ムーさんの徘徊歳時記
新年
新年、年立つ、年変る、迎うる年
伊吹嶺は鋼の艶よ年新た 河原地英武
篝火にひとつ榾足し年迎ふ 近藤文子
楽団のクラッカー浴び年迎ふ 近藤文子
産土の焚火明りに年迎ふ 松本恵子
針山に針を揃へて年迎ふ 鈴木真理子
年明くるまづ大富士を拝しけり 池村明子
賽銭の乾きし音や年立てり 長山 寛
鶴亀の自筆の軸や年新た 蔭山玲子
薄れゆく北斗七星年明くる 矢野愛乃
研ぎ上げし文化包丁年新た 関根切子
秒針に遅速はあらず年明くる 伊藤旅遊
研ぎ上げし鑿の匂ひや年新た 中村あきら
喪に服し拝む朝日や年始め 武藤光リ
宵の年、初昔
晩節を上総に棲まひ初昔 武藤光リ
去年今年
去年今年机上に電子辞書とペン 栗田やすし
点滴のしづく見てゐる去年今年 鈴木真理子
去年今年如庵の破れ障子かな 角田勝代
一人飲む熱き番茶や去年今年 辻 桂子
安倍川に一縷の流れ去年今年 夏目隆夫
禅林に動かぬ時計去年今年 武藤光リ
床の間の無事の二た文字去年今年 鈴木みや子
去年今年天眼鏡の塵拭ふ 梅田 葵
碧百句机の上に去年今年 栗田せつ子
平らかな木曽の流れよ去年今年 廣島幸子
くらがりを水が流れて去年今年 下里美恵子
去年今年とろ火で煮つむひよこ豆 岸本典子
甲斐駒岳の石の文鎮去年今年 山下智子
初富士、二日富士、三日富士
初富士の雪と青空ひびき合ふ 牧野一古
初景色、初山河
一湾に日のあふれけり初景色 利行小波
鳶の輪のさだまつてゐる初景色 近藤文子
稜線に雲一つなき初山河 倉田信子
初日
初日出て丘の太鼓を打ち鳴らす 栗田やすし
天心に半月仰ぎ初日待つ 栗田やすし
浜に佇ち日出づる国の初日待つ 櫻井幹郎
寄り添つて卒寿の夫と初日待つ 森 妙子
子(ね)の権現千の草鞋に初日さす 関根近子
岩の上に仁王立ちして初日受く 長谷川美智子
有明の海金色に初日の出 下田静枝
ずつしりと重き新聞初日さす 加藤元通
大漁旗舳先に立てて初日待つ 関根切子
差し込める初日に小さく磨崖仏 神尾朴水
富士染めて伊豆の峰より初日の出 山本法子
針の穴初日にかざし糸通す 坂本操子
グッピーの生れし水槽初日差す 松永敏枝
老松の亀甲照らす初日かな 高橋幸子
東雲の海走り来る初日かな 武藤光リ
揚げ舟の浜明々と初日の出 武藤光リ
雲割つて出づる初日に手を合はす 武藤光リ
群雲の縁明々と初日さす 武藤光リ
初日の出浜の鳥居のど真ん中 武藤光リ
終の地の海金色に初日の出 武藤光リ
一筋の光を海に初日出づ 佐藤とみお
千年の楠の切株初日さす 森 靖子
初明り、初茜
鉄瓶の湯の沸く音や初茜 和久利しずみ
西行の露坐像染むる初明り 近藤文子
流木の散らばる浜や初茜 野ア和子
常念岳の峰より明くる初茜 中野一灯
淑気
おみくじの花咲く枝や淑気満つ 田畑 龍
笹原を風渡りゆく淑気かな 下里美恵子
淑気満つうぶすな神の古鳥居 矢野愛乃
高鳴きの鳥の影さす淑気かな 井沢陽子
笹の葉のふれ合ふ音も淑気かな 岸本典子
古墳山松千本の淑気かな 関根近子
老僧の一気の揮毫淑気満つ 益田しげる
誰も居ぬ聖堂にある淑気かな 篠田法子
淑気満つ朝日に染まる遠伊吹 山本悦子
狛犬の阿吽の間(あわい)淑気満つ 熊沢和代
神殿に雷の一文字淑気満つ 神尾朴水
音もなく富士の水湧く淑気かな 栗田せつ子
金色の波たたみ来る淑気かな 小田二三枝
頭に受くる祓への湯玉淑気満つ 武藤光リ
釣殿に映る松ヶ枝淑気満つ 武藤光リ
年始、御慶、礼者、門礼
剃り残しある顎なでて御慶かな 栗田やすし
泥つきの葱抱へ来て御慶かな 倉田信子
物干しの陰よりいでて御慶かな 小原米子
御慶かな少年の声父に似て 森 靖子
児と同じ高さに屈み御慶述ぶ 内田陽子
少年の声変りして御慶かな 伊藤範子
胎の児へ姉となる子の御慶かな 伊藤範子
エプロンを共に外して御慶かな 市原美幸
野良猫に御慶つぶやく朝かな 加藤雅子
病棟にパジャマで交す御慶かな 谷口千賀子
三つ指をつきて仲居の御慶かな 中村修一郎
声変りせし子の御慶背に受くる 磯田なつえ
幼子の御慶は三語それで良し 武藤光リ
両の手を広げ走り来御慶の児 佐藤とみお
越年の無精髭撫で児と御慶 佐藤とみお
人の死も御慶も受くるメールかな 井沢陽子
女礼者、女礼、女賀客
おめかしの犬抱き女礼者かな 中斎ゆうこ
年玉
お年玉袋に一言書き添へる 大平敏子
お年玉あんぱんまんの点袋(ぽちぶくろ) 石川紀子
お年玉ちよいと覗きて笑顔の子 千葉ゆう
初詣、初祓、初神籤
大吉が出る天神の初みくじ 片山浮葉
初みくじ枝を撓めて結びけり 新野芳子
初詣雨に絣のもんぺ着て 矢野愛乃
宇治橋に朝日差しくる初詣 長江克江
舟で着く蜑一族の初詣 都合ナルミ
まづ犬の乗り込む新車初詣 相澤勝子
神仏二つ梯子の初詣 安積敦子
初詣紙貼り地蔵着膨れる 松原和嗣
初護摩の火の粉浴びゐる輪王寺 森田とみ
初詣押されしままに銭投ぐる 市原美幸
賽銭に賽銭のりし初詣 奥山ひろ子
香煙に眉寄す異人初詣 武藤光リ
電動の獅子咥へくる初神籤 武藤光リ
産土神は走り根太し初詣 武藤光リ
肩越しにあぶらげ投げて初詣 伊藤範子
初祓ひ受けて幼のはにかめり 上杉美保子
初みくじ開けば夫の来て覗く 利行小波
ポケットの小銭ぬくもる初詣 上田博子
音もせぬ柏手母の初詣 中村あきら
碧眼の巫女より受くる初みくじ 豊田紀久子
正月
正月の空へ白鷺羽根広ぐ 沢田充子
睦月
誰も来ぬ雨のひと日や睦月尽 山下美恵
初春、今朝の春、千代の春、おらが春、明の春
うかうかと米寿の春を迎へけり 栗田やすし
初春の窯場に薪の匂ひけり 米元ひとみ
初春や花びら餅の紅透けて 鈴木みすず
初春や若木育ちし御油の松 安藤幸子
天守閣に小さき神棚明の春 小田二三枝
初春や音立て締むる博多帯 大島知津
卯建越す松の青さや千代の春 松岡美千代 *原文卯建は木偏に脱の旁
訪ふ人も居らぬ家居やおらが春 武藤光リ
故郷へ飛ばす愛車や明の春 山本玲子
初凪
初凪や水面かすめて鵜のとべり 白鳥光枝
初凪やニライカナイの海青し 砂川紀子
初凪の海金色にさんざめく 武藤光リ
初凪の波に漂ふ鳥百羽 市川あづき
猫ばかりゐて初凪の漁師町 関根切子
屠蘇、屠蘇祝ふ
老いてなほ果てなき夢や屠蘇を酌む 栗田やすし
屠蘇を酌む姉は百歳夫卒寿 森 妙子
屠蘇祝ふ赤子の大き声の中 中川幸子
盃の絵の鶴は飛ぶ様屠蘇酌めり 武藤けい子
年酒、年始酒、年酒の酔
年酒酌む母の遺影に声掛けて 豊田紀久子
年酒や福耳赤き娘婿 渡辺かずゑ
御降り
御降りや底まで見ゆる蜆川 若山智子
お降りの雪浴び母の華やげり 牧野一古
お降りのはらりと過ぎし二年坂 尾関佳子
御降や綾子の句碑の苔の青 沢田充子
御降りの融けて千草の瑞々し 中山敏彦
お降りの雪となりたり遠伊吹 山本悦子
御降りの風花となり吹かれ飛ぶ 矢野愛乃
お降や任地へ戻る子の肩へ 川島和子
大旦、歳旦、三朝、元旦
翡翠の濠かすめ飛ぶ大旦 坂本操子
神門のギヤマン光る大旦 辻江けい
元朝のはるかな富士へ衿正す 神尾朴水
ソーラーパネル元旦の日を弾く 武藤光リ
歳旦や喪中の家は言祝がず 武藤光リ
元日、お元日、鶏日、日の始
元日や見舞の妻の寡黙なる 片山浮葉
元日や爪の先まで年女 服部鏡子
将棋さし叔父に甥勝つお元日 巽 恵津子
元日や子ら見送りて夕さりぬ 豊田紀久子
落雁に隷書の刻み御元日 荒川英之
若水、初水、一番みず
マニキュアの指に若水滴れり 奥山ひろ子
若水で母の薬草煎じけり 野島秀子
初鏡、初化粧
初鏡眉毛に白きもの目立つ 中山敏彦
亡き母に似て来し目鼻初鏡 横山美音
初鏡姉百歳の眉を引く 森 妙子
初鏡母似と言はれ米寿かな 森 妙子
老いし身の華やぎにけり初鏡 大平敏子
軽やかにパフ打つ音や初鏡 佐藤とみお
初鏡卯年の母が髪梳す 若山智子
身の丈の同じ娘と立つ初鏡 奥山ひろ子
初鏡喜寿の口紅うすく引く 鈴木真理子
初鏡傘寿の顔をうべなへり 坂本操子
あれこれと迷ふルージュや初鏡 河村惠光
初鏡先づは素顔を見つめけり 櫻井幹郎
湯上りや手ぐしで向かふ初鏡 八尋樹炎
母の歳一つ超えたる初鏡 八尋樹炎
初鏡なれど五分よ紅を引く 山本光江
初鏡父似と言はれいま母似 大嶋福代
初電話
初電話まづは齢を称へあひ 上杉和雄
嬰の声少し聞こえて初電話 清原貞子
初電話うなづくたびのイヤリング 櫻井幹郎
耳疎き母へ声張る初電話 牧野一古
余震など慣れしと母の初電話 山本光江
長寿祝ぐ家族旅行の初電話 山下智子
日記初、初日記
農事メモはや貼りつけし初日記 垣内玲子
娘の捨てしフリース膝に初日記 藤田岳人
晴とのみ記して閉づる初日記 丹波康碩
存分に生きてまだ喜寿初日記 櫻井幹郎
初日記日毎の歩数記しけり 夏目悦江
する事と止める事決め新日記 渡邉久美子
初暦、暦開き
新暦ひらけば笈の小文かな 相澤勝子
まづ夫の退職日記す初暦 新谷敏江
ゆつくりとめくる大きな初暦 利行小波
初暦まづ書き込めり通院日 市川克代
新装の丸善に買ふ新暦 角田勝代
丸善に買ふ浮世絵の新暦 鈴木みすず
通院日まづ書き込みし初暦 矢野愛乃
介護士の掲げくれたる初暦 夏目悦江
厠には犬百態の新暦 武藤けい子
受診日のメモばかりなり新暦 丹注N碩
初暦陽光うねるゴッホの絵 矢野孝子
初雀
産土の藪をさはがす初雀 下里美恵子
根上がりの松をこぼるる初雀 下里美恵子
シーボルト行き来の渡し初雀 栗田せつ子
独り居の庭に賑はし初雀 高橋孝子
ぼうたんの敷藁に跳ぬ初雀 近藤文子
いにしへの都の礎石初すずめ 河原地英武
ついときてついと去りけり初雀 森 靖子
初鴉
ビルの間のお百度石や初鴉 藤本いく子
しののめへ二声とばす初鴉 若山智子
登呂の田の氷踏み割り初鴉 中村たか
したたかに鋭声聞かせて初鴉 伊藤旅遊
初空、初御空
初空の青さ産着を高干しに 若山智子
大楠の葉の煌めきや初御空 磯田なつえ
正殿の龍の目碧き初御空 砂川紀子
初御空千木に真白の鳩群るる 武藤光リ
連凧の端(はな)とけ込めり初御空 武藤光リ
噴煙のゆたかや阿蘇の初御空 都合ナルミ
初空へ撥衝き上ぐる稚児太鼓 佐藤とみお
群翔の鳩ひるがへる初御空 上村龍子
初東風
初東風や光の帯の五十鈴川 谷口千賀子
乗初、初電車、初車
絵馬一つ忘れてありぬ初電車 角田勝代
初便り、年賀状
虎笑ふ電子メールの賀状かな 関根切子
亡き友の筆勢強き賀状くる 上杉和雄
子ら去りて賀状広ぐる一人かな 兼松 秀
絶筆の賀状三通文箱に 八尋樹炎
児の賀状ところどころに鏡文字 伊藤範子
鳳凰の大き切手や初便り 山本玲子
初夢、初枕、夢始
初夢の母の真白き割烹着 河原地英武
教卓を拳で叩く初の夢 丹注N碩
初の夢腓返りに破らるる 小長哲郎
何ゆゑに追はれてゐしか初の夢 国枝髏カ
翻車魚の背に揺れをり初の夢 武藤光リ
初夢や晴々として職変ふる 武藤光リ
寝正月
神職を辞したる夫や寝正月 村瀬さち子
母がりの日差しゆたかや寝正月 下里美恵子
寝正月ロマンチックなバッハ聴く 近藤文子
ニューイヤーコンサート
ニューイヤーコンサート聴く居間二人 武藤光リ
ポルカ弾むやニューイヤーコンサート 武藤光リ
二日
二日はやわが庭に来る夫婦鳩 栗田やすし
一人居の早寝決めたる二日かな 夏目悦江
二日はや浜まで火事の煙来る 澤田正子
京干菓子提げて母訪ふ二日かな 倉田信子
ラーメン屋昼賑はへる二日かな 丹羽康碩
着流しの植木屋来たる二日かな 有井真佐子
天守より山河清しき二日かな 鈴木真理子
掌で撫づる二日の無精髭 渡辺慢房
軒に鳴く雀に覚むる二日かな 坪野洋子
住所禄またひとり消す二日かな 岸本典子
初荷、初荷馬、初荷駅
初荷積む白き法被の蔵の衆 田畑 龍
買初
買初は金魚の餌と旅の本 栗田やすし
買初はB級品の植木鉢 角田勝代
買初めのフランスパンのあたたかし 日野圭子
買初の京の七味屋混み合へり 坪野洋子
買初の楽譜に強く折目つけ 奥山ひろ子
買初の匂袋や神楽坂 鈴木みすず
買初の和紙の便箋うすみどり 中山ユキ
買初はやげんの七味唐辛子 岸本典子
還暦の初買ひ赤の電子辞書 橋本ジュン
掃初、初箒、拭始
赤き実の畳に弾む初箒 都合ナルミ
絵筆始、描き初
初描きは爺の似顔絵ピカソ風 武藤光リ
書初、初硯
鉄瓶の沸き立つ音や初すずり 二村美伽
筆始墨の匂ひの階下まで 山下欽子
形見なる錆びし文鎮筆始 益田しげる
初硯形見の古墨にほひ立つ 近藤文子
筆始硯の海の満ち満ちて 神尾朴水
書初やひねもす墨の香に籠り 鈴木真理子
初筆は紀貫之の和歌一首 鈴木真理子
筆太に夢の一文字筆始 豊田紀久子
持ち古りし三体字典筆始 伊藤範子
新しき奈良筆ほぐす筆始 谷口千賀子
義之の書に背筋正せし筆始 倉田信子
読初、初読、読書始
紅型の栞を抜きて読始 栗田やすし
読初に選ぶ綾子の桃は八重 矢野愛乃
拾ひ読む点字歳時記読み始め 牧田 章
読初や手に馴染みたる英和辞書 渡辺慢房
読み初めは師より賜る碧百句 上杉和雄
読初は脳トレといふグラビア誌 夏目悦江
縫初、縫始、初針
男手で付くる釦の縫始 兼松 秀
縫初の絹糸張つて弾きけり 上村龍子
逆転の駅伝中継縫始 奥山ひろ子
初湯、初風呂、若湯
還暦の肌をいたはり初湯殿 河原地英武
ゆつくりと病む膝のばす初の風呂 山本正枝
初湯浴み腕にもうなき力瘤 櫻井幹郎
初風呂に沈み琴の音聞いてをり 日野圭子
丁寧に子の髪洗ふ初湯かな 渡辺慢房
一人居の初湯に足を伸ばしたり 兼松 秀
はらからと母の手を取る初湯かな 小蜥テ民子
船起、船出始、漕初
三部経あげて終れり船起し 片山浮葉
三日
朝風呂に無精髭剃る三日かな 武藤光リ
三日はや孫の遊びに疲れ果つ 武藤光リ
三日はやダンスに夫と誘はるる 岸本典子
夫と居て話題途切れし三日かな 岸本典子
沖待ちの船の連なる三日かな 岡野敦子
三日はや子を赴任地へ送り出す 横井美音
胃薬にむせびてゐたる三日かな 河原地英武
野仏の洗米乾く三日かな 小田二三枝
氏子二人境内守る三日かな 小原米子
三日はや職場に啜るカップ麺 新井酔雪
四日、羊日
四日はや海渡る子へ百草丸 平松公代
積み木一つ仏間に残る四日かな 矢野孝子
四日はや混み合ふペット診療所 小蜥テ民子
藷を蒸す湯気新たなる四日かな 渡辺慢房
握手して父と別るる四日かな 佐久間寿子
四日はや猿の荒らせしキャベツ畑 矢野愛乃
羊日の朝餉は粥で済ましけり 藤田岳人
通院の夫送り出す四日かな 松本恵子
四日はや潮したたらす浚渫船 野島秀子
五日
五日はや診療をまつ四五時間 清原貞子
通院の始まる父母の五日かな 幸村志保美
人影のなき産土神の五日かな 小原米子
六日
御籤売る巫女の欠伸の六日かな 小原米子
出初、梯子乗
放水のしぶききらめく出初式 前田史江
大江戸の火消の裔や出初式 古賀一弘
富士の山遙か見下ろす梯子乗 古賀一弘
旗手はみな女なりけり出初式 田畑 龍
空洗ふごとき放水出初式 市川あづき
花奪(はなば)ひ、六日祭、白山長瀧神社祭
花笠に跳びつく男花奪ひ 谷口悦子
花奪ひそこねて崩る人やぐら 丹羽康碩
少年の手に花奪ひのちぎれ花 丹羽康碩
人梯子崩れては組む花奪祭 丹羽康碩
宙吊りで男花抱く花奪ひ祭 市原美幸
人日
人日や谷中の辻の錻力(ブリキ)店 武藤光リ
人日や猫に無聊を諫めらる 武藤光リ
人日や喃語増えたる嬰の口 武藤光リ
石庭へ向き人日の人の黙 鈴木みや子
人日や香たてて売る京扇子 若山智子
人日や鯛のあら煮の骨しやぶる 上田博子
人日や幼な子の絵の届きたる 中川幸子
恵方、恵方詣、恵方道
晴々と仰ぐ比叡や恵方道 河原地英武
ふるさとの山を恵方としてながむ 栗田やすし
竹藪を雉子の駆け出す恵方かな 関根近子
ジョギングの女が一人恵方径 関根近子
畑中をぬけて登りや恵方道 竹中和子
冠雪の遠富士仰ぐ恵方道 荻野文子
朱蝋燭瞬きやまぬ恵方寺 上杉和雄
やはらかき日ざしの中の恵方道 中根多子
せきれいの鈴振る声をわが恵方 梅田 葵
つなぎ行く児の手のぬくし恵方道 上杉美保子
小走りの鶺鴒に蹤く恵方道 熊澤和代
沢に沿ふ猪の足跡恵方道 矢野孝子
杖突いて上総に恵方探しけり 武藤光リ
白朮詣、白朮火
白朮火を肩寄せて守る交差点 貫名哲半
七福神詣、七福詣、福詣、七福神
七福神詣で終りて目張り鮓 金田義子
黒光る布袋の腹や福詣 武藤光リ
歯朶、裏白、歯朶飾る
歯朶背負ひ女山路を下り来し 中村修一郎
歯朶越しに拝む久高や三庫理(サングーイ) 熊澤和代
楪、譲り葉
福寿草、元日草
妻快癒土持ち上ぐる福寿草 武藤光リ
福寿草写すに邪魔や己が影 武藤光リ
前のめりに走る二歳児福寿草 武藤光リ
合格の子に咲き初めし福寿草 金田義子
開かんと押し合ふ蕾福寿草 鈴木真理子
全身で喜ぶ赤子福寿草 足立サキ子
野仏に日の惜しみなく福寿草 山本法子
日溜りの土押し上げて福寿草 下山幸重
七種(ななくさ)、七草粥、七日粥、若菜
終の地に摘みしはこべら七日粥 近藤文子
七日粥夫手作りの碗に盛る 江本晴子
七草に不老長寿の茶葉足せり 野々垣理麻
片眼にてすする七草粥侘びし 鈴木みや子
七草の湯気にくもれる老眼鏡 清水弓月
寡黙なる二人に戻り七日粥 国枝隆生
七草の粥の青さを確かむる 服部冨子
七種の二つは庭の片隅に 伊藤旅遊
帰省子を送りひとりの七日粥 森 靖子
息吹けば七草粥のさ緑よ 奥山ひろ子
青き香の満つる厨や七日粥 金原峰子
薺、薺摘む、薺粥
薺粥キリバスの塩一つまみ 藤本いく子
小康の夫に湯気立つ薺粥 夏目悦江
男体山の風を背に受け薺摘む 岩上登代
なづな粥すすりて亡き師思ひをり 中村たか
大釜に手秤の塩なづな粥 金原峰子
なづな粥供へて母の誕生日 熊澤和代
御行、御形、五行
山畑の石の根元の御行摘む 矢野愛乃
若菜野、若菜の野
水桶を据ゑ若菜野に山羊放つ 森 靖子
若菜野へ富士の湧水あふれけり 都合ナルミ
若菜摘
傘さして摘むや若菜の一つまみ 安藤幸子
若菜摘む大和三山遠く見て 国枝洋子
綾子師の遊びし野辺や若菜摘む 幸村志保美
弓始、初弓、射初
黒髪を和紙で束ねて弓始 栗田やすし
鬼の文字的に見たてて弓始 内田陽子
一の矢の鈍き音なり弓始 内田陽子
真榊の弓引きしぼる射初かな 牧野一古
ゆつくりと片肌を抜き弓始 中村たか
盛り砂を射手踏みしめて弓初 山本悦子
弓始め的の邪の文字射貫きたり 小田二三枝
松の内、松七日、注連の内
赤ん坊あやし疲るる松の内 上杉美保子
松過、松明、注連明
松過ぎて静けさ戻り二人膳 岸本典子
杉玉に残りし青や松明くる 武藤光リ
十日戎、初恵比寿、福笹、宵戎
初えびす藪の奥より水の音 長江克江
青き眼の巫女や笹売る初戎 山鹿綾子
初戎白き土器神酒甘し 山鹿綾子
辰の絵の飴玉を買ふ戎市 若山智子
賽銭の張り付く鮪初ゑびす 東口哲半
人波に乗つて笹来る宵ゑびす 貫名哲半
鏡開、鏡割、
閉山祭橋の真中の鏡割 小木曽フジヱ
初稽古
新入りの真新な胴着初稽古 瀬尾武男
儺追(なおひ)の神事、儺追風(陰暦正月十三日)
かじかみし手で裂きくれし儺追布(なおいぬの)河合義和
女正月、小正月
持ち寄りて漬け物旨し女正月 松原 香
粕漬の魚焼く匂ひ女正月 伊藤旅遊
口中にチョコが溶けゆく女正月 太田滋子
カクテルハクレオパトラや女正月 牧野一古
古里の土間でこぼこや女正月 伊藤範子
舌を出す地蔵おはせり小正月 長谷川郁代
女正月五彩あふるる京干菓子 小蜥テ民子
ばらの花朝湯に浮かべ女正月 上杉美保子
地下街にシャネルの匂ひ女正月 河原地英武
美少年てふ酒にほろ酔ふ女正月 篠田法子
小吉といふ幸もらふ女正月 梅田 葵
蔵店のがらくた市や女正月 武藤光リ
春着、春著、春小袖
弟が春著の姉をまぶしめり 牧野一古
春著着て妻の立ち居の若返る 千葉ゆう
立食ひの春着の女人形町 武藤光リ
甘酒横丁ちよい見ちよい見と春着の娘 武藤光リ
成木責、木責、木を囃す
鉈傷に粥厚く塗る成木責 林 尉江
なまはげ、なもみ剥
厚き手を膝になまはげ畏まる 長江克江
成人式、成人の日
あどけなき面影とどめ成人の日 松永和子
成人式羽織着し子の背広し 小島千鶴
遥かなりマンボ踊りし成人日 森川歌子
防大の子の敬礼や成人日 中野一灯
かまくら
かまくらを灯して食ぶる薯団子 服部満代
小豆粥、粥初、粥杖、嫁つつき
湯気ほのと一椀づつの小豆粥 桜井節子
刀匠も木地師も集ひ小豆粥 伊藤範子
鞠始、初蹴鞠
舞殿の屋根の高さに鞠始 片山浮葉
左義長、どんど、吉書揚
どんどの炎猛りて浜の闇焦がす 栗田やすし
どんどの火もろ手拡げて浴びにけり 栗田せつ子
大どんど芯の青竹爆ぜて果つ 栗田せつ子
どんど果て港に淡き昼の月 服部鏡子
植込みの株間に撒けりとんど灰 磯田なつえ
左義長へ結びしままの古神籤 磯田なつえ
大とんど火の粉しばらく地を走る 和久利しずみ
大どんどふるまひ酒に泣きじやうご 加藤都代
左義長や大きく爆ぜる飾り竹 阪元ミツ子
左義長の炎に小さき渦生まる 清水弓月
左義長や顔の火照りを持ち帰る 朝比奈照子
左義長の経読む僧や背を丸め 長谷川久恵
燃えさかるどんどの竹をひき回す 山口行子
どんど焼爆竹仕込む舟みこし 新谷敏江
旗竿を鉈で断ち切るどんど焼 山本悦子
吉書揚げ朱の入る半紙煽らるる 小蜥テ民子
峡の風左義長の火をつかみさる 清水弓月
ぜんざいの湯気にぬくもるどんど焼 河井久子
産土神に群れ鳩遊ぶどんど焼 坂本操子
どんど焼火伏せの札も束ね投ぐ 山下帰一
浜どんど果て大空に鳶の笛 野島秀子
どんど焼果てて磯の香もどりけり 鈴木真理子
燃えながら揚がる吉書を囃しけり 加藤ゆうや
左義長の果てて潮の香戻りたる 久野和子
鷽替(うそかえ)
大楠の木洩れ日浴びて鷽替ふる 野島秀子
鷽替や三つ編みの子に福当たる 岡島溢愛
鷽替の太鼓次第に迅くなる 片山浮葉
鷽替の福を射とめり両隣 片山浮葉
鷽替の饌米秋田コマチかな 片山浮葉
鷽替へてすぐ方便の嘘をつく 片山浮葉
鷽替の鷽売り切れてしまひけり 高橋ミツエ
鷽替へて一番星の瞬けり 上田博子
鷽替へて今年の力賜りぬ 牧 啓子
右は婆左は幼鷽替ふる 河合義和
鷽替ふる止めの太鼓にどよめけり 河村惠光
手から手へ渦にもまれて鷽替ふる 福田邦子
鷽替のねんごろに振る御神鈴 近藤節子
門松、松飾、門の松
揚げ舟の舳先に小さき松飾 辻江けい
高階に住みて小さき松飾 柴田孝江
鵜の舟に男結びの松飾り 栗田せつ子
門松や干支七たびと老い盛ん 武藤光リ
橙飾る、柚子飾る
橙飾る小夜の中山夜泣石 夏目悦江
飾、輪飾
輪飾りのあをき匂ひを部屋毎に 武山愛子
幼子の漕ぐ輪飾りの三輪車 廣島幸子
旋盤の小さき輪飾町工場 森垣一成
注連飾、門飾、
なで牛の首三連の注連飾 廣島幸子
廃屋と見えしが小さき注連飾 石崎宗敏
和紙の里川瀬の岩に注連飾 松岡美千代
破魔矢
破魔矢売る巫女は二の腕曝しけり 武藤光リ
網棚に破魔矢挿したる旅鞄 中野一灯
受験子に熱田の宮の破魔矢買ふ 矢野愛乃
参道に破魔矢の鈴の鳴り交す 加藤雅子
ポケットに挿して破魔矢の鈴鳴れり 関根切子
つまづきて破魔矢の鈴の高鳴れり 服部鏡子
背負はれし児のかかげたる破魔矢かな 金田義子
鍬初、初田打,農始
水口に幣突き刺して鍬始 矢野愛乃
鍬始鳶の大きな影よぎる 関根近子
鍬はじめいきなり石を打ちし音 櫻井幹郎
鍬始先づは切り火に手をかざし 鈴木みや子
武蔵野の土くろぐろと鋤始 栗生晴夫
田遊(たあそび)、御田祭、御田打
田遊の天狗が鬼門鎮め舞ふ 金田義子
田遊びの牛が落とせり藁の角 長谷川郁代
まさかりの刃に月の影お田遊び 神尾朴水
田遊の牛役終へて母の胸 磯田なつえ
田遊びの牛が手を出しお神酒受く 磯田なつえ
田遊の牛幾度も転げたる 長崎眞由美
田遊のおかめ神酒を呑み干せり 内田陽子
田遊びの田は半畳の筵かな 福田邦子
雑煮、雑煮椀
傘寿とは他人事ならず雑煮食ぶ 栗田やすし
早起きの父の味付け雑煮汁 河原地英武
手にうけて塗りまろやかな雑煮椀 児玉美奈子
はじめての独り雑煮や柚香る 星野文子
花鰹湯気に舞ひたり雑煮椀 中根多子
彩りに添へし加賀麩や雑煮椀 森川ひろむ
箸置きは児が折りし鶴雑煮膳 谷口千賀子
花かつを湯気に踊れり雑煮椀 河村惠光
太箸、雑煮箸、柳箸、祝箸、箸紙
箸置きに梅の小枝や祝箸 牧田 章
太箸の袋に記す赤子の名 中川幸子
太箸や猫に馳走の鰤のあら 内田陽子
喰積、食継ぎ
喰積や一日だけの大家族 小長哲郎
食積や白南天の箸の艶 角田勝代
伊勢海老
糶を待つ伊勢えびギギと鳴き合へり 尾関佳子
ごまめ、田作、ごまめ噛む
ごまめ噛み言葉少なに酌みかはす 河村惠光
草石蚕(ちょろぎ)、ちようろぎ、ちようろく
ちょうろぎや皺に埋もれぬ笑ひ皺 渡辺慢房
ごまめ、田作、五万米(ごまめ)
ごまめ炒る厨に充つる潮の香 坂本操子
数の子、かどの子
初糶、初市、大発会
一番に鮑が並ぶ初の糶 後藤春子
初市の馬穴で量る落花生 山本悦子
初仕事選挙の幟より染むる 片山浮葉
初釜、初点前
友禅の膝を正して初点前 松島のり子
飲み干せし底にお多福初点前 小田二三枝
母がりや胡座に嬰入れ初茶の湯 金田義子
かろやかな茶筅の音や初点前 兼松 秀
竹林の光こぼるる初茶会 中斎ゆうこ
初釜の花びら餅の真くれなゐ 河村惠光
俎始、包丁始
たぎる湯をかけて俎始かな 高橋幸子
庭畑の菜もて包丁始かな 松岡美千代
事始
鋸の目立の響き山始 山田悦三
捻り棒磨き床屋の初仕事 兼松 秀
方丈の松の濃みどり初碁打つ 神尾朴水
事始肩上げの妓をしんがりに 山下智子
書きあぐね徹夜となりぬ初仕事 河原地英武
初漁、漁始、初漁船
初漁や浦にひしめく大漁旗 中野一灯
初漁や艫綱ほどく漁夫の妻 武藤光リ
初句会
干支の虎卓に飾りて初句会 小蜥テ民子
樟脳の匂ふ背広や初句会 千葉ゆう
稽古始、初稽古
初げいこ声の艶めく傘寿の師 加藤裕子
弾初、琴始
鍵盤の埃払ひてき弾初 太田滋子
新年会
勝ち残るじやんけんゲーム新年会 松本恵子
鏡餅
文机に血圧計と鏡餅 栗田やすし
職退きし夫が割りたり鏡餅 花村富美子
黒光るピアノに小さき鏡餅 太田滋子
餅花、団子花、繭玉、餅木
ほの暗きホテルのロビー団子花 小柳津民子
箱階段軋むたび揺る餅の花 澤田正子
餅花のあたり明るし通し土間 小田二三枝
自動ピアノ響くロビーや餅の花 鈴木みすず
花餅に折紙の寅吊られけり 長谷川郁代
南極へ餅花積まれゆきにけり 小澤明子
祇園茶屋土間にしだるる団子花 武田稜子
餅花の華やぐ三和土馬籠宿 長谷川雅子
さるぼぼも吊し飛彈路の団子花 岸本典子
餅花や床板きしむ合掌家 牧 啓子
酒蔵に暗き裸灯餅の花 上杉和雄
厄神詣、厄詣、厄参、厄神祭(1月18日京都岩清水八幡)
禊水浴びて揉み合ふ厄詣 伊藤範子
初護摩
初護摩の炎不動の頬照らす 横井美音
初観音(1月18日)
甘酒をバケツより受く初観音 幸村志保美
門前に磯鵯鳴けり初観音 牧野一古
初大師、初弘法(1月21日)
青き目の托鉢僧や初弘法 加藤裕子
干物屋の値札地に舞ふ初大師 舩橋 良
初弘法日溜り占むる小間物屋 足立サキ子
初弘法極彩色の絵心経 谷口千賀子
伏す母に松の実を買ふ初大師 奥山ひろみ
仲見世に草鞋吊り売る初大師 奥山比呂美
飴を切るサンバのリズム初大師 佐藤とみお
吊るし売る服に烈風初大師 上村龍子
七輪に干物売る婆初弘法 山本悦子
萬歳、三河万歳、才蔵
万歳のお捻り弾む緋毛氈 服部満代
おひねりを鼓で受けし万歳師 角田勝代
鼓打つ万歳太夫の赤烏帽子 上田博子
才蔵の黄色まぶしき素袍かな 牧野一古
眉白き才蔵が舞ふ柳腰 鈴木 文
えへおほと三河万歳笑ひ舞ふ 福田邦子
えんぶり、御前えんぶり、門付えんぶり
庭えぶり消防夫出で篝焚く 中野一灯
塩強きせんべい汁やえぶり宿 佐藤とみお
殿(しんがり)に背負はれて去るえぶりの子 国枝隆生
達磨市、福達磨
山門の中は緋の色だるま市 鈴木みすず
猿廻し、猿曳
賑はひの湯島に女猿廻 石原筑波
猿回し歯をむく猿をなだめをり 太田滋子
獅子舞、獅子頭
部屋毎に獅子舞来たり山の宿 河合義和
梯子獅子撒き塩深き足袋の跡 片山浮葉
初闘牛
初闘牛角ぶつかつて湯気立てり 栗田せつ子
年木(としぎ)、節木、祝木、俵木、若木
切り口の丸の大小年木積む 矢野孝子
年木積む山家暮しの深庇 福田邦子
笑初、初笑ひ
初笑ひ手に持つ眼鏡探しをり 佐藤きぬ
初謡
師も弟子も同級生や初謡 金原峰子
舞初
舞初の舞妓だらりの帯揺らし 市原美幸
初芝居、初春狂言
初芝居勘三郎の千鳥足 関根近子
初芝居七福神の舞ひ競べ 中村修一郎
艶やかに花魁あるく初芝居 立川まさ子
木馬座の辻の賑はひ初芝居 森垣一成
道行の雪が桟敷へ初芝居 森 靖子
木戸口に役者のならぶ初芝居 三井あきを
四歳の奴見得切る初芝居 廣中みなみ
初神楽
太鼓打つ音のひびけり初神楽 中川幸子
初神籤
婚近き子が初御籤離れ読む 河原地英武
大吉に妻の笑顔や初神籤 武藤光リ
初伊勢、初参宮
初伊勢の波こまやかに光りをり 日野圭子
伊勢参コロッケを買ふ列に着き 神尾朴水
初伊勢や清水で拭ふ蜑の墓 長江克江
初天神、天神花、天神旗
麦とろに人集まれり初天神 中村修一郎
背のびして少女絵馬吊る初天神 日野圭子
鯛焼に長々と列初天神 廣島幸子
筆塚にちび鉛筆や初天神 倉田信子
初不動(1月28日)
大声で鴉鳴く朝初不動 鈴木澄枝
初不動火炎太鼓の轟けり 宇佐美こころ *炎は火偏にクの下に臼
法螺の音と護摩の炎や初不動 堀 一之
初旅
妻に買ふ朱泥の急須初の旅 武藤光リ
初旅や束の間の虹雲の上 夏目悦江
初旅の頭上よぎれりオスプレイ 熊澤和代
富士ことに白く耀く初の旅 小島千鶴
歌留多、トランプ、花かるた
カルタ取り児の渾身の掌に打たる 丹羽康碩
恋歌留多諳んずる子の幼な声 国枝洋子
かるた取りして大泣きのあにおとと 小蜥テ民子
児と同じハンデ貰ふや歌留多取り 小蜥テ民子
歌かるた少女の声の澄みわたり 日野圭子
片言で読めり妖怪カルタかな 片山浮葉
カタカナの角ばつてゐるカルタかな 山 たけし
敷布団ずらして宿の歌留多取り 伊藤範子
たどたどしき子の読み札や歌留多とり 横井美音
体ごと跳ねて幼児歌留多取る 山本光江
双六、絵双六
双六のひいふうみいよう上がりたる 下里美恵子
福笑ひ
独楽
負独楽を吹いてさすつて男の子 夏目悦江
打ち傷の痕くつきりと喧嘩独楽 伊藤旅遊
独楽二つ付かずはなれず廻りけり 近藤文子
羽子板、はご、追羽子、羽子つく、羽子日和、羽子
抽斗に色褪せぬ羽子見つけたり 千葉ゆう
福引
福引の弾みて白き外れ玉 熊澤和代
ぽつぺん
ぽつぺんを鳴らし自粛をもてあます 国枝洋子
歳末
暦売、古暦
母に買ふ大き枡目のカレンダー 丹羽康碩
リハビリの記録で埋まる古暦 長谷川しげ子
軒借りて奈良町に立つ暦売 谷口由美子
古暦掛けしままなり夫の部屋 牧 啓子
餅搗、餅配り、年の餅
町長のへつぴり腰や餅を搗く 栗田やすし
餅搗きの湯気匂ひくる佃路地 福田邦子
ネクタイの男餅つく佃島 栗田せつ子
校長が大見得きつて餅搗けり 磯野多喜男
餅搗の果てて燠火を川に捨つ 上田博子
社会鍋
ドル紙幣一枚目立つ社会鍋 櫻井幹郎
注連作
綯うほどに藁匂ひ立つ注連作り 豊田紀久子
大注連を綯ふ男衆の白軍手 山本正枝
大注連縄尻で押さへて綯ひあぐる 服部鏡子
掛け替ふる大注連縄の匂ひ立つ 神尾知代
節くれの手のしなやかに注連を綯ふ 朝比奈照子
大根注連綯ひ上げし掌の火照りをり 小田二三枝
注連綯ふや薄る指紋に息をかけ 市川正一郎 *薄るる?
注連藁を打てば青き香立ちにけり 近藤きん子
匂ひ立つ藁湿らせて注連づくり 大橋幹教
注連作る藁さはさはと音たてて 上村龍子
注連飾る、一夜飾
錫杖に注連飾らるる地蔵かな 武藤光リ
釘一つ打ちて新居に注連飾る 小島千鶴
注連飾る取材の記者も手伝ひて 中村たか
注連飾る売家札立つ父母の家 山本光江
年(とし)用意、春仕度
靴二足磨きしことも年用意 栗田やすし
父の肌着少し値を張り年用意 幸村志保美
年用意鼻上向きの猪飾る 河野幸子
紅絹で拭く春慶の膳年用意 吉田青楓
藍染の作務衣のかろし年用意 佐々木美代子
せせらぎに芋を洗ふも年用意 山田悦三
屋久杉の箸買ひ揃へ年用意 長谷川美智子
年用意忙しき町を退院す 夏目隆夫
藍甕の洗ひ干さるる年用意 篠田法子
母に買ふ厚き靴下年用意 奥山ひろみ
書架の本入れ替ふるのみ年用意 国枝髏カ
手に余る薬貰ふも年用意 国枝髏カ
年用意終へて帰省の子等を待つ 武藤けい子
節料物、節米、年の米
節料理犬にも分ち挨拶す 倉田信子
仏壇の夫頒け合ふ節料理 小蜥テ民子
研ぎ師より戻る包丁節用意 加藤百世
賀状書く
賀状書く歳月人を遠くせり 小長哲郎
ピアノ曲音を鎮めて賀状書く 児玉美奈子
飴湯のみ又書き続く賀状かな 森 妙子
賀状書く奈良の古墨の香りたつ 上杉美保子
やはらかく筆先ほぐし賀状書く 鈴木真理子
コンビニといふ何でも屋賀状買ふ 櫻井幹郎
年の市、暮市
福引の鈴また鳴れり歳の市 栗田やすし
大鮪さばく口上年の市 金田義子
雲水のりんの音ひびく歳の市 武山愛子
肩越しに釣銭もらふ年の市 関根切子
流木のごとき棒鱈年の市 矢野孝子
幔幕を風吹き上ぐる歳の市 小林ひさ江
枡売りのじやこ大負けや年の市 河井久子
魚臭き釣銭貰ふ年の市 足立サキ子
勘定は五珠そろばん歳の市 上杉和雄
味見して柚子七味買ふ年の市 岡田佳子
棒鱈の尺のまちまち年の市 渡辺かずゑ
売り声を真似る幼子歳の市 野ア和子
歳暮
おが屑にまみれ歳暮の海老跳ぬる 玉井美智子
煤払、煤籠、煤逃げ、煤日和
煤逃げもならず書斎の塵払ふ 栗田やすし
煤籠書架の土鈴を鳴らしみる 栗田やすし
煤逃げや床屋の熱き蒸タオル 小長哲郎
文机の向き変へてみる煤払 中野一灯
神官の白衣黒ずむ煤払 平松公代
煤払ひ母の遺影に声をかけ 只腰和子
畳打つ竹よく撓ふ煤はらひ 高橋ミツエ
煤逃げや古書街裏の喫茶店 武藤光晴
行き場なき張子の虎や煤払ひ 上杉和雄
煤逃げの夫抱き帰る本五冊 岡野敦子
煤逃げをとほせし夫の遺影拭く 武山愛子
人寄りて無人駅舎の煤払ひ 中村たか
蝋燭の火の大揺れに煤払ひ 河原地英武 *蝋は旧字
安売の半紙買ふとて煤逃す 河原地英武
捨てられぬ書に書を重ね煤はらひ 宇佐美こころ
煤逃のハングライダー鳶の上 磯田なつえ
煤逃の望遠レンズのすり追ふ 磯田なつえ *のすりは原文漢字一字
ボサノバを聞きつつ書架の煤払 牧野一古
夢少し残して老いの煤払ひ 中山敏彦
すす竹の笹千切れ舞ふ大手門 廣島幸子
勤王の志士の本持ち煤逃す 河原地英武
お顔より始むる弥陀の煤払ひ 松平恭代
煤払軒の古巣を避けながら 松平恭代
年の内、年内
掃除機の音甲高き年の内 上杉和雄
数へ日、
数へ日の酒酌み父の忌を修す 江口ひろし
数へ日や宅配便に母の文 横森今日子
数へ日やゼンマイ時計巻直す 藤田岳人
数へ日や煮物の匂ふ路地の朝 飯田蝶子
数へ日や転居仕度のはかどらず 辻江けい
数へ日や又も牛乳ふきこぼし 石原進子
数へ日や参道に延ぶ古物市 坂本操子
数へ日や寺に干さるる臼と杵 竹中和子
数へ日や夫の遺愛の腕時計 花村つね
数へ日も一日古書店巡りかな 下里美恵子
数へ日や乳張る牛の息遣ひ 八尋樹炎
数へ日の路地の子猿の宙返り 山口耕太郎
数へ日の凶の神籤をもてあます 岡田佳子
数へ日の過ぐる早さよ鍋磨く 松平恭代
数へ日や祇園の路地のはぐれ猫 伊藤旅遊
数へ日や来し方想ふ歯科の椅子 武藤光リ
年惜む、冬惜む
年惜むジャズの流るる喫茶店 鈴木みすず
反古を焼く煙に噎せて年惜む 伊藤旅遊
子に愚痴を叱られ年を惜しみけり 上田博子
年惜む愚陀仏庵の縁に座し 足立サキ子
年惜しむ信濃土産のワイン酌み 市江律子
行く年、年歩む、流るる年、年逝く
石研ぎし水乳色に年流る 神尾朴水
行く年のノート写経の二千編 神尾朴水
果てしなく晴れて夫亡き年逝けり 中村たか
行く年のらふそく灯る穴大師 日野圭子
逝く年の入日拝みて立ち尽す 鈴木みや子
行く年や余白ばかりの窯日記 八尋樹炎
年忘、忘年会
原稿の未完のままや年忘れ 栗田やすし
年忘調子はづれの歌も出て 牧田 章
年忘れ蟹雑炊を吹きて食ぶ 関根近子
一升瓶抱へ飯場の年忘 森垣昭一
年忘れ笑ひ上戸の友ばかり 廣中美知子
忘年の一句を記す箸袋 鈴木みや子
古書店にしばし寄り道年忘れ 河原地英武
年忘れフォルクローレに腰揺すり 河原地英武
忘年会烏賊刺しの足動き出す 八尋樹炎
持寄りの酒利き分くる年忘 佐藤とみお
大年(おおとし)、大年越
大年の檜の香とばして佛彫る 栗田せつ子
大年やひと時さわぐ夕鴉 中山ユキ
大年の空を映して玻璃磨く 高橋幸子
大年や来し方妻と語りたし 山下 護
大年の夕日に染まる渡し舟 平松公代
恙なき身に大年の星美しき 梅田 葵
大年の風聞くばかり砦跡 久野和子
年籠(としごもり)
中天に半月仰ぐ年籠 市川悠遊
年籠り火の匂ひして夫戻る 上田博子
年守る、年送る
闇深き洞窟(ガマ)を墓とし年送る 栗田やすし
年送る母の遺せし桐箪笥 鈴木真理子
飾売
飾売りカップラーメン立ちて食ぶ 佐藤博子
古暦
通院のメモ書き多き暦果つ 安藤幸子
忘れたきことのあれこれ古暦 伊藤旅遊
日記買ふ、日記果つ、古日記
死ぬ死ぬといひて三年日記買ふ 近藤文子
漫画本増えし書店や日記買ふ 河合義和
ハンドベル流る古書街日記買ふ 横井美音
ベートーベン流るる書店日記買ふ 奥山ひろ子
古書街の昼の静けさ日記買ふ 森垣昭一
古書街のはづれ十年日記買ふ 下里美恵子
表紙絵はモジリアーニや日記買ふ 鈴木みすず
退院の足で三年日記買ふ 田嶋紅白
十年の未知なる厚み日記買ふ 伊藤範子
小晦日
四間道に豆炊く匂ひ小晦日 大島知津
伊吹より荒き風鳴る小晦日 大島知津
年の暮、歳末、歳晩、年の瀬、年果つる、年つまる
年の瀬や黒き運河にビール瓶 栗田やすし
鉈で削ぐ青竹匂ふ年の暮 高橋ミツエ
歳晩やガラスケースの古書の艶 河原地英武
年の瀬の雑巾きつく絞りけり 河原地英武
キオスクで買ふ「処世訓」年の暮 河原地英武
年の瀬や赤札付きの聖母像 河原地英武
柏手の音の乾きや年の暮 河原地英武
答案の縦横揃へ年の暮 河原地英武
年末のあいさつ聞こゆ甘味処 武田明子
深爪の指先うづく年の暮 井上 梟
氏神に松の薪積み年詰まる 中山ユキ
宝くじ買ふ歳晩の大安日 安藤幸子
大将で在りし日のこと年の果 市川正一郎
歳晩の脚立に背のび玻璃戸拭く 森垣昭一
魚屋の出刃研ぎ細る年の暮 坪野洋子
大寺の畳打つ音年の暮 内田陽子
歳晩の日矢大いなる比叡かな 内田陽子
釘を打つ音つつぬけや年の暮 熊澤和代
重ね貼る火伏の札や年の暮 橋本紀子
年の瀬や招き猫拭く仏壇屋 林 尉江
マンションの灯りまばらや年の暮 江口たけし
歳晩の街の灯へ墜つエレベーター 清水弓月
子の顔を忘れし妻よ年暮るる 中村修一郎
長生きを母に詫びられ年昏るる 栗田せつ子
年の暮戸毎に御札配り売る 兼松 秀
歳晩や大き袋の飲み薬 牧 啓子
健さんも文太も逝けり年詰まる 中村たか
山の影山へ倒れて年暮るる 中村たか
歳晩や電飾の灯の青光り 武藤光リ
歳晩の空オリオンの輝けり 小蜥テ民子
下戸と来し盃展や年詰まる 坪野洋子
晴耕も雨読も知らず年終る 丹注N碩
歳末や余白のごとき閑を得て 井沢陽子
不祥事の記事の回覧年詰まる 荒川英之
年の瀬や未練継ぎ足す独り酒 下山幸重
散髪の椅子でまどろむ年の暮 安藤一紀
ソーラーに滑る鴉や年の暮 服部鏡子
年越、大年越、年移る
出会より多き別れや年移る 川端俊雄
除夜、年の夜、除夜の鐘
星粲粲除夜の鐘打つ臨済寺 坂本操子
除夜の鐘撞くや北斗のまたたけり 岩上登代
除夜の鐘十まで数へ寝落ちけり 山本悦子
除夜の鐘急磴を子と競ひたり 山下帰一
一礼と一打交互に除夜の鐘 伊藤旅遊
かすかなる除夜の鐘聴く仕舞風呂 平松公代
除夜の鐘戦に遠き国に住み 武藤光リ
除夜詣
捨て切れぬ煩悩すてに除夜詣 篠田法子
晦日蕎麦、年越蕎麦
塩断ちに慣れて晦日の蕎麦すする 栗田やすし
晦日蕎麦母の習ひの青菜添ふ 野島秀子
存へて酒一合と晦日蕎麦 武藤光リ
大晦日、大つごもり、除日
裏山に猿鳴き交はす大晦日 矢野愛乃
凸凹の影ある月や大晦日 畑ときお
大晦日妻の自転車磨きけり 佐藤とみお
境内に火の爆ぜてをり大晦日 奥山ひろ子
星うるむ大つごもりの仕舞風呂 夏目悦江
掃納、年の塵、年の埃
吉良さまの経蔵開けて掃納 小島千鶴
地球儀のほこり払うて掃納 伊藤旅遊
冬
十一月
川筋に十一月の月明り 江口ひろし
癒えし身に十一月の滝ひびく 栗田せつ子
家々の窓光りゐる十一月 中川幸子
神無月、神有月、時雨月
神有の湖の夕日に染まりけり 栗田やすし
神無月正倉院に長き列 土方和子 *姓の土に`あり
神無月一人居の母強がれり 大谷みどり
どら焼の土産片手に神無月 鈴木澄枝
草深き城址を訪へり神無月 砂川紀子
神無月軒に黒ずむ十団子 武藤光リ
ラーメンを鍋より啜る神無月 渡辺慢房
神の留守、神の旅、
護符くばる巫女の素顔や神の留守 市川正一郎
大鋸屑に蟹のうごめく神の留守 市川正一郎
点滴で命繋げり神の留守 巽 恵津子
山の端に赤き月出て神の留守 菊山静枝
花嫁に雨上りたり神の留守 中川幸子
神の留守野川を照らす月白し 澤田正子
神の留守電池きれたる掛時計 竹中和子
死に神も留守なり母の脈もどる 栗田せつ子
呆け封じ寺の賑はひ神の留守 伊藤旅遊
荒海に日矢幾筋も神の旅 伊藤旅遊
家中にケーキ焼く香や神の留守 井沢陽子
糶牛の息の荒ぶる神の留守 坪野洋子
門前の籠に捨て猫神の留守 豊田紀久子
神留守の大宰府宮に猿使ひ 豊田紀久子
乳房絵馬あまたゆれゐる神の留守 片山浮葉
鰹木に猿が日を浴ぶ神の留守 野島秀子
神の留守登呂の草屋に雨宿り 中野一灯
屋根神の幣しろじろと神の留守 鈴木真理子
堂の辺に陽石一つ神の留守 福田邦子
仏頭を戸板に売れり神の留守 林 尉江
大杉の洞に日の射す神の留守 小原米子
病後また老後の日々や神の留守 櫻井勝子
立ち枯の松に風鳴る神の留守 川端俊雄
沖合に潮目ひとすぢ神の旅 岡田佳子
七五三、七五三(しめ)祝、帯解、千歳飴、袴著
神域に太鼓響けり七五三 加藤けい子
児の足袋の爪先余る七五三 中山ユキ
唇に綿菓子つけて七五三 奥山ひろ子
袴著の男の子つまづく神の庭 矢野愛乃
祝着の子と祓はるる七五三 松永敏枝
ヒーローの面つけ帰る七五三 中斎ゆうこ
初めての化粧の紅や七五三 石橋忽布
七五三児をあやしては写真撮る 武藤光リ
冬
梵字めく雲浮く冬の比叡かな 河原地英武
海見んとひとり降り立つ冬の駅 栗田やすし
冬浜に蟹穴あまた誓子亡し 栗田やすし
冬の宿玻璃いちめんに海と空 櫻井幹郎
冬の芹久女野や子規跡に摘む 山本悦子
冬の海荒るる彼方に拉致の国 江口ひろし
朝刊を配りし背に冬の汗 清原貞子
呼鈴押して御朱印乞へり冬の寺 神野喜代子
水筒の熱き珈琲冬の旅 渡辺慢房
湯煙りも冬の気配や奥信濃 夏目隆夫
蟹の穴クレーターめく冬干潟 坂本操子
磯鴫の右往左往の冬干潟 国枝洋子
受水の煌めく底に冬の蜷 武藤光リ
ティッシュ抜く音させ冬の独りかな 山 たけし
号砲のごとポン菓子の冬に爆ず 富田範保
冬めく
焼だんご匂ふ小江戸や冬めける 佐藤とみお
冬めくや庫裡に使はぬ大湯釜 藤本いく子
玉陵の錆びし閂冬めけり 奥山ひろみ
冬めくや寄生木太る舟着場 奥山比呂美
ユトリロもフジタの白も冬めける 矢野孝子
冬浅し
冬浅し造り酒屋の通し土間 竹中和子
冬ざれ、冬ざるる
足細き子規の小机冬ざるる 武藤光リ
朽ち目立つ三笠甲板冬ざるる 武藤光リ
冬ざれや梁の高みに千社札 武藤光リ
冬ざれや踏めば床なる天守閣 山本悦子
冬ざるる標識のみの国境 山本悦子 *バルト三国
戸の歪む筏師の小屋冬ざるる 鈴木真理子
冬ざれや閉ぢし機屋に錆匂ふ 櫻井幹郎
冬ざれを背に断つ自動ドア閉まり 櫻井幹郎
錆び付きし父の釣竿冬ざるる 江口ひろし
冬ざれや質屋の蔵戸固閉ざす 鈴木みすず
船宿に使はぬ魚籠や冬ざるる 森垣昭一
冬ざれや初稿黄ばみし遺作展 市川悠遊
船宿の朽ちし桟橋冬ざるる 林 尉江
冬ざるる訪ふ人もなき踏絵寺 只腰和子
屋根神の屋根の緑青冬ざるる 小田智子
屋号札残る過疎の地冬ざるる 古田富美子
竹の骨あらはな仁王冬ざるる 兼松 秀
冬ざれや肱つきて食ふ駅の蕎麦 渡辺慢房
冬ざれや芋(う)引きの指に絆創膏 谷口千賀子
冬ざれや機械止めたる町工場 龍野初心
冬ざるる手に老斑の何時よりか 山下 護
産小屋に空の神棚冬ざるる 野島秀子
冬ざれや地蔵あまたの峠道 山下善久
冬ざるる更地となりし日吉館 渡辺かずゑ
冬ざるる気根からみし廃れ墓 国枝隆生
冬ざれや片へり著き踏絵板 金田義子
冬ざれの丘やモーゼの終焉地 漆畑一枝
冬ざれや画鋲ばかりの掲示板 中野一灯
人気なき敗将の塚冬ざるる 松平恭代
初冬、冬の始
貝殻に海鳴りの音冬はじめ 栗田やすし
天草の初冬ルルドの水尼き 若山智子
初冬の火の見櫓を人登る 江口ひろし
席替へのうはさ初冬の教室に 河原地英武
冬はじめ割り木山積む合掌家 大橋幹教
初冬の朝市に買ふ落し蓋 近藤文子
初冬や湖北の雨は音なさず 冨田真秋男
芭蕉糸干され日に透く冬はじめ 横森今日子
地下足袋の小鉤の固き冬初め 藤田岳人
木曽の湯の檜匂へり冬はじめ 上杉美保子
ラリックの硝子の鷹や冬初め 大島知津
初冬の早々灯る古本屋 鈴木真理子
指先にすり込む馬油冬はじめ 関根切子
立冬、今朝の冬、冬に入る(陽暦11月7日頃)
師と並び反故焚きし庭冬に入る 栗田やすし
トウシューズ軽き音たて冬に入る 牧野一古
赤松の幹あかあかと冬に入る 竹中和子
冬に入る辻に夫婦の道祖神 武藤光リ
今朝冬の光に落つる群すずめ 武藤光リ
立冬や老いたる母の水仕事 伊藤旅遊
今朝の冬列車待つ間の長かりき 牧田 章
髪を梳く手櫛冷めたき今朝の冬 佐藤とみお
アロエ酒の琥珀色透く今朝の冬 尾関佳子
手の甲に伸ばすクリーム今朝の冬 太田滋子
乳飲み子の寝息たしかむ今朝の冬 角田勝代
焼きたてのパン香ばしき今朝の冬 垣内玲子
立冬や御堂の扉固く閉ず 前田史江
立冬の暁に雷轟けり 坂本操子
古郷の山青きまま冬に入る 坂本操子
日時計に吾影重ね冬来る 渡辺慢房
立冬や音たてて割るチョコレート 奥山ひろ子
風紋にわが影長し冬に入る 栗田せつ子
仏彫る木屑の濃き香今朝の冬 森 靖子
枝折戸を閉ざす塔頭冬に入る 藤本いく子
誓子見し沖にタンカー冬に入る 国枝隆生
味醂蔵の路地に甘き香今朝の冬 上田博子
立冬やブーツで歩く石畳 関根切子
裾野よりはじまる暮色冬に入る 小原米子
ネクタイの固き結び目冬に入る 龍野初心
てのひらに湯呑みのぬくみ今朝の冬 日野圭子
菜を洗ふ水の硬さや今朝の冬 上村龍子
立冬やものみなうすき影もてり 梅田 葵
撒餌して雀呼びけり冬立つ日 梅田 葵
皮装の辞書艶めけり今朝の冬 河原地英武
亡き母に届きし文や冬来たる 武田明子
木仏の首にひび割れ冬に入る 藤田岳人
詰め替へる旅の仕度や冬来たる 武藤けい子
病窓の伊吹は遠し今朝の冬 丹注N碩
冬立つや宿場名残の格子窓 内田陽子
看護師の皆団子髪冬に入る 高橋幸子
閼伽桶の家紋の薄れ冬に入る 久野和子
小雪(陽暦11月23日頃)
小雪や仏飯の湯気灯に浮かぶ 東口哲半
初時雨
初時雨野麦峠の笹慣らす 栗田やすし
赤々と燃ゆる窯火や初時雨 栗田やすし
叡山の裾のきらめき初時雨 河原地英武
杖借りて登る鞍馬や初しぐれ 石原進子
初時雨牧にかたまる孕牛 加藤裕子
いくすぢも水脈曳く港初しぐれ 高田栗主
初時雨沼に吹かるる笹小舟 中村修一郎
禅寺の破れ障子や初時雨 下山幸重
檜皮葺く弥陀堂の屋根初時雨 廣島幸子
初しぐれ蛤門に駆け込めり 児玉美奈子
川底の藻のあをあをと初時雨 鈴木真理子
古九谷の藍濃き絵皿初しぐれ 辻江けい
初しぐれ諏訪の社の御柱 伊藤旅遊
初しぐれ病歴しるす夫のメモ 安藤幸子
初しぐれ黒く艶めく能登瓦 武藤光リ
切り株の檜が匂ふ初時雨 つのだひろこ
初しぐれ木組みの細き太鼓橋 龍野初心
初しぐれ一茶の土蔵濡らしすぐ 栗田せつ子
軒積の薪匂ひけり初時雨 熊澤和代
初時雨絵馬に沁みゆく願ひごと 音頭恵子
時雨(しぐれ)、村時雨、小夜時雨、時雨傘
学舎のあと何もなし時雨来る 栗田やすし
子規庵の狭き縁側時雨来る 武藤光リ
古書街に昔都電や時雨くる 武藤光リ
青錆びし塔の風鐸しぐれ雲 武藤光リ
時雨来て独歩の石碑濡らしけり 武藤光リ
山低き上総の里やしぐれ雲 武藤光リ
小夜時雨青白赤のタワーの灯 武藤光リ
江戸独楽の漆の艶や時雨くる 栗田せつ子
母一人残す古里夕時雨 江口ひろし
時雨るるや淡き五彩の京干菓子 伊藤旅遊
小倉山訪へばはたして時雨けり 伊藤旅遊
しぐるるや繕ふ針の軋みたる 上杉美保子
脚低き子規の小机夕時雨 丹羽康碩
収骨の土へ沁みゆく片時雨 坪野洋子
片しぐれ山なみ海の色なせる 河原地英武
花嫁の白無垢にさす時雨傘 辻江けい
高札の破れし板屋根木曽しぐれ 山下智子
しぐれきて城の石組み際立てり 伊藤克江
本郷の小さき古書店片時雨 石原筑波
しぐるるや館に和紙のきつね面 石原筑波
時雨るるや文字の薄れし芭蕉句碑 池村明子
しぐるるや紙灯瞬く妻籠宿 石川紀子
加賀しぐれ息をころして箔移す 高橋孝子
標石のみの城跡しぐれけり 日置艶子
峡時雨子の乗るバスの灯し来る 中村たか
斜陽館に太宰のマント時雨くる 橋本紀子
時雨るるや茅葺き屋根の苔青し 大石ひさを
米問屋閉ぢる貼紙夕時雨 尾関佳子
時雨来る埠頭に座せり人魚姫 奥山ひろみ
しぐるるや廻廊長き山の寺 岡野敦子
補陀落へ陽をこぼしたりしぐれ雲 矢野孝子
沢に沿ひ窯屋十軒しぐれ来る 矢野孝子
経蔵を廻し輪廻の小夜時雨 村井まさを
しぐれ雲切れて湖北の空青し 久野和子
しぐれ雲かかる比叡やえりの杭 小長哲郎 *えり=魚偏に入。
戸口まで湖の波くるしぐれ宿 森 靖子
片しぐれ牛が牛呼ぶ牧の暮 中野一灯
供花絶えぬ大宰の墓所や朝しぐれ 中野一灯
渡月橋暮れて時雨の本降りに 国枝隆生
夕時雨ショパン流るる美容室 谷口千賀子
屋台出で襟立て直す小夜時雨 藤田岳人
陶神の注連縄濡らす里時雨 藤田岳人
伊賀しぐれ茶屋の柱に刀傷 佐藤とみお
小石積む賽の河原にしぐれ来る 豊田紀久子
山際の空が明るし朝時雨 梅田 葵
僧兵の集ひし砦しぐれけり 山下善久
水底に光るアルミ貨片時雨 小蜥テ民子
行き行きて北国街道しぐれけり 下里美恵子
脂臭き生徒のノート小夜時雨 荒川英之
酌むほどにしぐれは雪に馬籠宿 橋本ジュン
木曽時雨笠借る朝の露天風呂 橋本ジュン
時雨るるや割れば湯気立つ人形焼 渡辺慢房
芦ノ湖を望む番所やしぐれ雲 金原峰子
世襲なる小鹿田(おんた)十窯峡しぐれ 倉田信子
雲水の素足草鞋もしぐれけり 下山幸重
しぐるるや酒場の薄きハイボール 伊藤範子
味噌桶の箍のささくれ時雨来る 小田二三枝
初霜
初霜やミルクの膜がくちびるに 梅田 葵
初霜に裳裾濡らせり修道女 上村龍子
朝の日に初霜の畑眩しけり 山本法子
初霜をついばみ鳩の嘴光る 谷口千賀子
初雪、新雪
門柱のシーサーに舞ふ初の雪 栗田やすし
初雪の富士の近さよ配流の地 長江克江
初雪や山小屋閉づる槌の音 中野一灯
宅急便初雪乗せて届きけり 岸本典子
初雪の朝日を浴びし白さかな 服部萬代
初雪を見せむと母に障子開く 倉田信子
櫛買ひて初雪に会ふ奈良井宿 小田二三枝
新雪へおしくらまんぢゆう崩れけり 奥山ひろ子
新雪の明神岳映ゆる池の底 山下智子
新雪に風の紋様まぎれなし 国枝洋子
ふりかけし程の初雪今朝の富士 中村たか
神渡し、神立風
野宮の竹鳴らしゆく神渡 内田陽子
真珠筏あまた浮く阿児神渡し 巽 恵津子
神渡るらし大樟の梢鳴る 谷口千賀子
市庁舎の厚き鉄扉や神渡 松井徒歩
木枯
木枯や千切れ雲吐く駒ヶ岳 中野一灯
木枯や海に船見ぬ能登の旅 櫻井幹郎
木枯や伝言板に髑髏の絵 河原地英武
木枯しに嬌声あぐる女学生 荒深美和子
木枯が懐に入る日暮畑 雨池志津乃
木枯や鳶吹かれ鳴く海の上 武藤光リ
木枯やスタバの広き硝子窓 武藤光リ
杖の歩や木枯つのる女坂 武藤光リ
木枯や鉄路の音のことさらに 武藤光リ
木枯の途切るる路地やピアノ鳴る 山本法子
木枯や寺に仁吉の旅合羽 山本悦子
空つ風
空つ風水道の水よれよれに 河原地英武
高倉健死して六区にからつ風 武藤光リ
声出しの野球部員やからつ風 武藤光リ
冬至、冬至粥、冬至南瓜、柚子風呂
子は遠し妻と二人の冬至粥 栗田やすし
柚子二つ浮かべて稿を案じをり 栗田やすし
吹き吹きてひと日遅れの冬至粥 山たけし
朝空は和紙の白さの冬至かな 山たけし
冬至南瓜鉈振り上げて分けてゐし 小田智子
大南瓜かかへて来たり冬至寺 都筑恭子
風呂の蓋あけて香ぐはし冬至の湯 吉岡やす子
蚕飼女の桑の木で焚く冬至風呂 篠田法子
みどり子に冬至南瓜をつぶしやる 小島千鶴
病む膝に柚子を寄せたり冬至風呂 石原進子
柚子風呂の柚子に著けき嘴の痕 八尋樹炎
柚子風呂の柚子手で掬ひ匂ひかぐ 太田滋子
仏間まで日射し届けり冬至晴 田畑 龍
影つれて信号待てり冬至の日 牧 啓子
雨音が闇を満たせり冬至風呂 井沢陽子
職退くと決めて柚子湯に身を沈む 国枝隆生
柚子風呂の柚子見つめをり片思ひ 荒川秀之
天も地も染めて冬至の夕日落つ 武田稜子
鉈で割るかぼちや匂へり冬至寺 金原峰子
冬至寺格子の奥に虎眠る 鈴木英子
冬至柚子胸に引き寄せ母偲ぶ 鈴木真理子
嬰は九分白寿は五分に冬至粥 山ア育子
刻み菜を仕上げに散らす冬至粥 松平恭代
十二月
先生ともんじや焼食ぶ十二月 国枝洋子
田にそそぐ水の一縷や十二月 下里美恵子
木目浮く釜蓋洗ふ十二月 八尋樹炎
球根を植ゑて始まる十二月 児玉美奈子
十二月幼なじみの訃を知れり 足立サキ子
靖國の大樹見てゐる十二月 伊藤範子
すぐ変はる島の空色十二月 小原米子
駅頭に募金の僧侶十二月 小柳津民子
整理棚一つ買ひ足す十二月 森 妙子
堰落つる水の細さも十二月 牧野一古
わが杖の音に順ふ十二月 中川幸子
藍甕の泡のきらめく十二月 福田邦子
雑踏の中の一人や十二月 山 たけし
白目剥く達磨の列や十二月 河原地英武
本棚の奥まで日差し十二月 下里美恵子
鎌錆びて軒に転がる十二月 武藤光リ
十二月ヒール闊歩の丸の内 武藤光リ
軽トラで刃物研ぎ来る十二月 渡邉久美子
干し魚の眼の窪深し十二月 内田陽子
落日に染まる義士碑や十二月 安藤一紀
霜月、霜降月、神楽月
霜月の竹青々と師弟句碑 鈴木 文
極月(ごくげつ)、師走
欣一失し夕日まみれの師走富士 栗田やすし
庭師来て師走の庭を明るうす 栗田やすし
峡の風止みて師走の月円か 増田昭子
夕闇の宙(そら)に浮き立つ師走富士 藤田映子
魔笛てふオペラ見てゐる師走かな 市川克代
極月の湯屋に引き込む山の水 井沢陽子
極月の地下街の路踏み迷ふ 茂木好夫
海を見に師走の町をぬけて来し 日野圭子
御園座のまねき看板師走くる 小長哲郎
コンサート果てて師走の人となる 松本恵子
呉服座のオツペケ節聴く師走かな 上田博子
尋ね人流す有線師走風 藤田岳人
極月の市に明治の漢和辞書 小島千鶴
極月や客引の声聞き捨てに 河原地英武
東京の空の鈍色師走来る 伊藤範子
師走富士投網かぶせしほどの雪 矢野孝子
軍鶏駆けて極月ここに極まれり 下山幸重
極月の天井裏に白鼻心 林 尉江
ベートーヴェン鳴らし豆煮る師走かな 山崎文江
極月やグレコの昏き降誕図 山田万里子
討入の日(12月14日)
義士の日や討入蕎麦にあたたまる 鈴木みすず
羽子板市(浅草17〜19日)
羽子板市富樫弁慶睨み合ふ 伊藤範子
襤褸市
蘆溝橋の号外売らる襤褸の市 岡島溢愛
ぼろ市や額縁入りの質の札 生川靖子
ぼろ市や客を横目に股火鉢 小長哲郎
並べ売るマリアと仏ぼろの市 幸村志保美
刀剣の目利き談議やぼろの市 松原和嗣
ぼろ市の錆びし火箸の売れゆけり 松原和代
ぼろ市の厚き版木に陽のぬくみ 長谷川郁代
ぼろ市に若きひばりのブロマイド 佐藤とみお
ボロ市や鈍き光の銀食器 鈴木みすず
一書欠く花の図鑑やぼろの市 森垣一成
聖夜、聖樹、クリスマス、聖菓
クリスマス募金乞ふ列素通りに 河原地英武
生誕祭じんるいにまた呱々のこゑ 河原地英武
焼酎の美容液ぬりクリスマス 栗田せつ子
横顔の天使の切手クリスマス 幸村志保美
切り口のレーズン匂ふ聖菓かな 二村美伽
古妻の睫のカールクリスマス 高田栗主
聖歌洩る脳病院の鉄格子 相澤勝子
聖夜劇子の背の翼大揺れす 嶋田尚代
客船の揺れかすかなる聖夜かな 塩原純子
昨夜の雨梢に光るクリスマス 国枝洋子
古稀過ぎて孫と指切り聖夜(イヴ)近し 櫻井幹郎
駄菓子屋の手にのる程のツリーかな 橋本紀子
残業の父待つ聖樹灯しつつ 渡辺慢房
Xマス飾りが一つ島の露地 平松公代
タンバリンだけの楽隊聖夜劇 伊藤旅遊
ハンドベル聖夜の堂に弾み鳴る 高橋幸子
病院の待合室に聖樹の灯 武藤光リ
地下鉄へ消ゆる人波クリスマス 武藤光リ
シャンソンの街頭ライブ聖樹の灯 武藤光リ
サンタよりと書きて頼めり宅配便 武藤光リ
星形にクッキー焼けりクリスマス 太田滋子
円卓を囲み女子会クリスマス 太田滋子
こひつじの園児寝入るや聖夜劇 岡田佳子
工事場の灯と照り合へる聖樹の灯 中斎ゆうこ
サンタへの伝言そばに熟寝の子 音頭恵子
孫に袖引かれおもちや場クリスマス 藤田岳人
冬日、冬の日、冬日陰、冬夕日
ガラス戸に冬日あまねし虚子山廬 栗田やすし
死の影のやはらかくゐる冬日向 江口ひろし
看板に冬日あまねし佃煮屋 福田邦子
産み月の牛に冬の日やはらかし 豊田紀久子
這ひ初むる赤子に冬日やはらかし 長江克江
冬日漏る壬生の屯所の明かり窓 二村美伽
賛美歌を歌ふ冬日の談話室 国枝洋子
末席の冬日あたたか会議室 河原地英武
冬の日やゆりかごとなる母の腕 河原地英武
細枝にゆるむ神籤や冬日向 河原地英武
そびらより淡き冬日や水鶏塚 牧野一古
冬日向渡り坑夫の墓並ぶ 高平タミ
冬日向大樹の枝に神籤結ふ 丸山貴美子
逆立ちの子の足掴む冬日向 河原地英武
冬日さす町屋の土間の糸くり機 佐々木美代子
質蔵の鉄扉に淡し冬日差 武藤光リ
びんづる(頭盧)の膝の年輪冬日差 武藤光リ *びんはMの旁
冬夕照術後の妻の深眠り 武藤光リ
冬夕日朱を極めたる仁王門 武藤光リ
どつしりと次郎長の墓碑冬日差 加西郁代
講宿の玻璃戸に冬日やはらかし 横井美音
矮鶏遊ぶ庭に冬日のやはらかし 前田史江
冬日溜め洞に小さき地蔵尊 朝比奈照子
でで虫の句碑に冬日のやすらけし 松本恵子
発掘の化石に冬の日がぬくし 足立サキ子
冬日差リハビリ室に笑ひ声 児玉美奈子
燐寸の火ほどに木の間の冬没日 梅田 葵
冬夕日捨田に黒き水たまり 梅田 葵
ライオンの瞼重たき冬日向 小原米子
長針に冬日留めて畳縫ふ 上田博子
温めるも冷ますも息や冬の日々 小長哲郎
武蔵野の雑木に滲む冬夕日 磯田なつえ
冬日満つ更地となりし風木舎 矢野孝子
皺のまま乾く野良着や冬日濃し 藤田岳人
冬の日を散らして研げり出刃包丁 伊藤克江
寒落暉浄土はさほど遠からず 伊藤旅遊
冬日向口の体操かきくけこ 上杉和雄
抱きし子の膝蹴る力冬日向 金原峰子
内房の海穏やかに冬日差 野ア和子
折鶴はチョコの銀紙冬日濃し 加藤剛司
ジャズ流し仏具を研く冬日差 廣中みなみ
冬日射す陣屋白州の責道具 野瀬ひろ
冬の風、寒風、風寒し、風冴ゆる、凍て風
川を背の魯迅の下宿風寒し 栗田せつ子
寒風に肌光らせて馬駈くる 平井正臣
寒風の木曽三川に吹き入れり 大谷みどり
寒風や地獄のぞきの石切場 森垣一成
冬の風しんがり走者振り向けり 関根切子
寒風やかくも小暗き武者走り 内田陽子
北風(きた)、北吹く、朔風、荒北風(あらにし)
海へ出る北風の鳴りづめ兵舎跡 国枝隆生
北風強し耳ふせて犬ひた走る 藤田映子
北風吹くや入院の日の決まりけり 朝比奈照子
荒北風に飛ぶ拝願所の紙線香 都合ナルミ
きりきりと昇る連凧北風(きた)はらむ 金田義子
北風に馬穴ころがる早さかな 清水弓月
北風に火種飛ばされ登呂遺跡 河原地英武
北風や身振り大仰包丁師 武藤光リ *高家神社
北風のぶつかつて来る目玉かな 渡辺慢房
北颪、浅間颪、比叡颪、筑波颪、六甲颪、北山颪
櫓から見晴らす美濃や北颪 武田明子
土手歩く伊吹颪に真向ひて 松岡美千代
あなじ、あなぜ
昼灯す蜑の屋並やあなじ吹く 武藤光リ
乾風(あなじ)吹く節穴多き仁王門 山下智子
虎落笛
たんねんに畳む忌の服虎落笛 江口ひろし
雲垂るる湖北泊りや虎落笛 井上 梟
星々の呼び合ふ声か虎落笛 下山幸重
口ずさむ賢治の詩歌虎落笛 中野一灯
夜話の接ぎ穂に鳴れり虎落笛 中野一灯
水門の厚き鉄扉や虎落笛 矢野孝子
虎落笛能登金剛の漁師宿 森川ひろむ
窯小屋の梁軋ませて虎落笛 武田稜子
廃仏に深き鉈あと虎落笛 山ア育子
鎌鼬
子の脛の白く裂けたり鎌鼬 坂本操子
氷、氷張る、氷田、氷点下、氷塊、結氷、氷上、氷面鏡
氷りたる蓮田に残る足の跡 夏目隆夫
氷る田に火祭の幣ちぎれ飛ぶ 牧野一古
御手洗の杓とぢ込めし厚氷 牧野一古
滝壺の渕に氷塊ただよへり 立川まさ子
金魚沈む鉢の氷の厚きかな 安藤幸子
老残の吾を映せり氷面鏡 下山幸重
初氷
地下足袋の跡や棚田の初氷 夏目隆夫
池の端に風の筋目の初氷 国枝洋子
地震の地の捨て船に張る初氷 国枝洋子
東京へ子の帰る朝初氷 渡辺慢房
氷柱(つらら)、垂氷(たるひ)、銀竹
絶壁に青く透きたる滝つらら 栗田やすし
ウオッカに氷柱かち割り乾杯す 中野一灯
火の酒に氷柱かち割りシーハイル 中野一灯
軒氷柱朝の光に青みたる 上杉美保子
軒つらら朝の光を集めたり 荒深美和子
熊笹の葉に二筋の氷柱かな 漆畑一枝
山宿の尺余の氷柱潜りけり 坪野洋子
マニ車廻す氷柱を切り落とし 都合ナルミ 前書き ブータンにて
陶房の屋根より尺のつらら垂る 兼松 秀
氷柱伸ぶ一茶の里の信号機 市江律子
風なりに撓りて氷柱耀へり 鈴木みすず
陽を散らす小便小僧の氷柱かな 中山敏彦
五平焼く味噌の香りや軒つらら 神尾朴水
軒つらら雫大きくふくらみぬ 菊池佳子
風の研ぐ氷柱鋭き刃なす 金田義子
氷柱の子蛇口に光る小公園 武藤光リ
寒月、月冴ゆる、冬の月
寒月が鵜川の底の石照らす 栗田やすし
怯え鳴く犬に灯ともす冬の月 栗田やすし
しろがねの甘蔗の穂波や冬の月 栗田やすし 前書き 南風原陸軍病院跡
鵜河原の石の白さや冬の月 栗田やすし
寒月や湯気が岩這ふ露天風呂 和久利しずみ
寒月や干し藷切りのピアノ線 渡辺慢房
榊鬼去りたる舞庭月冴ゆる 長崎真由美
月冴ゆる茣蓙に仮寝の窯男 武田稜子
冬の月大利根川は黒き帯 武藤光リ
寒月や何か居さうな屋敷林 武藤光リ
棄てられて干乾ぶ雑魚や冬の月 武藤光リ
畦踏めば真に李白の寒月光 武藤光リ
吹き竿の膨らむ玻璃や寒満月 武藤光リ *祝 寒月賞切子さん
公園のイルミネーション冬の月 鈴木澄枝
うしろより人の気配や冬の月 則竹鉄男
冬の月出て燈台の光り増す 阪元ミツ子
酒蔵の忍び返しや冬の月 新野芳子
焼け残る大黒柱寒の月 幸村志保美
くつきりと浅間の嶺や寒の月 高橋幸子
冬の月サーファーの如雲に乗る 高橋幸子
普段着で教へ子の通夜寒の月 斉藤陽子
崩さるる山肌白し寒の月 小原米子
月冴ゆる地球の影を出でしより 小原米子
月冴ゆる谷の向かふに一軒家 尾崎 孝
連山の影を一つに冬の月 新井酔雪
露天湯に光こぼせり冬の月 長谷川つゆ子
中天の寒月に雲母逝けり 平松公代
祭壇のごとき山嶺月冴ゆる 河原地英武
澄み渡る冬満月や父母遠し 豊田紀久子
冬満月忌を修したる安らぎに 国枝隆生
バッハ聴き寒満月を娘と仰ぐ 近藤文子
白樺の細き枝先冬の月 奥山ひろ子
ジャズ聴いて寒月白く更けゆけり 矢野孝子
父に似し後姿や冬の月 橋本紀子
遷座祭天神山に冬の月 神尾朴水
月冴ゆる川へ禊の真つ裸 青木しげ子
湯に浮かぶ冬の三日月掬ひけり 内田陽子
寒月に身震ひ一つ雨戸閉づ 千葉ゆう
寒月や起重機腕を上げしまま 関根切子
月冴ゆるばかり保線の事故調査 橋本ジュン
手で拭ふ夜汽車の窓や冬の月 酒井とし子
寒の月眩しさに立ちあかず立つ 中川幸子
アルプスの稜線研ぐや寒月光 中野一灯
寂聴の女通せり冬満月 中村たか
亡き母の頻りに恋し月冴ゆる 山本玲子
オリオン、三つ星
オリオンや黒き運河にビルの影 関根切子
オリオンや運河の底に銀のリム 関根切子
オリオンも犬連れてゐる散歩道 高柳杜士
冬の星、寒星、冬星座、凍星、星寒し,星冴ゆ
炊出しの列に寒星瞬けり 宇佐美こころ
退院の早まる知らせ冬の星 服部鏡子
凍星や闇に吸はるる笛の音 磯田なつえ
星凍つるアイアムケンジの声途絶え 上杉和雄
友の訃に次ぐ友の訃や星凍つる 上杉和雄
隔たりは億光年よ星冴ゆる 武藤光リ
凍星や反転磁場のチバニアン 武藤光リ
凍星へ友また一人旅立てり 国枝洋子
凍星や夜伽へ急ぐ跨線橋 佐藤とみお
凍星や残土の山にショベルカー 関根切子
大正モガ令和まで生き冬星に 矢野孝子
友さらばことに寒星きらめけり 栗田せつ子
図鑑手に冬の大三角指せり 長崎マユミ
冬星となりし寂聴丸き笑み 磯田なつえ
天狼、狼星、シリウス、青星
シリウスの青き光にしばし立つ 中川幸子
シリウスへ柝打つ声を張りにけり 佐藤とみお
天狼や蒼き影なす金の鯱 高柳杜士
寒北斗
噴き上ぐる青きオーロラ寒北斗 山下智子
寒北斗背に出漁の小船かな 牧野一古
送別の酒宴果てたり寒北斗 渡辺慢房
峡谷の底より見上ぐ寒北斗 夏目悦江
駅の灯の落ちて煌めく冬北斗 梶田遊子
寒昴
竹林のかそけき葉擦れ寒昴 石原筑波
鉄路打つハンマーの音寒昴 中野一灯
尖塔を見上ぐるかなた寒昴 江本晴子
鎮もりし牛舎のかなた寒昴 河合義和
冬銀河
カモミール飲みて眠れり冬銀河 太田滋子
冬銀河鍵掛けて去る母の家 掛布光子
旧友の集ふ故郷冬銀河 松永和子
砂漠行テントの夜の冬銀河 熱海より子
父島をめざす船旅冬銀河 田嶋紅白
海鳴りの募る浦辺や冬銀河 中野一灯
亡き友の声聞こえさう冬銀河 山本玲子
線路守る音のひびきや冬銀河 梶田遊子
コンサートあとのほてりや冬銀河 酒井とし子
冬霞、寒霞
海峡も巌流島も冬霞 一江律子
冬霞むうすむらさきに久高島 佐藤とみお
寒靄、冬の霧
冬の霧流れて隠るマリア像 山下善久
通り雨あとに湧き出づ冬の霧 吉岡やす子
立ち込めし冬霧をわけ出漁す 福井喜久江
寒靄やせせらぎに鷺動かざる 武藤光リ
冬の霧走り樹海の濃く匂ふ 森 靖子
けあらし、毛嵐
毛嵐が駿馬の群を包みけり 森川ひろむ
けあらしの川面染め行く曙光かな 武藤光リ
寒し、寒気、寒冷、寒き日、雨寒し
己が影踏めば音する寒さかな 栗田やすし
寒々と茶山に寝墓数十基 栗田やすし
参道の磴踏む影の寒さかな 栗田やすし
病室に父の名のある寒さかな 江口ひろし
休講の貼紙多き寒さかな 河原地英武
自画像に翳青く塗る寒さかな 河原地英武
魚の目の瞬きをせぬ寒さかな 渡辺慢房
探し物いつもしてゐる寒さかな 林 尉江
図書室の書架のはざまの寒さかな 伊藤旅遊
胃カメラの画像見てゐる寒さかな 伊藤旅遊
遺書書くを夫にすすめる寒さかな 岡島溢愛
友の訃のメールで届く寒さかな 山本正枝
燠の色一人見てゐる寒さかな 平松公代
日落ちて寒さ一気や大砂漠 都合ナルミ
手の甲に滞まりてゐる寒さかな 丹羽一橋
原子力空母接岸港寒し 武藤光リ
千切れ飛ぶ雲を見てゐる寒さかな 矢野愛乃
事故処理の警笛寒き交差点 安藤幸子
朝寒や起きよと顔を撫づる猫 武藤けい子
どこからも誰も出で来ぬ寒さかな 磯田なつえ
母の名を墓碑に加ふる寒さかな 下里美恵子
通夜終へて寒さ背に来る路地伝ひ 内田陽子
採血の針刺し直す寒さかな 兼松 秀
朝五時のガスの火青き寒さかな 大島知津
手術着に替へて待つ間の寒さかな 国枝髏カ
冬の山、枯山、冬山、冬山路
遠山へ点となる鳥枯山河 中野一灯
枯山に石落つる音谺せり 田畑 龍
枯野、枯野宿、枯野原、朽野(くだらの)、冬野
鴉二羽争うてゐる枯野かな 栗田やすし
浜風や枯野となりし兵舎跡 国枝隆生
測量の杭打つ音や大枯野 古賀一弘
一筋の川の光や大枯野 渡辺慢房
すれ違ふ人に日の香や枯野道 都合ナルミ
振り返るたびに富士在り枯野道 中村たか
大枯野阿蘇噴煙の息太し 平松公代
野良猫の振り返り見る枯野径 山本悦子
枯野ゆく誰にも会わぬ猫背かな 山 たけし
缶蹴つて蹴つて枯野の一人つ子 櫻井幹郎
大枯野ゆつくり移る雲の影 磯田なつえ
知らぬ子の挨拶げんき枯野道 音頭惠子
枯野行くポケットに五指遊ばせて 下里美恵子
枯岬、冬岬
高みゆく二羽のとんびや枯岬 武藤けい子
絶え間なく雲が雲追ふ枯岬 下里美恵子
冬田、冬田道、冬田面、枯田
干物提げ住職冬田道来たり 高橋幸子
夕間暮枯田に放つ火の赤き 高橋幸子
送信塔跡地固しと冬田鋤く 森 靖子 前書き 刈谷
骨壺の温みを胸に冬田道 下里美恵子
狐火、鬼火、狐の提灯
狐火や高架の下のぼろ屋台 高柳杜士
窯火守る闇に狐火揺れてをり 武田稜子
狐火や門限九時の木賃宿 松井徒歩
山眠る
うつすらと裾見せて富士眠りをり 栗田やすし
殉教の谷の十戸や山眠る 山下智子
茅葺きの集落抱き山眠る 山下智子
うす雲を被りて伊吹山ねむる 福田邦子
ふところに火止めの窯や山眠る 矢野孝子
玉音盤抱きて眠る愛宕山 矢野孝子
一村を沈めしダム湖山眠る 柴田孝江
家ごとに墓ある村や山眠る 牧 和代
瀬の音も細くなりたり山眠る 森 妙子
山眠る火気厳禁の札立てて 斉藤真人
山眠る大津皇子の墓閉ざし 牧野一古
鈍行の停まる駅抱き山眠る 田野 仁
山眠る古墳の里の寄せ仏 市川美智子
山眠る円墳の口鎖降ろし 神尾朴水
山眠る吉良の忠死の家臣の碑 井沢陽子
城壁に混じりし化石山眠る 砂川紀子
崩落のあとまざまざと山眠る 平松公代
山眠る平家の姫の墓を抱き 工藤ナツ子
群鴉空へ吐き出し山眠る 坪野洋子
土石流家呑みしまま山眠る 田畑 龍
基地の山眠る弾薬庫を抱へ 安藤一紀
被災地の肌むき出しに山眠る 櫻井勝子
SLの汽笛間遠に山眠る 中村たか
冬の水、水烟る
山神の裾に湧きつぐ冬の水 若山智子
滝壺に立つ空からの冬の水 櫻井幹郎
倒木の影を沈めて冬の水 岡田佳子
水涸る、川涸る、滝涸る、池涸る、涸池
水涸れの池に番ひの黄鶺鴒 山下美恵
涸れ池の底にか細き流れかな 田畑 龍
沼涸れて鳥の足跡ぽつぽつと 高平タミ
枯れ山河水に空気に匂ひなし 櫻井幹郎
涸川に一縷の水のひかりけり 坂本操子
冬の川、冬川原
冬の川曲る高みに賽の神 渡辺昌代
冬の朝、寒暁、冬曙
掘り起す土に湯気立つ冬の朝 小原米子
遅刻の子泣き泣き走る冬の朝 熊谷タマ
寒暁や真砂女通ひし築地河岸 佐藤とみお
団子屋に湯気の盛んや冬の朝 花村富美子
寒暁や鉄瓶滾る魚市場 伊藤旅遊
寒暁や墨絵のごとき遠筑波 荻野文子
寒暁の庭に烏のかまびすし 中根多子
冬の朝後ろ歩きに遅刻の子 市原美幸
ひび割れの指にメンタム冬の朝 藤田岳人
冬の夜、夜半の冬、冬の夕、冬の暮、寒夜
舞楽果て俄かに深む冬の闇 平松公代
不整脈てふ心音聴ける夜半の冬 山下 護
はんざきの巣穴を覗く冬の夜 沢田充子
夜半の冬死に行く嫁の名を呼べり 竹中和子
猫叱る声つつぬけや冬の夜 加藤ノブ子
鉄材を下ろす地響き寒夜なる 服部冨子
寒き夜に軋み刻打つ古時計 吉田青楓
沈みたるワインの澱や冬の夜 龍野初心
冬の夜の文字掠れたるキーボード 渡辺慢房
錠剤の手より零れし冬の夜 千葉ゆう
寢そびれて寒夜の枕裏返す 熊澤和代
一合の酒をまた足す寒夜かな 梶田遊子
秒針を長針が追ふ冬の夜 関根近子
寒の夜の顔にクリーム厚塗りに 太田滋子
冬の空、寒空、寒天、冬天、凍空
冬天へ願ひの鐘をひとつ撞く 岸本典子
冬天に顔のやさしき鬼瓦 山下善久
音転びて冬の青空見てゐたり 滝沢昇二
冬天に舞ふオーロラの弓なりに 都合ナルミ
冬天や矢痕あまたの勅使門 後藤邦代
冬空へビル解体の音ひびく 田畑 龍
寒空や小鳥の墓は石ひとつ 尾崎 孝
冬天へ陵のシーサーすくと立つ 熊澤和代
退院の日や冬空の澄み渡る 岩田洋子
寒の空槌音高く檜皮葺く 森川ひろむ
寒空のワゴンセールや古書の市 森垣一成
地下鉄を出でて四角い冬の空 久保麻季
冬空に響けり児らの打球音 栗山紘和
冬の雲、凍雲、寒雲
冬の雲窯焚くけむり垂直に 栗田やすし
糸噛みて動かぬミシン冬の雲 太田滋子
城山にどんと居座る冬の雲 梶田遊子
凍雲に楔を入るる塔二つ 鈴木みや子
凍雲や両手で包む紙コップ 渡辺慢房
冬の雲息するやうに流れゆく 平松公代
冬旱
冬旱藍の深まる海の凪ぎ 山田悦三
コンクリの仁王目を剥く冬旱 新井酔雪
すぐ折れる板書のチョーク冬旱 新井酔雪
傷深き木肌は黒く冬旱 朝倉淳一
冬夕焼、寒夕焼、冬夕映
兵眠る摩文仁の丘に冬夕焼 中村修一郎
冬夕焼塩田句碑に日の温み 森垣昭一
校庭にひとり石蹴り冬夕焼 石崎宗敏
裏口に母待ちし日や冬夕焼 石崎宗敏
寒夕焼寝まる羅漢をつつみをり 鈴木みすず
寒夕焼山の稜線見て飽かず 大平敏子
寒夕焼け一人が抜けて遊び終ふ 山下 護
古戦場の景引き立つる冬夕焼 巽 恵津子
寒夕焼雪なき富士の粗々し 栗田せつ子
寒夕日ボトルシップの帆を染むる 熊澤和代
斑鳩の九輪くつきり冬夕焼 小山 昇
戦争の昭和は遠し寒夕焼 井沢陽子
母乗せて軽き自転車冬夕焼 関根切子
冬夕焼地球の何処か燃えてをり 武藤光リ
冬茜、寒茜
刃こぼれのやうな稜線寒茜 河原地英武
次郎長のゆかりの屋敷冬茜 夏目悦江
明星の消え残りてや寒茜 渡辺慢房
冬茜木曽川句碑の文字映ゆる 市川克代
反り美しき川燈台や冬茜 松平恭代
冬の浪、寒濤
冬波のうねりや由比の野辺送り 塩原純子
冬怒濤巖の闇を輝かす 畑ときを
冬怒濤砕け復帰の碑を濡らす 熊澤和代
冬波の砕ける磯や夕日濃し 武藤光リ
冬濤の飛沫塩田句碑までも 武藤光リ
予科練の在りし突堤冬の浪 武藤光リ
冬の波浮き桟橋をひた揺らす 武藤光リ
冬波の散るやふるさと遠くなり 玉井美智子
冬の虹、寒の虹
少年のこゑはソプラノ冬の虹 河原地英武
冬の虹立てり河原の石透かし 河原地英武
友見舞ふ帰途に大きな冬の虹 古田富美子
冬の虹天の橋立跨ぎたり 大津千恵子
家持の海より立てり冬の虹 中川幸子
暗闇の洞窟(ガマ)出て那覇に冬の虹 佐藤とみお
激戦地跡やふたへの冬の虹 牧野一古
金印の島を二重に冬の虹 八尋樹炎
片足は在所の辺り冬の虹 矢野孝子
友の訃を知る束の間の冬の虹 栗田せつ子
短日(たんじつ)、日短か、暮れはやし
短日や括りし古書を捨てきれず 栗田やすし
短日や仕舞ひ忘れし竹箒 伊藤旅遊
短日や煉瓦煙突荒びたる 武藤光リ
短日や罅割れ深き千枚田 武藤光リ
暮早し伊勢辰で買ふ小巾着 武藤光リ
短日の空へ薬師の鉦鳴らす 武藤光リ
妻手術待合室の日短か 武藤光リ
短日や首都高速に黒き富士 武藤光リ
短日や葉書一日持ち歩く 都合ナルミ
紐引けば木偶のふり向く日短か 鈴木みや子
母恋ひのジャガタラ文や日の短か 平松公代
客死せる画家の手紙や暮早し 河原地英武
短日の教員室でパン囓る 河原地英武
昏れ早し瀧音響く谷の奥 藤田幸子
鋸に残る木の香や森の暮早し 山 たけし
一吹きで伸ばす金箔日の短か 中根多子
短日の路地に来てをり豆腐売 梅田 葵
墨の香の部屋に籠れり日の短か 福井喜久江
マネキンの長き脚拭く日の短か 松島法子
点滴のしづくの続く日の短か 長谷川郁代
即身仏見て短日の山下る 宇佐美こころ
短日や都会に迷ふひとり旅 平 千花子
一人づつ渡る吊橋日短 岡田佳子
捨つる書を決めかねてをり日短し 磯田なつえ
手許より暮るる短日庭仕事 加藤ゆうや
冬の雨
江戸独楽の赤艶めけり冬の雨 福田邦子
入院の長びく知らせ冬の雨 長谷川郁代
丹念に棋譜並べけり冬の雨 山下 護
ワゴンセールの均一本や冬の雨 武藤光晴
結びたるみくじに冬の雨伝ふ 関根切子
冬雨や騎馬警官は背を正し 鈴木みすず
ひび割れし点字ブロック冬の雨 久保麻季
冬の雨白木艶めく大嘗宮 太田滋子
寂聴の逝きし嵯峨野や冬の雨 渡邉久美子
寒の雨
乱れなき予科練の遺書寒の雨 太田則子
ほの白く鯉の背にじむ寒の雨 河原地英武
寒の雨大宰の墓をひたぬらす 牧野一古
冬凪、寒凪、凍凪(いてなぎ)
冬凪や湾に十字の定置網 中村たか
冬凪やニライカナイの風受くる 谷口千賀子
冬凪や摩文仁の丘に立ちつくす 伊藤克江
寒凪や筏につなぐ渡し舟 田畑 龍
冬凪の湾を見下ろすレストラン 夏目悦江
冬凪や天草捕りの磯伝ひ 中村修一郎
冬凪や潮目くつきり駿河湾 夏目悦江
雪催、雪気、雪雲、雪天
声低くうたふ電工雪催ひ 清水弓月
雪催ひ「風」発祥の街に在り 栗生晴夫
雪雲を水平線に九十九里浜(くじゅうくり) 武藤光リ
シグナルは赤の点滅雪催ひ 伊藤旅遊
灯を消してよりの静けさ雪催 伊藤範子
雪、大雪、雪晴、しづり雪、
大雪にはばまれ滝に近寄れず 栗田やすし
手で払ふ大白鳥の句碑の雪 栗田やすし
鐘楼の下に落雪注意札 栗田やすし
雪落しすつくと竹の立ち上がる 栗田やすし
大滝へ五尺の雪の切通し 栗田やすし
湯の町の足湯は雪に埋もれゐし 栗田やすし
キャンパスの裏山雪を被りけり 河原地英武
靴底の形に雪の剥がれけり 河原地英武
雪青むほどに近江の晴れ渡り 河原地英武
雪けむり青き炎となりにけり 河原地英武
余り湯のほとばしる村深雪晴 上杉美保子
雪折れの枝集めをり如庵守 山下智子
お逮夜の読経こもれり雪の寺 山下智子
雪降るや羨道(せんどう)の奥ほのあかし 清水弓月
隠れ家と思ふ雪降る峡に住み 清水弓月
燈明とまたたき合へり雪しづく 鈴木みや子
ひた登る雪吹き溜まる沢伝ひ 中野一灯
縦走の尾根這松の雪舐むる 中野一灯
土間深き太宰生家の雪明り 中野一灯
三寺(さんでら)を参りて髪の雪じめり 栗田せつ子
尿前の関一面の雪明り 栗田せつ子
谷へ落つ窯神様のしづり雪 矢野孝子
雪霏々と無言の行の僧二百 森 靖子
雪霏霏と造り酒屋の一の蔵 石原筑波
白山の冠雪二度目筬の音 山 たけし
雪晴や黒の藍めく鬼瓦 山 たけし
雪分けて摘みしと青菜朝市に 倉田信子
一刀を棺に乗せて雪の通夜 二村美伽
雪嶺をそびらに湖の鉛色 花村すま子
雪嶺のひかりあつめて紙乾く 近藤文子
月山を隠してしまふ雪けむり 近藤文子
雲切れし時甲斐駒の雪嶺見ゆ 村田和佳美
潤みたる雪間の月や飛騨泊り 坪野洋子
雪原に影を絡ませ鴉群る 坪野洋子
雪となる雨が重たし加賀の夜 江口ひろし
雪折れのとど松匂ふ獣径 山本悦子
御嶽の風に寄生木雪こぼす 山本悦子
雪折れの小枝重なる石畳 嶋田尚代
皮草履裏向けて干す雪の晴 林 尉江
雪原に小さき足跡北きつね 上田則子
一人寝の閨揺るがせり垂(しだ)り雪 武藤光リ
蕉翁の舟留め石の雪払ふ 武藤光リ
初めての雪見て飽かず三歳児 武藤光リ
東京の雪を見てゐる十二階 斉藤真人
深酒や窓を開くれば雪明り 坂本酒呑狸
木偶小屋の裏に寝かせし雪梯子 山崎文江
菜を洗ふ水の痛さよ雪催 角田勝代
粉雪や障子灯りの合掌家 山下 護
雪掻いて足湯へ細き径通す 長江克江
降る雪を子らなめてゐる朝かな 片山浮葉
手庇に雪の御岳まぶしめり 江口たけし
しばらくは結晶のまま肩の雪 塩原純子
雪舐めて鏡花の道のバス待てり 梅田 葵
しづり雪軒先低き飛騨格子 小原米子
どか雪に音失へり鉄の町 宇佐美こころ
雪原となる子規記念野球場 山下善久
大吟醸ねかす酒蔵雪の中 花田紀美子
つるはしで凍雪砕く三之町 市原美幸
雪原に影絵となれり貨車の列 三井あきを
どか雪に埋もれゐたり義民の碑 兼松 秀
尺八でイマジン奏づ外は雪 牧野一古
雪を被(き)て反り橋反りを美しく 富田範保
色消して音も消したる雪景色 市川あづき
寒波
ワクチンの細き注射器寒波くる 河原地英武
金盥転がる音や寒波来る 幸村志保美
血圧の下らぬままや寒波来る 児玉美奈子
唇の薬の苦味寒波くる 奥山ひろ子
外つ国の果てなき戦禍寒波来る 横井美音
遠吠えの闇の深さや寒波来る 小原米子
寒波くる舌にとけゆく和三盆 角田勝代
水甕の罅の広がる大寒波 梅田 葵
光子逝き勘三郎逝き寒波来る 中村たか
絵付場の玻璃軋ませて寒波来る 武田稜子
竹刀振る掛け声高し寒波くる 大島知津
ポケットの底の綻び寒波来る 熊澤和代
五通目の喪中はがきや寒波来る 上村龍子
ターレーの唸る魚河岸寒波来る 貫名哲半
山の端に墨色の雲寒波来る 山崎文江
霙、雪交ぜ
霙るるや橋より低き村灯る 山 たけし
霙降る三国の浜の漁師宿 丹羽一橋
分水嶺越ゆる旅路や初みぞれ 河合義和
吹雪、吹雪く、雪煙、雪しまく、風雪
小走りに吹雪の底の橋わたる 牧田 章
京都駅0番ホーム雪しまく 河原地英武
地吹雪の稜線風の息荒し 中野一灯
吹雪くなかわが名忘れし母を訪ふ 櫻井幹郎
象潟や八十島埋め雪しまく 武藤光晴
ガス燈の灯る湯治場雪しまく 安藤虎杖
窓越しに渦巻く吹雪見て飽かず 平松公代
麻酔醒め雪のしまくを見てをりぬ 森 靖子
霰、雪あられ、玉霰、初霰、夕霰
頂上や霰たばしる方位盤 中野一灯
トロ箱をさばく手鉤や初あられ 八尋樹炎
病む母のうなづくばかり霜の夜 加藤雅子
旅終る金沢駅に霰来て 江口ひろし
玉霰手に受けて数かぞへけり 牧田 章
音もなく頬を打ちたり玉霰 牧田 章
初霰鶏頭句碑に弾みたり 岸本典子
あんず歌碑小さき霰の転げ落つ 塩原純子
初霰飛騨の匠の住みし跡 山下智子
初霜
初霜の貨車耀へり操車場 中野一灯
霜、霜の花、はだれ霜、強霜、霜だたみ、霜どけ
師は遠し白鳥句碑に霜の花 栗田やすし *前書き 瓢湖
母叱る夢より覚めし霜夜かな 栗田やすし
霜降りて刃の反りの大鳥居 河原地英武
手で払ふテントの霜や深山晴 中野一灯
霜立つや子規の墓域に二寸ほど 田畑 龍
霜柱蹴散らす子等の声高し 藤吉 博
窯出しの皿の音澄む霜夜かな 八尋樹炎
シベリアを語る本読む霜の夜 井沢陽子
爆笑の泥鰌すくひや霜夜更く 巽 恵津子
蔓薔薇の棘赤々と霜の朝 高橋幸子
木曽谷に汽笛の響く霜夜かな 高橋幸子
産声待つ霜夜の廊下行き来して 矢野孝子
試歩の径崩れはじめし霜柱 高平タミ
検査液ぐつと飲み干す霜の朝 大石ひさを
霜の夜や秒針青く光りつつ 梅田 葵
霜柱踏めばひかりのちりぢりに 梅田 葵
遠き日の軍靴のひびき霜柱 石原筑波
霜夜かな床抜け出してワイン飲む 角田勝代
野茨の実に光りたる朝の霜 塩原純子
休み田の霜のまぶしき朝かな 宇佐美こころ
薄墨の筆ペン握る霜夜かな 伊藤範子
貼り薬剥ぎて手につく霜夜かな 山 たけし
霜柱花壇の花を囲み立つ 石原進子
寒天田まで敷板に霜の花 市原美幸
霜柱大き田螺を持ち上ぐる 青木しげ子
生き過ぎとぽつり呟く霜夜かな 小原米子
霜どけの湯気の盛んやトタン屋根 熊澤和代
霜枯の土手より呼べり渡し船 熊澤和代
いくたびも寝返りを打つ霜夜かな 澤田正子
霜柱踏めば子供の頃の音 菊池佳子
稜線の藍深まりぬ霜の朝 菊池佳子
命名の墨良く匂ふ霜夜かな 利行小波
職引いてぽつぺん鳴らす霜夜かな 国枝隆生
霜晴や飛火野絹のかがやきに 岡田佳子
畝に敷く霜除藁のうすみどり 岡田佳子
霜柱しやりしやりと踏む今朝の庭 中山敏彦
歩くたび地を窪ませり霜柱 坂本操子
風木舎跡に短かき霜柱 国枝洋子
終電の窓の灯や霜降る夜 武藤光リ
霜除けの笹竹山の風を呼ぶ 矢野愛乃
放棄田の盛り土太き霜柱 武藤けい子
轟々と星座の巡る霜夜かな 渡辺慢房
霜解の土ふんはりと土竜塚 磯田なつえ
霜柱踏みて朝餉の菜を取りに 河村惠光
霜の花窓にびつしり始発バス 丸山節子
寒雷、冬の雷
ひた濡れて冬の雷聞く一揆の地 牧 啓子
冬の雷茶屋街走る豆腐売 辻江けい
母叱る事の辛さよ冬の雷 服部鏡子
雨しとど風鐸揺らす冬の雷 武藤光リ
寒雷や襟立てて喰ふ駅の蕎麦 渡辺慢房
雪起し
雪起し夜の北窓を明るうす 清水弓月
鰤起し
固すぎる宿の枕や鰤起し 大嶋福代
冬晴、冬日和、冬晴るる、冬麗
声高に内緒の話冬日和 片山浮葉
一竿は産着ばかりや冬うらら 小島千鶴
冬うららアップルパイの湯気ゆらぐ 幸村志保美
白昼の基地の轟音冬の晴 二村美伽
泣き顔の金太郎飴冬うらら 鈴木みすず
冬晴れの木の天辺に庭師かな 兼松 秀
クレヨンの絵手紙届く冬日和 兼松 秀
菊坂の湯屋の煙出し冬の晴 佐藤とみお
冬うらら笑へば笑ふ九官鳥 加藤けい子
冬晴や女子寮に干す柔道着 尾関佳子
鏡文字なぞりて読めり冬うらら 宇田鈴枝
冬うらら屋根獅子大き口開き 奥山ひろみ
冬うらら峠より見ゆ窯の町 掛布光子
冬うらら野菜売女の京言葉 朝比奈照子
冬晴れて舳先より撒く祝餅 服部鏡子
冬晴やポックリ寺に婆溢る 加藤百世
動かざる老人と亀冬日和 山口茂代
大いなる帆船来たり冬の晴 野島秀子
冬麗や漁網で囲ふ磯畑 長谷川つゆ子
冬晴や藁匂ひたる藷干場 渡辺慢房
冬晴や生糸の束の銀の艶 上杉美保子
冬晴れやパン焼く匂ひ部屋に満つ 志知祥子
冬晴や泥巻き上げて鯉泳ぐ 河井久子
冬晴の馬場に蹄の音軽し 中村修一郎
冬うららケ・セラ・セラは母の唄 太田滋子
被爆樹に鴉寄り添ふ冬日和 市江律子
墓碑銘にラブフォーエバー冬うらら 丹羽行雲
落柿舎に一升徳利冬うらら 山本光江
子ら遊ぶ退役空母冬うらら 中村あきら
乳呑み児を抱けば乳の香冬うらら 瀬尾武男
冬うらら時刻表なき渡し舟 内田陽子
冬晴や皇旗はためくオープンカー 武藤光リ
寒晴、寒の晴、寒日和、寒晴るる
寒晴や干し素麺の匂ひ濃し 奥山ひろみ
寒晴や箕(み)に広げ干す屑素麺 宇野美智子
寒晴や進水式の斧光る 大橋幹教
寒晴や谷に枝打つ鉈の音 中野一灯
寒晴れや蝦夷へ嘶く岬馬 中野一灯
寒晴や染屋の軒の絵看板 大津千恵子
仲見世の飴切る音や寒の晴 武藤光晴
搾りたる乳に湯気立つ寒日和 山本光江
川底の石のきらめく寒日和 竹中和子
染め上げし暖簾はためく寒日和 塩原純子
寒晴れや揺れつつ乾ぶ干し素麺 野島秀子
木蔦這ふマリアの洞や寒の晴 松本恵子
冬霞、寒霞、冬霞む
冬の霧、スモッグ、煙霧、霧寒し
御在所の鞍部(たわ)を冬霧駆け登る 国枝髏カ
薄墨にかすむ天守や冬の霧 安藤一紀
冬の靄、冬靄、寒靄(かんあい)
相寄れる窯元十戸冬の靄 河原地英武
三寒四温、四温日和
母の忌の仏具を磨く四温かな 安藤幸子
チェンソーの音軽やかや四温晴 勝見秀雄
工事夫が旗振りづめや四温晴れ 大平敏子
蠢きて鯉口あくる四温かな 玉井美智子
警官のパトカー磨く四温晴 佐々木美代子
深眠る嬰の爪切る四温晴 小田二三枝
息つめて針の目通す四温晴 上杉美保子
立ちしまま眠れる馬や四温晴 磯田なつえ
四温晴和紙のやうなる昼の月 磯田なつえ
職引いて『碧百句』読む四温かな 国枝隆生
足音に鯉の集まる四温晴 平松公代
鋤き返す土の艶めく四温かな 奥山比呂美
小春、小春日、小六月
若き日の友の文読む小春かな 栗田やすし
紐引いて飴玉買へり小六月 河原地英武
重ね置く輪ゴムの艶や小六月 河原地英武
先生と二度すれ違ふ小六月 幸村志保美
藍の立つ泡はればれと小六月 鈴木みや子
売り出さるボジョレヌーボー小六月 安藤幸子
糸みみず動く小春の水田かな 金田義子
川下る舟に手を振る小春かな 小原米子
小春凪浜に寝そべる下校生 巽 恵津子
国宝の塔や流るる小春雲 巽 恵津子
千体の小さき観音冬ぬくし 吉田幸江
潮風が匂ふ蓮如の寺小春 吉田幸江
木洩れ日に羽虫の光る小六月 武藤光リ
半眼の良弁座像小六月 武藤光リ
芭蕉句碑探す上総や小春風 武藤光リ
子の呉れし櫛で髪梳く小春かな 岩上登代
島ことばひとつ覚えし旅小春 小石峰通子
乳母車連なつてゆく小春かな 北村美津子
癌検診終へし小春の空仰ぐ 佐久間寿子
釣人が猫に声かく小六月 中村修一郎
橋立の海の蒼さや小春凪 中村修一郎
小春日や縁の下より鶏出づる 鈴木英子
奈良小春茶房に買へり干支ねずみ 谷口千賀子
小春日や声美しき尼僧かな 鈴木澄枝
島小春礎の叔父の名をなぞる 佐藤とみお
繕ひの漁網の嵩や浦小春 小蜥テ民子
駐在がペタル漕ぎゆく小春かな 橋本紀子
峡小春呼びかはしゐる雉子二羽 清水弓月
ぼろ市の吊し半纏小六月 小田二三枝
かひば桶転げてをりぬ小六月 小田二三枝
瞑想の椅子や小春の美術館 長崎眞由美
大根足に畳跡付く寺小春 長崎眞由美
叺干すそば屋の庭や小六月 岸本典子
干蝦の広ごる彼方小春富士 坂本操子
生き死にの話などして旅小春 井沢陽子
小春日の風にまどろむ孕牛 日野圭子
小春日や案内板に五カ国語 関根切子
艶やかな仔牛の白毛小六月 磯田なつえ
三毛猫の楕円の躰小六月 久保麻季
水の面に河馬の鼻ある小春かな 齊藤眞人
町どこも水が流れて日田小春 下里美恵子
薄目して亀の乾ける小六月 川端俊雄
縁先に足の爪切る小春かな 千葉ゆう
古書を売るSL広場小六月 橋本ジュン
小春日の宿場に赤き丸ポスト 奥山比呂美
路地小春戻りし猫に日の匂ひ 関根切子
小夏
真青なる小夏の空や首里城下 松本恵子
那覇小夏こりこりと食む豚の耳 倉田信子
冬ぬくし、冬暖か
竹皮に包む佃煮冬ぬくし 中村たか
冬ぬくし湯溜り青き織部碗 梅田 葵
路地多き佃の街や冬ぬくし 山本法子
紙祖宮に手押しポンプや冬温し 奥山ひろみ
きざはしに午後の日差しや冬ぬくし 鈴木英子
大鰡のひしめく入江冬ぬくし 中村修一郎
荒涼の万里の長城冬温し 多々良和世
冬ぬくし息吹きかけて玻璃戸拭く 垣内玲子
冬ぬくし猫伸びて寝る御殿跡 服部萬代
冬ぬくしナースの胸に多色ペン 近藤文子
畳敷く村の教会冬ぬくし 武藤光リ
山積みの古書の匂ひや冬ぬくし 武藤光リ
威勢良き茶髪の香具師や冬ぬくし 武藤光リ
池底に鷺の足跡冬ぬくし 岸本典子
冬ぬくし土竜の土の乾きをり 中山ユキ
星砂は天の土産よ冬ぬくし 天野アイ子
音立てて乳呑む仔牛冬ぬくし 水野時子
円空の伐折羅の笑まふ冬ぬくき 山下智子
冬ぬくし婆振り売りの京野菜 石川紀子
野路守る円空仏や冬ぬくし 鈴木みすず
露地に張るゴム飛びのゴム冬ぬくし 石原進子
ビートルズ鳴らす酒蔵冬ぬくし 森垣昭一
一葉の井戸水汲みて冬ぬくし 藤田岳人
冬ぬくし帝釈天の腰豊か 藤田岳人
百態の笑ひシーサー冬ぬくし 平 千花子
寝る羅漢膝抱く羅漢冬ぬくし 平松公代
肩たたきの小さきげんこつ冬温し 中斎ゆうこ
馴染みたるははの指貫冬ぬくし 久野和子
底冷、冷えわたる
開いては閉づだけのオペ底冷ゆる 江口ひろし
底冷えや明かり一つの穴稲荷 鈴木真理子
底冷えや小面掛くる蔵座敷 鈴木みすず
底冷やガラス囲ひの喫煙所 上杉美保子
底冷えの室白妙に酒母育つ 神尾朴水
底冷の蔵に一揆の連判状 野島秀子
指ほどのマリア観音冷えわたる 阪元ミツ子
底冷えの古城の地下にワイン樽 藤田幸子
底冷えの昏き牛舎に猫車 森垣昭一
地下壕に手術場跡や底冷ゆる 山本光江
迷路めく海軍壕の底冷ゆる 若山智子
底冷えや激の字残る自決壕 市川悠遊
底冷ゆる堂に一木半跏像 市川悠遊
底冷えや回廊暗き蚶満寺 武藤光リ
底冷えの洞窟(ガマ)に水音闇深し 国枝隆生
底冷や十二畳なる武者隠し 長谷川郁代
底冷えや棺に石の二打ひびく 中野一灯
冷え切りし革ジャンパーをどさと脱ぐ 渡辺慢房
底冷えの窯場にするめ焼く匂ひ 武田稜子
延年舞見る底冷えに靴鳴らし 都合ナルミ
底冷えの信濃も奥の馬刺かな 伊藤旅遊
底冷や味噌屋の土間の仄明かり 石橋忽布
底冷の駅にとも待つ真知子巻き 河村惠光
冷(つめた)し
冷たさや金魚埋めたる庭の土 栗田やすし
ショパン弾く夜の鍵盤冷たかり 奥山ひろ子
正座する畳冷たき天主堂 栗田せつ子
鍵はづす冷たき音や母の留守 栗田せつ子
えんぶり見る爪の先まで冷えきつて 栗田せつ子
渡月橋渡りきつたる足の冷 栗田せつ子
たぐり寄す糸の冷たき百足凧 長江克江
冷たかり母亡き家の古畳 鈴木真理子
せまりくる真白き富士の冷気かな 松永和子
拭き込みし床の冷たし武者溜 神尾朴水
張り終へし太鼓の皮の冷たかり 高橋ミツエ
介護士に渡す母の掌冷えてをり 藤田岳人
亡き夫の冷たき轆轤廻しみる 只腰和子
古手紙燃やせしあとの冷え俄か 梅田 葵
武家門を潜りて冷えの強まれり 角田勝代
冷えきつて喪中葉書の届きけり 服部鏡子
歌碑濡らす水冷やかに一揆の地 丹羽康碩
冷え極む水の底なる屑金魚 伊藤範子
化野の一段毎に冷えつのる 山口耕太郎
オペ台に待つ間冷たき足の先 玉井美智子
冴ゆる、冴え、さえざえ
鵜篝の松割る音の冴ゆるかな 栗田やすし
錦織る機音冴ゆる伊根の路地 栗田やすし
峡晴に紙漉唄の声冴ゆる 奥山ひろみ
あかあかと冴ゆる火星(マルス)や第九聴く 谷口千賀子
冴ゆる夜のむかしは星の大きかり 小長哲郎
冴ゆる夜や光の帯の終電車 丹羽一橋
十代の墓碑に刃の文字冴ゆる 太田滋子
北山に響く銃声風冴ゆる 貫名哲半
冱つる、凍(いて)、凍窓、凍雲、凍曇
凍てし田で打つ凧揚げの大太鼓 高橋ミツエ
袈裟懸けの罅ある墓や凍てきはむ 田畑 龍
凍てつのる忍び返しの長き塀 田畑 龍
攻め焚きの炎に凍てし闇揺らぐ 武田稜子
凍星やジャングルジムに人の影 河原地英武
凍てつきし三角点や茜さす 中野一灯
弦月や遠きに凍つる家並の灯 武山愛子
天空に躍るオーロラ凍結湖 山下智子
オーロラの大きうねりや凍つる道 新野芳子
凍雲の割れて日矢射す日本海 伊藤範子
凍土に油を抜きし竹寝かす 鈴木みや子
山頂に九鬼の首塚風凍つる 服部鏡子
凍星を巻き込みオーロラ揺れやまず 山口行子
セメントで接ぎし被爆の墓凍つる 幸村志保美
凍雲や癌め癌めと爺云へり 山下善久
凍て墓に手向けの酒の浸みとほる 上杉美保子
保線夫のヘッドランプや凍つる夜 若山智子
シベリアの凍土を語る九十歳 上杉和雄
凍る夜をひとり抱へし膝頭 鈴木真理子
凍つる夜や一人の家に錠下ろし 梅田 葵
足裏が凍む寺田屋の裏梯子 栗田せつ子
凍つる夜のことりと外す腕時計 熊澤和代
干し竿に雨粒凍り連なれり 山本法子
凍滝、冬の滝、滝凍てる
冬の滝大盤石を滑り落つ 栗田やすし
滝凍てて全山音を失へり 栗田やすし
落ち来たる水のかたちに瀧凍る 栗田やすし
凍滝の芯の青さの透けて見ゆ 栗田やすし
月光は凍りし滝を滑り落つ 栗田やすし
滝凍る一縷の水も逃さずに 栗田やすし
凍滝を見に荒縄で靴くくり 栗田せつ子
大滝の凍てきはまりて青みたり 栗田せつ子
凍瀧の端音立てて流れをり 中村修一郎
凍瀧に逃げやすきかな峡夕日 都合ナルミ
暮れてより光纏へる冬の瀧 川端俊雄
鰤起し
鰤起し加賀の町家をゆるがしぬ 福田邦子
連山の晴れゐて暗し鰤起し 石原筑波
鰤起し曇り硝子のぴしと鳴る 伊藤範子
故郷へ直行バスや鰤起し 川島和子
小寒、寒の入、寒に入る
己が影地にくつきりと寒に入る 夏目隆夫
合掌の弥陀の掌温し寒の入 嵯峨崎由紀枝
鉛筆の芯を尖らす寒の入 森垣昭一
水神の御鏡割れし寒の入 奥山ひろみ
芋噛んで歯を零したる寒の入り 片山浮葉
小寒の満月山を離れたる 神尾朴水
躓きし畳の縁や寒に入る 三井あきを
小寒のサーファー浮けり九十九里 武藤光リ
小寒の日射し鋤き込み畝立つる 上田博子
寒の入真鯛の口の一文字 岸本典子
寒の内、寒、寒九、寒ゆるむ,寒四郎
寒の富士見る病棟の一二階 栗田やすし
初産の馬に寒九のちから水 篠田法子
旅立てり朝の寒九の水を飲み 川口信子
甲板を洗ふ寒九の海の水 中野一灯
小走りに抜けし寒夜の切通し 田畑 龍
取り切れぬ癌を身内に寒の闇 江口ひろし
奥美濃の空真青なり寒晒し 丹羽康碩
川蹴つて雫こぼせり寒の鷺 丹羽康碩
百年の味噌の空樽寒晒す 安藤虎杖
音立てて諸味醪(もろみ)泡噴く寒造 益田しげる
炊き上げて湯気の中なる寒蜆 伊藤旅遊
寒蜆売る声やさし朝市女 前田史江
がらがらと篩に弾む寒蜆 澤田正子
寒造但馬杜氏の声の張り 下里美恵子
粗朶の海苔ちぎれて匂ふ寒の海 若山智子
干素麺震へて寒の日を散らす 坪野洋子
船卸し済ませて祝ふ寒の酒 服部鏡子
日溜りに猫蹲る寒の内 井深房子
竹林に軋む音して寒の朝 加藤けい子
大かめに満す備への寒の水 生田 愛
言葉かけ果樹の根元に寒ごやし 前田昌子
壁板の黒き教会寒ゆるぶ 松本恵子
酒母に灯を入れほのぼのと寒造 神尾朴水
骨壺の緞子に淡き寒夕日 高橋ミツエ
のんぼりを晒す飛沫や寒の晴 鈴木真理子
藁屋根に寒九の雨の限りもなし 武藤光リ
寒空へ大寺の杉聳え立つ 武藤光リ
寒九の水甕の目高に注ぎやる 武藤光リ
ばりばりと開く番傘寒の雨 つのだひろこ
襖絵の虎炯炯と寒の寺 小長哲郎
寒造り醪の泡の光りけり 日野圭子
軒に吊る藍束乾ぶ寒の晴 市原美幸
産み立ての卵湯気立つ寒の朝 横森今日子
寒ゆるぶ口紅ほのと道祖神 溝口洋子
まつ黒な仔牛の瞳寒ゆるぶ 朝生孝子
旅三日終へて寒九の水旨し 都合ナルミ
鷭つつく寒の干潟の真金色 矢野孝子
陶土谷底ひに寒の水蒼し 長江克江
お祓ひの鈴の音凛と寒四郎 藤田岳人
背伸びして絵馬を吊せり寒日和 太田滋子
寒落暉堰の水面に朱をひけり 山本法子
色鯉の彩寄せ合ひて寒に耐ふ 富田範保
天心に張り付く月や寒戻る 三井あきを
乾し物の湯気の揺らぎや寒の朝 小原米子
露座仏に寒九の雨の音硬し 栗田せつ子
生姜湯にぬくもる朝や寒土用 上田博子
強張りて乾くジーンズ寒四郎 金原峰子
大寒
大寒の肌に馴染まぬ化粧水 二村美伽
大寒の山裾に立つ白けむり 坂本操子
大寒の私鉄乗り継ぎ友見舞ふ 松本恵子
大寒や底擦りて発つ渡し舟 平松公代
大寒の閼伽水に湯を少し足す 谷口千賀子
大寒のうすら日に夫居眠れり 児玉美奈子
大寒や三味線の皮張り替ふる 関野さゑ子
大寒の日差し如来の胸にあり 高橋悦子
大寒の帳場に匂ふ青畳 武田稜子
大寒の寺賽銭の硬き音 田畑 龍
大寒の老師一喝死者生者 鈴木みや子
大寒や湯島聖堂鉄扉閉づ 日野圭子
大寒や指跡しかと血天井 国枝隆生
大寒の屋根の鴉と睨み合ふ 丹羽康碩
大寒の注連巻かれをり玉子塚 武藤光リ
大寒や小鳥の突つくポンプ井戸 武藤光リ
大寒の陽を一身に慈母観音 武藤光リ
大寒やサイフォン噴かす喫茶店 武藤光リ
大寒や園のアルミのすべり台 武藤光リ
大寒や火伏札貼る消防車 関根切子
燃え尽きて大寒の日の沈みけり 伊藤旅遊
大寒の空張りつめて音もなし 下里美恵子
樹氷、霧氷、木華
傾きし日に金剛の霧氷林 中野一灯
日陰れば墨絵のごとし霧氷林 山本悦子
陽を返す霧氷まぶしき穂高岳 佐々木千洋子
頂の霧氷に朝日煌めけり 漆畑一枝
霧氷林この世あはあは人の影 金田義子
這松の霧氷朝日に煌めけり 千葉ゆう
立ち眠る鶴に霧氷の花舞へり 都合ナルミ
草も木も霧氷の花よ夕日濃し 都合ナルミ
樹氷撮る樹氷の青き影踏んで 森 靖子
樹氷林透かせし空の青さかな 国枝髏カ
冬深し、冬さぶ、真冬
炎あと残る仏や冬深し 谷口千賀子
冬深し地下街にある突き当り 櫻井幹郎
天棚に木の実煤けて冬深し 二村美伽
眠る子の頬の紅さや冬深し 大島千津
固閉ざす百人番屋冬深し 佐藤とみお
吉良邸の水無き井戸や冬深む 佐藤とみお
冬さぶや灯して覗く穴不動 横井美音
冬深む石垣残る校舎跡 武藤光リ
冬深む寂日輪の散居村 武藤光リ
天平の文字残る皿冬深し 安藤幸子
冬深む藁塚のみな傾きて 日野圭子
日矢淡く射して真冬の地中海 牧野一古
夜叉王の面真ふたつや冬深む 上田博子
冬深し弾痕著き王陵碑 豊田紀久子
教室に灯油の匂ひ冬深む 荒川英之
大仏の頬に疵あと冬深し 松岡美千代
日脚伸ぶ
鵜の頬の白き羽毛や日脚伸ぶ 中川幸子
十字架を流るる雲や日脚伸ぶ 中川幸子
日脚伸ぶ縁に荷を解く薬売り 篠田法子
二階より猫の鈴音日脚伸ぶ 横森今日子
古書店の小さき脚立や日脚伸ぶ 幸村志保美
自転車の弾く小石や日脚伸ぶ 河原地英武
平積みの古書の埃や日脚伸ぶ 中野一灯
日脚伸ぶ浜で拾へり枝珊瑚 奥山ひろみ
酒蔵の天窓明かり日脚伸ぶ 奥山ひろみ
らくがきの多き黒板日脚伸ぶ 二村美伽
地獄絵を畳む本堂日脚伸ぶ 奥山ひろ子
藍甕の底の深さや日脚伸ぶ 桑原 良
点滴のとれたる夫や日脚伸ぶ 右高芳江
日脚伸ぶ百合根一鱗づつはがす 鈴木みや子
一片の雲の明るさ日脚伸ぶ 平松公代
川底のものよく見えて日脚伸ぶ 岩上登代
日脚のぶ下校の子等の立話 白鳥光枝
舎利塔の影淡々と日脚伸ぶ 小田智子
接ぎ多き出土の碗や日脚伸ぶ 利行小波
日脚伸ぶ仔犬買ひ来し誕生日 加藤百世
日脚伸ぶ牛舎に大き猫車 武藤光リ
子供らに夕べのチャイム日脚伸ぶ 矢野愛乃
人来ればお辞儀する鹿日脚伸ぶ 佐々木美代子
缶蹴つて一人の下校日脚伸ぶ 益田しげる
臥す母の爪切る縁に日脚のぶ 倉田信子
日脚伸ぶ船頭小屋に大き鍋 市江律子
大声で露地のおしやべり日脚伸ぶ 松本恵子
鼻歌の爺の盆栽日脚伸ぶ 渡辺かずゑ
立像も座像も菩薩日脚伸ぶ 田嶋紅白
日脚伸ぶ造花の蕊に薄埃 山田万里子
春近し、春隣、明日の春、春まぢか
松の葉に掛かる氷や春隣 河原地英武
草いろの京飴つまむ春隣 河原地英武
馬頭琴の万馬の響き春近し 宇田鈴枝
師と交す無沙汰の盃や春隣 小原米子
ぼろ市に緋の長襦袢春隣 夏目悦江
砂利を掻く山葵田守や春近き 山下智子
竹林をわたる風音春隣 日野圭子
春近し背負ふて選ぶランドセル 松永敏枝
春近し鉢植ゑの棚繕へり 山下 護
春近し蔵で酒粕焼く匂ひ 川村鎭野
護符売りの巫女の緋袴春近し 武藤光リ
飛火野の茶屋の灯しや春隣 武藤光リ
対岸に舫ふ渡舟や春近し 武藤光リ
春間近仔牛の耳に新のタグ 武藤光リ
貼り継ぎのポンペイ壁画春隣 巽 恵津子
春隣紙飛行機のよくとべり 柴田孝江
地下街にバターの匂ひ春隣 市川悠遊
上げ潮の運河煌めく春隣 鈴木まつ江
本棚の本入れ替ふる春隣 松本恵子
干蛸の足まで透くる春隣 国枝洋子
貝殻に波音聴けり春近し 長谷川郁代
新しきポスト影濃し春隣 奥山ひろ子
隣より釘打つ音や春近し 中山ユキ
杖ついて踏み出す一歩春近し 加藤都代
よく匂ふえびせん工場春隣 山下善久
春隣鏡台に置く招き猫 市原美幸
ラメ入りのマニキュア買へり春隣 井沢陽子
花織の杼(ひ)のすべる音春近し 倉田信子
農小屋の風入れ替ふる春隣 藤田岳人
背な打てば尾を立つる猫春隣 藤田岳人
春近し赤木の瘤は銅の艶 矢野孝子
師の句碑と聴きし波音春近し 奥山ひろみ
塩レモン漬けこむ瓶や春隣 福田邦子
命名の和紙のうす紅春隣 金原峰子
鯉の背に薄日とどまる春隣 山口耕太郎
幼稚園の垣根に音符春近し 市江律子
染め織りの卒業展や春隣 平 千花子
玉葱の芯のさみどり春近し 近藤節子
リズム良く足場組む音春近し 三井あきを
春遠し、春未だ、春逡巡
春遠し水子地蔵に縫ひぐるみ 龍野初心
白粥の梅の酸つぱさ春通し 梅田 葵
春を待つ
薬局の棚の白箱春待てり 河原地英武
待春や口紅ぽちと道祖神 国枝隆生
鳥屋の薪高く積み上げ春を待つ 国枝髏カ
待春の街に出て買ふランドセル 足立サキ子
春待つやさらさら落つる砂時計 菊山静枝
待春や指にすり込むオリーブ油 幸村志保美
待春や新歌舞伎座の丹の扉 佐藤とみお
待春の岬に訪へりみやらび碑 倉田信子
待春の炉端に編める藁草履 倉田信子
待春やビバルディ聴く雨ひと日 谷口千賀子
ウイスキーボンボンが好き春を待つ 井沢陽子
待春や地蔵に聞かす愚痴ひとつ 坪野洋子
春待てり城の礎石に腰おろし 栗田せつ子
冬果つ、冬尽く、冬の名残
玄海の沖に日矢射す冬の果 小蜥テ民子
雪下し、雪卸
露天商テント突き上げ雪落す 斉藤陽子
雪掻、雪を掃く,除雪、ラッセル車、除雪車
除雪車の音に昏れゆくマタギ村 栗田せつ子
暁や赤き燈ともすラッセル車 鈴木みすず
駅長が駅のホームの雪掻けり 岸本典子
煙草の火借りる人夫や除雪前 山 たけし
寒紅、丑紅
寒紅を引きて市場の女たる 渡辺慢房
発病のことたんたんと寒の紅 森 靖子
寒紅や息吹きかけて鼓打つ 野島秀子
木の葉髪
膝に落つ生糸の艶の木の葉髪 栗田やすし
クラス会わがマドンナの木の葉髪 佐藤とみお
いとほしや枕に残る木の葉髪 田畑 龍
風花
風花や富士湧水は音立てず 栗田やすし
風花を舌出して受く画学生 栗田やすし
風花や砲弾めきし忠魂碑 栗田やすし
風花に影といふものなかりけり 栗田やすし
風花や流人の島の能舞台 篠田法子
船町の一膳飯屋風花す 武田稜子
風花の一片犬の睫毛にも 小原米子
風花やソウル駅舎の赤煉瓦 小原米子
風花や鼻緒のゆるき宿の下駄 つのだひろこ
聖堂の三角屋根や風花す 長江克江
風花や円空仏の寺を出る 牧田 章
風花や山門の肌艶めけり 奥山ひろ子
風花や伊勢古市の廓跡 佐藤とみお
清盛の塚の焦げ跡風花す 今井和子
風花へ両手ひろげて子が駆くる 熊谷タマ
風花や糶の終りし魚市場 栗生晴夫
風花や極楽といふ無人駅 片山浮葉
風花は光の欠けら遠白馬 中野一灯
日向ぼこ
榾を焚く煙まとひて日向ぼこ 上杉和雄
木目浮く有楽の縁に日向ぼこ 山下智子
クッキーのかけらが膝に日向ぼこ 梅田 葵
日向ぼこ億てふ詐欺の話など 山下 護
日向ぼこ母の小さき背をさすり 垣内玲子
屋根の上猫うす目して日向ぼこ 花田紀美子
働きし海見て海女の日向ぼこ 森田とみ
参拝者見下ろし猫の日向ぼこ 古田富美子
縁側に母いつもゐて日向ぼこ 伊藤貴美子
胸もとにこぼれし黄粉日向ぼこ 鈴木みや子
百歳の姉の愚痴聞く日向ぼこ 森 妙子
日向ぼこ思ひ出話尽きぬ婆 上杉美保子
客待ちの靴屋の爺の日向ぼこ 吉田幸江
繕ひの針の手休め日向ぼこ 太田滋子
昭和とは近き昔や日向ぼこ 櫻井幹郎
庭掃きの手抜き身に付き日向ぼこ 岸本典子
寒燈、冬の灯、冬灯し
冬灯す慰問袋に仮名の文字 栗田やすし 前書き 南風原文化センター
冬の灯に身を寄す軍鶏の雛十羽 栗田やすし
寒灯や紙の小皿にパンの耳 河原地英武
粛清の記録取り出す寒灯下 河原地英武
寒灯に奥歯の深き穴晒す 河原地英武
寒灯やオラショ唱へし隠れ部屋 河原地英武
停学の公示貼られし寒灯下 河原地英武
オペ室に父呑まれ行く寒灯下 江口ひろし
冬ともし二百地蔵の背を照らす 山下智子
歪みけり夜汽車の窓の冬灯 武藤光リ
晩学や寒灯つけしまま眠る 石川朱美
裸婦像の胸にひび割れ冬灯 藤田岳人
寒灯下俯きて聴く訃の電話 林 尉江
地獄絵に映るわが影冬灯 高橋幸子
仁清の色絵の茶壺冬灯 岸本典子
東京は働く街よ冬灯 関根切子
冬籠
冬籠廊下の本に蹴つまづき 河原地英武
駒一つ足りぬ将棋や冬籠 渡辺慢房
冬ごもりどこかに座敷童ゐて 櫻井幹郎
吠えること忘れし犬と冬ごもり 岡野敦子
手習ひの反故たまりをり冬籠 鈴木真理子
懐手
懐手パンク修理を待つあひだ 奥山ひろ子
懐手解いて誓子の浜に出る 国枝隆生
にこりともせず駄菓子屋の懐手 上杉和雄
尊大にみゆる反り身の懐手 田畑 龍
蚤の市客を目で追ふ懐手 渡辺かずゑ
骨董市客も店主も懐手 松岡美千代
悴む、悴ける
悴みて中也の詩集開きけり 河原地英武
悴みて我が名記せる嘆願書 河原地英武
息絶えし犬を抱きて悴めり 梅田 葵
かじかみし老斑の手を湯に浸す 山下 護
悴みて書く短冊のかすれ文字 森垣一成
悴む手湯に浸し売る漬物屋 山本悦子
胼、胼薬
湯上りの手にたつぷりと胼薬 服部冨子
お呪ひかけて塗りやる胼薬 二村美伽
胼の手で釣銭数ふ朝市女 鈴木真理子
胼薬塗つて母似と思ひけり 鈴木真理子
女衆洗ひ場に置く皹薬 角田勝代
窯出しの女分け合ふ胼薬 武田稜子
胼薬塗ればハーブの香り立つ 太田滋子
木の葉髪
辞書繰ればはらりと白き木の葉髪 栗田やすし
座箒に絡みて白き木の葉髪 矢野愛乃
六度目の干支迎へたり木の葉髪 後藤恵美詩
隙間風
教室の窓際にゐて隙間風 河原地英武
出番待つステージの裾隙間風 奥山ひろ子
法要の燭を揺らせり隙間風 関根近子
隙間風五右衛門風呂の洗ひ場に 千葉ゆう
風邪、風邪心地
風邪ひいて眠る楽しさ雨の音 中川幸子
赤ん坊の置いてゆきたる風邪ひとつ 小蜥テ民子
風邪気味の夫に炊きたる味噌煮込み 沢田充子
風邪癒えし夫にふんはりオムライス 若山智子
風邪癒えし児にきかん気の戻りたる 上杉美保子
風邪の子の瞳うるませ膝に来る 谷口千賀子
風邪の子の耳たぶ真赤ほほ真赤 市川あづき
咳、しわぶき
雲多し一つ咳して窓みがく 佐藤多嘉子
咳一つして茶の席に畏まる 豊田紀久子
咳止めを飲み夕暮へ歩み出す 平松公代
脈を看るナース小さき咳こぼす 都合ナルミ
繰り言の妻に返せり咳一つ 藤田岳人
赤鬼が楽屋で小さき咳洩らす 山本光江
図書館の昼の静けさ咳けり 鈴木英子
静まりし句座へこぼるる咳ひとつ 清水弓月
咳こみし涙一番星仰ぐ 梅田 葵
咳止めの飴ポケットに旅支度 山本悦子
飴なめて咳押し殺す夜の電車 熊澤和代
水洟
水洟の児と又ないしよばなしかな 矢野孝子
水洟や答案の点少し足し 河原地英武
嚏
大嚏して先刻のこと忘る 山たけし
相部屋の真夜のくさめに目覚めたり 安藤幸子
くさめして待合室の視線浴ぶ 服部鏡子
吸入器
看取る夜の淡き湯気立つ吸入器 横森今日子
蒲団、掻巻、蒲団干す
海晴れて防潮堤に干し布団 栗田やすし
干蒲団並ぶベランダ子沢山 小長哲郎
干蒲団雲の移りの迅かりし 小長哲郎
民宿の薄き座布団榾明かり 江口ひろし
旅籠屋の日当たる二階布団干す 江口ひろし
朝市の川原隔てて布団干す 二村美伽
煙突の残るふるさと布団干す 角田勝代
ふとん干す軒先低き佃路地 谷口千賀子
孫去りてもとの静けさ蒲団干す 磯野多喜男
坊つちやんの湯の座布団に猫眠る 神谷洋子
蒲団干す姥捨山の真向かひに 都合ナルミ
筑波嶺の朝日に向かひ蒲団干す 岩上登代
蒲団干すつまづく事の多くなり 山下 護
出漁の船に仮寝の布団干す 篠田法子
ふとん干す佃の路地の行き止まり 幸村志保美
家康を匿ひし寺布団干す 森 靖子
介護士に母を預けて蒲団干す 山本光江
潮錆びの伊根の舟屋や布団干す 福田邦子
故郷の重き布団に潜り込む 八尋樹炎
富士見ゆる団地に蒲団たたく音 関根切子
路地の日の移り易さよ蒲団干す 関根切子
足るを知る暮し気ままや布団干す 横井美音
着ぶくれ
着膨れて未だ余生とは言はず 栗田やすし
着ぶくれて撫づる塩田句碑の文字 国枝洋子
着膨れて妻と真昼の街へ出る 牧田 章
着ぶくれて藍一色の手機織る 今井和子
着膨れてバスを降り立つ伊勢詣 武藤光リ
着ぶくれて綾子生家を訪ねけり 矢野愛乃
着ぶくれて曼荼羅世界に浸りけり 牧 啓子
終車待つ人混み合へり着ぶくれて 佐藤きぬ
着ぶくれて着ぶくれを押し詣でけり 篠田法子
着ぶくれてピカソの青に見惚れけり 篠田法子
着脹れて蓮如眺めし海を見に 小島千鶴
着ぶくれて星の形の赤子かな 河原地英武
着ぶくれし女で混めり古着市 日野圭子
着膨れて小龍包に舌焼けり 斉藤眞人
着ぶくれて裸祭の人に触る 山本悦子
着ぶくれて芭蕉泊まりし間に座せり 岡田佳子
ムンクめく夕焼空や着ぶくれて 井沢陽子
乗り換への老いの走りや着ぶくれて 松井徒歩
ちやんちやんこ
首のなき石仏まとふちやんちやんこ 益田しげる
手放せぬ母の形見のちやんちやんこ 岡島溢愛
戒名を自分で決めてちやんちやんこ 古賀一弘
朝粥をはふはふ啜るちやんちやんこ 丹羽一橋
ちやんちやんこ羽織り防犯パトロール 佐藤とみお
些かの野心秘めたりちやんちやんこ 松井徒歩
湯上がりに母の香こもるちやんちやんこ 山ア育子
冬着、冬服
風抜くる厩の馬に防寒着 服部鏡子
重着、厚着、薄着
重ね着をしても師の影細かりし 牧野一古
重ね着の辻講釈師声張れり 武藤光リ
夢少し持ち重ね着の余生かな 櫻井幹郎
毛布、膝毛布、電気毛布
急患の顔覆ひたり掛毛布 田畑 龍
門前で花売る婆の膝毛布 内田陽子
毛布には空飛ぶアトム吾子眠る 伊藤旅遊
冬帽子
ふるさとに旅人めきし冬帽子 栗田やすし
冬帽に耳すつぽりと追試受く 河原地英武
父は亡しロシア帰りの冬帽子 澤田正子
冬帽子ちぎれるほどに母振れり 辻江けい
冬帽子被れば祖父に似てきたる 上杉和雄
川下る舟に忘れし冬帽子 小島千鶴
冬帽子目深に耶蘇の畑を打つ 江口ひろし
蚤の市太子の像に冬帽子 生川靖子
手作りの冬帽入れて柩閉づ 大津千恵子
冬帽子並ぶ屋台のラーメン屋 高田 實
毛糸帽癌と闘ふ友に編む 岸本典子
朝練へ寝癖隠しの冬帽子 岸本典子
海軍壕出て冬帽を深かむる 福田邦子
毛糸帽ほつれ地蔵の目をかくす 石原進子
冬帽の庇をつまみ遠会釈 村井まさを
倒産を告げたる友の冬帽子 篠田法子
冬帽揺る路上ライブの恋の歌 奥山ひろ子
揺れとほし娘の冬帽の毛糸玉 武藤光リ
頬被、頭巾、綿帽子
頬被り解きて辞儀せり甘蔗刈女 栗田やすし
裏畑に宿の女将の頬かむり 宇佐美こころ
角巻、角巻女
角巻や訛くぐもる朝市女 中野一灯
耳袋、耳掛
幼子に編めり真つ赤な耳袋 安藤幸子
綿、綿入れ、布子
南吉の綿入吊す三畳間 山下智子
マスク
宝くじ売場にマスクして並ぶ 栗田やすし
眉と目の賢く見ゆる児のマスク 服部富子
白マスクはづして母の咳き込める 丹羽康碩
挨拶をマスクの二人目で交はす 中山敏彦
マスクしてマスクの人に近づかず 小長哲郎
終電車マスクばかりを吐き出せり 篠田法子
桃色の大きなマスク遅刻生 河原地英武
女医さんの鼻を隠さぬマスクかな 兼松 秀
おしやべりの口元へこむマスクかな 中斎ゆうこ
本筋にふれてマスクをずらしけり 渡邉久美子
マスクして紅ひく事も忘れけり 平 千花子
外房や汐の香りに取るマスク 武藤光リ
通勤の人波マスク尖らせて 加藤剛司
毛糸編む、毛糸玉
毛糸編む女地下鉄乗り過ごす 栗田やすし
諍ひし妻黙々と毛糸編む 渡辺慢房
父のものならぬ毛糸を編みてをり 渡辺慢房
みどり児の寝顔のぞきて毛糸編む 橋元信子
振り向かせたくて転がす毛糸玉 中本紀美代
猫のごと足に寄り来る毛糸玉 相田かのこ
診察を待つ間廊下で毛糸編む 伊坂壽子
母の年越えて十年毛糸編む 関根近子
病む夫の寝息しづかや毛糸編む 鈴木真理子
診療を待つ間ひたすら毛糸編む 豊田紀久子
ジャケツ、セーター、ジャンパー
カーディガン脱ぎ捨て迎ふ救急車 二村美伽
病癒え古事記説く師の黒セーター 近藤文子
セーターに箒もつ手の隠れをり 川原地英武
革ジャンの歌舞伎役者とすれ違ふ 森 靖子
外套、オーバー
外套の内ポケットに宝くじ 栗田やすし
帰宅せし夫の外套日の匂ひ 豊田紀久子
襟巻、マフラー
マフラーをぐるぐる巻きにデッキゆく 幸村志保美
マフラーを靡かせローラースケーター さとうあきこ
月蝕を待つマフラーに顔うづめ 宇佐美こころ
マフラーを解きて阿修羅に佇ちつくす 内田陽子
面接にゆく子マフラー固く巻き 河原地英武
マフラーに声くぐもれり反抗期 岡田佳子
ストールを巻き直し出る風の道 谷口千賀子
肩に掛け長きマフラーもてあます 森垣一成
個展出てマフラーを捲く銀座路地 森垣一成
旅立ちの芭蕉の像に赤マフラー 武藤光リ *深川・採荼庵
手袋、
春手套膝に路上のピアニスト 河原地英武
花のごと枝に足袋干す日和かな 八尋樹炎
手袋へギブスとれたる五指を入れ 吉岡やす子
痺れ手へ手袋ごしに息掛くる 藤田岳人
手袋を脱ぎ反戦の署名をす 加藤ゆうや
足袋
獅子舞の脱ぎ捨てし足袋跳ねしまま 鈴木みや子
白足袋の小鉤きらりと躙口 三井あきを
寒紅、丑紅
母の歳越え寒紅をあざやかに 酒井とし子
息白し、白息
引き分けて闘牛白き息吐けり 栗田せつ子
へその緒を下げて仔牛の息白し 井沢陽子
馴鹿の白息太し橇を駆く 山下智子
全身で練り上ぐ陶土息白し 武田稜子
幔幕を割つてひよつとこ息白し 磯田なつえ
月蝕のはじまる宙へ白き息 丹羽康碩
息白くして月蝕を見上げをり 奥山ひろ子
息白く少女正座を探しけり 山下帰一
ランナーの誰もが一人息白く 丹羽一橋
冬構(がまえ)、冬囲
冬囲ひ氏子が竹を担ぎ来し 日野圭子
丸太組み囲ふ神木冬構 廣島幸子
冬囲家郷捨てたるにはあらず 小長哲郎
向きだけを替へし犬小屋冬構 吉田明美
法灯を絶やさぬ寺の冬構 玉井美智子
朝市に野菜並べて息白し 清水弓月
冬籠、冬籠る、雪籠
金魚に名付けて書斎に冬ごもり 栗田やすし
北窓塞ぐ
塞ぎたる北窓に絵を飾らむか 河原地英武
北塞ぎ窓の風景一つ消す 櫻井幹郎
伊吹嶺の澄む北窓は塞がざる 櫻井幹郎
筵もて北窓ふさぐ轆轤小屋 武田稜子
陶房の北窓塞ぐ荒筵 武田稜子
北塞ぐ牛舎に獣医駆けつくる 野島秀子
北塞ぐ仮屋展示の青き玉(ぎょく) 山下智子
北塞ぎ遠野曲屋眠りをり 栗生晴夫
目貼
目貼していよいよ遠き隣家かな 上村龍子
隙間風、ひま洩る風
訪ねたる生徒の家の隙間風 荒川英之
風除
大漁旗風除けにして小商ひ 内田陽子
雪囲、雪垣、雪除
封人の家やトタンの雪囲 栗田せつ子
農小屋に豆幹立てて雪囲 金田義子
俵屋の竹鮮らしき雪囲 長江克江
茂吉館丸太ばかりの雪囲ひ 近藤文子
藪巻、菰巻、菰巻く
腰高に菰巻く松や皇居前 内藤雅子
菰巻くや亀甲荒き松の幹 小田二三枝
藪巻や飾り結びの一と並び 平松公代
海風にかたむきし松菰を巻く 音頭恵子
雪吊
余り縄風に吹かせて雪吊師 武藤光リ
大声を上げ雪吊りの縄を投ぐ 中本紀美代
雪吊りの縄たをやかに風呼べり 江口ひろし
雪吊りの待つに日暮れの近づきぬ 江口ひろし
湯煙りに雪吊りの縄ゆるびたる 栗田せつ子
雪吊や門堅閉ざす武家屋敷 高田栗主
雪吊の縄ゆるぎなく翳りなく 伊藤範子
鯉跳ねて雪吊の影崩しけり 渡辺昌代
雪吊の鉾を支へし加賀の空 武田稜子
吊り終へし松離れ見る雪吊師 丹羽康碩
雪吊を取りたる松のすがすがし 桜井節子
雪吊に積み上げてある棒と縄 中川幸子
雪吊の空の青さや絵解寺 奥山ひろ子
天領や雪吊りの縄弛びなし 山本光江
雪吊の影濃し白鳥供養の碑 都合ナルミ
雪吊りの縄金色や加賀の晴 市原美幸
雪吊や毛槍のごとき棒を立て 佐藤とみお
焚火、落葉焚
朝焚火して待ちゐたり漁舟 栗田やすし
焚火して待つ藍染めの寒晒し 丹羽康碩
しばらくは焚火に酔ひを醒ましをり 河原地英武
焚火して九官鳥と話しをり 磯田なつえ
水運の宮に燻る焚火あと 藤田幸子
村中を煙らせ寺の落葉焚 森 靖子
のんぼりを晒す磧に焚火して 山本光江
母遠し藁の匂ひの焚火あと 山 たけし
夕暮や焚火の煙地を這へり 関野さゑ子
流木をくべて漁師の大焚火 高橋ミツエ
浜焚火波へ炎のちぎれ飛ぶ 澤田正子
雇用票手に車座の焚火かな 宇佐美こころ
父の忌の日暮寂しみ焚火せり 宇佐美こころ
流木の燃え止し匂ふ焚火跡 中野一灯
火伏札配る漢に焚火の火 渡邉久美子
庭焚火どかつと三輪の素麺屋 山本悦子
火事、小火、火事見舞、火事騒ぎ
昼火事やガザの焼土のごと煙る 武藤光リ
炭、炭の香、炭火、跳炭、おこり炭
朝市の七味屋の婆炭をつぐ 上田博子
ふんだんに炭火使へり山の市 中村たか
浅草や老いが炭つぐ煎餅屋 関根切子
炉、炉火、炉明、炉話、夜話、炉辺話
銃口の鈍き光や炉火明かり 栗田やすし
炉火明り師の忌近しと思ひをり 栗田やすし
茅屋根の駅舎のいろり榾燃ゆる 関根近子
囲炉裏火が蚕棚くもらす合掌屋 片山浮葉
炉話や嬶座に猫の大欠伸 下里美恵子
ジーパンの脚投げ出せり囲炉裏端 江口ひろし
囲炉裏火やたちまち回る旅の酒 清水弓月
語部の歌ふこきりこ炉火盛る 舩橋 良
昔話聞く合掌家の囲炉裏端 牧田 章
診察を待つ間見詰むる暖炉の火 丹羽康碩
炉火の煙浴びて移りし筵の座 山鹿綾子
藤蔓のからむ薪燃ゆ大囲炉裏 つのだひろこ
炉話や幼子眠る婆の膝 野島秀子
鉄瓶の懸かる囲炉裏や竹戦ぐ 武藤光リ
炉話の燠十能で運ばるる 角田勝代
色褪せし魚拓が壁に炉火明り 森垣昭一
炉明りや灰を均して干魚焼く 森垣昭一
炉話の接ぎ穂に桑の榾足せり 中野一灯
落柿舎の三帖の土間囲炉裡切る 伊藤克江
雪を来し蹠あたたむ囲炉裡端 坂本操子
炉の熾の音無く崩る一人の夜 高橋幸子
十能で炭火足しゆく囲炉裏かな 鈴木みすず
炉明りや梁の恵比寿の黒光り 玉井美智子
炉語りで津波伝ふる曲りの家 堀 一之
七輪に両手かざして国言葉 小田二三枝
榾、榾明り、榾の宿、榾火
りんご榾くべて漬物談義かな 高橋ミツエ
湯治宿囲炉裏に尺の榾木焚き 中根多子
膝で折る榾や薬缶の白湯滾る 小原米子
黒光る火天の縄や榾明り 市江律子
榾明かり届く机上の写真立 八尋樹炎
埋火
埋火やてもちぶさたに灰ならす 八尋樹炎
埋み火の匂ひこもれり奥座敷 谷口千賀子
炬燵、行火(あんか)
奥の間に灰冷え冷えと掘炬燵 栗田やすし
ふるさとや吾が名刻みし炬燵板 二村美伽
消しゴムの屑散らばれる炬燵板 河原地英武
満身の力を腕に炬燵出る 河原地英武
泳ぎゐるやうに眠る子置炬燵 河原地英武
笑ひ声絶えぬ炬燵や指相撲 森川ひろむ
牡蠣剥き女小さき行火に手をかざす 田畑 龍
背を丸め過去問解く子置炬燵 太田滋子
夫を待つ二匹の猫と炬燵守 武藤けい子
便箋もペンも落ちたる炬燵かな 武藤けい子
立ち初めし嬰のたんこぶ置炬燵 橋本ジュン
平積みの書類崩るる置炬燵 国枝洋子
頬杖をつき安らげる掘炬燵 渡辺かずゑ
しつぽ振るだけの返事や炬燵猫 関根切子
火鉢、火桶、手焙(てあぶり)
火渡りや行者だまりに大火鉢 矢野孝子
手焙りに指もみほぐし仏彫る 上杉美保子
手焙りにかざす皺の手朝の市 中野一灯
笛方の手を焙りあふ長火鉢 森 靖子
大火鉢撫で子規堂を去り難し 神尾朴水
股火鉢褪せし法被の老的屋 佐藤とみお
練炭の臭ひ懐かし股火鉢 河合義和
懐炉、白金懐炉
手文庫に父の白金懐炉かな 谷口千賀子
暖房、スチーム、暖房車
暖房を切つて感情抑へけり 河原地英武
ポスターのダリと目の合ふ暖房車 大谷みどり
暖房の風に吹かるるおくれ髪 月光雨花
スカイツリー暖房車より仰ぎけり 関根近子
暖房の効かぬ一夜や坊泊り 関野さゑ子
暖房車盲導犬のまどろめり 鈴木みすず
暖炉、ストーブ
ストーブでぬくめて診らる聴診器 岡島溢愛
ストーブに湯のたぎる音初句会 丹羽康碩
列車待つ達磨ストーブ囲みつつ 河原地英武
ストーブに炎立つ音朝まだき 河原地英武
するめ焼くストーブ列車陸奥訛 菊池佳子
ストーブの太き煙突母校なる 塩原純子
ストーブの燃ゆる寂しさ子規を読む 清水弓月
独り居の玻璃戸に映る暖炉の火 八尋樹炎
山暮れて薪ストーブの青煙 高橋幸子
古希はまだ折り返し点暖炉燃ゆ 下里美恵子
温突(オンドル)
オンドルで暑く語れり司馬史観 山下智子
ペーチカ
ペーチカに太き火掻きや黒光る 鈴木みすず
湯婆、たんぽ
湯たんぽを置く乳飲み児を置くやうに 伊藤範子
湯たんぽに足をそろへて母の夢 近藤めぐみ
遠き日の母のぬくもり湯婆(たんぽ)抱く 廣島幸子
湯たんぽを運べば胸に波の音 幸村志保美
身に寄せし湯たんぽコポと小さき音 小蜥テ民子
湯ざめ
湯屋帰り屋台の椅子に湯ざめせり 中野一灯
釈明を妻にしてゐる湯ざめかな 荒川英之
畳替
拳骨で叩いて終る畳替 関根切子
冬座敷、冬館
結願の証書飾れり冬座敷 丹羽康碩
針金の鳩のオブジェや冬館 河原地英武
天井に赤きふうせん冬座敷 河原地英武
命名の墨の匂ひや冬座敷 玉置武子
冬座敷襖に金の平家紋 武藤光リ
冬座敷少女胡坐で碁を打てり 野島秀子
呉服屋が色広げをり冬座敷 下里美恵子
屏風、金屏風、絵屏風
子規の里湯屋の屏風に投句箱 山崎育子
蕉翁の行脚描かれし大屏風 服部鏡子
障子、襖、冬障子、冬襖
母のなき離れ二間の白障子 栗田やすし
開け放つ駆け込み寺の白障子 足立サキ子
生き返り障子の白さ喜べり 梅田 葵
宿坊の四方の襖の猿猴図 牧野一古
雪見障子背にみや子師の凛と座す 牧野一古
空海のまなざしやさし白障子 市江律子
切り貼りで済ます一人の白障子 安藤幸子
閉ざされし崋山幽居の白障子 長崎眞由美
白障子閉ぢて時空を独り占め 伊藤旅遊
大寺の四百畳の白障子 福田邦子
やはらかき葉影の揺れや白障子 小山 昇
能面を被れば障子明かりかな 中斎ゆうこ
雪達磨、雪兎、雪仏、雪像
幼子の手に載せてやる雪だるま 栗田やすし
顔寄せて母子で作る雪うさぎ 栗田やすし
子ら去りし野に置きざりの雪だるま 梅田 葵
産土にのつぺらぼうの雪達磨 奥山ひろみ
雪だるま庭に設けて客招く 牧田 章
廃校の朝礼台に雪だるま 尾関佳子
雪兎ほのとうす紅夕あかね 山 たけし
雪だるま備長炭のへの字眉 上杉和雄
雪うさぎ郵便受にかしこまる 中野一灯
雪だるま松ぼつくりを目玉とし 国枝洋子
スケート
スケーター光の渦の真ん中に 下里美恵子
スキー
ラグビー
ラガーらの鋼の髪は総立ちに 河原地英武
ラガー地にめり込みて点奪ひけり 櫻井幹郎
サッカー
橇、橇の宿、橇の道
青空へ帽子飛ばされ橇遊び 河原地英武
竹馬
竹馬の怯まず進む水溜まり 渡辺慢房
竹馬の子ら日当りの壁を背に 伊藤克江
青写真
オバQの毛もくつきりと青写真 渡辺慢房
除雪車、ラッセル車
ラッセル車駅に影濃き父の里 武田明子
火の番、夜回り、火の用心、寒柝
夜廻りの声二つして遠くなり 田中恵子
寒柝の音にそば立つ猫の耳 横森今日子
夜廻の戻りて呷るコップ酒 関根切子
お喋りも交じりて行くや火の用心 加藤ゆうや
寒稽古
血の味の口を漱げり寒稽古 河原地英武
面とれば白髪より湯気寒稽古 栗田やすし
面とれば眉濃き少女寒稽古 栗田やすし
膝小僧そろへ一礼寒稽古 斎藤眞人
身を捨てて打てと師の声寒稽古 荒川英之
踏み込みの音肚に来る寒稽古 高柳杜士
寒詣、寒行、裸参
小さき絵馬買つて終れり寒参 栗田せつ子
山国の月の細りし寒参 上田博子
寒念仏夜の御堂をひびかする 上田博子
急告ぐる囃子に氣負ふ寒禊 武藤光リ
寒みそぎ裸男(お)海へなだれ込む 富田範保
冬安居
冬安居素足の僧の足早に 石原筑波
冬安居果て禅堂の鎮もれり 廣島幸子
禅寺の静まりかへる冬安居 夏目悦江
高下駄の並ぶ法堂冬安居 山ア育子
山門に仁王はだかる冬安居 中村たか
寒念仏
剃髪の初々しかり寒念仏 武田稜子
寒中水泳、寒泳
寒泳や握り拳で海に入る 澤田正子
寒泳待つ防潮堤に身をよせて 廣島幸子
寒泳の抜手はげます陣太鼓 山下智子
寒泳の子に豚汁のたぎり立つ 篠田法子
寒泳の弓射る頬に波しぶき 野島秀子
餅、黴餅、餅焦す
ポケットに投げ餅一つ飛び込めり 栗田やすし
雑炊、おじや、味噌雑炊、にら雑炊
成るやうになるわと生きて韮雑炊 井沢陽子
鯛味噌
乾鮭、干鮭
塩鮭、塩引、新巻
荒縄で吊す塩引鰓赤し 石橋忽布
熱燗、燗酒
熱燗や雨の止みたる京の路地 河原地英武
燗酒を呷る露店の骨董屋 中山敏彦
聞き上手演じ熱燗酌み交す 櫻井幹郎
熱燗を呷り茶碗の叩き売り 大橋幹教
熱燗のカップ片手に古銭売る 林 尉江
熱燗を酌むポケットに勝馬券 中野一灯
熱燗を口で迎へてひとり言 中野一灯
熱燗や焦げ香ばしき朴葉味噌 栗生晴夫
燗酒や秘めごと出づる同窓会 梶田遊子
玉子酒
卵酒稿投げ出して寝てしまふ 栗田やすし
鰭酒、河豚酒
長生きは否と鰭酒回し飲む 伊藤旅遊
鰭酒や腐れ縁なる恋仇 渡辺慢房
鰭酒や暮れゆく街の琥珀色 丹羽一橋
葛湯
忌を修し花の匂ひの葛湯吹く 福田邦子
寝そびれて小鍋をさがし葛湯とく 安藤幸子
飴色となりし葛湯やとろ火消す 加藤ゆうや
焼薯、焼薯屋、石焼薯
校門に笛の音たかく焼藷屋 河原地英武
焼藷屋軍手脱ぎたる手も黒し 河原地英武
焼薯やはづれ馬券につむじ風 古賀一弘
焼藷を水でさまして食ぶる猿 高橋孝子
藷焼いて田の神迎ふ飛騨の里 奥山ひろみ
焼芋の匂ひが風に土管坂 奥山比呂美
果樹園の焼藷売りに列長し 長谷川郁代
懐に焼き芋入れて父帰る 河村惠光
路地奥にリヤカー止めて焼いも屋 山本法子
鯛焼、鯛焼屋
鯛焼の腹を食べる子宵まつり 櫻井幹郎
鯛焼の尾びれに匂ふ餡の焦げ 酒井とし子
今川焼、巴焼
夜鷹蕎麦、夜啼きうどん
客一人小雨の路地の夜鳴蕎麦 梅田 葵
煮凝、凝鮒(こごりぶな)
煮凝やいつか一人となる朝餉 小長哲郎
煮こごりや久びさに見し母の夢 石原筑波
煮凝りの目玉落とせしその行方 鈴木みや子
煮凝や卓袱台囲みしは昔 田畑 龍
煮凝や目玉を探す箸の先 武藤光リ
煮凝りや琥珀に透けし魚の皮 中村 明
煮凝をテレワークの娘掬ひけり 松永敏枝
酢茎、酢茎売、酢茎石
上加茂や酢茎樽より鷲づかみ 河原地英武 *つかみは手偏に旧字のくに 國
皺の手の鷲掴みせる酢茎売 東口哲半
蕪鮓
故郷の蕪鮓提げ句友来る 松永敏江
蕪蒸
篠の葉のさやぐ夕べや蕪蒸し 長江克江
気に入りの器に盛りぬ蕪蒸し 今里健治
濃餅汁(のっぺじる)
癒えし身に力漲るのつぺ汁 若山智子
粕汁
闇汁
闇汁の汁一滴も残すまじ 松井徒歩
河豚汁、ふぐと汁
余生とはまだ先のこと河豚汁 栗田やすし
愛を説く寂聴は亡しふぐと汁 武藤光リ
河豚鍋、河豚ちり、てつちり
てつちりや平家滅びし壇ノ浦 伊藤旅遊
寒晒、寒晒造る
寒晒まづ川底の苔洗ひ 岸本典子
川底の苔踏みしだき寒晒 山本悦子
磧石載せて楮の寒晒し
寒造、寒造酒
神棚に赤き幣立て寒造 廣島幸子
ゆるやかに醪泡ふく寒造 鈴木真理子
酒樽の箍艶めける寒造 横井美音
氷餅造る、氷かちん、霰餅
さみどりの藁しべ匂ふ氷餅 都合ナルミ
寒天造る、寒天小屋、寒天干す
寒天小屋ひねもす水の音響く 日野圭子
寒天夫頬刺す風をよろこべり 坪野洋子
干し上げし象牙色なる糸寒天 丸山節子
恵那山の風に曝さる干寒天 清原貞子
寒天を干す氷点下十八度 片山浮葉
有明や干寒天の縮れ初む 内田陽子
手に痛き日暮の風や寒天田 山本光江
干し終へて肩で息継ぐ寒天夫 野島秀子
百日を雑魚寝で通す寒天夫 上田博子
寒天干す峡の陽差しへ簀を傾げ 伊藤範子
雪残る寒天棚に朝日さす 戸田ただし
屋敷神前に広がる寒天田 山本悦子
潮の香の湯気立ち昇る寒天場 豊田紀久子
晒すほど白絹の艶糸寒天 石崎宗敏
寒天干しろがね色に乾き初む 兼松 秀
父母の墓下り来て広き寒天田 青木しげ子
磯の香の湯気吹きあがる寒天場 玉井美智子
凍豆腐、高野豆腐、凍豆腐造る
凍豆腐軒に乾けり浅間晴 倉田信子
曲り屋の軒に藁吊り凍み豆腐 大澤渓美
縄吊りのまゝ送り来し凍豆腐 梅田 葵
荒星やよぢれて乾く凍豆腐 熊澤和代
山宿の軒端に乾ぶ凍豆腐 横森今日子
蕎麦刈、蕎麦干す
高々と蕎麦干す軒端尾花沢 牧野一古
そばの実を剥けばまさをな匂ひせり 片山浮葉
鍋料理全般、鋤焼、鍋焼
鴨鍋を囲み水郷巡りかな 栗田やすし
鴨鍋や父に一揆の血の流れ 森 靖子
牛鍋や明治の村の吊ランプ 江口ひろし
榾足して蒟蒻鍋の吹きこぼる 谷津政子
鍋焼の花麩好みし母たりし 鈴木真理子
突つかけで牛鍋の具を買ひ足しに 山下 護
灯の入りて鬼平居さふな鴨鍋屋 篠田法子
職決めし子と牛鍋を囲みけり 太田滋子
寄鍋や禁酒のわれも小盃 近藤文子
ちり鍋や奉行の下知は国ことば 伊藤旅遊
刻み葱盛れるだけ盛りどぜう鍋 矢野孝子
衝立に上衣ひつかけ牡丹鍋 森垣一成
鮟鱇鍋カオスのごとく滾らせり 武藤光リ
焼鳥、焼鳥屋
醤油樽椅子に屋台の焼鳥屋 佐藤とみお
譲り合ふ木椅子軋めり焼鳥屋 中野一灯
焼鳥の匂ひ漂ふ桟敷席 長江克江
おでん
久闊の友と囲めりおでん鍋 近藤文子
もの言はぬ男ばかりやおでん酒 伊藤旅遊
シリウスを背に屋台のおでん酒 伊藤旅遊
をさな名で呼び合ふ老いやおでん酒 櫻井幹郎
ポスターは昭和の女優おでん酒 石崎宗敏
ジャズ流る味噌蔵脇におでん食ぶ 金原峰子
聞き流す父の繰り言おでん鍋 太田滋子
出汁の噴く竹輪の穴やおでん鍋 武藤けい子
おでん屋の人の団らんガード下 今里健治
風呂吹、大根煮る
糠茹での大根甘し越の寺 巽恵津子
風呂吹に添へし小皿の山葵味噌 矢野愛乃
閻王へ太き青首大根かな 長谷川郁代
足病んで籠るほかなし大根煮る 森 靖子
風呂吹やいよいよ妻の猫背なる 桑原健次
湯豆腐
湯豆腐や壁に志功の天女の絵 伊藤旅遊
湯どうふの半丁で足る一人の夜 松島のり子
日溜りに湯豆腐の旗南禅寺 花田紀美子
湯豆腐の微かな揺らぎ父待てり 武田明子
湯豆腐や昔競ひし恋仇 渡辺慢房
湯豆腐の崩れを掬ふ陶(すえ)の匙 清水弓月
湯豆腐の踊り疲れて崩れけり 丹羽康碩
湯豆腐や湯気の向かうの愚痴を聴き 上田博子
湯豆腐に禿と白髪頭寄せ 下山幸重
薬喰
峡に風吹きすさぶ夜や薬喰 清水弓月
薬喰南部鉄鍋滾らかす 坪野洋子
脂身のうす紅色や薬喰 石崎宗敏
薬喰われより白き夫の髪 近藤文子
薬喰山の湯宿にぬくもれり 福田邦子
外に出ず妻と二人の薬喰 河合義和
寒釣、穴釣
穴釣のテント片寄せ湖暮るる 小原米子
穴釣りの公魚跳ねてすぐ凍る 長江克江
寒釣の鮒解き放ち竿納む 下山幸重
川普請、池普請
猫車並ぶ古刹の池普請 磯田なつえ
キャタピラーの溝跡深き川普請 小原米子
池普請網にきらめく鮒諸子 奥山ひろみ
日だまりに雑魚計り売る池普請 岸本典子
冬の塵
無住寺の仁王の臍に冬の塵 中村修一郎
冬花火
漆黒の海にあやなす冬花火 若山智子
避寒
潮の香や一人手酌の避寒宿 尾崎孝
寝そべつて眺むるヨット避寒宿 澤田正子
寒見舞
火山灰降る宮崎へ寒見舞 安藤幸子
寒卵
寒卵割つて言ひたきこと忘れ 服部冨子
新妻のコツと割りたり寒玉子 服部冨子
掌に受けてまだあたたかき寒玉子 掛布光子
朝の市産毛貼りつく寒たまご 上杉美保子
寒海苔
寒海苔を刮ぐ漢に波しぶき 武藤光リ
寒海苔を焙れば故郷の香り立つ 八尋樹炎
紙漉、寒漉、楮(三椏)蒸す、楮晒す、紙漉女、紙干す
峡晴れて楮選る水かがやけり 栗田やすし
楮蒸す湯気裏山へなびきけり 牧野一古
神棚へ湯気を吹き上げ楮蒸す 近藤文子
楮選る体に毛布巻きつけて 幸村志保美
紙漉女なでるごとくに水均す 幸村志保美
山の水引きて晒せり楮束 武田稜子
楮選る膝に焙り豆ころがれり 武田稜子
楮選る赤き毛布を腰に巻き 宇野美智子
寒漉きの紙の白さを眩しめり 宇野美智子
糊加減混ぜ棒で見る紙漉女 井上 梟
桶の湯に手を温めては紙漉けり 山崎文江
粗壁に水陽炎や楮選る 都合ナルミ
紙漉の髪に跳ねたり楮くづ 渡辺かずゑ
楮選る一日水に顔映し 栗田せつ子
湧水の音響きをり紙漉場 奥山ひろみ
楮晒すをみなの五指の紅潮す 奥山比呂美
漉き上がる和紙つややかや吉野晴 小島千鶴
一息に剥がす楮の皮匂ふ 奥山ひろみ
松枯れの薪どんとくべ楮蒸す 中斎ゆうこ
紙干すは一戸のみなり枯部落 櫻井幹郎
牡丹焚火、牡丹焚く、牡丹供養
原発の明り果てたり牡丹焚き 田嶋紅白
炭焼、炭焼小屋、炭焼窯
窯閉づる炭焼夫みな年老いて 近藤きん子
剥がれたる炭焼き小屋のトタン屋根 小長哲郎
炭焼きし古窯に今も火の匂ひ 神尾朴水
炭焼くや小屋に溢れる煤薬缶 市川正一郎
炭焼きを終へて来し娘の髪にほふ 稲石治子
枝打、枝下ろす,枯枝下ろす
枝打ちの松脂匂ふ小糠雨 平松公代
枝打ちの音や七戸の隠れ里 市川あづき
枝打ちの細き梯子を軽やかに 長崎マユミ
枝打ちや一人は幹に跨りて 奥山ひろ子
冬耕、寒耕
冬耕の畑つつきをり大鴉 大平敏子
指穴に玉葱の苗差し入るる 丹羽康碩
冬耕へ遊行柳の影伸ぶる 平松公代
冬耕の済みし土塊日に尖る 服部鏡子
寒肥、寒ごやし
寒肥の溝深々と掘りにけり 渡辺かずゑ
寒肥をまきし夕べの雨静か 若山智子
湯気上ぐる柿の根方の寒ごやし 坪野洋子
寒肥を丹念に撒き入院す 中村秀一郎
乾き切る土掘り起こし寒肥す 平松公代
蓮根掘る
備中鍬夫婦で使ひ蓮根掘る 安藤幸子
伊吹山少し見えゐて蓮根掘 中川幸子
伊吹より雨の兆しや蓮根掘 国枝隆生
丸き背をますます丸め蓮根掘る 国枝隆生
雲ふゆる蓮根堀を見てゐし間 鈴木みや子
備中鍬杖に田を出づ蓮根掘 市川正一郎
蓮根掘る畦に続けり土竜穴 本多俊枝
蓮掘女足を抜くとき声発す 都合ナルミ
蓮掘りの背にしたたれり大夕日 篠田法子
蓮掘りのホースごぼりと田に潜る 八尋樹炎
泥つきし顔笑ひ合ふ蓮掘女 森田とみ
蓮根掘地中に蓮の折れる音 矢野孝子
おだやかな沼の一日蓮根掘る 松永和子
蓮掘りし窪に澄み行く溜り水 山本悦子
蓮掘女鍬に凭れて休みけり 幸村志保美
蓮根掘り終へて足抜く泥の音 櫻井幹郎
風音を残してゆけり蓮根掘 坪野洋子
蒟蒻掘る、蒟蒻玉
蒟蒻を堀りたる玉につまづけり 大倉カツ江
蒟蒻を児を抱くやふに掘り上ぐる 高橋幸子
葛晒し
高梁に白汁飛ばし葛晒す 林 尉江
干菜、干菜汁、干菜吊る
掛け干菜鳴る曲り屋の深庇 中野一灯
風荒ぶ曲屋に鳴る干菜かな 中野一灯
鈴鹿嶺に沈む夕日や懸大根 牧野一古
筑波嶺の風のかたちに干菜かな 宇佐美こころ
菜を干して佛間の早き暗さかな 山 たけし
伊那谷の風に軒端の干菜鳴る 坪野洋子
切干、切干大根、切干製す
切干干す花咲爺のやうに撒き 森 靖子
哲学の径に切干ちぢみけり 長谷川郁代
切干の縮む南吉詩碑の前 小原米子
広げ干す切干匂ふ馬籠宿 豊田紀久子
濡れ縁に切干乾ぶ廓跡 奥山ひろみ
切干買ふ風の岬の無人店 中村たか
縮むだけ縮み切干仕上がれり 篠田法子
切干の大根ちぢむ里日和 倉田信子
香を放ち切干笊に乾きけり 松永敏枝
大根干す、大根洗う、掛大根、干大根
干し大根縁に乾びし峡の家 栗田やすし
大根干す伊吹の風の通り道 栗田せつ子
家護るごとく大根干されけり 渡辺慢房
干されたる大根縮む荒筵 渡辺慢房
柿若木枝しなはせて大根干す 清水弓月
大根稲架没日に長き影伸ばす 田畑 龍
山の陽に懸大根の細りをり 只腰和子
掛大根伊吹連山隠しけり 服部冨子
正ちやん帽被る農夫や大根干す 磯田秀治
田の中に干す大根の白さかな 矢野愛乃
軒先に余呉の波音大根干す 林 尉江
掛大根外して近し伊吹山 林 尉江
並べ干す大根匂ふ湖北晴 岸本典子
真つ青の笊に千切り大根干す 長江克江
掛大根くの字くの字に干し上がり 篠田法子
縁日に買ふ藁干の凍み大根 若山智子
干大根赤城おろしに痩せ細る 菊池佳子
黒姫の風に乾びし懸大根 倉田信子
湖風に掛大根の皺深む 奥山比呂美
筑波嶺を隠して高き懸大根 森垣一成
伊吹嶺の日筋風筋大根干す 坪野洋子
炉開、囲炉裏開く
大ぶりの萩の茶碗や炉を開く 森 妙子
切り火してけふもてなしの炉を開く 内田陽子
ボーナス
ボーナスに縁なき暮し米を研ぐ 坪野洋子
ハロウイン
ハロウイーンの南瓜飾りし操舵室 藤田幸子
酉の市、酉の町、三の酉、熊手市、おかめ市
リヤカーに熊手積みゆく酉の市 菊池佳子
青テント小さき熊手飾りをり 鈴木みすず
裸灯におかめ艶めく酉の市 中野一灯
おかめ市ギャルの売子の長睫 武藤光リ
雲纏ふスカイツリーや三の酉 武藤光リ
裸火に熊手の千両箱光る 佐藤とみお
七味屋の木匙の捌きおかめ市 佐藤とみお
丼をはみ出す海老や酉の市 宇佐美こころ
大熊手掲ぐ女の力こぶ 篠田法子
裸灯におかめ眩しき酉の市 森垣一成
鞴祭、たたら祭(陰暦11月8日)
鞴祭火花の中の老鍛冶師 内田陽子
神楽、里神楽、神楽太鼓、神楽笛
里神楽面の口より白き息 平松公代
夕映えの嶺にひびかふ神楽笛 倉田信子
のけ反つて浴ぶる湯玉や汐神楽 関根切子
ひよつとこの茣蓙に躓く伊勢神楽 上村龍子
篝火の煙に噎せて舞ふ神楽 富田範保
勤労感謝の日(11月23日)
三文判押して勤労感謝の日 松原英明
並べ干す鵜籠勤労感謝の日 鈴木 文
地下足袋で弥撒へ勤労感謝の日 鈴木真理子
朝届く弁当勤労感謝の日 山下帰一
肉多きカレー勤労感謝の日 伊藤範子
感謝祭、収穫感謝祭
片隅にポニーの乗り場収穫祭 中津川幸江
牛の足丸ごと焼けて感謝祭 小原米子
顔見世
顔見世や曽我の五郎の縄だすき 岡島溢愛
ロックにて幕あく師走歌舞伎かな 岡島溢愛
顔見世の果てて団子をほほばれり 岸本典子
顔見世や袖にしのばす香袋 矢野孝子
顔見世の跳ねて地下鉄混み合へり 神尾朴水
顔見世や団十郎の内蔵助 日野圭子
顔見世や桟敷に並ぶ芸舞妓 森 靖子
顔見世の吉野の桜まぶしかり 中川幸子
顔見世やまねきの文字の黒光り 栗山紘和
顔見世のまねきを仰ぎ鰊蕎麦 佐藤とみお
九州場所
青空へ九州場所の触れ太鼓 八尋樹炎
十二月八日、開戦日
脚寒きホテルの部屋よ開戦日 河原地英武
痛きほど絞る雑巾開戦日 河原地英武
英字紙で折られし鶴や開戦日 河原地英武
とび散れるチョークの欠片開戦日 河原地英武
開戦の日や喪の菓子を提げて来し 栗田やすし
かつてせし乾布摩擦や開戦日 栗田やすし
開戦日ふと口遊む軍歌かな 下山幸重
風孕むハングライダー開戦日 武藤光リ
開戦日鴉鳴き継ぐ鎮守跡 武藤光リ
晴れ渡る冬青空よ開戦日 豊田紀久子
手旗信号復習ひしことも開戦日 鈴木 文
鎮魂の錨赤錆ぶ開戦日 佐藤とみお
明烏騒ぐや十二月八日 加藤ゆうや
挽きすぎのコーヒー苦し開戦日 山ア育子
滲みたる飛行機雲や開戦日 荒川英之
十二月八日白墨折れやすし 荒川英之
モノラルのジャズに聴き入る開戦日 荒川英之
青空に一筋の雲開戦日 山本法子
ジーンズの尻にハモニカ開戦日 山田万里子
開戦忌砂消しゴムの消せぬ文字 加藤剛司
鳩の絵馬触れ合つて鳴る開戦日 鈴木英子
ひとり聴くレノンの歌や開戦日 山本玲子
十夜、お十夜、十夜念仏、十夜婆(陰暦十月五日から十五日の念仏法要)
十夜婆ひれ伏して聴く法の鉦 栗田やすし
お十夜の本堂に寄席かかりけり 夏目悦江
報恩講、御正忌(おしょうき)、御七夜、お講、親鸞忌(旧11月28日)
親鸞忌桶の箍締む庫裡の土間 鈴木みや子
頷いて眠りうなづく親鸞忌 山 たけし
火焔太鼓打つて始まる親鸞忌 福田邦子
親鸞忌坊の蔀戸繕ひて 神尾朴水
親鸞忌松一色の立華活く 松永敏枝
経本の表紙反りたる親鸞忌 国枝髏カ
報恩講知らす貼り紙一揆の地 若山智子
臘八会、臘八、五味粥(12月8日)
歯切れよき尼僧の法話臘八会 中平紀代子
警策の音の乾けり臘八会 益田しげる
切株に日の温みある臘八会 篠田法子
臘八の昼過ぎてより風荒し 松本恵子
臘八会虫やしなひのミルク飴 山ア育子
大根焚(十二月九,十日)
大根焚土間に大釜三つ据ゑ 日野圭子
大根焚に届く加薬の握り飯 小蜥テ民子
大根焚庫裡の玻璃戸を皆外し 小蜥テ民子
大根焚径三尺の端反り鍋 山口行子
釜番の寺紋の法被大根焚 近藤文子
ふる雨に湯気のからまる大根焚 栗田せつ子
親鸞の書を拝しけり大根焚 市江律子
大根焚く観音堂を開け放ち 丹羽一橋
御祭
おん祭日がよく当たる馬の尻 鈴木英子
仏名会、御仏名(旧暦12月19日から3日間の法会。)
履き減りし僧の雪駄や仏名会 福田邦子
筒抜けの空の青さや仏名会 玉置武子
割烹着の尼の小走り仏名会 廣島幸子
終大師、終弘法、果の大師(12月23日)
渡し場に果弘法の鐘聞けり 武田明子
干し鱈を鋸で切り売る果弘法 上田博子
参道にポン菓子の音果弘法 中根多子
鮒味噌のすぐ売り切れる果大師 長谷川郁代
鮒味噌の売行き速し果弘法 河合義和
果弘法端に学生募金立つ 若山智子
托鉢の尼僧美し果弘法 栗田せつ子
終天神(12月25日)
阪神忌、阪神大震災忌(1月17日)
青竹に万燈揺らぐ阪神忌 丹羽行雲
寒満月のぼる阪神震災忌 鈴木みすず
海峡の潮せめぎ合ふ阪神忌 川端俊雄
花祭(奥三河の神楽)
花祭榊打ち振り鬼囃す 奥山ひろみ
花祭幣飛び散れり花舞処 奥山ひろみ
花祭翁が神に肩貸して 片山浮葉
花祭待つ間に細き月のぼる 宇野美智子
花祭鬼の蹴散らす竈の火 雨宮民子
花祭釜に水足す消防士 片山浮葉
萬燈会、春日萬燈籠(節分の夜の春日大社)
枇杷色の高張続く万燈会 山下智子
柊挿す、柊売、目突柴、やいかがし
柊挿す乳鋲欠くる御成門 廣島幸子
柊と福豆付けり喫茶店 福島紀美子
柊挿す煤けし窯の太柱 武田稜子
大戸吊る酒屋の梁にやいかがし 廣島幸子
やいかがし大旅籠屋の梁太き 朝比奈照子
柊を挿せり商家の鼠木戸 坪野洋子
木戸開けて一人の夜のやいかがし 内田陽子
柊挿す拭き込まれたる細格子 篠田法子
節分、豆撒、追儺、なやらい、福豆
一人居の小声で撒けり追儺豆 鈴木真理子
天平の礎石に弾む追儺豆 近藤文子
鬼出でて太鼓の乱打神楽堂 近藤文子
笑む神の絵手紙来たり節分会 小石峰通子
振舞はる樽酒甘し節分会 辻江けい
上がり目の義元像や追儺寺 立川まさ子
節分や父の遺せし鬼の面 花井佐和子
鬼は外退院せし子真中に 長谷川雅子
鬼やらひ右往左往のカメラマン 吉岡やす子
玻璃戸開け男小声に豆を撒く 丹羽康碩
横綱がむんずと掴む年の豆 伊藤旅遊
福豆を一つ赤子のてのひらに 若山智子
鎧武者異人もまじり豆撒けり 荻野文子
臨月の子が声張りて鬼やらひ 花村富美子
追儺の鬼幼児あやして泣かせたり 吉岡やす子
石橋に丸太添へたる追儺寺 山本正枝
一人居の声張りあげて福は内 藤田映子
節分会果てたる空に月丸し 牧 啓子
鬼やらひ父の大声なつかしき 高橋ミツエ
雲水の鬼となりたる節分会 中村修一郎
よく売れる打出の小槌鬼やらひ 長谷川郁代
湯屋に満ちたり節分の裸衆 長谷川郁代
新入りの氏子小声で鬼やらふ 佐藤とみお
白鳥へ声かけて撒く年の豆 坂本操子
節分の火打ちの火花頭に浴ぶる 上杉和雄
脱ぎ散らす靴の中にも福の豆 田畑 龍
鬼やらふ松明あまた仁王門 山下善久
金塊の沈む湯滾る追儺鍋 小島千鶴
奉納舞終へて豆撒く京舞妓 巽 恵津子
一山にひびく追儺の護摩太鼓 上村龍子
なやらひの面をはみ出す鬼の顎 上村龍子
福豆の踏みつぶされて香を放つ 牧 啓子
赤鬼の抱く路べそかく節分会 山本悦子
上げし手をすり抜くばかり福の豆 武藤光リ
節分や八十路を生きてなほ怠惰 武藤光リ 前書き 誕生日
居座れる貧乏神や追儺豆 武藤光リ
治めの矢放ち始まる鬼やらひ 武藤光リ
枡の底叩き豆まき終りけり 都合ナルミ
アパートのドア少し明け鬼やらひ 龍野初心
景品にもらふ石鹸豆まく日 河原地英武 *石鹸は旧字
褌の知事の背に触れ追儺祭 玉井美智子
櫓より嫁を見つけて福は内 中斎ゆうこ
児の描きし鬼の目やさし節分会 中斎ゆうこ
年の豆日のあるうちに炒り上ぐる 下里美恵子
病む犬に噛みくだきやる年の豆 上杉美保子
厄落、厄の薪、ふぐり落し
厄落す千体仏の洞巡り 花村すま子
厄落す金箔入りの白湯のんで 栗田せつ子
厄落す巫女の鈴の音身に浴びて 若山智子
ふんどしの男転びて厄落とす 中斎ゆうこ
芭蕉忌、時雨忌、桃青忌、翁忌(旧十月十二日)
時雨忌や更地となりしわが住ひ 岡島溢愛
終焉記読み返しみるはせをの忌 安藤幸子
好物は深川鍋や桃青忌 伊藤旅遊
近江路の雨がもてなし翁の忌 松井徒歩
帯締めは伊賀の組紐翁の忌 伊藤克江
桂郎忌(11月6日)
原稿の一行余る桂郎忌 松井徒歩
一葉忌(11月23日)
針山に小さき抽斗一葉忌 栗田やすし
古書売りし百円玉や一葉忌 栗田やすし
一葉忌暗き三和土のしみ抜き屋 矢野孝子
水仙のやはらかに伸ぶ一葉忌 鈴木みすず
路地裏の厨点せり一葉忌 神谷洋子
新字源開きしままや一葉忌 加西郁代
針箱の糸屑払ふ一葉忌 足立サキ子
衿替の絹糸弾く一葉忌 尾関佳子
一葉忌すとんと暮れて飯が噴く 鈴木みや子
一葉忌出さずじまひの恋の文 幸村志保美
包丁で削る鉛筆一葉忌 荻野文子
赤錆びし炭火アイロン一葉忌 横森今日子
路地裏を子猫横切れり一葉忌 鈴木真理子
竹筒に禿びたる小筆一葉忌 佐藤とみお
短めの鉛筆並べ一葉忌 長崎眞由美
一葉忌針を持つこと遠ざかり 小原米子
あかときの髪の湿りや一葉忌 山本玲子
百円で甘酒飲めり一葉忌 栗田せつ子
路地奥の古びし井戸や一葉忌 小山 昇
すげかへる駒下駄の緒や一葉忌 山ア育子
空也忌、空也念仏、鉢叩き(旧十一月十三日)
六道の辻空也忌の鉦の音 山下智子
一茶忌(旧十一月十九日)
一茶忌や敷居を走る子の電車 和久利しずみ
お下がりの米を雀に一茶の忌 安藤幸子
一茶忌や地蔵に雀睦み合ふ 鈴木真理子
一茶忌や赤銅色の月愛づる 林 尉江
波郷忌、忍冬忌、惜命忌(11月21日)
ベッドより落ちて波郷の忌と思ふ 河原地英武
波郷忌の壁に褪せたる千羽鶴 熊澤和代
近松忌(旧11月22日)
黒衣着し星占いや近松忌 栗田やすし
三島忌、憂国忌(11月25日)
神田川の汐引く跡や憂国忌 武藤光リ
いてふ散る御幸通りや憂国忌 武藤光リ
憂国忌冬の金魚のみじろがず 宇佐美こころ
小刀で鉛筆削る憂国忌 菊池佳子
市ヶ谷に正午のラッパ憂国忌 鈴木みすず
鍬の刃に小石の当たる憂国忌 野瀬ひろ
雨に照る美男葛や三島の忌 八尋樹炎
赤色のボールペン買ふ三島の忌 上村龍子
レノン忌(12月8日)
髪赤く染めし女生徒レノンの忌 河原地英武
レノンの忌沖へ出てゆく時雨雲 牧野一古
レノン忌の更けてまたたく枯木星 矢野孝子
漱石忌(12月9日)
間食のあとの胃薬漱石忌 河原地英武
厨より猫呼ぶ声や漱石忌 栗田やすし
全集の赤き背文字や漱石忌 夏目隆夫
坊つちやんの列車に乗りぬ漱石忌 大倉カツ江
珈琲店女ばかりや漱石忌 二村満里子
胃薬の粉にむせをり漱石忌 中野一灯
丹念に眼鏡を拭けり漱石忌 国枝隆生
漱石忌染み広がりし文庫本 国枝隆生
全集の一書買ひ足す漱石忌 国枝隆生
文学書絡げて売らる漱石忌 菊池佳子
服薬の数確かむる漱石忌 横森今日子
抽出しにポンドの硬貨漱石忌 小長哲郎
荒縄で括る古本漱石忌 関根近子
一冊はまだ返り来ず漱石忌 牧野一古
本読めと児へ書く便り漱石忌 磯田なつえ
午後の茶を娘と向ひ合ふ漱石忌 梅田 葵
病得て見直す余生漱石忌 櫻井勝子
銭湯の古びし暖簾漱石忌 武藤光リ
買ふつもり無き本買へり漱石忌 矢野孝子
バリウムの幽かな風味漱石忌 佐藤とみお
義士会、義士の日、討入の日(12月14日)
義士の日の東京駅に迷ひをり 酒井とし子
蕪村の忌(旧十二月二十五日)
有明の月を野末に蕪村の忌 川端俊雄
寅彦の忌(12月31日)
全集に父の書込み寅彦忌 栗生晴夫
また少し地殻動けり寅彦忌 小長哲郎
スプーンに逆さの影や寅彦忌 山田万里子
日郎忌、岡田日郎の忌(1月2日)
日郎忌となりし二日や富士白し 武藤光リ
百山の雪解待たず日郎逝く 佐藤とみお
良寛忌(陰暦1月6日)
荒磯に遊ぶ小鳥や良寛忌 望月立美
北国の空の暗さや良寛忌 石原筑波
里山にけぶり一筋良寛忌 松本恵子
一本の筆選びをり良ェ忌 鈴木真理子
五合庵の雪を思へり良ェ忌 中川幸子
実朝忌(陰暦1月27日)
父の記憶なくて父恋ふ実朝忌 栗田やすし
切株に銀杏の芽吹き実朝忌 武藤光リ
富士見ゆる礁の飛沫実朝忌 中野一灯
本棚にくすみし歌集実朝忌 中村あきら
杉田久女の忌(1月21日)
朝靄の雨となりたる久女の忌 幸村志保美
潜り戸に薄き日差しや久女の忌 野島秀子
久女忌のけふも潜り戸半開き 野島秀子
火の玉と落つる夕日や久女の忌 鈴木みすず
あかときの霜柱踏む久女の忌 山本玲子
仕舞湯に足袋洗ひあぐ久女の忌 大島知津
落ちてなほ紅濃き椿久女の忌 豊田紀久子
碧梧桐忌、寒明忌(2月1日)
振り向けば一筋の道寒明忌 栗田やすし
庭の木に目白来てゐる寒明忌 栗田やすし
筆太に墨たつぷりと寒明忌 栗田やすし
やはらかく土に浸む雨寒明忌 谷口千賀子
音もなく流るる大河寒明忌 谷口千賀子
書を閉ぢてより風荒ぶ寒明忌 梅田 葵
句の一語迷ひてをりぬ寒明忌 金田義子
表紙絵は真紅の椿寒明忌 国枝隆生
青空を白雲流る寒明忌 中村たか
不器用に切りたるバター寒明忌 河原地英武
寒明忌終の住み家へ二屯車で 八尋樹炎
室咲、室の花
あかちやんの寝息すこやか室の花 月光雨花
室の花咲き献体の骨帰る 大島知津
ほほゑみし遺影を包む室の花 福田邦子
薄目開け受くる点滴室の花 奥山ひろ子
サイフォンで点つる珈琲室の花 渡辺慢房
室咲の増えたる二人暮しかな 河原地英武
帰り花、狂ひ花、忘れ花、狂ひ咲き
散れるもの何もなくなり返り花 河原地英武
踏絵見し心鎮むる返り花 牧 啓子
埋門跡たんぽぽの返り花 掛布光子
写経堂百合一本の返り花 村崎妙子
甲斐の武士果てしいくさ場返り花 神尾朴水
古稀祝ふ山のホテルや帰り花 森 敏子
芭蕉碑の傍へに木瓜の返り花 岩本千元
師の句碑へ登る径の辺帰り花 夏目隆夫
小さく咲く摩文仁の丘の返り花 豊田紀久子
磔刑跡赤きつつじぼ返り花 鈴木まつ江
生かされて返り花めく余生かな 田畑 龍
西行の碑に山吹の返り花 長江克江
返り咲く桜ひと花一揆の地 上杉和雄
摩文仁丘晴れて紋羽の返り花 松永敏枝
吉野への標ほぐるる帰り花 野島秀子
補聴器の姉と筆談帰り花 上田博子
龍馬駆けし土手に桜の返り花 市原美幸
湖北路や影うすうすと返り花 河村惠光
山の日の翳りやすさよ返り花 下里美恵子
草枯、名の草枯る、枯草、枯葛、枯鶏頭、枯忍
せせらぎの音のかすかや名草枯る 関根近子
隅櫓屋根の枯草吹かれをり 金田義子
濡れ縁に乾びし糸瓜子規の庵 神尾知代
子規庵の縁に積まれし枯糸瓜 菊池佳子
名草枯る日差しゆたかな陶干場 久野久子
子規庵の墨色となる枯糸瓜 玉井美智子
枯草に光あまねし遷都跡 河原地英武
枯木、裸木、枯木立、名の木枯る
裸木となりて一樹の輝けり 江口ひろし
裸木となりて川音身にまとふ 江口ひろし
裸木や峡の水音つつぬけに 江口ひろし
裸木の小枝くつきり昼の月 増田昭子
裸木の隙間自在に明烏 長谷川美智子
青き目の人形を抱き枯木道 河原地英武
枯木道詩篇のことば読捨てに 河原地英武
枯蔦のびつしり絡む屋敷神 奥山ひろみ
枯木立奥に真白き富士透けり 阪元ミツ子
静もれる老人ホーム枯れ銀杏 高田 實
裸木に残る一葉の振れ止まず 武藤光リ
枯木立声とばしあふ測量士 井沢陽子
裸木の夕日に立ちて過疎の村 山 たけし
白浜や枯木は風の形をして 山崎文江
飛鳥寺の枯木に揺るる願ひ札 熊澤和代
冬枯、枯山、冬枯道、枯る、枯
枯れきつて影の失せたる烏瓜 栗田やすし
冬枯れて広野は音を失へり 関根近子
冬枯の葦響き合ふ兵舎跡 雨宮民子
冬枯れの城址に寄する湖の波 森 靖子
霜枯
寒林、寒木
寒木の梢に二日月ささる 渋谷さと江
寒林の奥に志功の展示館 石原筑波
寒林を満月青く照らしけり 中山敏彦
寒林や枝移りする鳥の影 中山敏彦
寒林の日差しを抜けてモネ展へ 幸村志保美
冬芽
冬木の芽震はせ雀とび移る 河原地英武
靖國の空に挙りて冬木の芽 河原地英武
三椏の冬芽の尖る和紙の里 今泉久子
冬木の芽進学塾の蔵格子 近藤文子
冬木の芽昌平坂の日おもてに 近藤文子
空青し白木蓮の冬芽立つ 石川紀子
真青なる空にふくらむ冬木の芽 松平恭代
枝張つて桜冬芽の紅兆す 太田則子
里山は水音ばかり冬木の芽 利行小波
膨らみし桜冬芽のうすみどり 藤田幸子
冬芽立つ古窯の裾の幣辛夷 長江克江
売りに出す家に辛夷の冬芽立つ 山本悦子
曇天に沙羅の冬芽のほつほつと 小島千鶴
はくれんの冬芽びつしり秋篠寺 巽 恵津子
梧桐の冬芽まつかや被爆の地 都合ナルミ
洞大き桜の幹や冬芽吹く 市江律子
飛鳥寺沙羅の冬芽のこぞり立つ 上田博子
まんさくの象牙の冬芽かがやけり 谷口千賀子
日当りの窓に冬芽の影細し 武藤光リ
冬木、冬木立、冬木宿、冬木道
残照や枝広げたる冬木立 高橋幸子
サックスの音色抜け来る冬木立 藤本いく子
三日月の尖り鋭し冬木立 渋谷さと江
青空に音なき機影冬木立 内藤まさ子
板壁に冬木の影や版画館 奥山ひろ子
ほの赤き夕雲透ける冬木立 松本恵子
発掘の礎石転がる冬木立 河合義和
和紙めける月をかざせり冬木立 井沢陽子
犬太り主人痩せゐて冬木道 井沢陽子
枯欅、冬欅、枯れし欅
欅散りつくして空の新しき 栗田せつ子
枯櫟、冬櫟
雪折、雪折木
雪折れの音の間遠に野天風呂 中野一灯
冬草、冬青草
冬草や海指す小さき道標 小原米子
冬草の青き岬や復帰の碑 市原美幸
熊野古道冬青草の深みどり 前田史江
子の下校告ぐる有線冬の草 武藤けい子
枯芭蕉
首塚に芭蕉枯れゆく風の音 栗田せつ子
野間大坊裏に突つ立つ枯芭蕉 石原進子
枯芭蕉赤城おろしに鳴りにけり 関根近子
枯芭蕉つつ立つ島の蛸薬師 上田博子
枯蔦
蔦枯れて鑑真廟の静もれる 石原進子
蔦枯るる秘湯の宿に蓄音機 藤田岳人
枯萩
枯萩やいたく禿びたる寺箒 小長哲郎
枯芝
枯芝に葵の紋の鬼瓦 上杉和雄
枯芙蓉、芙蓉枯る
子規庵の風に絮吹く枯芙蓉 横森今日子
枯柳、冬柳、柳枯る
狸祀る祇園小路や冬柳 廣島幸子
枯薄、枯尾花
枯れ果てし芒や風にたぢろがず 夏目隆夫
枯芒空どこまでも透きとほり 坂本酒呑狸
水郷に朽ち舟浮けり枯尾花 河合義和
枯芒秋篠寺へ畦たどる 岩上登代
日の暈や折れ枯蓮の水漬く池 山 たけし
枯尾花木曽路へつづく埋門 岸本典子
芒枯れ礎石あるのみ氷室趾 安藤幸子
枯芒風が風追ふうねりかな 中山敏彦
原子炉の建屋の隅に枯薄 下山幸重
鵜河原の芒呆けて昏れのこる 丹注N碩
枯蘆、枯芦原
夕暮れて枯葦原に波の音 栗田やすし
枯葦の映る玻璃沼さざ波す 岡野敦子
枯葦を風渡りゆく兵舎跡 川島和子
枯蘆や番屋を閉ざす川漁師 福田邦子
兵舎跡枯蘆風に鳴るばかり 上村龍子
枯葦の鳴つて川原の石暮るる 山下 護
枯蓮、蓮の骨
枯蓮田この静けさの身に及ぶ 鈴木みや子
城堀に枯れ初めにけり蓮の骨 大平敏子
病み臥して聞く枯蓮の折るる音 森 靖子
蓮の骨夕映えに影散らばれり 伊藤範子
蓮枯れて水面の空の細切れに 伊藤範子
枯蓮を焚く火走れり立田村 金原峰子
己が影水面に見つめ蓮枯るる 金田義子
放生池くの字に曲る蓮の骨 廣島幸子
風に鳴る音の乾けり枯蓮 河村恵光 *前書き 輪中村
暮れ行くや線描画めく枯蓮 櫻井勝子
吹き荒ぶ伊吹の風に蓮の骨 安藤一紀
冬萌
冬萌や日のうらうらと舟の底 山たけし
冬萌の土手に昼餉の郵便夫 山本法子
大栃の影を古墳に冬萌ゆる 神尾朴水
冬萌に影の綾なす葡萄棚 矢野孝子
夫を看に冬萌の道ひたすらに 金原峰子
木の葉、木の葉時雨、木の葉焼く、木の葉散る
城跡の木の葉時雨にたたずめり 青山美佐子
沼風に木の葉時雨や直哉の碑 岩上登代
木の葉舞ふ宿場はづれの高札場 高橋孝子
木の葉散る谷中の墓地の駐在所 橋本紀子
累代の城主の廟や木の葉散る 武藤光リ
伝導のコーラス隊や欅散る 武藤光リ
枯葉、枯葉鳴る
枯葉積み涸れたる井戸の底しれず 中山敏彦
枯葉舞ふ一葉旧居の狭き路地 横森今日子
枯葉踏む音の幽き日和かな 中津川幸江
横浜や枯葉を落とすプラタナス 武藤光リ
枯葉飛ぶ有楽町をハイヒール 武藤光リ
どの木にも日がさす枯葉散り尽し 櫻井幹郎
しづかさや枯葉も置かぬ芭蕉庵 山本玲子 *前書き 幻住庵
落葉、落葉焚、落葉山
音立てて踏む子規庵の柿落葉 栗田やすし
書斎より落葉尽くせし欅見ゆ 栗田やすし
鞍のごと反りたる桜落葉かな 河原地英武
子には子の軽き足音落葉道 河原地英武
落葉掃く音の静けし尼僧院 中根多子
落葉選る母子とぎれぬ会話かな 田畑 龍
踏み込めば宮の落葉に靴沈む 櫻井節子
桂落葉甘き香ほのと関所跡 桜井節子
休め窯裾に落葉の吹き溜る 伊藤貴美子
落葉道ふんはりと踏む登山靴 藤本いく子
はけに沿ふ小径に乾く柿落葉 藤本いく子
夕風に落葉急なる桶狭間 坪野洋子
父とゐるやうな匂ひや落葉焚 伊藤範子
朴落葉はりつく雨後の石畳 伊藤範子
園児らに銀杏落葉の降りやまず 池村明子
落葉してすずかけの実の揺れどほし 服部鏡子
欅落葉蹴つてシーソー園児たち さとうあきこ
朴落葉影むらさきに重なれり 山本光江
落葉分け松の実生や渡し跡 森 靖子
朴落葉大き音して重なりぬ 宇野美智子
落葉踏む女人高野の鎧坂 安藤幸子
佇めば落葉吹き寄る古戦場 長江克江
トンネルの奥の奥まで椎落葉 丹羽康碩
供養塔雑木落葉の吹きだまり 森垣昭一
むくろじの落葉踏みしむ翁道 河合義和
子の墓に貼り付く落葉手で拭ふ 大橋幹教
外湯への下駄のしめりや朴落葉 金原峰子
落葉降る村に一つの十字墓 花村すま子
唐松の落葉しぐれや不破の関 栗生晴夫
野火止の用水跡や落葉積む 武藤光リ
堆き銀杏落葉の明るさよ 武藤光リ
迎賓館前に落葉の吹き溜り 武藤光リ
朝の日に欅落葉の限もなや 武藤光リ
疎開せし幼き日あり朴落葉 武藤光リ
落葉焚母郷に疎開せし事も 武藤光リ
朴の葉の落つるを待てば落ちにけり 小長哲郎
幼き日よりのこの音落葉踏む 小長哲郎
椎落葉踏みゆく軽き音のこし 田畑 龍
幇間の碑の辺落葉の吹き溜まり 宇佐美こころ
平家谷くるぶしまでの朴落葉 佐藤とみお
校庭は陣屋の跡や朴落葉 山下善久
落葉舞ひ込めりゴリラの献花台 野島秀子
柿落葉散り込む耶蘇の隠し井戸 廣島幸子
吹き溜まる落葉蹴散らし下校の子 小原米子
吹き溜まる桜落葉や英霊碑 上杉和雄
柿落葉からからからと吹かれ飛ぶ 矢野愛乃
城跡へ踏むたび匂ふぬれ落葉 岸本典子
堂守のひねもす落葉掃きゐたり 伊藤克江
うづたかき山の落葉を一人踏む 武藤けい子
ふるさとに旅人として落葉踏む 国枝洋子
落葉蹴る子らの歓声われも蹴る 国枝洋子
プラタナス落葉がさりと姉小路 鈴木英子
ややこ撮るふはり落葉に沈ませて 森 靖子
銀行員ネクタイ締めて落葉掻く 栗山紘和
滑子、滑子汁
木漏日や大き滑子の揃ひ出る 高橋幸子
日溜りや峠の茶屋のなめこ汁 藤本いく子
麦の芽、麦芽
麦の芽やでで虫句碑に日の温み 磯田なつえ
麦の芽や日のうつりゆく輪中村 福田邦子
麦の芽の縞目正しく湖北村 福田邦子
麦の芽に雨柔らかき朝かな 坪野洋子
風筋に光散らして麦芽ぐむ 国枝洋子
麦の芽の丘国境に途切れたる 伊藤範子
甘蔗の花、花甘蔗
みはるかす白き炎の甘蔗の花 栗田やすし
花甘蔗の風に死霊のささやける 栗田やすし
海風やまだいとけなき甘蔗の花 栗田やすし
甘蔗の花うすむらさきに辺戸暮るる 上田博子
甘蔗しぐれ石敢当を片濡らす 山本悦子
花甘蔗の風鳴るばかり激戦地 武田稜子
砲弾の砕きし洞窟(らば)や甘蔗時雨 森垣昭一
激戦の大地に聞けり甘蔗の風 中藤溢子
甘蔗の花なびきて風の道となる 陳 宝来
甘蔗の風石敢当に来てまがる 栗田せつ子
糸数壕出てみな無口甘蔗の花 坂本操子 *糸数壕=アブチラガマと仮名あり
照り翳る激戦の地や甘蔗の花 松本恵子
花甘蔗に風のざわめく激戦地 国枝洋子
日のしづく穂先に止むる甘蔗の花 国枝洋子
甘蔗の花真青な空へほぐれけり 砂川紀子
甘蔗の花波打つ丘や夕日濃し 砂川紀子
甘蔗の花音無き風になびき居り 砂川紀子
花甘蔗の風に染糸干されをり 福田邦子
摩文仁路や日暮れて甘蔗の花白し 儀間千恵子
甘蔗倒し慣れぬ手付きの旅の人 平 千花子
甘蔗の束高く積まれて道阻む 平 千花子
葱、葱畑、根深汁、根深引く
二人居に慣れて夕餉の根深汁 吉田幸江
合掌家あふるる水に葱洗ふ 江本晴子
窯詰めを終へたる夜の根深汁 武田稜子
泥つきし葱一抱へ朝の市 中山ユキ
ボーナスに縁なきくらし根深汁 国枝隆生
白ねぎを薄暮に抜けば匂ひ立つ 鈴木英子
退院の父に作りし根深汁 松原和代
門灯をつけて葱抜く屋敷畑 市原美幸
漉き土間に朝採りの葱泥まみれ 栗田せつ子
葱提げて立読みしたり旅の本 井沢陽子
ご機嫌の妻のひと日や根深汁 大石ひさを
土寄せて土匂ひ立つ葱の畝 熊澤和代
葱一本駅舎に落ちし市の朝 武田明子
御油並木裏あをあをと葱畑 鈴木真理子
白葱の白の輝き皿に盛る 龍野初心
年金の暮らしに慣れて根深汁 田畑 龍
妻の留守温め直せる根深汁 丹羽康碩
神輿蔵前ひと畝の葱の青 伊藤範子
葱を引く媼に余呉の夕日濃し 山本光江
のんべゑの父でありしよ根深汁 千葉ゆう
根深汁静かに老いて味深し 丹羽一橋
言ひ過ぎしあとの沈黙葱刻む 伊藤範子
花束のやうに抱へり太き葱 久野和子
冬菜、小松菜
出そろへり妻が蒔きたる冬菜の芽 栗田やすし
黙認といふ基地内の冬菜畠 栗田やすし
密集す妻が蒔きたる冬菜の芽 栗田やすし
冬菜洗ふ姑娘そつと笑ひけり 武藤光リ
浜風や畝の崩れし冬菜畑 辻江けい
刑場の跡青々と冬菜生ふ 井上 梟
こきりこを聴きに横切る冬菜畑 二村美伽
鉄橋の下真青なる冬菜畑 中山ユキ
裸灯や京の市場の冬野菜 安藤虎杖
籾殻を畝間に厚く冬菜畑 石原進子
軒先に冬菜を売れり洋品店 市原美幸
吉良の寺裏に色濃き冬菜畑 井沢陽子
黒猫のよぎる牧師の冬菜畑 利行小波
下野や土黒ぐろと冬菜畑 平松公代
ふさふさと根の付く冬菜抜きにけり 中村たか
黒光る土を落して冬菜摘む 小原米子
ネット越し椋が啄む冬菜畑 藤田岳人
磴千段来て堂守の冬菜畑 矢野孝子
白菜
四つ割りの白菜山の日に並べ 中村たか
白菜を供へ明かるき飛鳥仏 沢田充子
大白菜ばさつと割りて縁に干す 青山美佐子
色褪せて白菜畑にころがれり 佐藤きぬ
白菜の四ツ割干せる陣地跡 二村満里子
白菜の尻つややかに積まれあり 下里美恵子
蕪、かぶらな、干蕪、酢茎、蕪汁
上賀茂やどの路地からも酢茎の香 武田稜子
蕪洗ふ婆の唄ひししげき節 小石峰通子
寺町に路地多かりき酢茎売 舩橋 良
大根、大根畑、大根売
二畝の大根育て硯彫る 栗田せつ子
道問ふて婆より貰ふ丸大根 小蜥テ民子
景品の葉付大根に長き列 小蜥テ民子
幼子の掛け声ばかり大根引く 市川克代
弁柄に置屋の名残大根売る 森 靖子
農学生泥大根を持ち帰る 太田滋子
だぶだぶの長靴をはき大根引く 川口敏子
目が合ひて狸逸れゆく大根畑 清水弓月
泥大根提げて観音参りかな 上田博子
山窪の婆が畑や痩大根 武藤光リ
収獲す葉ばかり派手な吾が大根 武藤光リ
背伸びするやうに首出す大根かな 小原米子
大根引軍手を叩き土落とす 新井酔雪
出刃研ぎて練馬大根試し斬り 佐藤とみお
人参
人参を分け合ふカフェの卓上に 河原地英武
刃の触れて太き人参はじけたり 河合義和
木守、木守柿、木守柚
百舌の来てたちまち失せし木守柿 高橋幸子
大鉈で薪を割りたり木守柿 松原和嗣
木守柿夕星一つ山の端に 中山ユキ
秘佛見し目に高々と木守柿 井沢陽子
甲斐駒の見ゆる盆地や木守柿 武藤光リ
ひとり居ることに慣れゐて木守柿 山 たけし
三山の二つが見えて木守柿 磯田なつえ
人語なき庭に添水と木守柿 山口耕太郎
武家門の大閂や木守柿 山下善久
蜜柑、密柑山、蜜柑舟
生垣の蜜柑の熟るる紀伊の国 則竹鉄男
潮騒や夕日まみれの密柑山 江口ひろし
日暮れまで草焼く煙みかん山 白鳥光江
蜜柑選る梁に電球付け足して 伊藤範子
石組の高き輪中のみかん小屋 澤田正子
蜜柑剥く悪魔のやうな爪立てて 小長哲郎
きり出せしあとの沈黙みかん剥く 梅田 葵
人の名の思ひ起せず蜜柑むく 上杉和雄
鉄鉢へ蜜柑布施する朝市女 野島秀子
蜜柑剥く母も母郷もすでに無し 武藤光リ
みかん切る音に背山の暮れ残る 牧野一古
蜜柑山瀬戸の夕波金色に 岡田佳子
朱欒、文旦、文旦漬
とろとろと朱欒を煮つむ夕厨 角田勝代
山頭火愛でし肥後の湯朱欒浮く 市原美幸
大朱欒旅の初めに買ひにけり 長崎真由美
冬苺、寒苺
冬苺一粒づつに日のぬくみ 牧 啓子
いつまでも白き便箋冬苺 渡辺慢房
シャンパンに沈めて赫き冬苺 高柳杜士
枯菊、冬菊、寒菊
くくられて冬菊の香の衰ふる 栗田やすし
傾城の墓へ冬菊あふれさす 角田勝代
冬菊の日を溜めゐたる白さかな 梅田 葵
枯菊を焚いて父の忌過ごしをり 下里美恵子
冬菊のひかりを供花に束ねけり 櫻井節子
亡き母の古着解きゐる霜夜かな 鈴木真理子
枯菊を焚きて匂ひの深かりし 菊山静枝
一張羅の着物着て逝く冬の菊 山 たけし
枯菊を焚く無住寺に人集ひ 森 靖子
冬菊や納屋に鵜籠と薪積まる 坂本操子
枯菊のつよき香放ち折られけり 近藤文子
冬桜、寒桜
久遠寺の庭にかそけき冬桜 栗田やすし
残花なほ小原の里の冬さくら 栗田やすし
冬桜一閑張の盆の艶 安藤幸子
冬桜咲きて天守の影やさし 金田義子
久女居にあはあはと散る冬桜 加藤元道
戦闘機低く飛ぶ町冬桜 国枝隆生
冬桜淡々として影持たず 上田博子
咲き初めし熱海桜や朝の雨 鈴木澄枝
木洩れ日に楚々と咲きたる冬桜 中山敏彦
山林に一樹明るき冬桜 中山敏彦
一山を薄桃色に冬桜 河井久子
紅濃ゆき緋寒桜や瞽女の墓 夏目悦江 *ごぜのごは鼓の下は目
嫋やかな吉祥天画冬桜 小原米子
人住まぬ庭に咲き満つ冬桜 中山敏彦
秩父路の札所巡りや冬ざくら 花村すま子
寒桜をちこちに咲く官幣社 巽 恵津子
冬桜へぼ飯の早や売り切れし 田畑 龍
咲き始めとも終りとも寒桜 小長哲郎
読経果て静もる寺や冬桜 牧 啓子
淡々と山より昏るる寒桜 利行小波
しづもれる湖東三山冬ざくら 栗生晴夫
なで肩の夢二の女冬桜 鈴木みすず
冬さくら突と喃語を話す嬰 武藤光リ
振り向けば手を振る母や冬桜 橋本ジュン
紅葉散る、散紅葉
城址に兵の寄せ墓もみぢ散る 宇野美智子
散紅葉オープンカフェに眺めをり 福井喜久江
国宝の茶室明るし敷紅葉 伊藤克江
高札は耶蘇の禁制散紅葉 武藤光リ
冬紅葉
地に触るるばかりや御所の冬紅葉 河原地英武
冬紅葉木洩れ日受くるマリア像 鈴木みすず
冬紅葉屋根にふりつむ休め窯 鈴木みすず
冬もみぢ紅を極めて散りにけり 坂本酒呑狸
武家門の白壁に映ゆ冬紅葉 幸村富江
冬紅葉沢の暗みに散り止まず 菊池佳子
閉門の太きかんぬき冬紅葉 矢崎富子
固閉ざす蓮如の寺や冬紅葉 小島千鶴
炊出しに並びし人や冬紅葉 武藤光リ
日蓮の法難の地や冬もみぢ 武藤光リ
禅堂の煤けし竈冬紅葉 中村あきら
昨夜の雨湛へ輝く冬紅葉 武藤けい子
水しぶく合掌の里冬もみぢ 中道 寛
ポインセチア、猩々木
大きめのポインセチアを子と選ぶ 太田滋子
万両
棕櫚縄の朽ちし籬や実万両 佐藤とみお
屋根神に傾ぐ万両艶めけり 橋本紀子
万両の一粒づつに雨の粒 関根近子
万両と日を分け合へり巴塚 奥山比呂美
千両
実千両身の丈を越す鰹塚 松本恵子
梁に吊る嫁入り駕籠や実千両 松本恵子
神鶏の長き尾を曳く実千両 小田二三枝
実千両ほめて一鉢もらひ受く 田中さくら
墓浄め庭の千両供花に添へ 山鹿綾子
実千両横木の太き冠木門 丸山節子
吉良の首洗ひし井戸や実千両 奥山ひろ子
山里の日暮は早し実千両 渡邉久美子
千両や馬頭観音紅ほのか 市江律子
廟所への磴を狭むる実千両 熊澤和代
藪柑子
藪柑子小壺に挿せり藍染屋 中村たか
住み古りて増ゆるにまかす藪柑子 清水弓月
寄せ植ゑに母の好みし藪柑子 伊藤克江
茶の花
茶の花のほのと香れる宇治の寺 松平恭代
夕闇の迫りて白しお茶の花 中山ユキ
茶の花や旗屋に墨の匂ひ立つ 服部鏡子
茶の花が咲けり芭蕉の故郷塚 小島千鶴
茶の花のほつほつ咲いて事無き日 下里美恵子
茶の花や絵馬剥落の舞楽殿 近藤文子
茶の花の咲きつぐ垣や尼の寺 廣島幸子
茶の花や淡き朱唇の観世音 大島知津
八手の花
婆ひとり残る喪の家八ツ手花 山 たけし
子に負けてばかりのゲーム花八ツ手 阪元ミツ子
白極む室生の里の花やつで 鈴木英子
花八手活く煤色の野焼壺 玉井美智子
花八ツ手庫裡立て替への杭を打つ 神尾朴水
あと幾度訪ふ故郷や花八ツ手 小長哲郎
花八手引出し浅き楽譜入れ 松本恵子
猫出入り自在の地窓花八手 伊藤範子
上げ舟の櫂の細さや花八ツ手 加藤ノブ子
花八つ手明神下に平次の碑 日野圭子
爪立ちて玻璃拭く巫女や花やつで 小田二三枝
白壁の剥げし味噌蔵花八ツ手 関根近子
町並に残る火の見や花八手 池村明子
花八手空家の庭に猫の皿 三井あきを
龍の玉、はずみ玉、蛇の髭の実
逝きし師の庭にあまたの龍の玉 小島千鶴
適塾の狭庭ひとむら龍の玉 巽 恵津子
吉良邸に首洗ひ井戸龍の玉 武藤光リ
幻住庵跡にころがる竜の玉 下里美恵子
洛北の日差しとどむる竜の玉 国枝洋子
子規の句碑裾に色濃き龍の玉 市原美幸
青木の実
旧道にかみゆひ床や青木の実 新川晴美
四間道の路地の静けさ青木の実 日野圭子
青木の実軒端の深き木曽の宿 田嶋紅白
山茶花
山茶花や書庫に使はぬ置時計 栗田やすし
山茶花や縁切状の女文字 矢野孝子
散り敷きてなほ山茶花の花盛り 熊澤和代
山茶花のこぼれし庭に陶の屑 神谷洋子
山茶花の蕾ふくらむ今朝の庭 大平敏子
白山茶花お百度石に薄日差す 菊山静枝
山茶花の冷たさに触れ父を恋ふ 倉田信子
夕茜庭の山茶花白散らす 中山ユキ
山茶花の白こぼれつぐ瑠璃光寺 福田邦子
湯けむりに濡れて山茶花艶めけり 前田昌子
さざんかの散り初む日和開戦日 河合義和
山茶花の散りつぐ夕べ鳩葬る 上杉美保子
葬の庭白山茶花に佇ちつくす 田畑 龍
山茶花のうすくれなゐや久女句碑 金田義子
白山茶花かくれ信徒の水汲場 澤田正子
枇杷の花、花枇杷
一葉の柔き筆あと枇杷の花 武藤光晴
風筋に甘き香りや枇杷の花 小原米子
明治より続く醫院や枇杷の花 中根多子
寺屋根に緑青浮けり枇杷の花 清水弓月
花枇杷の枝が張り出す休め畑 北村美津子
枇杷の花荷役揃ひて体操す 野島秀子
寄木屋の木屑の匂ひ枇杷の花 国枝洋子
枇杷の花久女の里の昏れはやし 栗田せつ子
竜神の小さき祠枇杷の花 山下 護
火袋に隠し十字や枇杷の花 廣島幸子
ふるさとの路地に迷へり枇杷の花 矢野孝子
枇杷の花満ちてかすかに日の匂ひ 矢野孝子
車なき島の暮らしや枇杷の花 斉藤陽子
咲き満つと言へど淋しき枇杷の花 小長哲郎
枇杷咲くや松陰引かれゆきし道 富田範保
枇杷の花老いを諾ふ日暮かな 金田義子
石蕗の花
徳川の蔵書の匂ひ石蕗の花 栗田せつ子
ビルに立つ湯屋の煙突石蕗の花 中村たか
石蕗の花絮となりをり水鶏塚 中川幸子
潮目濃き岬日和や石蕗の花 坪野洋子
揺り蚊の日筋に浮かぶ石蕗日和 坪野洋子
石垣の高き屋敷や石蕗の花 花村すま子
首傾ぐ地蔵の笑顔石蕗の花 新井酔雪
尼寺の飯噴く匂ひ石蕗の花 中川幸子
墓一つ残す故郷石蕗の花 吉田嘉三郎
小ぶりなる山頭火句碑石蕗の花 日野圭子
石蕗日和窯小屋で聴くジャムセッション 矢野孝子
分校は介護施設に石蕗の花 田畑 龍
花石蕗や日にあたたまる父母の墓 鈴木真理子
石蕗の花涙はふつとこぼるもの 安藤幸子
一人居のくらし三年や石蕗咲けり 竹中和子
石少し濡らして晴るる石蕗の雨 中山ユキ
将棋さす老いの溜まり場石蕗日和 上杉美保子
石蕗咲いてぬくき日差しの二三日 下里美恵子
海に向く砲台跡や石蕗の花 山本悦子
井戸の水浴び来る鳥や石蕗明り 武藤光リ
柊の花、ひひらぎの花
ひひらぎの香れる朝子は母に 若山智子
風凪ぎて柊の香の漂へり 加藤雅子
花柊匂ふ夕や雨兆す 白鳥光枝
柊の花一枝挿し第九聴く 谷口千賀子
花柊術後の息をそつと吸ふ 金原峰子
花柊ポンプに注ぐ誘ひ水 武藤光リ
柊の香や青空のまま暮るる 中村たか
葉牡丹
葉牡丹を植ゑし木箱や佃路地 武藤光リ
日溜りの赤き葉牡丹艶増せり 武藤光リ
葉牡丹のはや茎立ちす陶の町 牧 啓子
葉牡丹の茎立ち母の忌が近し 熊澤和代
葉牡丹の渦の紅白花時計 熊澤和代
葉牡丹の芯に朝露ひかりをり 関根近子
水仙
路地奥に生地干す棚や水仙花 中野一灯
潮騒の届く病室野水仙 山本法子
荒海へ水仙の花なだれ咲く 大平敏子
灯台へ急坂道や野水仙 山口茂代
割れ深き阿国の墓や野水仙 井上 梟
水仙に日時計の影届きけり 渡辺慢房
野水仙波めくれつつ押し寄する 市川正一郎
水仙や空家となりし友の家 榊原千景
水仙の白きはだてり庭の隅 伊藤貴美子
崖を背に遠流の墓や野水仙 小木曽フジヱ
木曽川の風の荒さよ野水仙 児玉美奈子
喪の足袋を吊り干す雫水仙花 上杉美保子
水仙や鎮もる耶蘇の墓どころ 夏目悦江
風荒ぶ三国の崖の野水仙 丹羽一橋
朝摘みの水仙匂ふ仏間かな 林 尉江
福禄寿の寺に伸びきる野水仙 武藤光リ
アロエの花、花アロエ
アロエ咲く軒に滴る干し磯着 野島秀子
トボロチの花
トボロチの花の盛りや基地の村 坂本操子
早梅、冬の梅、梅早し
仁王門まで早梅の影伸ぶる 足立サキ子
早梅の枝触れ合へる切通し 関根近子
風に鳴る巫女の冠梅早し 大嶋福代
寒梅
寒梅の影が揺れをり野点傘 八尋樹炎
ほつほつと寒梅ひらく千鳥塚 奥山ひろみ
梵鐘に遊女の銘や寒紅梅 森 靖子
寒梅や燭の瞬く阿弥陀堂 武藤光リ
冬蔦
冬蔦のからむ欅や遊女の碑 石原筑波
侘助
侘助や表札いまも夫の名 梅田 葵
侘助や雪見障子の音軋む 大嶋福代
侘助や葵の紋の釘隠し 菊池佳子
侘助やひび割れ深き楽茶碗 足立サキ子
侘助や寺に絵工の墓一基 澤田正子
侘助の落ち重なれり休め窯 豊田紀久子
侘助の落ちてはなやぐ苔の上 渡辺かずゑ
寒椿、冬椿
教へ子の訃音はらりと冬椿 栗田やすし
大杉の影に散り敷く寒椿 牧田 章
幹太し祖父が手植ゑの寒椿 蔭山玲子
寒椿涙の夫を見てしまふ 山口茂代
児が拾ふ落ちしばかりの寒椿 丹羽康碩
介護誌の永久の余白や寒椿 鈴木真理子
床の間に賽の河原絵ふゆつばき 岡田佳子
寒椿棺の父に背広掛く 関根切子
探梅、梅探る
梅探る豆腐一丁買ひに出て 都合ナルミ
団子屋の大きな窓や梅探る 藤田岳人
探梅の声のしてゐる川伝ひ 中川幸子
梅探る明るき空を見上げては 中川幸子
寛永寺までの坂道梅探ぐる 福田邦子
探梅や子猿飛び出す峡の晴 岩崎喜子
海光の届く一山梅探る 武藤光リ
寒木瓜
磯着干す路地に寒木瓜咲き初むる 野島秀子
寒木瓜や戦語らず父逝けり 鈴木美登利
寒牡丹
もの焚けば綾子師のこと寒牡丹 栗田やすし
被せ藁の頭に雪残る寒牡丹 荻野文子
藁内に漲る気息寒牡丹 下里美恵子
花びらに風のさざ波寒牡丹 梅田 葵
逃げ易き窯場の日差し寒牡丹 八尋樹炎
冬牡丹散りしく土の匂ひたり 倉田信子
寒牡丹息するやうに揺れてをり 小島千鶴
日にほぐれ風にほぐれて冬牡丹 福田邦子
冬菫、感菫
教会の庭に屈めば冬すみれ 栗田やすし
鷹匠の墓に一輪冬すみれ 奥山ひろみ
やすし句碑裾に二輪の冬すみれ 奥山ひろみ
燭揺るるガラシャの墓や冬すみれ 松原 香
赤土の崖すそ冬のすみれ咲く 金田義子
唐行(からゆ)きさん送りし港冬すみれ 金田義子
病院へ長きスロープ冬菫 小原米子
冬すみれ潮騒の音吹き上ぐる 服部鏡子
冬すみれ咲く王陵の珊瑚垣 倉田信子
アスファルト割つて一列冬すみれ 千葉ゆう
城郭の日当たるところ冬すみれ 武藤光リ
小流れを渡る近道冬すみれ 国枝洋子
冬蕨、冬の花蕨、寒蕨
抽んでて一本立ちの花蕨 栗田やすし
ペン先で飛ばす胞子や冬わらび 井沢陽子
屈み見る芭蕉の道の冬わらび 国枝洋子
冬蒲公英
冬薔薇
冬薔薇の翳りに淡き空のいろ 河原地英武
保育器の嬰が微笑めり冬薔薇 横井美音
問診の女医は教へ子冬薔薇 櫻井幹郎
日時計の影の薄さや冬の薔薇 渡辺慢房
下町や都電の柵に冬の薔薇 武藤光リ
寒の薔薇一輪挿しに開ききる 中山敏彦
農学部冬薔薇束で売られをり 太田滋子
尼寺にひそと一輪冬薔薇 石川紀子
冬の薔薇紅し原爆ドームの前 井沢陽子
臘梅、唐梅
思惟佛に逢ふ臘梅の香を抜けて 金田義子
接写する臘梅強く香りけり 石原進子
臘梅の日差し明るき紙干場 武田稜子
臘梅に雨の滴の膨らめり 中藤溢子
臘梅の咲き満つ空の青さかな 加藤元通
臘梅を挿して床屋の大鏡 中村修一郎
らう梅や陽の金色を吸ひつくす 谷口千賀子
らふ梅の花びら透ける空の色 吉岡やす子 *らふ→らう ?
臘梅の透けて明かるき古窯跡 長谷川しげ子
臘梅や寺の客間に武者隠し 山下智子
磨かれし東司に香る臘梅花 坪野洋子
武家門の脇に臘梅錆び尽す 中根多子
臘梅に夕日しづかにありにけり 中川幸子
残る虫、冬の虫、虫絶ゆる
摺り減りし草屋の敷居残る虫 神尾朴水
残る虫下城の坂の三和土踏む 神尾朴水
寝そべつて牛が尾で追ふ冬の蠅 加藤ノブ子
姥捨の句碑を離れず冬の蠅 奥山ひろみ
美人画の眉を離れぬ冬の蠅 足立サキ子
練り上げし陶土を這へり冬の蠅 山本光江
掃き寄せて芥に混じる冬の虫 山本光江
残る虫倶利伽藍谷の深きより 谷口千賀子
漆黒のへつつひを這ふ冬の蜘蛛 河村恵光
夫の骨納めし夜や残る虫 安藤幸子
ガンジーの像に動かず冬の蝿 関根切子
弥勒寺の政庁跡や残る虫 山下智子
残る虫鳴くや義仲挙兵の地 長江克江
いく度もとび立つ構へ冬の虫 中村たか
日溜りに猫の視線や冬の蠅 関根切子
看板の点の動けり冬の蠅 武田明子
冬の虫鉄砲狭間の崩れより 熊澤和代
湯気著き湯殿の窓に冬の虫 武藤光リ
忙しなく猫が愛で追ふ冬の蠅 中道 寛
冬の蝶、凍蝶、蝶凍つる、越年蝶
越冬の蝶の乱舞や御嶽口 栗田やすし
地ならしの馬場にゆらりと冬の蝶 加藤裕子
冬の蝶日向の石に翅広ぐ 生田 愛
六道の辻に冬蝶見失ふ 横井美音
冬の蝶御穂田へ来て果てにけり 中根多子
地下壕を出れば真白き冬の蝶 斎藤真人
窯の屋根越ゆ瑠璃色の冬の蝶 山本光江
紙切れのごとき籬の冬の蝶 清水弓月
影の無き大日時計や冬の蝶 渡辺慢房
日向へと舞ふ力あり冬の蝶 小原米子
冬蝶の今生を舞ふ日向かな 加藤ゆうや
冬の蜂、凍蜂
冬蜂の影あはあはと石の上 栗田やすし
乃木邸の厩(まや)の壁這ふ冬の蜂 栗田やすし
冬蜂の息づく気配なかりけり 栗田やすし
磐座の窪みに冬の蜂ひそむ 河原地英武
萱葺の庇にすがる冬の蜂 関根近子
冬蜂の終の住処や投句箱 小長哲郎
御穂田へ冬の蜜蜂水飲みに 服部萬代
冬の蜂木工館の畳這ふ 井沢陽子
屋根剥がす茅よりこぼる冬の蜂 野島秀子
冬蜂の風に転がる土管坂 都合ナルミ
荒壁の日に躙り寄る冬の蜂 川端俊雄
冬の蜘蛛
冬の蜘蛛潜む仁王の大わらぢ 関根近子
本陣の厠に冬の蜘蛛縮む 河原地英武
狛犬の口より垂るる冬の蜘蛛 山本法子
野地蔵へ糸を渡せり冬の蜘蛛 音頭恵子
枯蟷螂、蟷螂枯る
つまみあぐ枯蟷螂のみどりの目 武山愛子
荒壁に夕日浴びゐる枯蟷螂 掛布光子
枯蟷螂ふるれば斧をふり上ぐる 垣内玲子
枯蟷螂俳聖殿に斧かざす 林 尉江
枯れてゆく蟷螂すがる指の先 栗田せつ子
暮れてなほ窓を離れぬ枯蟷螂 平松公代
蟷螂の枯れて日向に仁王立ち 伊藤旅遊
人の顔して蟷螂の枯れゐたり 下里美恵子
枯れ蟷螂戸口の風に揺れてをり 藤田岳人
雪蛍、綿蟲、雪虫、雪婆、大綿
雪蛍人に寄りくる子規の庭 栗田やすし
綿虫や外人墓地は鉄扉閉づ 栗田やすし
綿虫や母なき里の渡し舟 栗田やすし
雪婆(ゆきばんば)掬ひそこねしたなごころ 栗田やすし
捕へんとすれば高みへ雪蛍 河原地英武
跳ね上がるやうに現れ雪蛍 河原地英武
止まりたるところまだ見ず雪蛍 河原地英武
独房の鉄柵窓へ雪蛍 武藤光リ
雪ばんば旅人覗く高札場 武藤光リ
綿蟲や地震に潰えし異人館 武藤光リ
雪虫や目鼻潰えし道祖神 武藤光リ
犀星の遊びし杜や雪ぼたる 二村美伽
逃げ易き峡の日差や雪蛍 二村美伽
綿虫や権現様の産湯井戸 江口ひろし
山窪の兵の墓より雪蛍 山本悦子
雪蛍舞ひをり友の手術の日 鈴木みすず
掬ひたる綿虫の綿ほの青し 櫻井節子
綿虫や妻籠の宿の軒あかり 熱海より子
綿虫や木曽路の暮色踏み急ぐ 中野一灯
わが指へ綾子句碑より雪蛍 栗田せつ子
綿虫の手より逃れて母在らず 国枝隆生
上げ舟の軒に漂ふ雪螢 国枝髏カ
忠霊碑裏より現るる雪蛍 中川幸子
大綿やガス燈ともる坂の町 国枝洋子
窯焚きの炎の渦や雪ばんば 国枝洋子
日に透かし手の綿虫を飛ばしけり 川島和子
特攻の碑へあをあをと雪蛍 山本光江
綿虫の籠大仏の膝に舞ふ 石崎宗敏
身じろがぬ牛の鼻先雪螢 小田二三枝
雪ぼたる母の短き葬の列 鈴木英子
掬はむとすれば遠のき雪螢 伊藤範子
跳蟲、雪蚤、雪虫
雪虫がまつはる誓子多佳子句碑 栗田やすし
冬の鵙、寒の鵙、冬鵙
冬鵙の声を聴きゐてパン焦がす 栗田せつ子
句碑の上の枝に胸張る冬の鵙 櫻井勝子
水鳥、浮寝鳥、鴨
水鳥が宙で捕へしパンの耳 河原地英武
水つつきつつ水鳥の進みけり 河原地英武
尻向けて水鳥のみな無防備に 栗田やすし
園丁の小舟に騒ぐ鴨の陣 武藤光リ
いつときの鴨の騒ぎや夕川面 武藤光リ
八橋の乾く白木や鴨渡る 武藤光リ
鉄橋の影が前線鴨の陣 武藤光リ
馬手弓手鴨の陣張る県境 武藤光リ *江戸川
賀茂川の夕日かきまぜ鴨遊ぶ 武田稜子
佇めば寄り来る鴨にパンの屑 山鹿綾子
嶺映す水面乱せり鴨の陣 藤田岳人
鴨の陣源平池のかがやきに 鈴木真理子
荒波にしやくられづめの浮寝鳥 矢野孝子
はばたいて浮寝鳥とはまだなれず 鈴木みや子
夕鴨の水脈を連ねて遠ざかる 小長哲郎
鴨の水尾湖中句碑まで及びけり 若山智子
鴨撃ちの舟草陰に潜みたる 森田とみ
百の鴨翔たせて湖の乱反射 熊澤和代
鴨睦む玉のしぶきを日に散らし 上村龍子
行く雲の影と流るゝ浮寝鳥 梅田 葵
浮寝鳥コンビナートの灯と揺るる 橋本 淳
早暁の水面を揺らす鴨の群 武藤けい子
鴨の陣ひとつが抜けて崩れける 丹注N碩
夕映の川面に揺れて浮寝鳥 中川幸子
白鳥、スワン
大白鳥飛ぶ漆黒の脚揃へ 栗田やすし
大白鳥水面切り裂き着水す 栗田やすし
漆黒の白鳥の足たくましき 栗田やすし
傷つきし夜の白鳥は声建てず 栗田やすし
朝日浴び白鳥の群れくれなゐに 栗田やすし
逆立ちて白鳥池の底濁す 丹羽康碩
白鳥を呼べりバケツの尻たたき 栗田せつ子
白鳥の和毛片寄る水田べり 山下智子
日が差せば白鳥首を伸ばしたり 中根多子
常念岳に真向ひ白鳥羽搏けり 中根多子
白鳥の黒き葦だし着水す 丸山貴美子
大白鳥瓢湖の闇を鳴き合へり 上村龍子
ももいろの嘴の雫や子白鳥 近藤文子
千里来し白鳥の群昼眠る 平松公代
水漬く田に来し白鳥の胸に泥 平松公代
鷹、鷹渡る、長元坊
風荒ぶ辺戸の岬にはぐれ鷹 栗田やすし
はぐれ鷹舞ふ鈍色の辺戸の空 栗田やすし
金印の島の真上を鷹渡る 栗田やすし
落鷹や赤木の裾に神の井戸 栗田やすし
基地の上声なく舞へりはぐれ鷹 栗田やすし
鷹柱岬の空を押し上ぐる 澤田正子
シーサーの朱を深めたり鷹の尿雨(しと) 豊田紀久子
鷹一羽ニライカナイの海へ翔つ 平松公代
ひめゆりの壕の上舞ふはぐれ鷹 平松公代
キリシタン処刑の島へ鷹一羽 平松公代
鷹渡る元寇の船沈む海 平松公代
長元坊干潟の杭に動かざる 熊澤和代
鷹柱ほぐれて渡り始まれり 武山愛子
燈台の真上に崩る鷹柱 下里美恵子
鷹渡る地球つつみて空ひとつ 櫻井幹郎
はぐれ鷹声をこぼせり芭蕉林 倉田信子
伊良湖岬雲にとけゆく鷹柱 澤田正子
暁光に羽裏かがやき鷹渡る 若山智子
はぐれ鷹摩文仁の風に抗へり 若山智子
鷹柱ほぐれて空の深まれり 国枝洋子
はぐれ鷹自決の岬越えて飛ぶ 国枝洋子
近々と神島の見え鷹渡る 上田則子
はぐれ鷹辺戸の怒濤の上を舞ふ 矢野孝子
文字うすき石敢當や鷹曇 砂川紀子
飛び立てる鷹のゆくへを見失ふ 小田二三枝
くつきりと水平線や鷹渡る 岸本典子
鷹渡るきざしや午後の雲流れ 栗田せつ子
大白鳥夕日を羽にたたみけり 中川幸子
岩尖る自決岬や鷹舞へり 玉井美智子
はぐれ鷹舞ふや自決の崖の上 久野和子
寒禽、冬の鳥、かじけ鳥、凍鳥
寒禽や百万石の屋敷跡 武藤光晴
練兵場跡に鳴き合ふ冬の鳥 武藤光リ *神宮外苑
芭蕉布の里寒禽の声の中 砂川紀子
寒禽の影ちらつくや榧大樹 磯田なつえ
寒禽の一声尖る雑木山 横山今日子
寒禽の声の響けり雑木山 今泉久子
冬鳥を翔たせて滑る手漕ぎ舟 丹注N碩
寒禽の掠むる吉良家断絶図 林 尉江
笹鳴、笹子、藪鶯
父眠る軍人墓地や笹子啼く 栗田やすし
笹鳴や夕日明りの雑木山 伊藤旅遊
息かけて拭く窓硝子笹子鳴く 清水弓月
笹鳴や句碑に夕日の移り来し 国枝洋子
笹鳴きや御堂の裏の茂みより 松平恭代
供華絶えし遊女の墓や笹子鳴く 関根近子
笹鳴や夕日射し込む藪の奥 磯田なつえ
奥つ城に参る小径や笹子鳴く 青木治子
生垣に笹子来てゐる杓子庵 矢野愛乃
奥宮へ七百余段笹子鳴く 矢野孝子
笹子鳴く長明遺愛の経机 山本悦子
石香炉のみの拝所笹子鳴く 武田稜子
鳴き移る唐津窯場の夕笹子 八尋樹炎
尼寺のかんぬき太し夕笹子 中川幸子
笹鳴やみどり増したる句碑の苔 梅田 葵
笹鳴や妹と出合す母の墓 舩橋 良
島畠の小さき竹林笹子鳴く 山下善久
畑隅に捨て大根や笹子鳴く 武藤光リ
笹鳴やパソコン部屋に薄日差 武藤光リ
笹鳴や夕影ながき寿老人 武藤光リ
笹鳴きや妻の小言を聞き流す 武藤光リ
笹鳴や家並見下ろす観世音 奥山比呂美
寒雀
青銅の屋根に弾めり寒雀 菊池佳子
だしぬけに竹叢揺らす寒雀 三井あきを
牛小屋の梁よりこぼる寒雀 山本光江
寒雀弾む牛舎の深庇 中村修一郎
ミシン踏む窓をかすめて寒雀 中山ユキ
雨樋に弾みてゐたり寒雀 榊原昌子
寒雀雨にたむろす橋の下 石原進子
寒雀群れて木の葉の舞ふごとし 関根近子
酒蔵の軒をこぼるゝ寒雀 下里美恵子
群れてとぶ一茶の寺の寒雀 上村龍子
船番所趾に弾めり寒雀 関根切子
寒雀被爆瓦に遊びをり 市江律子
中村座跡日溜りに寒雀 佐藤とみお
落柿舎の低き籬や寒雀 河村惠光
寒雀群れ来てさわぐ弁士塚 栗田せつ子
寒鴉、冬鴉
巖蔭は風葬の地よ冬鴉 栗田やすし
土塊の蔭に蓮田の寒鴉 内田陽子
陶屑を足げにとべり寒鴉 神谷洋子
風あればたちまち騒ぐ寒鴉 久野和子
吾が動き見下ろしてゐる寒鴉 小長哲郎
鐘失せし火の見櫓に寒鴉 畑ときお
寒鴉あまりに鳴きし夜更けかな 山田栄子
冬鴉啼く城山の登山口 牧 啓子
雲厚き雑木林に寒鴉 武藤光リ
月蝕の杜に一声冬鴉 武藤光リ
冬鴉一声こぼす子規の墓 鈴木真理子
寒鴉鬼瓦より急降下 高橋幸子
寒鴉池の夕日を啄めり 菊池佳子
山頭火句碑に影おく寒鴉 八尋樹炎
瓦より瓦へ雨の寒鴉 山本玲子
東雲や湧くが如くに寒鴉 玉井美智子
嗤ふごと頭上に鳴けり寒鴉 小蜥テ民子
田の泥を突くばかりや寒鴉 松平恭代
冬燕、越冬燕、通し燕
冬つばめ珊瑚の海を低くとぶ 角田勝代
鷦鷯、三十三才、みそさざい
石屋根の苔むす産井三十三才 神尾朴水
梟、梟淋し
純白のふくろふに貌浮びたる 河原地英武
木菟、木菟(ずく)、五郎助
鶴、凍鶴
餌撒いて鶴守鶴に近寄らず 篠田法子
湿原の暮色に丹頂啼き合へり 長江克江
丹頂の声まつすぐに天を衝く 高柳杜士
鳰、にお、一丁潜り、かいつむり
鳰の影薄暮にまぎれ潜りたる 飯田蝶子
にほどりの鳴くたび湖面暮れゆけり 坪野洋子
浮かみては声張る余呉のかいつぶり 井沢陽子
鳰二つ寄りて伊吹の影乱す 清水弓月
浮きてすぐ潜れり雨のかいつぶり 久野和子
雪やんで湖心に鳰のあつまりぬ 豊田紀久子
かいつぶり空の青さに潜りけり 利行小波
鳴くたびに水面暮れゆくかいつぶり 利行小波
城囲む碧き流れや鳰の声 利行小波
鴛鴦、番鴛鴦、おし
群青の淵に漂ふ鴛鴦の群 笹邉基子
冬鴎、都鳥、百合鴎
羽ばたきは白波となり百合鴎 河原地英武 *鴎は旧字体
冬鴎声の散らばる風の浜 内田陽子
百合鴎堅田の湖の日溜りに 伊藤克江
開かざる勝鬨橋や都鳥 菊池佳子
冬かもめゆつくり刻の過ぐる島 服部鏡子
東郷の立ちし艦橋冬かもめ
武藤光リ
深川に多き小祠や都鳥 伊藤旅遊
千鳥、磯千鳥、浦千鳥、夕千鳥
塩田に千鳥歩きし跡ばかり 武藤光リ
寒鯉
寒鯉のつひに姿を見せざりき 小柳津民子
鰰、かみなり魚
鰰を軒に吊り売るなんでも屋 金田義子
鱈、たらこ、鱈汁
ふるさとの鱈の白子の甘きこと 中川幸子
秤竿撥ねて大鱈買ひにけり 山 たけし
鱈汁や父子の話す間の切れて 山 たけし
鱈汁や海鳴り哮る浦に泊つ 中野一灯
鮭、荒巻、塩鮭、塩引、乾鮭(からさけ)
鮭干して風が足らぬと呟けり 森 靖子
新巻の荒縄に貼る予約札 近藤文子
新巻の怒濤を生きし面構へ 石原筑波
塩鮭の顎突きだして乾びけり 伊藤旅遊
鮭遡上真金ひかりの背のうねり 山下智子
水しぶき激し遡上の鮭の群 金田義子
河豚、てっちり、河豚提灯
虎河豚の前歯折らるるとき鳴けり 森 靖子
高山の辛き地酒やふぐと汁 二村美伽
座敷より海峡望み河豚尽し 宇田鈴江
灯の映る川きらめけりふぐ料理 石原進子
延縄の針に鯵刺す河豚漁師 金田義子
河豚食ふて関門橋の灯し待つ 金田義子
鰭酒に淡き火ともす誕生日 中山敏彦
安乗河豚箱に泳ぎて糶られけり 長江克江
ふぐさしの透けし伊万里の海の色 金原峰子
箱の河豚みな膨らみて糶られけり 山本悦子
鮪、葱鮪鍋、鉄火巻、山かけ
大鮪洗ふ口よりホース挿し 山本光江
魚店(だな)に鮪の凍てし大目玉 山下善久
大鮪手鉤で曳けり優男 中野一灯
鮃、寒鮃
回転寿司鮃の皿を取り逃がす 栗田やすし
坂道に鮃干しあり小豆島 山口秀子
居酒屋の生簀に動く鮃の目 和久利しずみ
糶箱の底に貼り付く屑鮃 平松公代
トロ箱を菱形に占め大鮃 鈴木みすず
海光の届く軒先鮃干す 山本悦子
金目鯛
金婚にあとひととせや金目食ぶ 武藤けい子
ししゃも、柳葉魚
朝市女ししゃも焼く火に手をかざす 関根近子
吊し干す柳葉魚冬日に腹向けて 森 靖子
氷魚
叡山の夕日に透かし氷魚買ふ 加藤剛司
ずわい蟹、越前蟹、せいこ蟹
大釜に泡吹くずわい放り込む 高田栗主
かに汁に舌焼く朝の魚市場 谷口千賀子
北前船着きし港に蟹茹でる 山本悦子
うるめ、潤目鰯、うるめ焼く
六甲の風鳴る浜にうるめ干す 内田陽子
黒潮の香や炭焼の土佐うるめ 中野一灯
鮟鱇、鮟鱇鍋
鮟鱇鍋あつけらかんと死の話 梅田 葵
水揚げの雑魚に紛れし子鮟鱇 中山敏彦
トロ箱の形に鮟鱇売られけり 佐藤とみお
鉤吊りの鮟鱇皮を剥ぎとらる 丹羽康碩
座りよき備前の猪口や鮟鱇鍋 中野一灯
鰤、鰤網、鰤場、巻鰤
皺の手で大鰤捌く朝市女 武藤光リ
だみ声を張つて初鰤糶り落す 篠田法子
風音の雨に変はりし鰤大根 梅田 葵
舌先にさぐる小骨や鰤大根 中野一灯
三尺の鰤熨斗つけて売られをり 市原美幸
寒鰤
寒鰤や北陸日和はやくづれ 石原筑波
目玉まで食べ尽したり寒の鰤 篠田法子
寒鰤のかま断つて出刃曇りけり 大島知津
寒鰤を捌き汐の香広ごれり 武藤光リ
五指自在踊りて寒の鰤を糶る 富田範保
八目鰻、寒八目
田の神へやつめうなぎの昼餉かな 片山浮葉
牡蠣、牡蠣田、牡蠣打、牡蠣飯
牡蠣むいてゴムエプロンの潮まみれ 若山智子
牡蠣殻を運ぶ台車に藻の匂ひ 若山智子
牡蠣を打つ音の漏れ来る古すだれ 篠田法子
牡蠣を焼く古きバケツに燠足して 石原進子
家中に匂ふ牡蠣飯母あらず 澤田正子
舟べりの鷺にもの言ひ牡蠣打てり 中村たか
渡船場に牡蠣打つ音の響きけり 長谷川美智子
牡蠣をむく音の忙しきトタン小屋 服部萬代
仄暗き伊勢の酒場の酢牡蠣かな 渡辺慢房
牡蠣打てば清しき海の匂ひせり 田畑 龍
牡蠣むき女手を休めずに話継ぐ 田畑 龍
酢の蔵の映る運河や牡蠣育つ 田畑 龍
湾靜か夕日とどまる牡蠣筏 白鳥光枝
胸許に潮しぶき浴び牡蠣を打つ 近藤文子
引き潮の岩に膝付き牡蠣剥がす 長江克江
焼牡蠣の爆ぜて磯の香放ちけり 加藤弘一
潮の香を指にこぼして牡蠣打てり 玉井美智子
海鼠、海鼠腸(このわた)、海鼠売
汐引きし珊瑚の磯に大海鼠 栗田やすし
戸袋に貼れり海鼠の解禁日 長谷川郁代
酒嘗めて海鼠腸啜り母在す 矢野孝子
忌の膳の海鼠に深き海の色 江口ひろし
塗り箸を海鼠するりと滑りけり 中山敏彦
海鼠腸の二筋三筋の手酌かな 中山敏彦
このわたの一本売りの港かな 片山浮葉
大海鼠秤の上に縮みたる 舩橋 良
酢海鼠のまだ口にあり生返事 小長哲郎
俎の海鼠末期の水を吐く 小長哲郎
海鼠突く小舟に影の伸びちぢみ 井沢陽子
名刺無きくらし十年海鼠噛む 佐藤とみお
二杯酢の海鼠こりこり父恋し 上村龍子
素潜りの海人手掴みの大海鼠 野島秀子
観音の前を素通り海鼠舟 牧野一古
糶声に水噴きどほし大海鼠 久野和子
寒蜆
水桶の底黒々と寒蜆 武藤光リ
養へと瀬田の友より寒蜆 森 靖子
狩、猟犬、猟銃、狩人、猪狩、勢子
猟銃の音して雉子飛び翔てり 早川文子
銃身に神酒の霧吹く猟夫かな 中野一灯
猟銃を磨くマタギや炉火明り 中野一灯
身構へて耳の先まで狩の犬 篠田法子
山歩き猪狩り衆と出合せり 夏目隆夫
勢子と犬仕留めたる猪先頭に 磯田なつえ
冬眠
冬眠の蛙とび出す道普請 廣島幸子
狸、狸罠、狸汁
轢かれたる狸に鴉群がれり 磯田なつえ
キャンパスの日暮れや狸現るる 荒深美和子
たぬき来て門灯点る一人の夜 玉井美智子
狐、狐罠、寒狐
狐火、狐の提灯
狐火や付き来る人の靴の音 辻江けい
兎、兎狩、兎汁、野兎
兎罠かけに翁の輪かんじき 都合ナルミ
鼬、鼬罠
鼬罠ころがる屋形船の陰 澤田正子
空溝を走る鼬の速さかな 山たけし
身を低く鼬はしれり通学路 上村龍子
人住まぬ空(あき)家に鼬住むといふ 清水弓月
熊、熊撃ち
熊の罠仕掛けてありぬ関ヶ原 鈴木 文