転の緋鯉に散れり秋の雲           梅田 葵

鰯雲、鯖雲、鱗雲

      朝晴れて空を平らに鰯雲            栗田やすし
      鰯雲はるか異国を母郷とす           栗田やすし
      日の落つる方に延べたり鰯雲          夏目悦江
      兵馬俑展出て街にいわし雲           武藤光リ
      鯖雲や社に小さき鯨塚             武藤光リ
      出港の吹奏楽やうろこ雲            武藤光リ
      鯖雲や煙突多き窯の町             武藤光リ
      房総の空果てしなきいわし雲          武藤光リ
      鱗雲五七五は無限なる             武藤光リ
      いわし雲命尽くるは先のこと          武藤光リ
      鰯雲映して濠の深みどり            中村たか
      楽しみは何かと問はるうろこ雲         村越紀江
      いわし雲プラハに多き石の塔          つのだひろこ
      伊勢尾張つなぐる橋や鰯雲           垣内玲子
      砂山のクレーンの先に鰯雲           中津川幸江
      舟を吊る輪中の軒や鰯雲            伊藤範子
      ふるさとは入母屋ばかり鰯雲          伊藤範子
      夕焼けの一鱗づつやうろこ雲          鈴木みや子
      誓子見し隠岐の果てまで鰯雲          国枝隆生
      鰯雲放牧の牛ねまりけり            橋本紀子
      国境の無きこの国や鰯雲            渡辺慢房
      病棟の窓いつぱいに鰯雲            野々垣理麻
      よく透る庭師の声や鰯雲            菊山静枝
      火の山の土鈴を買へりいわし雲         小澤明子
      鉄の音絶えし船渠や鰯雲            中野一灯
      露天湯に厭かず見つむる鰯雲          森川ひろむ
      故郷の名の失せし地図鰯雲           伊藤旅遊
      有楽井戸覗けば淡き鰯雲            廣島幸子
      鰯雲山の夕日を起点とす            磯田なつえ
      スケボーを強く蹴る子や鰯雲          鈴木英子
      トラックに牛積まれをり鱗雲          高橋幸子
      鰯雲帆船のごとシーツ干す           大島知津

秋旱

      抱瓶に米軍の旗秋ひでり            金原峰子
      秋乾く格子戸に吊る古草鞋           桐山久美子       *前書き 有松

秋の海、秋の湖、秋の浜、秋の浪

      戦はや半年千々に秋の波            河原地英武
      釣舟の孤影動かず秋の湖            市川克代
      貝殻を引き残しては秋の波           渡辺慢房
      カヤックの櫂のしろがね秋の湖         金原峰子

秋の潮

      渡御終へし漢秋潮したたらす          安藤幸子
      秋潮に真向かふ大戦慰霊の碑          谷口千賀子
      秋潮に首まで浸かり粗朶立つる         野島秀子
      和多都美の宮にひた寄す秋の潮         中根多子

秋深し、秋闌くる、秋さぶ

      秋深し八雲遺愛の遠めがね           栗田やすし
      輪蔵の軋みて廻る秋深し            鈴木みすず
      味噌仕込む六尺桶や秋深む           福井喜久江
      深秋の茶房ブーツの皮匂ふ           中野一灯
      首傾ぐ円空仏や秋深し             佐藤とみお
      モーツァルトの黄ばみし楽譜秋深し       高橋孝子
      秋深し杉に囲まる久女句碑           飯田蝶子
      湯治場の一汁一菜秋深し            八尋樹炎
      鵺(ぬえ)といふ名の楽茶碗秋深し       夏目悦江
      秋深し子規従軍の旅かばん           夏目悦江
      深秋の宴燦たりシャンデリア          小蜥テ民子
      辻売の手編みの帽子秋深む           河原地英武
      屏風絵の虎の咆哮秋深む            河原地英武
      秋深し上人像の目の潤み            河原地英武
      秋深しトタン囲ひのたこ焼屋          河原地英武
      秋深し夕日に映ゆる逆さ富士          下山幸重
      虫食ひの土芳句集や秋深む           鳥居純子
      木曽殿の駆け抜けし山秋闌くる         牧 啓子
      登呂に振る土鈴に秋の深まりぬ         夏目隆夫
      秋深し木偶人形の指の反り           幸村志保美
      深秋や雲の影ゆく山の肌            吉岡やす子
      秋更くる簓で洗ふ味噌の樽           上杉和雄
      能面のうつろな眼秋深し            山本悦子
      秋深し触れてぬくとき亞浪の碑         神尾朴水
      紬織る地機の音や秋深し            小島千鶴
      廃れたるままの舞殿秋闌くる          坂本操子
      深秋や脇本陣の青畳              中村修一郎
      追記ある芭蕉の遺書や秋深し          伊藤範子
      薄暗きアンネの小部屋秋深む          伊藤範子
      千本格子残る酒蔵秋闌くる           武藤光リ
      秋深し蒟蒻畑の薄みどり            武藤光リ
      縁側に薪積む寺や秋さぶる           武藤光リ
      深秋や笑顔よろしき上総人           武藤光リ
      秋深し路地の茶房のなまこ壁          小原米子
      深秋や三年眠る八丁味噌            日野圭子
      王陵にかささぎ鳴いて秋深む          倉田信子
      サイフォンに膨らむ泡や秋深む         龍野初心
      旅籠屋の梁に番傘秋闌くる           内田陽子
      秋深し舐めて確かむ藍の出来          服部鏡子
      秋深む静脈浮きし仁王像            服部鏡子
      秋深し板廊下鳴る村役場            上杉美保子
      錠剤の形いろいろ秋深む            下里美恵子
      深秋や真綿に沈む銅の剣            山 たけし
      手水舎の暗き龍口秋深む            栗山紘和
      古本の匂ひかすかに秋深む           野ア和子
      秋深し舟屋に朽ちし舟あまた          藤田岳人
      秋闌くる茶房の壁に志功の絵          山崎文江
              

秋寂び、秋寂ぶ、秋寂びぬ

      秋寂ぶや坐れば軋む子のベッド         河原地英武
      秋さぶや四角き顔の古こけし          河原地英武
      経本に亡き母の文字秋寂ぶる          青木しげ子
      秋寂ぶや山肌晒す石切場            安藤幸子
      金印の島へ秋寂ぶ海渡る            井沢陽子
      秋寂ぶや堂の暗みに護摩焚く灯         武藤光リ
      秋寂ぶや汐引く川の石乾き           武藤光リ
      秋さぶや軍服もある蚤の市           下山幸重
      秋寂ぶや岩間におはす仏たち          内田陽子
      秋寂ぶや雨の中ゆく渡し舟           松岡美千代

晩秋、末の秋、おそ秋

      晩秋やパンの焦目は縞模様           河原地英武
      晩秋や旅の土産の竹トンボ           二村満里子
      晩秋や鯉のねぐらの竹簀子           石原進子
      病室の窓晩秋の海見ゆる            日野圭子
      晩秋の海見ゆるまで砂丘攀づ          倉田信子
        晩秋の日ざし釘浮く納屋板戸          山 たけし
      草を引く母晩秋の陽の中に           奥山比呂美
   

暮の秋、秋暮るる、暮秋(ぼしゅう)

      渡し舟櫓音きします暮の秋           栗田やすし
      抱きあぐる仔犬の温み暮の秋          河原地英武
      瞬きのするどきネオン暮の秋          坂本酒呑狸
      幾度も名を問ふ母や暮の秋           高橋ミツエ
      暮の秋チャイナタウンに栗焼く香        倉田信子
      外海へ消ゆる帆船暮の秋            伊坂壽子
      とどまれば風が追ひ抜く暮の秋         梅田 葵
      合はす手に塗香の匂ふ暮の秋          岡田佳子
      去り状に滲む一文字暮の秋           内田陽子
      親指で撫づるささくれ暮の秋          武田明子
 

冷(すさ)まじ

      冷まじや靴音しるき儀仗兵           二村美伽
      次郎長の墓の鉄柵冷まじき           武藤光リ
      冷まじや血管浮きし伎楽面           武藤光リ
      冷まじや雨吹きつくる厨窓           奥山ひろ子
      冷まじやしばり地蔵に縄数多          花村富美子
      冷まじや電流通す畑囲ひ            小原米子
      鉈で豚捌く男やすさまじき           山口登代子
      勝ち牛の角に血糊や冷まじき          都合ナルミ
      冷まじや墓石使ひし城の磴           藤田岳人
      黒髪で縫ひし名号すさまじや          牧野一古
      冷まじや馬のたてがみ鎌で削ぐ         森 靖子

行く秋、秋の名残、残る秋、秋の果

      行く秋の四万十川原石拾ふ           漆畑一枝
      行く秋の空行く雲の早さかな          荒深美和子
      行く秋や仁吉まとひし縞合羽          日置艶子
      海見むと急坂登る秋の果            河合義和
      逝く秋のデッキにジャズを奏でをり       角田勝代
      行く秋や骨董屋で見る万華鏡          佐々木美代子
      行く秋の風が後押す古都巡り          小原米子
      行く秋の堂より洩るる木魚の音         夏目悦江
      秋逝くや碧の字大き土芳墓           片山浮葉
      行く秋の渚に馬の蹄あと            小蜥テ民子
      行く秋の山寺に打つ鐘一つ           松本恵子
      行く秋や旅の終りのわつぱ飯          伊藤旅遊
      行く秋の行人塚に蝸牛             坂本操子
      行く秋の登呂に古代の日を熾す         牧野一古
      行秋や鴉鳴き合ふ雑木山            横井美音
      行く秋の水辺の鷺の白さかな          八尋樹炎
      行く秋の汐が引き込む虚貝           上村龍子

秋惜む

      古書街の茶房の木椅子秋惜しむ         幸村志保美
      湧水に指を浸して秋惜しむ           今泉久子
      秋惜しむ片道切符を嫁ぐ娘に          大原悦子
      大椰の幹に耳当て秋惜む            上田博子
      庄川の土手にねころび秋惜む          山下 護
      秋惜しむ伏せしままなる藍のかめ        稲垣美紗
      秋惜しむ有馬の足湯めぐりして         巽 恵津子
      少しだけ富士へ近づき秋惜しむ         中村たか

冬近し、冬隣、冬遠からず

      作務小屋の軒に薪積み冬近し          森垣昭一
      山小屋を畳む槌音冬近し            藤田岳人
      山神の幣新しき冬隣              伊坂壽子
      老木の添へ木新たや冬隣            関根切子
      冬近し大鉄瓶に湯がたぎり           大平敏子
      冬近し欅並木に透ける空            松本恵子
      冬近し枕辺に置く貼り薬            沢田充子
      駅蕎麦の湯気やはらかく冬に入る        丹羽一橋
      冬隣る終末時計の針動く            上杉和雄
      トラックに豚の犇めく冬隣           長崎マユミ
      点滴の針跡あまた冬隣             国枝洋子

七夕、星祭、彦星、短冊竹、芋の葉の露

      鞠人も七夕笹も祓はれし            角田勝代
      下町に老いて七夕竹飾る            角田勝代
      笹の葉の触れ合ふ音や星祭           下里美恵子
      香焚いて過ごせり雨の星祭           下里美恵子
      七夕竹ゆさゆさ高校生担ぐ           山 たけし
      短冊に長寿と記し星祭る            大石ひさを
      百才の母の短冊星祭              栗生晴夫
      読み聞かす賢治の童話星祭           中野一灯
      七夕竹弔旗となりし震災地           近藤文子
      七夕の竹くれて僧去りにけり          井沢陽子
      七夕の笹ちぢれをり草津宿(じゅく)      河原地英武
      安産の筆太の文字星祭             坂本操子
      折れさうな月早や沈む星まつり         内田陽子
      新しき白きサンダル星祭            渡辺慢房
      肩車され七夕の竹に触る            山本法子
      明かり消し子と七夕の星数ふ          大島知津
      あかね空七夕竹の騒ぐ道            武藤光リ
      星祭祖母の紙縒の手際良し           矢野孝子
      七夕や十円を積む赤電話            渡辺慢房
      児の文字の躍る短冊星祭            松平恭代

星合、星の契、星の恋、別れ星、星の閨

      欄干にもたれて仰ぐ星の恋           下里恵美子
      便箋に滲むインクや星の恋           河原地英武
      星逢ふ夜漁火遠く瞬けり            武藤光リ
      コロナ禍の世やせめてもの星の閨        武藤光リ
      

施餓鬼、施餓鬼寺、川施餓鬼

      経終へて己が顔撫づ施餓鬼僧          丹羽康碩
      大木魚叩きはじまる施餓鬼寺          谷口由美子
      船頭は茶髪の若衆川施餓鬼           鈴木みすず
      若僧のこくりこくりと施餓鬼なか        安藤幸子
      山の端に十日の月や川施餓鬼          都合ナルミ
      施餓鬼棚鉢に賽の目茄子胡瓜          矢野孝子

草市、盆の市

      無造作に花並べあり草の市           新井酔雪

墓参、墓掃除、墓洗ふ、掃苔

      ふるさとや墓参の婆と乗り合はす        栗田やすし
      母のなき家には寄らず墓洗ふ          栗田やすし
      享年の母に並ぶや墓洗ふ            鈴木信子
      いつまでも小さき妹墓洗ふ           茂木好夫
      風化せる小さき墓を洗ひけり          竹中和子
      国言葉抜けたる姉と墓洗ふ           渡辺慢房
      後の事子に話つつ墓洗ふ            山下帰一
      朝の日の溢るる父母の墓洗ふ          山崎文江
      掃苔やとうに越えたる父母の年         平 千花子
      墓洗ふ姉亡きあとの半世紀           久保麻季
      わが為の墓誌の余白や墓洗ふ          田畑 龍
      墓洗ひつつ思ひをり墓仕舞           熊澤和代
         

盆、魂祭、盆棚、棚経、盆仕度

      盆用意白髪かくしといふことも         河原地英武
      山の風背戸より入れて盆用意          矢野愛乃
      棚経の声伸びやかや若き僧           矢野愛乃
      棚経や先代に似し僧の声            夏目悦江
      棚経僧高級車にて乗りつけり          田畑 龍
      棚経の僧つかつかと来て帰る          丹羽康碩
      蘇鉄の葉短かく刈られ盆の寺          遠藤斎子
      鷺群れて白の際立つ盆の川           相澤勝子
      蔵の戸を開けて始まる盆用意          小木曽フジエ
      古畳ふいて迎へし盂蘭盆会           塩坂恵子
      自転車に裾まくりあげ盆の僧          森 妙子
      魂まつり木匙で掬ふ寄せ豆腐          中野一灯
      百日の嬰子を囲み盆供養            上田博子
      食卓に椅子一つ足す盆休み           斉藤陽子
      幼児の変身ごつこ盆の夜            山本光江
      盆過ぎて二夜つづきの母の夢          山本光江
      盆なれば亡き友も来よ同窓会          武藤光リ
      入院は逝きし子の棟盆近し           武藤光リ
      盆用意朴葉を洗ふ外厨             山下智子
      幼子の太刀に倒るる盆休            上杉和雄
      咳一つこぼし盆僧経始む            河村惠光
      古書整理定年過ぎの盆休み           梶田遊子
      コロナ禍の僧の棚経短けれ           山本悦子
       

踊、盆踊、踊の輪、踊唄、踊笠、阿波踊、念仏踊

      星近し一揆の里の盆踊り            栗田やすし
      腕組みてつひに踊りの輪に入らず        栗田やすし
      抜け道をして出合せり盆踊           小蜥テ民子
      思ひきり跳ぬる印籠阿波踊           高橋治子
      盆唄の声は畳屋父祖の里            和久利しずみ
      葬儀社がチラシを配る盆踊           長谷川郁代
      葬儀屋の寄附金多し盆踊            片山浮葉
      合掌に始まる念仏踊りかな           小田二三枝
      つまづきて鼻緒ゆるびし踊り下駄        山本悦子
      あを白く山城灯る盆踊             兼松 秀
      爪先に踊の火照り残りけり           大島知津
      百八の門火へ放下踊かな            幸村志保美     前書き:三河の大海放下踊
      踊りの輪ほどよく伸びて一揆の地        丹羽康碩
      輪に繋ぐあの世この世や盆踊          熊澤和代
      ジーパンの腰に鍵束盆をどり          横森今日子
      盆踊り熊に注意の札立てて           森 靖子
      艶めきてやがて荒ぶる阿波踊          下山幸重
      軒端までのびてちぢんで踊の輪         武田稜子
      父母遠し踊り太鼓を背戸で聞く         金田義子
      田面吹く夜風袂に盆踊             上村龍子
      紅緒下駄はきならし待つ盆踊          篠田法子
      産土にひびく雨乞踊り唄            下里美恵子
      宿に干す赤き鼻緒の踊下駄           服部鏡子
      土砂降りに昂る踊一揆の地           山本光江
      河内踊一夜で下駄の裏平ら           山下善久

生見玉、生身魂

      昼酒に鼻あかあかと生身魂           篠田法子
      生身魂つぶやくやうに唄ひけり         梅田 葵
      長生きをせねばと笑ふ生身魂          栗田せつ子
      穏やかにシベリア語る生身魂          豊田紀久子
      電灯の紐に紐足し生身魂            河原地英武
      朝採りの野菜よろこぶ生身魂          幸村志保美

迎火、送火、門火、魂迎へ、苧殻焚く

      送り火を焚き継ぐ人の目鼻立          夏目隆夫
      化野に千の蝋燭魂送り             伊藤旅遊
      川風に吹かれて待てり魂送り          新谷敏江
      門火焚く火の粉庇に飛びつけり         今泉久子
      送り火の燃えつきし闇深かりき         山本悦子
      戦ぎ寄る風は先祖か門火焚く          櫻井幹郎
      四姉妹揃ひて焚きし門火かな          池村明子
      母ひとり子の迎へ火を見つめをり        長谷川美智子
      送火のマッチ擦る音母小さし          市原美幸
      細やかな雨の落ちきし魂迎           中村修一郎
      大根に蝋燭立てて魂迎ふ            鈴木英子
      石一つ運び来て母門火焚く           小島千鶴
      マッチ擦るかそけき音や門火焚く        田畑 龍
      門火焚く身籠りし子と幼子と          伊藤範子
      迎へ日を焚くや落暉を待たずして        櫻井勝子
      送火や消えしと見ればまた燃えて        渡辺慢房

燈籠流、灯籠舟、精霊舟、流灯、流灯会

      流燈会我も流るる舟にゐて           栗田やすし
      木曽川のゆるき流れや流燈会          栗田やすし
      流燈の列先頭は父ならむ            栗田やすし
      流燈を見送り余生幾許ぞ            栗田やすし
      流灯会火照りの残る石に座す          井沢陽子
      流灯を両手で浮かす水面かな          花田紀美子
      精霊舟夫自転車に乗せゆけり          冨田和子
      小舟より流す燈籠波に消ゆ           服部鏡子
      精霊舟夕焼雲へ漕ぎ出せり           山口行子
      夕映えの川へ流燈そつと置く          林 尉江
      川風をさけて火灯す送り舟           野々垣理麻
      流燈をそつと押しやる棹の先          菊池佳子
      風出て流燈少し押し戻す            坂本操子
      愛猫の小さき精霊船ゆけり           坂本操子
      流灯の肩寄せ合ひて波に消ゆ          澤田正子
      流燈のみな遡る被爆川             市原美幸
      戻らんとする流燈を押し流す          森 靖子
      両手添へ精霊舟をそつと押す          石崎宗敏
      流燈の堰越ゆる時ためらへり          武田稜子
      川舟に乗るや流灯膝に置き           松永敏枝
      立ち雲や精霊舟に浄め酒            武藤光リ
      流灯の此岸離れぬもの一つ           武藤光リ
      川風の来て流燈を闇に押す           武藤光リ
      新盆の子の名記せり仏舟            武藤光リ
      精霊舟離れて戻りまた離れ           武藤光リ
      声かけて膝の流燈波に置く           上村龍子
      流灯や岸の地震(なゐ)疵照らし行く      近藤文子
      瀬に乗れぬ流灯ふたつ寄り添へり        近藤文子
      精霊を送りし後の闇深し            下山幸重
      父母か夫か流灯相ひ寄れり           都合ナルミ
      流灯は速さ競ひて闇に消え           伊藤旅遊
      一人来て母を思へり流灯会           中斎ゆうこ
      一灯は離れて揺るる盆灯籠           野ア和子

六道参、精霊迎、槙売

      幽霊飴買うて六道参りかな           上田博子
     

茄子の馬、瓜の馬、茄子の牛、迎馬、送馬

      茄子の馬足短かくて踏ん張れず         安藤幸子
      小豆の目入れて仕上げし瓜の馬         矢野愛乃
      置き変ふるたび転びたり茄子の馬        関根近子
      荒波の寄する渚に茄子の牛           武藤光リ

大文字、妙法の火、船形の火

      飲み干せり盃に映りし大文字          武田稜子
      大文字始まる街の灯が消えて          横井美音
      街の灯の消えて火の入る大文字         佐藤とみお
      夕さりて雨となりたり大文字          田嶋紅白

地蔵盆、地蔵会

      三角の石にべべ着せ地蔵盆           河原地英武
      鴨川の水あをあをと地蔵盆           河原地英武
      きな粉餅戸板に売れり地蔵盆          宇野美智子
      地蔵盆三角に盛る白団子            長谷川郁代
      山門に子ら樒売る地蔵盆            矢野愛乃
      味噌樽に賽銭弾む地蔵盆            奥山ひろみ
      地蔵盆ケン玉遊び始まりぬ           福田邦子
      地蔵会の果てゝ提灯畳む音           林 尉江
      地蔵会の果てたる路地に風やさし        鈴木真理子
      地蔵盆子の手柄杓の手水受く          中村たか

風の盆、おはら祭

      雪洞の灯のやはらかし風の盆          武藤光リ
      簪のやや揺れてをり風の盆           三井あきを
      風の盆踊り果つ娘の幼顔            只腰和子
      手を合はす指しなやかに風の盆         新野芳子
      編笠に後れ毛靡く風の盆            坪野洋子
      風の盆果てたる闇に水の音           奥山ひろみ
      胡弓の音路地を通れり風の盆          堀 一之

村芝居、地芝居、盆狂言、里神楽

      梁に吊る寄付の目録村歌舞伎          二村美伽
      地芝居や席に持ち込む魔法瓶          二村美伽
      村歌舞伎白塗りの子の大欠伸          澤田正子
      里神楽終へし舞台に薦被り           佐藤とみお
      柝の音に木偶が幕引く村芝居          山下智子
      村歌舞伎花道で食ぶ五平餅           利行小波
      裏山にお囃子響く村芝居            利行小波
      白塗りの子の眉太き村芝居           雨宮民子
      村芝居黒子が撒けり祝ひ餅           丸山節子
      廃線を跨ぎ三河の村歌舞伎           渡辺昌代
      神さぶる白狐の舞や里神楽           宇佐美こころ
      お囃しは不協和音や村芝居           国枝洋子
      地歌舞伎の二階桟敷の粗筵           牧野一古
      床白むほどのおひねり村芝居          平松公代
      御捻りは駄菓子ばかりや村歌舞伎        市原美幸
      地芝居の童掲ぐる三度笠            市原美幸
      村歌舞伎桟敷に届く五平餅           角田勝代
      鳶口で廻す舞台や村歌舞伎           安藤幸子
      床鳴らす脛の細さよ村歌舞伎          金田義子
      地芝居のところ狭しと熨斗の札         河村惠光
      流し目の子供歌舞伎の遊女かな         若山智子
      客席に隈取りの子や村芝居           小田二三枝
      地歌舞伎の木戸より黒子顔出せり        沢田充子

相撲、宮相撲、土俵、草相撲

      川砂を撒きし土俵や宮相撲           福田邦子
      宮相撲負けて泣く子の砂まみれ         福田邦子

海螺廻し、べいごま、海螺遊び

      べい独楽を入れし茶筒の重さかな        渡辺慢房

月、夕月、月夜、

      すつぽんの啼かむと月をあふぎたり       河原地英武
      名月を仰ぎ鈴鹿の関越ゆる           栗田やすし
      観音の千の御手舞ふ月下かな          鈴木みや子
      五箇山の集落に灯や月祀る           小石峰通子
      付き添ひの茣蓙に寝て観る窓の月        兼松 秀
      妻遠し雲の切れ間に赤き月           兼松 秀
      月光へ五重塔の秘仏開く            上田博子
      月の宴御庭(うなー)に客の集ひけり      陳 宝来
      雲一つ無き名月に立ち尽くす          前田昌子
      月光を舳先に集めさかのぼる          内田陽子
      てらてらと月光すべる屋根瓦          下里美恵子
      鯉はぬる音いくたびも月の夜          森 靖子
      煙突の残る窯場や昼の月            武藤光リ
      月の夜へ庭の薄を刈り残す           武藤光リ
      みちのくに淡き昼月野良の妻          武藤光リ
      白絹と紛ふ長汀月清し             武藤光リ
      指さして今宵の月を児に教ふ          武藤光リ
      百千の棚田遍く月一つ             夏目隆夫
      月明の池に一花ほてい草            谷口由美子
      雨あとの月が眩しい勝手口           角田勝代
      子と二人月の兎を捜しけり           中根多子
      天空は風の遊び場二十日月           梅田 葵
      はらからの家路に散りて今日の月        井沢陽子
      鉄棒にもたれてひとり月を見る         近藤文子
      病み抜けて今宵の月のまぶしかり        中村たか
      月の影濃く引き猫の歩きけり          中村たか
      月祀る鑑真廟に燭一つ             山本悦子
      信長の城天険に今日の月            神尾朴水
      書割のやうな満月上りたる           小柳津民子
      膝に読む絵本のぬくみ初月夜          幸村志保美
      赤満月愛で合ふ高層ビルの街          小島千鶴
      遠き日の母の繰り言月白し           平松公代
      弓張りの月や微かにさらひ笛          市川あづき
      山の端を弓張月の昇りくる           安藤幸子
      流れゆく雲の早さよ今日の月          伊藤旅遊
      カフェラテの似顔絵歪む夕月夜         石橋忽布

二日月、繊月

      声曳いて鹿の鳴く峡二日月           神尾朴水

三日月、眉月、蛾眉

      父となる子に三日月のほの赤し         山本光江

待宵、小望月

      出張の夫よりメール小望月           小原米子
      敦盛の能面やさし小望月            今泉久子
      小望月書類の多き旅支度            国枝隆生
      山里の夜気に包まる小望月           清水弓月
      待宵や千本鳥居に千の影            高柳杜士

十五夜、良夜、名月

      身籠りし子と十五夜の月仰ぐ          久野和子
      名月や越の酒飲む夫の留守           長谷川郁代
      ほろ酔ひてジルバを踊る良夜かな        山本典子
      コーヒーを淹れて独りの良夜かな        菊山静枝
      やはらかき母の髪梳く良夜かな         鈴木みすず
      良夜かなスカイツリーは水色に         鈴木みすず
      しなやかに猫が溝飛ぶ良夜かな         下里美恵子
      足のべて友と語らふ良夜かな          鈴木真理子
      開帳の御仏とあり今日の月           牧 啓子
      三味の音のかすかに洩るる良夜かな       土方和子            *土に`あり
      漢方の薬に咽せる良夜かな           今泉久子
      満月や槽に泥鰌の立ち泳ぐ           高橋悦子
      名月を中天に見る夜更けかな          石原進子
      故郷の駅舎明るき良夜かな           二村満里子
      名月や最終便のフェリーの灯          栗生晴夫
      満月へ開け放たれし写経堂           横井美音
      芋名月添ふる団子の艶めける          山下智子
      筆の墨ゆつくり流す良夜かな          井沢陽子
      どの家も明かりこぼれて望の月         市原美幸
      釣船の波にたゆたふ良夜かな          平 千花子
      産月の娘の胎撫づる良夜かな          三井あきを
      名月とすれ違ひたる翼の灯           国枝髏カ
      望の夜や銀波崩るる九十九里          武藤光リ

月見、月見団子、月見酒、月見舟、月の宿、月の客、月祀る

      月の客陰伴ひて入り来たる           夏目悦江
      手作りの月見団子に指のあと          不破志づゑ
      声明の法螺の音やさし観月会          古田富美子
      月見餅少し歪に蒸しあがる           矢野愛乃 
      賑やかに月見どろばう過ぎ行けり        利行小波
      琴の音にさ揺るる萩や月の宴          武藤光リ
       

後の月、十三夜、名残の月、豆名月

      湯気のごと豆名月のうへに雲          河原地英武
      親も師も遠くなりたり十三夜          栗田やすし
      つなぎたる子の手の冷ゆる十三夜        安藤幸子
      裏木戸を猫のくぐれり十三夜          井沢陽子
      十三夜遺影の母の片ゑくぼ           井沢陽子
      十三夜本一冊に寢そびれし           伊沢陽子
      湯上がりに夫の肩もむ十三夜          石原進子
      病む夫と地図をなぞれり十三夜         澤田正子
      バス停に人影ひとつ十三夜           梅田 葵
      針つかふ手許の暗し十三夜           梅田 葵
      抱く猫も見上げてゐるや後の月         牧野一古
      ひとり居のチェロに聴き入る十三夜       日置艶子
      ビルの影ビルに伸びくる十三夜         堀内恵美子
      子ら去りしグランド淡き十三夜         山下 護
      灯り消し一人酒酌む十三夜           田野 仁
      煮魚のえんがはせせる十三夜          鈴木みや子
      鯉の池隔て二胡聴く十三夜           金田義子
      筆立に尖る鉛筆十三夜             中村たか
      ぼんやりと佐渡望む浜後の月          伊藤旅遊
      小康を得るまでゆかず後の月          夏目悦江
      十三夜母の肌着に名前縫ふ           幸村志保美
      行平に粥の噴き立つ十三夜           坪野洋子
      見上ぐればビルの谷間に後の月         下山幸重
      後の月二度ある年を生きにけり         下山幸重
      舟一つ岸を離るる十三夜            山口耕太郎
      料紙切る音のかそけし十三夜          鈴木真理子
      豆名月豆の産毛のうすみどり          山下智子
      ぬつと来る人影大き十三夜           三井あきを
      手の触れつ離れつ歩く十三夜          栗山紘和
      角欠けし魔除けの鬼面後の月          岡田佳子
      更くるほど風に磨かれ後の月          伊藤範子

十六夜

      十六夜や深海めきし京の路地          河原地英武
      十六夜や四人となりし同級会          山田悦三
      十六夜の月がのぼり来梯子獅子         山下智子
      茶問屋の店明明と十六夜            夏目悦江
      肩抱かれ十六夜の月見上げたり         山本法子
      十六夜の月散る海や松に風           武藤光リ

立待月、立待、十七夜

      立待の窓に産声響きけり            奥山ひろみ
      立待やパリ土産提げ息子来る          長崎眞由美
      立待やジーンズなれど柳腰           長崎マユミ
      手をかざし立待月の光浴ぶ           山本光江

居待月、居待、(18夜)

      ふるさとに耳しいの母居待月          山本光江
      物干の上にのぼれり居待月           中川幸子

寝待月、臥待月、寝待、(19夜)

      核実験ありと聞く日や寝待月          森 妙子

更待月、更待、(20夜)

      更待ちの落し湯匂ふ溝に沿ひ          鈴木みや子

無月、雨月、雨名月

      万華鏡無月の空に向けて見る          栗田やすし
      瓢亭の灯ばかりの無月かな           河原地英武
      餅供ふ雨月の窓を小開きに           夏目隆夫
      無口なる父と酒酌む雨月かな          渡辺慢房
      庭の灯の枇杷色に点く雨月かな         井沢陽子
      遙か来し西湖無月となりにけり         大石ひさを
      喪の帰り無月の空を仰ぎけり          関根近子
      新聞のレシピ切り抜く無月かな         関根切子
      暗き水運河に満つる無月かな          関根切子
      無月かな更地となりし母の家          角田勝代
      無月の夜灯台の灯の遙かより          野ア和子
      女王の葬送の時無月かな            奥山ひろ子

秋の灯、秋灯、灯下の秋

      古書店の床板きしむ秋燈下           河原地英武
      手相見の顔は映さず秋ともし          河原地英武
      眼を閉ぢて来し方思ふ秋燈火          栗田やすし
      紅殻の格子より漏る秋ともし          武藤光晴
      藤村の座りし炉辺や秋灯            武藤光晴
      背を丸め日記書く子や秋灯下          太田滋子
      面伏せて木偶の並べり秋燈下          坂本操子
      秋灯下ギターの弦を張り替ふる         牧野一古
      燈火親し声出して読む師の句集         市江律子
      古着屋の軒に振袖秋灯し            中野一灯
      タンゴ聴く神田の茶房秋ともし         中野一灯
      秋ともしガレの花瓶のまろき肩         鈴木みすず
      片減りの真砂女の墨や秋ともし         鈴木みすず
      秋の灯に影あはあはと女身仏          国枝隆生
      文晁の杉戸の龍や秋灯             中根多子
      紅型の栞のぬくみ秋ともし           伊藤範子
      反抗期兆す子燈火親しめり           豊田紀久子
      燈下親し頭寄せ合ひ楽譜読む          奥山ひろ子
      秋灯や細字に弱くなりたる眼          上杉美保子
      錠剤のカタカナばかり秋燈下          幸村志保美
      秋灯生涯学ぶ側にゐて             櫻井幹郎
      地球儀にシリア確かめ秋灯           櫻井幹郎
      秋の灯をおとし画廊の幽霊図          内田陽子
      階の艶めく旅籠秋ともし            山下善久
      秋灯や行李の底に母子手帳           武田稜子
      秋灯下幾度も見る夫の遺書           鈴木真理子
      昼暗き妻籠のそば屋秋灯し           鈴木真理子
      秋灯や壁に画鋲の錆の跡            関根切子
      乗り継ぎの切符並べる秋灯下          中斎ゆうこ
      小さき字の母の家計簿秋灯下          中斎ゆうこ
      妻と見る孫の動画や秋灯下           瀬尾武男
      茶房より秋の灯洩るる港町           福田邦子
      縫ひ直す母の絣や秋灯下            八尋樹炎
      漱石の贔屓のインキ秋灯下           加藤剛司
      秋灯しルーペで辿る江戸古地図         森垣一成

秋日傘

      秋日傘手を借りて乗る渡し舟          玉置武子
      秋日傘連ねオランダ橋渡る           後藤暁子
      磯の香を包みて畳む秋日傘           小原米子
      秋日傘連ねて俄か遍路かな           下里 美恵子

秋扇、扇置く、捨扇、忘れ扇

      秋扇の藍を好みて手放さず           河原地英武
        秋扇いつしか話逸(そ)らさるる        益田しげる
      秋扇せはしく使ひ案内僧            高橋ミツエ
      いつまでも甘え下手なり秋扇          幸村志保美
      ひらがなの母の名褪せし秋扇          花村つね
      はたと閉づ本音のあとの秋扇          田畑 龍
      夜語りの接ぎ穂にたたむ秋扇          中野一灯
      秋団扇上がり框のメモ押さへ          東口哲半
        落款の朱のかすれたり秋扇           山田万里子
    

秋簾、簾外す、簾しまふ

      浄瑠璃の太棹ひびく秋簾            福田邦子
      鍛冶町の路地の深きに秋すだれ         丹羽康碩
      やはらかき風透かせをり秋簾          丹羽康碩
      茶屋街の昼の静けさ秋簾            平松公代
      西窓に傾きしまま秋簾             小原米子
      香匂ふ祇園小路の秋すだれ           角田勝代
      茶屋街の二階に長き秋簾            金原峰子

燈籠、盆燈籠、釣燈籠、舟燈籠、切子

      燈籠の去りて真闇に我ひとり          渡辺かずゑ 
     

秋の蚊帳、蚊帳の果、蚊帳の別れ、九月蚊帳

      広げ干す煤の匂ひの別れ蚊帳          武田稜子

秋の服、秋の衣

      秋ドレス着けて赤子はクリオネに        武藤光リ

秋袷、後の袷

      祝ぎの日や香薫(た)きこめし秋袷       小島千鶴
      秋袷膝を正して香聞けり            小島千鶴
      しつけ糸取りて装ふ秋袷            小島千鶴
      秋袷母の紡ぎし糸の節             梅田 葵
      南吉居鴨居に吊す秋袷             山本悦子
      娘(こ)に会ひに京への旅路秋袷        近藤文子
      咄家の五つ紋つく秋袷             福田邦子
      着古して身にやはらかき秋袷          酒井とし子
      背すぢ伸ぶ茶道師匠の秋袷           野瀬ひろ

秋の風鈴

      よろづ屋の婆のうたた寝秋風鈴         中斎ゆうこ
      鳴り止まぬ秋の風鈴百花園           武藤光リ

夜なべ、夜業

      轆轤挽く音の洩れくる夜なべかな        武田稜子
      夜なべしてまだ見ぬ嬰の産着縫ふ        余語和子
      更くるまで高階にある夜業の灯         夏目悦江
      製鉄所夜業の炎吹き上ぐる           龍野初心
      湾ひとつ隔て工場の夜業の灯          大嶋福代

夜食

      杜甫の詩を諳ずる子へ夜食かな         奥山ひろ子
      夜食してそつと秤にダイエット         武藤けい子

夜学

      図書館にまだ童顔の夜学生           服部萬代
      教科書とギター抱へて夜学生          関根切子
      夜学子の列避難路を譲り合ふ          荒川英之
  

休暇明、二学期、休暇果つ、新学期

      インク出ぬペンを一振り休暇明         河原地英武
      黒板の隅に猫の絵休暇明            河原地英武
      声嗄らす伝達事項新学期            荒川英之
      側転のできて少女の休暇果つ          音頭恵子
      女教師の指輪きらめく休暇明          山田万里子

運動会

      どんじりにあがる声援運動会          松本恵子
      声合はせ大縄跳や運動会            沢田充子

秋祭、村祭、浦祭、里祭

      昼花火海に轟く秋祭              服部満代
      秋祭医師も交じりて笛を吹く          垣内玲子
      秋祭御輿のしんがり箒持つ           水鳥悦枝
      小太鼓のバチが宙舞ふ秋祭           兼松 秀
      床板の撓ふ舞台や豊饒祭            石崎宗敏
      ひよつとこの投げキッス受く村祭        鈴木みすず
      秋祭天へ突き上ぐ毛槍振り           内田陽子
      村祭赤子の首に豆しぼり            小田二三枝
      村祭そはそは歩く俄か巫女           山下善久
      秋祭乳房揺るがせ太鼓打つ           山下善久
      秋祭女太鼓の踊り打ち             梅田 葵
      決行を告ぐる空砲秋祭             武藤光リ
      御神酒所はスカイツリーや在祭         関根切子

新蕎麦、走り蕎麦

      一人居の友に土産のはしり蕎麦         塩坂恵子
      板きれの献立表や新蕎麦屋           二村美伽
      大食ひの番付表や走り蕎麦           森垣昭一
      大津絵の鬼新蕎麦の湯気被る          上田博子
      岡持で新蕎麦届く楽屋口            野島秀子
      走り蕎麦切る音かろし深大寺          鈴木みすず
      走り蕎麦酒一合にほろ酔へり          鈴木みすず
        芭蕉道あまた巡りて走り蕎麦          都合ナルミ
      ねぶた絵を飾る山家や走り蕎麦         矢野孝子
      走り蕎麦壁に城主の借用書           平松公代
      丘の上は郷の境や走り蕎麦           武藤光リ
      乗換への駅は塩尻走り蕎麦           安藤一紀

新豆腐

      てのひらに吸ひつくやうに新豆腐        河原地英武
      五箇山の三角切りの新豆腐           矢崎富子
      奥美濃の水の底なる新豆腐           櫻井幹郎
      竹で引く富士の湧き水新豆腐          柴田孝江
      穴多き新豆腐買ふ和紙の里           田畑 龍
      湧水に躍らせて売る新豆腐           田畑 龍
      新豆腐母の齢の倍生きて            佐藤とみお
      四間道の路地に曳き売る新豆腐         小柳津民子
      踊るごと湧き出る水や新豆腐          石崎宗敏
      ふるさとの水やはらかし新豆腐         金田義子
      山の水引きたる桶に新豆腐           小田二三枝
      里晴れて桶にゆらりと新豆腐          小田二三枝
      新豆腐馬穴に届く河原茶屋           森 靖子
      名水の桶より掬ふ新豆腐            森垣一成
      新豆腐京都の人の水自慢            石橋忽布

新酒、新走り、今年酒、古酒

      走りより句碑に新酒を注ぎあふ         栗田やすし
      神棚に新酒供ふる操舵室            関野さゑ子
      ああ言へばかう言う新酒酌み交し        櫻井幹郎
      みやらびの句碑に注げり今年酒         林 尉江
      師の句碑と新酒の匂ひ頒ちあふ         長江克江
      退院の友と酌み合ふ今年酒           岸本典子
      新走り供へ米蔵閉ざしけり           篠田法子
      デカンショは遠き日のこと新酒酌む       小長哲郎
      誕生日夫と新酒を酌み交はす          鈴木みすず
      湯上りの顔ほてらせて今年酒          河原地英武
      圓生の「死神」を聴き新走           伊藤範子
      太梁に燕の古巣新酒売る            森 靖子
      古酒酌んで子に祝はるる喜寿の妻        武藤光リ
      帰心ふと浦辺に酌めり新走り          中野一灯
      喉過ぎてより芳しき新走            川端俊雄
      薬学部学園祭で新酒売る            野島秀子
      かけ替ふる杉玉あをし新走           野瀬ひろ
      

温め酒、ぬくめ酒、酒温む

      温め酒父の漢書に筆の跡            井沢陽子
      雨兆す信濃泊りや温め酒            小原米子
      温め酒終の棲まひに波の音           武藤光リ
      妻少し優しくなりぬ温め酒           渡辺慢房

濁酒、どぶろく、中汲(なかくみ)

      終電はとうに過ぎたりにごり酒         牧野一古
      濁り酒潰しのきかぬ男かな           小長哲郎

柚餅子

      草屋根の深き庇に柚餅子吊る          益田しげる

うるか、苦うるか

浅漬、浅漬大根、べったら漬

      大樽に盛るべつたらや蔵の町          鈴木みすず
 

土瓶蒸し

菊膾、料理菊

      菊膾予後の明るき友の声            高橋ミツエ
      直会のもつてのほかの菊膾           近藤文子
      菊膾はらからいよよ似てきたる         小蜥テ民子
      晩婚の友と酌む酒菊膾             渡辺慢房

竹伐る

      空晴れて竹伐る音の透きとほる         加藤けい子
      竹伐りて倒れず伐らぬ竹の中          櫻井幹郎
      人形師鉈ひびかせて竹伐れり          上杉美保子
      竹伐るや向かう三軒近くなり          内田陽子

新米、今年米、新糠

      病む夫にまづ新米の粥炊けり          山本正枝
      新米を海女担ぎくる船着場           野村君子
      産褥の娘に炊きたての今年米          清原貞子
      喪疲れへ炊く新米の三分粥           相澤勝子
      湯気親し土釜で炊きし今年米          梅田 葵
      飯盒の焦げ香ばしき今年米           中野一灯
      三宝に箱ごと供ふ今年米            二村美伽
      田の神へ先づ新米の一と握り          市川正一郎
      今年米積むたび蔵の床軋む           兼松 秀
      同居にも慣れて新米甘きこと          上田博子
      神棚に供ふ新米一握り             横森今日子
      桟橋に着く給食の今年米            栗田せつ子
      新米と聞きて手を出す塩むすび         渡辺慢房
      今年米檜の升に量り売る            奥山ひろ子
      一人居の父と分け合ふ今年米          太田滋子
      一合で足りる新米研ぐ夕べ           上杉和雄

木賊刈る

      木賊刈る尾瀬沼渡る風の中           横森今日子

胡麻刈る、胡麻干す、胡麻叩く、新胡麻

      山の日の傾ぐ軒端に胡麻叩く          神野喜代子
      鶏鳴や伊吹嶺を背に胡麻を干す         山下善久
      

秋の田、田の色、色づく田

      うしろ手に実り田を見る老農夫         蔭山玲子

稲田、稔田、稲田道、稲田晴

      稔り田の畦に手描きの道標           奥山ひろ子
      実り田の畔に芝居の幟立つ           兼松 秀
      稔田や朝日に光る昨夜の雨           武藤光リ
      稔り田へ裾伸びやかに南部富士         矢野孝子

稲刈、田刈、収穫(とりいれ)、稲車

      風生れて大和の稲田刈り急ぐ          栗田やすし
      稲刈つて輪中の空のがらんどう         国枝隆生
      田を刈りし足跡深き千枚田           小田智子
      稲を刈る畦にいびつの大薬缶          大橋 良
      刈稲を積んで田舟の大揺れす          篠田法子
      稲刈や浅間に太き煙立つ            高橋幸子

刈田、刈小田、刈田道

      バテレンの寝墓へ曲る刈田道          松永敏枝
      忘れ鎌錆びつくまゝに夕刈田          辻江けい
      鳶低く舞ふ山間の刈田かな           児玉美奈子
      鳶口で回す舞台や刈田風            小田二三枝
      刈田去る伊吹の夕日眺めつつ          藤田岳人
      煙たつ峡の刈田や暮色来る           武藤光リ
      常念岳の裾に雲湧く大刈田           武藤光リ
      行き違ふ人や刈田の匂ふ道           武藤光リ
      夕映えを雲に留めて大刈田           武藤光リ
      夕映えの残る刈田を列車の灯          武藤光リ
      夕暮の帰路に苅田の匂ひ濃し          小島千鶴
      陽射し消え刈田飛び立つ群れ雀         下山幸重

籾、籾殻焼く、籾干、籾筵

      籾焼の煙残して農夫去る            江口ひろし
      籾焼いて一村昏れてゆきにけり         小長哲郎
      籾焼の煙より現る登校児            奥山ひろ子
      籾を焼く火の移りゆく夕まぐれ         只野和子

稲扱(いねこき)、千把、せんこぎ、稲埃

      脱穀機の音なつかしき疎開の地         神野喜代子
      回覧板来る脱穀の音の中            渡辺慢房

稲架、稲干す、

      鉤の手に登呂田巡らす稲架襖          中村修一郎
      背の低き豆稲架組めり峡の畑          橋本紀子
      山の日に稲架掛けの豆弾けたり         夏目悦江
      稲架一枚掛け終へて峡暮れにけり        中根多子
      木曽谷や田毎に伸ぶる稲架の影         坪野洋子
      稲架襖抜けて小原の芝居見に          都合ナルミ
      高稲架の影くろぐろと夕日中          廣島幸子
      父母と稲架組みし日や伊吹晴          松永敏枝
      どこからも海見ゆる隠岐稲架組めり       国枝隆生
      稲架干しの稲の匂へる峡の晴          上杉和雄
      掛稲のあをあをとして匂ひ立つ         中山ユキ
      没日中谷戸の掛稲黄金さす           武藤光リ
      暮早し谷戸に立ちたる稲架襖          武藤光リ
      隠岐やいま風穏やかに稲架高し         磯田なつえ
      帳場まで掛稲匂ふ越の宿            横森今日子
      旧道は稲架掛けの径奥三河           内田陽子
      み仏の多き湖東や稲架襖            小長哲郎
      稲架干しの赤米濡らす小雨かな         谷口千賀子
      長靴も干して稲架掛け終りけり         八尋樹炎
      青空や棚田一枚づつの稲架           小原米子
      高稲架や筑波双峰よく見ゆる          三井あきを
      青竹を担ぐ翁や稲架日和            川島和子

藁塚、稲積(にほ)、ぼっち

      小ぶりなり那須野が原の藁ぼつち        栗田やすし
      藁塚や夕暮れ早き峡の村            関根切子
      藁塚の影の長さよ峡暮るる           関根切子
      たけ低き藁塚並ぶ伊賀盆地           安積敦子
      藁塚に牛寄り添へる日和かな          長谷川久恵
      浅間嶺へ藁塚永き影伸ばす           高橋幸子
      藁稲塚(わらぼっち)雨あとの田に匂ひけり   中村修一郎
      藁塚の芯は青竹明日香径            青木しげ子

松手入

      枝ごとに揺さぶり仕上ぐ松手入         今井和子
      松手入れ鳩ノ巣残し終りけり          河野幸子
      芭蕉碑にたばこ預けて松手入          都合ナルミ
      ブラジルの人覗き込む松手入れ         小原米子
      松手入れ若き庭師にしやぼんの香        中斎ゆうこ
      空鋏響く古刹の松手入             河村惠光
      松手入庭師あそびの空鋏            小長哲郎
      作業着の汚れ破れや松手入           堀 一之

紅葉狩、紅葉見、紅葉酒、観楓

      紅葉狩フォッサマグナの谷の底         伊藤克江
      紅葉見に岩に打ちたる鉄鎖攀ぢ         伊藤範子

菊花展

      根元まで触れて審査や菊花展          佐藤とみお

菊人形

      菊人形鯱も小菊をまとひけり          河井久子
      菊を結ふ藺草くはへて人形師          不破志づゑ
      宗春の菊人形に蜂潜む             幸村富江
      横たはる菊人形の胸の骨            服部鏡子
      木曽殿の首抱へ来し老菊師           石原筑波
      篤姫の襟を正しぬ老菊師            石原筑波
      人形の兜被りて菊師来る            伊藤旅遊
      菊人形姫の胸より小蜂飛ぶ           鈴木真理子
      信長の肩へ背伸びの老菊師           牧田節子
      侍女とても姫と同じに菊衣           篠田法子
      濃姫の胸に白刺す老菊師            兼松 秀
      藁舐めて菊師つくろふ姫の衿          河村惠光
      匂ひ濃し明日は解かるる菊人形         中斎ゆうこ
      

芋煮会

      大小の石積みて組む芋煮の炉          加藤都代
      アルプスの名水で消す煮芋の炉         片山浮葉
      白雲の湧きては流る芋煮会           岡島溢愛
      川風に響くギターや芋煮会           渡辺慢房
      芋煮会ワインこぼせし竹の猪口         片山浮葉
      庄内の訛とび交ふ芋煮会            松平恭代

秋炉、秋の炉、風炉の名残、名残の茶

      旅人に秋炉親しき会津かな           坪野洋子
      一休の画讃の軸や名残の茶           松永敏江

障子洗ふ

      香煙の染みたる障子洗ひけり          安藤幸子

冬仕度

      糸瓜棚外し如庵の冬仕度            武田稜子
      藁苞の藁切り揃へ冬用意            梅田 葵
      冬支度軒まで薪積む宿場            尾関佳子
      味噌蔵の裏に石干す冬支度           伊藤範子
      手に伝ふドリルの震へ冬支度          小田二三枝

障子貼る、障子入れる、襖入れる

      障子貼り替へし座敷に碧の軸          栗田やすし
      貼りたての障子明かりに嬰寝かす        久野和子
      貼り終へし障子にぬくき入日かな        幸村志保美
      貼り替へし雪見障子に鳥の影          高木佐知子
      障子貼る朝より風のなき日和          下里美恵子
      茅屋根にやはらかき日や障子貼る        井沢陽子
      山の日を集めて峡の障子貼り          藤田岳人
      声ひびく仏間の障子張り替へて         岸本典子
      谷川の音を遠くに障子貼る           高橋幸子
      障子張り蛹のやうに眠りけり          八尋樹炎
      二人居や不器用に貼る白障子          武藤光リ
      噛み合はぬ夫との会話障子貼る         岸本典子

牧閉す、閉牧

      しんがりの仔牛撫でやり牧閉す         長江克江
      八ヶ岳全山見えて牧閉ざす           村田和佳美
      オホーツクの波音残し牧閉ざす         栗田せつ子
      艶やかに牛磨かれて牧閉ざす          内田陽子
 

下り簗

      下り簗ただ轟轟と鳴るばかり          谷口千賀子

(えり)解く

         *えりは魚偏に入
     (えり)すでに解かれ湖国の旅愁かな      小長哲郎    *(えり)は漢字

落し水、水落す、田水落す

      音高し木曽の棚田の落し水           栗田やすし
      落し水終は光の粒となり            田畑 龍
      堰の板一枚外し水落す             神尾朴水
      鮠の子がおよぐ田水の落し口          兼松 秀
      一振りの鍬に音立つ落し水           兼松 秀
      真直に草の畔来て水落す            丹羽康碩
      百枚の棚田にひびく落し水           坪野洋子
      石ひとつ外し棚田の水落す           上田博子

威銃、鹿威

      安曇野に入るやとどろく威銃          松本恵子
      威銃常念岳に厚き雲              平松公代
      お六櫛買ふ街道に威銃             高橋悦子
      威銃我にのこりし兵の所作           服部安三
      たれつづけ鵜山へ届く威し銃          近藤きん子
      妻待ちてそぞろ歩きや威し銃          井上 梟
      単線の駅舎にひびく威銃            森 靖子
      山峡や十坪の小田に猪脅し           夏目隆夫
      姥捨ての棚田に谺威し銃            上村龍子
      威し銃とどろく木曾の石畳           上村龍子
      鹿威しひびく武田の館跡            市原美幸
      山峡にひびきどほしや威銃           坂本操子

鹿垣

      猪除けの電線ひかる和紙の里          上杉和雄

秋耕

      秋ならし済みし茶畝の締りたる         山田悦三
      秋耕や脱ぎし上着を枝にかけ          飯田蝶子
      秋耕や新しき鍬日を返す            牧野一古
      海よりの風を鋤き込み秋耕す          伊藤範子
      秋耕の土濡らしゆく日照雨かな         小蜥テ民子
      秋耕や甘樫丘煙らせり             武藤光リ
      敷藁を燃して秋耕始めたり           河合義和

牡丹根分、牡丹接木、牡丹植う

      牡丹の根を分け坪庭豊かにす          清水弓月

芍薬根分

大根蒔く

      手のひらで土を均して大根蒔く         栗田やすし
      夕映えに頬染めて蒔く大根かな         宇野美智子
      大根蒔く鹿の足跡ならしつつ          宇野美智子
      この峡に一代(ひとよ)終らむ大根蒔く     清水弓月
      鉄塔に風鳴る音や大根蒔く           清水弓月
      知らぬ間に薄暗がりや大根蒔          兼松 秀
      大根蒔き静かに夫の忌明けかな         澤田正子
      松並木抜け来し風や大根蒔く          岸本典子
      駐在所一畝だけの大根蒔く           尾関佳子
      老一人高く畝立て大根蒔く           関根近子
      大根蒔く畝に挿し置く種袋           関根近子
      大根蒔く海と山との間の畑           森 靖子
      大根蒔く陶土の谷の番屋裏           山本光江
      大根蒔く土の湿りをたしかめて         山田悦三
      三粒づつ大根蒔くや雨後の畝          高橋幸子
      茜雲たなびく夕べ大根撒く           河合義和
      鍬の刃に尖る夕日や大根蒔く          武藤光リ

牛蒡引く、牛蒡掘る

      新ごばうの香り満ちたり夕厨          森 敏子
      掌を土に染めつつ牛蒡引く           太田滋子
      若僧がねぢり鉢巻牛蒡引く           河村恵光
      雨降つてほど良き土や牛蒡抜く         安藤一紀
 

案山子、鳥威し

      背広着てメガネ掛けたる案山子かな       武藤光リ
      鳥威の凧舞ふ上総米どころ           武藤光リ
      ヘルメット被る案山子や満州路         さとうあきこ
      刀差す案山子に峡の入り日かな         江口ひろし
      学校田案山子のどれも名札つけ         今井和子
      田の畦に案山子積まるる向き向きに       坂本操子
      破れ案山子磔刑のごとうなだるる        神野喜代子
      手を繋ぎ案山子立ちをり学校田         八尋樹炎
      背番号「17」番の案山子殿          八尋樹炎
      神の田に威儀を正して案山子立つ        伊藤旅遊
      黄門に似せたる案山子脚二本          佐藤とみお
      大鴉揺らしてゐたり鳥威            河村惠光
      鳥威遠くに聞こゆ無言館            河合義和
      山を背に並ぶ案山子の怒り肩          松岡美千代
      今日も又夕日見てゐる案山子かな        下山幸重

添水、ばつたんこ、添水鳴る

      写経場の細き机や添水鳴る           鈴木みすず
      人気なき落人の里ばつたんこ          山下智子
      ばつたんこ古池に亀飛び込めり         市原美幸
      落柿舎の添水間遠や鴉鳴く           市原美幸
      歩を止めて添水の鳴るを待ちゐたり       関野さゑ子
      詩仙堂座すれば響くばつたんこ         石川紀子

種採

      種を採る腰の袋の軽きこと           小田二三枝

秋収(あきおさめ)、田仕舞、秋忘れ、土洗ひ

      田仕舞の煙る明日香や夕日濃し         武藤光リ
      田仕舞の煙ひとすぢ散居村           船橋 良
      田仕舞の藁焼く匂ひ遠くまで          大平敏子
      田仕舞の煙たなびく城下町           伊藤貴美子
      田終ひの煙とけゆく薄暮かな          菊池佳子

豊の秋、出来秋、豊年、

      豊の秋古き年貢の割付状            武藤光リ
      出来秋の空の青さや佐久平           武藤光リ
      豊の秋農小屋にある鼠取            武藤光リ
      乳牛の餌食む音や豊の秋            武藤光リ
      金婚や孫得ることも豊の秋           武藤光リ
      ひた歩く西国古道豊の秋            上杉和雄
      登呂の田を子等が刈りたり豊の秋        多々良和代
      田の畦の草焼く媼豊の秋            神尾朴水
      豊作や大人の声の生徒たち           河原地英武
      一村に暮らす一族豊の秋            石原筑波
      豊の秋坪刈の鎌光らする            中山敏彦
      縁日にポン菓子爆ぜて豊の秋          小田二三枝
      豊の秋小銭の光る道祖神            中村修一郎
      豊の秋志功菩薩は身をよぢり          矢野孝子
      出来秋や財布供へし山の神           豊田紀久子
      収穫の泥付け帰るほつかむり          服部鏡子
      出来秋の土間に置かれし一斗枡         坂本操子
      石を置くだけの田の神豊の秋          玉井美智子
      放牛の乳房の張りや豊の秋           丹羽一橋
      村の子の繰る木偶や豊の秋           上田博子
      田の神は畦に積む石豊の秋           関根切子
      高倉に鼠返しや豊の秋             佐藤とみお
      豊年や菜切包丁新しく             中村たか

千振引く、当薬引く

      合掌屋軒に千振り逆さ干す           山本悦子
      みちのくで買ふ千振のひと括り         国枝洋子

新藁、今年藁

      負け牛の湯気の背拭く今年藁          都合ナルミ
      積み上げし新藁匂ふ日和かな          兼松 秀
      新藁をねだりて仔牛顔を出す          横井正子
      新藁の大草鞋吊る仁王門            朝比奈照子
      膝使ひ媼が括る今年藁             下里美恵子
      らくだ舎の飼葉に混る今年藁          牧 啓子
      生れたての牛に敷きやる今年藁         長江克江
      新藁を人抱くごとく運びくる          清水弓月
      田んぼ中押切で切る今年藁           磯田なつえ

砧、衣打つ、宵砧、紙砧、砧女

      打つほどに峡の日落つる紙砧          富田範保

豆引く、大豆引く、小豆引く

      身ほとりに余呉の波音小豆引く         坪野洋子
      姥捨や婆のほまちの小豆干す          中野一灯
      門前の婆が豆干すひと筵            内田陽子

萱刈

      老夫婦背丈越す萱刈りゐたり          花村すま子

蘆刈、芦刈女

      蘆刈の鎌先ひかる伊吹晴            利行小波
      荒縄を腰に八十路の葦刈夫           青木しげ子

蘆火、夕蘆火、蘆火守る、蘆火燃ゆ

      夕づつの鉄路へ蘆火かけ上る          内田陽子
  

鮭打、鮭小屋、手負鮭

      昼灯す鮭の番屋に徳利酒            都合ナルミ
      叩き棒のすり切れてゐし鮭簗場         川島和子
      鮭打棒魚道の傍に忘れらる           近藤文子

崩れ簗、下り簗

      青空に川音もなし崩れ簗            河村恵光
      下り簗足元で鮎飛び跳ぬる           牧田 章
      白黒の映画のごとく崩れ簗           河原地英武
      繕ひし竹の青さや下り簗            石崎宗敏
      簀の芥しろじろ乾く下り簗           上村龍子
      濁流の乗り越えてゆく下り簗          清水弓月
      山腹に石割る音や崩れ梁            清水弓月
      水音の落つるばかりや下り簗          坪野洋子

秋遍路

      満願寺白杖を手に秋遍路            牧田 章
      山門に雨宿りせり秋遍路            竹中和子
      子を連れし島に降り立つ秋遍路         早川文子
      笈摺を縫ひあげて発つ秋遍路          早川文子
      船の席立てば鈴鳴る秋遍路           小田和子
      安産の鐘一つ打つ秋遍路            栗田せつ子
      秋遍路身の丈よりも長き杖           伊藤旅遊

秋思、秋あはれ、傷秋、秋さびし

      秋思かなぎつくり腰の背を屈め         栗田やすし
      秋思濃し式部の筆の般若経           武藤光リ
      青すぎる千曲の川面秋思濃し          武藤光リ
      飛行機の着陸灯にある秋思           武藤光リ
      竜骨を曝す捨舟秋思濃し            武藤光リ
      虫喰ひの子規の小机秋思濃し          坂本操子
      亡き母と姑の夢見し秋思かな          坂本操子
      供華もなき久女の墓や秋思濃き         田畑 龍
      曲がりたるくくり女の指秋思濃し        石川紀子
      紙踏絵板踏絵見て秋思濃し           倉田信子
      赤子抱く天草雛(ひいな)秋思濃し       上田博子
      秋思濃し父出征の城仰ぎ            上田博子
      キャンパスに据ゑし帆船秋寂し         菊池佳子
      篝火に浮かぶ小面秋思濃し           野島秀子
      未来とは死後も含むや秋思濃し         櫻井幹郎
      旅の文届き秋思の深みたる           清水弓月
      秋寂ぶや寺田屋にある裏梯子          鈴木真理子
      秋寂ぶや梁に鳩除け五寸釘           矢野孝子
      ヴィーナスの腕無き腕の秋思かな        矢野孝子
      足細き空也立像秋思かな            鈴木みすず
      秋思濃し武運こめたる日章旗          松本恵子
      触れてみる七つ釦や秋思濃し          山本光江
      阿修羅像眉根に深き秋思かな          佐藤とみお
      腕解かぬゴリラの真顔秋思ふ          佐藤とみお
      手文庫に夫の遺稿や秋思ふ           三井あきを
      頭の垂れし即身仏や愁思かな          河合義和
      切れ長の眼に秋思飛鳥仏            松平恭代
      口ずさむ寮歌秋思の盃重ね           中野一灯
      安売りの犬と目の合ふ秋思かな         久野和子
      天平の秋思の眉根阿修羅像           国枝髏カ
      句碑に手を置けば秋思の定まらず        梅田 葵
      この秋思竹内結子の「ダンダリン」       梶田遊子
      大数珠を繰ればきしめる秋思かな        山崎文江
     

秋意、秋の情、秋の心

      秋愁や土蔵を毀す土けむり           中津川幸江
      

長崎忌(8月9日)

      天仰ぐ聖人像や長崎忌             鈴木みすず
      うねりたる飛行機雲や長崎忌          市江律子
      手に架くる木のロザリオや長崎忌        長崎マユミ
      長崎忌途切れ途切れの法師蝉          武藤光リ     *蝉は旧

敗戦忌、終戦日、八月十五日

      子規堂の籠に鬼灯敗戦日            栗田やすし
      軍服の騎乗の父や敗戦忌            栗田やすし
      拭きこみし卓袱台の艶敗戦忌          上杉美保子
      敗戦忌チラシの裏に句を記す          国枝隆生
      終戦日蛇口の水の漏れ止まず          国枝隆生
      ただならぬ雨来る気配終戦忌          国枝髏カ
      検印の多き郵便敗戦忌             星野文子
      ちやぶ台に軍事カルタや敗戦忌         利行小波
      黙々と終戦の日を歩きゐる           前野一夫
      貨車繋ぐ未明の音や敗戦日           畑ときを
      土塊に茶碗の欠片敗戦忌            井上 梟
      芋粥のほのかに甘し終戦日           大平敏子
      敗戦忌父かりかりと時計巻く          渡辺慢房
      終戦日よはひ重ねし手を合はす         牧田 章
      夕空に小鳥とびかふ敗戦忌           松本恵子
      叩いても鳴らぬラジオや終戦日         牧野一古
      敗戦日二夫にまみえて逝き給ふ         幸村志保美
      古池で魚釣る翁終戦日             梶田遊子
      コロッケを前に黙祷終戦忌           熊澤和代
      珊瑚積む墓標八月十五日            関根切子
      スヌーピーの飛行船飛ぶ終戦日         鈴木みすず
      半月に暈かかりたる終戦日           鈴木みすず
      苦瓜の爆ぜて真つ赤や終戦日          都合ナルミ
      正午さす敗戦の日の花時計           篠田法子
      色褪せし父の肩章敗戦日            丹羽一橋
      半月の朱いろに滲む敗戦忌           河原地英武
      子規堂へ土足で上がる敗戦日          河原地英武
      粉をふく干し藷固し敗戦日           石崎宗敏
      灼けゐたる基地の鉄柵終戦日          龍野初心
      敗戦忌乾く間のなき献水碑           篠田法子
      引く波にガラスのかけら終戦日         八尋樹炎
      早稲の穂の重く色づく終戦日          武藤光リ
      三角波続く沖合敗戦日             武藤光リ
      敗戦日放棄南瓜が畑の隅            武藤光リ
      早稲の穂の垂れて輝く終戦日          武藤光リ
      薄れゆく父の写真や終戦日           河村惠光
      引揚げの白き埠頭よ敗戦忌           谷口千賀子
      米櫃に米を満たせり敗戦忌           栗田せつ子
      無言なる空戦争が終ツタ日           上杉和雄
      遠山の傷あらはなる終戦日           川端俊雄
      味噌汁の貝の砂噛む終戦日           岡田佳子
      敗戦の日の突堤に風強し            山口耕太郎
      草食つて生きし日日はも敗戦日         中村たか
      顔知らぬ兄へ黙祷終戦日            兼松 秀
      

震災忌、防災の日

      震災忌路上に葉書滑り落つ           河原地英武
      床積みの本崩れ落つ震災忌           河原地英武
      折鶴に息つよく吹く震災忌           篠田法子
      構内の点字の手擦り震災忌           市川正一郎
      箸置きに箸を揃へて震災忌           小長哲郎
      炊出しの握り飯食ぶ震災忌           兼松 秀
      ポンプ井の水ほとばしる震災忌         関根切子
      タイマーで飯焚き上ぐる震災忌         小原米子
      石鹸のロゴの磨り減る震災忌          松井徒歩
      教室に生ぬるき風震災忌            荒川英之
      防災の日や教科書で頭を覆ふ          荒川英之
      雨雲の重たきままや震災忌           国枝髏カ

重陽、菊の日、菊の酒、今日の菊(陰暦9月9日)

      重陽や父の形見の腕時計            栗田やすし
      菊の日の電気ブランにほろ酔へり        栗田せつ子
      重陽の光あふるる石舞台            谷口千賀子
      重陽の風に光れりイヤリング          林 尉江
      重陽の雨に鼻緒を濡らしたり          小島千鶴

登高、高きに登る

      登高や雲間に光る千曲川            中野一灯
      母の手を取りて高きに登りけり         伊藤旅遊
      登高やコンビナートの海光る          武藤光晴
      石舞台見ゆる高きに登りけり          倉田信子
      古戦場見ゆる高きに登りたり          倉田信子
      登高や鐘ひとつ打つ寺の昼           田畑 龍

敬老の日、老人の日(9月15日)

      敬老日干菓子配られ戸惑へり          栗田やすし
      敬老の日やネクタイは久し振り         櫻井幹郎
      敬老日夫の夕餉にオムライス          生川靖子
      ファックスで似顔絵とどく敬老日        牧 啓子
      大正のオムライス食ぶ敬老日          岡島溢愛
      敬老日孫よりもらふ赤き靴           佐藤きぬ
      人肌に燗して手酌敬老日            中山敏彦
      敬老日樟の大樹にゆるぎなし          丹羽一橋
      三歳のガールフレンド敬老日          丹羽一橋
      絵手紙に爺の似顔絵敬老日           丹羽一橋
      老老の介護に倦みし敬老日           田畑 龍
      児より届くハートのメール敬老日        廣島幸子
      紅差して市長待つ母敬老日           矢野孝子
      三味の音に歌声高き敬老日           河合義和
      児と競ふトランプ遊び敬老日          豊田紀久子

風車祝(カジマーヤ)沖縄旧暦9月7日95歳の祝

      童心に返る老女は風車祝(カジマーヤ)     手登根 博子

体育の日

      体育の日や韋駄天の踏み出せる         片山浮葉

文化の日、文化祭

      百円の詩集売る娘や文化祭           中野一灯
      たらひ舟傾きて進む文化の日          岡野敦子
      文化の日古紙回収の車過ぐ           片山浮葉
      声援に忘れし台詞文化祭            花村富美子
      外つ国の船の汽笛や文化の日          武藤光リ
      箸袋木綿で作る文化の日            市江律子
      折紙の文化勲章文化の日            河村惠光
      園児らとお茶会ごつこ文化の日         河村惠光
      明治屋にフランスパン買ふ文化の日       角田勝代
      折皺の国旗かかげて文化の日          上杉美保子
      豆腐屋のラッパ高高文化の日          篠田法子
      老眼鏡でさがす「鬱」の字文化の日       篠田法子
      折り紙の花束受くる文化の日          田嶋紅白
      たこ焼に醤油とソース文化の日         田嶋紅白
      窯出しの杯一つ買ふ文化の日          豊田紀久子
      サキソフォンソロの余韻や文化祭        野ア和子
      折りあとの黄ばむ日の丸文化の日        熊澤和代
      古雑誌集めて括る文化の日           丹注N碩
      子の問ひに答へきれずや文化の日        市川あづき

赤い羽根

      銀ブラの力士の胸に赤い羽根          横森今日子
      赤い羽根パジャマに付けて試歩の母       本多俊枝
      配られて書架に忘るる赤い羽根         丹羽康碩
      赤い羽根背丈の順に子が並び          中村あきら
      息止めて胸に受けたる赤い羽根         渡辺慢房
      銀ぶらやボルサリーノに赤い羽根        千葉ゆう

運動会

      運動会果てし校庭夕日満つ           村田和佳美
      アンカーの校長転ぶ運動会           斉藤陽子
      泣きながらバトン渡す子運動会         松本恵子
      泣きながら走る園児や運動会          久保麻季

毛見、検見、毛見の衆、坪刈

      自転車を畦に寝かせて毛見の衆         山本悦子

生姜市、だらだら祭、目くされ市(芝大神宮)(9月11日〜18日)

      生姜市め組の半鐘でんと据ゑ          佐藤とみお

べつたら市、べたら市、朝漬市(10月19,20日日本橋大伝馬町)

      べつたら市樽に残りし麹の香          関根切子
      売り声は女ばかりやべつたら市         関根切子
  

吉田火祭、火伏祭(8月26,27日)

      火祭の勢子衆腰の鈴鳴らし           夏目悦江      前書:富士吉田の火祭
      山小屋も火を焚き応ふ火の祭          坂本操子
      火祭の火屑路面を焦がしけり          中村修一郎

火祭、鞍馬の火祭、鞍馬祭(10月22日)

      火の匂ふ闇となりたる鞍馬祭          武田稜子

ハロウィーン、万妖祭、万鬼祭(10月31日)

      ハロウィーン文化包丁大特価          河原地英武
      ハロウィーンのかぼちや笑へる駅の花舗     中山敏彦     *前書き=新宿駅
      ハロウィン悪魔のしつぽもげてをり       関根切子
      ハロウィーン魔女の分厚きつけまつげ      金原峰子
    

八幡祭、放生会、放ち鳥、放ち亀、鶴岡祭

      祓はれて金魚片寄る放生会           篠田法子
      放生会鵜匠法被で合掌す            市江律子

宗祇忌(旧7月30日)

      百選の水に日の斑や宗祇の忌          福田邦子

炎熱忌、草田男忌(8月5日)

      炎熱忌一直線に真鯉来る            山本玲子

世阿弥忌(旧8月8日)

      世阿弥忌の世阿弥に供ふ笛一管         篠田法子
      夜もすがら響く波音世阿弥の忌         川端俊雄

一遍忌、遊行忌(旧8月22日)

      遊行忌や柳散り敷く番所跡           武藤光リ

西鶴忌(旧8月10日)

      西鶴忌むかし廓の櫛箪笥            篠田法子
      行灯に残る蝋涙西鶴忌             内田陽子
      落款の朱印べたつく西鶴忌           井沢陽子

夜半忌、底紅忌(8月29日)

      塗り箸の先ひんやりと底紅忌          河原地英武

木歩忌(9月1日)

      白萩や木歩の眠る向島             武藤光リ
      木歩の忌膝なだめつつ山頂へ          国枝髏カ

夢二忌(9月1日)

      野も湖も霧の膨れて夢二の忌          茂木好夫
      姿見のすみずみ磨く夢二の忌          上村龍子
      野に探す宵待草や夢二の忌           武藤光リ
      丹念に髪梳く朝夢二の忌            山本玲子
      朝空に透ける半月夢二の忌           中村たか
      黄昏の白きうなじや夢二の忌          岡田佳子

綾子忌(9月6日)

      今もなほ師の手の温み綾子の忌         栗田やすし
      吾亦紅活けて綾子の忌に集ふ          栗田やすし
      鶏頭の種採ることも綾子の忌          栗田やすし
      流れゆくもの美しき綾子の忌          栗田やすし
      山の端に火色の入り日綾子の忌         松本恵子
      綾子忌や富士晴れの風身ほとりに        松本恵子
      文机に木綿縞敷く綾子の忌           牧野一古
      綾子の忌すすきの新穂つややかに        角田勝代
      木曽川のひかり眩しき綾子の忌         幸村志保美
      杉苔に露の玉置く綾子の忌           河合義和
      飛切りの今朝の青空綾子の忌          上田博子
      秋草の色みなやさし綾子の忌          上田博子
      丹波路も今頃花野綾子の忌           上田博子
      木曽川の帰燕見送る綾子の忌          豊田紀久子
      綾子忌の雀鶏頭ついばめり           豊田紀久子
      綾子の忌過ぎて秋空高まれり          豊田紀久子
      群青の空つつぬけに綾子の忌          廣島幸子
      秋日さす芝生の青さ綾子の忌          中川幸子
      水音に摘む露草や綾子の忌           八尋樹炎
      赤極む珊瑚樹の実や綾子の忌          田畑 龍
      鶏頭の種の艶やか綾子の忌           武藤光リ
      綾子忌と思ふ紫苑の花見れば          武藤光リ
      木綿縞着たき朝なり綾子の忌          小田二三枝
      綾子忌の過ぎて定まる風の色          小蜥テ民子
      綾子忌や句碑の温みを手の内に         河原地英武
      大粒の栗の艶むく綾子の忌           近藤文子
      棗もぐ空の青さよ綾子の忌           都合ナルミ     *もぐは漢字
      萩咲いて風新しき綾子の忌           倉田信子
      零余子飯ほつこり炊けて綾子の忌        石川紀子
      夜更まで栗剥きゐたり綾子の忌         沢田充子
      草の葉に露一粒や綾子の忌           山本玲子
      野ぶだうの色づき初めし綾子の忌        小島千鶴
      綾子忌の空の青さを称へけり          服部鏡子
      文机に露草活くる綾子の忌           川島和子

去来忌(陰暦9月10日)

      雨止みて草の匂へる去来の忌          石橋忽布

牧水忌(9月17日)

      流れゆく雲の気ままよ牧水忌          中野一灯

子規忌、糸瓜忌、獺祭忌(9月19日)

      獺祭忌本売りに出て売らず来し         栗田やすし
      抽斗に遺りし薬獺祭忌             中村たか
      本棚の一書斜めや糸瓜の忌           二村美伽
      獺祭忌朱の線多き夫の辞書           足立サキ子
      家計簿の余白に一句獺祭忌           森垣一成
      子規いつも横顔ばかり子規忌くる        山 たけし
      衣被塩で味噌でと獺祭忌            齊藤眞人
      オンラインで進む会議や獺祭忌         牧野一古
      鉛筆を細身に削る獺祭忌            松井徒歩

汀女忌(9月20日)

      汀女忌や絵本の角にぶつけ皺          河原地英武
      汀女の忌芋を煮つむる匂ひかな         渡邉久美子

賢治忌(9月21日)

      岩手山裾まで晴れて賢治の忌          熊沢和代
      光年の星のまたたき賢治の忌          音頭恵子

八雲忌(9月26日)

      八雲忌や魔物に押さへらるる夢         片山浮葉
      芳一もろくろ首も八雲の忌           武藤光リ

蛇笏忌、山廬忌(10月3日)

      蛇笏忌の過ぎてにはかに火の恋し        栗田やすし
      露けしや明日は蛇笏の忌と想ふ         栗田やすし
      蛇笏の忌稜線の藍深まりぬ           中野一灯
      蛇笏忌や稜線高く秋の星            武藤光リ
      蛇笏忌の過ぎて十日や鵙の贄          武藤光リ
      蛇笏忌の夕日あまねき大河かな         山本玲子

素十忌、金風忌(10月4日)

      切株の苔さみどりや素十の忌          河原地英武
      生れたての目高貰ひに金風忌          上田博子

中也忌(10月22日)

      教室の机寄せ合ひ中也の忌           河原地英武

源義忌、秋燕忌(10月27日)

      青空の流れゐるかに秋燕忌           河原地英武
      東大の学食で喰む秋燕忌            巽 恵津子
      源義忌黄ばみの著き文庫本           武藤光リ

白秋忌(11月2日)

      赤き実のこぼるる道や白秋忌          鈴木みすず
      舟べりに柳散り込む白秋忌           伊藤範子
      椋鳥騒ぐ落葉松林白秋忌            武藤光リ

欣一忌(11月5日)

      ウイスキーグラスに夕日欣一忌         栗田やすし
      欣一忌過ぎて二日の甲斐泊り          栗田やすし
      泰然と色変へぬ松欣一忌            栗田やすし
      竹藪の静かな朝よ欣一忌            矢野愛乃
      文机にぶなの実五つ欣一忌           角田勝代     *ぶな=木偏に無。
      白鳥の便りぼつぼつ欣一忌           都合ナルミ
      抱瓶の朱の色深し欣一忌            中川幸子
      原稿のペンなめらかに欣一忌          国枝隆生
      抱瓶を書棚に飾る風木忌            角田勝代
      大菊きはだつ白さ欣一忌            鈴木真理子
      糸ほどの月が低きに欣一忌           矢野孝子
      艶極む南天の実や欣一忌            佐藤とみお
      武蔵野の長き夕映え欣一忌           山口耕太郎
      南天の少し色づく欣一忌            武藤光リ
      青空に残る花梨や欣一忌            中村たか       *原句のカリンは難しい漢字
      新宿に富士くつきりと欣一忌          栗田せつ子

稲、稲の花、稲の波、稲の秀

      稲の花咲くを待たずに逝きにけり        花村つね
      部落みな石州瓦稲実る             小石峰通子
      福祉バスゆつくりと行く稲穂道         高橋幸子
      稲穂道母繰り返す童唄             高橋幸子
      恵那山の風俄なり大稲田            前田史江
      穂孕の風をまとひて嬰あやす          沢田充子
      稲の花母の遺せし鎌錆びし           中根多子
      飢ゑし日の遠くなりたり稲の花         上杉美保子
      湿原に遠鳴く牛や稲熟るる           宇野美智子
      総門の扁額古りし稲の風            近藤文子
      稲熟るる中に入鹿の五輪塔           朝比奈照子
      稲熟るゝ日差し明るし合掌家          掛布光子
      光りつつ稲穂の波の移りけり          磯田なつえ
      月山と鳥海すはる大稲田            倉田信子
      穂孕みの風ただよへり渡岸寺          山下 護
      田の神を祀る棚田や稲の秋           小柳津民子
      風折れの稲の匂へる谷津田かな         坪野洋子
      下校児の赤帽の列稲穂垂る           金原峰子
      手熨斗してたたむTシャツ稲の秋         井沢陽子
      稲の香や月山を雲はなれざる          井沢陽子
      やはらかき輪中の風や稲の花          上杉和雄
      稲を刈る童五人の学校田            中村修一郎
      稲の香の村や曲がれる道ばかり         山 たけし
      稲の香の風の中なる入鹿塚           石川紀子
      御穂田の稲穂ふくらむ磯日和          平 千花子
      穂孕みの風の甘さや雨上がる          平松公代
      御嶽の裾野明るし稲穂波            服部鏡子
      稲乾く音のかすかに峡の晴           伊藤範子
      稲の花見むと跼めば田の熱気          田畑 龍

早稲、早稲の香、早稲田

      熟れ早稲の匂ひの中の木偶舞台         倉田信子
      早稲の香や遠流の島の古墳山          豊田紀久子
      勝ち牛の幟はためく早稲の道          若山智子
      早稲の穂の黄金光や大落暉           武藤光リ
      青空や早稲の花咲く上総郷           武藤光リ
      風渡る早稲の穂先を泳がせて          武藤光リ
      華蔵寺や磴を吹きあぐ早稲の風         井沢陽子
      降り立ちし駅舎に早稲の匂ひ濃し        横森今日子
      開け放つ二階桟敷や早稲明かり         青木しげ子
      早稲の風大戸開きし土間抜くる         金田義子
      早稲熟るる匂ひの中の絵画塾          伊藤範子
      穀倉の高床抜くる早稲の風           山本悦子
      ふるさとは早稲の匂ひのただ中に        下里美恵子
      五輪果て俄に早稲の香りくる          渡邉久美子

晩稲、おく、晩稲吹かる

ひつぢ、ひつぢ田、ひつぢ穂

   *ひつぢ :ノ木偏に櫓の旁
      ?田に吉次の塚や石二つ             栗田やすし
      ?田に犬走らせるブーメラン           山 たけし
      ?田の轍に昨夜の雨溜る             関根近子      
      山里の?田に立つ農具市             坂本操子      
      紫に伊吹嶺澄めり?の穂             清水弓月       
      ?田に雨のはげしき登呂遺跡           伊藤範子       
      ?田の色づく道を八嶋まで            下里美恵子      
      ?みな穂となりゐたり土佐の国          下里美恵子      
      ?田に墓ふたつ置き散居村            中川幸子       
      ?穂のそよぐ棚田や夕日落つ           山下善久       
      ?穂の出揃ひてをり千枚田            武藤光リ       
      ?田のそよぐみどりや富士の裾          松本恵子
      ?穂の波アルプスの裾野まで           小原米子

芙蓉、酔芙蓉、白芙蓉、芙蓉の実

      開かんと青味帯びたる白芙蓉          中川幸子
      酔芙蓉八尾の坂に水の音            安藤幸子
      白きまま雨に昏れゆく酔芙蓉          矢野孝子
      藁しべを掴んでゐたり酔芙蓉          長谷川郁代
      酔芙蓉まだほろ酔の塀の上           中根多子
      深川や樽に咲かせし酔芙蓉           関根切子
      もの言はぬ義姉を見舞へり酔芙蓉        幸村富江
      酔芙蓉夕風立ちて紅きざす           山本正枝
      酔芙蓉根こそぎ掘つて足場組む         伊藤範子
      志士駈けし伏見の路地に酔芙蓉         巽 恵津子
      新内の三味に色増す酔芙蓉           菊池佳子
      忌に集ふ人も老いけり白芙蓉          山下帰一
      妻在らば喜寿迎へをり白芙蓉          山下帰一
      捨て難き母の三味線城芙蓉           上杉和雄
      山裾の日暮は早し花芙蓉            夏目悦江

白粉花(おしろいばな)、夕化粧

      おしろいの花島原の廓跡            伊藤旅遊
      ぐづる児に白粉花を吹き鳴らす         長崎眞由美
      

紅葉、黄葉、いろは、もみづる

      武蔵野の欅紅葉や師の忌過ぐ          栗田やすし
      散り初めし欅紅葉を眺めをり          栗田やすし
      北上のゆるき流れや紅葉晴           栗田やすし       *北上
      初紅葉美濃と近江をひと跨ぎ          上杉和雄
      たたなはる山に朝日や初紅葉          谷口千賀子
      百済仏紅葉あかりに拝しけり          谷口千賀子
      味噌桶の箍締め直す紅葉晴           江口ひろし
      もみづれり八丁味噌の蔵通り          江口ひろし
      自転車の少女触れゆく夕紅葉          奥山ひろみ
      一本の紅葉明りに九体仏            豊田紀久子
      飾馬桜紅葉に繋がるる             小蜥テ民子
      青空に桜もみづる出世城            中村たか
      剥落の西行の墓散る紅葉            中根多子
      薄紅葉二の丸茶屋に抹茶の香          日野圭子
      帝井の底まで紅葉明りかな           都合ナルミ
      紅葉狩土の匂ひの薄日さす           坂本酒呑狸
      欅黄葉観音様は留守なりし           磯田なつえ
      吊橋のゆれ楽しめり紅葉狩           後藤暁子
      野仏の並ぶ坂道薄紅葉             藤田英子
      笑み給ふわらべ地蔵に照紅葉          黒田昌子
      軍服の野仏拝む山紅葉             川口信子
      石垣の隙間に蔦の初紅葉            塩原純子
      行く雲の翳り忙しき紅葉山           夏目隆夫
      養老や酒と瓢の紅葉茶屋            夏目隆夫
      病窓にメタセコイアの紅葉かな         夏目隆夫
      音立てて紅葉飲み込む鯉の口          坂本操子
      紅葉山霧立ちのぼり明けにけり         土方和子      *土に`あり
      桜もみぢして明るかり綾子句碑         上田博子
      寝釈迦佛もみぢ明かりに黒光る         上田博子
      黄葉散る音のかそけき綾子句碑         坪野洋子
      濃紅葉や谷間に狂ひ小屋の跡          坪野洋子
      紅葉山背負ひ百戸の隠れ里           篠田法子
      一筋の道貫ける紅葉谷             矢野愛乃
      死者の丘紅葉初めたり火出樹(くわでーし)   倉田信子
      幾万の墓碑へ黄葉づるモモタマナ        平松公代
      梅もみぢ綾子の句碑に淡き影          河合義和
      一本の紅葉明るし座禅堂            武藤光リ
      夕紅葉鐘撞く僧に散り継げり          武藤光リ
      紅葉づれり修道院の葡萄畑           武藤光リ
      足竦む地獄のぞきや紅葉燃ゆ          武藤光リ   *鋸山       山紅葉和紙工房の薪爆ずる           鈴木みすず
      夕紅葉寺の鐘聞くねねの道           山下善久
      廻廊の白き三和土や紅葉冷           井沢陽子
      能舞台桜紅葉の一葉散る            栗田せつ子
      もみづれり湖畔を染むる箒草          中村修一郎
      薄紅葉ピカソ観し目にやさしかり        佐藤とみお
      友禅糊落とす流れや薄紅葉           小島千鶴
      杉苔に散るや紅葉の朱一片           清水弓月
      

紅葉かつ散る、色葉散る

      紅葉且つ散る空いろのミニベロに        河原地英武
      紅葉かつ散る血の池の静けさに         栗田やすし
      崖の根に紅葉且つ散る穴仏           矢野愛乃
      山門に紅葉且つ散る永源寺           成田久子
      紅葉かつ散る新居への坂登る          若林美智子
      鬼の子へ紅葉かつ散るかくれんぼ        奥山ひろ子
      紅葉且つ散るとくとくの泉かな         今泉久子
      綾子句碑紅葉且つ散る明るさに         堀内恵美子
      学生の語らふベンチ黄葉降る          水鳥悦枝
      滝壺に且つ散る紅葉筏なす           森 靖子
      紅葉且つ散るや安土のセミナリオ        長江克江
      散る黄葉夕陽のかけら纏ふごと         石崎宗男
      マロニエの黄葉且つ散るシャンゼリゼ      森垣一成
      黄葉且つ散るや出陣学徒の碑          武藤光リ   *神宮外苑

龍田姫

      五箇山に竜田姫呼ぶ神楽笛           山本悦子

銀杏黄葉

      綾子碑へ銀杏黄葉の風やさし          豊田紀久子
      銀杏黄葉手帖にはさみ旅納め          右高芳江
      鳥つぶて銀杏黄葉に突つ込めり         櫻井幹郎
      雨上り銀杏黄葉のきはまれり          小島千鶴

満天星紅葉

      山寺を囲める満天星紅葉かな          大平敏子
      満天星の紅葉極めて木曽暮るる         中根多子
      満天星の紅葉こぼるる石畳           荒深美和子
      一本の満天星紅葉庭を占む           巽 恵津子
      満天星の紅葉に細き今朝の雨          梅田 葵

ななかまど

      ななかまど赤き実たわわ運河沿ひ        笹邉基子
      色薄き飯盛山のななかまど           近藤文子
      アルプスの風に色増すななかまど        角田勝代
      朝靄の湖畔の小径ななかまど          高田栗主
      紅淡し湖を取り巻くななかまど         塩原純子
      人影のまばらな湖畔ななかまど         松永和子
      新しき木道の香やななかまど          磯田秀治
      立山の日を弾きたるななかまど         兼松 秀
      ほどけゆく霧の中よりななかまど        坪野洋子
      ななかまど歩荷にゆづる休み石         中野一灯
      下山急く峠の夕日ななかまど          中野一灯
      ななかまど湯町を風の吹き抜くる        武藤光リ

桐一葉、一葉落つ、一葉の秋、桐の秋

      桐一葉落ちて大きくひるがへり         中山ユキ
      信長の大勝の塀一葉落つ            神尾朴水
      音と光生み一葉の落ちにけり          山たけし
      桐一葉威儀を正して落ちゆけり         伊藤旅遊
      一葉落ち降り出しの雨匂ひけり         平松公代

檀(まゆみ)

楓、楓風(こうふう)

柞(ははそ)

竹の春、竹春

      竹の春風さやさやと久女句碑          田畑 龍
      竹の春はがねの如き子の主張          花村富美子
      竹の春人力車にて祇王寺へ           中川幸子
      竹春の風の中なる師弟句碑           中川幸子
      海舟の別邸跡や竹の春             森垣昭一
      肩寄せて微笑む羅漢竹の春           岡田佳子
      竹の春黒木鳥居のぬくきかな          石原進子
      竹の春夕日に映ゆる赤瓦            砂川紀子
      竹春の風そよぎをり師弟句碑          若山智子
      句碑に声掛く竹春の明るさに          矢野孝子

草紅葉

      御嶽の噴煙はるか草紅葉            栗田やすし
      朝日濃き登呂の遺跡や草紅葉          武藤光リ
      草もみぢ斜面に石の風化仏           武藤光リ
      雲切れて戦場ヶ原草紅葉            武藤光リ
      馬つなぐ石は真ん丸草紅葉           江口ひろし
      山畑の荒放題や草紅葉             中山敏彦
      草紅葉ヤクのチーズを吊し売る         井沢陽子
      貝塚に火を焚きし跡草紅葉           荻野文子
      草紅葉鴉石段跳ね下りる            岩上登代
      草もみじ碧の句碑の字読み切れず        神尾朴水
      隅櫓の屋根に根づけり草紅葉          清原貞子
      草紅葉燃ゆ長瀞の岩畳             坂本操子
      ぼた山の形変らず草紅葉            齋藤真人
      良寛の行乞の径草紅葉             石原筑波
      草紅葉踏みゆく出羽の翁道           中野一灯
      日は西にボタ山覆ふ草紅葉           中野一灯
      芭蕉曾良辿りし道や草もみぢ          倉田信子
      草紅葉七戸の守る平家村            奥山比呂美
      猫寝まる畑の隅に草紅葉            武藤けい子
      草紅葉石塀のみの娼家跡            山本悦子

蔦紅葉

      雨含む碌山館の蔦紅葉             藤本いく子
      高千穂の切り立つ巌蔦紅葉           上村龍子
      蔦紅葉からむ丸子の道標            市江律子
      ひび入りし土蔵の壁の蔦紅葉          奥山ひろ子
      蔦紅葉壁の窪みにマリア像           森垣一成
      蔦もみぢ頂上駅の壁埋む            武藤光リ     *前書き 鋸山日本寺
      石壁を上り詰めたり蔦紅葉           野ア和子

櫨紅葉

      血の色に与一の村の櫨紅葉           森 靖子

柳散る、黄柳、秋柳

      柳散る江戸の名主の長屋門           武藤光リ
      柳散る堀に棹さす城日和            角田勝代
      柳散る染工房の冠木門             佐藤とみお
      花街の名残の橋や柳散る            山本法子
        柳散る橋の袂に方位盤             中村たか 
    

黄落、黄落期

      黄落やマリオネツトの大道芸          武藤光リ
      黄落や上野にダリの美術展           武藤光リ
      黄落や妻の荷物の番をして           山 たけし
      黄落や深き罅ある軍議石            石原筑波
      黄落や橋より暮るる佃島            横森今日子
      船頭の追分節や黄落期             松原 香
      黄落や旅の鞄に火酒の瓶            河原地英武
      本堂の屋根に黄落はじまれり          大橋幹教
      黄落の宿に寄せ木のオルゴール         金原峰子
      唐松の黄落浴びて間伐す            高橋幸子
      黄落やあうむ返しの婆とゐて          長崎眞由美
      黄落期熱きミルクの膜の艶           井沢陽子

銀杏散る、銀杏落葉

      浮浪者の青きテントや銀杏散る         武藤光リ
      薄暗き久女の墓域木の葉散る          日置艶子
      水面まで枝伸びきつて柳散る          山口秀子
      赤門の太き閂銀杏散る             鈴木みすず
      線刻の佃地蔵や銀杏散る            牧 啓子
      定席はカフェの窓際銀杏散る          八尋樹炎
      銀杏落葉門前の庭明るうす           神谷洋子
      銀杏散る旧帝大の石畳             森垣昭一
      鎌倉や公暁(くぎょう)ひそみし銀杏散る    山下美恵
      一村を見下す峠銀杏散る            多々良和世
      いてふ散るダンスの好きな禰宜の妻       片山浮葉
      散銀杏檜皮屋根埋め金色に           清水弓月
      塔頭の裏の静けさ銀杏散る           伊藤範子
      銀杏散る百羽の蝶の舞ふやうに         玉井美智子

荻、荻原、ねざめぐさ、かぜききぐさ

蘆、葦、蘆原、蘆の秋、蘆の花

      蘆笛を吹きて湖面にひびかする         中根多子
      波寄する船番所跡葦の秋            武藤光リ
      貸しボート閉ざす湖畔や葦騒ぐ         武藤光リ
      水郷に孤舟の影や蘆の花            武藤光リ
      長柄鎌横一閃に蘆刈れり            小長哲郎
      芦の穂を舳先で分けて舟すゝむ         下里美恵子
      船降りる宮の渡しに芦の花           若山智子
      けふの日の沈むみづうみ蘆の花         松井徒歩
      

木賊

      坪庭の木賊艶めく蔵茶房            谷口千賀子
      束にして刈りし木賊の軽さかな         幸村志保美

末枯、末枯るる

      紫陽花の毬そのままに末枯るる         都築恭子
      末枯や垂れ下がりたる寄席幟          伊藤旅遊
      末枯の野に影落とすものの無く         伊藤旅遊
      蔓絡む城址の土塁末枯るる           武藤光リ

芭蕉

破芭蕉

      苧績みの婆や喜如嘉の破芭蕉          武藤光リ

秋の七草

      指折りて秋の七草たしかむる          矢野愛乃

秋草、八千草、千草、野の草、

      廃線を覆ひ尽くせり秋の草           横井美音
      牛突きや秋草に撒く清め塩           長江克江
      渡舟場へ途中は狭き千草道           櫻井幹郎
      秋草や無縁となりし異人墓           佐藤とみお
      八千草の吹かるるばかり朱雀門         利行小波
      子規庵の庭に秋草色づけり           太田滋子
      八千草の野の下に在り洞窟(ガマ)の闇     磯田なつえ
      蒙古塚守る八千草刈り伏せて          都合ナルミ
      八千草に囲まれてをり道祖神          上杉美保子
      八千草を活けて仏間に野のかをり        鈴木真理子
      ホスピスの庭八千草のひしめける        武田明子
      秋草や土砂に埋まりし家二軒          小蜥テ民子

露草、蛍草

      露草をコップにさせり朝の卓          日野圭子
      露草や犬の好める水呑み場           山田悦三
      つゆ草や新聞少年笑み返す           加藤百世
      露草の露のこぼるる仏みち           柴田孝江
      露草の藍はればれと眼の癒ゆる         鈴木みや子
      一握り露草供ふ綾子の碑            服部萬代
      露草やポスト食み出す日刊紙          森垣昭一
      露草へ寝かせて洗ふ石地蔵           武田稜子
      つゆ草や桶狭間への道細る           廣島幸子
      露草に鱗とばして鯛捌く            牧野一古
      蛍草インコの墓に児が供ふ           上杉和雄
      陶工の行き来の小径蛍草            倉田信子
      露草や童話の城の洋ランプ           武藤光リ
      露草の色に想へりウクライナ          武藤光リ

鳳仙花

      鳳仙花はじけてゐたり祖母の墓         横森今日子
      鳳仙花自我に目覚めし少女の眼         上村龍子
      病癒え髪梳く母や鳳仙花            田畑 龍
      鳳仙花襁褓干しある島の路地          内田陽子
      はじけ飛ぶ三年二組の鳳仙花          近藤文子
      鳳仙花弾けて昭和遠くなり           下山幸重
      鳳仙花弾く幼の飽きもせず           山本法子

竜胆、りんだう

      月山の雨に竜胆色深む             伊藤克江
      木道に憩ふ老婆や濃りんだう          滝沢昇二
      りんだうの束ごと並べ母の葬          服部萬代
      岩滑り落つる水透く濃竜胆           山 たけし
      竜胆の茎赤らめてすがれゆく          山本悦子
      りんだうの青滲ませて小雨降る         渡辺かずゑ

朝顔、牽牛花

      朝顔や母の遺せし車椅子            栗田やすし
      綾子忌の雨に色増す牽牛花           武田稜子
      母の庭地を這つて咲く牽牛花          伊藤貴美子
      朝顔や遠くなりたる母の家           中川幸子
      朝顔の小ぶりとなりて紺深し          山下 護
      子規庵のあさがほの青色褪せし         玉井美智子
      裏庭に咲く朝顔の紺ばかり           河井久子
      朝顔の鉢二つ提げ銀座線            森田とみ
      朝顔の明日咲く蕾数へけり           小蜥テ民子
      朝顔の清しき色を数へけり           小蜥テ民子
      朝顔に声かけ一日始まりぬ           小蜥テ民子
      朝顔の蜜吸つて母忍びけり           上田博子
      野朝顔からまる岩や自決壕           平千花子
      土手這つて白朝顔のけがれなし         牧野一古

鶏頭

      鶏頭の火の付きさうな一揆村          坪野洋子
      鶏頭のひときは朱き母の墓           上杉和雄
      山車蔵の板目あせたり鶏頭花          溝口洋子
      トロ箱に鶏頭咲かせ路地住ひ          江口ひろし
      ぐい呑みの厚き手触り鶏頭花          石原筑波
      盥水垂らし鎌研ぐ鶏頭花            渡辺久美子
      倒れたる鶏頭の紅鮮やかに           小田二三枝
      仏壇の鶏頭黒き種こぼす            加藤百世
      母へ剪る鶏頭紅の雨こぼす           熊澤和代
      槍鶏頭洗ひざらしの空を突く          熊澤和代
      空青し美瑛の丘に鶏頭燃ゆ           太田滋子
      種こぼす引込み線の鶏頭花           大島知津
      鶏頭に届く夕日や稽古果つ           大島知津
      子規庵の錆びし庇や鶏頭花           鈴木みすず
      

葉鶏頭、雁来紅、かまつか

      四間道に古りし格子戸雁来紅          若山智子
      かまつかや暮れて盥の水温き          酒井とし子

蔦、蔦かずら

      蔦覆ふ頼朝駈けし切通し            長澤和枝
      女人像胸張る蔦の碌山館            高橋悦子
      紅の蔦這ふ太陽の塔の裾            巽 恵津子
      蔦紅葉杉に絡みし箱根道            吉岡やす子
      蔦紅葉銀座に古き小学校            龍野初心

藪からし、貧乏蔓

      売家の看板覆ふ藪枯らし            加藤百世
      猫多き陶器の街や藪枯らし           田畑 龍
      生垣の貧乏かづら引きおろす          竹中和子
      木喰の里静まれり藪からし           石原進子
      孔子像の裾に茂れり藪枯らし          武藤光リ
      寄せ墓を覆ひ尽くせり藪からし         市江律子
      渡し場の踏板覆ふ藪からし           山本法子
      業平の井筒にからむ藪からし          牧野一古
      藪枯らし絡む陣馬の馬防柵           服部鏡子
      ねずみ塚まで薮枯らし群るる道         服部鏡子

風船蔓

      枯れてなほ風船かづら爆ぜもせず        武藤光リ
      秋夕日風船かづらふくらます          井沢陽子
      弁柄の軒へ風船かづらかな           中川幸子
      いくたびも見に出る風船蔓かな         中川幸子
      夕風や風船かづら飛びさうに          中川幸子
      青き香の風呼ぶ風船蔓かな           大島知津

仙人草

      仙人草一人遍路の鈴響く            平松公代
      治水碑へ匂ひかすかや仙人草          国枝髏カ

鳥頭、鳥兜

      鳥かぶと霧が洗ひし濃むらさき         栗田やすし
      山門の脇に色濃し鳥かぶと           大津千恵子
      霊山の峰に群れ咲く鳥兜            河西郁代

曼珠沙華、彼岸花、死人花

      曼珠沙華空を映せし水たまり          栗田やすし
      山の日や畦伝ひ咲く曼珠沙華          栗田やすし
      母恋ふや長良の土手の曼珠沙華         栗田やすし
      曼珠沙華葉となりゐたり石舞台         佐々木美代子
      古戦場土手に真紅の曼珠沙華          上杉和雄
      本郷の露地の深きに曼珠沙華          森垣昭一
      剥き出しの活断層や曼珠沙華          関野さゑ子
      過疎村の寺へ列なる曼珠沙華          武藤光晴
      山の端へ懸かる夕日や曼珠沙華         武藤光リ
      彼岸花番場の宿へ一里てふ           山本悦子
      曼珠沙華手折ればぽきり青き音         山田悦三
      日に燃えて茎ひややかな曼珠沙華        足立サキ子
      父母逝きて身近になりし彼岸花         栗生晴夫
      彼岸花さんばら髪の如く果つ          山本法子
      長雨におじぎし合へる彼岸花          金原峰子
      御嶽の風聴くばかり彼岸花           山本玲子
      南吉の里訪ふ曼珠沙華日和           上田博子

蕎麦の花

      単線の二輌電車や蕎麦の花           夏目悦江
      蕎麦の花山の日暮のいとはやし         牧 啓子
      転作の田や一面の蕎麦の花           佐野文子
      山峡の日暮れは早しそばの花          山口行子
      山の雲晴るる速さや蕎麦の花          服部満代
      大雪(だいせつ)の峰の青さや蕎麦の花     山本光江
      新しきダム湖のほとり蕎麦の花         牧田 章
      白川郷見下す畑や蕎麦の花           牧 和代
      花蕎麦やひとりぼつちの道祖神         山下善久
      浅間嶺を雲離れゆく蕎麦の花          青山美佐子
      蕎麦の花海の朝日を満面に           中川幸子
      これよりは木曽路としるべ蕎麦の花       服部冨子
      夕暮れてひときは白し蕎麦の花         鈴木みすず
      一面にそばの花咲く休耕田           日野圭子
      蕎麦咲いて峡のひと村暮れ残る         神尾朴水
      木曽谷の空深まれり蕎麦の花          国枝隆生
      故郷に知り人はなし蕎麦の花          伊藤旅遊

秋海棠、断腸花

      秋海棠赤し足助の典籍屋            掛布光子
      秋海棠こぼるる庭や叔母病めり         伊藤克江
      醒ヶ井の戸毎に水場秋海棠           山本悦子
      描き遺す妻の裸婦像断腸花           上杉和雄
      秋海棠子規自画像の口の紅           中村たか
      秋海棠咲くばかりなり尼の寺          小蜥テ民子
      子規の忌が近し病間に断腸花          小島千鶴
      忌の近き子規の机に秋海棠           岸本典子
      子規の庭秋海棠の咲き初むる          福田邦子
      秋海棠映る池面に浪のしわ           清水弓月

数珠玉、ずずご、とうむぎ

      おかつぱの掌に光りたる数珠の玉        菊池佳子
      数珠玉や湧き水の鳴る寺の径          漆田一枝
      数珠玉を一輪挿しに鴫立庵           下里美恵子
      数珠玉を揺らして水の走りをり         日野圭子
      数珠玉や祠朽ちたる道祖神           武藤光リ

烏瓜、蛇瓜

      蛇瓜の影もとぐろを巻きゐたり         河原地英武
      枯れ際の色を濃くせりからす瓜         利行小波
      竹藪に絡みて熟るる烏瓜            中山ユキ
      三輪山の夕日したたる烏瓜           高橋ミツエ
      山の辺の道にぬた場やからすうり        金原峰子
      廃校の裏山ともす烏瓜             桜井節子
      蔓引けば千切れて落つる烏瓜          矢野愛乃
      教会の背戸にからびし烏瓜           矢野愛乃
      猿除けの網に色付く烏瓜            矢野愛乃
      烏瓜枯れ切つてをり揺れてをり         森 靖子
      蔓引けば踊り出でたるからす瓜         倉田信子
            

雀瓜

      秋風にゆれて真白き雀瓜            牧野一古
      炭焼の窯に張りつく雀瓜            国枝洋子
  

カンナ、花カンナ

      人住まぬ庭に真赤なカンナ燃ゆ         川村鎭野
      雨あとのカンナ赤増す尼の寺          松島のり子
      緋のカンナ久女の里に咲き満てり        鈴木英子
      汐の香や鄙びし駅の花カンナ          武藤光リ
      カンナ燃ゆ縄手に古き塞ノ神          武藤光リ
      舟板で囲ふ島畑カンナ燃ゆ           野島秀子

草の花、草花、草花売

      殉教の碑へあふれさす草の花          谷口千賀子
      草の花日毎に未知の老いと会ふ         谷口千賀子
      風呂敷に包む喪服や草の花           武田稜子
      碧住みし根岸の路地や草の花          栗田せつ子
      訪へば廃れし母校草の花            菊池佳子
      ショベルカー草の花ごと山崩す         河原地英武
      ゴム長干す島の洗ひ場草の花          小田二三枝
      この道はふるさとに似て草の花         国枝洋子
      墓守の屋敷跡とや草の花            平 千花子
      日時計の針が撫でゆく草の花          野島秀子
      戦あと見知らぬ草の花ばかり          森 靖子
      豆腐屋の喇叭古刹へ草の花           磯田なつえ
      草の花屈めば水の音かすか           久野和子
      仏壇の供花に添へ足す草の花          武藤光リ
      無住寺の大き墓標や草の花           武藤光リ

草の穂、草の穂絮、草の絮

      草の絮鉄砲狭間に吸はれけり          竹中和子
      娼館の床吹き溜る草の絮            武田稜子
      菊坂や質屋の屋根の草は穂に          矢野孝子
      ひかりつつ草の絮とぶ飛鳥川          福田邦子
      草の絮とばす駿馬が尾を振つて         森 靖子
      草の絮頬赤らめて児が飛ばす          鈴木華子
      国境印す石碑へ草の絮             熊澤和代
      穂絮とぶ海へ伸びたる滑走路          熊澤和代
      灯台の高さへ飛べり草の絮           宇佐美こころ
      草の絮とんで手漕ぎの舟追へり         金田義子
      草の絮とぶ南吉の墓の道            幸村志保美
      近道を抜けて草の穂まみれかな         谷口千賀子
      蚕の宮の裏は崖なり草の絮           松永敏枝
      廃業の牧に漂ふ草の絮             豊田紀久子
      子の鳴らす靴は空色草の絮           橋本ジュン
      谷風に乗りて鞍馬へ草の絮           高柳杜士
      草の穂を薙ぎてドクターヘリ発てり       坪野洋子

蒲の穂絮

      夕日差す中洲に蒲の穂絮とぶ          夏目悦江
      宍道湖に長き夕映え蒲の絮           本多俊枝
      蒲の穂を抜け来て風のほぐれけり        鈴木みすず
      蒲の穂の風にほぐるゝ日和かな         矢野孝子

星草、水玉草、白玉草

      星草に陽射し明るし狩場跡           小蜥テ民子

狗尾草、ゑのこぐさ、ねこじゃらし

      渡し舟待つや岸辺に猫じやらし         栗田やすし
      猫じやらし手をつなぐ子のよく跳ぬる      内田陽子
      雨過ぎし狗尾草に低き風            中山ユキ
      廃校の花壇一面猫じやらし           坂本操子
      やちむんの里背丈越すねこじやらし       只腰和子
      空濠はゑのころ草の野となれり         国枝洋子
      遺されし徳利に挿しぬ猫じやらし        安藤幸子
      夕暮の風と遊べり猫じやらし          太田滋子
      近道はゑのころ草が狭めをり          谷口千賀子
      種飛んで痩せし穂揺らす猫じやらし       野ア和子
      主なき畑に今日も猫じやらし          武藤けい子
      武家屋敷跡の空地や猫じやらし         富田範保
      登園の幼女に貰ふゑのこ草           今里健治
      子の墓の早や茂りたる猫じやらし        武藤光リ

草じらみ、藪虱

      草虱指すべらせて落しけり           河原地英武
      草じらみつけ行商の荷を解けり         上杉美保子
      くさじらみ取り神前に膝正す          豊田紀久子
      草虱つけて路地くる子供獅子          若山智子
      さて何処で付けて来しかや草虱         夏目隆夫
      草虱野に遊び来し名残なる           夏目隆夫
      撫子句碑訪ひてつけ来し草虱          松本恵子
      草虱つけて小紅の渡しまで           磯田なつえ
      枯れ切つて矢切の土手の草じらみ        武藤光リ
      草虱つけて一茶の里巡る            熊澤和代
      五阡歩やズボンの裾に草虱           渡邉久美子
          

牛膝、ゐのこづち、ふしだか

      いのこづち帽子に付けて下校の子        加藤都代
      ゐのこづち付きし単車の旅鞄          渡辺慢房
      軍馬の碑訪へばとびつく牛膝          廣島幸子
      牛膝つひにズボンを脱ぎて取る         加藤ゆうや
      ゐのこづちでんぐり返る児の背に        長崎マユミ

おなもみ

      おなもみをぶつけ合ひたり下校の子       加藤百世
      おなもみを顔中つけて猫帰る          河村惠光

盗人萩

      猫帰るヌスビトハギを身にまとひ        阪元ミツ子
      父母の墓訪はな盗人萩は実に          熊澤和代
      荒畑盗人萩の真つ盛り             上村龍子
      絞り見て盗人萩の道帰る            小島千鶴
      教会へ盗人萩の道のぼる            久野和子

赤のまま、赤のまんま、犬蓼の花

      硫黄山裾に根付きて赤のまま          近藤きん子
      赤のまま色を濃くせり婚の家          太田則子
      赤のまま活くる丹波の小さき壺         服部満代
      ままごとのひとりあそびや赤のまま       菊山静枝
      高札の薄れし文字や赤のまま          鳥居純子
      赤のまま慰霊の丘に吹かれをり         下里美恵子
      傾ぎたる墓石多し赤まんま           伊藤旅遊
      良寛の行乞の地よ赤のまま           伊藤旅遊
      赤まんま子供神輿の通る径           武藤光リ
      湿原の風たをやかに赤のまま          国枝洋子

蓼の花、穂蓼、桜蓼、大犬蓼

      彩色の残る観音蓼の花             神尾知代
      牧水碑前うす紅の蓼の花            巽 恵津子
      藍の花染工房の屋敷畑             夏目悦江
      師の句帳よりはみ出せり桜蓼          小島千鶴
      陶土掘る泥にまみれし蓼の花          武田稜子
      降り出しの雨が弾けり蓼の花          服部鏡子
      恋成就願ふ陽石たでの花            金田義子
      石垣をめぐらすくらし蓼の花          坂本操子

継子の尻ぬぐい

      落人の村に継子のしりぬぐひ          中根多子
      沢音のかろし継子の尻ぬぐひ          国枝洋子
      隠沼のほとり継子のしりぬぐひ         金田義子
      生け垣に絡むままこのしりぬぐひ        矢野愛乃

水引草、水引の花、銀水引

      山寺の水引草や雨きざす            厚味當子
      水引のひと叢赤し一茶句碑           成田久子
      水引の花に一つづつ雨の玉           武山愛子
      人住まぬ庭に水引草こぼる           中根多子
      塗り剥げし母の庭下駄水引草          宇佐美こころ
      楸邨の飛蝗の句碑や水引草           武藤光リ      前書き:九品仏
      帝井の裏の水引咲き揃ふ            長崎眞由美
      石佛に水引草の紅こぼれ            牧 啓子
      あるなしの風よろこべり水引草         井沢陽子
      風葬の地の供華ならむ水引草          伊藤旅遊
      水引草鋼のやうな茎と枝            磯田なつえ

麝香草

      麝香草薫る一等三角点             平松公代

鬼灯

      屋台の灯ほほづきの色染めあぐる        武藤光晴
      鬼灯や開けつ放しの母の家           林 尉江
      藤村の墓にほほづき色尽す           青きしげ子
      鬼灯を鳴らし卒寿と笑みたまふ         山 たけし
      鬼灯を揉めば聞こゆる祖母のこゑ        近藤文子
      山寺の百のほほづき明りかな          利行小波

菊、菊日和、菊の宿、菊作り

      ゆつくりと車椅子押す菊花展          鈴木みすず
      耳かきで花ととのふる菊師かな         鈴木みすず
      父の古書座して整理す菊日和          大橋幹教
      菊の香や花嫁の笑む神の庭           榊原昌子
      深眠る稚児祓はるる菊日和           丸山節子
      菊日和耳ふくよかな飛鳥仏           加藤ノブ子
      耳長き籠大仏や菊香る             市川克代
      空き腹にデンキブランや今日の菊        笹邉基子
      百歳の父へ銀盃菊日和             鈴木美登利
      琵琶鳴らす指の白さよ菊日和          上杉美保子
      迷ひ入る京の小路や菊日和           益田しげる
      菊香る大きな耳の飛鳥仏            奥山ひろみ
      漱石と話したきこと菊日和           河原地英武
      髪染めて夫若やげり菊日和           熊谷タマ
      鑑真廟供華の白菊香りけり           石原進子
      ぼろぼろの歳時記棺に菊薫る          坂本操子
      文字のなき吉次の墓や小菊咲く         森 靖子
      子の婚に集ふうからや菊薫る          武藤光リ
      孫を得て孫詠はずや菊日和           武藤光リ
      余生なる上総棲ひよ菊日和           武藤光リ
      菊の鉢並ぶ馬籠の深庇             山本悦子
      錻力屋の歪むガラス戸菊の鉢          佐藤とみお
      木喰の里に菊焚くうす煙            磯田なつえ
      門灯のやうに置かれし黄菊かな         武藤けい子
      戦死日が勲章授与日菊かをる          橋本ジュン

残菊、残る菊

      残菊を摘んで供ふる父母の墓          武藤光リ
      色褪せてなほ残菊の直立す           武藤光リ

野菊、野紺菊

      野紺菊一輪絵島の文机に            橋本紀子
      大滝の上はせせらぎ野菊咲く          加藤百世
      野菊晴鐘ひびき来る入鹿塚           清原貞子
      親牛に仔牛寄り添ふ野菊晴           大津千恵子
      匂ひ濃き畑の野菊を刈り残す          藤田岳人
      落人の里や野菊の吹かれをり          福田邦子
      せせらぎの万葉古道野菊晴           武藤光リ
      野紺菊砂浜に靴踏み込めり           安藤幸子
      分校を浸せるダムや野紺菊           山たけし
      端座する良寛像や野菊晴            小蜥テ民子
      武蔵野の風のあまさや野菊晴          山本玲子

紫苑

      紫苑晴れあれが伊吹と指させり         栗田やすし
      奥美濃の雨に紫苑の弓なりに          丹羽康碩
      紫苑晴底まで透きし飛鳥川           宇野美智子
      紫苑咲く奈良井の寺にマリア仏         青木しげ子
      紫苑咲く棚田の畦の行き止まり         国枝洋子
      城址より遠き街見ゆ紫苑晴           清水弓月
      古寺の多き湯の町紫苑咲く           中村修一郎
      紫苑晴まだ真つ白の山車の綱          矢野孝子

秋明菊、貴船菊

      とぎ汁を秋明菊に注ぎやる           栗田やすし
      丈草井秋明菊の咲き乱る            高木佐知子
      遺髪塚秋明菊の揺れ止まず           河合義和
      湯治場や秋冥菊の白まぶし           菊池佳子
      秋明菊群れ咲く一茶位牌堂           中根多子
      秋明菊咲く鷹城の野面積            熊澤和代

浜菊

      浜菊や屋根に石置く蜑の小屋          丹羽一橋

きちこう、桔梗

      二の丸跡名残の桔梗色深し           鈴木英子
      桔梗や朝の茶席のほの暗し           鈴木英子
      仏壇に供ふ桔梗の二番花            鈴木英子

沢桔梗、ちやうじな

      沢桔梗その紫の滴れり             八尋樹炎

コスモス、秋桜

      咲きのこる白コスモスに山の風         栗田やすし
      秋桜地に倒れても咲き競ふ           栗田やすし
      海よりの風にコスモス弾みけり         河原地英武
      コスモスに首といふものあるやうな       河原地英武
      それぞれの風それぞれに秋桜          江口ひろし
      秘仏見てコスモスの風やはらかし        平松公代
      山里の陽のやはらかし秋桜           松平恭代
      ホスピスへコスモスの道続きたり        牧 和代
      秋桜休耕田を埋め尽す             関根近子
      コスモスの地に伏してなほ吹かれをり      関根近子
      コスモスに山の影くる速さかな         上杉美保子
      幼子の声コスモスの迷路より          上杉美保子
      しんがりの園児にそよぐ秋桜          勝見秀雄
      蛸壺にコスモス活くる漁師宿          志知祥子
      コスモスの乱れ咲く郷父母はなし        谷口由美子
      秋桜痴呆となりし友に剪る           森 靖子
      隠れ里畑一面に秋桜              山本光江
      コスモスやいつもどこかが揺れてゐし      志知祥子
      秋ざくら母と遊びし夢ばかり          玉井美智子
      川風にコスモスの色混ざり合ふ         鈴木真理子
      落武者の七人塚や秋桜             長江克江
      コスモスや仔牛の大き哺乳瓶          長江克江
      占ひは待ち人遠し秋桜             奥山ひろ子
      こきりこの里やコスモス色冴ゆる        金田義子
      星の夜のコスモス色を失へり          櫻井幹郎
      見はるかす休耕田や秋桜            田畑 龍
      捨畑に背丈伸びきる秋桜            武藤光リ
      コスモスの海にわが子を見失ふ         酒井とし子
      コスモスに屈めば空の揺れゐたり        梅田 葵
      声姿似てきし姉妹秋桜             渡邉久美子
      鐘楼へコスモスの風般若寺           山崎文江

萩、初萩、こぼれ萩、萩の宿

      ほつほつと先初む萩や許六の碑         鈴木信子
      飯山に仏壇通り萩の花             下田静波
      敷石の隙間埋めて萩こぼる           横森今日子
      湯田中へ通ひし一茶萩の花           伊坂壽子
      雨含む風にこぼるる萩の花           尾崎佳子
      堂の縁拭き込む老女萩の風           石崎宗敏
      岸突いて出る棹舟やこぼれ萩          八尋樹炎
      閑かさや古墳の丘の萩の風           八尋樹炎
      萩の風入れて拭きたり青畳           中山ユキ
      萩咲けり猫の住みつく山の寺          松本恵子
      括られし萩の零るる子規の庭          武藤光リ
      円窓に萩見る寺の空青し            武藤光リ
      洞出でて胸に吸ひこむ萩の風          武藤光リ
      不老井を囲む萩叢もみづれり          武藤光リ
      白萩や木歩の眠る向島             武藤光リ
      新内の三味三下がり萩の風           武藤光リ    *百花園萩まつり
      水牛の渡る小島や萩日和            陳 宝来
      面伏せし即身仏やこぼれ萩           近藤文子
      白萩のまことに白き師の忌日          長江克江
      寺普請源平萩の散りはじむ           角田勝代
      仏間まで萩の風入る合掌家           鈴木真理子
      木曽川の流れ豊かや走り萩           鈴木真理子
      涼やかな眼の人に会ふ萩の寺          吉田幸江
      西行の井戸のにごりや萩の雨          矢野孝子
      起き抜けに使ふ水櫛萩の花           矢野孝子
      子規の井戸名残の萩のこぼれつぐ        下里恵美子
      丹波いま萩咲く頃か空青し           下里美恵子
      風抜けて萩のトンネル膨らみぬ         宇佐美こころ
      山晴れて作務衣の乾く萩の寺          高橋幸子
      菩提寺は無住となれり乱れ萩          山本法子
      萩咲きて綾子先生あるごとし          長江克江
      白萩や磨き抜かれし殉国碑           内田陽子
      こぼれ萩つもる南朝皇居跡           伊藤克江
      萩叢の風をはなさぬうねりかな         倉田信子
        聞法の下座に猫や萩の風            上村龍子
      村址の石の鳥居や萩は実に           安藤一紀
  

葛、葛の葉、真葛、真葛原、葛かずら

      天ぷらにすと摘み来たる葛の花         夏目悦江
      真葛原紅き花穂の立ち上がる          近藤きん子
      葛の蔓鉄砲狭間に絡み付く           都筑恭子
      廃線路覆ひつくせり葛の花           奥山ひろみ
      葛の花ふるさとの道ふさぎけり         伊藤貴美子
      葛の花牛に食はれてしまひけり         竹中和子
      葛の葉をちぎりて靴の泥拭ふ          横森今日子
      刈り伏せて葛の匂へり狼煙崎          若山智子
      葛の葉や石塔なべて兵の墓           伊藤旅遊
      しろがねの川へ迫り出す葛の花         幸村志保美
      葛の葉や倶利伽羅峠雲奔る           石崎宗敏
      葛匂ふむかし一揆のありし地よ         小島千鶴
      丹波路の川を狭めて葛咲けり          岸本典子
      土手高き火薬庫跡や葛盛ん           都合ナルミ     *豊川工廠跡
      井戸のこる離村集落葛の花           岡田佳子
      高きより甘く匂へり葛の花           平松公代

撫子

      撫子の白も咲きけり母の畑           松永敏枝

女郎花、おみなめし

      風とくる鶏舎の臭ひ女郎花           山 たけし
      放鶏の四五羽が庭に女郎花           武藤光リ
      暮れ残る川辺や細き女郎花           渡辺慢房

男郎花、おとこめし

      をとこへしすこしはなれてをみなへし      山下智子
      日の斑揺る養蜂箱や男郎花           八尋樹炎
      痩身の師の忌や風の男郎花           山 たけし
      雑巾の固く干せたり男郎花           山 たけし
      業平の寺に一叢男郎花             長崎眞由美

藤袴、香草、香水蘭、あららぎ

      藤袴咲きてやさしきねねの道          金田義子
      枯れてなほ匂ひ増したり藤袴          清水聡子
      妣に摘む雨のしたたる藤袴           八尋樹炎
      たをやかに蝶を受け止め藤袴          中村たか
      待つことの喜びを知る藤袴           市川あづき

弟切草

      弟切草一本咲けり籠り堂            市江律子

蘭、蘭の秋、蘭の香

      藪蘭へ飛ぶ陶工の刷毛しぶき          八尋樹炎
      教会に婚の賛美歌蘭の花            日野圭子
      胡蝶蘭最後の一花落ちにけり          藤田岳人

溝萩(みそはぎ)、千屈菜、聖霊花、盆の箸

      千屈菜や繋ぎ合はせの丸木橋          新井酔雪
      戦犯の墓や千屈菜あふれさす          長崎マユミ
      溝萩や水なき峡の川底に            山下善久

溝蕎麦、牛の額

      溝蕎麦の白埋め尽す城の堀           矢野孝子
      溝蕎麦や白山麓の堅豆腐            牧 和代
      溝蕎麦の花や川の陽ゆらぎけり         熱海より子
      たそがれの砦みぞ蕎麦明りかな         山 たけし
      溝蕎麦へ瀬音やさしき飛鳥川          林 尉江
      溝蕎麦の花のさかりや木偶の里         倉田信子
      舟着場跡や溝蕎麦一面に            岸本典子
      磨崖仏見て溝そばの種とばす          井沢陽子
      溝蕎麦や縄文人の水場跡            山本悦子

釣船草、法螺貝草

      山伏の隠れ径とや釣船草            国枝洋子
      釣船草母が咲かせて父の庭           宇佐美こころ
      音立てて釣船草に山の雨            八尋樹炎

吾亦紅

      湖に音なき雨や吾亦紅             江口ひろし
      師の句碑に久闊の友吾亦紅           平松公代
      吾亦紅影濃く映り綾子句碑           松本恵子
      句碑すでに地になじみをり吾亦紅        牧野一古
      吾亦紅束ねて売れり道の駅           大倉カツ江
      吾亦紅句碑に供ふる師の忌日          桜井節子
      山の陽を集め色濃し吾亦紅           市川克代
      抜きん出て風に応ふる吾亦紅          坪野洋子
      吾亦紅寂しさうとも気ままとも         堀 一之
      鈴鹿嶺へ沈む夕日や吾亦紅           国枝洋子

臭木の花、常山木の花

      o司(あじ)墓へ小暗き磴や花臭木       栗田やすし
      木曽川の水の濁りや臭木咲く          神谷洋子
      花臭木一揆の里に馬の墓            栗田せつ子
      ひとり住む垣にあかるし花臭木         谷口千賀子

木槿、木槿垣、きはちす

      木槿垣だけ残りをり生家址           松本栗主
      歩のゆるき卒寿の母や花木槿          橋本紀子
      人気なき木槿の家を訪ねけり          畑ときお
      白木槿咲きホスピスの友遠し          桜井節子
      釣瓶井の綱の湿りや白木槿           武藤光リ
      馬宿の木戸に枝張る木槿かな          武藤光リ
      雲低き東北道や白むくげ            武藤光リ
      咲き初むる真白き木槿母遠し          近藤めぐみ
      白木槿盛りの寺や綾子の忌           矢野愛乃
      南吉の句碑に木槿の影ゆるる          市江律子 
      流れくる木槿の花の白さかな          長江克江
  

木犀

      木犀の風やはらかし産着干す          玉井美智子
      木犀の風吹き抜くる杓子庵           矢野愛乃
      薬師寺を出て木犀の香を浴ぶる         二村満里子
      板塀を越えてこぼるる銀木犀          小島千鶴
      金木犀匂ひて闇を深くせり           尾関佳子
      酒汲めり木犀の香に窓を開け          服部達哉
      木犀や弓道場に弦の音             山田悦三
      金木犀ひと夜の雨に散り敷けり         児玉美奈子
      訃報きく金木犀の幽かな香           上杉美保子
      木犀の散り敷く薩摩義士の墓          角田勝代
      金木犀かをる町屋の奈良格子          石川紀子
      木犀の香や恙無く齢重ね            武山愛子
      金木犀こぼれてもなほ香を残す         小長哲朗
      墓仕舞の経読む僧や金木犀           野ア和子
      木犀の香るシーツを畳みけり          関根切子
      磁祖像へ金木犀の風渡る            長江克江

色変へぬ松、色変へぬ杉

      ビルを背に江戸の老松色変へず         牧 啓子
      松の色変へぬ元寇上陸地            八尋樹炎
      色変へぬ松にあぐらし大師像          神尾朴水
      色変へぬ見越しの松や奈良小路         河村恵光
      色変へぬ松や七里の渡し跡           河村惠光

新松子、松ぼくり、松ふぐり、青松笠

      人気なき誓子の浜や新松子           栗田やすし
      曲水のかそけき音や新松子           高橋ミツエ
      信長に焼かれし寺や新松子           金田義子
      新松子灘風匂ふ源平碑             巽 恵津子
      新松子実篤筆の貯金塚             菊池佳子
      新松子潮の香りの浜通り            中村修一郎
      磯風の海女の祠に新松子            野島秀子
      潮風に吹かれて青し新松子           不破志づゑ
      松ぼくり破風に翳して神楽殿          神尾朴水
      大きかり誓子の浜の新松子           廣島幸子
      御油赤坂結ぶ街道新松子            小長哲郎
      新松子浜に誓子の住まひ跡           奥山ひろみ
      新松子都大路の空に映ゆ            牧 啓子
      新松子飛騨の陣屋の空ま青           岸本典子
      新松子人影動く杜の墓所            山崎文江
      頑固なる父の手紙や松ぼくり          今里健治
      二人目の孫誕生や新松子            武藤光リ

十月桜

      あはあはと十月桜咲き満てり          江口ひろし

千振、当薬、千振の花

      千振の小さき花閉づ夕まぐれ          長崎眞由美

棉、棉摘、棉吹く、棉取、棉の桃

      棉の実の一つ弾けし白さかな          武山愛子
      綿の実のはじけて峡の日和かな         日野圭子
      綿弓を打ちたる宮司綿まみれ          牧野一古
      棉打ちの繭まで綿の飛び散りぬ         安藤幸子
      棉摘むや窯の煙突見ゆる畑           長江克江
      棉の実が弾け三河路晴れつづく         梅田 葵
      棉吹くや一際あをき朝の空           加藤ゆうや
      束ね干す棉に陽の差す庫裏の軒         松平恭代
      つややかや嫗の紡ぐ今年棉           川島和子
      海よりの風に棉の実弾けたり          山本光江
      棉の実の弾けて美濃の空青し          大島知津
      鉢の棉吹くを眺めて投票へ           磯田なつえ

薄、芒、芒野、穂芒、芒散る、尾花、花芒、芒の絮

      穂芒や島の一寺に幽霊図            栗田やすし      前書き:沖島
      船着場まで一面の芒原             栗田やすし      前書き:北上
      穂芒や仙石原を風渡る             関根近子
      赤城嶺の風の集へり芒原            関根近子
      師を偲ぶ野にあるやうに芒活け         平松公代
      花芒野麦峠の工女の碑             河野幸子
      御岳の風にすすきの輝けり           柴田孝江
      大菩薩峠芒の暮れなづむ            森 敏子
      女杣すすきの穂絮髪にのせ           佐藤きぬ
      芒原日暮れて白さ残りけり           市川悠遊
      天水に浸す尾花の一括り            大澤渓美
      鈴鹿嶺に雲湧き続く花芒            垣内玲子
      黒雲の迅き流れや花芒             武藤光リ
      夕照や箱根仙石薄原              武藤光リ
      穂薄の沈む夕日を留めをり           武藤光リ
      尾花照る夕日まみれの外房線          武藤光リ
      没日今穂芒金を流すごと            武藤光リ
      旧軍の崩れし遺構すすき吹く          武藤光リ
      疵著きサーフボードや浜芒           武藤光リ
      芒の穂スカイツリーを背とす          武藤光リ
      ほの紅し姫街道の初尾花            塩原純子
      軍港二国の旗や初尾花             平 千花子
      穂芒や田舟揺らして黄昏るる          牧 啓子
      空青き箱根のすすき揺れ通し          太田滋子
      ヴィオロンを磨く芒の風受けて         国枝洋子
      花芒活けて仏間に風通す            鈴木真理子
      夕映えや富士の裾野の尾花原          坪野洋子
      芒挿す備前の壺に耳二つ            矢野孝子
      日を纏ふとも返すとも花薄           松岡美千代

思草、なんばんぎせる、きせる草

      南蛮ぎせる庭の芒に潜み咲く          山口茂代
      咲き残る南蛮煙管紅の濃し           上田博子
      きせる草伊良湖港の岬山に           夏目隆夫
      思草触(さわ)れば横にくび振れり       河原地英武
      うす紅のひしめき合ひて思ひ草         福田邦子
      万葉の径の静けさ思ひ草            国枝洋子

忍草、軒しのぶ、やつめ蘭

      城跡の老松に生ふ忍草             中山敏彦

紫式部、実紫、白式部

      父の忌が明けて色づく実むらさき        小島千鶴
      味噌蔵の甘き香りや実むらさき         河合義和
      実むらさき今も人住む武家屋敷         高平タミ
      ひとり来し禅寺の庭白式部           辻 桂子
      廃屋となりし茶房の実むらさき         岡野敦子
      札所寺錆色きざす式部の実           垣内玲子
      防人の道のほとりに実むらさき         森田とみ
      実むらさき雨をはじきて艶めけり        江口たけし
      み吉野の夕日に映ゆる実むらさき        山本光江
      祇王祇女共に眠れり実むらさき         牧野一古
      地に触れて色を深めし実紫           松本恵子
      文字褪せし一茶の句碑や実むらさき       菊池佳子
      みむらさき長寿坂てふ細き道          武藤光リ
      実紫一茶の句碑の裾隠す            奥山ひろ子
      駅裏の小さきカフェや実むらさき        野ア和子
      川湊跡や色づく実むらさき           福田邦子

小紫、小式部

時鳥草、杜鵑草、油点草

      句屏風を背に水盤の杜鵑草           服部冨子
      いかるがに青々句碑や杜鵑草          山下智子
      子規庵の小庭に群るる杜鵑草          武藤光晴
      一坪の庭に群生杜鵑草             夏目悦江
      聳え立つ石の如来や杜鵑草           武藤けい子

秋の薔薇

      同年と薬談義や秋さうび            谷口千賀子

西瓜、西瓜畑

      古井戸に縄で括りし大西瓜           大橋幹教
      病む母へ小さく切りやる初西瓜         鈴木みすず
      到来の西瓜半分持て余す            辻 桂子
      大西瓜刃先触るれば割れにけり         山下 護
      西瓜食べ種とばし合ふ喧嘩の子         熊谷タマ
      まづ一つ割つて見せたり西瓜売         関根切子
      初物の西瓜一切れ患者食            安藤幸子
      授粉せし西瓜に日付札添ふる          藤田岳人
      大西瓜載せて帰りぬベビーカー         小蜥テ民子
      末生りの西瓜転がるほまち畑          武藤光リ
      西瓜畑荒らす鴉に鍋叩く            河村惠光

南瓜、とうなす、なんきん、南瓜煮る

      畑枯れてうらなりかぼちやころがれり      中山敏彦
      拳ほどの南瓜の尻に藁敷けり          藤田岳人
      風みちの背戸へ置きたる姫かぼちや       金原峰子
      大南瓜地に並べ売る道の駅           中村修一郎

冬瓜(とうが)、とうぐわん、かもうり

      酔ひ醒めに冬瓜汁の冷め加減          夏目隆夫
      朝採りの冬瓜土間に転がれり          三井あきを
      裏畑に冬瓜育て坊の妻             佐々木美代子
      冬瓜の透けて煮上る夕の雨           中山ユキ
      小ぶりなる冬瓜買へり寺の市          石原進子
      冬瓜の味の薄さよ坊泊り            中山敏彦
      忌を修す母の好みし冬瓜汁           日野圭子
      朝穫りの冬瓜土間を狭くせり          田畑 龍
      冬瓜を切ればやさしきやまといろ        今里健治

隼人瓜

      背戸山の猿に喰はれし隼人瓜          夏目悦江

糸瓜、糸瓜の水

      一升ビンたてかけて取る糸瓜水         宮地順一
      子規の間に弱き日差しや糸瓜熟る        武藤光リ
      口ずさむ子規の絶筆花へちま          三井あきを

青瓢、青ひさご

      裏山に廟のしづもる青瓢            鈴木みや子
      丸刈りの少年棋士や青ふくべ          中野一灯
      背の子のひつぱつてをり青瓢          河村惠光

瓢、ひさご、ふくべ棚

      瓢揺れ風やはらかき陶の里           砂川紀子
      瓢の実や舞子が習ふ英会話           小長哲郎
      小瓢箪八坂の路地の古格子           岡田佳子     *箪の単は單

秋茄子、一口茄子

      秋茄子の素揚げの肌の光りたる         石原進子
      神饌の大き秋茄子夜は食ぶ           長江克江
      秋茄子にバーコード貼る老農婦         山下 護
      不揃ひの秋茄子籠に朝市女           龍野初心
      秋茄子や嫁の両腕たくましき          古賀一弘
      笊に採るどれも小振りの秋茄子         丹羽康碩
      真つ先に秋茄子が売れ朝の市          井沢陽子
      窯神に秋茄子供へ茶碗市            奥山比呂美
      艶めでて糠に漬け込む秋茄子          松平恭代
      捨て畑に色艶やかな秋茄子           横井美音
     

桃の実、白桃、ネクタリン

      顔寄せて白桃の香を楽しめり          福井喜久江
      妻に桃供ふ遺愛の赤絵鉢            山下 護
      紅ほのと智恵子の里の桃とどく         近藤文子
      水蜜桃熟るるがままと伊達の友         佐藤とみお
      桃売りの媼優しき飛騨言葉           野島秀子
      白桃を剥く妻の手の皺いとし          丹羽一橋

葡萄、葡萄棚

      空隠すぶだう広がる棚の下           宮澤賢一
      葡萄棚駅舎に熟るる甲斐の旅          藤本いく子
      野ぶだうの海の色して遠流の地         国枝洋子
      たわわなり駅のホームのぶだう棚        長谷川郁代
      野ぶだうの鈴生り蒙古襲来地          八尋樹炎
      廃城の砦裾まで葡萄畑             小柳津民子
      甘き香や修道院のぶだう棚           岸本典子
      一粒の葡萄甘しと母癒ゆる           野島秀子
      夕映えの大地遙かに葡萄熟る          伊藤範子      *前書き:カナダ
      こま切れの空の眩しき葡萄棚          伊藤範子

柚子

      空近き峠の村や柚子熟るる           夏目悦江
      友ら老ゆ焼松茸に柚子しぼり          梅田 葵
      柚子をもぐ空に半月のぼり来し         関根近子    *もぐは漢字表記
      コロコロと柚出る母のポケットよ        小蜥テ民子
      柚子みその香りほのかや患者食         谷口千賀子
      柚子実る室の八嶋の水豊か           国枝隆生
      校門を閉ざす鉄扉の上に柚子          河原地英武

金柑

      金柑の実の色づけり無人駅           熊谷タマ
        金柑の熟れて明るし鵜沼宿           矢野愛乃
      鈴生りのきんかんもぎて佛前に         竹中和子

梨、ありのみ、梨売、ラフランス

      特攻の基地たりし畑梨熟るる          篠田法子
      子を叱る後の空しさ梨をむく          安藤幸子
      手のひらに梨の重さの残りけり         加藤ゆうや
      洋梨に子のてのひらの温みあり         河原地英武
      棚低し跡継ぎの無き梨畑            兼松 秀
      豊満な土偶の腰やラフランス          三井あきを

柿、柿干す、熟柿、吊し柿

      柿熟す馬籠の空に昼の月            栗田やすし
      夕日眩し都府楼跡に小粒柿           栗田やすし
      掌に茶碗のごとく熟柿受く           河原地英武
      餘部の高き波音柿を干す            河原地英武
      人の手に渡りし屋敷柿熟るる          増田昭子
      熟柿落つ伊勢街道の石畳            高橋ミツエ
      熟柿落つ教会の坂ゆるやかに          高橋ミツエ
      峡の空傾け柿をもぎ尽す            篠田法子
      不揃ひに吊る民宿の柿すだれ          篠田法子
      虫が食む木くづこぼれて柿日和         高橋幸子
      高遠の町のはづれやつるし柿          橋本紀子
      奥美濃の寺に猿来る柿日和           安住敦子
      山の辺の婆に熟柿を貰ひたり          小木曽フジヱ
      渋柿の匂ひ残れり満願寺            野村君子
      柿吊す軒に山の日溢れけり           平松公代
      煙立つ京の銭湯柿の秋             立川まさ子
      小粒柿熟れて明るし隠れ里           後藤暁子
      やはらかき光差しけり吊し柿          梅田 葵
      柿熟るる千年坐りゐる仏            栗田せつ子
      峡の村二階も下も柿すだれ           岡野敦子
      掌に受けて夕日の色の柿撫づる         桜井節子
      駐在の軒に粉をふく吊し柿           横森今日子
      百目柿あるだけ吊し甲州路           大谷みどり
      夕日中柿明りして散居村            溝口洋子
      茅葺きの郵便局や柿熟るる           長谷川しげ子
      家苞に夕日まみれのあんぽ柿          武藤光リ
      柿の秋同姓ならぶ谷戸の墓           武藤光リ
      裏庭に柿照る日和作務衣干す          武藤光リ
      二人居や庭に熟柿の落つる音          武藤光リ
      渋柿の生り放題や空真青            武藤光リ
      吊し柿窓に影差す老舗蕎麦           武藤光リ
      夕日濃し一茶の里の吊し柿           武藤光リ
      干し柿の夕日貪る庫裡の軒           武藤光リ
      湖へ向く軒に甘き香柿簾            田畑 龍
      色づくは渋柿ばかり揖斐の里          中山敏彦
      波静か伊根の舟屋に吊し柿           白鳥光枝
      山柿に日ざし移れり都府楼址          倉田信子
      十ばかり物干竿に吊し柿            龍野初心
      盆栽の豆柿あまた蔵座敷            山下善久
      柿たわわ山慮へつづく石畳           磯田なつえ
      柿の実の色づく綾子生家かな          小島千鶴
      白壁に影の伸びたる吊し柿           下山幸重
      老いばかり残るふるさと柿熟す         玉井美智子
      屋根に来て鴉熟柿を食ひ散らす         中山敏彦
      乳を呑む赤子のごとく熟柿吸ふ         三井あきを
      柿熟るる鳥除けネット回らせて         野ア和子
      夕日より赤き蜂屋の吊し柿           渡邉久美子

渋取、新渋、今年渋

      新渋の匂ふ団扇を買ひにけり          宇野美智子

貝割菜、二葉菜

      水鶏塚裏あをあをと貝割菜           中川幸子

間引菜、小菜、摘菜(つまみな)、抜菜、小菜汁

      土こぼし間引菜両の手にもらふ         廣島幸子
      間引き菜の根をしろじろと笊に盛る       清水弓月
      間引き菜の一品で足る昼餉かな         兼松 秀
      間引菜を洗ふ舟屋の手汲み井戸         岡田佳子

紫蘇の実、穂紫蘇

      日の匂ひ放ちて紫蘇の実をしごく        志知祥子
      山の日の残る紫蘇の穂扱きけり         中村たか
      紫蘇の実に夜来の雨の粒光る          日野圭子
      紫蘇の実を扱きし指の夜も匂ふ         松岡美千代

黍、黍引く、黍の穂

      黍晒す庭に引き込む山の水           山崎文江
      どの家も政井姓なり黍吊す           市江律子

落花生、南京豆、ピーナツ

      落花生箸置きにしてJAZZ酒場          渡辺慢房
      漁網吊り落花生干す島の路地          市江律子
      落花生の殻割る妻と音かさね          荒川英之

隠元豆、唐ささげ、隠元ささげ、味豆 *ささげは豆偏に工

      巻き初めしいんげんの蔓やはらかし       大島知津

小豆、新小豆、小豆干す

      小豆干す筵に迫る山の陰            国枝洋子
      参道で買ふつややかな新小豆          山本光江
      小豆畑黄色の花の開ききる           河合義和
      はじけとぶ小豆艶やか浅間晴          高橋幸子
      小豆干す殉教の地に住み古りて         牧 啓子
      伊吹嶺の風に乾しあり新小豆          伊藤登美江
      莢爆ずる音の軽さよ干小豆           若山智子
      縁側の箕に艶めける小豆かな          新井酔雪
      神楽笛聞こゆる庭や小豆干す          長江克江
      明日香路や莚一つの新小豆           武藤光リ

新大豆、みそ豆、大豆干す、大豆煮る

      豆叩く使ひ古せし棒の艶            山田悦三
      新大豆門口で売る峡の家            日野圭子
      奥能登や音たて乾く稲架の豆          牧 啓子
      恵那山の風鳴る峠大豆引く           平松公代
      大釜で大豆煮る湯気波打てり          関野さゑ子
      豆を干す音よく鳴れり能登の晴         市江律子
      門前の婆が豆干すひと筵            内田陽子

玉蜀黍、もろこし、唐黍

      もろこしを畑より買ひて旅終る         森 妙子
      もろこしを焼く一刷毛の醤油の香        渡辺慢房
      玉蜀黍初物の粒輝ける             野ア和子

新生姜、生姜、薑(はじかみ)

      葉先まで匂ひ放てり新生姜           山口登代子
      紅色の皮芳しき新生姜             矢野孝子
      薄切の根生姜干せり晴三日           磯田なつえ
      新生姜漬けて酢の香の清々し          林 尉江

唐辛子、なんばん、ピーマン

      蔵の軒竿一本に鷹の爪             森田とみ
      合掌家軒に吊るせし唐辛子           鳥居純子
      風に鳴る窯場の軒の唐辛子           八尋樹炎
      鷹の爪吊す軒端に憩ひけり           牧 啓子
      軒下に暮れ残りたる唐辛子           渡辺慢房
      蔵窓に吊す小束の唐辛子            山本法子
      吊されて緋色濃くせり唐辛子          小原米子
      鷹の爪干す三成の敗走路            上村龍子
      ピーマン植う青椒肉絲食べたくて        武藤光リ
      紫も黄も良し五色唐がらし           金田義子
      妻籠路や縄に編み込む唐辛子          佐藤とみお
      束ね干す蕎麦屋の軒の唐辛子          松平恭代

辣韮の花、辣韮咲く

      水神の隠し十字や花辣韮            奥山ひろ子
      噂すぐ広ごる村や花辣韮            角田勝代
      砂に膝埋めて覗く花辣韮            都合ナルミ

茗荷の花、茗荷咲く

      茗荷咲くガラスのやうに日を透かし       千葉ゆう
      

茱萸、茱萸酒、あきぐみ

      島原の十字墓石や茱萸赤し           榊原昌子

草の実、草の実飛ぶ

      草の実がちくり肌刺す古墳山          生田美貴子
      切支丹灯籠小さし草は実に           鈴木みすず
      赤ひげの養生所跡草は実に           武藤光リ
      谷戸暮れて鵯上戸朱を点す           武藤光リ
      学帽に草の実つけて帰り来し          河原地英武
      留守の戸やひよどりじようごの実の真赤     鈴木みや子
      はま瑰の実の輝ける津波跡           渡辺慢房          *はま=王偏に攵
      草の実や父に似て来し酒の癖          宇佐美こころ
      熊笹原まむし草の実のたわわ          山下智子
      射干のぬばたまの実や雨弾く          林 尉江

万年青の実

      蕉翁の泊まりし古刹万年青の実         三井あきを
      師の句碑の建つ地万年青の艶めけり       市江律子

蓮の実、蓮の実飛ぶ

      蓮の実とべり円空生誕地            奥山ひろみ
      蓮の実を採れば明日香の日の温み        若山智子
      蓮の実の飛び尽したる宇佐の宮         武田稜子
      蓮の実のまだ零さざる藍の色          関根切子
      縄文の遺跡に弾く蓮の実            市江律子
      鈍色の泥に蓮の実飛び込めり          山下帰一

菱の実、菱採、菱舟

      水郷や菱の実を売る金盥            小蜥テ民子
      菱の実が浮桟橋に絡まれる           角田勝代

枸杞の実

      白粥に枸杞の実甘し中華街           中村たか
      硝子器に枸杞の実灯るごと一つ         内田陽子

敗荷、敗蓮、破蓮(やれはちす)

      破蓮のまへに二人の坐る石           河原地英武
      破れ蓮田いくさ跡めく伊賀の宮         村井まさを
      汐風に鳴る敗荷や蓮如寺            林 尉江
      敗荷になほ美しき夕日影            伊藤旅遊
      敗荷の乾きし音や杜国の碑           奥山ひろみ 
      水昏れて膝折るやうに破蓮           武田稜子
      破蓮水面の己が影と揺る            金田義子
      破れ蓮や遊女の墓の照り陰り          小田二三枝
     

常山木の実、臭木の実

      鈴生りに臭木実を付けピエロめく        武藤光リ
      岩壁に百尺観音臭木の実            武藤光リ      *前書き 鋸山日本寺
      臭木の実一粒づつに朝日差す          中村修一郎
      くれなゐの萼艶やかに臭木の実         伊藤範子

海桐の実

      海桐の実弾けて赤し香良州浜          矢野孝子
      玄海の風に弾けり海桐の実           磯田なつえ
      防人の島に弾けし海桐の実           倉田信子

木の実、木の実落つ、木の実降る

      人気なき不破の関跡木の実落つ         栗田やすし
      下野や防人の道木の実降る           栗田やすし
      木の実落つ三角形の櫓跡            菊池佳子
      木の実食む栗鼠を間近に露天風呂        熊澤和代
      木の実落つ縄文人の汲みし水          藤本いく子
      音立てて峡の小渕に木の実落つ         夏目隆夫
      青桐の実の弾けとぶ爆心地           都合ナルミ
      火焔塚拝む木の実に打たれつつ         都合ナルミ    *焔=原本は旧のところが日
      撫子句碑抱く里山木の実降る          矢野愛乃
      鈴懸の実の明るさよ林火句碑          岸本典子
      木の実降る姫街道に耶蘇の墓          伊藤範子
      信長の夢の城跡木の実降る           伊藤範子
      民宿を閉ぢる話や木の実落つ          相澤勝子
      木の実落つ連隊跡の石の門           中村修一郎
      英訳の芭蕉の句碑に木の実落つ         田嶋紅白
      拓本の墨の湿りや木の実落つ          玉井美智子
      親鸞の墓の静けさ木の実落つ          長江克江
      冬青(そよご)の実落して翔てり番鳥      高橋幸子
      溜りゐる木の実艶めく坂の窪          東口哲半
      首塚の裾に木の実の降りやまず         石川紀子
      一位の実色づく碌山美術館           佐藤とみお
        鈴懸の実の黒々と吹かれゐる          中根多子
      丈高き一茶の墓標木の実降る          松平恭代
      木の実降る吉良一族の墓どころ         大嶋福代
     

木瓜の実

      佃島木瓜の実触るる鰹塚            新谷敏江

梅擬(うめもどき)

      人麻呂の歌碑の小さし梅もどき         小田智子
      梅擬朝の鏡に映りをり             成田久子
      つるもどきからりと弾け茜色          伊藤範子
      梅もどき石灯籠に影伸ばす           八尋樹炎

藤の実、藤は実に

      異人館藤の実の蔓窓辺まで           巽 恵津子
      逆光の藤の実黒し碧の句碑           武藤光リ
      音絶えぬ産湯の井戸や藤は実に         利行小波
      人気なき昼の公園藤は実に           夏目悦江
      藤は実に遺影の笑みにまみゆる日        谷口千賀子
      藤の実を映す芭蕉の舟出跡           谷口千賀子

枳殻(からたち)の実

      白秋のからたちは実に蔵寂ぶる         中野一灯

実南天、白南天

      船倉の壁に影濃き実南天          栗田やすし
      生涯の友ある幸や実南天          栗田やすし
      表札の墨褪せてをり実南天         山 たけし
      酢の倉の庭に鳥居や実南天         幸村志保美
      井戸蓋に南天の実の散りこぼれ       中山ユキ
      四間道の低き軒端に実南天         伊藤登美江
      灯籠に触れて色濃き実南天         大津千恵子
      南天の実の赤々と師の忌日         澤田正子
      実南天町家に残る屋敷神          日野圭子
      実南天朝日に紅を深めたり         関根近子
      艶やかや馬籠峠の実南天          角田勝代

がまずみ、がまずみの実

      電波塔囲みて桷は実となれり          廣島幸子

山茱萸の実

      本陣にはや山茱萸の小さき実          牧 啓子

椋の実

      椋の実が青しと仰ぐ城の道           下里美恵子

楠の実、樟の実

      樟の実の青き匂ひや地蔵盆           幸村志保美

杉の実

      杉の実の降り積む杜や一揆の地         上杉和雄
      野文楽杉の実のとぶ楽屋口           若山智子

檀の実、真弓の実

      師は遠し藪に色付くまゆみの実         矢野愛乃
      露座仏の夕日まみれや檀の実          早川文子
      真弓の実割れて明るし老の家          谷口千賀子

無患子

      旅鞄干せば無患子転がり来           都合ナルミ
      病む足で来て無患子の実を拾ふ         伊藤克江
      むくろじの一つの重み病癒ゆ          河合義和

栴檀の実、樗の実、金鈴子

      母がりの単線駅や樗の実            倉田信子
      有松の空の明るし金鈴子            林 尉江
      金鈴子吹かるるばかり家の跡          松平恭代
      天領の青空揺らす金鈴子            国枝洋子

櫨の実

      摩羅石に櫨の実の降る飛鳥かな         小柳津民子

槇の実

      まだ青き槇の実拾ふ兵舎跡           市江律子
      槙の実の甘し三猿祀る寺            中根多子

黐の実

      黐の実の下に茶釜を並べ売る          松永敏枝

茨の実、野ばらの実

      茨の実ゲーテゆかりの古都に泊つ        中野一灯
      茨の実砦の風に色づけり            久野和子

一位の実、あららぎの実、おんこの実

      一位の実熟るる茂吉の墓の前          林 尉江

橡の実

      橡の実の降り続きをり涌井の辺         近藤きん子
      風穴の奈落橡の実ころげ落つ          山下智子
      大笊に栃の実干せり合掌家           長江克江
      栃の実を踏みしだく音開祖の碑         山田悦三

沢胡桃

      沢胡桃落ちゐる虚子の散歩道          松本恵子
      千枚田貫く流れ沢胡桃             武田稜子
      沢音の響く棚田や沢胡桃            奥山比呂美

椎の実、落椎、椎の秋

      落椎の砂利道踏んで如庵訪ふ          神野喜代子
      藤村の墓に椎の実拾ひけり           高平タミ
      椎の実の膝にたまれり磨崖佛          尾関佳子
      まだ青き椎の実拾ふ関所跡           伊藤範子
      椎の実を拾ふ糺の森を来て           金田義子
      大粒の椎の実拾ふ火?塚            栗田せつ子
      翁句碑読む椎の実を踏みしだき         倉田信子
 

榧の実、新榧子(しんかや)

      榧の実を拾へば山の日の温み          日野圭子
      嘴跡の残る榧の実匂ひ濃し           牧 啓子

椿の実

      地の神に転がる大き椿の実           夏目悦江
      椿の実板張りひと間の五合庵          新谷敏江
      折り取れば雨の滴る椿の実           八尋樹炎
      椿の実音たてこぼる土管坂           岡田佳子
      城跡の風に爆ぜたり椿の実           久野和子

桐の実

      桐の実のはじけし空の真青なる         荻野文子
      桐の実の空たかだかと誓子句碑         上杉和雄
      桐の影踏み桐の実を仰ぎけり          日野圭子
      桐の実の微かに鳴れり日は西に         松平恭代
      桐の実を見に来て風を見てゐたり        栗田せつ子

山査子、山査子の実

      山査子の実のあかあかと苔に落つ        横井美音
      山査子の実や人形のおちよぼ口         岡田佳子

ピラカンサ、常磐山査子の実

      教会の出窓明るしピラカンサ          栗田やすし

ひよんの実、いすのき、ひよんのき

      ひよんの実を吹けば夕暮近くなる        井沢陽子
      ひよんの笛杜国の墓へひびきをり        福田邦子
      ひよんの実を鳴らすみやらび句碑の前      小島千鶴
      ひよんの笛遺影の父に鳴らしけり        山本光江
      ふるさとの風の音なり瓢の笛          近藤文子
      どうしても鳴らぬひよんの実山の晴       利行小波
      陶土谷見下ろし吹けり瓢の笛          小柳津民子
      瓢の実や器用貧乏生まれつき          渡辺慢房

美男蔓(びなんかづら)、真葛(さねかづら)

      長谷観音池に影置くさねかづら         中根多子
      流刑の地青きまま落つかづらの実        平松公代
      美男蔓日をとらへたる藪の中          金田義子
      美男葛つややか旅人歌碑の裾          角田勝代
      紅きざす母郷の寺のさねかづら         角田勝代

柘榴、実柘榴

      土塀より食み出し柘榴撓なる          都築恭子
      佐渡に向く良寛像やざくろの実         新谷敏江
      実柘榴や戦中の惨よみがへる          田畑 龍
      実柘榴やアルミ格子の相撲部屋         国枝隆生
      常滑の沖まで晴れて柘榴爆ず          矢野孝子
      たわむまま風と遊べり柘榴の実         平 千花子
        ざくろ熟る子規絶筆の句碑の裏         幸村志保美
      雨催ひ石榴のジャムを煮詰めをり        中川幸子
      実石榴に海の日が差す窯場道          掛布光子
      石榴熟る吉野の空の薄曇り           林 尉江
      下校児が跳んで撫でゆく柘榴の実        上杉和雄
      実石榴の一つ紅濃き翁寺            日野圭子
      閉校の庭に爆ぜゐて柘榴の実          安藤幸子
      落ざくろ拾へば土の温みかな          近藤きん子

無花果

      無花果の実のあをあをと島の路地        鈴木真理子
      口中に解ける無花果大夕日           山 たけし
      無花果の匂ふ路地来て朝のミサ         玉井美智子
      無花果の裂けて海原群青に           荒川英之
      掌でそつと包み無花果もぎにけり        加藤ゆうや    *原句は漢字:もぐは手偏に宛

銀杏、銀杏の実

      銀杏の踏まれてありぬ宮普請          辻江けい
      銀杏の踏みしだかれし村社           高橋ミツエ
      銀杏の色づく風や弁士塚            栗田せつ子
      深夜バー焼銀杏に舌こがす           武長脩行
      小袋に銀杏売れり山の寺            中村修一郎
      銀杏の実傘撓ませて弾みけり          武藤光リ
      銀杏落つ飢饉供養の石仏            武藤光リ
      とめどなく銀杏降る日よ蟹薬師         澤田正子
      銀杏落つ箒目しるき遊女寺           神尾朴水
      銀杏や熟読したるレシピ本           河原地英武
      青シート広げ銀杏打ち落す           櫻井勝子
      ジュラ紀より生きて銀杏焼かれたる       高柳杜士

団栗、櫟の実、楢の実、樫の実

      団栗の一つ転がる丸木舟            雨宮民子
      どんぐりを拾ふ子供の声はづむ         大平敏子
      くぬぎの実即身仏の塚打てり          上杉美保子
      幼子と声あげ拾ふ櫟の実            廣島幸子
      またあした皆ポケットに櫟の実         橋本ジュン
      ポケットの団栗と乗る帰国便          伊藤範子
      円空の墓にどんぐり一握り           中根多子
      またひとつ団栗落つる日暮かな         関根近子
      どんぐりの落ちて相寄る径の窪         上村龍子

栗、毬栗、虚栗、栗拾、栗羊羹

      毬栗を掌に転がせて句碑訪へり         国枝洋子
      手の痺れかばひて炊けり栗の飯         国枝洋子
      落ち栗の叩く小橋を渡りけり          中村修一郎
      深夜まで一人栗剥く綾子の忌          沢田充子
      竹炭と栗並べ売る無人小屋           松平恭代
      栗の実のこぼれてゐたり釣月軒         橋元信子
      笑栗を置けば艶めく綾子句碑          梅田 葵
      熱き茶を飲めば栗落つ音しきり         清水弓月
      毬栗の青きまま落つ不破の関          清水弓月
      丹波路や叩きて落とす栗拾ひ          石橋忽布
      一袋焼栗買へり夜の駅             河原地英武
      栗飯に十粒残して茹でにけり          石原進子
      山の日の豊かや栗の落つる音          前田史江
      夫在らば傘寿よ栗の飯供ふ           安藤幸子
      向き合ひて女三代栗を剥く           安藤幸子
      近づけば城の隠るる栗拾ひ           櫻井幹郎
      毬栗の屋根打つ音や父病めり          山本光江
      大粒の栗の皮むく夕厨             太田滋子
      綾子碑に供ふ艶よき丹波栗           金原峰子
        栗飯や村の名消えし父の郷           菊池佳子
      毬入れて武蔵の栗の届きたり          松本恵子
      光りつつ落ちし大栗見失ふ           高橋幸子
      ささやかに喜寿の祝の栗ご飯          武藤けい子
      毬栗を供ふ小布施の市神に           山本悦子
      毬栗の一枝活けあり鄙の菓舗          武藤光リ
      日の匂ひ山の匂ひや栗拾ふ           下里美恵子

胡桃、新胡桃、鬼胡桃、胡桃割る

      居残りの子のポケットに鬼胡桃         河原地英武
      鬼胡桃吾にも欲しき秘密基地          伊藤旅遊
      鬼ぐるみ池の水際に枝張れり          横井美音
      鬼胡桃ばかり簗簀に弾みくる          若山智子
      木曽川の瀞(とろ)の青さや鬼胡桃       上村龍子
     

青蜜柑

      岬へは坂道ばかり青蜜柑            小原米子
      遠淡海見晴らす峠青みかん           金原峰子
      青みかん札所への道坂がかり          日野圭子

林檎、姫林檎

      湧水にりんご浮かべて客呼べり         河村恵光
      アルプスに雲湧き林檎色づきぬ         清水弓月
      倶利伽藍の風に色づく早生りんご        辻江けい
      みちのくや木箱で赤き林檎売る         長江克江
      姫林檎色づく信濃駅舎前            田畑 龍
      伊那晴れてはづす林檎の掛袋          中野一灯
      みちのくの空の深さよ姫りんご         若山智子
      身籠りてはや母の顔林檎むく          橋本ジュン
      よく笑ふ少女ら林檎丸齧り           川端俊雄
    

郁子、郁子垂る、郁子の実

      郁子の実をぶら下げ訪へり綾子の碑       澤田正子
      岩肌に郁子の実垂るる奥大井          中村修一郎
      口中に種およがせて郁子喰ぶる         上田博子

通草、あけび

      丹波村まだ色薄き通草の実           大村泰子
      通草採る川に体を乗り出して          山崎文江
      電柱に蔓からませて青通草           中根多子
      朝市の笊に笑みたる通草かな          朝比奈照子
      木洩れ日を浴びて通草の口開く         熊谷タマ
      宿坊のとろりと甘き通草味噌          栗田せつ子
      通草の実雨に色づく行者径           岸本典子
      ころころと笑ふ山の子あけび熟る        桜井節子
      出格子に蔓巻き上げて通草の実         金田義子
      朝市の紫あさき通草の実            金田義子
      リフト小屋笊に通草の爆ぜゐたり        山下智子
      宗悦の書斎を飾る通草の実           野島秀子
      通草の実数へて通る下校の子          森垣一成(昭一改め)
      朝市女笊に蔓ごと通草売る           横森今日子
      蔓つきの通草売りをり道の駅          丹羽一橋
      妻亡くて通草の種を吹き飛ばす         兼松 秀
      通草爆ず廃校となる子の母校          玉井美智子
      頬張りて種持て余す通草かな          大島知津

野ぶだう

      辻神に絡む野ぶだう艶めけり          安藤一紀

棗、青棗、棗の実

      朝の日を弾きて風の棗かな           矢野孝子
      飴色に棗煮上がる匂ひかな           二村美伽
      棗熟れ空一片の雲もなし            中村修一郎
      海峡の風に色づく棗の実            倉田信子
      たわわなる修道院の棗の実           倉田信子
      修院の午後の閑けさ棗の実           梅田 葵
      かはをその句碑へ一粒棗の実          国枝洋子
      アメ横に積むウイグルの棗の実         山田万里子
      棗熟る聖書に数多愛の文字           野瀬ひろ

オリーブの実

      オリーブの熟れて牧場の風やさし        牧野一古

榠りん、花梨、唐梨、きぼけ

     *榠りん 木偏に「さ」
      たわわなる榠?の下に無縁仏          山本光江
      くわりんの実?ぎし指先ほの甘し        澤田正子
      裏山に日の当たりをり榠?の実         高橋 毅
      歪みなきものは鬼つ子榠?の実         伊藤旅遊

ピラカンサス

      日を弾くピラカンサスや友は亡し        牧 啓子

芋、衣被、里芋、芋の秋、芋の秋、芋畑、芋水車

      粒選りの子芋ばかりを届けらる         栗田やすし
      二度までも箸を逃れし衣被           栗田やすし
      芋洗ふ水車のひびき山暮るる          中本紀美代
      衣被つるりと母が頬張れり           荒深美和子
      菊坂の露地の一隅芋育つ            石川紀子
      芋水車流れの速き地蔵川            中山敏彦
      衣被つるりと妻に言ひ負けて          櫻井幹郎
      洗ひ場の程よき流れ芋洗ふ           磯田なつえ
      玄海の風に芋の葉折れ尽す           矢野孝子
      不食芋ひそと咲きたり自決壕          山下智子
      門川の水の疾さよ芋車             角田勝代
      引退の間近な夫と衣被             金原峰子
      穏やかな峡の日差しや芋洗ふ          山本法子
      故郷の土の匂ひの衣被             渡辺慢房
      衣被指三本で押し出せり            兼松 秀
      土つけしままの里芋子に送る          藤田岳人
      山寺の小川に鳴れり芋水車           廣島幸子
      衣被嬰にも小さき力瘤             森垣一成
      幾度の転居も終や衣被             武藤光リ
      芋水車回る夕日の散居村            八尋樹炎

芋茎、芋がら、芋茎干す

      芋茎干す父の遺愛の大笊に           大嶋福代
      芋がらで芋茎を括る朝市女           岩本千本
      濡れ縁に指先染めて芋茎むく          山本悦子
      芋茎吊る行者の宿の深庇            井沢陽子
      斎館へ続く廻廊芋茎干す            平松公代
      男体山遠くに見えて芋茎干す          牧野一古
      宇津谷に掲ぐ屋号や芋茎干す          長崎眞由美
      大ぶりの芋茎反りたる輿の屋根         貫名哲半
      芋茎干す築百年の軒の下            加藤ゆうや

自然薯、山の芋、とろろ汁

      山芋掘る朝日に髭根きらめけり         山田悦三
      リュックより覗く自然薯大和道         小田二三枝
      とろろ汁女ばかりの旅の果て          中根多子
      とろろ汁すする旅籠の奥座敷          小島千鶴
      相席と弾む話やとろろ汁            小蜥テ民子
      二人居の会話虚しやとろろ汁          菊池佳子
      とろろ薯擂るや生き甲斐ある如く        中村たか

むかご、零余子

      漱石の旧居の裏やむかご生る          服部達哉
      師の忌日こぼさぬやうに零余子摘む       長江克江
      山盛りの零余子艶やか道の駅          小里育湖
      大かたは取りこぼしたる零余子かな       菊山静枝
      朽葉ごと袋にもらふ零余子かな         河原地英武
      山城の堀切り跡や零余子蔓           山本悦子
      父のこと母と語るや零余子飯          辻江けい
      蔓引けば零余子こぼるる墓の道         日野圭子
      零余子蔓手繰りて夕日こぼしけり        上田博子
      初むかご供へて句碑に語りかく         倉田信子
      零余子蔓絡む陣馬の馬防柵           服部鏡子
      看取り来て一人の夕餉零余子飯         牧 啓子
      躓きて垣を掴めば零余子落つ          武藤けい子
      ほろほろとこぼるる零余子兵舎跡        佐藤とみお
      零余子蔓引いて疎開の時のこと         武藤光リ

甘藷、干藷、藷堀り

      藷掘るや大地に長き影を曳き          渡辺慢房
      風疼く常陸の陸や藷を干す           渡辺慢房
      陶房の隅山積みの薩摩藷            山本悦子
      土竜威し不意に鳴り出す藷畑          中根多子
      藷掘りの教師備中担ぎきし           長谷川郁代
      藷粥の白味噌仕立て奈良の膳          中山敏彦
      念入りに藷の凹みの泥落とす          藤田岳人
      遺跡掘るやうに甘藷の畝崩す          久野和子
      歓声をあげて子ら掘るさつま藷         河合義和
      藷太る父祖開墾の山畑             佐藤とみお

じゃがいも、馬鈴薯、じゃがたらいも

      馬鈴薯が野に山積みや北の畑          井上靖代
      焚きたての塩に馬鈴薯旨かりし         市江律子

オクラ

      オクラ苗土に馴染めり今朝の雨         日野圭子
      花びらは月光の色オクラ咲く          加藤ゆうや

胡麻、神胡麻、胡麻の実

      一つ揺れつぎつぎ揺るる胡麻菜かな       山下智子
 

茸、茸山、茸飯、茸汁

      パン屑のやうに乾ける茸かな          河原地英武
      妻と飲む和田の峠の茸汁            梶田遊子
      ふる里に集ふ一夜やきのこ汁          松本恵子
      十団子の里や土付く茸売る           松本恵子
      雨溜めて真つ赤に反りし毒茸          平松公代
      みちのくの夜や熱つあつの茸汁         平松公代
      山上湖見むとリュックに茸飯          角田勝代
      紅茸の傘の全し二条城             井上 梟
      毒茸生ふ信玄の砦跡              森 靖子
      埋蔵金伝説の山茸生ふ             森 靖子
      縄ゆるぶ縛り地蔵にほこり茸          近藤文子
      茸とり大きな籠を笑はるる           粉が哲郎
      幕間の桟敷にひろぐ茸飯            奥山ひろみ
      磐座に木の間の光茸生ゆ            松岡美千代
      杣人の抱へて来たり猿茸            高橋幸子
      籠り居や庭に生えたる笑茸           武藤光リ
      承久の合戦跡や天狗茸             松永敏枝
      茸飯百歩の距離に子等の家           渡邉久美子

松茸、松茸飯

      松茸の隣の箱の駄菓子買ふ           松永敏枝

占地(じめぢ)、占地籠

椎茸、椎茸作る

      椎茸の榾に合掌屋根の影            若山智子
      椎茸の捨て木に生えてみづみづし        清水弓月

月夜茸

      あやかしの住処はいづこ月夜茸         伊藤旅遊

蘇鉄の実

      本棚に辺戸の蘇鉄の実を加ふ          栗田やすし
      蘇鉄の実辺戸の荒磯にこぼれけり        長崎真由美
      夕映えの丘やひしめく蘇鉄の実         砂川紀子
      蘇鉄の実五勇士の碑へ濃き日差し        砂川紀子
      掌に受けてかがやく辺戸の蘇鉄の実       井沢陽子
      師の句碑を去る蘇鉄の実一つ置き        都合ナルミ

福木の実

      馬小屋も赤き瓦よ福木の実           栗田やすし
      福木の実石敢当に弾みけり           都合ナルミ
      福木の実転がる路地を水牛車          平 千花子

甘蔗、甘蔗しぐれ

      登り窯濡らして過ぎし甘蔗しぐれ        栗田やすし
      赤瓦濡らして過ぎし甘蔗しぐれ         栗田やすし

月桃(さにん)の実

      庭すみに色づき初めし月桃(さにん)の実    平 千花子
      火襷の壺に乾けりサニンの実          松永敏枝

ガジュマルの実、榕樹の実

      がじゆまるの実のこぼれつぐ御嶽門       長江克江
      闘牛場跡にこぼるる榕樹の実          砂川紀子

ももたまなの実

      ももたまな熟れて転がる御嶽径         栗田やすし

蜂の仔、地蜂焼

      子を抱くマリア観音地蜂の巣          神野喜代子
      招かれて娘の夕食の蜂の子飯          清原貞子
      蜂の子で地酒酌み合ふ山の宿          山下善久
      蜂の子売る秘湯の宿の小暗がり         関根切子

虫、虫すだく、虫籠、虫売、虫の秋

      肘伝ふオキシドールや虫時雨          河原地英武
      虫売のピアス三連青光る            河原地英武
      一雨の来て虫の野となりにけり         中根多子
      虫しぐれ手擦れし父の和綴じ本         松平恭代
      暮れなずむ畑一面の虫時雨           吉川利雄
      二人居の庭に集ふや虫の声           坂上としゑ
      虫の音に耳かたむくる一人の夜         辻 桂子
      虫の音やわずかに残る化粧水          関根切子
      転院を急かれ戸惑ふ虫の秋           長谷川しげ子
      牛突きの果てし四方より虫の声         都合ナルミ
      公園の夜の野外劇虫すだく           磯野多喜男
      屋上に緑化ガーデン昼の虫           松原英明
      売れ残る籠に霧吹く虫売り女          谷口千賀子
      ひげで知る虫のありかや書肆の棚        谷口千賀子
      手を握ることも介護や虫時雨          櫻井幹郎
      秋の虫峡に放下の鉦ひびく           片山浮葉
      指折りて数ふる年忌虫の秋           上杉美保子
      鏡台に母の補聴器昼の虫            石崎宗敏
      虫すだく輪中堤の決壊碑            坪野洋子
      灯の消えて静もる鳥屋や虫の声         市原美幸
      虫すだく六区に隣る弁士塚           佐藤とみお
      味噌倉の土間の湿りや昼の虫          栗生晴夫
      大護摩火十歩はなれて虫の闇          山本法子
      西行と遊女の塚へ虫細る            倉田信子
      虫鳴くや古き港の時計店            森垣一成
      仏頭の片耳長し虫の秋             玉井美智子
      古城址の涸井底より虫の声           山本悦子
      亡き友のアドレスを消す虫の夜         山本悦子
      守護神も仁王も石よ昼の虫           松岡美千代
      仮の世に生きながらへて虫の声         伊藤旅遊
      一人居の闇の深さよ虫時雨           平松公代
      月刊誌のみ買ふ本屋昼の虫           大嶋福代
      現し世や昼の虫鳴く古墳山           金田義子

残る虫、虫細る、虫音残る

      あるはずの一書を探す残る虫          梅田 葵

蓑虫、鬼の子、蓑虫鳴く

      蓑虫の簑にのこれりうすみどり         利行小波
      枝先の蓑虫に日のやはらかし          武山愛子
      一茶碑の一の字に棲む鬼の子よ         山下智子
      顔出して蓑虫風に身を任す           国枝洋子
      鬼の子のすがる一茶の石蛙           国枝洋子
      鬼の子が庭の古木に頭出す           安藤幸子
      綾子句碑浦に鬼の子縋りをり          谷口千賀子
      顔出して蓑虫這へり処刑の碑          山本光江
      鬼の子が顔出しそよぐ即位の日         野島秀子
      好日の鬼の子そつと貌を出す          加藤ゆうや

きりぎりす、ぎす、機織

      足湯して聴くや湯殿山(ゆどの)のきりぎりす  国枝洋子
      無住寺の昼を鳴き継ぐきりぎりす        清水弓月
      観能の足元に鳴くきりぎりす          渡辺かずゑ
      ぎす鳴くや火に煤けたる土器の底        富田範保

馬追、すいつちよ、すいと

      すいつちよの声聞く縁や漱石邸         河村惠光
      馬追の朝日に透くる淺みどり          松平恭代
      馬追の声読みさしの本広げ           清水弓月

草雲雀、朝鈴、金雲雀

      草ひばり無縁仏へ声紡ぐ            坪野洋子
      農小屋に鎌錆びしまま草雲雀          櫻井勝子
          

ちちろ虫、蟋蟀、つづれさせ

      蕉翁の船出の跡や昼ちちろ           栗田やすし       前書:大垣
      露天湯の溢るる闇につづれさせ         栗田やすし
      大笑ひしたる涙やちちろ虫           矢野孝子
      豆腐屋の捨水の闇ちちろ鳴く          井沢陽子
      胞衣塚を囲む石垣昼ちちろ           朝比奈照子
      あるじなき庭に鳴きつぐちちろ虫        安積敦子
      罅走る休み窯場や昼ちちろ           大澤渓美
      病む母が見し夢話すちちろの夜         和久利しずみ
      藍蔵の壁に落書昼ちちろ            溝口洋子
      抱いてみる木偶の重さやちちろ虫        牧野一古
      油染む師の梳櫛やちちろ鳴く          牧野一古
      つづれさせ首まで浸るしまひ風呂        関根近子
      鐘楼の暗き階段昼ちちろ            関根近子
      昼ちちろ小雨に濡るる夜泣石          中村修一郎
      大釜を据ゑし馬宿昼ちちろ           鈴木みすず
      一人居の夕餉にちちろ鳴き始む         鈴木澄枝
      蟋蟀のひたすら鳴けり仕舞風呂         朝比奈照子
      昼ちちろ余白の多き時刻表           長谷川美智子
      つづれさせ母の文箱に父の文          新野芳子
      百穴におはす観音ちちろ鳴く          荻野文子
      羽衣の松の根元に昼ちちろ           白鳥光枝
      船小屋の薄き板屋根昼ちちろ          野島秀子
      天井に駕籠吊る御堂つづれさせ         神尾朴水
      こほろぎや納屋に錆びたる父の鍬        栗生晴夫
      信玄のぬるき隠し湯ちちろ鳴く         関野さゑ子
      廃れたる金魚田に鳴く昼ちちろ         長谷川郁代
      昼ちちろ湧水も売るなんでも屋         谷口千賀子
      憎からぬ人の訃報や夕ちちろ          八尋樹炎
      こほろぎや運河を照らす常夜灯         関根切子 
      もう夫に聞けぬさみしさちちろ鳴く       森 靖子
      学帽の父の写真やちちろ鳴く          河原地英武
      つづれさせ花街抜けたる禅寺に         河原地英武
      こほろぎを追つて猫の手宙に舞ふ        武藤けい子
      本閉ぢしあとこほろぎの声澄めり        梅田 葵
      ちちろ鳴く文箱に古き免許証          森垣一成
      駅舎なきホームの裏のちちろ虫         丹注N碩
      こほろぎや荒れ庭の闇深きより         井沢陽子
      路地裏の破れネオンやちちろ鳴く        下山幸重

いとど、かまどうま、えび蟋蟀

      ペンションの暗き浴室いとど出づ        市川悠遊

邯鄲

      邯鄲の湿原となり去り難し           山下智子
      居間の灯に邯鄲の来て鳴かずゐる        山下 護
      雨近き庭に邯鄲坊泊り             国枝隆生
      邯鄲や僧にこがれし下女の墓          森 靖子

鈴虫

      鈴虫の翅たたむ音幽かなり           河野幸子
      鈴虫の声よく透る少年院            野村君子
      鈴虫や階段軋む祖母の家            奥山ひろ子

鉦叩

      書に倦みて爪切る夜半や鉦叩          中野一灯
      鉦叩箱に溢るる母の文             国枝隆生
      元寇の塚の底より鉦叩             都合ナルミ
      吹き降りの去りし静かさ鉦叩き         若山智子

蝗、稲虫

      山裾に立て干しの萱蝗飛ぶ           栗田やすし
      切支丹の墓に蝗の跳びつけり          宇野美智子
      城跡の土の湿りや蝗飛ぶ            池村明子
      蝗飛ぶ大秋山の飢饉の地            澤田正子
      首に巻く古りし手拭蝗捕り           渡辺慢房
      野へ光放ちて飛べり大蝗            兼松 秀
      飴いろになるまで蝗炒られけり         河原地英武
      膝に来る蝗の腹のやはらかし          河村惠光

ばつた、精霊ばつた、きちきち

      いつせいに大ばつた飛ぶ甘蔗(きび)畑     栗田やすし
      飛蝗飛び交へり竪穴住居跡           栗田やすし       前書:仲原遺跡
      朝市の青菜よりとぶ大ばつた          栗田せつ子
      ばつたとぶ羽黒詣の杖の先           栗田せつ子
      夕暮れの鵜河原に跳ぶ青バッタ         小島千鶴
      きちきちの髭はもも色かぜ揺らす        高島由也子
      きちきちを夕日へ跳ばし畦ゆけり        米元ひとみ
      赤錆びの魚雷にばつた跳びつけり        武田稜子
      雨粒を落としばつたの飛び立てり        河井久子
      きちきちの草より淡き翅つかふ         梅田 葵
      足元を飛蝗跳び交ふ古戦場           上杉和雄
      ほの赤き飛蝗の腹の脈打てる          河原地英武
      横ざまにきちきち空を飛んで来し        河原地英武
      都府楼趾前後左右にばつた飛ぶ         谷口千賀子
      バッタ飛ぶ米軍基地に王の墓          平 千花子
      ばつた跳ぶ草の雫をはねとばし         国枝洋子
      八方へきちきち翔たすコンバイン        坪野洋子
      腕白でありし故郷ばつた飛ぶ          武藤光リ
      靴先の前へ横へと飛蝗飛ぶ           小蜥テ民子

放屁虫、へこき虫、亀虫

      日溜りに腹ほの紅く放屁虫           河原地英武
      亀虫の匂ひこもれる冷房車           坂本操子
      ひすい色の亀虫夜半の脱皮かな         山崎文江

芋虫

      子の悲鳴太き芋虫のたうてる          上杉和雄
      棒となり芋虫坂を転がれり           角田勝代

蟷螂(とうろう)、いぼむしり

      いぼむしり這ふ結願の遍路笠          都合ナルミ
      古里にまだ残る井戸いぼむしり         菊山静枝
      子蟷螂まだ影もたぬ細さかな          山口茂代
      いぼむしり国宝の塔よぢ登る          平松公代
      枝先に蟷螂の目の動きづめ           平松公代
      弥陀の松より蟷螂の転げ落つ          下里美恵子
      剪り落とす枝に孕みしいぼむしり        磯田なつえ
      いぼむしり鵜塚の裾に枯れ初むる        奥山ひろみ
      かまきりと遊びて夕餉遅れたる         中川幸子
      死に近き蟷螂鎌を枕とす            荒川英之

秋の蝉、残る蝉 (蝉の旁はすべて單)

      秋?や壕の鉄扉に千羽鶴            栗田やすし      *前書き 沖縄
      手足組み骸となりぬ秋の蝉           武藤光晴
      秋蝉や一人仏間に燭点す            武藤光リ
      仏像に秘めし十字架秋の蝉           大谷みどり
      ごん狐棲みし中山秋の蝉            山下善久
      音読でつまづく教師秋の蝉           荒川英之
      秋蝉や母と別るる日が近し           栗田せつ子
      愛想無き古書肆の親父秋の蝉          丹羽一橋
      秋蝉の声の一途に夫の墓            梅田 葵
      秋蝉の声澄みわたる師弟句碑          長江克江

蜩、かなかな

      ひぐらしや駅舎の隅の台秤           河原地英武
      ひぐらしのふと鳴きやみし火葬塚        栗田やすし
      かなかなの声の沁み入る無言館         加藤百世
      かなかなをひねもす聞けり能登の旅       山崎文江
      かなかなや仔猫捨てゆく人の影         牧野一古
      ひぐらしや細身の大日如来仏          松平恭代
      かなかなや夕闇迫る雑木山           矢野愛乃
      ひぐらしが鳴き初む青岸渡寺の裏        栗田せつ子
      かなかなや夕日の沈む箱根山          太田滋子
      ひぐらしや廊下に子等の足の跡         千葉ゆう
      かなかなの声が細しや里昏るる         武藤光リ
      ひぐらしや夕日に尖る森の木々         武藤光リ
      蜩に山の一日始まりぬ             小蜥テ民子
      かなかなや宝暦治水の日向松          河合義和

法師蝉、つくつく法師(蝉の旁はすべて單)

      隠岐さらば声の限りの法師蝉          栗田やすし
      競ひ鳴く句碑裏山の法師蝉           栗田やすし
      つくつくし荒神山に声尽す           森 靖子
      道三の寺に鳴き継ぐ法師蝉           吉田幸江
      覗き見る書院の暗し法師蝉           水野時子
      つくつくし学舎に遺る防空壕          磯田なつえ
      八十の眉ひけば鳴く法師蝉           佐々木美代子
      庭に出ぬ母となりたり法師蝉          中村あきら
      陽の没りてはたと鳴き止む法師蝉        中山敏彦
      浦神へ鳴き移りして法師蝉           福田邦子

秋の蝶、老蝶

      海渡る山車に追ひつく秋の蝶          牧野一古
      秋の蝶文士の墓に翅たたむ           鈴木真理子
      秋の蝶笈摺堂に翅たたむ            都合ナルミ
      青空をすべり堕ちたる秋の蝶          江口ひろし
      秋蝶の二羽飛び交へり子規の庭         豊田紀久子
      秋蝶のもつれて舞へり師弟句碑         鈴木みすず
      糶終へし市の暗みに秋の蝶           武藤光リ
      秋の蝶艦のデッキに来て止まる         武藤光リ
      秋の蝶みねのお墓に低く舞ふ          渡辺かずゑ
      供花のなき司祭の墓に秋の蝶          菊池佳子
      秋蝶の影もつれあふ陣場跡           栗田せつ子
      秋蝶の影の飛び交ふ磨崖仏           八尋樹炎
      草原の風より軽き秋の蝶            下山幸重
      掌で量る封書の重さ秋の蝶           熊澤和代

蝶の渡り、渡り蝶

      渡り蝶芝居の茣蓙に舞ひ下りぬ         雨宮民子
      砕け散る波音近し渡り蝶            金原峰子
      渡り蝶低し親王自刃の地            上田博子

秋の蚊、残る蚊、蚊の名残

      秋の蚊の埃のごとく来てとまる         栗田やすし
      開け放つ一草庵に秋蚊くる           栗田やすし
      子規堂に入り手秋蚊にさされけり        漆畑一枝
      鐘撞けばあまたの秋蚊襲ひ来し         中山敏彦
      道三の寺の秋蚊を叩きたり           岸本典子
      窯覗く顔に秋の蚊まとはれり          神谷洋子
      友の手に止まりし秋蚊仕留めたり        小島千鶴
      秋の蚊を叩き朝刊読み始む           大石ひさを
      血を採られゐる間秋蚊にさされたる       武田稜子
      残る蚊に刺さる義朝最期の地          服部鏡子
      秋蚊打ち縞の紋様掌に残る           田畑 龍
      秋の蚊を連れて巡れり師弟句碑         熊沢和代
      リュックより残り蚊出でし旅の宿        梶田遊子
      残り蚊の残る力で群がり来           小原米子
      あぶれ蚊に刺さる幇間塚覗き          佐藤とみお
      数珠の手で秋の蚊払ふ閻魔堂          内田陽子
      耳元に鳴く秋の蚊を打ちそこね         森 靖子

秋の蠅、残る蠅

      秋の蠅アメリカ行の飛行機に          河原地英武
      山荘の窓の木枠へ秋の蝿            奥山ひろ子

蜻蛉、とんぼう、あきつ、やんま

      つまみたる翅の震へや赤とんぼ         河原地英武
      あきつ舞ふ石敷き詰めし舟揚場         栗田やすし
      神人(かみんちゆ)の腰掛石やあきつ来る    栗田やすし      前書き 勝連城跡
        鬼やんま膝の高さを掠めたり          武藤光リ
      鬼やんま来て直角に向き変ふる         武藤光リ
      山畑に翅煌めかせ秋あかね           武藤光リ       前書き アキ子伯母逝く
      神宮の池にとなめの銀やんま          武藤光リ
      秋あかね発車ベル鳴る田舎駅          武藤光リ
      赤とんぼ群る海亀の産卵場           武藤光リ
      赤とんぼ舞ふ牧場の静けさに          武藤光リ
      赤とんぼ野川の道を後先に           中村修一郎
      蜻蛉来る青竹組みし能舞台           磯田なつえ
      ブディックを覗いてゆきぬ鬼やんま       矢崎富子
      赤とんぼ一三階の窓に来る           後藤暁子
      観音の御手に止まりし赤とんぼ         関根近子
      師の句碑のほのかな温みとんぼ来る       山本光江
      廃鉱の案内板に赤蜻蛉             奥山ひろ子
      初あかね卯建の街を縫ひゆけり         鈴木みすず
      つづら折り抜けて尾根道赤とんぼ        高田栗主
      秋あかね群るる木曽路や淵碧し         加藤雅子
      風に飛ぶクルスの丘の赤とんぼ         日野圭子
      赤トンボ基地に飛び交ふ戦闘機         野村君子
      古戦場縦横無尽の秋あかね           平松公代
      駒どめの残る街道赤とんぼ           山下善久
      とんぼ飛ぶ隋神門の朱に染まり         神尾朴水
      鬼やんま捕はれてなほ虫食めり         千葉ゆう
      翅光る群とんぼうや石舞台           森川ひろむ
      草の先揺らし蜻蛉のとなめせり         佐々木和子
      櫓の音や水に影置く銀やんま          牧野一古
      との曇る渡しの空や秋茜            安藤一紀
      赤とんぼ止まる羅漢の胸乳かな         片山浮葉
      県境の嶺を行き交ふ赤蜻蛉           山本悦子
      夕映えのテニスコートに蜻蛉群る        小山 昇
      信楽の鉢の水打つ蜻蛉かな           新井酔雪

遊絲、いとゆう、雪迎え、雪女房

      墓山の日はやゝ西へ雪迎へ           梅田 葵

蚯蚓鳴く

      民宿の薄き枕や蚯蚓鳴く            江口ひろし
      蚯蚓鳴く鏡花の宿の古机            岡部幸子
      石積みの崩るる棚田蚯蚓鳴く          野島秀子
      涙目のルドンのピエロ蚯蚓鳴く         伊藤旅遊
      表札の残る売家や蚯蚓鳴く           八尋樹炎
      表札の母の名薄れみみず鳴く          奥山比呂美

穴惑い、蛇穴に入る、蟻穴に入る

      穴まどひ小流れに沿ひ崖登る          谷口由美子
      穴まどひ土のぬくみに動かざる         足立サキ子
      城垣にあまたの隙や穴まどひ          小長哲郎
      ダム底となる畦よぎる穴惑ひ          牧田 章
      穴まどひ霊気残して消えゆけり         上杉和雄
      蛇嫌ふ男が見入る穴まどひ           丹羽康碩
      細紐のやうに乾けり穴まどひ          山本法子
      蛇穴に入りたる草のそよぎかな         下里美恵子

別鴉、鴉の子別れ

      地に降りて別れ鴉の声立てず          梅田 葵
      子別れの鴉に雨の十日かな           栗田せつ子
      子別れの烏夕日に鳴き止まず          武藤光リ

鳥渡る、渡り鳥

      鳥渡る前方後円墳の上             栗田やすし
      鳥わたる如庵の空の薄明かり          栗田やすし
      鳥わたる出雲国原薄ぐもり           栗田やすし
      紺碧の長門の海や鳥渡る            栗田やすし
      鳥渡る唐行きさんの発ちし浦          松永敏江
      大比叡の三角点や鳥渡る            廣島幸子
      茶屋街の湯屋の煙突鳥渡る           江口ひろし
      鳥渡る透く川底にガラス瓶           茂木好夫
      鳥渡る期限切れゐるパスポート         山下 護
      夕日濃き長良の早瀬鳥渡る           武藤光リ
      鳥渡る登呂の遺跡の空低く           武藤光リ
      夕陽濃き高層ビルや鳥渡る           武藤光リ
      灘に振る禊の幣や鳥渡る            小田二三枝
      海光る土管の町や鳥渡る            栗生晴夫
      塔多きプラハの空や鳥渡る           栗生晴夫
      引き渡す家の鍵束鳥渡る            山本悦子
      椰子の実の着きし岬や鳥渡る          河合義和
      線細き甲骨文字や鳥渡る            玉井美智子
      穂高嶺に傾く入日鳥渡る            中野一灯
      百均の買物ツアー鳥渡る            夏目悦江
      鳥渡る墓碑とも紛ふビルの群れ         伊藤旅遊
      鳥渡るダム湖に小さき波の音          関根切子
      鳥渡る列縮みては膨れては           渡邉久美子

鷹渡る、鷹柱

      雲切れし空の深さや鷹渡る           中村たか
      鷹渡るダムに沈みし村百戸           森垣一成

帰燕、秋燕、燕帰る

      青空へ吸はるるやうに秋燕           河原地英武
      秋燕や師の故郷の駅に立つ           栗田やすし
      ふるさとの山を恋ふれば秋燕          栗田やすし
      帰燕かな瀬音高鳴る朝の川           栗田やすし
      高空を帰燕飛び交ふ八尾かな          夏目悦江
      秋燕や運河に映る倉庫群            石原筑波
      伊那谷の空の深さよ秋燕            下里美恵子
      ひとしきり群れて明日去る燕かも        下里美恵子
      飛鳥寺の鐘ひびく空燕去る           栗田せつ子
      いつの間に帰りし燕七七忌           中村たか
      去ぬ燕米屋に二つ巣を残し           福田邦子
      秋燕の今日空高く飛び交へり          松本恵子
      秋燕や夕日差し込む格子窓           武藤光リ
      避雷針光る特養つばめ去ぬ           武藤光リ
      雲ひとつ燕帰りし城の空            梅田 葵
      暁光に吸ひこまれゆく帰燕かな         近藤文子
      帰燕かな綾子のけふの空を見に         角田勝代
      帰燕かな綾子やすしの句碑の空         角田勝代
      峡の空帰燕の群の飛び巡る           清水弓月
      燕去ぬ砂丘に砂のさ走る日           伊藤旅遊
      土管坂越えて帰燕の空広し           野島秀子
      秋つばめ大正村の路地つたふ          日野圭子
      岬鼻は帰燕の空となりにけり          丹羽一橋
      牧の牛帰燕の空へ声放つ            坪野洋子

稲雀

      稲雀土ついばめる御殿跡            服部萬代
      稲雀追はれて群を分かちたり          長谷川つゆ子
      寺の屋根一気に翔てり稲雀           竹中和子
      稲雀あかねの空に広がれり           花田紀美子
      稲雀畦より一羽こぼれけり           奥山ひろ子
      稲すずめ花火のごとく夕空へ          東口哲半

雁、雁の棹、雁渡る、雁行、落雁

      初雁の一声鳴きて着水す            伊藤旅遊
      小銭入れ繕ひをれば雁のこゑ          近藤文子
      初雁を見し夜半よりの雨激し          小田和子
      川灯台残る城下や雁渡る            足立サキ子
      雁渡る離島に隠れ耶蘇の墓           栗生晴夫
      ダニューブの源流究む雁のころ         中野一灯
      波騒ぐ上総の海を雁の棹            武藤光リ

初鴨

      初鴨の着きしばかりや結びの地         近藤きん子
      初鴨に水のきらめく舟付場           長江克江
      鴨来たる万博会場跡の池            中山敏彦
      雨しぶく登呂の荒田へ初の鴨          矢野孝子

鵙、鵙日和、百舌鳥

      朝鵙に怠け心を見透かさる           栗田やすし
      噛みてみる籾の乾きや鵙の晴          都合ナルミ
      薪を割る乾きし音や鵙の晴           花村富美子
      鵙高音山の畑にうす煙             中村修一郎
      をけら火の縄綯ふ里や鵙日和          金原峰子
      天守への急階段や鵙高音            菊池佳子
      終戦日間近の遺書や鵙高音           菊池佳子
      鵙を聴く蓑虫庵に足垂らし           岸本典子
      岩肌にハーケンの跡鵙日和           服部鏡子
      蓋厚き登呂の石棺もず高音           星野文子
      鵙高音靴紐しかと結ぶとき           小長哲朗
      太鼓張る万力きしむ百舌高音          市川正一郎
      百舌鳥鳴いてますます空のすきとほる      青木治子        *ますます=繰り返しのますは’く’
      足太き円空像や鵙猛る             渡辺かずゑ
      竹炭を燻す煙や鵙日和             辻江けい
      鵙猛る山椒大夫の屋敷跡            森田とみ
      乗り合ひの小紅の渡し鵙鳴けり         高橋治子
      旅立ちの朝初鵙の高鳴けり           福田邦子
      鵙晴れやピザ売りの声絶え間なし        小島千鶴
      鍬を振る薩摩義士像鵙高音           神尾朴水
      よく廻るもぐらおどしや鵙高音         市江律子
      山寺に天突く一樹鵙の声            坂本操子
      百舌鳴くや朽ちし仁王の錆楔          牧野一古
      ごん狐棲みし里とや鵙高音           武藤光リ
      鵙高音うから束ねし叔母逝けり         武藤光リ
      夕日濃き老人ホーム百舌鳥鋭声         武藤光リ
      雲の影走る野畑や鵙鋭声            武藤光リ
      ぐうたらに一日生きたり夕の鵙         武藤光リ
      夕鵙や一本杉の影長し             武藤光リ
      美濃尾張分つ峠や鵙日和            伊藤克江
      鵙猛る国盗りの城仰ぐとき           下里美恵子
      玄室の眠る千年鵙猛る             国枝髏カ
      鵙猛る壬生浪人の屯所跡            丹羽一橋

鵙の早贄、鵙の贄

      翅拡げゐし蟷螂鵙の贄             久野和子
      鵙の贄猫に盗られてしまひけり         関根切子

椋鳥、むく、白頭翁

      椋騒ぐ赤く透きたる蝕の月           新谷敏江
      夕映えの天守越えゆく椋鳥の群         堀内恵美子
      夕暮の林へ椋鳥の群吸はる           青山美佐子
      椋鳥に一樹ふくらむ夕間暮           横森今日子
      椋鳥の納まる一樹雨上がり           小原米子
      夕空を礫となりて椋鳥渡る           武藤光リ

懸巣、橿(かし)鳥

      明けやらぬ深き谷間や懸巣鳴く         谷津政子
      人気なき本陣跡や懸巣鳴く           河村惠光

鶺鴒、石たたき

      せきれいが象の股間をくぐりけり        余語和子
      長瀞の岩伝ひ飛ぶ石たたき           夏目悦江
      せきれいが尾に陽を受けて芝たたく       林 典子
      均されし蔵跡に来る石たたき          金原峰子
      天竜の水面掠めて石たたき           小蜥テ民子
      鶺鴒が叩く関所の荷物石            上田博子
      せきれいの小走りに行く象の前         幸村志保美
      鶺鴒のつつと走れり芝の上           中川幸子
      鬼瓦たたき鶺鴒声を張る            高橋幸子
      光さす波に鶺鴒翻へる             山本玲子

啄木鳥、けらつつき、赤げら、山げら、寺つつき

      啄木鳥にしばし箒の手を止むる         八尋樹炎
      啄木鳥や掃き癖強き竹箒            八尋樹炎
      啄木鳥の音を間近に峠越ゆ           夏目隆夫
      小げら来て庭の小枝を駈けのぼる        国枝洋子
      山頂に雨乞の神けらつつき           牧野一古
      啄木鳥の森抜けてより山静か          安藤一紀
    

小鳥来る、小鳥

      大いなる天壇の空小鳥来る           栗田やすし
      武蔵野の細き湧水小鳥来る           武藤光リ
      接ぎ多き異人の墓や小鳥来る          武藤光リ
      小鳥来る苔の生えたる寿老人          武藤光リ
      小鳥来る花袋旧居の外流し           関根近子
      水底の日差し明るし小鳥来る          船橋 良
      手入れせし芝生の庭に小鳥来る         橋元信子
      小鳥来るジャングルジムの七彩に        神尾朴水
      宝物見せあふ少女小鳥来る           高橋孝子
      束ね売る日露戦史や小鳥来る          高橋孝子
      小鳥くる父母なき庭に佇めば          鈴木真理子
      愚陀佛庵崩れし跡や小鳥来る          磯田なつえ
      小鳥来る芝に魚雷のモニュメント        鈴木みすず
      小ぶりなる天平の鐘小鳥くる          国枝洋子

色鳥

      色鳥や音立て乾く蛇の目傘           小原米子
      色鳥や森の中なる交差点            幸村志保美
      色鳥の声の華やぎやすし句碑          武田稜子
      色鳥にふくらむ杜の大樹かな          栗生晴夫
      色鳥の声降り来たり神ノ島           小柳津民子
      色鳥や船笛近き異人墓地            平 千花子

鵯、ひよ

      潮風にまた戻さるる鵯の群           渡辺かずゑ
      磯ひよの鳴き継ぐ魂魄塔の上          本多俊枝
      岩窪は風葬のあと鵯鳴けり           平 千花子
      鵯の声閉ざす窯場を貫けり           八尋樹炎
      飛び石は破城の礎石鵯猛る           野島秀子

鵲、高麗鴉、唐鴉(九州北部のみ生息)

      鵲の声張る百済滅亡地             伊藤範子

鴫、田鴫、磯鴫、鴫立つ

      浜鴫の足跡浸し潮さし来            佐藤とみお

鶲、尉鶲、馬鹿鶲、紋付

      二之丸の茶亭のぞけり尉鶲         井沢陽子
      残照の梢に鶲鳴きつげり          坂本操子
      尉鶲鳴きて朝餉のはなやげり        長江克江
      朝靄のいづくに鳴くや尉鶲         矢野愛乃
      えな塚の松にきて鳴く尉鶲         森 靖子

鶉、片鶉、鶉の床、夕鶉

      子規庵の縁に飼はるる片鶉           佐藤とみお

秋の鵜飼

      果て鵜飼数尾の鮎を獲たるのみ         栗田やすし
      蚊遣香焚いて鵜小屋を閉ざしけり        都合ナルミ

落鮎、錆鮎、下り鮎

      落鮎の水ふくらんで輝けり           福田邦子
      落鮎に打ちし瀬張りの網手繰る         丹羽康碩
      鮎落ちて渕の蒼さの深まれり          坪野洋子
      落鮎や熾火の匂ふ梁番屋            坪野洋子
      鮎落ちて水勢ひを失へり            伊藤旅遊
      鮎落ちて瀬音しづかに行きにけり        山口耕太郎
      色にある川の深さや鮎落つる          富田範保
      落鮎のほのかな紅をかなしめり         栗田せつ子

鰯、干鰯(ほしか)、鰯群来(いわしくき)

        鰯干す屋根の重なる漁師町           足立サキ子
      鰯干す海中渡御に背を向け           矢野孝子
      祇王寺の庫裏より鰯焼く匂ひ          坪野洋子
      膝寄せて鰯焙れり数馬茶屋           鈴木みすず
      真鰯の群舞涼しき水族館            角田勝代
      夫釣りし鰯一匹刺身とす            中斎ゆうこ
      船着きて樽に鰯の吐き出さる          井沢陽子
      焼き鰯つまむ場末の赤提灯           梶田遊子
      鰯干す熊野古道の登り口            長江克江

鯊、鯊の竿、鯊日和、鯊干す、鯊舟

      釣り上げし鯊の腹透く日和かな         栗田やすし
      水門の信号の青鯊日和             横森今日子
      釣糸の風に吹かるる鯊の潮           八尋樹炎
      下校子が覗きに来たり鯊の魚籠         河原地英武
      鯊釣の列の乱れず昏るるまで          岡野敦子
      釣上げて浮子より小さき今年鯊         関根切子
      欄干にもたれて伸ばす鯊の竿          関根切子
      海中の山車遠巻きに鯊の舟           都合ナルミ
      上げ潮の川に鯊竿混み合へり          武藤光リ
      竿先に当たりぶるんと今年鯊          武藤光リ
      

烏賊干す

      烏賊干しのきらめく浜や里帰り         江口ひろし

鰡、洲走(すばしり)、おぼこ、いな

      南蛮船出入りし浦や鰡跳ぬる          福田邦子
      鰡跳んで揚舟乾く浜の風            高平タミ
      鈍色の運河に鰡の跳ね止まず          中野一灯
      夕焼に染まる河口や鰡はぬる          白鳥光枝
      釣り舟のもどりし河口鰡とべり         白鳥光枝
      鰡とんで汐入川の暮早し            佐々木美代子
      鰡飛ぶや巨船静かに出港す           安藤幸子
      俊成像鰡とぶ海を真向ひに           近藤文子
      鰡高く飛んで被爆の川昏るゝ          兼松 秀
      上げ潮の水面を切つて鰡飛べり         中川幸子
      鰡飛んでニライカナイの海光る         利行小波
      鰡飛んで眉山に夕日沈みけり          平松公代
      暮れなづむ大河に跳ねし鰡の影         武藤光リ

秋刀魚

      秋刀魚食ぶめしやの壁に団令子         山下善久
      防災の七輪で焼く大秋刀魚           加藤百世
      七輪の塵を拂ひて秋刀魚焼く          森 妙子
      夕暮れや母に教はるさんま飯          松原和代
      スコップで秋刀魚の箱へ氷投ぐ         鈴木みすず
      秋刀魚焼く向ふ三軒両隣            山本法子
      秋刀魚焼く火伏せの護符を煙らせて       坪野洋子
      無愛想は薩摩の気風秋刀魚焼く         齋藤眞人
      祭壇に昆布と秋刀魚神饌として         中根多子
      頭を揃へ葉蘭に並ぶ初さんま          佐藤とみお
      七輪で焼きしと秋刀魚届けらる         近藤文子
      大漁旗掲げ秋刀魚のつかみ取り         小田二三枝
      うつくしく秋刀魚の骨を残しけり        河原地英武
      水揚げの秋刀魚クレーンで吊り下ろす      豊田紀久子
        秋刀魚食ぶ骨真つ直ぐの皿の上         桜井貞子
      酒旨し焦げ目程良き初秋刀魚          瀬尾武男
      酒美味し腹の苦みの初さんま          武藤けい子
      ためらはず買ひたり細き初さんま        荒川英之

鱸、せいご

      糶終へし鱸台車に跳ねゐたり          山口登代子
      ふつこ釣る人に夜汽車の灯の映る        武藤光リ

鮭、初鮭、鮭漁

      手を打つて鮭の上るを励ませり         栗田やすし
      産卵を終へし鮭の尾失せゐたり         長谷川郁代
      鮭上る川に漂ふ鮭の骨             都合ナルミ
      鮭のぼる銀のしぶきを撒きちらし        国枝洋子
      きらめきて月の早瀬を鮭とべり         近藤文子
      石倉の並ぶ運河を鮭上る            中野一灯
      海鳴りや鮭の遡上を待つ河口          服部鏡子

鹿、鹿鳴く、鹿笛、鹿の角切、角伐

      目を剥きてふんばる鹿をたぐり寄す       山本悦子
      咽もんで角切り終へし鹿放つ          山本悦子
      角切りの勢子の太股血に染まる         山本悦子
      木の陰に角なき鹿のうづくまる         山本悦子
      角伐りの鹿に獣医の大注射           片山浮葉
      鹿の角掴みし勢子が曳きずらる         片山浮葉     *原句中「掴」は手偏に國
      潤む目で遠くを見つめ鹿啼けり         小島千鶴
      鹿鳴いて牧場の日暮早くせり          井沢陽子
      手にぬくし切りしばかりの鹿の角        内田陽子
      芝に置く切り口白き鹿の角           熊澤和代
      角切られ鹿たつぷりと水飲めり         市江律子
      群鹿がはぐれ雄鹿を威嚇せり          中根多子
      城の濠角の落ちたる鹿ねまる          服部鏡子
      角切りの太鼓ひびけり禰宜の道         巽 恵津子
      鋸を引く音キイキイと角切れり         巽 恵津子
      抑へられ角伐りの鹿泡ふけり          服部満代
      三宝に盛る今伐りし鹿の角           都合ナルミ
      鹿啼くや大仏殿の参道に            小蜥テ民子
      夕闇のつつむ山裾鹿鳴けり           清水弓月
      真横から陽のさす森や鹿佇てり         高柳杜士

猪、しし、猪道、猪穿(ししあな)、猪罠

      大方は猪の食みたる山田かな          花村つね
      小糠撒く方六尺の猪の罠            坪野洋子
      朝の日の差し込むばかり猪の罠         坪野洋子
      猪の皮土手に乾さるる日和かな         関野さゑ子
      罠逃げし猪の爪あと峪静か           上杉和雄
      背後より山の冷気や猪の罠           上杉美保子
      血の滲む猪の皮干す奥三河           上村龍子
      山裾に糠新しき猪の罠             野島秀子
      信長の城の裾廻を猪荒らす           福田邦子



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