手を添へて樽酒割れり春の宴           廣中美知子
      師の滝の一筋ゆるぶ春なれや           山下智子
      間違はれ腕組まれたり春の旅           松原和嗣
      調教の軽き鞭音春の馬場             野島秀子
      セザンヌの果実転がりさうな春          矢野孝子
      幟立て春のセールや仏具店            丹羽一橋
      瓶に詰め春の色なりママレード          小蜥テ民子
      搾乳の管のうねりや牧の春            利行小波
      討論会春のストーブ強く焚き           河原地英武
      春なれや比良も比叡も雲まとふ          福田邦子
      朝日差す厨の湯気や老の春            武藤光リ
      朝日差す無人店舗の春野菜            野ア和子
      道ひとつ入れば風止む島の春           内田陽子
      ショベルカー春の匂ひを掘り起こす        服部鏡子
      灯台を輪の真ん中に春の鳶            富田範保
      雑草といへど花あり春の庭            井沢陽子

霞、霞立つ、霞敷く、薄霞、春霞

      遠伊吹かすむ日和や結びの地           栗田やすし
      売られゆく仔牛よろける夕霞           夏目悦江
      天辺は霞に隠る千枚田              片山浮葉
      春霞トリトンの下巨船行く            橋元信子
      山城は掌に乗る程や遠がすみ           神野喜代子
      椰子の実の流れ来し浜霞みをり          岸本典子
      ラ・マンチャの粉屋の風車春霞          山たけし
      葬り果て山に棚引く春霞             中村修一郎
      遠霞最上階のレストラン             小原米子
      遠山の重なり合うて夕霞             小原米子
      上千本吾も霞の高さかな             利行小波
      春がすみ菩薩は薄き衣まとひ           鈴木英子
      芙美子見し海は平らや薄霞            岡田佳子
      出港の汽笛尾を引く夕霞             菊池佳子
      訪ね来し山城はるか朝霞             金田義子
      遠霞動くともなき船の足             神尾朴水
      朝霞晴れて揺蕩ふ舫ひ舟             武藤光リ
      だみ声の牧舎の牛や夕かすみ           武藤光リ
      ぽつかりと富士のせてをり春霞          井沢陽子
      花馬唄響く恵那山春霞              奥山比呂美
      朝がすみ地震ありし町覆ひけり          玉井美智子
      犬吠の海丸きかな遠霞              堀 一之
      亡き母と話したき日や夕霞            金原峰子
      大橋の影うつすらと春霞             伊藤旅遊

春雨、春の雨

      春の雨上がりてすぐに道乾く           山本正枝
      春の雨音やはらぎて寝入りけり          藤田映子
      春雨が濡らせり能登の黒瓦            川口敏子
      見得を切る鬼面に春の雨しぶき          小原米子
      神官の木沓に跳ぬる春驟雨            小原米子
      筆談の友とひととき春の雨            松本恵子
      竹林に肩組む羅漢春の雨             山下善久
      西行も歩みし浜辺春の雨             鈴木みすず
      嫁せし子の部屋に残り香春の雨          金原峰子
      犀星の愛でし帽子や春の雨            栗田せつ子
      護摩煙る鉈彫仏や春の雨             武藤光リ
      春雨や投函口を手で拭ふ             山本法子
      師の句碑の刻字にたまる春の雨          荒川英之
      吊し売る着物の湿り春の雨            玉井美智子

春霖、春の長雨

      春霖や楔跡ある御紋石              坂本操子
      

春時雨、春の村雨

      空港の灯(あかり)滲ませ春時雨         大石久雄
      春時雨人形寺の苔濡らす             小田和子
      一本の傘に三人春時雨              荒深美和子
      春しぐれ外泊許可の印滲む            安藤幸子
      花街の格子戸濡らす春時雨            武田稜子
      神門のギヤマン曇る春時雨            梅田 葵
      人力車行き交ふ嵯峨野春時雨           小蜥テ民子
      虎御前のかんばせ白し春しぐれ          鈴木真理子
      春しぐれ子鹿の毛並ばさばさに          若山智子
      ルーブルを出て束の間の春しぐれ         若山智子
      春しぐれ娘を抱きしめて別れ来し         服部鏡子
      志功の絵掛かる茶房や春時雨           鈴木未草
      咬み合はぬ老鵜の嘴や春しぐれ          兼松 秀
      家ごとに見越の松や春時雨            山下善久

雪の果、名残の雪、雪の終、忘れ雪、涅槃雪

      丈草の井戸にうつすら名残り雪          高木佐知子

春の霜、春霜

      友逝けり苔にきらめく春の霜           山本光江
      撫でやれば指吸ふ仔牛春の霜           宇野美智子
      茶畑に薄絹のごと春の霜             伊坂壽子

忘れ霜、別れ霜、晩霜

      忘れ霜光る番所の荒筵              内田陽子
      陶片の青美しき別れ霜              近藤節子
      植ゑたての苗にうつすら別れ霜          兼松 秀

残雪、残る雪、陰雪、去年の雪

      雪残る木曽の医院の袖卯建            二村美伽
      こきりこの里の残雪径ふさぐ           辻江けい
      残る雪一揆の城の道閉ざす            辻江けい
      残雪の伊吹はるかに葭の倉            伊藤克江
      ナポレオン越えし峠に雪残る           中根多子
      残雪の岳に真向かひザック置く          藤田岳人
      残雪の白馬を這へり雲の影            岡野敦子
      ドリーネの底一塊の雪残る            森 靖子
      沢庵寺茎石ほどの雪残る             角田勝代
      連山に残雪の条昏れなづむ            田畑 龍
      残雪の白山はるか徹の句碑            矢野孝子
      残雪や釘銜へ打つ農具小屋            兼松 秀
      残雪の遠嶺まぶしき塩の道            中野一灯
      残雪や先づ目で登る西穂高            中野一灯
      残雪や雲間に光る西穂高             中野一灯
      切り株に湯気の揺らぎや残り雪          石崎宗敏
      豆腐屋の湯気匂ふ路地雪残る           大島知津
      残雪の渓を野猿の飛び渡る            中村修一郎
      こきりこの聞こゆる里や残り雪          河村惠光
      残雪に糞の二つぶ獣みち             山 たけし

淡雪、牡丹雪、春の雪、春雪

      牡丹雪技芸天女を見てをれば           片山浮葉
      城山のうはじらむほど春の雪           清水弓月
      鳥どちの声の尖りや牡丹雪            八尋樹炎
      欠け茶碗積み上げし藪春の雪           八尋樹炎
      大いなる窓がカンバス牡丹雪           八尋樹炎
      湯の街の赤提灯やぼたん雪            藤田岳人
      下駄の跡すぐに消えたり春の雪          藤田岳人
      神鹿の背に消えたり春の雪            武藤光リ
      春の雪残る受験の絵馬の下            武藤光リ
      春の雪駆込寺の御朱印所             武藤光リ
      弁天の橋の擬宝珠へ春の雪            武藤光リ
      天平の甍ぬらせり春の雪             牧 啓子
      首のなきマリア地蔵に春の雪           丸山貴美子
      雛飾る蔵の小窓や牡丹雪             井沢陽子
      コーヒーの豆挽く音や春の雪           大谷みどり
      お手玉の赤き絞りや春の雪            佐藤とみお
      春の雪黒板塀に触れて消ゆ            佐藤とみお
      暮れなづむ安房峠や春吹雪            佐藤とみお
      閼伽井屋の錠前に消ゆ春の雪           前田史江
      春の雪ちらつく誓子多佳子句碑          中川幸子
      淡雪や昼を灯せる遍路宿             上村龍子
      春の雪舞ひ込む宮の能舞台            市原美幸
      春雪や養老院の鉄門扉              遠藤憲司
      春の雪鬼のふどしの弛びがち           内田陽子
      筆置いて見る大粒の春の雪            石原進子
      春雪や小さき錠さす支考庵            丹羽康碩
      もの言はぬ母とふたりや牡丹雪          倉田信子
      落柿舎の土間に舞ひ込む春の雪          山本光江
      切切と綾子生地にぼたん雪            巽 恵津子
      透明に春の雪降る訃報かな            山 たけし
      運河より低き甍や春の雪             関根切子
      自転車を漕ぐ頬に目に春の雪           関根切子
      朱の褪せし観音堂や春の雪            河合義和
      露天湯や肩に消えゆく春の雪           鈴木みすず
      電線の形に落ちし春の雪             河原地英武
      降りながら朝日に消ゆる春の雪          中斎ゆうこ

春霰(しゅんさん)、春の霰、

      瘤多き桑の木々打つ春霰             澤田正子
      菊坂の路地にたばしる春霰            谷口千賀子
      晋作の墓碑にた走る春あられ           巽 恵津子
      春霰はづむ軍馬の水飲場             長江克江
      やはらかに小豆が煮えて春霰           井沢陽子
      春霰寅さん像の肩叩く              玉井美智子
      蔵元の蹲踞たたく春霰              近藤節子
      窯小屋のトタン屋根打つ春霰           武田稜子

春の霙

      片濡らす春の霙や友の通夜            沢田充子
      不揃ひの瓢箪絵馬に春霙             大津千恵子
      菊坂の春の霙に打たれけり            夏目悦江
      春みぞれ降るも明るき野文楽           幸村志保美
      鈍行のながき停車や春霙             安藤一紀

二月、二ン月

      二ン月や歌舞伎座前に待ち合す           石原進子
      二ン月の風音荒ぶ城下町              日野圭子
      水底に二月の光躍り出す             武田稜子
      ひめゆりの壕より蜥蜴まだ二月          櫻井幹郎
      二ン月や名前張り出す塾の窓           三井あきを
      二月来る野に水音の明るくて           下里美恵子
             

如月(きさらぎ)、梅見月、雪解月

      如月やクリスマスローズうつむきに        栗田やすし
      如月や師の句碑とゐて影二つ         栗田やすし
      きさらぎの風の尖りや遠伊吹           国枝洋子
      如月のひかり背山に窯開き            小蜥テ民子
      如月や身に白檀の守り仏             小蜥テ民子
      きさらぎの昼月淡し子規の墓           武田稜子
      如月の夜を重ね来し醪の香            伊藤範子
      如月の朝日まぶしみシーツ干す          豊田紀久子
      如月の伊吹も比良も輝やけり           福田邦子
      如月や柘植の櫛かふ京都展            平 千花子
      如月や蔵に醪の爆づる音             川島和子
      如月や角のつぶれし出席簿            荒川英之
      如月や土白じろと乾き切る            平松公代
      きさらぎの波煌めけり長良川           中道 寛
      きさらぎや背表紙の透くパラフィン紙       山田万里子

立春、春立つ、春来る

      髪染めて立春の風やはらかし           奥山ひろ子
      竹林の打ち合ふ音や春立てり           谷口千賀子
      蔵元に残る煙突春立てり             澤田正子
      酒蔵の櫂棒乾き春立てり             澤田正子
      信号機磨くクレーン車春立てり          河西郁代
      葦辺より鳥翔つ音や春立てり           市川克代
      子が好きな人連れて来る今朝の春         伊藤範子
      春立つや杉の枝打つ山の音            森垣昭一
      春立つや子授け堂の千羽鶴            大澤渓美
      立春の落暉都心をかがやかす           新井酔雪
      立春や庭の松葉のきらめけり           大橋幹教
      楽器屋のチェロ艶やかに春立てり         鈴木みすず
      産院の大看板や春立てり             中村たか
      師と聞きし辺戸の波音春立てり          栗田せつ子
      立春の紅茶に添ふる薔薇のジャム         篠田法子
      焼き立てのパンの匂ひや春立てり         篠田法子
      立春や茶筅をくぐる水の音            伊藤旅遊
      胸元にフリル覗かせ春立つ日           相田かのこ
      春立ちし久慈の川鳴る芭蕉句碑          夏目隆夫
      赤子泣く里の駐在春立てり            神尾朴水
      孟宗の幹青々と春立てり             前田史江
      昨日とは違ふ風吹き春立ちぬ           森 妙子
      立春の日を負ひ来たりランドセル         熊澤和代
      鍵盤の指の先より春立てり            熊澤和代
      春立つやふはりと焼けし玉子焼          渡辺慢房
      水切りの石飛び跳ねて春来たる          豊田紀久子
      團十郎逝き立春の雨止まず            牧野一古
      立春の光満ちたる野のおもて           金田義子 
      春立てりパレットに溶く青絵具          龍野初心 
      子の肌着真白に乾く春立つ日           長江克江
      まるまると太る乳飲み児春立てり         市原美幸
      湯にをどる卵の三つ春立てり           梅田 葵
      春立つや句座へぽつくり寺の鐘          山本法子
      立春や白磁の皿に砂糖菓子            鈴木真理子
      米洗ふ水のきらめき春立てり           鈴木真理子
      手捻りの陶土(つち)軟らかく春来る       高柳杜士
      ままごとの嬰のエプロン春立てり         武藤光リ
      立春や床に昨日の豆散れる            丹注N碩
      新調の靴の軽さよ春来たる            坪野洋子
    

寒明、寒の明け

      竹林の影濃き朝や寒の明             石原進子
      朝粥に散らすパセリや寒の明け          伊藤旅遊
      吾が声に微笑む父や寒明くる           横森今日子
      寒明けて父の点滴一つ減る            小島千鶴
      水底の藻にさすひかり寒の明           梅田 葵
      朝市におからコロッケ寒明くる          野村君子
      ビル風に帽子飛ばさる寒の明           加藤裕子
      田や畑にのぼる煙や寒明くる           上杉美保子
      納屋の戸の浮釘を打つ寒の明け          山下智子
      ふるさとを語る杜氏や寒の明           横井美音
      寒明けの木々に雀のはじけ飛ぶ          関根近子
      寒明けの空の広さや鳶の笛            関野さゑ子
      那智黒の硯艶めく寒の明             三井あきを
      葛桶の底掻く音や寒明くる            矢野孝子
      濡縁に猫の足跡寒明くる             田嶋紅白
      海へ出る雲のかろさよ寒の明           下里美恵子

春めく、春きざす、春動く

      松林のなかに脂の香春兆す            河原地英武
      春動く父の蔵書に『昆虫記』           河原地英武
      一笛に始まる神事春兆す             堀内恵美子
      丹後路の帯織る音の春めきし           長崎真由美
      春めくやパレットに溶く薄みどり         相澤勝子
      焼板塀続く湖北や春きざす            服部鏡子
      春めくや雌雄向き合ふ雉香炉           小蜥テ民子
      春めくや足のリハビリミシン踏む         吉岡やす子
      パン屑を啄む雀春めく日             笹邉基子
      印結ぶ如来の腕春めけり             武藤光リ
      春めくや犬三匹に婆牽かれ            武藤光リ
      春めくや行く当てのなき地図開く         安藤幸子
      春めくや畑に掛くる土竜罠            矢野愛乃
      ジャンケンで帰る子供や春めける         森川ひろむ
      春めきて少し軽めの旅鞄             森垣昭一
      春めくや吹奏楽の音合せ             近藤文子
      吉野へと続く道すぢ春きざす           小島千鶴
      春めくや肌にたつぷり化粧水           小島千鶴
      赤鬼のまんまる乳首春めけり           奥山ひろみ
      畳屋に日向の匂ひ春兆す             牧野一古
      菰巻の縄のほつれや春きざす           石崎宗敏
      灯台にソーラーパネル春兆す           関根切子
      お七夜の命名墨書春兆す             瀬尾武男
      命名の歩(あゆ)一文字春きざす         利行小波
      春めくや仏間に淡き花活けて           鈴木真理子
      さ緑にふくらむ川藻春兆す            松岡美千代

初雷、虫出し、虫出しの雷

      虫出しの雷句座を一撃す             坂本操子
      虫出しの雷や靴紐通し終ふ            奥山ひろ子

春雷、春の雷

      春雷や師を恋ふて来し辺戸岬           栗田やすし
      春雷の街舶来のノート買ふ            奥山ひろ子
      本郷の句座にとどろく春の雷           松本恵子
      菊坂の路地打つ雨や春の雷            中村修一郎
      春雷の止みて窓打つ雨の音            青木信子
      ゴンドラの小窓に響く春の雷           曾我崎由紀枝
      春の雷ゆるがす九鬼の砦跡            澤田正子
      春雷や廊下で妻の手術待つ            栗生晴夫
      春の雷猫が耳立てまた眠る            国枝隆生
      丈草の井より春雪溶けはじむ           廣島幸子
      春の雷ちひさく傘を畳むとき           河原地英武
      春雷や磁針の震ふ三角点             中野一灯
      春雷の一撃で雨上がりたり            若山智子
      春雷や日本鼓舞せしキーン逝く          野島秀子
      春雷の二つ続けてそれつきり           梅田 葵
      春雷や赤きシーサー目玉剥く           矢野孝子
      春の雷末期の癌と子の主治医           武藤光リ
      春雷や天衣無縫の征爾逝く            武藤光リ

佐保姫

      佐保姫の眠りを覚まし雨上る           坪野洋子
      佐保姫の来てゐる寺苑風清し           上村龍子

遅春、春遅々、おそ春

      春遅々と回転木馬空まはる            角田勝代
      春遅々と穂先割れたる絵付筆           梅田 葵
      春遲々と紅茶の店の砂時計            河原地英武

早春、春さき

      早春の灯のほつほつと峡暮るる          桜井節子
      早春の甲斐の連山龍太逝く            佐藤とみお
      早春のリハビリ室に神まつる           岡島溢愛
      早春の但馬の空をこふのとり           倉田信子
      早春の上野の杜にカレー食ぶ           倉田信子
      早春や音符彫りたる晋平碑            橋本紀子
      早春の出窓に瑠璃の江戸切子           伊藤旅遊
      早春やふふむ湧水柔らかし            前田昌子
      早春の海に単車を横付けに            渡辺慢房
      売り出しの旗早春の風はらむ           高橋幸子

春浅し、浅き春

      師と交はす祝杯の夢浅き春            栗田やすし
      良寛の書の薄墨や春浅し             安藤幸子
      引けば鳴る母の箪笥や春浅し           内田陽子
      皺深き掌に浅春の陽を受くる           磯野多喜男
      浅春の朝市男鹿の鉈売女             倉田信子
      遠国の来賓迎ふ春浅し              坂本酒呑狸
      トースターの片焦げぐせや春浅し         佐々木美代子
      剥落の千手観音春浅し              鈴木みすず
      どの絵馬もハートの型や春浅し          市原美幸
      浅春の日差しを背に太宰読む           奥山ひろ子
      春浅し素描のやうな雑木山            小原米子
      朝靄に滲む外灯春浅し              山本法子 
      春浅し立て札のみの薬草園            山本悦子
      淺春やたつぷりつける化粧水           岡島溢愛
      淺春や岬に小さき渡滿の碑            林 尉江
      春浅き足湯に交す国言葉             渡辺慢房
      春浅し鴫の足跡残る浜              武藤光リ
      淺春や朝市の蛸湯気をたて            野ア和子
      朝風が眉のあたりに春浅し            梅田 葵

冴返る、冱返る、寒戻る

      引き揚げしゼロ戦の胴冴返る           栗田やすし
      異人墓地鉄扉鎖して冴返る            武藤光リ
      虫喰ひの閻魔の膝や冴返る            武藤光リ
      廃校の黒板に文字冴返る             武藤光リ
      冴え返る通夜の少年辞儀深き           夏目悦江
      産土に山車組む音の冴返る            山下智子
      冴え返る煤けしままの庫裡障子          小長哲郎
      墓石屋に七福神や冴返る             山田悦三
      冴返る貨車が貨車打つ操車場           富田真秋男
      冴返る火伏の弥陀の黒き艶            山口茂代
      オペ室のランプ点灯冴返る            二村美伽
      阿羅漢の白頭白眉冴返る             二村美伽
      焼け跡の阿蘇の黒肌冴返る            谷口由美子
      冴返る土に納むる母の骨             平松公代
      冴返るたつた八字の遺言書            森垣昭一
      老い母のとぼけ上手や冴返る           小田智子
      冴返る彰義隊士の大墓石             森 靖子
      かうべ無き羅漢も在し冴返る           森 靖子
      冴返る太刀の刃紋の白光り            金田義子
      学食の椅子かたかたと寒戻る           河原地英武
      古本に煙草のにほひ寒戻る            河原地英武
      目に見えぬ原子の話冴返る            上杉和雄
      病室の窓打つ風や冴返る             久田道隆
      大地震コール音のみ冴返る            藤田映子
      流鏑馬の跳ぬる黒髪冴返る            太田滋子
      合否待つ秒針の音冴返る             太田滋子
      天守閣の板間の軋み冴返る            小山 昇
      冴返る壬生の屯所の刀傷             佐藤とみお
      嘘つきし児の涙目や冴返る            山本光江

魚氷に上る(2月14日〜18日まで)

      魚は氷に上るや松籟募りたる           中川幸子
      魚は氷に丸み帯びたる雑木山           国枝隆生
      魚は氷に上り寒天田閉ざす            澤田正子
      氷に上る魚や諏訪湖に風強し           高田 實
      呑みこまる磁場や魚氷に上るころ         清水弓月
      蘭亭の宴や魚は氷に上り             伊藤範子
      魚は氷に皇居の濠の萌葱色            伊藤範子

雨水(2月19日頃)

      食欲の戻りてきたる雨水かな           中川幸子
      つやめける欅の梢今日雨水            田畑 龍
      鯉の尾が泥けぶらせし雨水かな          中村たか
      けふ雨水墨をたしては書に籠る          上田博子
      今日雨水白雲映す水たまり            磯田なつえ
      海に射す日矢の淡さも雨水かな          牧野一古
      米を磨ぐ水の痛さよ今日雨水           林 尉江
      今日雨水小止みの庭に鳩の声           中山敏彦
      均されて田の息づける雨水かな          国枝髏カ
      腐葉土の漆黒匂ふ雨水かな            国枝髏カ
      橋下に鯉の集まる雨水かな            関根近子
      置き薬一つ買ひ足す雨水の日           酒井とし子
      今日雨水涸れ田に響く重機音           武藤光リ

獺(おそ)の祭、獺祭

      獺の碑やおその祭の雨のしみ           鈴木みや子

二月尽

      昼の月ほの白く見ゆ二月尽            溝口洋子
      竹林の濡れて明るし二月尽            中山ユキ
      座禅堂に干さるる草鞋二月尽           廣島幸子
      二月尽ピアノのくもり拭ひたる          中川幸子
      雨あがる青空閏二月尽く             松本恵子
      桟橋に僧衣の二人二月尽             小蜥テ民子
      二月尽句友と出湯へ一夜旅            山下智子
      ママレード琥珀に煮詰む二月尽          岡田佳子
      杼を通す音軽やかや二月尽            岸本典子
      検診のスリッパ響く二月尽            武田明子
      寺田屋の梯子つやめく二月尽           奥山比呂美

比良八講、比良八講の荒(陰暦二月二十四日)、比良八荒

      比良八講荒れて漁師の葬ふたつ          森 靖子
      比良八荒空へ普請の梯子伸ぶ           河原地英武
      夜どほしの比良八荒や島泊り           坂本操子

三月

      三月の雪舞ひこめり宗祗水            金田義子
      三月の影やはらかしインク壜           山 たけし
      三月や昇進話ひそひそと             梶田遊子
      パステルの青塗る空や三月来           武藤光リ

うりずん

      うりずんや草に拭ひし靴の泥           平 千花子

弥生、花見月、桜月

      黄泉近き木偶の口説きや弥生寒          林 尉江
      弥生富士浮雲一つ離れざる            夏目悦江
      声かけて弥生の水に稚魚放つ           近藤文子

啓蟄(3月6日頃)

      啓蟄やギブスのとれし足洗ふ           山本悦子
      啓蟄の芝生に砂を敷き込めり           中根多子
      啓蟄や石でふさげり鼠穴             中根多子
      啓蟄の土靴底に郵便夫              奥山ひろ子
      啓蟄の朝ねんごろに地を掃けり          福田邦子
      啓蟄の地べたに広げ蚤の市            橋本紀子
      啓蟄や鳩とび出して時計鳴り           矢崎富子
      啓蟄の土盛り上ぐるトラクター          花田紀美子
      啓蟄や地下の茶房にランプの灯          石原筑波
      籠を編むひご啓蟄の地に撓ふ           都合ナルミ
      啓蟄や妻還暦のクラス会             佐藤とみお
      啓蟄の田に寄り合へり放ち鶏           磯田なつえ
      啓蟄や馬に蹄鉄打ちし音             片山浮葉
      啓蟄や掘り抜き井戸に水溢れ           伊藤旅遊
      啓蟄の寺にポン菓子爆ずる音           長谷川郁代
      調教の鞭啓蟄の地を打てる            矢野孝子
      啓蟄や野球部員の声高し             梶田遊子
      啓蟄やクラブ持つ手の生白し           中村あきら
      啓蟄や的あたらしき弓道部            河原地英武
      啓蟄や野菜サラダを山盛に            河原地英武
      啓蟄や剃刀で剥ぐ足の胼胝            武田稜子
      啓蟄や文庫の鉄扉開け放つ            鈴木 文
      啓蟄や重機蠢く丸の内              武藤光リ
      啓蟄や寝返り初めし赤ん坊            武藤光リ
      啓蟄や皿の眩しきおままごと           武藤光リ
      啓蟄やひとり笑ひの赤ん坊            下里美恵子
      啓蟄や祓はれし嬰目を覚ます           橋本ジュン

鷹化して鳩と為る(3月16日〜20日の頃)

      鷹鳩と化して離島に王の墓            栗田やすし
      鷹鳩と化し牛乳をふきこぼす           奥山比呂美

龍天に昇る

      龍天に昇る真昼の天守閣             二村美伽
      竜天に登る古墳の隠沼              山下智子
      竜天に登る夕日の観覧車             福田邦子
      竜天に登り師の句碑青み増す           長江克江
      龍天にスカイツリーを駆け上る          佐藤とみお
      句碑開く伊奈波の杜や龍天に           鈴木みすず
      龍天に火渡の柴焚きに焚き            武藤光リ
      幾何学組みのスカイツリーや龍天に        武藤光リ
      燒香の太きけむりや龍天に            武藤光リ
      焼入れに奔る湯玉や龍天に            高柳杜士

春光、春景色

      春光や稚魚のきらめく川の底           武藤光リ
      春光や湖へ鳥居の朱を零す            武藤光リ
      鯉の群春の光をもみくちやに           河原地英武
      春光へ梶棒上ぐる人力車             鈴木みすず
      蕉翁の着きし渡し場春光る            長澤和枝
      春光や背負ひて運ぶ葦の束            幸村富江
      春光や屋根神祀る窯場道             玉置武子
      点滴のしづくに春の光りかな           高橋ミツエ
      春光にたじろぎ抱く母の骨            梅田 葵
      癒えし眼に春の光彩飛込み来           八尋樹炎
      耕転機野の春光を鋤き込めり           朝比奈照子
      春光や平和の鐘に世界地図            市江律子
      春色やのびやかに反る絵のモデル         櫻井幹郎
      春光や川底石に波の影              服部鏡子
      春光や総身真黒き観世音             平松公代
      春光を刻みて廻る花時計             倉田信子

春日、春陽、春日向、春の夕日、春

      四面より邪鬼の呻きや春のなゐ          河原地英武
      空つぽの書棚に春日退職す            栗田やすし
      芭蕉布の小銭入れ買ふ島の春           栗田やすし
      春の日をこぼさぬやうに水はこぶ         栗田やすし
      夕富士や湧水に聞く春の音            武藤光リ
      春日背に奏楽堂の調律師             武藤光リ
      春の日を反す金冠稚児の列            武藤光リ
      春夕日沈み行くとき波の音            武藤光リ     *安房勝浦
      巫女舞の鈴の音響く島の春            大嶋福代
      トラクターの荷台に揺れて牧の春         角田勝代
      廃れたる船津屋春を固閉ざす           角田勝代
      那智滝の上やはらかき春日差し          栗田せつ子
      師の句碑の潮に錆びゆく辺戸の春         栗田せつ子
      宿場町ダルマポストに春日差           花村富美子
      伊勢の春奉納相撲の幟立つ            松本恵子
      干素麺匂ひ放ちて三輪の春            松本敏枝
      日本丸春日巻き込み帆をたたむ          江口ひろし
      山裾の神の田二枚春日満つ            桜井節子
      春日満つ漆問屋のなまこ壁            前田史江
      春の日のひかりあまねし寄せ佛          廣島幸子
      しづしづと天文ドーム開く春           畑ときお
      藻で染まる赤き汀や春の鴨            牧野一古
      春日浴ぶオラウーターンの大欠伸         加藤純子
      春日浴ぶ角の欠けたる鬼瓦            中野一灯
      パステルの裸婦イーゼルに春日陰         中野一灯
      菊坂の路地深きまで春日差            巽恵津子
      春日あまねし水郷めぐる小座布団         内田陽子
      坐漁荘の高窓染めし春夕日            池村明子
      うたかたや玻璃一面の春夕日           梅田 葵
      ひと束の光となれり春の滝            梅田 葵 
      春夕焼点滴の瓶吊し足す             二村美伽
      杖の身に春の日差しの眩しかり          清原貞子
      図書館の古書の匂ひや春日差す          服部達哉
      味噌蔵に試食の列や春日射す           川村鎮野
      拭き込みし框に春の日差しかな          板谷芳子
      薄目して河馬のうたた寝春日和          青山美佐子
      石室のうす暗がりや春蚊鳴く           神尾朴水
      春凪の湖へ裾ひく薩摩富士            大澤渓美
      街中の湯屋の煙突春の月             市川悠遊
      丸まつて春の日に透く鉋屑            長江克江
      背のぬくき席ゆづらるる古稀の春         相澤勝子
      春の色あふれ天女の復元図            伊藤範子
      能郷の笛の音遅き春呼べり            幸村志保美
      軍艦旗春日にかかぐ古物市            山本悦子
      庭下駄に春日のぬくみ鴎外居           若山智子
      ゆつたりと春日飲み込む池の鯉          橋本紀子
      東大生行き交ふ坂の春日濃し           井沢陽子
      春の富士緑内障の目に収む            近藤文子
      春日差す一茶土蔵の明り窓            豊田紀久子
      春日さす姫鏡台に丸眼鏡             奥山比呂美
      春日透く現像室の赤ガラス            平松公代
      商館のゆがみ硝子に春陽ざし           倉田信子
      春の日の浅く指し込む古本屋           山 たけし
      御朱印を受けてめぐれり春一日          牧 啓子
     

麗か、うららけし

      うららかや目覚めて母は饒舌に          栗田やすし
      うららかや豆腐積みてふ城の垣          栗田やすし           前書き 首里
      うららかや豚の貌売る島の市           上杉和雄
      うららかや白壁続く城下町            横井正子
      駅前に寅さんの像町うらら            松本恵子
      うららかや矢切の渡し混み合へり         国枝洋子
      うららかやみな十円の袋菓子           森 靖子
      うららかや佃の路地に渡船の碑          森垣昭一
      コロッケに折り返す列町うらら          佐藤とみお
      うららけし駆け出しさうな大黒天         内田陽子
      麗かや船のうしろを海豚とび           河原地英武
      円朝の墓に無舌の文字うらら           菊池佳子
      ホームより富士見ゆる駅うららかや        奥山ひろ子
      うららかや赤児尻より立ち上がる         山本光江
      麗かや待ち人来ずと云ふ御籤           渡辺慢房
      モンローの手形に触れてうららけし        山口耕太郎
      うら若き女人の蹴鞠うららけし          岡田佳子

長閑、のどけし、のどらか、駘蕩

      長閑さよ片頬ゆるむ布袋尊            三井あきを
      夢殿をひとめぐりする長閑けさよ         幸村志保美
      四阿に綾取りの母子のどけしや          山下 護
      長閑けしや八雲の愛でし長煙管          朝比奈照子
      豆腐屋の長閑なる笛路地めぐる          朝比奈照子
      のどけしや髭剃る客の高鼾            兼松 秀
      のどけしやバスのガイドの島言葉         武藤光リ
      のどけしやリヤカーに婆乗せ来たり        山本法子
      のどけしや軒にしやがみて真綿取る        小島千鶴
      のどけしや孫のお下がり布リュック        安藤幸子
      のどけしや寺の柱に忘れ数珠           奥山比呂美
      駘蕩やまなじり長き鉈仏             松井徒歩

暖か、ぬくし

      あたたかや舌に転がす天日塩           河本梢
      暖かやふくらむパンの生地の艶          松本恵子
      神楽坂上りて風のあたたかし           岸本典子
      鉈仏にまみゆるひと日あたたかし         岸本典子
      暖かや蛸の形の滑り台              熊澤和代
      あたたかや志功の絵馬の乳豊か          藤田岳人
      あたたかや土蔵にパッチワーク展         二村美伽
      暖かや寄進瓦に名を記す             伊藤範子
      生地碗に藁の刷毛目やあたたかし         八尋樹炎
      神木の大虚の中温かりき             坂本操子
      頬赤き志功の菩薩あたたかし           坂本操子
      あたたかや母の部屋より経の声          豊田紀久子
      朝晴や三和土にぬくし珊瑚石           砂川紀子
      辞書ひとつ食(は)み出て書店あたたかし     山 たけし
      指先に砂金一粒あたたかし            平松公代
      バオバブに両腕まはし暖かし           河原地英武
      美ら海へ浸す掌暖かし              小原米子
      師の句集病床の吾に暖かし            武藤光リ
      あたたかや母の遺影に愚痴こぼす         渡辺かずゑ
      暖かや百万遍の数珠廻し             上田博子
      あたたかや先生米寿生徒喜寿           森 靖子
      あたたかや恐竜展に乳母車            森垣一成
      暖かや夢に無口の妻と会ひ            伊藤旅遊
      あたたかや幼のべそに見送られ          橋本ジュン
      あたたかやマトリョーシカの同じ顔        伊藤範子

日永、永き日

      鉢植ゑの土ひろげ干す日永かな          井沢陽子
      舟べりに網繕へる日永かな            辻江けい
      菩薩像束子で磨く日永かな            辻江けい
      釣人に城の影伸ぶ日永かな            谷口千賀子
      永き日の友禅流す水明り             福田邦子
      婆一人畝に糠撒く日永かな            中村修一郎
      膝に抱き猫の爪切る日永かな           沢田充子
      飴伸ばす手元見てゐる日永かな          国枝洋子
      俯せに白熊眠る日永かな             熊澤和代
      味噌桶の溜したたる日永かな           金田義子
      仏具屋の金字看板日の永し            河合義和
      永き日や鳥の羽音の千曲川            奥山ひろ子
      永き日や廊下に蔵書溢れさせ           河原地英武
      犬小屋に石たたき来る日永かな          金原峰子
      童歌洩るる日永の託老所             山本光江
      経一巻声合せ読む日永かな            牧野一古
      一駅を歩くと決めて日の永し           長崎眞由美
      推敲の原句に戻る日永かな            渡辺慢房
      永き日の点滴落つるとき光る           中村たか
      永き日や母子二人のかくれんぼ          佐藤とみお
      ねんごろにパン粉をまぶす日永かな        山本玲子
      永き日や砂場に残る児の手形           渡辺かずゑ

遅日、暮遅し、暮れかぬる、春日遅々、夕長し

      遅き日や鰐の眠れるバナナ園           岩上登代
      屋根神の錆釘ゆるぶ遅日かな           国枝隆生
      網籠に鮫の鰭干す遅日かな            国枝髏カ
      工船の沖に動かぬ遅日かな            大谷みどり
      ストレッチャー走る遅日の長廊下         森 靖子
      下着干す宿の一室暮れかぬる           河原地英武
      堂二つつなぐ遅日の聖橋             幸村志保美
      夕永しモンマルトルの似顔絵師          小長哲郎
      豆腐屋のラッパ遅日の土管坂           井沢陽子
      遅き日や居残り園児母を待つ           武藤光リ
      少しづつ身辺整理夕永し             沢田充子

春暁、春曙

      春暁の窓打つ風に目覚めけり           夏目悦江
      春暁や三日月白く残りをり            福井喜久江
      春暁や寝息窺ふ看取り妻             神野喜代子
      春暁の島を離るる定期船             松本恵子
      春暁の光さしくる坐禅堂             松本恵子
      春暁を犬忽然と逝きにけり            坂本操子
      春暁や海百日の旅に出づ             漆畑一枝
      春暁や稜線光る普賢岳              玉井美智子
      春暁の床に伏しゐて生あくび           河原地英武
      春暁の木の間がくれに鎌の月           山本法子
      春暁や逆子の牛の足引けり            山本悦子

春昼

      春昼の老母見舞へば眠りゐし           栗田やすし
      春昼や客待つ車夫と人力車            鈴木澄枝
      珈琲の香や春昼の蔵の町             篠田法子
      春昼や手枕で寝るチンパンジー          山本悦子
      尼寺の春昼暗し鉄地蔵              山本悦子
      尼寺の水かぎろへり春の昼            幸村志保美
      銅鑼打ちて春昼の船動き初む           清水弓月
      舟べりに水かげろふや春の昼           辻江けい
      茶屋街にジャズの流るる春の昼          日野圭子
      樫炭を切る音軽し春の昼             長澤和枝
      春昼や竿寝かせ待つ渡し守            山下智子
      モジリアーニの裸婦身をよぢり春の昼       矢野孝子
      鳴りづめの仔豚の鼻や春の昼           横井美音
      春昼や東京駅で妻はぐる             上杉和雄
      クリオネをルーペでのぞく春の午後        石原進子
      春昼や河馬につられし大欠伸           田畑 龍
      鮒漁の地獄網干す春の昼             岡田佳子
      春昼や手機にかかる木綿縞            倉田信子
      樹の匂ひ水の匂ひや春の昼            利行小波
      にはとりの声の間遠や春の昼           武藤光リ

春の暮、春夕、春の宵

      犬死して首輪残れり春の宵            栗田やすし
      永らへて父の遺書読む春の宵           栗田やすし
      賓頭盧の肋艶めく春の宵             河原地英武
      春暮濃し迎賓館の白き柵             武藤光リ
      点滴の光る雫や春夕べ              武藤光リ
      溶けさうな薄月掛る春夕べ            武藤光リ
      父と子のキャッチボールや春の暮         利行小波
      春宵や洋酒の香るチョコレート          大谷みどり
      春宵の同窓会に酔ひ兆す             北村美津子
      煙吐く菊坂の湯屋はるゆふべ           神谷洋子
      砂時計の砂盛り上がる春の宵           利行小波
      三毛猫のいびきかすかや春の宵          鈴木英子
      春夕べ少年の死に寄せ書きす           松本恵子
      春宵の雲をあかねに遷座祭            神尾朴水
      春宵や間のびして打つ鳩時計           岩上登代
      春の宵樽に乗せ売る京野菜            松原和嗣
      糠床の機嫌見てゐる春夕べ            野瀬弘子
      宮殿にシュトラウス聴く春の宵          服部鏡子
      鉛筆をナイフで削る春の宵            山下 護
      ヴィーナスとジュピター睦む春の宵        渡辺慢房
      春の暮百済ぼとけに立ち尽くす          山下智子
      春の宵子らに自作の童話読む           松本恵子
      顔寄せて詰碁解きゐる春夕べ           山下帰一
      春夕辺砂州の群れ鵜むらさきに          熊澤和代
      美濃和紙の行灯ともる春の宵           太田滋子
      ゆで蛸で金婚祝ふ春の宵             国枝洋子
      春宵やコンビニで聞く京ことば          伊藤旅遊
      角瓶の琥珀の揺れや春の宵            森垣一成
      春の暮山城近き軍用機              武田明子

春の夜、夜半の春

      過去書けば鮮やか春の夜の稿           櫻井幹郎
      病室を照らすナースや夜半の春          武藤光リ

春の闇

      人はなし直哉旧居の春の闇            中野一灯
      松明に風の集まる春の闇             二村美伽
      積み置きし本につまづく春の闇          矢野孝子
      小面と向き合うてをり春の闇           伊藤旅遊
      春の闇点滴の管絡みつく             関根切子
      猫だけが知つてゐる道春の闇           関根切子
      仄赤き閻魔の顔や春の闇             武藤光リ
      春の闇地震が庭樹を騒がせる           武藤光リ
      振り向けば誰も居ぬなり春の闇          梅田 葵

余寒、残る寒さ

      検診を待つ間の散歩余寒なほ           上杉和雄
      綴じ直す答案用紙余寒なほ            河原地英武
      余寒なほ天を仰げる磔刑図            河原地英武
      舟舫ふ細りし杭や余寒なほ            小田二三枝
      摩尼車いくども回し余寒なほ           牧野一古
      折れ葦に舟の腹擦る余寒かな           内田陽子
      戒壇を巡る闇より来る余寒            内田陽子
      コーヒーの湯気立ち上る余寒かな         太田滋子
      赤松の瘤の濡れゐる余寒かな           関根近子
      交番の出払つてゐる余寒かな           幸村志保美
      ブザー押す指にあつまる余寒かな         井沢陽子
      秒針の余寒の音や夜の厨             桜井節子
      点滴の指先にある余寒かな            佐竹昌子
      自転車をこぐ爪先の余寒かな           関根切子
      残寒や母の遺品にわが句集            櫻井幹郎
      検診の乳房挟まれ余寒なほ            牧 啓子
      反古貼りし一茶の行李余寒なほ          市江律子
      軒下を風吹き抜くる余寒かな           桑原美視
      一言で電話切れたる余寒かな           下里美恵子
      目薬の頬につたはる余寒かな           村井まさを
      靴紐を結び直せる余寒かな            森川ひろむ
      余寒かなビル解体の音ひびく           田畑 龍
      手術痕なぞる余寒の指の先            小原米子
      水底に鯉の張り付く余寒かな           小原米子
      風紋に靴跡しるき余寒かな            山本光江
      トーチカに寒々残る弾の痕            栗田せつ子
      錠剤の喉に張りつく余寒かな           山口耕太郎
      能面の裏側にある余寒かな            篠田法子
      鼻先に余寒集めてペダル漕ぐ           坪野洋子
      靴下の左右違へし余寒かな            後藤恵美詩
        診察の番号表示余寒なほ             梅田 葵
      地震の地の友の文読む余寒かな          国枝洋子
     

春寒し、春さむ、

      春寒し木椅子三つの司令室            田畑 龍
      棒切れに錆びし銃剣春寒し            中山敏彦
      酒蔵の土間のでこぼこ春寒し           桜井節子
      春寒や歯を抜きし顔ピエロめく          下里美恵子
      春寒し僧と乗り合ふ渡し舟            長江克江
      春寒し溶岩流の筋黒き              森垣昭一
      春寒や画鋲ばかりの掲示板            森垣一成
      春寒し母を叱つてしまひけり           渡辺かずゑ
      春寒や妻を亡くせし友の文            石川紀子
      春寒し舌に残りし貝の砂             梅田 葵
      春寒し腰に冷たき貼薬              加藤けい子
      春寒し軍歌流るるビルの街            市川悠遊
      春寒し古都の土塀に支へ棒            藤田岳人
      邪鬼いつも上目遣ひや春寒し           国枝隆生
      春寒の土間鉄びんの滾る音            鈴木英子
      奈良墨を運ぶレールや寒き春           加藤裕子
      春寒や夫と諍ひふて寝する            玉置武子
      春寒や仔牛首伸べ啼き止まず           磯野多喜男
      春寒や模型繰り説く外科医            磯野多喜男
      春寒やインクまみれの謄写版           二村美伽
      剥製の熊の親子や春寒し             若山智子
      春寒や綴ぢ目ほつれし流人帳           鈴木みすず
      春寒の牧舎の壁に聴診器             佐々木美代子
      春寒の空へ赤鬼反り返る             金原峰子
      酒蔵に雨漏りの札春寒し             新谷敏江
      春寒し波止場に白き喫茶店            武藤光リ
      春寒や顔剥落の役者絵馬             武藤光リ
      また一人悪友逝きて春寒し            武藤光リ
      春寒や達磨画像に見据ゑらる           夏目悦江
      春寒し草屋にひびく沢の音            宇佐美こころ    前書き 大磯
      面接の椅子ひとつ置き春寒し           河原地英武
      春寒き廊下に生徒待たせけり           河原地英武
      春寒や自署薄れたる抑留記            河原地英武
      春寒し追試の点をつけ直し            河原地英武
      春寒や山肌ゑぐる演習地             平 千花子
      ひとり寝の部屋の広さや春寒し          坂本操子
      春寒し旅籠の固き木の枕             山本光江
      春寒の床踏み舞へば師の恋し           大島知津
      春寒や昨日も今日もテロの記事          上杉和雄
      春寒や藻屑に絡む虚貝              熊澤和代
      臍の緒の干涸ぶ仔牛春寒し            上村龍子
      春寒し堰落ち切らぬゴムボール          東口哲半
      春寒や紙幣拒める券売機             貫名哲半
      検査待つ一人の部屋や春寒し           高橋幸子
      春寒し自衛隊機の黒き影             梶田遊子
      子ら去りしジャングルジムや春寒し        山本玲子
      空つぽの郵便受や春寒し             加藤百世

料峭

      料峭や文庫の床の軋む音             豊田紀久子
      料峭や藁すべ散らし神事果つ           辻江けい
      料峭の風に刀工ほほ冷やす            米元ひとみ
      料峭や叩いて開くるジャムの壜          森垣一成
      料峭やソナチネの音の閊(つか)えつつ      金原峰子     閊え→閊へ?
      料峭の歩くほかなき地震月夜           宇佐美こころ
      料峭や杖つく人に見送らる            森 靖子 
      料峭や喪主と呼ばれて夫送る           山本悦子
      料峭や「飛」と一文字の特攻碑          坪野洋子
      料峭や残業に就く椅子固し            廣中みなみ

春の空、春空、春天

      早立ちの杖の軽さや春の空            石崎宗敏
      春空に爆弾あられ爆ぜにけり           太田滋子
      春空に天守の鯱の溶け込めり           武藤光リ

春の雲、春雲

      剥落の丈六仏や春の雲              武藤光リ
      孫悟空乗つてゐさうな春の雲           武藤光リ
      春の雲泰然として温和なり            武藤光リ
      銀色の天文台に春の雲              畑 ときお
      春雲をながめてゐたる宿痾かな          片山浮葉
      大獏が仰ぎてゐたり春の雲            片山浮葉
      春の雲幼になりし母と湯へ            高橋幸子
      噴煙のちぎれて春の雲となり           高橋幸子
      索道は峯から峯へ春の雲             中村あきら
      ネモフィラの丘に影置く春の雲          渡辺慢房
      急逝の亡夫よ乗りませ春の雲           谷口千賀子

春の夕焼、春夕焼、春茜

      古ピアノ春夕焼を乗せて去る           上杉和雄
      遠伊吹春夕焼にかがやけり            上杉和雄

春陰

      春陰や廓に小さき観世音             牧野一古
      春陰や忌明けの文の前後して           鈴木みや子
      春陰に円空仏のささくれし            堀 一之
      春陰や売らるる牛の横ならび           磯田なつえ
      春陰や白き眼を剥く天邪鬼            山本悦子

春一番

      春一番瓢箪絵馬を揺るがせり           豊田紀久子
      春一番湖北の波を尖らする            富田真秋男
      春一番不意に息子の訪ね来し           福島紀美子
      蜑宮の杜とよもせり春一番            坂本操子
      春一番優勝絵馬を打ち鳴らす           奥山ひろみ
      春一番子の反抗期始まれり            太田滋子
      四股踏みて序の口街へ春一番           古賀一弘
      春一番村に塗りたて赤ポスト           小田二三枝

東風、こち風、強東風、正東風(まごち)、梅東風、桜ごち、鰆ごち

      梅東風や豆腐の簀の子並べ干す          山下智子
      さざ波の遠つ淡海や桜東風            山下智子
      荒東風に波まくれ立つ親不知           坪野洋子
      大原の東風に晒せり草木染            坪野洋子
      強東風や羽音激しき大鴉             中山ユキ
      弧を描き止まる渡しや桜東風           夏目悦江
      夕東風や離れ住む子にメール打つ         夏目悦江
      城跡に近き母校や桜東風             砂川紀子
      足許を強き東風過ぐ高架駅            櫻井幹郎
      木遣歌かすかに乗せて桜東風           坂本操子
      強東風や浜に遊具の海賊船            坂本操子
      江田島の松の真直や雲雀東風           幸村志保美
      鳥語湧く御嶽(うたき)の森やさくら東風     陳 宝来
      梅東風や深き軒端に十団子            小田二三枝
      繕ひの魚網の嵩や桜東風             山 たけし
      雲雀東風水屋に積まる米俵            金原峰子
      野宮の恋の絵馬鳴る桜東風            青木しげ子
      富士の嶺望む峠や雲雀東風            藤田岳人
      東風強し旗振るごとき芭蕉の葉          巽 恵津子
      家康のからくり人形東風に舞ふ          神尾朴水
      退院は小荷物ひとつ鰆東風            丹羽一橋
      梅東風や耳掻く猫の後ろ脚            渡辺慢房
      鰆東風ペンキの剥げし海の家           井沢陽子
      鰆東風銚子の露地の天日干            佐藤とみお
      自転車の子らのあいさつ桜東風          小原米子

貝寄風、貝寄吹く

      貝寄風や伊豆大島に迎へらる           栗田せつ子
      貝寄風や弁財天へ橋渡る             山本悦子
      

春北風、春北風(はるならひ)、黒北風

      摺り足で吊橋渡る春北風             菊池佳子
      竹林の秀のみ撓へり春北風            山下智子
      春北風綾子旧居の木戸軋む            平松公代
      架線夫の声はね返る春北風            梅田 葵
      春北風や扉ばたんと外厠             石崎宗敏
      風紋を描きては消し春北風            伊藤旅遊
      山伏の長き問答春北風              武藤光リ         前書き:火渡会
      春北風蛇口の水の歪みたり            中村たか
      白波のひねもす尖る春北風            伊藤範子

春風、春の風

      春風は神の息吹よ句碑除幕            栗田やすし
      手術後の初の化粧や春の風            石原進子
      春風や両手で上げし汽車の窓           渡辺慢房
      高砂の軸のことりと春の風            伊藤範子
      春風や木の香溢るる新校舎            小原米子
      春風や仔牛近づき鼻ならす            嶋田尚代
      節つけて試すマイクや春の風           井沢陽子
      フランスパン抱へくる子や春の風         上杉和雄
      春の風遠回りしてパン買ひに           大橋幹教
      木曽川の春の風くる綾子句碑           後藤暁子
      刀匠の破れ座布団春の風             米元ひとみ
      ハープ弾く乙女の像や春の風           上杉美保子
      少女弾くショパンのワルツ春の風         上杉美保子
      春風や入定塚に鳥の影              丹羽康碩
      春風や団子の刻み海苔飛ばす           武藤光リ
      春風やかつぱ出ますと注意札           武藤光リ     頭書き=千駄木須藤公園
      春風や犬と園児のかけくらべ           武藤光リ
      春風やヒップホップの髪躍る           服部鏡子
      シャッターを切る指先に春の風          森川ひろむ
      丁字屋の柴折戸揺らす春の風           下里美恵子
      春風や御願(うがん)メモ読む若き嫁       平 千花子
      斑鳩の間遠き鐘や春の風             安藤一紀
      喘ぎ行くボンネットバス春の風          野ア和子
      休校やリボン結ふ子に春の風           矢澤徳子
      幼児の走るよろこび春の風            金田義子
      春風や空へキリンが舌伸ばす           新井酔雪

風光る、風眩し

      屋根のなきバス走る街風光る           倉田信子
      じやんけんでおんぶせがむ子風光る        国枝洋子
      風光る清見の寺の無双窓             鈴木信子
      サイゴンの高き街路樹風光る           内田蒼天
      釣瓶井に織部の滑車風光る            伊藤範子
      風光る城下に小さき天文台            近藤文子
      弓なりに棹差す渡し風光る            豊田紀久子
      逆立てゝ磨く自転車風光る            二村美伽
      風光るゲーテ歩きし石畳             二村美伽
      寄せ書きに集ふ晴着や風光る           下山幸重
      自転車を立ち漕ぐ少女風光る           高田栗主
      撫牛の赤きまへだれ風光る            武藤光リ
      風光るあさどやゆんた唄ふ馭者          武藤光リ
      渾身で鐘撞く僧や風光る             武藤光リ
      風光る朱の反り橋を渡るとき           武藤光リ
      猫と住む路上の生計風光る            武藤光リ
      向き替ふる海賊船や風ひかる           武藤光リ
      地上絵に傾くセスナ風光る            漆畑一枝
      風光る佐渡の入江のたらひ舟           今井和子
      三人と一人のシーソー風光る           佐々木美代子
      トランペット吹く子のピアス風光る        宇野美智子
      風光る桝形路地のなまこ壁            渡辺久美子
      被爆樹の走り根太し風光る            川島和子
      まだ湿る鍾馗のひげや風光る           小田二三枝
      流鏑馬の一の矢二の矢風光る           武田稜子
      トランペット響く放課後風眩し          有井真佐子
      公園の水車ことんと風光る            利行小波
      風光るカップル載せし人力車           鈴木みすず
      橋脚の打音検査や風光る             中野一灯
      風光る鴟尾に黄金の武田菱            中野一灯
      窯出しの竹炭の艶風光る             国枝髏カ

春の虹、初虹

      黒雲に天辺触るる春の虹             河原地英武
      大井川跨ぎ二重の春の虹             塩原純子
      スコールの過ぎて明るき春の虹          武藤光リ
      校塔にかかりて二重春の虹            下里美恵子
      片脚は東寺に置けり春の虹            河村惠光
      おほかたは空に溶けたり春の虹          大島知津

涅槃西風、彼岸西風

      涅槃西風平和の鐘を一つ撞く           栗田やすし
      釣り糸の絡む電線涅槃西風            井上 梟
      若沖の高き筆塚涅槃西風             藤本いく子
      被爆樹の黒こげ匂ふ涅槃西風           栗田せつ子
      休漁の網干す入江涅槃西風            松本恵子
      涅槃西風吹かれて歩む大鴉            関根近子
      涅槃西風矢傷著けき寺の門            平松公代
      釈迦堂の檜皮光れり涅槃西風           江本晴子
      涅槃西風稚児の袂の吹かれけり          岩崎喜子
      艶やかな唐人墓よ涅槃西風            武藤光リ
      涅槃西風子の病窓に雲奔る            武藤光リ
      涅槃西風ユーカラ織の幡の艶           角田勝代
      池の辺に鯉の集まる涅槃西風           幸村志保美
      赤き藻の岸に吹き寄す涅槃西風          牧野一古
      彼岸西風大樹を傘に座禅石            山崎文江
      胡座かき網の繕ひ涅槃西風            岡田佳子

春荒、春嵐、春疾風

      生地の皿板ごと飛ばす春疾風           武田稜子
      癌封じ絵馬鳴り止まず春疾風           田畑 龍
      春疾風旅の鞄を横抱きに             下里美恵子
      春疾風不漁四日の舟溜り             小田二三枝
      追伸に友の弱音や春疾風             渡辺久美子
      病院の玻璃打ち鳴らす春嵐            古田富美子
      戸を叩く春の嵐に目覚めけり           山下 護
      春疾風犇く絵馬を鳴らしけり           武藤光リ
      竹林の夕日散らせり春疾風            武藤光リ
      春疾風海豚のショーのしぶき浴ぶ         久田道隆
      百年の家の戸きしむ春疾風            安藤幸子
      水門の鉄扉鳴らせり春疾風            熊澤和代
      春あらし砂丘の輓馬桶を噛む           井沢陽子
      天神の絵馬高鳴れり春疾風            廣島幸子
      試走馬の脈うつ頸や春嵐             石崎宗敏
      春嵐竹藪の竹鳴り通し              中根多子
      春疾風縦一列の下校の子             久保麻季

朧、鐘朧、草朧、灯朧、朧夜

      元老の集ひし館おぼろなる            河原地英武
      朧夜の川のうねりに絹のつや           河原地英武
      朧夜や画廊の窓にダリの顔            河原地英武
      黒髪の艶の宇治川草おぼろ            河原地英武
      おぼろ夜や仄かに匂ふ月桃茶           栗田やすし
      終バスを降りる一人の影おぼろ          梅田 葵
      むづかつて重き赤子や夕朧            若山智子
      猫の死の電話のきたる夜のおぼろ         山たけし
      竜神の声のくぐもるおぼろかな          鈴木みや子
      朧夜や触れてぽろんとオルゴール         武山愛子
      漁火の渚に届く朧の夜              八尋樹炎
      灯を消してよりおぼろ夜をもて余す        安藤幸子
      朧夜や角の溶けゆく角砂糖            佐竹晶子
      祝宴の四十五階朧の夜              国枝洋子
      朧夜の薬草匂ふ小道かな             平 千花子
      離陸機の吸はれし空の朧かな           平 千花子
      仲見世を抜けて朧や花屋敷            井沢陽子
      綾なせる影のおぼろや阿修羅像          井沢陽子
      おぼろ夜や術後の父の多弁なる          山本光江
      三鬼の墓詣でしことも朧かな           中川幸子
      何を見て赤子ほほゑむ朧の夜           栗田せつ子
      鐘おぼろ子規にゆかりの柿古木          山下善久
      雨しとど東京タワー朧なる            小島千鶴
      思ひ出せぬ友の名前よ朧の夜           中山敏彦
      円朝の眠る谷中や鐘おぼろ            武藤光リ
      朧の夜三.一一の廃炉なほ             武藤光リ
      ゴンドラの舳先の反りや水朧           森垣一成
      夢の夫父と入れ替ふ朧の夜            坂本操子
      朧夜や母の脈拍細りゆく             内田陽子
      おぼろ夜の宇宙に人を乗せし船          櫻井幹郎
      一湾の闇の深さや星朧              平松公代
      おぼろ夜の軽き音する脱衣籠           小原米子
      マヌカンの長き睫毛や朧めく           石橋忽布
      余り湯のひびかふ路地やおぼろの夜        中野一灯
      朧夜や志士隠れ家に世界絵図           山ア育子
     

花曇、養花天

      花ぐもり眼鏡買はんと思ひをり          栗田やすし
      露座仏の胸の厚さや花曇             武藤光リ
      鉄棒の錆びの匂ひや花曇             幸村志保美
      観音の厚き腹帯花ぐもり             内田陽子
      花曇竹竿売りの通りけり             桑原 良
      花曇南部鉄瓶白湯たぎる             山下 護
      捨て猫の棲みつきし寺花曇            田畑 龍
      花ぐもり膝に冷たき貼り薬            上杉美保子
      花曇トンガリ屋根のパン工房           牧 啓子
      花ぐもり忍者屋敷のからくり戸          福田邦子
      花ぐもり城には城のにほひかな          櫻井幹郎

鳥曇、鳥雲、鳥風

      鳥曇り父の齢を遙か過ぎ             栗田やすし
      山車蔵に裸灯一つや鳥曇             澤田正子
      管長のお経くぐもる鳥曇             長崎真由美
      ひとり居となりし姉訪ふ鳥曇           松平恭代
      鳥曇氷見の漁港に鳶群るる            上杉和雄
      外つ国の子よりの電話鳥曇            松永敏江
      藻屑焚く小さき漁港や鳥曇            関根切子
      休校におろす校旗や鳥曇             荒川英之
      厨子甕の藍色深む鳥曇              平 千花子
      騒がしき上総の海や鳥雲に            武藤光リ

朧月、月朧、淡月

      幾万の霊を鎮めて月おぼろ            栗田やすし
      吹き降りの雨止みおぼろ月夜かな         花村すま子
      占ひに列なす少女月おぼろ            伊藤旅遊
      窓側の患者指さす朧月              月光雨花
      産院で一人見つめしおぼろ月           松永和子
      頬杖をつきて見上ぐる朧月            山中昌子
      迷路めくメトロの出口月朧            伊藤範子
      名ばかりの電車通りや月朧            河原地英武
      病む母と昔話やおぼろ月             奥山ひろみ
      靴磨く夫の鼻歌おぼろ月             熊谷タマ
      麹種育つ匂ひや朧月               高橋幸子
      終バスを降りて一人や朧月            高橋幸子
      ままごとのやうな一人居おぼろ月         山下美恵
      仏壇を閉ざし見上ぐる朧月            武山愛子
      また一人友が逝きたり月おぼろ          下山行重
      膨らめる満月朧橋おぼろ             近藤節子
 

春の月、春月

        春月や原人化石出でし崖             栗田やすし
      春月の出でて紫紺に東山             河原地英武
      春月や音ことことと兎小屋            櫻井幹郎
      春満月タンカー沖に停泊す            荒川晴美
      厄落し春満月に佇めり              野島秀子
      病窓の玻璃戸に歪む春の月            坪野洋子
      白波の割るる礁や春の月             森垣昭一
      春月や堀に影置く隅櫓              山下 護
      街の灯の消えて大きな春の月           関根切子
      児と仰ぐ春の三日月小舟めく           小蜥テ民子
      転居の荷納めて春の月仰ぐ            伊藤範子
      春満月東京駅の駅舎背に             小島千鶴
      春三日月掠めて宇宙船飛べり           小島千鶴
      春月や空き家に誰か音立てて           山 たけし

春の星、春星、春北斗、星朧

      地震続くふるさと遠し春北斗           佐藤とみお
      春の星かなたに宇宙ステーション         井沢陽子
      母恋へばまたたき強き春の星           下里美恵子

流氷

      流氷の軋みやまざる海暗し            武藤光リ
      流氷のひしめく湾や夕日濃し           栗田せつ子
      海平ら流氷のなきオホーツク           山原勇人
      知床の海流氷が埋め尽す             豊田紀久子

氷解く、浮氷

      氷解け摩周湖の青極まれり            栗田せつ子

薄氷、残る氷

      薄氷の割れ目より鳰顔出せり           栗田せつ子
      日を返す能登の捨田の薄氷            石原筑波
      薄氷に差し初む朝日眩しめり           山本法子
      犬逝きて餌鉢に小さき薄氷            松永敏枝
      薄氷の吹かれて割れて流れけり          吉田青楓
      薄氷におりてのけぞる鴎かな           中川幸子
      うすらひの指にうごける日向かな         山 たけし
      薄氷に咬まれて吹かる藁のしべ          山 たけし
      薄氷や山に始業のチャイム鳴る          利行小波
      金魚田の隅薄氷の揺らぎをり           澤田正子
      薄氷や鍬を浸せし飼葉桶             兼松 秀
      薄氷の奧に緋鯉のひとゆらぎ           安住敦子
      薄氷の下に泳げり屑金魚             長谷川郁代
      ふと動く薄氷虹をはなちけり           近藤きん子
      朝の日に田の薄氷の輝ける            千葉ゆう
      日の射して薄氷下の泡動く            田畑 龍
      薄氷の光る棚田よ恵那の晴            丹羽康碩
      うすらひを杖でつついてよろけたる        近藤文子
      薄氷の甕に濯げり指の泥             都合ナルミ
      薄氷を突つつき回る放ち鶏            野島秀子
      薄氷を突き金魚の餌ねだる            武藤光リ
      薄氷や底の朱色は金魚らし            武藤光リ

雪代、雪汁、雪濁、雪代水

      雪代に流れを統ぶる巨石かな           夏目隆夫
      雪しろの大河見下す崖の上            河西郁代
      雪代の波に揺れゐる舫ひ舟            清水弓月

斑雪(はだれ)、はだれ雪、はだれ野

      斑雪野へ太鼓打ち込む火渡り会          近藤文子
      熊除けの笛ひびきたり斑雪山           倉田信子
      斑雪嶺や鍬をこぼるる土光る           山本悦子
      河童淵遠野はすでに斑雪             小原米子
      斑雪山忍者の里の裏表              小原米子
      落葉松の林道硬き斑雪              田畑 龍
      斑野に干す寒天の漉し袋             奥山ひろみ
      昼寄席の木戸に片寄すはだれ雪          小田二三枝
      屋根神は陶の三猿斑雪              服部鏡子

雪形、雪占

      雪形の現れて峡の田活気づく           森田とみ
      雪形の駒の前足現るる              高橋幸子
      雪形の噺はづめり越の旅             田畑 龍

雪解け、雪消、雪解川、雪解雫

      肩を借り長靴履けり雪解風            河原地英武
      馬籠坂よろこび走る雪解水            栗田やすし
      雪解水高鳴る里や野文楽             栗田せつ子
      能面を外せし頬へ雪解風             国枝隆生
      水底に日の斑(ふ)踊るや雪解川         平松公代
      産小屋へひねもす響く雪解川           幸村志保美
      雪解川捨田の増ゆる村に鳴る           坪野洋子
      二拍子の雪解雫に寝落ちたり           坪野洋子
      雪解の家郷かがやく山河かな           櫻井幹郎
      絵馬と絵馬打ち合ふ音や雪解風          奥山ひろ子
      雪解風まつすぐに来る大潟田           倉田信子
      陶房へ背振山より雪解風             八尋樹炎
      雪解の水音ばかり流刑小屋            辻江けい
      葭倉の雪解雫に髪ぬらす             岸本典子
      隈笹を丸めて掬ふ雪解水             国枝洋子
      屋根の茅一本づつの雪しづく           野々垣理麻
      雪解水光りて落つる鎖樋             武藤光リ
      七彩に神門しづる雪解水             武藤光リ
      晒し場に瀬しぶき上ぐる雪解川          小田二三枝
      固閉ぢし高原ホテル雪解風            藤田岳人
      昏れゆくや雪解半ばの医王山           梅田 葵
      雪解雫鏝絵の残る長屋門             夏目悦江
        雪解川轟く藤村詩碑の裾             巽 恵津子
      板二枚立てて紙干す雪解風            市原美幸
      雪解川逆巻く郡上一揆の地            市原美幸
      雪解風抜くる紺屋の通し土間           角田勝代
      流刑小屋雪解け水の音激つ            河村惠光
      喪に急ぐ川渡るとき雪解風            佐藤とみお
      雪解風ケルンを盾に塩むすび           中野一灯
      雪解川蒼引き締めて海に入る           川端俊雄
      雪解水散らす巌に彫り仏             高橋幸子
      寝床(とこ)に聴く雪解雫の三拍子        服部鏡子
      絶間なき雪解の雫永平寺             石橋忽布

春の土、土恋し、土現る、土匂ふ

      滲み出る水は透明春の土             河原地英武
      春の土蹴つて仔牛の売られゆく          関亜弥美
      ショベルカー均して春の土匂ふ          森 靖子

春泥、春の泥

      鍬の柄の春泥ぬぐふ草束子            中野一灯
      春泥を跳んで丈草産井まで            角田勝代
      捨て舟の底に乾きし春の泥            大谷みどり
      裾持つて一気に跳べり春の泥           武田稜子
      小さき子春泥わざと蹴散らせり          河村恵光
      泣き面の稚児の両手に春の泥           中藤溢子
      春泥を蹴散らし走る草競馬            柴田孝江
      つま先で春泥またぐ善光寺            奥山ひろ子
      背を丸め尼僧春泥跨ぎけり            奥山ひろ子
      飛火野の春泥に足取られけり           塩原純子
      禊池まで春泥に粗むしろ             幸村志保美
      靴減りの似たる親子や春の泥           小長哲郎
      春泥や人は光の影となり             河原地英武
      ノーサイド春泥に膝つきにけり          龍野初心
      托鉢の草鞋に滲む春の泥             東口哲半
      小流れに漱ぐ靴底リの泥             山崎文江

春の野、春郊、弥生野

      春の野に和装の足を投出せり           河原地英武
      春野行く法起寺の塔見ゆるまで          矢野孝子
      杭の穴もぐら穴よと春野行く           矢野孝子
      春の野へ野草図鑑と虫めがね           阪元ミツ子

焼野、焼野原、すぐろ、末黒野、黒生の薄

      末黒なる仙石原に靄かかる            武藤光リ
      末黒野となりし夕べや焦げ臭し          日置艶子
      末黒野へ衣掛柳の風渡る             玉井美智子
      末黒野を煤浮かべたる水流る           清水弓月
      末黒野に風粗き日や伊賀の国           幸村志保美
      末黒野を垂直に雨叩きをり            高橋幸子
      末黒野に降りてしずかや昼の雨          下里美恵子
      末黒野に夕べ明るき雨降れり           下里美恵子

山笑ふ

      沢鳴りに囃されて山笑ひ初む           夏目隆夫
      通知簿読む少女の真顔山笑ふ           平松公代
      山笑ふ芥子粒ほどの熊の胆            井沢陽子
      杣畑にラジオ響けり山笑ふ            中村修一郎
      空高く伸ぶるクレーン山笑ふ           岩上登代
      裳裾より大和三山笑ひ初む            山下智子
      汁椀の湯葉のほどけて山笑ふ           梅田 葵
      山笑ふ今日より後期高齢者            牧 啓子
      トラクターエンジン全開山笑ふ          村田和佳美
      山笑ふ貞女の墓にキンチョール          上杉美保子
      バス停はこの先一里山笑ふ            安藤一紀
      山笑ふちやんで呼び合ふクラス会         河井久子
      猿の罠いつも空つぽ山笑ふ            山田悦三
      神々の鎮もる山も笑ひけり            伊藤旅遊
      吊橋へ踏み出す一歩山笑ふ            関野さゑ子
      仁王履く大き草鞋や山笑ふ            丹羽一橋
      蜜蜂の巣箱抱きて山笑ふ             矢野愛乃
      あんぱんの中の空洞山笑ふ            熊澤和代
      怖々と稚児の火渡り山笑ふ            武藤光リ
      山笑ふ鴉百羽を飛び立たせ            坪野洋子

春の山、弥生山、春嶺

      春の山枝踏む音のよく響く            河原地英武
      春山へ納骨の鉦響きたり             高橋幸子
      間伐の木口匂へり春の山             高橋幸子

春の水、春水

      春の水かげろふ堂の思惟仏            武藤光リ
      堰落ちて光あまねし春の水            武藤光リ
      春水を揺すり友禅流しけり            辻江けい
      帝井の春水を汲む長柄杓             河西郁代
      蛇口より子等ごくごくと春の水          桜井節子
      春水に揺るる逆さの金閣寺            市原美幸
      いのちあるやうに弾みて春の水          中川幸子

春の川、春江

      白濁の氷河より来る春の川            中根多子
      水切りを子と競ひたり春の川           相田かのこ
      せきれいの光となれる春の川           舩橋 良
      春の川橋をくぐりて光り出す           武田稜子
      画帳には描けぬ水音春の川            渡邉久美子

春の海、春の浜、春の磯、春の湖

      夫の忌やひとりで春の海を見に          鈴木みすず
      春の浜貝殻並べ恋の文字             長崎眞由美
      春の海きらめく中に?群る            中根多子
      南房や家並の隙の春の海             菊池佳子
      児と築く大き砂山春の浜             金原峰子
      国引きのごとき筏師春の海            富田範保
      離島便春の海はと滑り出す            平 千花子

春の波、春の浪、春濤

      繋留の小舟に春の波寄する            河井久子
      春の波寄する巌に御神燈             市江律子
      砂風呂の枕へ響く春の波             坪野洋子
      寄するたび淡きひかりの春の波          金原峰子
      ゆつたりと春の波寄す駿河湾           松本恵子
      メッセージボトルたゆたふ春の波         市川あづき

春潮、春の潮

      砂風呂の枕にひびく春の潮            栗田せつ子
      春潮の差し来る浜に水牛車            武藤光リ
      舷低き水上バスや春の潮             武藤光リ
      山頭火句碑に春潮匂ひくる            藤田映子
      春の潮ポンポン船に郵便車            三井あきを
      春潮や航跡著き壇ノ浦              藤田岳人
      春潮を鴎掠むる波浮港              奥山ひろ子    *原文鴎は旧字体
      ふくらみて岩乗り越ゆる春の潮          内田陽子
      沖待ちのタンカー洗ふ春の潮           熊澤和代

春田、春の田、春田晴

      半月と送電塔と大春田              山 たけし

水温む

      よく動く亀の手足よ水温む            河原地英武
      自転車の籠に仔犬や水温む            河原地英武
      水温む薄きガラスの京町家            河原地英武
      水温む伊根の舟屋の梁太し            長崎眞由美
      八ツ橋の影ぎくしやくと水温む          藤本いく子
      石づたひ渡るせせらぎ水温む           菊池佳子
      病癒え洗ふ俎水温む               菊池佳子
      水温む米研ぐ音のかろやかに           岸本典子
      水温む五十鈴の鯉の小太りに           神尾朴水
      水温む小流れに子らはしやぎをり         神尾知代
      桟橋の錆のうき出て水温む            鳥井純子
      水温む魚影あまたの忘れ潮            国枝洋子
      河馬の顎池にあづけて水温む           国枝隆生
      笹舟について歩く子水温む            服部冨子
      母と娘のスキップ高し水温む           利行小波
      百年の鯉の口髭水ぬるむ             山田悦三
      水温む束子で洗ふ地蔵尊             千葉ゆう
      門川に流るる菜屑水温む             上村龍子
      クレソンの茎にひげ根や水温む          上田博子
      水温む小川に番らしき鴨             丹注N碩

花冷

      本郷に和菓子の老舗花の冷            栗田やすし
      花冷や東大生の戦没碑              栗田やすし
      地下鉄で鶴折るをんな花の冷           栗田やすし
      激戦の丘にトーチカ花冷え(はなびーさ)     栗田やすし      前書き:嘉数高地
      床の間に大小の琴花の冷え            中根多子
      花冷や井筒の人の逝きしより           鈴木みや子
      花冷の吉祥天の柳眉かな             鈴木みや子
      花冷や掌で温むる聴診器             小長哲郎
      明日よりは看取る母なし花の冷          鈴木真理子
      炭焼きの煙匂へり花の冷             小島千鶴
      つぎはぎの木偶の衣装や花の冷          奥山ひろみ
      名札のみ残る病室花の冷             二村美伽
      花冷や繕ひ多き木偶衣装             都合ナルミ
      切り込みの子規の文机花の冷           山本悦子
      花冷えの町角で買ふ宝くじ            鈴木信子
      銭湯の残る菊坂花の冷              牧 啓子
      娼館の石のベットや花の冷            伊藤範子
      花冷や匂ひののこる薬瓶             石原筑波
      花冷えの公園に舞ふ新聞紙            牧田 章
      階段に隠し抽出し花の冷             平松公代
      なぞり読む絶縁状や花の冷            藤田岳人
      花冷の寺に地獄図極楽図             熊澤和代
      花冷や鉛筆の芯の折れ易し            中山ユキ
      老眼鏡拭いては曇る花の冷            古賀一弘
      花冷や書棚に夫の日記帳             児玉美奈子
      花冷に正座してゐる通夜の犬           森 靖子
      花冷えや門扉に猛る牡丹獅子           上杉和雄
      花冷やどなたと母に問はれたる          山本光江
      ドア二つある花冷えの懺悔室           篠田法子
      花冷や明石の蛸の一夜干             河原地英武
      花冷の工作室にニス匂ふ             河原地英武
      花冷やATMの京都弁              河原地英武
      花冷えや京の小路の迷路めく           福田邦子
      補聴器も遺品となれり花の冷           丹羽康碩
      針の先焼いて棘ぬく花の冷            上杉美保子
      黒湿る牧場の馬柵や花の冷            武藤光リ
      花冷えや墨痕著き子の卒塔婆           武藤光リ
      花冷や路地に珈琲炒る香り            鈴木真理子
      花冷の南朝玉座医師硯              堀 一之

春塵、春埃、黄塵

      手も足も春の埃に釈迦如来            河原地英武
      空つぽの旅のかばんに春埃            河原地英武
           白まぶし海軍服に春の塵             福田邦子
      春塵や無人の駅の大鏡              榊原昌子
      技芸天裳裾に薄き春の塵             鈴木まつ江
      帝井の丈余の柄杓春の塵             新野芳子
      春塵や露天に厚き花図鑑             藤本いく子
      春埃淡し漱石デスマスク             巽 恵津子
      子規庵の玻璃戸にうすき春埃           武田稜子
      春の塵拭へば鳴れりオルゴール          菊山静枝
      春塵の舞ひ立つ古都の石畳            伊藤旅遊
      春塵や絞り問屋の海鼠壁             武藤光リ
      春塵やガスマスク売る蚤の市           山本悦子
      天平の如来にうすき春の塵            丹羽一橋
      捨て切れぬブリキの玩具春の塵          田嶋紅白
      反り返る文庫の表紙春の塵            関根切子

黄沙、霾(つちふる)、よなぐもり、つちぐもり

      帰り来し故国一面霾れり             河原地英武
      つちふるや埴輪の兵士一列に           河原地英武
      整然と将兵の墓黄砂降る             栗田やすし
      ボロボロの酸素魚雷や黄砂降る          栗田やすし
      大いなる空港の空霾れる             栗田やすし
      黄砂降る濃尾平野のどん詰まり          栗田やすし
      黄砂降る東シナ海一望に             栗田やすし
      つちふりて山脈白くけぶりける          中根多子
      星見えぬ空に満月黄砂ふる            安藤幸子
      ふるさとの家売る話黄砂降る           福田邦子
      霾や鍬を担ぎし義士の像             片山浮葉
      余震とは思へぬ揺れやつちぐもり         辻江けい
      つちぐもる空仰ぎたり屈子像           市川克代
      黄砂舞ふ骨董市に香炉買ふ            山口登代子
      縁側にうすき足跡黄砂の日            村上ミチル
      輪タクの往き交ふ大路黄砂降る          鈴木みすず
      黄砂降る梵字ばかりの蒙古塚           伊藤旅遊
      霾ぐもり鳥屋の鵜声のけものめく         国枝隆生
      遣唐船舫ひし入江霾れり             益田しげる
      職退く日決めて黄砂の街に出づ          磯田なつえ
      霾や見慣れし街の異国めく            小蜥テ民子
      身ほとりに辞典目薬黄砂降る           八尋樹炎
      金印の出でし島影黄砂ふる            八尋樹炎
      黄砂降る信濃比叡の峡深し            武藤光リ
      防人の征きし峠や黄砂降る            武藤光リ
      郁夫展出て房総のよなぐもり           武藤光リ
      つちふるや棚に黄ばみし文庫本          武藤光リ
      つちふる日梁より垂るる木偶の足         内田陽子
      カーテンを引けばつちふる朝の空         牧 啓子
      長安を囲む城壁黄砂ふる             市江律子
      つちふるや喘ぎ登りしゴビ砂漠          高島由也子
      霾や老いし駱駝の長睫              丹羽一橋
      都府楼の礎石にうすき霾ほこり          丹宙鼡エ
      ひび深き煉瓦煙突つちふれり           金田義子
      音鈍き軍用ヘリや黄砂降る            坪野洋子
      つちふるや鎧めきたる犀の肌           伊藤範子
      川沿ひに木彫の河童よなぐもり          上村龍子
      露座仏の螺髪の渦に黄砂降る           林 尉江

陽炎、遊糸、糸遊、かぎろい、逃水

      ひとり来て摩文仁の丘にかげろへり        栗田やすし
      糸遊に囲まれて吾(あ)も陽炎へる        栗田やすし
      水陽炎踊る萱葺屋根の軒             平松公代
      陽炎に牧牛の群揺らぎをり            益田しげる
      かげろへる養蜂箱や信濃晴            二村美伽
      逃水や国境越ゆる人の群れ            武田稜子
      かぎろひて川燈台の白障子            高橋ミツエ
      キリシタン牢跡の丘陽炎へり           若山智子
      沖の島隠し巨船のかげろへる           安藤幸子
      かげろひの中を無人の観覧車           安藤幸子
      最果ての小さき空港陽炎へり           武藤光リ
      陽炎に屋根のシーサー蠢けり           武藤光リ
      陽炎や形の崩れし電車来る            武藤光リ
      印結び火渡る行者陽炎へり            武藤光リ
      過疎村へ鉄路陽炎ふ日和かな           武藤光リ
      放哉の草引きし寺かげろへる           野島秀子
      陽炎の彼方離陸機着陸機             櫻井幹郎
      参道をよぎる江ノ電陽炎へり           横森今日子
      陽炎の湖を見下ろす美術館            森垣一成
      逃水や箱一杯の日記焼す             八尋樹炎
      糸遊や新地となりし日吉館            森 靖子
      小流れの水口さやに陽炎へり           谷口千賀子
      逃げ水や鈴鹿嶺の裾溶けさうに          国枝髏カ
      陽炎(かぎろひ)の野に立ち城の揺るるなり    清水弓月
      古戦場ただ陽炎の立つばかり           伊藤旅遊
      逃水を追ふ少年のスニーカー           加藤剛司

蛙のめかり時、めかる蛙

      気まぐれな山の雨来るめかり時          栗田やすし
      めかり時湯煎の湯玉はじく音           鈴木みや子
      めかり時バス一駅を乗り過す           若山智子
      引越しの荷を持て余すめかり時          長江克江
      めかり時人の名のふと浮かび来ず         清水弓月
      達磨船ゆく大川や目借時             鈴木みすず
      あづかりし子と川の字に目借時          内田陽子
      目借時音なく回る花時計             山本悦子
      繰り言の多き卒寿や目借り時           小原米子
      散髪の稚児よく動く目借時            兼松 秀
      木彫師の槌音高き目借時             坪野洋子
      図書館の床の軋みや目借時            関根切子
      えんぴつの転がる音や目借時           関根切子
      大仰な妻の眼帯目借時              丹注N碩
      めかり時指の先まで眠たかり           下里美恵子
      鐘楼を支ふる邪鬼や目借時            国枝髏カ

菜種梅雨

      慣れきらぬ厨仕事や菜種梅雨           武藤光晴
      ためらひて砂風呂に寝る菜種梅雨         下山幸重
      水たまりに波紋途切れず菜種梅雨         山下美恵
      ふるさとへ友帰る日や菜種梅雨          岡島溢愛
      菜種梅雨二日続きの偏頭痛            岡島溢愛
      心電図撮られてをりぬ菜種梅雨          矢野愛乃
      西南の役の弾丸あと菜種梅雨           高橋ミツエ
      ぼかし絵のやうな島山菜種梅雨          伊藤旅遊
      耳鳴りの止まぬ一日菜種梅雨           丹注N碩

春暑し、春の汗

      春暑し顎投げ出して犀眠る            佐藤とみお
      かすかなる喉の痛みや春暑し           夏目悦江
      春暑し仔牛の毛梳く金束子            中山俊彦

春深し、春闌、春深む

      自炊せし鍋の凹みや春深し            栗田やすし   前書き   本郷・新星学寮
      鵜の庭に山積みの薪春深し            栗田やすし
      胸うすき百済のほとけ春深む           矢野孝子
      板朽ちし渡舟場跡や春深む            山本正枝
      納屋隅に目立ての火花春深し           小田二三枝
      春深し夫の覚えし鯖味噌煮            磯田なつえ
      吊りてある遺愛の背広春深し           市橋洋子
      検番の前はビストロ春深む            鈴木みすず
      東海道跨ぐ鳥居や春闌くる            武藤光リ
      出番待つ力士の欠伸春闌くる           関根切子
      浮き易き風呂の敷き板春闌くる          山 たけし
      文楽の太棹響き春深む              金田義子
      品書きの和紙のももいろ春闌くる         伊藤範子
      春深し鎖骨あらはな空也像            長崎眞由美     前書き :六波羅蜜寺
      水かげろふ踊る白壁春闌けぬ           伊藤旅遊
      豊蔵の瀬戸黒の艶春闌くる            上田博子
      寝苦しき布団の重さ春たくる           岸本典子
      み仏のしなやかな指深き春            栗田せつ子

暮の春、暮春、春暮るる

      はぐれ鵜の遠まなざしや暮の春          栗田やすし
      江の電を降りて暮春の海を見に          野島秀子
      補聴器の閉塞感や暮の春             夏目悦江
      暮の春砂丘に残る杖の跡             久保麻季
      月の暈二重ににじむ暮春かな           国枝髏カ

行く春、春尽く、春の果

      行く春の仁王の腹に残る金            夏目悦江
      行く春や伯父の形見のハーモニカ         塩原純子
      行く春やからすみに振る紹興酒          後藤邦代
      行く春や露座の良寛佐渡見つめ          神尾朴水
      行く春や切り口赤き吉野杉            上村龍子
      行く春や碧の筆なる土芳塚            松平恭代
      ゆく春や表札の跡うすうすと           石崎宗敏
      行く春やわが立つ影が草叢に           中川幸子
      ゆく春の渚に拾ふ虚貝              伊藤旅遊
      逝く春の鐘響きけり入鹿塚            熊澤和代
      行く春や踵潰れし子のシューズ          渡辺慢房
      行く春や墓に売約済の札             内田陽子
      行く春の壁に魔除けの鬼の面           鈴木英子
      吐く息に重さありけり春の果           酒井とし子
      行く春や釣師二人の手漕ぎ舟           中野一灯

春惜む、惜春

      亀石の瞼のぞきて春惜む             国枝洋子
      炉を閉ぢて茶室に一人春惜む           加藤洋子
      朱の残る一切経蔵春惜しむ            上田博子
      春惜しむ鉦のひびけり壬生の空          吉岡やす子
      春惜しむ辺戸の岬の風鳴りに           砂川紀子
      天平の風に吹かれて春惜む            岸本典子
      春惜しむ手漕ぎの舟に身をまかせ         金田義子
      嵯峨土鈴振つて右京の春惜しむ          上村龍子
      春惜しむでで虫句碑に触れもして         坪野洋子
      惜春の夕日ふくらみつゝ落つる          梅田 葵
      春惜む誓子が浜に一人来て            下里美恵子
      子規の間の小さき地球儀春惜しむ         小島千鶴
      括り女と膝付き合はせ春惜しむ          森垣一成
      蔀戸の残る町家や春惜しむ            山本法子
      惜春や山の麓に夜汽車の灯            山本玲子
      春惜しむ子規の机に膝正し            中斎ゆうこ
      惜春や開きしまゝの日記帳            矢野孝子
      惜春や戸籍に残る旧漢字             内田陽子
      引き潮のさらふゴム毬春惜しむ          山田万里子
      小流れに笹舟浮かべ春惜しむ           中道 寛

夏近し、夏隣

      お地蔵の路地を掃く児や夏隣           生川靖子
      夏近し海跨ぎ行くモノレール           渡辺慢房
      夏近し塩焚く釜の煙だし             武藤光リ
      夏間近スワンボートの長き首           武藤光リ

弥生尽

      撫で仏を全身さすり弥生尽            岸本典子
      身ほとりの埃にまみれ弥生尽           伊藤旅遊

四月

      家中の玻璃戸磨きて四月来る           長江克江
      手作りの九九の表貼る四月かな          服部達哉

清明(4月5日頃)

      清明の風や寄居虫(やどかり)掌に這はす     栗田やすし
      清明や茶畝に拾ふ鷹の羽根            山田悦三
      清明や海に向く玻璃磨きをり           小田二三枝
      清明の浮き雲一つ古墳山             小田二三枝
      清明や浮かみて光る鯉のひげ           上村龍子
      清明や青空に透く鷺の羽根            武藤光リ

穀雨(4月20頃)

      大宇陀の溝川迅き穀雨かな            国枝隆生
      茶畑もみかん畑も穀雨中             都筑恭子
      山芋の蔓伸び初むる穀雨かな           中村修一郎
      草刈の鎌研ぎあげし今日穀雨           幸村志保美

八十八夜

      貝割菜八十八夜の雨溜むる            関根近子

四月馬鹿、万愚節

      父の忌のまた巡り来し万愚節           栗田やすし
      どんぶりに野菜ばかりや四月馬鹿         栗田やすし
      谷底へボール消え行く四月馬鹿          栗田やすし
      造花にもミスト一吹き万愚節           河原地英武
      教室の除菌作業や四月馬鹿            河原地英武
      万愚節妻の返事が母の声             中山敏彦
      家計簿の帳尻合はす四月馬鹿           岡島溢愛
      代名詞ばかりの会話万愚節            青木紫水
      獣院に猫のエイズや四月馬鹿           山田悦三
      警官にあいさつさるる四月馬鹿          片山浮葉
      さりげなく切り出す話万愚説           伊藤旅遊
      礼状がわび状となる四月馬鹿           国枝隆生
      また一つ増えし薬や四月馬鹿           国枝隆生
      四月馬鹿豆をのせたき付け睫毛          龍野初心
      母の夢つづきが見たし四月馬鹿          太田滋子
      亡き母に愚痴をこぼせり四月馬鹿         太田滋子
      へそくりの仕方教ふる四月馬鹿          田畑 龍
      百円で売る全集や四月馬鹿            坂本操子
      文字忘れ友の名忘れ四月馬鹿           山下智子
      四月馬鹿監視カメラへ投げキッス         中野一灯
      薬局へ更なる列や万愚節             磯田なつえ
      ウイルスも人もうようよ四月馬鹿         武藤光リ
      何事もなくてひと日や四月馬鹿          岸本典子
      万愚節掃除ロボット褒めそやす          高橋幸子

四月尽

      四月尽出しそびれたる文一つ           栗田やすし
      文机に陀羅尼助丸四月尽             磯田なつえ
      四月尽だらだら坂を試歩の杖           武藤光晴
      コーヒーを牧師と飲めり四月尽          兼松 秀
      鍬入れて開く水口四月尽             平松公代

踏青、青き踏む

      伊吹晴師のふるさとの青き踏む          豊田紀久子
      やはらかく曲る大河や青き踏む          八尋樹炎
      神事果て川原伝ひに青き踏む           石川紀子
      藍染のバンダナを巻き青き踏む          中野一灯
      青き踏む土手をななめに登りつつ         櫻井幹郎
      園児らの帽子五色(いついろ)青き踏む      坂本操子
      万歩計零に戻して青き踏む            龍野初心
      ポケットに鳥の図鑑や青き踏む          磯田なつえ
      自由画帳もちて園児ら青き踏む          河村惠光
      畦越えて一揆の碑まで青き踏む          国枝洋子
      お下がりの靴の片減り青き踏む          中斎ゆうこ

野遊、山遊、野がけ

      逆立ちはもう出来ぬなり野に遊ぶ         櫻井幹郎
      地下街に戻るや月の野に遊び           櫻井幹郎
      野遊びのジーパン後期高齢者           櫻井幹郎
      野遊びへ発つ地下街の地下の駅          櫻井幹郎
      野遊びや小枝でコーヒー掻き混ぜて        加藤ノブ子
      アルプスの水迸る野に遊ぶ            高田 實
      野あそびや雑草図鑑をポケットに         山本正枝
      野遊びの帽子飛ばさる舟着場           中根多子
      野遊びや施設の母を誘ひ出し           高橋幸子
      野あそびや風の攫ひし古帽子           丹羽一橋

摘草、草摘む

      摘み草や土手の少女のまろき膝          三井あきを

磯遊び、磯祭

      小さき手で靴そろへをり磯遊び          菊池佳子
      伊勢志摩は母のふるさと磯遊び          鈴木 文

遠足、ピクニック

      財布手に店覗きゆく遠足児            山下 護
      遠足の保母また後ろ歩きかな           櫻井幹郎
      遠足の子らペンギンに歩を合せ          小長哲郎
      遠足のしんがりに付く新教員           中山敏彦
      木道を歌つて過ぐる遠足児            豊田紀久子
      飛鳥寺の法話正座の遠足児            山下帰一
      遠足とて未明の厨灯す妻             荒川英之
 

春ショール

      ローランサンその桃色の春ショール        矢野孝子
      寺町の小さき駅舎や春ショール          武藤光リ
      芸大の門の明るし春ショール           武藤光リ
      車椅子の母に掛けやる春ショール         菊池佳子
      ひらひらと風に舞ひたり春ショール        大原悦子
      旅の荷に色を違へし春ショール          伊藤範子
      去り状を読む春ショール巻き直し         幸村志保美
      教会の木椅子に畳む春ショール          丸山三依
      うたた寝の母に掛け遣る春ショール        武田明子
      風やさし遠出にまとふ春ショール         谷口千賀子
      春ショール西行庵に忘れきし           野島秀子

春服、春装

      ぽつくりを鳴らして来たり春着の子        伊坂壽子
      大人びし少女はにかむ春着かな          つのだひろこ

春袷

      さくら染の春袷足す旅鞄             小島千鶴

春帽子

      春帽子六十代はまだ若し             櫻井幹郎
      里道を母と揃ひの春帽子             高橋幸子
      通夜二タ夜父の棺に春帽子            幸村志保美

春燈、春の燈

      色白き湯宿の女春灯し              栗田やすし
      四つ割りのわが病室や春灯し           栗田やすし
      点滴は命のしづく春ともし            栗田やすし
      綾取りの紐ほどきゐる春燈下           渡辺慢房
      クラス写真ルーペで見入る春燈下         安積敦子
      春燈す慶派仏師の一系図             宇佐美こころ
      新しき教科書広ぐ春灯下             太田滋子
      春灯す子規の間に居て去り難し          上村龍子
      楽器店の真つ赤なドアー春灯す          井沢陽子
      春燈下受胎告知のグレコの絵           武藤光リ
      金色の寝釈迦艶めく春ともし           藤田岳人
      点滴を提げてトイレへ春燈下           河原地英武
      春燈や町屋に売らるる美濃の和紙         奥山ひろ子
      雑兵の伝へし兵書春ともし            梶田遊子

春障子

      春障子病は告げず別れきし            高橋ミツエ
      春障子固く閉ざせり出合茶屋           江口ひろし
      さはさはと竹の葉影や春障子           上杉和雄
      座禅堂切り張りおほき春障子           山本悦子
      伎芸天へ細目に開くる春障子           山本悦子
      眠る児の乳吸ふしぐさ春障子           菊山静枝
      尺八の音の響けり春障子             中川幸子
      指穴の一つ新し春障子              梅田 葵
      こきりこのささら響けり春障子          若山智子
      微睡めば風入る音や春障子            小山 昇
      手遊びの親子狐や春障子             山ア育子

春の炉

      春の炉のけぶる丸子の麦とろ屋          岩田啓子
      大井宿春の炉を焚く行在所            角田勝代
      春炉焚く男言葉の山ガール            中野一灯

春暖炉、春炬燵、春火鉢

      ふる里や老いたる猫と春炬燵           栗田やすし
      漁船待つ浜の糶場の春火鉢            栗田やすし
      主なき部屋に蒔絵の春火鉢            堀内恵美子
      大津絵の話はづめり春炬燵            小澤明子
      脚伸ばす母亡き部屋の春炬燵           前田史江
      居眠りし母にメモ置く春炬燵           安積敦子
      補聴器の母と語らふ春炬燵            橋本紀子
      春炬燵ジグソーパズルのはかどらず        関 亜弥美
      うたた寝に眼鏡はづれし春炬燵          岩上登代
      かくれんばう児がもぐりこむ春炬燵        森 妙子
      読みかけの頁に眼鏡春ごたつ           高橋ミツエ
      まどろみて雨音やさし春炬燵           鈴木真理子
      春火鉢町医二代目老いにけり           山下 護
      鼾かく術後の子犬春炬燵             岡野敦子
      一人居の一汁一菜春炬燵             辻 桂子
      退院の父を囲めり春炬燵             太田滋子
      春炬燵ひとり暮しを決めし子と          太田滋子
      物忘れ互ひに詰り春炬燵             今村雅子
      春火鉢かこみ笛方出を待てり           篠田法子
      欠伸して出て行く猫や春炬燵           横森今日子
      大原や参道に置く春火鉢             山本光江
      錠剤の転がり落ちし春炬燵            矢野愛乃
      春炬燵猫にたつぷり愚痴こぼす          渡辺かずゑ
      クリムトの接吻夢に春炬燵            伊藤範子
      春炬燵猫が抱つこを目でせがむ          武藤光リ

炉塞、炉蓋、炬燵塞ぐ、炉の名残

      炉ふさぎに世界地図貼る祖母の家         奥山ひろ子
      お手前の指たをやかに名残の炉          谷口千賀子
      ジョーカーを拾ひて炬燵しまひけり        山下善久

北窓開く

      北窓を開き伊吹の風通す             下里美恵子
      北窓開け綾子師の部屋明るうす          廣島幸子
      北窓を開く明治の弾薬庫             河合義和
      北窓を開けて書斎の塵はらふ           渡辺久美子
      北窓を開き書斎に富士の風            栗田せつ子

目貼剥ぐ

      五聖像祀る藩校目貼剥ぐ             武藤光リ

雪囲い解く,冬囲いとる,雪吊解く

      鳶の笛雪囲ひ解く余呉の里            野島英子

厩出し

      厩出し前脚高く嘶けり              上村龍子

菱餅

      菱餅の紅一枚が反り始む             夏目隆夫
   

桜餅

      遊学の子と分かち食ぶ桜餅            栗田やすし
      桜餅買ひ来て妻の老い知らず           栗田やすし
      憲法の話などして桜餅              国枝洋子
      酒好きの父に供ふる桜餅             山本崇雄
      さくら餅母の生家に土間残る           和久利しずみ
      花街に残る老舗のさくら餅            上杉美保子
      妻と居る刻の無口や桜餅             国枝隆生
      テーブルに妻の伝言さくら餅           小長哲郎
      いつまでも指に残り香桜餅            日野圭子
      しばらくは眺めてゐたる桜餅           丹羽行雲
      ぐちを聞くことも夫婦や桜餅           斉藤眞人
      句碑開き仕出し料理にさくら餅          梶田遊子
      桜餅提げてみどり児見せに来る          森垣一成
      食ひ終へて香の遺りたる桜餅           渡辺慢房
 

草餅、蓬餅

      草餅を土産に妻の帰り来し            栗田やすし
      草餅を山盛にして子の忌日            大橋幹教
      不揃ひに父の作りし蓬餅             佐藤博子
      初物の草餅買へり道の駅             夏目隆夫
      草だんご頬ばり帝釈橋渡る            豊田紀久子
      柴又や殊に色濃き草団子             伊藤克江
      七輪で焙りて売れり草の餅            森 靖子
      不揃ひの婆の手作り草の餅            森 靖子
      存問の言葉短し草の餅              石原筑波
      生き生きと老い草餅を二つ食べ          櫻井幹郎
      大和路や度の終りの蓬餅             河合義和
      家毎に祀る地蔵や草の餅             磯田なつえ
      草餅の黄な粉こぼせり法衣膝           山 たけし
      仏壇の真新しくて草の餅             牧野一古
      老い母の尽きぬ話や草の餅            矢野孝子
      草餅に伊吹の蓬搗きこめる            清水弓月
      円空の寺に草餅焼く匂ひ             林 尉江
      草餅の青き匂ひや母偲ぶ             奥山比呂美

蕨餅

      蕨餅母似の人が売つてをり            廣中美知子
      蕨餅食ぶる和上の寺の前             角田勝代
      わらび餅鍵屋の辻の床机台            岡田佳子
      湧水に冷やして売れり蕨餅            岡田佳子

菜飯、青菜飯

      母の忌や母より生きて菜飯炊く          森 靖子

蜆汁

      恙なき一日の夕餉蜆汁              松平恭代
      ほどほどの幸を味はふ蜆汁            今里健治

白子干、白子、ちりめん

      やはらかき朝の浜風白子干す           長江克江
      潮焼けの手が掻き回す白子干           渡辺慢房
      白子干す小さき熊手で軽やかに          金田義子
      原発の見ゆる砂浜白子干す            齋藤真人
      しらす干し一合升で量り売る           高田 實
      浜風に匂ふ白子の天日干             二村美伽
      一つまみ味見して買ふ白子干           日野圭子
      浜風や立つて掻き込む白子飯           関根切子
      蜑小屋に湯気溢れさせ白子干           武藤光リ
      丼に眼きらめく生しらす             千葉ゆう
      湘南の風にきらめく白子干            森垣一成
      島の路地木椅子に白子並べ干す          岸本典子
      夕糶や星空めける白子の眼            岸本典子

目刺

      目刺焼く匂ひ仏間に届きけり           奥山ひろみ
      七輪で目刺焼きゐる朝の市            草留玉恵
      独り焼く目刺に仔犬寄り来たり          山下 護
      ひと降りのあとの夕映え目刺焼く         梅田 葵
      一人居や目刺二匹を焼けば足る          牧 啓子
      ビートルズ聴きつつ潤目鰯かな          古賀一弘
      怒り顔ならぶや皿の焼目刺            櫻井幹郎
      妻の留守目刺三匹焦がしたり           上杉和雄
      目刺焼く八十一となりし夜の           武藤光リ
      箸焦し目刺焼きゐる朝市女            中斎ゆうこ
      テレビより爆撃の音目刺焼く           伊藤範子

干鱈、棒鱈

      棒鱈のごろりと錦市場かな            山下智子
      干鱈の反りて飴色朝の市             山崎文江
      棒鱈の樹皮のごとくにねぢれをり         伊藤克江
      朝市の棒鱈の顎捻ぢ曲がる            林 尉江

干鰈、蒸鰈、やなぎむし

      ひるがへる度に骨透く干鰈            市川正一郎
      菊坂の路地の日溜り鰈干す            横森今日子
      達筆の添書のあり蒸鰈              伊藤旅遊
      干鰈薄紅色に春日透く              服部鏡子
      干鰈匂ふ軒端や浦泊り              中野一灯
      酌み交はす酒は辛口蒸鰈             小長哲郎
      居酒屋の軒に吊るせる干鰈            岡田佳子

壺焼、焼栄螺

      壺焼の匂ひこもれる蜑の家            長江克江
      つぼ焼の醤油芳し漁師町             山本法子
      壺焼が呪文のやうな声発す            丹宙鼡エ

木の芽和、山椒和

      木の芽和へ女将の白き割烹着           日野圭子

田楽、木の芽田楽、田楽豆腐

      城のある町田楽の味噌匂ふ            小島千鶴
      田楽の味噌焦がす香の庭に満つ          澤田正子
      田楽を待つ小座敷に夢二の絵           谷口千賀子

蕗味噌

      蕗味噌や男手だけの峡の宿            横森今日子
      蕗味噌に粥をよごせり病み上り          牧野一古
      蕗味噌や小諸馬子唄聞く飯屋           三井あきを

田螺和

      無為徒食重ねて傘寿田螺和            武藤光リ

青饅、葱ぬた

      盃に青饅添へて亡き夫に             安藤幸子
      青饅を作り置きして夜の集会           角田勝代
      青饅や水をくぐらす利休箸            矢野孝子
      青ぬたや小皿の数を一つ足し           鈴木羊草
      青饅や看板褪せし磯の宿             小原米子
      青饅の味を濃い目に雨籠り            松岡美千代

酢茎、酢茎売

      酢茎売る秤の針の跳ねやまず           坪野洋子
      三つ指のお多福撫でて酢茎買ふ          谷口千賀子
      上賀茂のどの路地からも酢茎の香         武田稜子

治聾酒

      治聾酒や庭に喧嘩の猫の声            武藤光リ

春闘

      春闘の拳を海に突き出せり          江口ひろし

春休み、春休暇

      消火器の目につく廊下春休            櫻井幹郎

新学級、新学期

      児の背丈書き足す柱新学期            上杉和雄

卒業、卒業試験、入学

      祖母縫ひし羽織袴で卒業す            長岡安子
      記念樹の細きを植ゑて卒業す           小蜥テ民子
      男子らも雑巾縫つて卒業す            安藤幸子
      お揃ひのガウン羽織りて卒業す          荒深美和子
      式場の光集めて卒業子              近藤紀子
      入学の吾子の真白き襟眩し            大島知津
      髪堅く結び娘は卒業す              大島千津
      胸元のりぼん揺らして入学す           中本紀美代
      はにかみて詰襟正す新入生            川口敏子
      母の手を固く握りて入園す            上杉和雄
      土砂降りの雨に沈めり卒業歌           小原米子
      泣き虫の声変はりして卒業す           岡部幸子
      賛美歌につつまれて娘ら卒業す          金原峰子
      受話器より大人びし声卒業す           矢野愛乃
      父に似る鼻筋凛と卒業す             磯田なつえ
      卒業式体育教師大泣きす             服部達哉
      入学式流るる校歌口ずさむ            太田滋子
      煌めけり入学の子の金釦             太田滋子
      手をほどき校門目指す新入児           森川ひろむ
      ランドセル何度も撫でて卒業す          工藤ナツ子
      雲流る卒業証書筒に古り             小長哲郎
      卒業や手擦れの一書師に返し           河原地英武
        卒業の子が黒々と睫毛塗る            河原地英武
      花束に落とす涙や卒業日             河原地英武
      入園児兄の御下がりよろこべり          玉井美智子
      笑顔よき少女となりて卒業す           長江克江
      入園児茶髪の父を引き連れて           中村あきら
      鉛筆に残る歯形や大試験             丹羽一橋
      鼻すする音も交じりて卒業歌           新井酔雪
      先生とジャンプでタッチ卒園児          中斎ゆうこ
      卒業の飛び跳ねて撮る写真かな          関根切子

入学試験、受験期、及第、落第、合格

      背伸びして高きに掛くる受験絵馬         丹羽康碩
      鉛筆の床打つ音や大受験             河原地英武
      ウイスキー提げて落第見舞かな          河原地英武
      合格の報せ全燈ともしけり            市川正一郎
      大試験終へ真青なる空仰ぐ            高田栗主
      大試験落ちなひ猿の絵馬吊るし          山下智子
      受験子のスカーフ直し送り出す          渡辺慢房
      受験生最上段に絵馬吊れり            足立サキ子
      大試験終へし校舎や夕日濃し           武藤光リ
      今朝ばかり子の素直なり大試験          中村たか
      受験子を送りて母は氏神に            河合彰子
      合格子髪に小さきリボン結ふ           山本光江
      合格を決めし子に買ふ幸福論           篠田法子
      背伸びして吊る仮名書の受験絵馬         龍野初心
      受験の子あつけらかんと漫画読む         岸本典子
      薄化粧してはにかめり合格子           太田滋子
      受験終へギターの弦を調律す           太田滋子
      靴箱の名札を剥がす落第子            荒川英之
      絵馬を吊るうなじの白き受験生          服部鏡子
      励ましは言はず受験子送り出す          田嶋紅白
 

ぶらんこ、ふらここ、鞦韆(しゅうせん)

      ぶらんこを漕ぎて童謡ハミングす         中津川幸江
      ふらここや膝の幼児と風の中           長谷川美智子
      ふらここを思いつきり漕ぎ反抗期         角田勝代
      膝の子のシャボンの匂ひ半仙戯          角田勝代
      空を蹴るときぶらんこの捩れけり         河原地英武
      ふらここに立つ子坐る子漕ぎ出せり        河原地英武
      ふららこや天へ前向き後ろ向き          櫻井幹郎
      をさなごと漕ぐぶらんこの風やさし        中川幸子
      ふらここを揺らして読めりラブレター       河村惠光
      ハンカチを敷き鞦韆にゆるる妻          荒川英之
      鞦韆に歩き疲れし足浮かす            林 尉江
      ふらここに揺れて亡き妻偲びけり         中村修一郎
      ブランコの足白山に届きけり           山 たけし
      ふらここや母と幼子揺れそろへ          金田義子

風船、紙風船

      難民の子の風船の萎びかけ            河原地英武
      風船に手首引かれて駆け出せり          河原地英武
      紙風船畳まれてゐし薬筺             渡辺慢房
      店先に風船と犬繋ぎおく             月光雨花
      ゴム風船飛ばして橋の渡り初め          青木しげ子
      ゴム風船紐ゆらぎつつ青空へ           坂本操子
      道化師のくれし風船持ち歩く           近藤文子
      確と手に紙風船の重さかな            長崎眞由美
      母いつもひいふうみいと紙風船          梅田 葵
      母遠し置き薬屋の紙風船             佐藤とみお

風車、風車売

      風車売る眩しげな顔をして            渡辺慢房
      百体の地蔵に百の風車              幸村志保美

雛市、雛店

      雛市に買ふ爪ほどの貝合せ            谷口千賀子
      雛の市紅ひと差しの飴細工            近藤文子
      古雛売らる冷たき茣蓙の上            近藤きん子

白酒、白酒売

      白酒に頬ほの染むる妻老いし           中山敏彦

絵踏,踏み絵、寺請証文

      踏絵めくルオー未完の磔刑図           矢野孝子

曲水、盃流し

      曲水や華燭の杯を干すごとく           片山浮葉
      曲水の斎王だぶだぶ沓で来る           長谷川郁代

石鹸玉

      シャボン玉幼な子が息吹きて割る         栗田やすし
      子どもらが象へ飛ばせり石鹸玉          片山浮葉
      まはりつつ色を変へたりしやぼん玉        長谷川郁子
      しやぼん玉三角点に弾けたり           長谷川郁子
      退院の延びし子と吹くシャボン玉         二村美伽
      父と子が無口にしやぼん玉飛ばす         野村君子
      真青なる空へ母子の石鹸玉            加藤純子
      石鹸玉夕日を受けて消えにけり          加藤百世
      花嫁のヴェールに触れししやぼん玉        鈴木みすず
      園児らと丘越えゆけりしやぼん玉         鈴木みすず
      しやぼん玉弾けし音を聞き漏らす         牧田 章
      幼くて姉となりしがシャボン玉          夏目隆夫
      泣き顔のピエロの方へ石鹸玉           奥山ひろ子
      子の飽きてより父の吹く石鹸玉          渡辺慢房
      しやぼん玉園児の声に弾けたり          三井あきを
      しやぼん玉追ふ児の大き黒眼かな         小島千鶴
      青空や瓦礫の上をしやぼん玉           近藤文子
      しやぼん玉瞼に残る虹の色            龍野初心
      しやぼん玉吹きて黒目の寄る子かな        横森今日子
      児の髪に七色はじけしやぼんだま         若山智子
      芝草に弾みて消ゆるしやぼん玉          国枝洋子
      しやぼん玉太鼓櫓を越え行けり          小田二三枝
      子等の追ふひかりよ風よ石鹸玉          橋本ジュン
      くるくると回る青空しやぼん玉          太田滋子
      石鹸玉オペラ座窓に飛ばしをり          栗山紘和
      信長の銅像に消ゆシャボン玉           長江克江
      しやぼん玉レンガ倉庫の空に消ゆ         角田勝代
      道化師の鼻に弾けし石鹸玉            矢野孝子
      しやぼん玉追へば日差に光りたり         松永敏枝
      石鹸玉手に掬はんと児が追へり          山本光江
      しやぼん玉ひとつ消えずに子の髪に        鈴木英子

凧、凧揚げ、凧日和、懸り凧、いかのぼり

      児と上ぐる三十連の凧重し            佐藤博子
      橋立の松に掛かれる奴凧             高橋治子
      連凧のひたすら高し峡の里            三井あきを
      凧揚がる誓子の海の風に乗り           若山智子
      凧の糸スカイツリーへ伸ばしやる         佐藤とみお
      のけぞつて田に墜つ十畳武者絵凧         牧野一古
      天空に唸りづめなるけんか凧           奥山ひろみ
      祝凧荒縄の尾が砂丘這ふ             片山浮葉
      風の息捉へて凧の糸引けり            中斎ゆうこ
      風に鳴る梢の先の懸かり凧            八尋樹炎
      荒海の風に逆らふ武者絵凧            坂本操子
      縄文の遺跡の空やいかのぼり           河村惠光
      凧の空なべて上総の山低し            武藤光リ
      初凧の天地を繋ぐ糸の張り            伊藤範子

春場所、三月場所

      春場所の土俵に疫を沈めけり           瀬尾武男

屋根替、葺替

      屋根替の煤の匂ひの茅埃             福田邦子
      屋根替えや富士の裾より茅届く          利行小波
      葺替へや茅の絮とぶ空青し            宇野美智子
      萱替の茅の飛び来る水車小屋           幸村志保美
      葺替へて日に輝ける棟飾             長江克江
      屋根替や大鬼瓦地に寝かし            花村すま子
      檜皮屋根竹釘咥へ葺き上ぐる           溝口洋子
      葺き替へし檜皮に雨の明るかり          中村たか

旧正月、旧正

      旧正や鏡に古稀の無精髭             栗田やすし
      旧正の山羊売る札や珊瑚垣            磯田なつえ

花粉症

      花粉症堪へ黙祷の三・一一            武藤光リ

春の風邪

      春の風邪一番星の落ちそうに           河原地英武
      丸四角描く児と春の風邪籠り           廣島幸子
      何にでも日付け書く夫春の風邪          八尋樹炎
      春の風邪髪ゆるやかに束ねをり          石崎宗敏
      春風邪の母に手渡す置き薬            藤田岳人
      春の風邪追ひ出しきれぬ齢かな          上杉和雄
      朝酒を少し欲りたる春の風邪           渡辺慢房
      二人居の二人臥せゐる春の風邪          丹羽康碩
      白粥に木の匙やさし春の風邪           山本玲子
      処刑跡訪ひ春の風邪ぶり返す           岸本典子
      春の風邪猫の温みをふところに          下里美恵子

春眠、春睡

      絵付けする指の先まで春眠し           武田稜子
      大仏の指のしなやか春眠し            武田稜子
      春眠の母もう目覚めぬ北枕            櫻井幹郎
      春眠の醒めて居所見失ふ             小原米子
      春眠や夢の中まで授業して            河原地英武
      春眠や英日露語の辞書積んで           河原地英武
      春眠や胎児のごとく丸く寝る           田畑 龍
      春眠の膝を誰かにゆすらるる           荒川英之
      二人居に慣れて春眠ほしいまま          豊田紀久子
      春眠を貪る病魔口実に              堀 一之

春の夢

      春の夢書林の奥へ導かる             河原地英武
      春の夢蛸のかひなに抱かれをり          河原地英武
      覚めてなほ母と語れり春の夢           栗田やすし
      春の夢われより若き父たりし           栗田やすし
      覚めてなほ母の笑顔や春の夢           栗田やすし
      宙およぐ吾は子供よ春の夢            武山愛子
      母に逢ひ夫には逢へぬ春の夢           鈴木満里子
      病みをれば百鬼夜行の春の夢           中村修一郎
      春の夢覚めて続きを追ひてをり          安藤幸子

朝寝、朝寝人

      登校の子の声に覚む朝寝かな           安藤幸子
      朝寝して微分積分解けし夢            金田義子
      だれかれに詫ぶる心地の大朝寝          梅田 葵
      頬打たれ猫に朝寝をとがめらる          牧野一古

春興、春たのし

春愁、春かなし、春思

      黄ばみたる辞令の束や春愁ひ           栗田やすし
      春愁や老眼鏡をもてあそび            栗田やすし
      春愁や茶房の時計一つ鳴る            栗田やすし
      少年の片耳うごく春愁              河原地英武
      鉛筆の芯の丸みや春愁ふ             河原地英武
      春愁や淡く匂へるドル紙幣            河原地英武
      てのひらに余る薬莢春愁             河原地英武
      マネキンの声なき吐息春愁ふ           河原地英武
      薬莢と珊瑚のかけら春愁ひ            河原地英武
      能面の眼窩の闇や春愁              関野さゑ子
      春愁や七里ヶ浜の遭難碑             神尾知代
      特攻の割腹の遺書春かなし            中村修一郎
      春愁やかすかに動くロバの耳           鈴木みすず
      春愁や夢二の淡きパステル画           鈴木みすず
      春愁ひ白ふくろふは目を閉ぢて          鈴木みすず
      春愁や指の包帯解け易き             高橋ミツエ
      春愁や古書のワゴンに智恵子抄          中野一灯
      春愁や一音欠けしハーモニカ           中野一灯
      ゆふさりの遠潮騒や春愁ひ            中野一灯
      目鼻なき円空仏や春愁              上村龍子
      床の間の子規の自画像春愁            長崎眞由美
      春愁地震のニュースの途切れなく         奥山ひろ子
      メレンゲを木匙に掬ふ春愁            奥山ひろ子
      春愁や使ひ終りし定期券             渡辺慢房
      忌の近き利休の茶杓春愁ひ            石川紀子
      春愁や軍馬で駆くる父の夢            上杉美保子
      妻留守のアトリエにゐて春愁ひ          桑原健次
      春愁や寺に古びし御所人形            日野圭子
      春愁や兵火くぐりし仏見て            廣島幸子
      春愁ふ隠れクルスの逆卍             椙山正彦
      留袖を畳みて一人春愁              高橋幸子
      春愁や鳥屋に老鵜が身動がぬ           山下智子
      春愁や天衣にのこる紅の色            松岡美千代
      義経の直垂の裂春かなし             佐藤とみお
      春かなし勲章並ぶ遺品館             中村たか
      AIの介護プランや春愁              長崎マユミ
      春愁や扉朽ちたる子規文庫            横井美音
      手を洗ふ手首を洗ふ春愁             小原米子
      春哀し都心の開花早まれば            武藤光リ
      春愁ひ牛の長鳴く牧の昼             武藤光リ
      タイマーに解くる春愁夕厨            奥山ひろ子
      春愁や木偶の額に鑿の痕             酒井とし子
      春かなし碁盤に積もる綿埃            加藤百世
      春愁やランプシェードの透かし彫         坪野洋子
      春愁や籠大仏は前屈み              野瀬ひろ
      春愁や写真の整理はかどらず           国枝洋子
      春愁や人を吐き出す改札機            石橋忽布

流し雛、雛流し、捨雛

      清流に映る晴れ着や雛流す            栗田やすし
      しばらくは岸を離れず流し雛           都合ナルミ
      川底に日差しこぼるる流し雛           牧野一古
      流し雛岸辺の草にふれゆけり           中川幸子
      流し雛手で波立てて送り出す           武山愛子
      さざ波のきらめく海へ流し雛           奥山ひろみ

雛祭、雛遊び、雛の宿、雛の燭、雛納め

      本棚の一段を空け雛飾る             栗田やすし
        あをあをと竹の雛の匂ひけり           森 靖子
      炉に榾を焼べて雛をけぶらする          森 靖子
      うつし世の影まざまざと古雛           鈴木みや子
      うさぎ雛飾りて九九を唱へけり          金田義子
      婚の荷の片寄せてあり雛の間           角田勝代
      雛飾る昔廓の託老所               角田勝代
      雛飾る部屋に一揆の手斧あと           鈴木真理子
      三代の雛飾れり蔵屋敷              日野圭子
      紙雛に髪の細さの眉描く             丹羽康碩
      長槍を桁に陣屋の雛まつり            神尾朴水
      縮緬のさるぼぼゆるる雛の店           金原峰子
      七段の雛に買ひたす陶の雛            森 妙子
      待合室女医の折りたる紙雛            森 妙子
      吊し雛藍の色濃き伊勢木綿            山下欽子
      申告を終へ瀬戸焼の雛買ふ            山下 護
      臈たくる肌持つ享保立雛             山下 護
      母とゐて桃の日の風やはらかし          栗田せつ子
      桃の日や人形串(ひとがたぐし)で身を拭ふ    生田美貴子
      土雛の歌舞伎役者が上段に            鈴木英子
      古時計止まりしままや雛の間           前田史江
      金色の小さき烏帽子や土鈴雛           鈴木信子
      菱餅のまだ柔らかく雛飾る            長谷川美智子
      娘と選ぶまろき目もとの陶の雛          加藤雅子
      石段に百の雛や浦日和              三井あきを
      雛の間柱時計の音澄めり             玉井美智子
      雛の魂抜く時僧の声つよし            磯田なつえ
      人通る度に揺らげり吊し雛            山本光江
      雛供養小さき藁舟燃して果つ           平松公代
      妻まかせなり雛の夜のお茶お菓子         櫻井幹郎
      土雛飾る足助の洋食屋              岸本典子
      みづら結ふ古りし雛や塩の道           小柳津民子
      冠失せし享保雛の面の艶             小柳津民子
      古伊万里の大皿に置く内裏雛           川島和子
      月山の水高鳴れり雛の里             近藤文子
      天井に水陽炎や雛飾る              都合ナルミ
      吾が齢ともに添ひたる雛飾る           小島千鶴
      背の子の眠りしままや雛納            河村恵光
      塩の道箱階段に享保雛              上田博子
      語りかけ小さき木目込雛仕舞ふ          近藤きん子
      蔵窓の日にぬくもれり古雛            長江克江
      出目金の宇宙遊泳吊し雛             鈴木みすず
      酒造屋の土間百条の吊し雛            兼松 秀
      窓際に産着干したる雛の間            河原地英武
      街道の古地図で被ふ雛納め            近藤文子
      奉書紙解きて女雛の髪撫づる           太田滋子
      この明り消せば雛と一つ闇            梅田 葵
      大小の箱パズルめく雛納             伊藤範子
      石段に千の雛のさんざめき            武藤光リ       前書き:勝浦雛祭
      御朱印に並ぶ女や雛の宮             武藤光リ
      黒光る旅籠の帳場雛飾る             武藤光リ
      乳呑み児のひひなの笑まひ雛飾る         武藤光リ
      雪洞の揺らげば雛皆動く             武藤光リ       *安房勝浦
      六地蔵当て子真さらに雛の寺           武藤光リ       *安房勝浦
      家苞に手作り雪駄と吊し雛            武藤光リ       *安房勝浦
      口開けて何か言ひたげ享保雛           武藤光リ
      小さき家に小さき雛孫二人            武藤光リ
      口の紅褪せぬ女雛のすまし顔           坪野洋子
      土雛にあるかなきかの目鼻立ち          伊藤克江
      ジーパンの子も正座して雛祭り          渡辺かずゑ
      隨臣の矢羽根の乱れ雛の宴            荒川英之

彼岸、入り彼岸、彼岸寺

      父母の墓訪はず過ぎたる彼岸かな         栗田やすし
      彼岸寺バケツで集むお賽銭            小蜥テ民子
      彼岸寒旅の荷を解く青畳             武田稜子
      塔頭の風鐸鳴れり彼岸寒             中本紀美代
      朱印帳の墨字匂へり彼岸晴            辻江けい
      身の丈を超ゆる地獄絵彼岸講           辻江けい
      彼岸会の庫裏に白緒の下駄並ぶ          相澤勝子
      彼岸入り天窓の和紙新しき            山下 護
      折りたたみ杖山積みの彼岸寺           長谷川郁代
      彼岸会の女三人寄席に入る            片山浮葉
      彼岸僧見てきたやうに地獄説く          森 靖子
      供花持つて船待つ女彼岸寒            中村修一郎
      彼岸僧ひねもす地獄図ばかり解く         篠田法子
      天幕に雨が弾めり彼岸寒             市川美智子
      新聞にくるむ春画や彼岸市            上杉和雄
      足裏見せ見得切る木偶や彼岸寒          岩崎喜子
      彼岸会の斉に甘めの酢味噌和           鈴木真理子
      秘仏見に彼岸の廊下軋ませて           鈴木真理子
      帰るたび母小さくなる彼岸かな          関根切子
      はらからの耳しひばかり春彼岸          山下智子
      歌麿の春画積まれて彼岸寺            岸本典子
      大屋根に雀の遊ぶ讃仏会             谷口千賀子
      彼岸茶屋たれたつぷりの串団子          奥山比呂美
      うらがへる高き法螺の音彼岸寒          中斎ゆうこ
      退職を父に伝ふる彼岸かな            梶田遊子
      橋桁に水かげろふや春彼岸            上村龍子
      雨雲の塔を離るる彼岸かな            近藤節子

開帳、出開帳、居開帳

      碧眼の僧の案内やご開帳             森 靖子
      開帳の闇の奧なる観世音             丹羽康碩
      伸びちぢむ稚児の行列お開帳           神尾朴水
      開帳の五寸ほどなる秘仏かな           福田邦子
      てのひらに受くる塗香や御開帳          福田邦子
      虫喰ひのまま開帳の涅槃絵図           篠田法子
      竹林の日の斑明るし御開帳            舩橋 良
      開帳の法螺鳴りわたる岬山            上村龍子
      開帳やまなこの光る阿弥陀仏           中道 寛

伊勢詣、お陰参

      横丁に迷ひ込みたり伊勢詣            幸村志保美
      伊勢参り妻に傘寿の手を引かれ          牧田 章

初午、一の午、初午詣、初午狂言、福参、験の杉(2月最初の午の日)

      家苞に足軽まんぢゆう一の午           近藤文子
      大黒の小槌で打たれ福参             豊田紀久子
      まだぬくき初午団子ほの甘し           澤田正子
      髭男太刀かざし舞ふ午祭             松本恵子
      初午や稲荷で買ひぬ福の砂            牧野一古

出代(でがわり)、新参、御目見得、古参、出替女

     

針供養、針納め(関東は2月8日)

      結ひ上げし髪艶やかや針供養           長谷川美智子
      裁ち直す母の身幅や針供養            大嶋福代
      待針に子の名書かれし針納む           安藤幸子
      母の針和紙に包みて納めけり           鈴木真理子
      待針に豆腐はなやぐ針供養            日野圭子
      赤き糸付けて縫針納めけり            小田二三枝
      針供養豆腐の角に釣りの針            武藤光リ
      腕萎えの釣り師納むる鯛の針           武藤光リ
      針供養豆腐に五彩の糸張つて           牧野一古
      手作りの紅絹の針山針納め            牧 啓子
      小町針納むジャム瓶薬瓶             服部鏡子
      町医者も畳屋も来る針供養            坪野洋子
      遠き日の母の使ひし針納む            豊田紀久子
      朝月のうすうす残る針供養            上田博子

建国記念日、建国祭、紀元節(2月11日)

      路地裏に小さき日の丸建国日           小原米子
      建国の日や連なりて飛ぶ鴉            加藤純子
      雲の上に雲の輝く建国日             川端俊雄

バレンタインデー(2月14日)

      病む母とバレンタインの街に出る         高橋幸子
      卒寿超す吾にもバレンタインチョコ        田畑 龍

修二会(しゅにえ)、お水取(3月1日〜14日)

      水取や火の粉を浴ぶる所まで           小長哲郎
      滝となる火炎の雫お水取             小長哲郎
      お水取火の塊の転げ落つ             長谷川郁子
      修二会果て白き紙衣のすす汚れ          玉井美智子
      日没(にちもつ)の修二会鳴き交ふ神の鹿     野島秀子
      吟醸酒届く修二会の参籠所            磯田なつえ
      走り来て夜空を焦がす修二会かな         丹羽一橋
      修二会待つお堂の縁に膝正し           都合ナルミ
      迫り出せる軒あかあかとお水取          松井徒歩
      まだ赤き火屑掃きゐる修二会僧          松井徒歩
      眦(まなじり)を決して修二会僧走る       中村あきら
      廻廊の火玉掃き出す修二会僧           上村龍子

御松明、柱炬(はしらたいまつ)3月15日

      お松明火の粉降るたび歓喜湧く          巽 恵津子

涅槃会(陰暦2月15日)、涅槃図、寝釈迦

      涅槃図の嘆きの樹々は枯れてをり         栗田やすし
      涅槃図の象哭く鼻を天に向け           関根近子
      涅槃図を照らす灯明揺らぎたり          矢野愛乃
      涅槃図の蠍(さそり)の赤き涙かな        岩上登代
      炭注ぎて絵解きはじめる涅槃寺          森 靖子
      涅槃図を説く線香の尽くるまで          森 靖子
      涅槃寺枯山水に日の移る             高平タミ
      ふだん着で語る住職涅槃寺            夏目悦江
      涅槃絵図嘆きに縮む象の鼻            小長哲郎
      三幅の大涅槃図や鵤鳴く             牧野一古
      涅槃図の裾の余白に己が影            坪野洋子
      鐘楼の上より撒けり涅槃餅            倉田信子
      息かかるほど涅槃図の蛇に寄る          矢野孝子
      竹藪にひしめき降れり涅槃雪           中山ユキ
      涅槃絵図蛇も蛙も巻き納む            栗田せつ子
      涅槃会の僧が抱ふる義金箱            角田勝代
      涅槃図へ供ふ抹茶の深みどり           福田邦子
      警察の迷子看板涅槃寺              片山浮葉
      大ぶりの涅槃図にある余白かな          山下帰一
      幼と手重ね涅槃の灯を点す            岩本千元
      涅槃絵図深き巻きじわ釈迦にあり         中斎ゆう子
      日も月も上げて涅槃図ほの暗し          篠田法子
      涅槃寺背山の雀来て弾む             下里美恵子
      涅槃会の寝釈迦に丸き月上がる          日野圭子
      涅槃図の象は仰向き四肢で泣く          金田義子
      蝋燭のヂヂと音立つ涅槃かな           山 たけし
      古備前の布袋坐像や涅槃寺            上田博子
      涅槃図に五色の餅を高く積み           市江律子
      涅槃図の絵解きの締めは猫を指し         山田万里子

花祭、仏生会、甘茶、花御堂(4月8日)

      沙羅の種まきて始まる花祭            篠田法子
      花祭芸する猿の紙おむつ             小林幸子
      甘茶垂る地を差す小さき指の先          長崎真由美
      花まつり釈迦誕生の紙芝居            長崎真由美
      サリー着る少女も混じる花祭           成田久子
      花御堂仕上げの霧を吹きにけり          森田とみ
      旅にして帝釈天に甘茶受く            中村たか
      柄の反りし小さき柄杓や甘茶汲む         小島千鶴
      御詠歌で迎ふ白象仏生会             澤田正子
      小柄杓を脇に二寸の甘茶仏            丹羽康碩
      ネパールの豆を散華に仏生会           森 靖子
      花祭印度カレーの店も出て            森 靖子
      坊が妻作務衣に残る甘茶の香           谷口千賀子
      葺きあげて百合のかをりの花御堂         福田邦子
      灌仏へ小さき灯明百八つ             篠田法子
      灌仏会法話は地震で始まれり           市江律子
      甘茶仏注げば御身ひかり出す           長谷川郁代
      花祭諸手を挙げて散華受く            角田勝代
      異国僧国の経読む灌仏会             中根多子
      まだぬくき甘茶賜る降誕会            中根多子
      本堂の裏でピザ焼く仏生会            岸本典子
      外釜でナン焼く寺や花祭             野島秀子
      黒光る乾く間もなき甘茶仏            河村惠光
      日溜りに弾む雀や仏生会             山口耕太
      飛ぶものは光を曳きぬ仏生会           川端俊雄

吉野の花会式、花会式、鬼踊、餅配(4月11,12日)

      護摩焚のうちは立て置く花会式          内田陽子
      花会式千本搗きの餅拾ふ             長崎眞由美

十三詣、知恵詣、知恵貰ひ(4月13日)

      知恵詣結ひ髪の子の細うなじ           伊藤克江

嵯峨大念仏、大念仏(四月の毎土日、清涼寺の融通念仏会)

      演目を板に墨書や嵯峨念仏            市原美幸
      嵯峨念仏お多福泣かす釈迦如来          野島秀子

復活祭、イースター、染卵

      染卵そつと握りし手に温き            砂川紀子
      染卵色付く指を見せ合へり            武藤光リ
      身ごもりを告ぐる娘や染卵            桑原健次

釈奠、孔子祭、おきまつり、釈菜

      来賓の金のカフスや孔子祭            関根切子

花換祭(福井県金ケ崎)

      花換や巫女金色の立烏帽子            伊藤範子

御身拭、4月19日京都嵯峨清涼寺釈迦堂の出開帳

      袖からげ大僧正のお身拭             幸村志保美
      大僧正襷掛けしてお身拭             宇野美智子
      ねんごろな僧正の所作御身拭           石川紀子
      念仏の鉦が嵯峨野へ御身拭            野島秀子

御忌、法然忌、円光忌(4月19〜25日)

      じじの数珠孫に譲れり法然忌           安藤幸子
      寺の子が塔婆を運ぶ法然忌            内田陽子

峰入、大峯入入峯(にゅうぶ)

      峰入りの友より届く陀羅尼助           安藤幸子
 

壬生念仏、壬生狂言、壬生祭

      壬生狂言やつとこで抜く紙の舌          矢野孝子
      壬生狂言鉦乱打に始まれり            坪野洋子

八十八夜

      雨あがる八十八夜の月赤し            岡島溢愛
      八十八夜父の癖字の農日記            溝口洋子
      芋すだれ洗ふ八十八夜かな            渡辺慢房
      母恋へば八十八夜の月うるむ           山本玲子
      外灯の照らす八十八夜の田            武藤光リ

茶摘、一番茶、茶山、茶摘笠

      栞とす一芯二葉の一番茶             平松公代
      茶摘女の笠浮き沈む山の畑            井沢陽子
      光り合ふ茶畝柳生の隠れ里            中野一灯
      茶畑を縫うふ葬列やかげろへり          夏目悦江
      尾根近き畝より摘めり一番茶           磯田なつえ
      はらからと亡母の話茶を摘めり          磯田なつえ
      菅笠の屋号薄れし茶摘婆             磯田なつえ
      茶摘女のふはり姉さん被りして          若山智子
      新茶摘む大きく息を吸ひ乍ら           佐藤きぬ
      摘み採れり一枝二葉の新茶の芽          坪野洋子
      貝塚の日向に干せり茶摘籠            内田陽子
      茶袋を股に挟みて茶摘みせり           内田陽子
      茶摘畑どつと沸きたる笑ひ声           磯田秀治
      茶摘機の音がひびけり耶蘇の墓          福田邦子
      二番茶を摘む茶摘機の足立に           神尾朴水
      茶の芽摘むほどよき距離に老夫婦         鈴木みすず

蚕、種紙、眠蚕、蚕棚

      幾段も竿を渡して蚕棚組む            金田義子

春祭

      髪染めて夫の若やぐ春まつり           熊谷タマ
      用水へ泥鰌放ちて春祭              林 尉江
      青竹の箸投げて果つ春祭             平松公代
      木遣唄路地から路地へ春祭            宇佐美こころ
      声上げて餅撒く巫女や春祭            兼松 秀
      かつら付け犬も仮装の春まつり          花村富美子
      春祭木偶の袖より男の手             片山浮葉
      大獅子に頭を咬ます春まつり           小田二三枝
     

花見、桜狩、花衣、花筵、花人、花疲れ

      花疲れ黄金(こがね)いろなす茶を啜る      河原地英武
      二人して一つの椅子に花疲れ           河原地英武
      花むしろリュックサックを真中に         石原進子
      紙コップ風に転がる花むしろ           上杉美保子
      産土に子供ばかりの花見茣蓙           池村明子
      花疲れ砂糖きかせて紅茶飲む           森 妙子
      帯解きてどつかと坐る花疲れ           吉田青楓
      花筵胡坐の中に子を埋めて            小長哲郎
      リタイアもリストラもゐて花筵          小長哲郎
      津軽富士間近に仰ぎ花筵             荻野文子
      花疲れ干菓子の袋ぶら下げて           奥山ひろ子
      観桜の東京の空昼の月              奥山ひろ子
      後期高齢者静かに花の宴             櫻井幹郎
      花筵きちつと並ぶハイヒール           千葉ゆう
      家の灯ににはかに覚ゆ花疲            廣島幸子
      新聞紙拡げ二人の花見席             岸本典子
      寄つてけと呼ばれて坐る花筵           斉藤眞人
      花疲れ読まずにしまふ凶みくじ          中斎ゆうこ
      花疲れ柱に凭れ足袋を脱ぐ            矢野孝子
      寝そべつて土の湿りの花筵            関根切子
      立て掛けて猫が爪研ぐ花見茣蓙          関根切子
      軽やかな老の手漕ぎや花見舟           河村惠光

潮干、干潟、汐干狩、干潟遊び、干潟暮るる

      白雲や干潟の泥の黒光り             栗田やすし
      音もなく干潟に潮の満ち始む           栗田やすし
      汐干籠のぞきて話弾みけり            平 千花子
      話す間も砂まさぐれり潮干狩           山本悦子
      汐干狩子らずぶ濡れの半ズボン          河村惠光
      おほかたは陸(おか)に尻向け潮干狩       丹羽一橋
      泥んこの児を目の端に汐干狩           伊藤範子
      新調のゴム長弾む潮干潟             坪野洋子
      踏み入れば潮のしみ出す大干潟          国枝洋子
      潮干狩竹島へ海割れにけり            山崎文江

磯菜摘

      島言葉弾む母子や磯菜つむ            栗田せつ子

海女、海女くぐる、舟人、磯人、海女の笛

      逆立ちし海女の足裏の光りたる          篠田法子
      嫁ぎ行く海女の荷に足す磯眼鏡          篠田法子
      骨太に育ちて海女を継ぎにけり          篠田法子
      時化三日海女の磯着の真白なる          小田二三枝
      空と海溶け合ふ沖に海女潜る           山下智子
      磯籠に海女の昼餉の握り飯            関根切子

遍路、遍路宿、遍路笠、遍路道

      海暮れてたどり着きたり遍路宿          丹羽康碩
      山門に貸し車椅子遍路寺             丹羽康碩
      お遍路と乗り合はしたり渡し舟          安藤虎杖
      足早に遍路来たれり満願寺            加藤元通
      足早に己が影踏み夕遍路             富田真秋男
      老遍路ふるまひの茶に手を合はす         垣内玲子
      遍路笠納めて夕日まぶしめり           岸本典子
      夕遍路島の坂道小走りに             岸本典子
      炊事場に出入りの猫や遍路宿           河原地英武

耕(たがやし)、春耕、耕人

      家康の駈けし狩場を耕せり            牧野一古
      春耕の土湯気立てて目覚めけり          福田邦子
      太刀塚の裏春耕の始まれり            中川幸子
      耕人に日暮れて強き一つ星            下里美恵子
      耕して水滲み出す干拓地             若山智子
      耕しを見つむ病衣の農夫かな           安藤幸子
      耕しを待つ田に大き牛ねまる           市川克代
      干拓地籾殻入れて耕せり             都合ナルミ
      ゆつたりと津波を語り耕せり           都合ナルミ
      日暮まで耕しの土匂ひけり            中山ユキ
      春耕の畝を啄む山鴉               中山ユキ
      復元の田を耕せり登呂遺跡            藤田映子
      春耕や中天白き昼の月              小長哲郎
      老農の鍬小刻みに耕せり             杉浦ゆき子
      春耕や畦にラジカセつけ放し           千葉ゆう
      耕しの一鍬ごとに日の躍る            梅田 葵
      春耕の泥落し行く耕耘機             福井北人
      耕の鍬浸し置くベビーバス            磯田なつえ
      鍬をまづ水に浸して春耕す            藤田岳人
      春耕や伊吹の裾に光満ち             河原地英武
      新しき軍手に替へて耕せり            高橋幸子
      春耕やほがらかに土弾け飛ぶ           堀 一之
      春耕や青く透けたる昼の月            武藤光リ
      一畝を耕し奢る昼の風呂             武藤光リ

種案山子

      釣り竿を提げて川原の種案山子          岩崎喜子

田打、春田打、田を返す、田掻(たがき)、田遊び

      春田打つ卑弥呼の墓を遠巻きに          下里美恵子
      父祖よりの耶蘇を守りて春田打つ         篠田法子
      田遊びや紙の種まく青筵             長谷川郁代
      田起しの土に貝殻潟の村             栗田せつ子
      二上の麓より晴れ春田打つ            栗田せつ子
      極楽てふ駅の裾より春田打つ           福田邦子
      伊吹山晴るる兆しや春田打            福田邦子
      教会の白き尖塔春田打つ             高橋幸子
      手始めは鎌を研ぐこと春田打           丹羽康碩
      水の来て田返しの土崩れたり           野ア和子

畦塗

      畦塗夫一鍬ごとに腰伸ばす            関根近子
      畔塗の深き亀裂や三河晴             角田勝代

麦踏

      麦踏みて足小さきを嘆きし日           佐藤とみお
      小さき膝支へて婆の麦踏めり           服部冨子
      ちちははの墓のきは迄麦踏めり          三井あきを

畑打、畑打つ、畑鋤く

      畑打ちの煙草くゆらす中馬道           中川幸子
      婆一人風にあらがひ畑打てり           加藤雅子
      富士よりの風総身に畑打つ            相田かのこ
      陽光を畑に鋤き込む飛鳥びと           石崎宗敏
      畑打つや土の匂ひを顔に受け           清水弓月
      畑打ちの鍬を休めて遠会釈            谷口千賀子

接木、接穂、砧木(だいぎ)

      長老が芽の先舐めて柿芽接ぐ           山田悦三

剪定、摘芽、摘葉

      剪定の小枝束ぬる膝がしら            幸村志保美
      剪定の枝のくれなゐ林檎園            梅田 葵 
      剪定の枝焚く煙桑畑               廣島幸子
      剪定を終へ無骨なる桑畑             山下智子
      剪定の鋏夕日をはね返す             奥山ひろ子
      剪定の枝積み傾ぐ猫車              岸本典子
      剪定の済みて明るし綾子句碑           岸本典子
      昼月へ剪定の枝撥ね飛ばす            清水弓月
      神木の剪定に禰宜腰に鋸             神尾朴水
      剪定や大和平野を一望に             磯田なつえ

さなぶり、さのぼり、田植仕舞

      さなぼりや胡座にはまる児のお尻         山たけし

甘蔗刈る

      刈り取りし弓なりの甘蔗山積みに         平松公代

苗床、種床、温床、苗障子

      苗障子開けて遠野の風通す            渡辺かずゑ

苗札、苗木植う、苗木市、植木市

      苗木市作務衣の僧の来てゐたり          夏目悦江
      山草の鉢こまごまと植木市            小蜥テ民子
      子規の庭網で囲ひし糸瓜苗            山本悦子
      どかどかと畦に苗箱置きゆけり          鈴木みすず
      苗木市はづれに手相見のテント          若山智子
      やはらかき風やあんずの苗木植う         高橋幸子
      呼込みのナツメロ流る植木市           平 千花子

西瓜蒔く、西瓜植う

胡瓜蒔く、胡瓜植う

      足沈むほどに耕し胡瓜植う            河合義和

長薯植う、つくねいも植う

      畑屑を燃やして薯を植ゑにけり          夏目隆夫

芋植う、里芋植う、芋の芽

      鉄橋の下の暮しや芋植うる            今井和子
      小さき芽の里芋植ゑし土ぬくし          河合義和
      鳥影の芋植うる手を掠めたり           丹羽康碩
      芋の苗植うる令和の始まる日           丹注N碩
      潮焼けの卒寿の婆や芋植うる           八尋樹炎
      芋植うや栄螺の殻を土止めに           坪野洋子

馬鈴薯植う、種薯

      種薯の芽をたしかめて切り分くる         矢野愛乃
      薯植ゑて有刺鉄線巡らする            矢野愛乃

種物、種袋、種物屋

      種袋振つて確かむ種の粒             栗田やすし
      種子袋透かせて空(から)を確むる        山 たけし
      よろづ屋の軒に春種入荷札            三井あきを
      種袋耳で確かめ買ひにけり            小長哲郎

種浸し、種浸ける、種池、種時、種桶、

      観音堂下の小池に籾浸す             山口行子
      籾浸す下校の子らと声交し            八尋樹炎
      種浸す桶に日輪溢れけり             宇佐美こころ

種蒔く、籾おろす、物種蒔く、鶏頭蒔く、牛蒡蒔く、

      花すでに胸中に咲き種を蒔く           櫻井幹郎
      種下す田水のひかり顔に受け           下里美恵子
      花種蒔く名札五つを深く挿し           山下帰一

根分け、株分け

      根分けせし菖蒲に太き雨降れり          松永敏枝

菊根分、菊の苗、菊植う

      菊根分する夕暮の雨もよひ            中山ユキ
      制服のままに駅長菊根分             伊藤旅遊
      菊根分菊の名挿して終りけり           谷口千賀子
      おだやかなひよりつづきよ菊根分         矢野愛乃
      菊根分けして丈草の産井守る           栗田せつ子
      根分けせし菊を隣へ垣根越            小長哲郎
      指先に土のぬくもり菊根分け           上杉美保子
      菊根分如雨露手に手に園児たち          高橋幸子
      一雨を遣り過ごしてや菊根分け          岸本典子
      菊根分済みし師の庭空まさを           伊藤克江
      菊根分け向う三軒皆老いて            大嶋福代

山焼、野焼く、山火、野火

      郵便局野火の匂ひの男来る            奥山ひろ子
      野火猛る背丈超すとき勢子怯む          小長哲郎
      野火走る古里を母捨て切れず           江口ひろし
      畦を焼く火柱立てり休耕田            田畑 龍
      葭焼の果てたる闇の匂ひけり           長谷川郁代
      草焼いて鵜山の碧の句碑焦がす          長谷川郁代
      野焼して蒲の穂白き煙吐く            加藤元通
      黒煙の空に届けり大野焼             関根近子
      渡良瀬の土手を走れり草焼く火          関根近子
      畦焼く火防人歌碑へおよびけり          関根近子
      野焼きの火休耕田に移りけり           関根近子
      畦焼の煙にゆらぐ古戦場             谷口悦子
      いくすぢも畦焼く煙古戦場            服部萬代
      木の洞の中まで焦がし野焼果つ          矢野孝子
      葦叢に透けて入日のごとき野火          矢野孝子
      透明に野焼の炎揺らめけり            兼松 秀
      畦焼の腰を反らして終りけり           関根切子
      東雲や焼野を照らす薄明り            長谷川しげ子
      山焼の済みし御鉢や湯気立てり          夏目悦江
      茅焼くや豪雨のやうな音立つる          坂本操子
      野焼せし人の帰りのあみだ帽           山 たけし
      畦焼の煙がかくす朝の月             中山ユキ
      野地蔵の台座焦がせり野焼の火          上杉美保子
      湖風に応へて野火の立ち上がる          福田邦子
      風煽る野火に汲み上ぐ川の水           安藤幸子
      御嶽の噴煙はるか畔焼けり            谷口千賀子
      山焼果て大和三山昏れ残る            廣島幸子
      芝焼く火風巻き上げて走りけり          廣島幸子
      まだ匂ふ野焼のあとへ朝鴉            山本悦子

若布刈る,若布刈舟、若布干す

      サファーの漂ふ海や若布干す           関根切子
      海光を纏ひて着けり若布刈舟           山口耕太郎
      若布干す海の雫を滴らせ             河原地英武
      声高な漁師の売子若布干す            小原米子

鹿尾菜、鹿尾菜刈る、鹿尾菜干す

      荒磯に胸まで濡らし鹿尾菜刈る          新井酔雪

海苔掻き、海苔粗朶、海苔干す

      海苔粗朶に寄するうねりや湾暮るる        武藤光リ

牧開,牧を開く

      まつ先に仔馬とびだす牧開き           栗田やすし
      鉄条に絡む猪毛や薪開              矢野孝子

えり挿す、えり簀、えり場 *えりは魚偏に入

           えり挿しの舟をちこちに湖平ら          小長哲郎        えり=魚偏に入
      えり挿すや裾まで白き比良比叡          熊澤和代
      太閤の城を間近にえり挿せり           小島千鶴     えり=魚偏に入
      えり挿しの小舟の影や沖ひかる          岡田佳子
      しろがねの湖は平かえりを挿す          岡田佳子
      えり挿して比良の山並遠霞む           上田博子
 

東日本震災忌(3,11)

      赤すぎるバラ東北の震災忌            栗田やすし
      東日本大震災忌地虫出づ             山本悦子
      はくれんの空の青さよ東北忌           熊沢和代
      起き抜けのめまひ東北震災忌           国枝髏カ
      痩せてなほ明るき月や東北忌           山本光江
      東北忌夕餉に和へし北寄貝            山ア育子
      潮騒とまごふ風音東北忌             兼松 秀
      原発の応否や東北震災忌             上田博子

昭和の日(4月29日)

      ある限り靴を磨けり昭和の日           栗田やすし
      丸木橋に鮠釣る子等や昭和の日          花村つね
      昭和の日軍服の父セピア色            山下 護
      外苑に三線の音や昭和の日            佐藤とみお
      ラジオより古賀メロディや昭和の日        佐藤とみお
      炭を焼く煙の匂ふ昭和の日            林 尉江
      玉砕の言葉も虚し昭和の日            山下智子
      九十歳吾には長き昭和の日            山下智子
      黙々と草を引きたり昭和の日           中山敏彦
      農協で小糠貰へり昭和の日            市江律子
      レコードの針のざらつく唱和の日         中野一灯
      創刊の「風」に蛆の句昭和の日          荒川英之
      ブリキ缶に貯めし十円昭和の日          荒川英之
      缶振ればドロップ1つ昭和の日          上田則子
      遊郭のステンドグラス昭和の日          河原地英武   *京都・五条楽園
      ざぶざぶと雑巾洗ふ昭和の日           鈴木 文
      錆びしるき観測船や昭和の日           山口耕太郎
      座敷掃く箒の音や昭和の日            奥山比呂美
      ラムネ菓子舌に溶けゆく昭和の日         服部鏡子
      一椀の粥をいただく昭和の日           山本玲子
      母に買ふ都こんぶや昭和の日           梶田遊子
      眉に立つ白髪一本昭和の日            松井徒歩
      菓子箱に切手シートや昭和の日          太田滋子
      「ヨイトマケの唄」ラジオより昭和の日      伊藤克江

メーデー、労働祭、メーデー歌

      メーデーの列動きだす土埃            宇佐美こころ
      高層街昔吾らのメーデー歌            武藤光リ
      メーデーや昭和に我等汗臭く           武藤光リ

憲法記念日

      修正液涸れて憲法記念の日            松原英明
      球児らの声飛ぶ憲法記念の日           奥山比呂美
      新聞を熟読憲法記念の日             若山智子
      風唸る一日憲法記念の日             市原美幸
      雲重く垂れて憲法記念の日            山本玲子

みどりの日

      雑草といふ草はなしみどりの日          小長哲朗
      水あれば遊びたがる子みどりの日         井沢陽子

光悦忌(陰暦2月3日)

      垣を結ふ棕櫚縄硬し光悦忌            新井酔雪

大石忌、良雄忌(陰暦2月4日)

      火袋に蝋を点して大石忌             三井あきを

菜の花忌、司馬遼太郎忌(2月12日)

      蛇行する大河のゆくへ菜の花忌          谷口千賀子
      綿雲の浮かぶ海坂菜の花忌            武藤光リ
      外つ国へ向ふタンカー菜の花忌          武藤光リ

安吾忌(2月17日)

      鰊の目赤く爛るる安吾の忌            中野一灯
      安吾の忌藪の窪みに木瓜の花           中野一灯

老梅忌、内藤鳴雪忌(2月20日)

      昨夜よりの雨聞きゐたり鳴雪忌          栗田やすし
      白梅のなほ青みたり鳴雪忌            武藤光リ

多喜二の忌(2月20日)

      窓を打つ冷たき雨や多喜二の忌          栗田やすし
      闇を打つ激しき雨や多喜二の忌          栗田やすし
      船台に浮きし赤錆多喜二の忌           中野一灯
      多喜二忌やビルの地階の資料室          河原地英武
      多喜二忌のふと口遊む労働歌           森垣一成
      多喜二忌の波風荒き小樽港            森垣一成
      多喜二の忌指もて開く春鰯            矢野孝子
      寒靄の静けき漁港多喜二の忌           瀬尾武男
      剥がされし労組のビラ多喜二の忌         長崎マユミ
      多喜二忌は兜太の忌なり反戦歌          佐藤とみお
      桟橋に踏まれし軍手多喜二の忌          岡田佳子

風生忌(2月20日)

      木洩れ日に句碑どつかりと風生忌         谷口千賀子

西行忌、円位忌(旧2月15日)

      味噌炊きのこんにやく熱し西行忌         坪野洋子
      夜桜に風の出でたり西行忌            中川幸子
      隠沼に光の帯や西行忌              谷口千賀子
      西行忌訪ひ来し庵風ばかり            国枝隆生
      降る雨の雪となりけり西行忌           関根近子
      西行忌雲より淡き昼の月             利行小波
      浮雲を眺めてをりぬ西行忌            川端俊雄

丈草忌(旧2月24日)

      丈草忌城山はまだ眠りをり            中山敏彦

茂吉忌(2月25日)

      茂吉忌の雲間にうるむ真夜の星          近藤文子
      一本の雪の山道茂吉の忌             森垣一成
      茂吉忌や瞼に確とデスマスク           林 尉江

稲畑汀子の忌(2月27日)

      鶴帰る汀子を乗せて魂乗せて           武藤光リ

利休忌(旧2月28日)

      利休忌の畳拭き込む白木綿            足立サキ子
      椀に浮く海老しんじようや利休の忌        長江克江
      利休の忌菜花明るき茶室かな           中村修一郎
      高枝に残る白蓮利休の忌             中村たか
      利休忌や手に馴染みたる鼠志野          岸本典子
      利休忌の嵯峨野の竹の打ち合へり         近藤文子
      雨音の止まぬ写経や利休の忌           安藤一紀
      黙然と茶杓削りぬ利休の忌            山ア育子
      噛み砕く干菓子の音や利休の忌          松井徒歩
      利休忌や庭井戸の水涸れしまま          武藤光リ
      菰巻の松の青さよ利休の忌            上田博子

みすゞの忌(3月10日)

      木々に地に鳥遊びをりみすゞの忌         音頭恵子

鈴木真砂女の忌(3月14日)

      煮炊きして雨のひとひや真砂女の忌        矢野孝子
      ほろ苦き菜花の粥や真砂女の忌          八尋樹炎

梅若忌(旧3月15日)

      流水に桜散りつぐ梅若忌             石原筑波

立子忌、雛忌(3月3日)

      ぼんぼりに灯の入る夕べ立子の忌         柴田孝江
      立子忌や衣桁に掛くる紅の帯           内田陽子
      草の芽の土擡げをり立子の忌           武藤光リ
      沈丁の香る家居や立子の忌            武藤光リ

人麿忌、人麻呂忌、人丸忌(旧3月18日)

      人麿忌和紙に書き継ぐ東歌            鈴木真理子

小町忌(旧3月18日)

      小町忌や姫鏡台に貝の紅             山ア育子

蓮如忌(旧3月25日)

      外つ国の人打つ蓮如忌太鼓かな          鈴木みや子
      蓮如忌やふと声に出す英会話           櫻井勝子

誓子の忌(3月26日)

      白髪を掻き上げ誓子忌と思ふ           栗田やすし
      沖はるか白帆かがやく誓子の忌          栗田やすし

三鬼の忌、西東忌(4月1日)

      舶来の重き革靴三鬼の忌             河原地英武
      穴掘つて手紙燃やせり三鬼の忌          栗田せつ子
      すぐ消ゆるマッチの灯り西東忌          松井徒歩
      三鬼忌や船窓打てる波しぶき           松井徒歩
      首伸ばし動かぬ亀や三鬼の忌           熊澤和代

光太郎忌、連翹忌(4月2日)

      安達太良の残雪眩し連翹忌            佐藤とみお

尾崎放哉忌(4月7日)

      雨だれの音を聞きをり放哉紀           栗田やすし
      無住寺のほほけわらびや放哉忌          中野一灯
      花屑の手に冷たかり放哉忌            上田博子
      蕗の皮素直に剥けて放哉忌            横井美音

虚子忌、椿寿忌(4月8日)

      八橋に女人さざめく虚子忌かな          河原地英武
      歳時記を旅の鞄に虚子忌過ぐ           栗田やすし
      悠然と雲流れゆく虚子忌かな           栗田やすし
      虚子の忌の新宿御苑どしや降りに         栗田やすし
      虚子の忌や拾へば温き川原石           栗田やすし
      虚子の忌の花散る行方見つめをり         武藤光リ
        虚子の忌の目覚めて遠く汽車の音         矢野孝子
      音もなく花散る雨の虚子忌かな          山口耕太郎
      虚子の忌やのびしろ余生にも少し         櫻井幹郎

啄木忌(4月13日)

      書斎隔て妻の眠れる啄木忌            栗田やすし
      路地裏にカレーの匂ひ啄木忌           石原筑波
      夕暮れの波の重たさ啄木忌            江口ひろし
      啄木忌路地に目刺を焼く匂ひ           中野一灯
      熱少し有りて横たふ啄木忌            児玉美奈子
      寝ころびて雲をみてゐる啄木忌          つのだひろこ
      職変へて新しき靴啄木忌             国枝隆生
      横積みの本に躓く啄木忌             梅田 葵
      分校に小さきオルガン啄木忌           栗生晴夫
      遠山に浮雲一つ啄木忌              矢野孝子
      流木に掛けて沖見る啄木忌            金田義子
      降り出しの雨こまやかや啄木忌          関根近子
      下ろしたてのペン先硬し啄木忌          伊沢陽子
      がり版のインクの匂ひ啄木忌           森垣一成
      湧き上がる雲を見てゐる啄木忌          河村惠光
      人の世に迫るものあり啄木忌           今里健治
      残業の夜の塩むすび啄木忌            荒川英之

康成忌、川端忌(4月16日)

      独り旅せし青春よ康成忌             武藤光リ

百闃、木蓮忌(4月20日)

      百闃敬老パスで海を見に            山口耕太郎
   

荷風の忌(4月30日)

      どぜう屋の下足の木札荷風の忌          石原筑波
      蝙蝠の骨折れしまま荷風の忌           中野一灯
      シネマの灯消えし六区や荷風の忌         佐藤とみお
      素うどんにやげんの七味荷風の忌         矢野孝子
      空襲を語る母亡し荷風の忌            山口耕太郎
      未だ色気残りし吾や荷風の忌           下山幸重
      荷風忌やタイル張りなる喫茶店          河原地英武
      海老太き天麩羅そばや荷風の忌          森垣一成
      荷風忌やアメリカ映画好む妻           荒川英之
      散り急ぐ墨堤の花荷風の忌            中野一灯
      疫病に消ゆる街の灯荷風の忌           武藤光リ

ものの芽、草の芽、名草の芽

      ものの芽の競ひてゐたり子規の庭         栗田やすし       前書き 根岸
      鉄砲狭間欠けし窪みに草芽ぶく          鈴木真理子
      名草の芽をちこち生ふる子規の庭         巽恵津子
      明日葉の若芽つややか流人塚           高橋孝子
      海近き空の光や辛夷の芽             中村たか
      竹馬で猿が踏みゆく名草の芽           谷口千賀子
      韮の芽の雨に匂へり陶干場            山本光江
      向き替ふる鯉が揺らせり菖蒲の芽         山本正枝
      白檀の香焚く御堂牡丹の芽            市江律子
      稽古着の舞妓触れ行く柳の芽           東口哲半
      靴も下駄も同じ片減り萩芽吹く          山 たけし
      虎御前の墓を囲めり名草の芽           下里美恵子
      ものの芽の明るさに置く乳母車          福田邦子
      ものの芽の薄紅にけぶりをり           中根多子
      ものの芽に撒くや閼伽井の残り水         内田陽子
      風木舎跡ほつほつと名草の芽           栗田せつ子
      ものの芽に光の雫とどまれり           国枝洋子
      名草の芽神父の墓を縁取れり           武田稜子
      崩落の橋桁の裾名草の芽             奥山ひろ子
      念入りに草の芽むしる父母の墓          藤田岳人
      水底の泥の中より菖蒲の芽            森垣一成

若草、草若し、若草野、

      若草に千古の塔の影伸びる            河原地英武
      手に触れし若草の香をいとほしむ         牧田 章
      若草に寝転びて読むミステリー          奥山ひろ子
      若草や二頭横たふ孕み牛             市江律子

牡丹の芽、芽牡丹

      武蔵野の土やはらかし牡丹の芽          栗田やすし       前書き 神代植物公園
      遠き日や綾子の庭の牡丹の芽           国枝隆生
      紅濃かり綾子愛せし牡丹の芽           国枝隆生
      忌を修す母の牡丹の芽に屈み           都合ナルミ
      細竹で囲みて守る牡丹の芽            相澤勝子
      菰解きて日ざしあふるる牡丹の芽         倉田信子
      忌明けの雨にほつるる牡丹の芽          内田陽子
      臥す夫が牡丹の芽吹き問ふてをり         八尋樹炎
      牡丹の芽吹きてよりの風粗し           横井美音

春の草、芳草、草かぐはし

      視野に児を遊ばせて抜く春の草          服部鏡子

草青む、青草

      弁当の蓋の米つぶ土手青む            河原地英武
      片寄せし石仏の裾苔青む             児玉美奈子
      飛火野に鹿のぬた場や草青む           江口ひろし
      サックスを復習ふ少女ら土手青む         相田かのこ
      敵味方塚をひとつに草青む            市川正一郎
      鷹匠の土盛りの墓草青む             山本悦子
      草青む野につながれし山羊二匹          清水弓月
      誰もゐぬ鵜舟溜りや草青む            倉田信子
      墨堤の木歩の句碑や草青む            森垣一成
      転びさうで転ばぬ幼な草青む           小蜥テ民子
      鎖ごと走り出す犬土手青む            伊藤旅遊
      草青む土黒々と土竜塚              武藤光リ
      草青む地球に戦不必要              武藤光リ

下萌、草萌、

      大本営跡の礎石や草萌ゆる            栗田やすし
      草萌ゆる地に野ざらしの特攻機          栗田やすし
      崩れそむ寺の築地や草萌ゆる           武藤光リ
      草萌に鱗とばして鯛捌く             上杉美保子
      下萌に膝ついて切る山羊の爪           佐々木美代子
      下萌の地のずれまざと地震のあと         山たけし
      太刀塚へ潜る山門草萌ゆる            丸山三依
      草萌や靴新しく進級す              小石峰通子
      降ろされて傾ぐ屋根神草萌ゆる          尾関佳子
      野文楽テント桟敷に草萌ゆる           渡辺昌代
      草萌にクレーンで起す大松明           森 靖子
      空濠に角突く鹿や草萌ゆる            奥山ひろみ
      キャンパスの内なる古墳下萌ゆる         石川紀子
      高射砲陣地の後や草萌ゆる            長谷川郁代
      下萌の地に磨ぎ汁をこぼしけり          鈴木真理子
      窯垣の継ぎ目草萌とびとびに           豊田紀久子
      高台に看護大学下萌ゆる             松原英明
      土塁なほ残る城跡草萌ゆる            高橋 毅
      下萌の庭へとび出す震度六            近藤文子
      下萌や列成して待つ給水車            渡辺慢房
      御手洗の水の煌めきなづな萌ゆ          武田稜子
      神事の矢それて草萌打ちにけり          篠田法子
      下萌や杭一本の馬の墓              森垣一成
      草萌の土手スキップし園児ゆく          花村富美子
      下萌の庭に据ゑある鬼瓦             安藤幸子
      みやらびの句碑立つ岬草萌ゆる          千葉ゆう
      園児らの忍者体操草萌ゆる            横井美音

楓の芽、芽楓

                      

芽柳、柳の芽、芽ばり柳

      手をつなぎ一本橋を柳の芽            河原地英武
      芽柳や銀座画廊の個展見に            栗田やすし
      川燈籠点り艶めく柳の芽             若山智子
      父母ゆるく歩く小道や柳の芽           梶田遊子
      石室に窪みあまたや柳の芽            中川幸子
      寄席跳ねて芽柳の下帰りけり           夏目悦江
      芽柳の裾に沈める四手網             牧野一古
      千年の暮色の中や柳の芽             幸村志保美
      芽柳や富士薄雲に溶け込めり           山田悦三
      芽柳や鯉の吐きたる泡一つ            岡部幸子
      芽柳の枝垂るる運河蔵の町            兼松 秀
      ハリヨ棲む池に枝垂るゝ柳の芽          兼松 秀
      芽柳や水門川に鐘ひびく             本多俊枝
      芽柳の静かに垂れし城の濠            石原進子
      芽柳や川に迫り出す火伏神            上村龍子
      芽柳の風が背を押す縄電車            小田二三枝
      芽柳の吹かれて青き千曲川            千葉ゆう
      芽蛯竝サ漠の茶屋の井戸深し           井沢陽子
      色いまだ水に届かず柳の芽            小長哲郎
      川底に届く日影や柳の芽             小長哲朗
      芽を吹いて柳は風と遊びをり           伊藤旅遊
      芽柳や運河に魚の跳ぬる音            服部鏡子
      芽柳の影に棹さすさつぱ舟            坪野洋子

木の芽、木の芽雨、木の芽雨、木の芽晴、

      子規庵の畳が匂ふ木の芽晴            栗田せつ子
      芽木山へ秋篠窯の煙這ふ             福田邦子
      廃校のガラスに映る芽吹山            井沢陽子
      木の芽風キャンパスに濃きカレーの香       市江律子
      尻据ゑて砂に遊ぶ子木の芽風           神野喜代子
      桜の芽揺らす鳳凰舞の羽根            平松公代
      高みつつ鳶の笛鳴る木の芽晴           中野一灯
      制服の採寸の子や木の芽晴            奥山ひろ子
      仰ぎ見る大谷崩や芽木の風            奥山ひろ子
      雉鳩のアンテナで啼く木の芽晴          荻野文子
      山風に研がれし赤さ楓の芽            中川幸子
      万葉の庭潤せり木の芽雨             坂本操子
      新芽秘め糺(ただす)の森の鎮まれり       野口ゆう子
      綾子見し曼荼羅図見に木の芽径          国枝隆生
      また増ゆる薬一錠木の芽時            岡野敦子
      背丈越すマタギの銃や木の芽晴          長江克江
      木の芽風六角堂をつつみけり           鈴木英子
      青州の患者の名簿木の芽寒            巽 恵津子
      芽木の風かよふ高みの芭蕉庵           巽 恵津子
      少年となり行く吾子や木の芽風          渡辺慢房
      木の芽風寺の円窓吹き抜くる           武藤光リ
      一夜城在りし山より芽木の風           武藤光リ
      御嶽のまばゆき空や木の芽晴           伊藤範子
      柔らかに芽木の影さす磨崖仏           磯田なつえ
      師の句碑の空の青さや桜の芽           石川紀子
      刃物売る弘法市や木の芽晴            岸本典子
      狂言の問答長し木の芽冷             岸本典子
      湯の山に湯気真つ直ぐや木の芽どき        利行小波
      お狩り場の空広々と名の木の芽          三井あきを
      堰越ゆる水は豊かに木の芽どき          小長哲郎
      思ひきり古着処分や木の芽晴           山本光江

芽立ち、芽吹く,新芽立つ,芽吹き初む,木々芽ぐむ

      やはらかき雨や芽吹きの古墳山          栗田やすし
      榛芽吹く大谷崩(おおやくずれ)といふガレ場   栗田やすし
      大欅空近きより芽吹き初む            栗田やすし
      芽吹山重なり合ひて谷深し            橋元信子
      浜独活の芽吹きゆたかに欣一碑          田畑 龍
      粒ほどの榎の芽吹き千鳥塚            田畑 龍
      朝日差す欅並木の芽立ちかな           中川幸子
      芽吹く木木烟りて映る濠の面           坂本操子
      大桜芽吹く蓮如の休み石             辻江けい
      芽吹き待つブナ山の湯の透き徹る         阪元ミツ子       *ブナ=木偏に無
      甘蔗刈りし跡や芽吹のはじまれり         上田博子
      新芽吹く欅の空の青さかな            上田博子
      添へ木して芽吹けり寺の大蘇鉢          朝比奈照子
      芽吹く里路地まで届く肉桂の香          服部鏡子
      芽起しの風に土器(かはらけ)はふり投ぐ     小島千鶴
      日本橋訪へばこぶしの芽吹きゐし         小島千鶴
      適塾の名簿に諭吉木々芽吹く           巽 恵津子
      無患子の大樹芽吹けり深大寺           牧野一古
      あはあはと芽吹く如庵の大欅           山本光江
      受水(うきんず)や芽吹きの山に抱かるる     砂川紀子
      芽起こしの雨やはらかく城つつむ         鳥居純子
      大銀杏幹の空洞より芽吹く            森川ひろむ
      SLの太き煙や木々芽吹く            奥山ひろみ
      芽吹山小げらのドラム響きけり          矢野愛乃
      芽ぐむ幹撫でてわが身を励ませり         鈴木真理子
      芽起しの雨に烟れり金閣寺            市原美幸
      木々萌えて大島小島ふくらめり          金田義子
      葉芽花芽柿のいのちの萌え出づる         金田義子
      退院の友の笑顔や芽吹晴             鈴木みすず
      秋楡の芽吹き明るし発行所            倉田信子
      大銀杏芽吹ける寺や碧の句碑           小島千鶴
      鎌倉へつづく街道芽吹きをり           小島千鶴
      落葉松の芽吹きに裏戸開け放つ          高橋幸子
      芽起しの雨の兆しや札所寺            伊藤範子
      木々芽吹く亀甲墓の広き庭            平 千花子
      芽吹き風大谷崩れの巨石かな           鈴木みすず
      芽吹雨上総の山を煙らせり            武藤光リ
      芽吹かんと銀杏の幹のほのぬくし         栗田せつ子
      いざ芽吹く桂の枝のほの紅き           矢澤徳子
      岩滑る高き水音芽木の山             国枝洋子
      きつね雨原生林の芽吹く頃            貫名哲半
      登りつめ空の青さよ芽吹山            加藤百世

蘖(ひこばえ)、ひこばゆ

      ひこばえや津波の越えし日和山          近藤文子
      大楠の苔むす瘤にひこばゆる           渡辺かずゑ
      ひこばえや保育園児の縄電車           武藤光リ
      蘖や風倒木の幹に枝に              松岡美千代

山椒の花、花山椒

      荒壁に藁浮く庵花山椒              松平恭代

山椒の芽、芽山椒、木の芽

      芽山椒雫こぼして摘みにけり           谷口千賀子
      朝市の戸板に香る芽山椒             三枝良子
             雨上り摘む芽山椒の指匂ふ            櫻井貞子
      眠たさの残る指先山椒摘む            梅田 葵

若芝、芝青む、芝の芽、芝萌ゆる

      若芝に児等と並びて寝ころびぬ          藤田映子
      うねうねと土押上げて芝芽吹く          武山愛子
      行き行けど基地の金網芝萌ゆる          小原米子

古草

草若葉、萩若葉、葎若葉、芦若葉

      草若葉ずしりと重き握飯             渡辺慢房

梅、盆梅、観梅、臥竜梅

      抱き上げし子の指先に梅の花           栗田やすし
      句碑の辺に赤き蕾の枝垂れ梅           栗田やすし
      句碑の辺の梅一輪のうすみどり          栗田やすし
      信篤き三河国人梅真白              栗田やすし
      白梅や奉書結びの巫女の髪            朝比奈照子
      仔豚見に観梅の足伸ばしたり           井沢陽子
      菰巻きの裾よりゆるむ梅日和           鈴木真理子
      白梅の一枝夫の枕辺に              鈴木真理子
      豆腐屋の喇叭路地くる梅日和           倉田信子
      新しき表札の文字梅開く             小原米子
      無双窓開けば梅の匂ひけり            安藤幸子
      夫逝きて十日梅の香深く吸ふ           平松公代
      引きしぼる弓の震へや梅三分           井沢陽子
      山窪に朝の日差しや梅真白            矢野孝子
      千の梅咲き千仞の谷けぶる            矢野孝子
      紅梅の莟に昨夜の雨しづく            武藤光リ
      通りやんせの唄の小径や梅の花          武藤光リ
      二分ほどの梅の一樹や忠魂碑           武藤光リ
      路地奥に忍返しの梅屋敷             武藤光リ
      火渡や熱りし頬に梅の風             武藤光リ
      紅梅を散らす海鳴り兜太逝く           武藤光リ
      海鳴りの届く御堂や梅真白            武藤光リ
      紅梅や海に向きたる恵比寿の目          武藤光リ
      満開の野梅に海の風青し             武藤光リ
      紅梅や石で囲ひしつるべ井戸           黒木純子
      梅三分筆塚に積む反故の山            廣島幸子
      梅三分潮路七里の渡し跡             黒木純子
      梅咲くや舟の伏されし池の端           藤本いく子
      白梅や頬ふつくらと吉祥天            鈴木みすず
      梅の花散らして鳥の枝移り            立川まさ子
      連子窓つづく家並や梅日和            漆畑一枝
      兄は亡し製図机に梅の影             櫻井利臣
      咲きそめて白梅庭を明るうす           吉川利雄
      白梅や母の手擦れの絞り台            山口登代子
      撫で牛の鼻面光る梅日和             今井和子
      由比清水分かつ峠や梅匂ふ            掛布光子
      山墓のひとかたまりや野梅咲く          朝比奈照子
      梅日和和牛の鼻輪の濡れてゐし          今泉久子
      老犬に歩を合わせゆく梅の径           高橋悦子
      傘貼りの糊よく乾く梅日和            沢田充子
      剥落の大絵馬なぶる梅の風            二村美伽
      みちのくの風なほ痛し梅匂ふ           尾関佳子
      梅日和夫婦で買へり恋みくじ           菊池佳子
      白梅や一気に上る男坂              菊池佳子
      白雲のゆるりと流る梅日和            加藤元道
      梅園や見知らぬ人と会釈して           金田義子
      縁切寺出て白梅を振りあふぐ           下里美恵子
      紅梅の名残りの一花綾子句碑           若山智子
      枝たぐり天満宮の梅嗅げり            大橋幹教
      水音の届きしところ梅開く            中川幸子
      紅白の梅咲き継げり師弟句碑           日野圭子
      護摩焚の煙渦まく梅日和             河原地英武
      梅が香や柄杓の水に空のいろ           河原地英武
      地球儀の太平洋に梅の影             櫻井幹郎
      紅梅の五つ六つほど綾子句碑           藤田岳人
      白梅の競ひ咲きたるやすし句碑          藤田岳人
      紅梅の蕾に昨夜の雨光る             上杉和雄
      梅白し越後も奥の隠れ里             坪野洋子

盆梅、鉢の梅

      盆梅にしばしの日差路地ずまひ          児玉美奈子
      盆梅の老幹支ふ竹青し              伊藤登美江
      正座して盆梅の香を嗅ぎゐたり          上杉和雄
      盆梅にふと立ち止まる下校の子          夏目悦江
        

壇香梅、鬱金花

      謡曲の木賊の里や鬱金花             武藤光リ

芹、芹摘、芹の水、根白草

      芹青む富士湧水のきらめきに           栗田せつ子
      芹を摘む手に三輪山の水ひびく          栗田せつ子
      一握りほど田芹摘む峡の晴            桜井節子
      湧水の音なく噴けり芹の花            菊山静枝
      芹青む川の水引く寒天場             渡辺昌代
      芹摘むやまづ野仏に手を合はせ          関根近子
      石ひとつだけの田の神芹青む           関根近子
      芹摘みの去りてつめたき水残る          下里美恵子
      ふるさとの夕日にまみれ田芹摘む         今泉久子
      翔つ鷺の脚より垂るる芹の水           上村龍子
      小流れを少し崩して芹を摘む           雨宮民子
      畦川の流れゆたかや芹青む            日野圭子
      湧水のゆるき流れや芹育つ            田畑 龍
      白粥にたつぷり刻む根白草            矢野愛乃
      洗ひ上げ野芹の紅を束ねけり           横森今日子
      寺町の光をかへす芹の水             武藤光リ
      湧水の甘き匂ひの芹を噛む            武田稜子
      子が摘みし芹一握り白和へに           八尋樹炎
      朝粥に散らす丹波の芹清し            都合ナルミ
      湧水の波紋に揺らぎ芹青む            坪野洋子
      復興の野に師と摘みし根白草           山崎文江
      芹摘みて野川の水を濁しけり           松平恭代

山葵、山葵田、山葵沢

      山葵田をめぐるさざ波まぶしかり         高橋孝子
      畝をきる鍬音響く山葵沢             小田和子
      山葵田の水光らせて砂利を掻く          千葉ゆう
      新しき風吹き抜けの山葵沢            磯田なつえ

繁縷(はこべ)、はこべら、あさしらげ

      はこべらに潮の滴る魚干場            国枝洋子
      日だまりのはこべ一叢やはらかに         佐藤多嘉子
      門のみの本陣跡やはこべ萌ゆ           奥山ひろみ

蓬(よもぎ)、餅草、艾草、蓬摘む

      搗き終へし杵にほのかや蓬の香          栗田やすし
      庭先の餅草摘める夕べかな            矢野愛乃
      古里の土手やはらかし蓬の芽           菊山静枝
      道草を刈るや蓬の匂ひけり            夏目隆夫
      大利根の風をうなじに蓬摘む           横森今日子
      身妊りし子とゆく土手や蓬萌ゆ          吉岡やす子
      初瀬川土手の餅草香り濃し            廣島幸子
      エプロンにくるむ蓬の匂ひ濃し          玉井美智子
      地震跡に山の日射しや蓬摘む           金原峰子
      指先に明日香の蓬匂はせて            国枝洋子

嫁菜、よめがはぎ、はぎな(秋の野菊のこと)

      雨あとの七里の渡し嫁菜萌ゆ           大嶋福代

春大根、春だいこ

      稲荷社の神馬に供ふ春大根            小原米子

水菜、京菜

      京菜引く二上山(ふたかみやま)をまなかひに   倉田信子

壬生菜、糸菜

      落柿舎へ壬生菜畑の畦伝ふ            矢野孝子

菜の花、花菜

      岬みち海になだるる菜畑の黄           武藤光リ
      牛の声菜花明りに暮れなづむ           武藤光リ
      菜の花や分家小さく川の辺に           武藤光リ
      疫病を嫌ふ菜花に佇みて             武藤光リ
      花菜風チバニアンてふ崖を見に          武藤光リ
      菜の花や房総なべて青き空            武藤光リ
      菜の花を載せて帰れり耕耘機           谷口千賀子
      花菜より花菜へ渡る土橋かな           鈴木みすず
      花菜風仔牛が鼻で乳さぐる            山本悦子
      灯台へ花菜明りの径細る             角田勝代
      搾乳の牛引かれ行く花菜道            角田勝代
      菜の花がペットの墓に影おとす          角田勝代
      白猫の今朝も踏み行く花菜道           高橋幸子
      南吉の里菜の花の咲き溢れ            小原米子
      葦を干す庭に菜の花咲き初むる          河合義和
      半島の日ざし明るし菜花刈り           小石峰通子
      菜の花の土手の向かうに母の郷          金田義子
      見当たらぬ疎開せし家花菜径           上杉和雄
      菜の花の中の一輌電車かな            八尋樹炎
      菜の花や金印の島真向かひに           八尋樹炎
      鼻失せし地蔵を撫づる花菜風           八尋樹炎
      菜の花や地蔵を拝むおさげ髪           花村富美子
      菜の花や群れて翔び立つ夕雀           松本恵子
      山の辺の小流を跳び花菜買ふ           宇野美智子
      小流れの土手の花菜や夕日映ゆ          櫻井貞子
      菜の花で飾る砂場の泥だんご           加藤純子
      花菜和へ女ばかりの祝の宴            日野圭子
      花菜和へ利休好みの杉の箸            日野圭子
      幼子の声のみ聞こゆ花菜畑            長澤和枝
      野文楽手描きの松に花菜風            野島秀子
      並べ干す野良着と産着花菜風           二村美伽
      黒潮の耀ふ岬花菜風               安藤虎杖
      落柿舎を出でてまぶしき花菜畑          奥山ひろみ
      花菜風水上バスの遠汽笛             菊池佳子
      花菜雨一日墨の香に籠る             上田博子
      花菜風甘し絣の糸干し場             都合ナルミ
      花菜風舟の竿先泡立ちぬ             岡田佳子
      木曾長良均す閘門花菜風             服部鏡子
      菜の花や山みな低き安房の国           栗生晴夫
      眩しさに母見失ふ花菜畑             安藤一紀
      花菜風受け房総の一輌車             梶田遊子
      風と会ふ花菜の迷路抜け出でて          伊藤範子
      鉤の手の路地に菜の花城下町           松岡美千代
      菜の花にしばしやすらふ入日かな         伊藤旅遊
      菜の花の花器に三寸伸びにけり          山本悦子
      栄転の理学師送る花菜風             岸本典子

明日葉、あしたば

      明日葉へこぼして飲めり釣瓶水          山本悦子
      明日葉の根を張る岬風あらし           安藤幸子
      明日葉や鱗飛び散る外流し            丸山節子

青麦、麦青む

      麦青む伏流水のきらめけり            荻野文子
      麦青む島に小さき滑走路             服部鏡子
      丈低き一の鳥居や麦青む             高橋ミツエ
      高千穂の段々畑麦青む              中村修一郎
      青麦や幣新しき一揆の碑             国枝隆生
      麦青む風の芳し遠伊吹              上杉和雄
      麦青む湖北は風の通り道             伊藤旅遊
      青麦のうねりの果てや海光る           下里美恵子
      百筋の麦青みたり遠伊吹             川島和子
      点在の古墳際まで麦青む             平松公代

種芋

      種芋選る母亡き家の広き土間           丹羽康碩
      車座の農婦種芋選り分くる            平 千花子

椿、藪椿、雪椿

      碧の字の土芳の墓や落椿             栗田やすし
      白椿母に会はむと墓山へ             栗田やすし
      落ちてなほ息づくごとし白椿           栗田やすし
      椿落つ藪に受難の十字墓             栗田やすし
      苔庭に落ちて紅濃きやぶつばき          鈴木美登利
      禅寺の沓脱石に落椿               山下善久
      富士仰ぐ勘助坂や落椿              多々良和世
      慰霊碑の地に散り敷きし落椿           花村つね
      咲ききれずして白椿こぼれ落つ          清水聰子
      下鴨の馬場に箒目つばき落つ           牧野一古
      おびただし観音原の落椿             神野喜代子
      椿落つ夜来の雨の水たまり            江本晴子
      椿落つ蓑虫庵に蛙の碑              熱海より子
      椿落ちたり山寺の座禅石             加藤洋子
      あをあをと多度の山並椿咲く           河合義和
      蜜吸ふて野猿の放る藪椿             平松公代
      白椿さいごの一輪ころげ落つ           加藤都代
      紅椿音なく散れり花袋の居            岩上登代
      蹲踞に白玉椿しだれ咲く             夏目悦江
      身替りの地蔵につらつら椿かな          夏目悦江
      独り居の背戸にこぼるる白椿           内田陽子
      慶喜の泊まりし湯宿紅椿             森 妙子
      紅椿落つる万葉歌碑の前             市原美幸
      おびただし踏絵の寺の落椿            篠田法子
      音もなく椿落ち継ぐ鴫立庵            関野さゑ子
      花椿蜂もろともに落ちにけり           上杉美保子
      雪椿床に戊辰の刀疵               市原美幸
      参道に雪解の椿濡れそぼつ            小島千鶴
      春の雪乗せて椿の紅滲む             武藤光リ
      落ち椿庭にときをり重き音            武藤光リ
      上向きに落つる椿や忌中札            武藤光リ
      通り雨去来の句碑に落椿             沢田充子
      コサージュの野にあるごとく落椿         武藤けい子
      雫ごと今朝の椿を供へけり            丹羽一橋
      玉椿よべの雫を蕊に享く             伊藤範子
      土蔵への露地灯すごと落椿            林 尉江
          

黄心樹(をがたま)の花

      をがたまの匂ひ輪蔵まはるたび          宇佐美こころ
      をがたまの雨に香れり古窯跡           上田博子

榛(はしばみ)の花

榛(はり)、赤楊(はんのき)の花

      池の面を渡りゆく風榛の花            国枝洋子
      浮雲の崩れ易さよ榛の花             国枝洋子

竹の秋、竹の秋風、竹秋

      御手洗を囲ふ舟板竹の秋             鈴木みや子
      竹炭のにぶきひかりや竹の秋           柴田孝江
      立て膝のねねの座像や竹の秋           今井和子
      竹の秋仏に供ふ千羽鶴              市川悠遊
      集落に残る環濠竹の秋              安藤幸子
      竹秋の雨に柩を送りけり             長江克江
      竹秋のさやぎの中に抹茶汲む           廣島幸子
      一草庵背戸に広ごる竹の秋            豊田紀久子
      竹秋や耳元に振る嵯峨土鈴            都合ナルミ
      美術館窓百号の竹の秋              小長哲郎
      竹秋の水の青さよ大井川             上田博子
      竹の秋雨にけぶれる奥嵯峨野           鈴木 文
      門柱に残る校名竹の秋              栗生晴夫
      川音のひびく城址や竹の秋            日野圭子
      竹秋の雨やはらかや瓊花咲く           久野和子

春落葉

      春落葉青年たりし父の墓             栗田やすし
      春落葉水音低くひびきをり            桜井節子
      東大の門衛春の落葉掃く             巽恵津子
      首塚に春の落葉と小銭置く            中村たか
      少女らが矢を突き刺せり春落葉          片山浮葉
      春落葉散るスケッチの筆の先           村田和佳美
      春落葉産湯の井戸に葵の紋            神尾朴水
      掃き寄せて嵩ばる背戸の春落葉          矢野愛乃
      春落葉踏みしめて訪ふ西行寺           小島千鶴
      山門に数珠売る婆や春落葉            鈴木真理子

長春花、庚申薔薇

      青錆びし少女の裸像長春花            上杉和雄

紫荊(はなずはう)、蘇枋の花

      雨激し母亡き庭の花蘇枋             熊澤和代
      花蘇枋会ふたび母は恋ばなし           鈴木美登利
      武家町に湯屋の暖簾や花蘇枋           中村たか
      目を瞠る韓の仏や花蘇枋             中村あきら
      通院の山裾染むる花蘇枋             矢野愛乃
      花蘇芳曇りし空をくれなゐに           武藤光リ

三椏の花、三椏咲く,花三椏、結香の花

      三椏のあはあは咲いて影の濃し          牧野一古

木蓮、はくれん、紫木蓮

      はくれんの白極まれば銹び兆す          栗田やすし
      近づけば白れんのはや銹びきざす         栗田やすし
      紫木蓮家具工房の窓越しに            夏目悦江
      紫木蓮故郷の庭染めゐたり            飯田蝶子
      紫木蓮ほぐるる女身仏の前            小島千鶴
      弐番館と言ふマンションや紫木蓮         坂本操子
      白木蓮にはかにまぶし雨上り           中山敏彦
      ひとひらを朝日へほぐし紫木蓮          伊藤範子
      はくれんの震へて空の蒼滲む           伊藤範子
      あはあはと白蓮の影シーツ干す          牧 啓子
      窯屋根に白木蓮の散りしきる           山本光江
      白木蓮散つてしまひし空の青           松本恵子
      青空の色薄めたり白木蓮             武藤光リ
      法要の鉦の連打や白木蓮             武藤光リ
      はくれんの解かれて母の忌が近し         熊沢和代
      白木蓮(はくれん)の万の明かりへ野良着干す   磯田なつえ
      はくれんの角を曲がれば母の家          山口耕太郎
      白れんの揺れに遅れて風の音           松井徒歩
      はくれんや咲き揃ふ間にさび兆す         横井美音
      加賀の雨西より晴れて紫木蓮           山 たけし
      青空を拝む形や紫木蓮              平松公代
      飛び立たむばかりの一樹白木蓮          中村たか
      木蓮の崩れきつたる倦怠期            伊藤範子
      紫木蓮女優ゐさうなバルコニー          酒井とし子

雪柳、小米花

      昏れてより白極まれり雪柳            吉岡やす子
      青竹に雪柳挿す勝手口              佐藤とみお
      窯垣の小径ここより雪柳             神尾朴水
      ジョギングの膝に触れたり雪柳          奥山ひろ子
      降り出しの雨に匂へり雪柳            平松公代
      雪柳まだ揺れてゐるかくれんぼ          河村惠光

桃の花、桃畑、桃の村

      咲き満ちて夕日あまねし桃畑           夏目悦江
      桃咲くや一気にふえし子の言葉          栗田せつ子
      置床に桃の花活け蒲焼屋             近藤きん子
      生え初めし歯の真つ白や桃の花          長谷川郁代
      漆練る小窓明るし桃の花             尾関佳子
      幼な児と交す指切り桃の花            佐々木千洋子
      嬰の手のいつも万歳桃の花            伊藤範子
      桃活けてけふより後期高齢者           近藤文子
      うす紅に靄ふ山裾桃の村             山下智子
      花桃の里通り抜く郵便車             長谷川つゆ子
      山際は風の袋路桃の花              梅田 葵
      子規庵の蹲踞に浮く桃の花            武藤光リ
      山里に小さき墓や桃の花             武藤光リ
      手の平の温きナースや桃の花           武藤光リ
      ふだんぎで幸説く人や桃の花           武藤光リ     *世界最貧の宰相ムヒカ
      弁慶桃咲けり惟然の住みし庵           丹羽康碩
      桃の花咲く枝道の行き止まり           丹羽康碩
      ゆつくりと移る日差しや桃の花          小原米子
      肩車して花桃の影の中              利行小波
      傷舐める母のまじなひ桃の花           山 たけし
      細やかに指をどらせて桃摘花           金田義子

杏の花、花杏

      校庭の声空に抜け花あんず            金原峰子
      花杏ラッパ吹き来る豆腐売り           伊藤登美江
      母なくて庭に杏の花満つる            谷口千賀子
      杏咲く信濃の地震観測所             高橋 毅
      あんず咲く村に小さき消防車           鈴木みすず

李(すもも)の花、李花(りか)

      李咲く村や火の見を取り壊す           澤田正子

花林檎、林檎の花

      みちのくの雨に烟れり花りんご          栗田やすし
      一族の墓を囲みし花林檎             高橋悦子
      マラソンの過ぎし静けさ花林檎          奥山ひろ子
      枝先の雨こぼるるや花林檎            奥山ひろ子
      雨きざす山一面の花林檎             
      岩越えてをどる沢水桷の花            国枝洋子
      藤村の円きかな文字花林檎            日野圭子
          

沈丁花、沈丁、瑞香(ずいこう)

      母の声思ひ出せずよ沈丁花            栗田やすし
      池めぐる沈丁の香に誘はれ            栗田やすし    前書き:福州園
        窓少し開け沈丁の風待てり            上杉美保子
      沈丁花固き蕾に雨の粒              辻 桂子
      卒論を仕上げし朝の沈丁花            山下善久
      盆栽の沈丁匂ふ蔵座敷              山下善久
      豆腐屋の湯気立つ路地や沈丁花          大島知津
      黒塀に沈丁の香や神楽坂             多々良和世
      沈丁の闇近づける靴の音             山 たけし
      昨夜の雨上がりて香る沈丁花           小島千鶴
      沈丁の香る朝や訃報くる             山下 護
      沈丁の香を曲り来て子規の墓           武田稜子
      星空を仰げり尽丁匂ふ闇             関根近子
      杖抱いて眠れる人や沈丁花            河原地英武
      沈丁や路地の奥なる地蔵尊            中村修一郎
      沈丁や夕映え淡き壬生の路地           伊藤範子
      公園の淡きともしび沈丁花            山下帰一
      沈丁や記憶の母の割烹着             武藤光リ
      糠雨に沈丁の香の軒を借る            安藤幸子
      沈丁の香の濃き夕べ訃の知らせ          山本法子
      沈丁の香りにうごく庭の闇            井沢陽子
      沈丁の香気にやすし句碑除幕           坂本操子

ミモザ

      ミモザ咲き遠き母との日を想ふ          栗田やすし
      ミモザの黄女子学院のガラス窓          武藤光リ
      陶房の窓いつぱいにミモザ咲く          下里美恵子
      退院の朝ミモザの咲き始む            牧野一古
      誕生日瓶にミモザを溢れ挿す           大嶋福代
      町筋に咲き満つミモザ夕茜            山下善久
      伊豆晴れて海へしだるる花ミモザ         金田義子
      坂の上にひろごる町や花ミモザ          栗生晴夫
      窯小屋の屋根に枝垂るる花ミモザ         沢田充子
      お強蒸すミモザ明かりの外竈           坪野洋子

花、花埃、花明かり、春の花

      朝靄に前山けぶる花の宿             栗田やすし
      花の昼矢切の渡し混み合へり           栗田やすし
      山荘に白湯たぎる音花の昼            栗田やすし
      花屑のゆらぐ足湯に憩ひけり           石原進子
      花の屑渦巻きて地を走りけり           丹羽康碩
      花の雨巫女玉砂利を小走りに           小島千鶴
      ラケットの破れ繕ふ花の雨            河原地英武
             傘立を伝ふ忌明けの花の雨            八尋樹炎
      友よりの電話つづけり花の雨           太田滋子
      廃校となりし母校や花の雨            太田滋子
      花の昼恋の絵馬吊る女学生            太田滋子
      ぬり絵する母の真顔や花の雨           山本光江
      花の昼雅楽かそけし衣装展            櫻井幹郎
      西行の老いの木像花あかり            清水弓月
      花月夜音なく回る観覧車             清水弓月
      ループ橋越えて紅濃き花の里           伊坂壽子
      駅弁の蓋の飯つぶ花の昼             市川正一郎
      ひんぷんの奥より琉歌花月夜           上田博子
      郵便夫昼餉とりゐる花の下            佐藤春子
      花の下少女みくじを見せ合へり          横井美音
      ひとひらの花びら口に雀跳ぬ           田野 仁
      花の山夕星ひとつ上げにけり           米元ひとみ
      花の下鉄砲狭間の崩れをり            武山愛子
      家康の遺訓碑濡らす花の雨            角田勝代
      花の影流れの迅き川底に             中山敏彦
      窓開けて瀬音明るし花の宿            佐々木和子
      花の雨大樹の幹の苔光る             平 千花子
      花の風一卓のみの絵島の間            巽 恵津子
      余震なほ花咲き満つる明るさに          武藤光リ
      花の山B級グルメてふ屋台             武藤光リ
      スカイツリー見上ぐる空や花三分         武藤光リ
      雨けぶる談合坂や花の雲             武藤光リ
      花の雨濡らせり碧の師弟句碑           武藤光リ
      花吹雪術後の窓に高舞へり            武藤光リ
      Gパンの師に迎へらる花の昼            武藤光リ
      花万朶鄙の社の忠魂碑              武藤光リ
      花八分カーブミラーの中までも          武藤光リ
      逝きし子の病窓を討つ花の雨           武藤光リ
      逝きし子も花もうたかた川流る          武藤光リ
      異次元へ旅立ちし子や花の雲           武藤光リ
      花びらの吹き上がり来る跨線橋          小蜥テ民子
      筏ともならず流るる花の塵            長江克江 
      ぴよぴよと鳴るサンダルや花の径         渡辺慢房
      診断は老化なりけり花の昼            近藤文子
      西行の姿見石に花の影              野島秀子
      花の雨渡船場跡に雨情詩碑            野島秀子
      花の昼トロンボーンの音はづれ          関根切子
      猿楽のたたら踏む音花の雨            石川紀子
      雪洞の灯りてよりの花妖し            田畑 龍
      西行堂檜皮を伝ふ花の雨             岸本典子
      群雄の眺めし湖や花の城             中村あきら
      花拾ひあくこと知らず幼髪            久保麻季
      花堤鐘は遠ちより近きより            川端俊雄
    

桜、桜月夜、桜吹雪、夕桜

      吊り橋を揺らし淡墨桜見に            栗田やすし
      へそ小さき風神雷神桜舞ふ            栗田やすし
      緋色濃し今帰仁(なぎじん)城の島ざくら     栗田やすし
      スカイツリー江戸の桜を見下ろしに        栗田やすし
      丈余なす水兵の碑や桜散る            栗田やすし
      肩かるく叩く励まし初ざくら           河原地英武
      花びらを追ふ花びらや夕桜            河原地英武
      ため息を咎められたり夕桜            河原地英武
      夜気吸つて桜重たくなりにけり          河原地英武
      一呼吸置きてまた散るさくらかな         河原地英武
      廃校の桜満開海の風               市江律子
      少し笑む父の遺影に初桜             倉田信子
      花魁の打掛け並ぶさくらどき           中川幸子
        川風に頬の冷めたし朝桜             日野圭子
      降り出しの雨に色濃し初桜            下里美恵子
      島桜咲き初む風葬ありし村            下里美恵子
      医学部の桜しろじろ暮れ残る           谷口千賀子
      二分咲きの桜の枝に鴉来し            鈴木澄枝
      分校跡桜の古木蕾せり              磯田なつえ
      遅桜田毎の水のひかり合ふ            梅田 葵
      婚の荷の発ちて桜のほころびぬ          清原貞子
      捨て舟の水に散り込む夕桜            岩崎喜子
      夕桜梢に風の立ち易し              山口茂代
      千年の幹の凸凹夕桜               さとうあきこ
      渓流に影落しをり里桜              平居正臣
      二三輪切り株に咲く桜かな            大原悦子
      稚児舞のかんざしに散る桜かな          八尋樹炎
      桜散る教習場の停止線              土方和子    土に`あり
      夜桜に五重の塔のまぎれなし           井沢陽子
      手話止めて桜吹雪に掌を広ぐ           野島秀子
      遠ければなほ輝けり夕桜             武藤光リ
      老桜や屋敷跡なる瓦塀              武藤光リ
      山峡に古びし散居桜咲く             武藤光リ
      頂に雲置く富士や夕桜              武藤光リ
      桜散る志士密談の揚屋(あげや)かな       金田義子
      指に触れ桜の開花確かむる            牧田 章
      初桜皿に浮かせて供華とせり           上杉美保子
      初桜見んと医院へ遠廻り             森 妙子
      初桜米寿となりし姉見舞ふ            上田博子
      大いなる瘤を重ねし根尾ざくら          雨宮民子
      稚児と来て路地の桜を見上げたり         手登根博子
      三味の音にさくらほつほつ野文楽         都合ナルミ
      桜浴び桜しとねに師弟句碑            都合ナルミ
      捨鉢に桜散り積む陶の街             江口たけし
      吉野山さくら吹雪に立ち尽す           佐々木和子
      人と行き人と離るる桜かな            山 たけし
      上げ潮の川のさざ波夕桜             中川幸子
      月食の闇に桜のひしめけり            中村たか
      らんまんの桜明りや師弟句碑           上村龍子
      咲き満ちて空に溶けゆく根尾桜          伊藤克江
      斎場の玄関前に散る桜              久保麻季
      子を偲ぶ桜吹雪の行方かな            矢野愛乃
      うす紅の祝着の嬰初ざくら            小島千鶴

山桜

      山桜後円墳を包みをり              澤田正子
      山桜ここは太古の海の底             大谷みどり
      トンネルを抜けてトンネル山桜          平松公代
      山桜散るや軍馬の水飲場             長江克江

八重桜

      ホスピスの窓辺重たき八重桜           中野一灯
      ぽつてりと角屋(すみや)の庭の八重桜      河原地英武
      老いたれば老いと集ひて八重桜          武藤光リ
      入相に映ゆる残花や箱根山            武藤光リ

遅桜

      遅桜散るや越後の国分寺             林 尉江

残花、残る花、名残の花

      湯の宿の裏や名残の山ざくら           栗田やすし
      廃校に雨垂れひびく残花かな           若山智子
      露座仏に空襲の痕残り花             松平恭代
      残桜や雨に烟れる二重橋             市原美幸
      根尾谷の雨本降りに残り花            栗田せつ子
      残花なほ去年子の逝きし病院に          武藤光リ

落花、花散る、花吹雪、飛花、花屑、花筏

      木屋町の橋の花屑掃き落す            河原地英武
      花吹雪人語にはかに遠くなる           河原地英武
      花筏城をめぐりて流れけり            栗田やすし
      鳩一羽降りて落花を散らしけり          河井久子
      川灯台花の散り敷く日となれり          幸村富江
      鼓笛隊落花の中を進みけり            関根切子
      帯なして空を流るる落花かな           中川幸子
      花吹雪伊代次一朗徹も亡き            中川幸子
      人力車落花の中に客待てり            堀内恵美子
      花吹雪浴びて幼子立ちつくす           白鳥光枝
      帰国せし子をまた送る花吹雪           石川紀子
      ひとひらの落花や吉良の御影堂          吉田幸江
      もろ手挙げ手話の娘浴ぶる花吹雪         尾関佳子
      散る花へ鈴を翳して巫女舞へり          石崎宗敏
      花吹雪通学の児の列乱す             神野喜代子
      崩れては又つながれり花筏            片山浮葉
      花筏くづしどぜうの稚魚放つ           倉田信子
      句碑の地へ花吹雪またはなふぶき         倉田信子
      金色の鯉がゆらせり花筏             牧野一古
      向き替へて鯉の崩せし花筏            加藤ノブ子
      ひとり来て綾子の句碑と落花浴ぶ         澤田正子
      落花浴ぶ若き兵士の墓六基            山本法子
      散る花や掃き癖強き竹箒             山 たけし
      園丁がたもで花屑掬ひをり            中山敏彦    *たもは手偏に黨と網
      土手よりの飛花ただ中に塞の神          谷口千賀子
      花屑や閂重き茶舗の蔵              渡辺慢房
      花筏崩して鳰の潜きけり             武藤光リ
      上げ汐に崩れ初めたり花筏            武藤光リ
      花筏離合集散繰り返す              武藤光リ
      花屑を分けて出航海賊船             武藤光リ
      花吹雪四つ角へ来て渦巻けり           中村たか
      花吹雪園児の列を乱しけり            小山 昇
      靖国や標本木の花吹雪              野ア和子
      座礁して木端微塵の花筏             丹羽康碩
      橋脚に微塵となれり花筏             丹注N碩
      筏組むほどにも非ず花流る            丹注N碩
      御殿医の碑文掠めて飛花落花           上村龍子
      花筏堰を越さんと崩れけり            渡邉久美子
      飛花追へば彼方に光る金の鯱           高柳杜士

桜の蘂降る

      桜蘂降りつぐ彰義隊の墓             日野圭子
      杉苔に桜蕊散る綾子句碑             日野圭子
      山の辺や桜蘂降るけもの径            平松公代
      桜しべ散る師の句碑の前うしろ          服部萬代
      桜しべ乗せて回覧板届く             安積敦子
      綾子の碑足元染むる桜蕊             澤田正子
      屋久島の山羊の背に降る桜しべ          高橋ミツエ
      桜蘂降り継ぐ芭蕉船出あと            幸村志保美
      桜蘂降る朝姉の柩出づ              横井美音
      師の句碑を滑りて降るや桜蘂           林 尉江
      白砂の箒目に散る桜蕊              鈴木みすず
      桜しべ降りつぐ城に歩兵の碑           久野和子
      桜蕊降るや羅漢の頭に膝に            中野一灯

薺の花、ぺんぺん草、三味線草

      花薺一葉住みし路地の裏             武藤光リ
      花なづな検番過ぐる昼の猫            武藤光リ
      薺咲き山の辺の畦盛り上がる           中根多子
      斎田の畦白むほど花なづな            平松公代
      屈み見るペンペン草に小さき影          牧 啓子
      十字架の丘にペンペン草茂る           河原地英武
      幼な子にペンペン草の音聞かす          左右田眞智子
      花薺鳴らしてみたり休耕田            松原和嗣
      花薺土手に碇の錆び深し             鈴木美登利
      花なづな牛が鼻づら寄せて嗅ぐ          下里美恵子
      夕映えの平城宮趾なづな咲く           山本光江
      だれ手向く入鹿の塚になづな花          山下智子
      城壁にぺんぺん草や島日和            山下善久
      氷見線の鉄路に沿ひし花なづな          夏目悦江
      花薺の風生る碧の住居跡             市江律子
      無住寺に三味線草の吹かれをり          山下帰一
      花なづな首輪掛けある犬の墓           小田二三枝
      鉱毒に廃れし村や花なづな            佐藤とみお
      軽便のレールのすきま花なづな          平 千花子

雀の鉄砲、雀の枕、槍草

      母恋ひて雀の鉄砲吹き鳴らす           国枝洋子

ははこ草、母子草

      線路脇ひそやかに咲く母子草           栗田やすし       *京都駅 
      廃屋の井戸の辺に咲く母子草           鈴木美登利
      子規の間の縁先に萌ゆ母子草           矢野孝子
      母子草小さきリュックに迷子札          小蜥テ民子
      母子草童女入水の池の辺に            伊藤範子
      丈草の別れの岩よ母子草             山下智子
      母子草群れ咲く白鳳廃寺跡            市原美幸

父子草

      母の忌の墓前に丈くる父子草           牧野一古

芥菜(からしな)、ながらし

      風渡るからし菜の咲く河川敷           加藤雅子

茎立、くきたち

      葉牡丹のみな円錐に茎立てり           坂本操子
      畝失せし畑に茎立つ蕪かな            鈴木真理子
      茎立や子が捨てゆきし坪畑            丹羽康碩
      薬師寺の塔見ゆる畑茎立てり           伊藤旅遊
      茎立や家に間のびの時計鳴る           山 たけし
      駐在所裏大根の茎立てり             下里美恵子
      茎立ちやつぐみ来てゐる杣の畑          関根近子

菠薐草(ほうれんそう)

      名水で濯ぐ菠薐草の束              伊藤旅遊
      菠薐草ま青に茹でて一人の餉           大平敏子
      朝市の菠薐草の元気買ふ             朝比奈照子
      日をずらし菠薐草蒔く峡日和           清水弓月

蕨、早蕨、老蕨、蕨長く(たく)

      ティショット逸れし茂みに蕨の芽         栗田やすし
      引売りの荷に裏山の初蕨             中村たか
      蕨摘む鬼の雪隠見下ろして            国枝洋子
      学校名入りし蕨を朝市に             谷口悦子
      ほつほつと生ふる蕨の背くらべ          鈴木みすず
      蕨採るポキンポキンと音させて          河村惠光
      ボール探すキャディと摘みし蕨かな        山下善久
      早蕨の小さき拳突き上げて            下山幸重
      踏んばつて山の傾斜に蕨摘む           渡邉久美子
      コロナ禍やほほけ蕨のこぞり立つ         河合義和

三つ葉、三葉芹

      ひとすぢの三つ葉美し親子丼           渡辺慢房

独活、山独活、ししうど、いぬうど

      泥つきの山独活籠に道の駅            和久利しずみ
      一抱へ山独活届く塗師の家            長江克江
      浜独活(うど)の生ふるばかりや砦跡       宇野美智子
      独活匂ふ大学教授の革鞄             牧野一古
      独活の芽の瑞々しくてさくら色          下里美恵子
      苦味濃きお助け小屋の独活料理          国枝洋子
      鎌の泥付きたる独活を手みやげに         藤田岳人
      籾殻を掻き分け独活の根本切る          藤田岳人
      籾殻を高く盛り上げ独活覆ふ           藤田岳人
      隧道の暗きに独活のよく太る           片山浮葉
      山独活の芳し夫の誕生日             矢野愛乃
      甲斐駒の晴れて独活売る婆の声          中村修一郎
      山独活のあくの強さを褒め合へり         伊藤旅遊
      山畑の隅一株の独活茂る             鈴木英子

薇(ぜんまい)

      木洩れ日にぜんまい緩ぶ隠れ里          鈴木みすず
      薇を干すや山の日追ひかけて           矢野愛乃
      井戸蓋に干ぜんまいや尼の寺           澤田正子
      ぜんまいの拳のゆるぶ隠れ里           福島邦子
      峡日和笊にぜんまい乾き切る           小田二三枝

花韮

      花にらや夕どき冷ゆる膝頭            金原峰子

たら芽、 たらの芽、たら摘む、(たらは木偏に怱)

      たら芽摘む鎌先で枝引き寄せて          関根近子     *たらは漢字
      たらの芽の太る山道朝日差す           武藤光リ
      たらの芽に山城の崖深くあり           梅田 葵     *たらは漢字
      不意の客たらの芽掻きてもてなせり        矢野愛乃     *たらは漢字
      たらの芽やひのきづくりの新校舎         山下善久     *たらは漢字
      たらの芽を採り青空へ枝返す           兼松 秀
      たらの芽の揚げたて三つ斎の膳          近藤文子     *たらは漢字
      たら芽掻く鎌先で幹引き寄せて          関根近子     *たらは漢字
      参道に片膝立ててたら芽売る           山本悦子     *たらは漢字
      たらの芽の伸び放題や牛舎跡           小田二三枝
      たらの芽を杖の先にて引き寄する         玉井美智子
      さみどりのたらの芽吹きや工廠跡         内田陽子     *たらは漢字
    

蕗の薹、蕗味噌

      蕗味噌で飯を汚してこもりをり          鈴木みや子
      蕗味噌を炊きて偲びぬ夫のこと          山下美恵
      落人の里蕗味噌のほろ苦し            益田しげる
      能登の塩添へ揚げたての蕗の薹          二村美伽
      竹笊に盛る揚げたての蕗の薹           二村美伽
      天婦羅のさみどり透けり蕗のたう         井坂壽子
      窯場径薪積む辺り蕗の花             長谷川つゆ子
      ほほけゐし分水嶺の蕗のたう           河井久子
      天ぷらの衣薄めに蕗の薹             市原美幸
      風化仏くちの笑みのみ蕗の薹           山 たけし
      子規庵の庭に眩ゆき蕗の薹            長江克江
      蕗の薹茎立つ信玄火葬塚             武藤光リ
      蕗の芽に光る雫や雨後の朝            武藤光リ
      蕗の薹手折れば匂ふ指の先            武藤光リ
      蕗のたう沢音尖る峠道              山下善久
      母がりに通ひし道や蕗の薹            栗生晴夫
      蕗のたう水の光を満面に             中川幸子
      黒土に座つてゐたり蕗の薹            中川幸子
      蕗味噌の苦きを愛でて地酒酌む          古賀一弘
      箸先の味噌に溺るる蕗花芽            清水弓月
      蕗味噌のおにぎり焙る朝の市           奥山ひろ子
      大富士を仰ぎては摘むふきのたう         谷口千賀子
      万葉の径にほほけし蕗の薹            服部鏡子
      地震跡の崖の崩れに蕗のたう           上杉美保子
      四高跡庭に一群れ蕗の薹             市原美幸
      蕗の薹長くる信玄火葬塚             倉田信子
      小振りなる渋民村の蕗の薹            都合ナルミ
      うす味に蕗煮ることも母似かな          鈴木真理子

春菊、花春菊

      汁の実に摘む春菊のひとにぎり          矢野愛乃

胡葱(あさつき)、千本分葱

      胡葱のぬたの甘さや一人酒            武田明子

アスパラガス、松葉独活

      アスパラガス摘む高原の風の中          金田義子

節分草

      節分草伊吹の裾の陽だまりに           栗田やすし
      節分草伊吹の裾の水響く             栗田せつ子
      節分草地を這ふ風に吹かれけり          牧野一古

雪割草、洲浜草、三角草

      雪割草ぱつと開きて蘂萌黄            近藤文子

チューリップ

      幼子の一歩踏み出すチューリップ         奥山ひろみ
      露地裏に三頭身のチューリップ          武田明子
      ひとつだけつんと横向くチューリップ       遠藤齋子
      チューリップしばらく蹤いてくる仔犬       山 たけし
      チューリップつぼむ力のまだありぬ        近藤文子
      チューリップ買ひ衷心の鎮まりぬ         若山智子
      チューリップ描きゐる間に開ききる        山本光江

片栗の花、かたかごの花、堅香子の花

      片栗の花の風来る太子堂             伊藤克江
      片栗の一花(いっか)にカメラ集まれり      市川克代
      かたかごの花に雨雲低く垂る           倉田信子
      片栗の花を食べよと朝市女            栗田せつ子
      日当りて片栗の花反りつよし           中村たか
      堅香子や付け睫めく黒き蕊            田畑 龍
      堅香子に山の日ざしのやはらかし         長江克江
      咲ききつて片栗の蕊長かりき           小蜥テ民子
      捨て窯の際に片栗群れ咲けり           熊澤和代
      薄ら日を纏ひかたくり咲きそろふ         玉井美智子
      かたくりの閉ぢて西より雨もよひ         山 たけし
      堅香子に木洩日スポットライトなす        武藤光リ
      堅香子や土間三畳の流刑小屋           安藤一紀
      かたくりの一寸出でてうつむけり         片山浮葉
      堅香子のまだ反りきらぬ朝の風          市川あづき
      たまゆらのかたかごの花反り返る         長崎マユミ

猩々袴

      木洩れ日に群れ咲く猩々袴かな          中山敏彦
      奥美濃の山路に猩々袴かな            中山敏彦
      猩々袴のをさなきが咲き茂吉歌碑         清水弓月

ひさかきの花、(漢字は木偏に令)

      城跡のひさかき(原句は漢字に振りがな)の花匂ひ立つ 中山敏彦

迎春花、黄梅

      玄関に明るさの満つ迎春花            稲垣美紗
      水の鳴る村の入口迎春花             中村たか
      理容所の玻璃磨かれて迎春花           夏目悦江

利休梅

      日差し来て白透きとほる利休梅          金田義子
      風の中無垢の白さよ利休梅            金田義子
      小流れの水鳴るほとり利休梅           横井美音
      子規庵の庭明るうす利休梅            河合義和

山茱萸の花、山茱萸

      山茱萸やカヌーの軌跡湖に照る          山下善久
      山茱萸や夕空淡き青透きて            山 たけし
      山茱萸の花や庵主の墓丸し            長崎眞由美
      山茱萸のほころびて空潤みけり          加藤ゆうや
      山茱萸の花山門に暮れ残る            松平恭代

辛夷、幣辛夷

      五箇山やつぼみ犇めく幣辛夷           巽恵津子
      行商の乗り継ぐ駅や花こぶし           八尋樹炎
      花こぶし窓開け放ち初講義            高田栗主
      雲晴れて富士山麓のしでこぶし          小田二三枝
      花さびし辛夷の並木夕陽さす           石垣敦子
      三分咲くこぶしの花や発願寺           近藤めぐみ
      花辛夷信濃の空の青さかな            橋本紀子
      天険に統合校舎辛夷咲く             神尾朴水
      谷底の平家の村や花辛夷             早川文子
      花こぶし咲き満雨の寒山寺            松本恵子
      鍵の手の残る宿場や花辛夷            奥山ひろみ
      牛臭き風にほぐるる幣こぶし           上杉美保子
      夕ぐれの空が明るし花辛夷            関根近子
      木曽馬の瞳に映る花こぶし            下山幸重
      震災忌経巡る五年辛夷咲く            武藤光リ
      師の句碑の除幕祝ひや花辛夷           武藤光リ
      眼裏に地震のみちのく辛夷咲く          武藤光リ
      総立ちの花芽ふくらむ辛夷かな          田畑 龍
      あをぞらへリフト近づく幣辛夷          野瀬ひろ
      銀色にふふむ辛夷や遠浅間            高橋幸子

花水木

      駅までのこの道が好き花水木           岸本典子

貝母の花、春百合

      花貝母一夜の雨に果てにけり           中山敏彦
      貝母咲くそぼ降る雨をしたたらし         中山敏彦
      花貝母ほころびて透くうすみどり         中山敏彦
      一輪の貝母の花や弥陀の前            長崎眞由美

葱坊主、葱の花

      お互ひを舐め合ふ仔牛葱坊主           後藤暁子
      教会の庭に幼なき葱坊主             鈴木真理子
      しりとりの続きは明日葱坊主           鈴木栄
      古墳への一本道や葱坊主             八尋樹炎
      売られ行く仔牛の声や葱坊主           八尋樹炎
      葱坊主影でこぼこや遠筑波            岩上登代
      裏畑に葱の花咲く奈良井宿            市原美幸
      葱坊主坊主くづして花咲けり           中根多子
      金環食見し目にやさし葱坊主           豊田紀久子
      授産所の子らの朝礼葱坊主            沢田充子
      葱坊主つつ立つ道を秘仏見に           下里美恵子
      ちちははの声知らず古稀葱坊主          佐藤とみお
      首塚に打ち捨てられし葱坊主           小長哲郎
      葱坊主畑の真中に入鹿塚             小長哲郎
      「どうして」の増ゆる幼子葱坊主         小原米子
      葱坊主笑ひ止まらぬ男の子どち          渡辺かずゑ
      葱坊主ポキンと折りて天麩羅に          長江克江
      葱坊主愚直をよしとせる血筋           富田範保

野蒜、野蒜摘む

      渡し守畦の野蒜を摘みくれし           栗田せつ子
      昼休み工夫野蒜を摘みゐたり           磯田なつえ
      猪垣の一坪畑や野蒜萌ゆ             中村修一郎
      野蒜生ふ長者屋敷の在りし跡           武藤光リ
      古城址の本丸でつむ野蒜かな           平 千花子
      大獅子の台座の野蒜つみにけり          平 千花子
      七面の氷場跡や野蒜摘む             石川紀子
      晴れ渡る伊吹の裾や野蒜摘む           利行小波
      草くぐり来し水音や野蒜摘む           中野一灯
      雨あとの土の匂ひや野蒜つむ           松平恭代

いぬふぐり

      牛の仔の大き泪目犬ふぐり            井沢陽子
      当麻寺へどの畦道も犬ふぐり           下里美恵子
      犬ふぐり大の字に寝て空眺む           渡辺慢房
      病み上がり畑一面のいぬふぐり          高橋幸子
      空堀を覆ひ尽くせり犬ふぐり           前田史江
      寅さんの座りし土手や犬ふぐり          武藤光晴
      犬ふぐり囲む馬琴の墓所             佐藤とみお
      犬ふぐりゆるびし鍬の楔打つ           中野一灯
      みどり児のかたこと楽し犬ふぐり         小蜥テ民子
      犬ふぐり戸口に石の子守り神           松本恵子
      高札の残る馬宿いぬふぐり            東口哲半
      日だまりに瑠璃ちりばめし犬ふぐり        矢野孝子

宝蓋草、三界草、仏の座

      首里はるか激戦の地に仏の座           栗田やすし
      仏の座神学生の墓の辺に             中野一灯
      野に戻る父祖の畑や仏の座            熊沢和代
      仏の座長くる一向一揆跡             若山智子
      みちのくの残土覆へり仏の座           武藤光リ
      走る児の靴は踏まざり仏の座           武藤光リ
      仏の座南無と唱へて引き抜けり          武藤光リ
      ものぐさの畑覆へり仏の座            河合義和

一人静

      一人静揺れ咲く母の生家跡            中根多子

二人静

土筆、つくづくし、土筆和え

      舟降りて土筆野となる故郷かな          栗田やすし
      土筆摘む傍に錆びし大錨             福田邦子
      土筆摘屈めば遠く波の音             矢野孝子
      ほほけゐし穴師の里のつくしんぼ         倉田信子
      大佛の丘丈長きつくしんぼ            石原進子
      野仏のごとき土筆よ斑鳩野            坪野洋子
      波静か遠流の島に土筆摘む            鈴木みすず
      廃校の土手に並べりつくしんぼ          小澤明子
      つくしんぼひとにぎり摘む番所跡         大津千恵子
      土筆みな呆けて群るる過疎の里          田畑 龍
      掌に余るつくし摘みたり下校の児         上杉美保子
      ほきほきと野川の土手のつくし摘む        上杉美保子
      野仏のまはりの土筆ほほけゐし          沢田充子
      文楽の幟立つ畦土筆摘む             豊田紀久子
      診察を待つ間土筆のはかま取る          豊田紀久子
      花嫁に土筆野の風やはらかし           角田勝代
      土筆摘む野末に沈む夕日かな           下山幸重
      杉菜生ふ平城宮の遺構跡             小島千鶴
      叱られし子が摘み帰るつくしん坊         神野喜代子
      太りたる染屋の庭のつくしんぼ          岸本典子
      土筆摘む狂言一つ見過して            国枝隆夫
      教会の芝に影おくつくしんぼ           坂本操子
      土筆和へ好みし父や小卓袱台           山下帰一
      雪抜けて小指ほどなるつくしんぼ         青山美佐子
      だんまりを決めて土筆の袴剥く          武藤光リ
      馬小屋の在りし辺りやつくしんぼ         中村たか
      手間かけて一と皿となる土筆かな         櫻井幹郎
      土筆生ゆ売り物件の機屋跡            櫻井幹郎
      ドライブはここで中止よ土筆摘む         武藤けい子
      螺髪めく青きつくしを児と摘めり         玉井美智子
      雨近き風指先に土筆摘む             栗田せつ子
      土筆野となりし義朝終焉地            丸山節子

杉菜、杉菜生ふ、杉菜道、杉菜の芽

      杉菜生ふタイムカプセル埋蔵地          林 尉江
      野火止に名ばかりの橋杉菜生ふ          宇佐美こころ
      四方より水鳴る棚田杉菜生ふ           小田二三枝
      水音の行方は見えず杉菜生ふ           内田陽子

防風、浜防風、浜大根(はまおおね)、防風採る

      防風や道失ひし里の浜              渡辺慢房
      風紋を崩して摘めり浜防風            国枝洋子

茗荷竹、茗荷の芽

      一遍の寺竹林に茗荷の芽             森 敏子
      庭先のとんだ所に茗荷竹             菊池佳子
      茗荷竹植ゑし指先香の仄か            武藤光リ

苜蓿(うまごやし)、苜蓿(もくしゅく)、クローバー

      袖口でぬぐふハモニカ苜蓿            河原地英武
      母と子が顔寄せて摘むクローバー         矢野愛乃
      寝ころんでしろつめくさの冷たさよ        関根切子
      下宿へと発つ子に四つ葉のクローバー       安藤幸子
      小刻みに揺るる苜蓿馬場の跡           砂川紀子
      クローバーの土手やはらかや犬駆くる       奥山ひろ子
      試験管にクローバ一本科化学室          山 たけし
      クローバーの花に埋れし舟つなぎ         倉田信子
      腹這へば遠景はなしクローバー          櫻井幹郎
      クローバーの花を冠に円座の子          野ア和子

蒲公英、鼓草、たんぽ

      縄文の土葺き屋根に鼓草             栗田やすし
      たんぽぽの鮮やかな黄よ塩の道          小島千鶴
      川べりの蒲公英摘んで母見舞ふ          垣内玲子
      たんぽぽの野となる弥生古墳塚          田畑 龍
      たんぽぽの絮飛ぶ和泉式部廟           本多俊枝
      幼児の摘みし蒲公英丈短か            笹邉基子
      たんぽぽの絮飛び立てり一里塚          野島秀子
      蒲公英の咲き満つ木曽の番所跡          塩原純子
      たんぽぽの絮貴婦人の風情あり          河原地英武
      弾薬庫跡たんぽぽの絮しきり           豊田紀久子
      たんぽぽや城址に歩兵連隊碑           池村明子
      蒲公英を手に散歩より妻帰る           牧田 章
      スキップやたんぽぽの束にぎりしめ        井沢陽子
      たんぽぽの絮とぶ弥生住居跡           倉田信子
      たんぽぽや顎豊かなる微笑仏           中村たか
      廃校に子らの手形や鼓草             中村たか
      閉店の貼り紙茶屋に鼓草             東口哲平
      古希近したんぽぽの絮吹き飛ばす         佐藤とみお
      たんぽぽの絮とぶ日和石舞台           上田博子
      たんぽぽの穂絮抜け行く通し土間         熊澤和代
      たんぽぽや画板の下に小さき膝          服部鏡子
      道の辺に狸の墓や鼓草              市江律子
      たんぽぽや寝ころんで見るグライダー       関根切子
      踏切を越えたんぽぽの絮飛べり          関根切子
      たんぽぽの野に蹴り返すゴムボール        利行小波
      たんぽぽの土手に双子のベビーカー        小田二三枝
      経蔵は校倉造り鼓草               廣島幸子
      たんぽぽの絮とぶ丈草別れ岩           廣島幸子
      深吉野の畦の蒲公英茎太し            河村惠光
      たんぽぽや御願所際に基地フェンス        平 千花子
      蒲公英の絮の行方は風まかせ           安藤幸子
      蒲公英やまだ真つ白な母子手帳          渡辺慢房
      蒲公英の絮は高みへ午報鳴る           武藤光リ
      戦車止まれたんぽぽの絮全きに          矢野孝子
      たんぽぽの絮一息に吹ききれず          内田陽子

花苦菜

      花苦菜珊瑚の崖に復帰の碑            若山智子
      花苦菜摘むや海鳴り手にひびく          栗田せつ子
      基地なかの王家の墓や花苦菜           平 千花子
      カルストの奇岩くぐれば花苦菜          平 千花子

黄水仙、喇叭水仙

      菊坂は鉢植ばかり黄水仙             栗田やすし
      そよ風に首振るばかり黄水仙           栗田やすし
      廃れ家の庭に咲きたり黄水仙           中山敏彦
      黄水仙朝日に雫震へをり             中山ユキ
      黄水仙午後の日差しの柔らかし          大津千恵子
      黄水仙雨に明るき碧の句碑            市江律子
      スキップの稚児の靴先黄水仙           小田二三枝

菫、山菫、菫野、パンジー、三色菫

      パンジーを大きく揺らす風吹けり         熊谷タマ
      パンジーの鮮やか駅前ロータリー         福井喜久江
      剣豪の墓ひつそりと山すみれ           武藤光リ
      初すみれ汽笛の届く汀女句碑           武藤光リ
      武蔵野の深き朽葉に坪すみれ           武藤光リ
      つぼすみれひつそり咲けり古墳山         松平恭代
      花すみれ将軍塚の裾に萌ゆ            板谷芳子
      芦焼きの済みたる窪にすみれ咲く         森田とみ
      罅深き猿蓑塚やすみれ草             奥山ひろみ
      みどり子に兆す言の葉花菫            小蜥テ民子
      土乾く風葬あとや島すみれ            栗田せつ子
      風木舎跡のすみれを師の墓へ           都合ナルミ
      窓辺より母と菫の花数ふ             高橋幸子
      風強き一揆の里やすみれ草            河原地英武

紫雲英、れんげ、げんげ田

      れんげ田の減りしふるさと伊吹晴         栗田やすし
      首塚の裏一枚は紫雲英畑             栗田やすし
      げんげ田に寝転んで見る飛行船          伊藤旅遊
      落柿舎の前にひろがるれんげ畑          小石峰通子
      紫雲英畑見ゆる夢二の窓小さし          渡辺かずゑ
      日ざしごとれんげを摘んで母見舞ふ        若山智子
      富士望む棚田の畔や蓮華草            山本法子
      首飾りに編みし日のこと蓮華草          武藤けい子
      遠きほど桃色の濃し蓮華畑            堀 一之
      げんげ田や大の字に寝し幼き日          野ア和子

春蘭、ほくり、ほくろ、はくり

      春蘭の擡ぐ花芽や紅ほのか            近藤きん子
      春蘭の塩漬け甘き香を放つ            山本悦子
      指ほどの春蘭ひらく古窯址            伊藤範子

薊の花、野薊、鬼薊、眉はき

      野薊の白花ばかり辺戸岬             下里美恵子
      鬼あざみ中千の田のひび割れて          神尾朴水

雉筵

      富士望む棚田の畦の雉筵             山本法子
      小流れに渡す木の橋雉莚             山本法子

勿忘草、わするな草

      子は遠し勿忘草は海の色             栗田せつ子
      勿忘草庭に色濃く咲きにけり           近藤文子

金鳳花、うまのあしがた

      頬杖のモデルの少女金鳳花            上杉和雄
      山の日を弾きて咲けり金鳳花           上田博子
      札所への八百八段金鳳花             東口哲半

二輪草

      つぎはぎの長き木橋や二輪草           国枝洋子
      二輪草かがめば近く水の音            栗生晴夫

スイートピー

      スイートピー回覧板に添へられて         安藤幸子
      疫病に静まる町やスイートピー          野ア和子

苧環、いとくり草

      をだまきに風そよと過ぐ御室道          桜井節子
      苧環や櫛形山の頂に               夏目隆夫

酸模(すいば)、すかんぽ、すいすい

      教会の丘すかんぽの背丈ほど           石原進子
      花すいば鉄砲狭間の高さなる           石原進子
      すかんぽや首を傾げし六地蔵           山田悦三
      宮跡の土手のすかんぽ赤芽立つ          国枝洋子
      すかんぽを噛んで古墳の道辿る          国枝洋子
      すかんぽを食む木曽馬の長睫           平松公代
      すかんぽの紅きざす風古戦場           上杉美保子
      すかんぽやひがな水鳴る母の里          下里美恵子
      すかんぽや閉ざせしまゝの渡舟小屋        下里美恵子
      友の訃に土手の酸葉を噛み歩く          松永敏江
      すかんぽの花うす紅の風たつる          市江律子

羊蹄、ぎしぎし

虎杖(いたどり)

      虎杖のサラダに能登の塩少し           足立サキ子
      虎杖の紅く芽吹けり古戦場            渋谷さと江
      いたどりを噛みて遠き日よみがえる        坂本操子
      窯垣の隙に虎杖赤芽立つ             国枝洋子
      虎杖を折れば茎より滴れる            片山浮葉
      虎杖の紅き芽吹きや噴火口            中村修一郎
      虎杖の赤き芽吹きや古窯跡            武田稜子
      虎杖の節の紅さよ陽を返す            市江律子

都忘れ、野春菊

      また一人都忘れと言ひて過ぐ           河原地英武
      都忘れうす紫を解き放つ             中川幸子
      日溜りの都忘れや比丘尼寺            武藤光リ

茅花、茅花野、浅茅が花

      海を見て帰る家路や夕茅花            夏目悦江
      薄紅に揺れゐるつばな夕日差           山本法子
      万葉の行幸の地とや茅花の野           谷口千賀子
      夕茅花嬰の産毛の光をり             金原峰子
      綿屑のやうに茅花の呆けをり           小蜥テ民子

ヒヤシンス、風信子(ふうしんし)、夜香蘭

      父の忌や父の好みしヒヤシンス          加来雅子
      不揃ひに咲きのぼりたるヒヤシンス        矢野愛乃

フリージア、香雪蘭

      参観日教師の卓にフリージア           林 尉江
      フリージア色を深めてしぼみけり         夏目悦江

クロッカス

      不揃ひの校歌聞こゆるクロッカス         小原米子
      クロッカス母装ひし日を思ふ           武藤光リ
      歯ブラシの如く芽吹けりクロッカス        武藤光リ

ムスカリ

ムスカリの花の背伸びや風の中           金田義子

アネモネ、ぼたんいちげ

      アネモネや太き眉毛は母譲り           大島知津

華鬘草、紫華鬘、鯛釣草

      風荒ぶ龍神岬けまん咲く             若山智子
      華鬘咲く寺へ白木の材届く            内田陽子
      白山の驟雨に震ふ華鬘草             国枝髏カ

銀杏の花、花銀杏、ぎんなんの花

      城主逝く音もなく散る花銀杏           澤田正子

ライラック、リラ、リラ冷、リラの雨

      リラ冷や崩れしままの煉瓦塀           鈴木みすず
      リラ冷や乳房あらはに観世音           酒井とし子

郁子(むべ)の花、常磐通草

      郁子の花師の玄関を明るくす           長崎真由美
      郁子の花ま近に見むと蔓を引く          小蜥テ民子

通草の花、花通草、通草咲く

      高原に風の抜け道花あけび            国枝洋子
      しだれ咲く通草の花のあづき色          山崎文江
      禅寺や通草の花の淡き紅             金田義子

春の筍、春筍

      春筍を黄金に照らし青果店            河原地英武

花大根、大根の花

      灯台へ続く小径や花大根             菊池佳子
      花大根咲き紫に日暮たる             中山ユキ
      花大根大寺の畑埋めつくす            武藤光リ
      捨畑を埋め尽くせり花大根            武藤光リ
      ポンプ井戸残る畑や花大根            横井美音

諸葛菜

      本郷に下宿屋古び諸葛菜             武藤光リ
      参道の崖に雪崩るる諸葛菜            中根多子
      諸葛菜広ごる耶蘇の処刑跡            野島秀子
      細雨に煙るむらさき諸葛菜            横森今日子

浜大根

      浜大根咲くや特攻兵舎跡             安藤一紀
      漁網干す浜大根の花の前             松永敏枝
      海光に咲き乱れたる浜大根            久野和子

苺の花、苗代苺の花、蛇苺の花

      ジグザグに妻の植ゑたる苺苗           藤田岳人

豆の花、蚕豆の花

      神主の小さき農園豆の花             武藤光リ
      花蚕豆黒き目を持て語るごと           武藤光リ
      放哉さんと島人呼べり豆の花           下里美恵子
      塩田の風に濡れゐる豆の花            宇佐美こころ
      口べたに活きて八十路や豆の花          朝比奈照子
      幼子の泣きまね上手豆の花            渡辺かずゑ
      落人の住みつきし里豆の花            八尋樹炎
      母いつも畑のどこかに豆の花           金原峰子
      オカリナのまろき音色や豆の花          国枝洋子

豌豆の花、花豌豆

      支柱ごと揺るる一畝花豌豆            市原美幸
      莢割りて豌豆青き湿りかな            渡辺慢房
      

伊予柑

八朔柑、八朔

      分銅のごと八朔の実りをり            鈴木英子

若緑、緑立つ、松の芯

      真二つに裂けし鬼面や松の芯           上杉和雄
      朱の匂ふ寺の回廊緑立つ             伊藤旅遊
      西行塚実生の松の緑立つ             倉田信子
      斑鳩の翳りなき空緑立つ             江口ひろし
      斑鳩の空に触れんと松の芯            坪野洋子
      松の芯長けし業平公の墓             足立サキ子
      若緑数寄屋に白湯の滾る音            山下 護
      松の芯摘む地下足袋の新しき           内田陽子
      緑立つ職退きて訪ふ学舎かな           平 千花子
      薬師寺やはがねびかりに松の芯          上田博子
      一斉に赤松の芯立ち上がる            夏目悦江
      本陣の空総立ちの松の芯             廣島幸子
      まん丸の芭蕉の句碑や緑立つ           中村修一郎
      松の芯錫杖を手に大師像             市原美幸
      真つすぐに降り注ぐ雨松の芯           矢野愛乃
      松の芯香良洲の海の波しづか           幸村志保美
      名刹の長き白壁松の芯              谷口千賀子
      玄海の鯨見張所緑立つ              玉井美智子
      古松の芯こぞり立つ無量寿寺           上村龍子
      指にぎる嬰のちからよ松の芯           橋本ジュン
      利休像すゑし楼閣松の芯             野島秀子

松の花、松花粉

      幣かつぐ厄除け猿や松の花            上杉和雄
      業平の茶庭老松花ざかり             神尾朴水
      松の花新選組の屯所跡              山本悦子
      潮風や和毛の絡む松の花             坪野洋子
      這松の雄花真つ赤や修験径            平松公代
      銃身の赤錆深し松の花              小田二三枝
      橋立の潮鳴りに散る松の花            若山智子
      緩やかに暮るる夕べや松の花           日野圭子

杉の花、杉花粉

      北山に残る土塁や杉の花             内田陽子
      神楽舞ふ茣蓙に降りくる杉の花          倉田信子

柳、糸柳、川端柳

      朽ち舟や湖畔の柳青みたり            栗田やすし
      女傘柳の雨を来てたたむ             栗田やすし
      三輪山の風に柳の青みたり            福田邦子
      大門の見返り柳そよぎけり            小山 昇

白樺の花、花かんば、樺の花

      蓼科の風に吹かるる花かんば           中村修一郎
      北大にマンモスの歯や花かんば          山本光江

苗代茱萸、春茱萸、たはらぐみ

      俵ぐみ熟れてふるさと偲ぶ日よ          矢野愛乃

木五倍子(きぶし)の花

      宗長の茶室に一枝花木五倍子(きぶし)      坂本操子
      花木五倍子海神(わたのかみ)への登り口     中根多子
      醤油屋の瓶に投げ入れ花きぶし          山下善久
      崖に寄り譲る山道花きぶし            磯田なつえ
      このあたり神の領域きぶし咲く          国枝洋子
      木五倍子垂る山にかそけき水の音         廣島幸子
      ダム湖より風の生まるる花木五倍子        牧野一古
      吊橋揺れ花ぎぶしゆれ山の風           山下智子
      海沿ひの書院明るし花木五倍子          長崎マユミ

金縷梅(まんさく)

      満開のまんさく見ゆる雑木山           加藤百世
      まんさくの花の細やかマタギ村          長江克江
      まんさくの花躍るごと笑ふごと          田畑 龍
      身をよぢり笑ふが如し花まんさく         田畑 龍
      まんさくや手踊りめきし花咲かせ         田畑 龍
      金縷梅や民家の庭に城趾の碑           尾ア 孝
      金縷梅や水車の廻る峡の寺            山本法子
      まんさくや荒れ放題の母の庭           熊澤和代
      まんさくや故郷の山へ深く入る          矢野孝子
      金縷梅や炭焼窯の薄けむり            武藤光リ
      まんさくの縺るるままに開き初む         小柳津民子

猫柳、川やなぎ

      瀬音なる岸辺にほほけ猫柳            栗田やすし
      猫柳呆けて川の水にごる             渋谷さと江
      白壁の土蔵住ひや猫柳              水野時子
      旭光や雨だれ弾く猫柳              月光雨花
      ねこやなぎ活けて如庵の静もれり         石原進子
      毛先まで光あつめし猫柳             高岸弘子
      引き売りの荷に猫柳一抱へ            山下智子
      猫柳川はひかりを流しをり            丹羽一橋
      猫柳ふくらみ山の日が眩し            井沢陽子
      ぽちぽちとしろがね色の猫柳           福田邦子

柳絮、柳の花、柳絮飛ぶ


      薄暗き北京の空や柳絮飛ぶ            伊坂壽子
      柳絮飛び天安門の旗白む             山本崇雄
      合掌の屋根にアンテナ柳絮とぶ          谷口千賀子
      天領の空高々と柳絮とぶ             廣島幸子
      乙女等のはないちもんめ柳絮舞ふ         丸山節子

山吹

      山吹やほろほろこぼる砥部の里          三井あきを
      山吹をゆらして姥の棺出づ            八尋樹炎
      山吹のしだるる沢辺ザック解く          中野一灯
      児の通るたびに山吹揺れにけり          山下善久

小粉團(こでまり)の花、団子花

      小手毬の花弾ませて雀去る            河原地英武
      水やりの足にこぼるる団子花           横森今日子
      小手毬や夕べの風に散りやまず          大石ひさを
      漆器屋の土間大甕に団子花            塩原純子
      小手毬も添へて束ぬる父の供華          丹羽康碩
      こでまりを活けて明るし師の生家         久野和子
      こでまりの花の弾めり猫の墓           中村たか

満天星の花

      母愛でし満天星の花咲き初めり          橋本紀子
      踏絵見にどうだんの咲く小径抜け         小蜥テ民子

楓の花、花楓

      花楓霊水受くる長柄杓              高平タミ
      花楓飛ぶ白昼の能舞台              武藤光リ

樒の花、はなのき

      陶土搗く音や樒の花こぼる            舩橋 良
      京に向く御陵に匂ふ花樒             松永敏枝
      百度石触るるばかりに花樒            牧 啓子
      丈草井去るとき匂ふ花樒             角田勝代
      花しきみ閂固き火葬塚              服部鏡子

連翹、いたちぐさ

      連翹を戸口に峡の一戸かな            夏目隆夫
      咲きみちて連翹の枝地を這へり          佐藤きぬ
      連翹や昼食匂ふ保育園              武藤光リ
      連翹や富士を遠くに一里塚            小田二三枝
      咲き満ちて連翹風に逆らはず           伊藤旅遊

木瓜の花、緋木瓜、花木瓜

      喜寿はもう他人事ならず木瓜咲けり        栗田やすし
      生来の怠け心や木瓜の花             栗田やすし
      花つけし木瓜の盆栽売れ残る           上杉和雄
      終活は遅々と進まず木瓜の花           上杉和雄
      一葉の露地にはみ出す木瓜の花          松本恵子
      蛸壺にぼけの花さす乾物屋            河村恵光
      噛み合はぬ父との会話木瓜の花          佐久間寿子
      放哉の庵の跡や木瓜咲けり            小島千鶴
      更紗木瓜枝にあまたのみくじ札          中根多子
      風化せし寄せ墓白し木瓜の花           武藤光リ
      聞き役に徹してひと日木瓜の花          岸本典子
      客人の絶えし茶室や更紗木瓜           金原峰子
      木瓜咲くや寺に地獄図極楽図           角田勝代

馬酔木(あしび)の花、あせび、あせぼ

      大寺の畳廊下や花馬酔木             高橋ミツエ
      継ぐ人の絶えし旅籠や花馬酔木          小澤明子
      花あせび蓑虫庵の縁先に             小田和子
      舞姫の歌碑に木洩れ日花馬酔木          上田博子
      花あしび池ささ濁る直也の居           井沢陽子

青木の花

      原稿の英語添削花青木              前野一夫
      猿石に揺るる木洩れ日花青木           廣島幸子

黄梅、迎春花

      水の鳴る村の入口迎春花             中村たか

桑、桑の葉、桑の芽、桑の花

      村廃れ巨木となりし桑に花            佐藤とみお

山櫻桃の花、梅桃、ゆすら

      廃屋の庭にゆすらの花盛り            森 敏子
      雨誘ふ風の匂ひや花ゆすら            国枝洋子

木苺の花

      木苺の花に明日香の水鳴れり           国枝洋子

梨の花

      梨の花神父の墓に散り敷けり           青木しげ子
      梨咲くや母に記憶の消えしまま          高橋ミツエ
      河口まで白く続けり梨の花            澤田正子
      棚田群一望の丘梨咲けり             倉田信子
      安達太良に雪一筋や梨の花            上杉美保子
      雨近き空の濁りや梨の花             下里美恵子

きらん草、地獄の釜の蓋

      伊賀に来て摘めり地獄の釜の蓋          栗田やすし
      円墳に地獄の釜の蓋繁る             林 尉江
      指差してこれが地獄の釜の蓋           安藤清子
      地の果ての崎に地獄の釜の蓋           国枝隆生
      膝ついて地獄の釜の蓋覗く            兼松 秀
      東大に咲くや地獄の釜の蓋            牧野一古
      円墳の裾に地獄の釜の蓋             若山智子
      きらん草ほつほつ咲けり峡の道          中根多子
      ビルあひの離宮地獄の釜の蓋           佐藤とみお

桜草、乙女桜

      さくら草一葉井戸の錆袋             佐藤とみお
      ベランダに母咲かせたり桜草           小島千鶴
      婚の荷の着く庭桜草あふれ            久野和子
      介護士のやさしき問ひやさくら草         清水聡子
      桜草嬰に姉ぶる三歳児              武藤光リ       前書き  孫光里

芝桜、花爪草

      歩き初む桃色の靴芝桜              佐藤博子
      石組のいし覆ひたり芝桜             丹羽康碩

まむし草

      石一つ置きて墓とすまむし草           清水弓月
      産土のうす暗がりに蝮草             中村修一郎

座禅草、達磨草

      座禅草見るぬかるみに足取られ          日野圭子

熊谷草、ほろかけぐさ

      熊谷草うなだれ五基の濡れ仏           山下智子

躑躅(つつじ)、山躑躅

      師の生家真実白き庭つつじ            栗田やすし
      廃業の味噌蔵暗し白つつじ            清水弓月
      雨の粒残りし朝の白つつじ            中山ユキ
      幽霊図見し目にやさし白つつじ          栗田せつ子
      九十九折右も左も鬼つつじ            山下智子
      緋躑躅の芯の甘さよ母遠し            武藤光リ
      午報鳴る庭や躑躅の万華鏡            武藤光リ
      つつじ燃ゆ役行者の修験の地           平松公代
      白つつじ盛りや父の七七忌            幸村志保美
      戸口までつつじ明りや技芸天           倉田信子
      一病に退学せし子白つつじ            荒川英之

満天星の花、満天星躑躅

      満天星の一夜の雨に散り尽くす          中山敏彦
      満天星のひと花づつの雫かな           小蜥テ民子
      満天星の尖りし花芽天を突き           上杉和雄

藤、藤棚、藤房

      北上のゆるき流れや藤の花            栗田やすし
      山藤へ開く丹塗りの飛騨障子           篠田法子
      肉付の良き奪衣婆や藤の寺            篠田法子
      泥団子児が丸めゐる藤の下            榊原千景
      御岳の風に色濃し藤の花             長江克江
      藤房や雨の雫の光りをり             今泉久子
      五分咲きの藤に小雨の降り出せり         江本晴子
      藤の花風止むときに色増せり           板谷芳子
      藤の花稚児行列のながながと           足立サキ子
      藤伝ふ町家格子の深庇              小原米子
      藤の寺曼荼羅餅に黄な粉つけ           長谷川郁代
      藤房の香に安らげり車椅子            牧田 章
      藤房の丈のそろひて風呼べり           井沢陽子
      頬撫づる甘き香りの藤の花            岡本京子
      山藤の絡みて高き松の枝             熊澤和代
      白藤や鐘撞堂に雨きざす             武藤光リ
      山藤や白雲一つ浮きし空             武藤光リ
      藤の花母若き日の訪問着             武藤光リ
      藤の雨人づてに知る師の病            玉井美智子
      髪に触れ九尺藤の濃く匂ふ            森 靖子
      宇治山の崖(きりぎし)染むる藤の花       山下善久
      地を均す補欠の球児藤の花            荒川英之
      藤浪の甘き香りや転た寝す            松永敏江
      山藤や化石生家へ橋渡る             中村たか
      山藤の蔓のおどろに立ちすくむ          梅田 葵
      ゴンドラのいま山藤を過ぎにけり         山本玲子
      相寄りて絡むことなし藤の花           武藤けい子
      籠りゐる暮しに眩し藤の花            加藤百世

山椒の花、鼻山椒

      花山椒摘む指先の清々し             長崎マユミ

接骨木(にはとこ)の花、たづの花

      接骨木の花のこぼるる登り窯           牧野一古
 

桷(ずみ)の花、姫海棠、小林檎

      葉隠れの瀬音の響き桷の花            高平タミ

花楓、楓の花

      花楓有楽好みし井にこぼる            竹中和子

花イペー、イッペイの花、(沖縄地方)

      明け初むる火炎葛の燃ゆる朝           砂川紀子
      碧空やイッペーの花色増せり           國吉綾子

水芭蕉

      木道をくぐる水音水芭蕉             辻江けい
      木道にかがみて愛づる水芭蕉           野口ゆう子
      ひそやかに水芭蕉咲く神の池           夏目悦江
      水分(みくまり)の流れ北指す水芭蕉       清水弓月

水草生ふ、藻草生ふ

      名水の湧き出る音や水草生ふ           福田邦子
      鵜の山の裾の小流れ水草生ふ           牧 啓子
      水底にたゆたふ日の斑水草生ふ          小長哲郎
      清流の音の軽やか水草生ふ            久野和子

蘆の角、芦の芽、芦の錐、あしかび

      芦の角湖心に鳰の声澄めり            豊田紀久子
      あしかびの三四郎池ささ濁り           谷口千賀子
      心字池水の暗みに蘆の角             石原筑波
      山の水引き込む池や蘆の角            岡野敦子
      小魚の群るる浅瀬や蘆の角            熊澤和代
      川舟の傾いて着く葦の角             内田陽子
      風垣の高き暮らしや葦の角            内田陽子
      水音に尖りのゆるぶ葦の角            福田邦子
      やはらかき潮の満ちくる葦の角          利行小波
      芦の角川面を猫の見つめをり           関根近子

春椎茸、春子

      杣道に春椎茸の榾匂ふ              長澤和枝
      春子干す宇津谷峠の登り口            山下智子
      木洩れ日の揺るる湖畔に春子榾          小原米子
      春子干す大笊を日に傾けて            神尾朴水
      春子売る飛騨の乙女の頬丸し           梅田 葵
      炉に炙る春子つまみに茶碗酒           玉井美智子
      陶工の竹藪に組む春子榾             山本光江
      春子榾久女の墓へ登る道             若山智子

松露、松露掻く

石蓴(あをさ)

      浦潮に膝まで浸かり石蓴掻く           江口ひろし
      汐仏石蓴の浜に立ちたまふ            谷口千賀子
      潮ぼとけ裾に石蓴のたゆたへり          倉田信子
      引き潮の岩場伝ひに石蓴採る           若山智子
      礁まで降りる石段石蓴生ふ            中村たか
      石蓴掻くニライカナイの風受けて         砂川紀子
      石蓴寄す島弁天の鳥居下             安藤幸子
      鯨来し入江おだやか石蓴摘む           下里美恵子
      島巡り磯の石蓴の匂ひ立つ            石川紀子     *前書き:蒲郡竹島
      引き潮の石蓴の浜を鳥居まで           金原峰子
      差し潮の波に石蓴の見えかくれ          松平恭代
      引き潮や石蓴まとひし降臨碑           平 千花子

若布、めかり、若布刈舟(めかりぶね)

      大釜に泡噴き上げて若布煮る           国枝隆生
      うす煙あげ若布炊く浜のどか           中根多子
      熱湯をくぐり真青な新わかめ           中平紀代子
      若布干す竿を渡せし乳母車            つのだひろこ
      潮騒の間近き宿や若布汁             新谷敏江
      浜風に触れ合つて鳴る干若布           日野圭子
      潮風に縮れて細る干若布             豊田紀久子
      湯引きして青鮮やかや新わかめ          中山敏彦
      黒帯のやうに吹かれて干若布           福田邦子
      潮の香の流るる浜辺若布干す           藤田岳人        前書き 答志島
      伊勢伊良湖見ゆる岬や若布干す          下里美恵子
      湯通しの若布にみどり蘇る            熊澤和代
      若布刈舟戻る三尋の竿寝かせ           都合ナルミ
      若布刈舟待つ大釜に汐たぎらせて         山本悦子
      筵ごと巻きて運べり干若布            中斎ゆうこ
      若布選る浜にとびかふ島言葉           川島和子
      若布寄す地盤沈下の船着場            平松公代
      潮風にもつれてゐたり干若布           国枝洋子
      復興の三陸若布家苞に              佐藤とみお
      干若布風に匂へる船溜り             長江克江
      みちのくの茎ぶつ切りの若布汁          渡辺慢房
      擦れあつて乾く若布の音軽し           玉井美智子
      茹でこぼし若布に磯の匂ひ立つ          若山智子

鹿尾菜(ひじき)、ひじき刈る、ひじき干す

      黒々と志摩の岩場のひじき刈る          平居正臣
      番小屋に黒々干せり茹鹿尾菜           菊池佳子
      鹿尾菜(ひじき)干す九鬼水軍の砦跡       上杉美保子
      ひじき煮る国会中継聞きながら          井沢陽子

海雲(もづく)、水雲、海雲採、海雲桶

      海雲掻く爺にやさしき日差かな          金田義子

海苔、岩海苔、海苔掻く、海苔干す、海苔粗朶

      岩海苔を毟り採る指紅潮す            中本紀美代
      舳先上げ海苔舟帰る浦日和            坪野洋子
      海苔粗朶を越えて波来る浦曲かな         小長哲郎
      量り売る生海苔の香や潮の風           市江律子
      海苔粗朶や沖の潮目の青澄めり          上田博子

荒布、皺かじめ、荒布干す

      灯台へつづく敷石荒布干す            服部鏡子

猫の恋、猫の夫、浮かれ猫、孕み猫

      恋の猫屋根神さんを越えゆけり          伊藤旅遊
      蚤取りのリングを首に恋の猫           伊藤旅遊
      石庭の波を崩せり猫の恋             森 靖子
      恋猫の尾を立て歩くトタン屋根          角田勝代
      恋猫の袋小路に集ひけり             桑原 良
      恋猫の匍匐前進塀の上              坂本操子
      吉良公の墓所かけぬけし恋の猫          上杉美保子
      隆盛の自害の洞に恋の猫             野村君子
      春の猫野良猫連れて戻りたる           沢田充子
      まどろめり傷まだ癒えぬ春の猫          清原貞子
      遊廓の路地駆け抜けて恋の猫           下里美恵子
      うかれ猫足踏み外す庫裡の縁           内田陽子
      禅寺の山門潜る春の猫              辻江けい
      恋猫に夜半の目覚めや島泊り           中村修一郎
      夢殿をふためぐりせし春の猫           牧野一古
      猫の妻縁切寺の庭横切る             伊藤範子
      恋の猫まだ新しき頬の傷             市川美智子
      恋猫に見据ゑられたり老二人           すぎやまりえ
      縄張は自転車置き場猫の恋            関根切子
      もうじやれてなどゐられない猫の恋        関根切子
      傷舐めてばかりや寺のうかれ猫          渡辺かずゑ
      恋猫や祠ともせる古墳山             河原地英武
      恋猫の走りて点る防犯灯             加藤ゆうや
      仁王像前に寝そべる子持猫            玉井美智子
      距離置いて挨拶交はす春の猫           武藤けい子
      證誠寺の裏戸顔出す浮かれ猫           武藤光リ
      恋猫の昼は一途に眠りをり            小長哲郎
      春の猫辻の祠の屋根歩く             久野和子

子猫、親猫

      リヤカーに百科事典と猫の親           河原地英武
      仔猫来し路地にかますの天日干し         河原地英武     原句 かますは漢字に振仮名
      手のなかに蕩けるやうに子猫の手         河原地英武
      つんつんと突き上げ仔猫乳を飲む         篠田法子
      農具小屋より仔猫出て童女出て          山 たけし
      猫の子を抱いて道草下校の子           沢田充子
      寝たきりの子の腹に乗る仔猫かな         沢田充子
      咥へ来し子猫三匹庭隅に             岡田佳子

春の馬、春の駒、孕馬、馬の子

      崖上に春駒あまた隠岐島             鈴木みすず
      ひとしきり柵沿ひ駆くる春の馬          清水弓月
      日溜りに四肢投げ出せり孕馬           豊田紀久子

春の鹿、孕鹿

      擦り寄れり眼うるみし孕み鹿           久野和子
      知床や木の間隠れに孕鹿             長江克江

羊の毛刈る、剪毛期

      羊の毛服脱ぐごとく刈り取らる          田畑 龍

春の蚊、初蚊

      地図帳の湖に春の蚊脚張れり           河原地英武
      春蚊出づマリアの里の隠れ井戸          丸山節子
      耳たぶの辺り春の蚊ただよへり          加藤ゆうや

春の蠅

      春の蠅飛び立つ無人精米所            矢野愛乃
      引越しの荷に止まりたり春の蠅          山口秀子
      奉納の牛の絵にくる春の蠅            齋藤真人
      えな塚の温みに生れし春の蝿           武田稜子
      つややかに太りてをりぬ春の蠅          桐山久美子
      漆黒の堆肥を舐むる春の蠅            野島秀子

蠅生る、蠅の子

      蠅の子の足擦りづめや真昼時           奥山ひろみ
      三万年前の地層や蠅生まる            栗田せつ子

虻、花虻、青眼虻、牛虻

      身ほとりに唸る花虻古墳道            神野喜代子
      朝日浴び虻が抱きたる花粉玉           近藤文子
      虻潜りあひて八手の花こぼす           武田稜子
      びん頭盧の眉間掠めて虻唸る           林 尉江     *びんは嬪の旁
      大虻の即かず離れず登城路            坂本操子
      一撃で牛の尾虻を打ち落す            武藤光リ
      長谷寺の回廊長し虻の昼             田嶋紅白

春の蝉、春蝉、松蝉{この項の蝉の旁はすべて單}

      濁り鳴く松蝉地球博の跡             林 尉江
      春蝉や腰入れ直し轆轤踏む            八尋樹炎
      松蝉や富士山麓は靄の中             山下善久
      春蝉の鳴くや松陰辞世歌碑            山本悦子

地虫穴を出づ

      整理記者たりし月日や地虫出づ          栗田やすし
      筆立てに竹の耳かき地虫出づ           栗田やすし
      ペン皿に溜まる硬貨や地虫出づ          松原英明
      地虫出づ昼も真暗き行者窟            神尾朴水
      地虫出づ針塚の碑の黒光り            神尾朴水
      御目無き被爆地蔵や地虫出づ           都合ナルミ
      罅深き猿蓑塚や地虫出づ             市江律子
      走り根に絡む走り根地虫いづ           平 千花子
      地虫出づ観音市のにぎはひに           中斎ゆうこ
      父の靴はきたがる子や地虫出づ          川島和子

蟻穴を出づ

      蟻穴を出て見上げをり綾子句碑          澤田正子
      夢殿の裾に生れて蟻光る             矢野孝子
      蟻穴を出づる日和や犬逝けり           栗田せつ子

蝶、初蝶

      退院のきまりし窓辺初の蝶            栗田せつ子
      みやらびの句碑越えて消ゆ白き蝶         中山敏彦
      てふてふのバギーのまはり舞ひたがる       米元ひとみ
      光りつつ蝶が蝶追ふ疎水べり           桜井節子
      初蝶のひかりこぼせり草の上           桜井節子
      禅寺の枯山水に蝶つるむ             溝口洋子
      大護摩の縄の結界蝶過ぐる            井上 梟
      初の蝶自転車止めて見てゐたり          山本正枝
      シャガールを見し目にやさし蜆蝶         谷口千賀子
      温かき土に初蝶翅広ぐ              高橋幸子
      飛石に蝶が息づく真昼かな            小長哲郎
      都府楼の礎石伝へり春の蝶            伊藤範子
      重さうに蝶の影過ぐアスファルト         石崎宗敏
      防人の越えし峠よ深山蝶             山下智子
      予科練の点鐘台や白蝶来             市江律子
      初蝶のついと隠れてそれつきり          梅田 葵
      初蝶の飛びし行方わが恵方            梅田 葵
      触れ合ふてひかり一つに初の蝶          梅田 葵
      丈草の井筒に舞へり紋黄蝶            久野和子
      初蝶を野辺の光に見失ふ             八尋樹炎
      蝶飛べりきりんの足を縫ふやうに         中斎ゆうこ
      手を繋ぎ帰る園児や蝶の昼            新井酔雪
      動くもの皆指さす子初蝶来            橋本ジュン
      初蝶に棚田の風のやさしさよ           関根切子
      初蝶来久遠重ねしチバニアン           武藤光リ
      翔つ形して初蝶の動かざる            内田陽子
      蝶の昼リモートワークのテラス席         朝倉淳一

菜花蝶に化す

      試歩の児の触れて菜の花蝶と化す         伊藤範子

蜂、蜂の巣

      脚揃へ蜂飛び立てり綾子句碑           栗田やすし
      休め窯壁に地蜂の穴あまた            栗田やすし
      飛び来り花粉まみれの熊ん蜂           武藤光リ
      熊ん蜂乙女稲荷を離れざる            武藤光リ
      作務衣干す足長蜂の巣を払ひ           武藤光リ
      蜜蜂がうなる後円墳の口             栗田せつ子
      子規の墓八重の墓へと蜂往き来          栗田せつ子
      巣造りの蜂の羽音や合掌屋            篠田法子
      蜂の巣をかかげて大き庄屋門           岩本千元
      熊ン蜂ひととき宙にとどまれり           竹中和子
      竹竿で軒の蜂巣を突き落す            関根近子
      矢場古りて土蜂の羽音しきりなる         小田二三枝
      庭に巣のあるらし蜂のまとひつく         山下帰一
      脚長蜂出入る仁王のだんご鼻           野島英子
      旋回の蜂や少年バット振る            八尋樹炎
      分封の蜂の蠢く戸口かな             平 千花子
      榧の木に分蜂の渦湧き立つる           高橋幸子
      熊蜂のきてゆらぎたり鉄線花           長江克江
      差し伸ぶる地蔵の御手に地蜂の巣         松岡美千代

山繭、山蚕

      芽楓に揺るる山繭うすみどり           小島千鶴
      山繭が楢の葉裏に砦あと             森 靖子

蚕、捨蚕

      拾い上ぐ捨蚕が指に息づけり           栗田せつ子

蛙、初蛙、遠蛙

      妻留守の夕餉仕度や蛙鳴く            武藤光リ
      夜蛙や水満々と上総の田             武藤光リ
      真昼間の田に鳴く寝ぼけ蛙かな          武藤光リ
      初蛙一番星を山の端に              小原米子
      野舞台の裾より出でし初蛙            河合義和
      背のびしてシーツ干す娘や初蛙          松原和代
      畦草を踏めば子蛙跳び交へり           花村すま子
      遠蛙もののけ伝説聞きし夜            壁谷幸代
      頭上より蛙の声す千枚田             則竹鉄男
      松平郷ひそやかに昼蛙              中川幸子
      教材の蛙を缶に登校す              山口茂代
      ヘヘホホと春の蛙の恋の唄            中根多子
      援軍来ると叫びし岸や蛙鳴く           長崎真由美
      千枚田一枚ごとに恋蛙              小長哲郎
      天空へつづく棚田や蛙鳴く            下山幸重
      知恵神の前にひしめく蛙の子           倉田信子
      畦切つて水引く棚田初蛙             上村龍子
      飛び出して尿する蛙杜国祭            神尾朴水
      蛙の子犇く溝の落し口              兼松 秀
      初蛙掌にのせ下校の子              沢田充子
      田の蛙二タ夜の雨をよろこべり          坪野洋子

蝌蚪、お玉杓子、蛙生る

      女の川(イナグンカー)男の川(イキグンカー)に蝌蚪の群  栗田やすし 前書き 垣花樋川
      首洗ひ池に絡まる蝌蚪の紐            幸村志保美
      鵜山田の藁に絡めり蝌蚪の紐           長谷川郁代
      蝌蚪の紐つつき龍神池にごす           倉田信子
      湧水に蝌蚪ひしめけり隠れ里           倉田信子
      大男棒で掬へり蝌蚪の紐             雨宮民子
      蝌蚪生るる雑木林の水溜り            伊藤靖子
      蝌蚪の水跳んで足裏のむず痒し          大嶋福代
      山畑の水場に生れし数珠子かな          夏目隆夫
      蝌蚪の水顔寄せ合ふて覗き込む          横井美音
      両の手にひやりと重し蝌蚪の紐          鈴木みすず
      大漁旗はためく寺に蝌蚪の紐           伊藤克江
      手の窪にお玉杓子を泳がする           福田邦子
      蝌蚪さわぐ棚田に映ゆる山の影          牧 啓子
      蝌蚪の群日溜りの池埋め尽くす          武藤光リ
      蝌蚪群るる浄土の池に日がさして         関根近子
      万の蝌蚪さざ波立ててゐたりけり         山下智子
      蝌蚪沈む思ひ思ひの方を向き           新井酔雪
      足音に散る影疾し蝌蚪の群            服部鏡子
      山影の映ゆる峡田や蝌蚪の国           山下善久
      少年ににきびや恋や蝌蚪に足           斉藤眞人
      隠沼の絡みて黒き蝌蚪の紐            小蜥テ民子
      龍神の棲むといふ池蝌蚪生る           森 靖子
      軍用機の轟音の下蝌蚪の国            上村龍子
      掴みたる指より滑る蝌蚪の紐           山本法子

囀、囀る

      囀や木の間隠れに御所の屋根           武藤光リ
      囀りや鴫立庵の五智如来             武藤光リ
      囀りのこぼるるなかを汀子逝く          武藤光リ
      囀へ厨の窓をそつと開く             菊池佳子
      囀りや石噛ませたる閂戸             岩本千元
      囀りのはうへ這ひ出す赤子かな          幸村志保美
      東大の囀のなか乳母車              佐藤とみお
      囀りや湖畔の宿に目覚めけり           鈴木真理子
      囀りの窓に文机移しけり             石原筑波
      囀や御身傾げし笑ひ仏              山本光江
      園児まだ来ぬ保育園囀れり            高橋 毅
      囀や鴫立庵の縁に座し              磯田なつえ
      囀や大河のまへの戦没碑             河原地英武
      囀れる看護師たちよ夢うつつ           河原地英武
      拝殿の極彩色や囀れり              中村たか
      さへづりや気根垂れ込む自決壕          服部鏡子
      囀や寺小屋跡の樟大樹              平松公代
      百禽をいれて大樹の囀れる            川端俊雄

百千鳥

      窯出しの炭切る音や百千鳥            鈴木紀代
      秘仏見に土橋をわたる百千鳥           足立サキ子
      池の辺に次郎長像や百千鳥            山本法子
      福耳の愚痴聞き地蔵百千鳥            橋本ジュン
      百千鳥飛び交ふ朝の砦跡             久野和子

鳥交る、鳥つるむ、雀交る

      煙突の煙ねぢれて鳥の恋             河原地英武
      中空に声の弾けて鳥の恋             八尋樹炎
      海光の煌く甍鳥の恋               八尋樹炎
      中空に散らす和毛や鳥の恋            坪野洋子
      尼寺の茅の屋根より恋の鳥            坪野洋子
      恋雀電線に来て横歩き              平松公代
      裏山の木洩れ日散らし鳥交る           矢野愛乃
      鳥の恋メタセコイアの天辺に           小原米子
      桶狭間古戦場跡鳥交る              中根多子
      手術日や医大の塔に鳥の恋            武藤光リ
      病院の屋根騒がしき鳥の恋            武藤光リ
      暁光を浴びて鴉の恋の修羅            加藤ゆうや
      山門で睨む仁王や恋雀              川島和子
      氏神の屋根は茅葺き恋雀             川島和子
          

鳥の巣、巣組み、巣籠り、巣箱、燕の巣

      鵜の山の枝みな揺るる巣組み時          栗田せつ子
      朝のミサとどく牛舎に燕の巣           栗田せつ子
      半壊の黒き遺跡や燕の巣             早川文子
      巣作りの雀が藁を啣へ飛ぶ            成田久子
      駅前の一等地なり鴉の巣             関根切子
      空つぽの巣箱に山の雨光る            関根切子
      白ペンキ剥げし駅舎や燕の巣           関根切子
      巣籠りの庭木の鳩と目が合へり          加藤百世
      鷺巣組む治水の松の天辺に            矢野孝子
      巣作りや身の丈ほどの枝くはへ          岸本典子
      ハンガーの青際立てり鴉の巣           神野喜代子
      宗廟や鵲の巣に日矢射せり            小原米子
      巣籠りの脚踏み変へて朝の鷺           小田二三枝
      巣づくりの雀隠るる鬼瓦             市原美幸
      稿ならず小鳥の巣組み見てゐたり         八尋樹炎
      巣組み鳥登呂の藁屑咥へ飛ぶ           野島秀子
      鳥の巣をのせて欅の大揺らぎ           上村龍子

古巣

      捨てられし古巣に混じる紅の糸          上村龍子

巣立鳥、巣立、親鳥、子鳥

      山荘の郵便受に巣立鳥              山下善久
      巣立鳥被爆ドームに啼き交す           都合ナルミ
      城山の風に乗りたる巣立鳥            梅田 葵
      夕風に枝ごと揺るる巣立鳥            小田二三枝
      太き声あげて鴉の巣立ちけり           足立サキ子

      

鳥帰る、小鳥引く、引鳥

      眼裏にふるさとの山鳥帰る            栗田やすし
      夕日指す湖畔の城や鳥帰る            清水弓月
      教会の尖塔まぶし鳥帰る             つのだひろこ
      波くだけしばしの静寂鳥帰る           藤本いく子
      所在なき病窓の空鳥帰る             神野喜代子
      碧句碑に羽音を残し鳥帰る            宇野美智子
      表札の文字の薄れや鳥帰る            上村龍子
      浚渫のクレーン掠め鳥帰る            内田陽子
      玄海の雲の裂けめを鳥帰る            八尋樹炎
      鳥帰る天井抜けし防空壕             富田範保
      房総の山みな低し鳥帰る             森垣一成
      鳥帰る国境線のなき空を             関根切子
      鳥帰る雲の切れ間を縫ふやうに          服部鏡子

引鶴、鶴帰る、残る鶴

      鶴帰る薩摩おごじよに手を振られ         松島のり子

鳥雲に、鳥雲に入る

      ひつそりと化石生家や鳥雲に           栗田やすし     *前書き:玉露の里
      うづ高き転勤の荷や鳥雲に            清水弓月
      鳥雲に登る長城混み合へり            市江律子
      歳時記の綴ぢの緩びや鳥雲に           鈴木みすず
      廃校と決まりし母校鳥雲に            伊藤旅遊
      列柱に日のぬくもりや鳥雲に           倉田信子
      生ひ立ちに始まる弔辞鳥雲に           石崎宗敏
      回忌表貼り出す寺院鳥雲に            上村龍子
      鳥雲に鉄塔登る電工夫              平松公代

引鴨、鴨帰る、残る鴨、春の鴨

      引鴨の羽音や富士の空青し            栗田せつ子
      鴨帰る鳥居一つの渡し跡             栗田せつ子
      鴨引いて池平らかに静もれり           谷口千賀子
      鴨の群一気に翔てり遠伊吹            河合義和
      石の如引鴨深く眠りをり             成田久子
      鴨去りて水面の光ゆるびけり           金田義子
      鴨残る沼に夕日を眩しめり            夏目隆夫
      水しぶきいくたびも上げ鴨引けり         小島千鶴
      明日帰る鴨の羽打ちや鑑真池           林 尉江
      古墳濠夕日まみれの春の鴨            平松公代
      三四郎の池留年の鴨四五羽            中野一灯
      鴨引きし砂洲に幾多の脚の跡           坪野洋子
      鴨帰る川面の光胸で分け             坪野洋子
      引き近き鴨いくたびも水くぐる          鈴木真理子
      夕映えに染まりて寂し残り鴨           上田博子
      レガッタの水脈に弾かる残る鴨          野島秀子
      潮引きて光る中洲や春の鴨            伊藤克江
      舫ひ舟のへりに羽干す残る鴨           山崎文江
      くちばしの雫きらめく春の鴨           都合ナルミ
      水平ら千余の真鴨去りし池            上村龍子
      余生とは自由で孤独残る鴨            丹宙鼡エ
      光りなす水脈の重なり春の鴨           武田明子
      鴨引きし沼は夕日を湛へたる           下里美恵子

白鳥帰る

      白鳥帰る村に小さき蒙古の碑           近藤文子

帰雁、雁の別れ、名残の雁

      雁帰るまさをの空の瑕となり           丹羽一橋
      帰る雁棹より鍵へ形(なり)を変へ        大森弘子
      落日の湖面はるかに帰雁かな           下山幸重
      夕空に一刷けの雲雁帰る             河村惠光
      沖留めの船に帰雁の茜空             川端俊雄

雁風呂、雁供養

      雁風呂の窓へつぶてのごとき雨          矢野孝子
      月蝕の闇の深さや雁供養             伊藤旅遊
      雁風呂の木片に光る貝の殻            横森今日子

雲雀、初雲雀、雲雀野、雲雀笛

      ひばり鳴く国分寺跡まつ平ら           栗田やすし
      蒼穹に身を震はせて揚雲雀            河原地英武
      青空に触れんと雲雀一途なる           河原地英武
      初ひばり湖北の空のくもりがち          安藤幸子
      故郷や足止めて聴く初雲雀            牧田 章
      和泉野に揚がる雲雀や子は父に          小蜥テ民子
      葛飾やひばり野結ぶ渡し守            石原筑波
      初雲雀舟傾ぐとき見失ふ             内田陽子
      竹とんぼ雲雀の天へ飛ばしけり          坪野洋子
      葛飾の夜明けの好きな揚雲雀           横森今日子
      大利根の広き葦原揚雲雀             鈴木みすず
      飛鳥寺の裏ひばり野となりゐたり         栗田せつ子
      大富士は雲の奥なり雲雀鳴く           栗田せつ子
      一揆衆駈けし輪中田雲雀落つ           坪野洋子
      初ひばり万博跡の空広し             小島千鶴
      自転車を漕ぎ雲雀野の風となる          下里美恵子
      ひばり鳴くしろがね色の遠伊吹          国枝洋子
      草揺るる雲雀落ちたる一所            武藤光リ
      獅子舞の触れの太鼓や揚雲雀           武藤光リ
      ひばり野に供花新しき狐塚            野島秀子
      退院やひばりの空になつてゐし          桜井節子
      見はるかす大和三山ひばり鳴く          下山幸重
      蒼天に見失ひたり揚雲雀             中斎ゆうこ
      貯水池のさざなみ眩し初雲雀           上村龍子

燕、燕来る、初燕

      濁りなき離島の空や初つばめ           栗田やすし
      特攻の三角兵舎燕くる              栗田やすし
      輝ける運河掠めし初燕              武藤光リ
      初つばめ病室の窓明るうす            武藤光リ
      つばくらめ赤信号を掠めけり           武藤光リ
      銜へ来し泥零しけり軒つばめ           武藤光リ
      初燕九十九里浜渡り来し             武藤光リ
      初つばめ電線工夫掠めたり            武藤光リ
      尺五寸の軒神様に燕来る             山下智子
      山車過ぎてより縦横につばくらめ         井沢陽子
      初つばめ波のとがりに触れて飛ぶ         井沢陽子
      寺塀に鉄砲狭間や燕くる             森 靖子
      燕くる昔遊女の招き窓              森 靖子
      つばくらや焚き口閉ぢし休め窯          二村美伽
      中庭の小さき花壇つばめ来る           二村美伽
      尾の見えて伊賀の町家の軒燕           井沢陽子
      気賀関の狐格子や燕飛ぶ             中村たか
      父恋ふる防人歌碑や燕来る            中村たか
      豆腐屋の土間すり抜けし初燕           岸本典子
      千社札貼られし軒へ初燕             鳥居純子
      つばくらめ資材置場の水溜り           新川晴美
      つばくらや鳴き交しつつ泥運ぶ          勝見秀雄
      つばめ来る万金丹の錆看板            漆畑一枝
      どの軒も燕巣造る一揆村             篠田法子
      巣燕や風筒抜けの長屋門             牧田節子
      産着干す竿すれすれに初つばめ          下里美恵子
      燕飛ぶ姨捨四十八枚田              下里美恵子
      一葉が行き来の路地や燕飛ぶ           下里美恵子
      縫ひ針のすべりよき日よ燕来る          下里美恵子
      金魚田の萌黄の水面つばめ来る          若山智子
      泥のまだ濡れて艶めく燕の巣           坪野洋子
      つばめの巣火災報知器のうへに          片山浮葉
      雨燕大河を低く渡りきる             谷口千賀子
      つばくらめ海の夕日にひるがへる         国枝洋子
      大津波襲ひし港燕来る              山崎文江
      つばめ来る軒端に津波到達標           上杉和雄
      軒深き化石の生家つばめ来る           森垣一成
      城あればこその町並みつばめ来る         櫻井幹郎
      姥捨の田毎自在につばくらめ           豊田紀久子
      姥捨の棚田に低く初燕              伊藤旅遊
      つばくらの自在や蒙古襲来碑           八尋樹炎
      師の逝きてよりの月日や燕来る          栗田せつ子
      初燕ダム放水の真上舞ふ             市川あづき
      八階に物干しをれば燕来る            小蜥テ民子
      来し方にあまたの転居つばめ来る         上村龍子
      

雉、きぎす

      姥捨ての棚田に立てば雉子の声          栗田やすし
      雉子歩く苗木畑へ続く道             中根多子
      雉子走る竹藪に尾の隠るまで           竹中和子
      北上の渡舟場に聴く雉の声            丹羽康碩
      雉子立ちて谷に風切る羽音かな          夏目隆夫
      いきなりの雉に足浮く窯の裏           八尋樹炎
      振り上げし鍬の光や雉の声            八尋樹炎
      師の生家くつろぎをれば雉子鳴けり        山本悦子
      いくたびも雉子鳴く業平墓どころ         下里美恵子
      草ゆれて見え隠れするきぎすかな         荒川英之
      鋤終へし畑を斜めに雉子走る           久野和子
      雉子鳴くや二上山はむらさきに          国枝洋子
      雉子鳴けり化石生家の裏山に           松平恭代

小綬鶏

      小綬鶏や日の斑ゆたかに波郷句碑         伊藤範子
      小綬鶏や明治の巡査身じろがず          武藤光リ

鶯、初鶯、初音、匂鳥

      初音聞く茅葺屋根に天狗面            荻野文子
      初音せり村の高みの耶蘇の墓           山本法子
      初音聞く修道院の竹やぶに            大津千恵子
      鶯の声で目覚むる母の家             前田昌子
      杣の家うぐひすの声四方より           鈴木英子
      墨工房出でならまちに初音かな          小田二三枝
      芥出しの足忍ばせて初音きく           上杉和雄
      初音かな四角三角石切場             上杉和雄
      初音きく芥の袋持ちしまま            石原進子
      初音きく露座大仏の厚き耳            近藤きん子
      だしぬけに鶯鳴けり女坂             中村修一郎
      うぐひすが鳴くよと朝の戸を繰れり        下里美恵子
      うぐひすを右にひだりに渡し舟          下里美恵子
      うぐひすの遠く近くや母の里           下里美恵子
      朝刊を手にしばし聞く初音かな          黒田昌子
      うぐひすや家クに青き空と水           櫻井幹郎
      師弟句碑へ城の裾より初音かな          廣島幸子
      つるべ井の太き土管や初音聞く          神尾朴水
      鶯の声に細りし森の雨              武藤光リ
      うぐひすを間近に歩む渓の道           武藤光リ
      独り居や日がな一日にほひどり          山下智子
      摘み菜する背へ初音の頻りなる          高橋幸子
      絶え間なく鶯鳴けりねねの道           山下善久
      初音聞く宝物殿を一歩出て            兼松 秀
      鶯や茅葺屋根の能舞台              市原美幸
      初音聴く後鳥羽上皇流刑の地           服部鏡子
         

頬白、画眉鳥

      頬白の声透く観音日和かな            上田博子
      頬白の間近に鳴けり絵筆塚            磯田なつえ
      師の句碑へ頬白稚き声こぼす           山本光江

山椒喰

      山椒喰鳴いて暮れそむ吉野山           牧野一古
     

百千鳥

      和の宮遊びし寺苑百千鳥             巽 恵津子

雀の子、子雀、親雀

      チチと鳴く巣離れをせし雀の子          牧田 章
      雀の子樋に顔出す気賀の関            横井美音
      酒蔵の屑米つつく雀の子             山崎文江
      船神に錆びし錨や雀の子             磯田なつえ
      掌の中で静かに逝けり雀の子           川口敏子
      大佛の耳を出入りの雀の子            篠田法子
      子雀が谷中銀座に弾みをり            鈴木みすず
      校庭に影弾ませて雀の子             菊池佳子
      亀石の甲羅に遊ぶ雀の子             菊池佳子
      地震あとの小庭にはづむ雀の子          近藤文子
      海舟像裾よりたてり雀の子            栗田せつ子
      雀の子被爆ドームを飛び翔てり          奥山ひろみ
      被爆樹の葉陰にあそぶ雀の子           国枝洋子
      地震あとの庭に砂浴ぶ雀の子           渡辺かずゑ
      城垣の隙に親待つ雀の子             豊田紀久子
      哲学の道騒がしき雀の子             市原美幸
      子雀のひよいと顔出す辻地蔵           服部鏡子
      子雀の声がしきりに家具屋街           河原地英武

海猫(ごめ)渡る、ごめ来る

      子鯨の墓ある島やごめ渡る            牧野一古
      にびいろの空より海猫の渡り来る         栗田せつ子

蟇穴を出づ、蟇出づ

      穴出でし蟇と目が合ふ陶干場           武田稜子
      

蜥蜴穴を出づ

      蜥蜴出づ石のまろきに尾を添はせ         国枝洋子
      蜥蜴出る古墳の口に鉄格子            神尾朴水
      黐の木の白き走り根蜥蜴出づ           野島秀子

蛇穴を出づ

      穴出でし蛇と目が合ふ三輪詣           松永敏枝
      風粗き穴師の里や蛇出づる            林 尉江
      穴出でし蛇の濡れ身のかがやけり         坂本操子
      穴出でし蛇が鴉とにらみ合ふ           牧野一古

亀鳴く

      ペン書の戦死通知書亀鳴けり           豊田紀久子
      亀鳴くや蓬莱橋を渡りけり            鈴木みや子
      ひとり言増えて独り居亀鳴けり          小長哲郎
      亀鳴くや愚痴聞き地蔵の大き耳          森 靖子
      ご遺体は亀鳴く闇に潜みしか           櫻井幹郎
      喜んで農継ぐ男亀鳴けり             田畑 龍
      亀鳴くや茶漬ですます一人の膳          牧 啓子
      閉ざされし弁財天や亀鳴けり           森垣一成
      門前の欄干の艶亀鳴けり             奥山ひろ子
      亀鳴くや学校裏の喫煙所             河原地英武
      亀鳴くや器用貧乏母譲り             渡辺慢房
      亀鳴くか嵯峨も奥なる門跡寺           伊藤旅遊
      亀鳴くやスワンボートの老夫婦          高柳杜士

乗込み、乗込鮒、乗込鯛、

      芽菖蒲を倒し乗込み始りぬ            中山敏彦
      乗込鮒赤き浮き葉を撥ね飛ばす          中山敏彦
      音のして乗込鮒の白き腹             石川紀子
      朝日浴び乗つ込み鮒の泥しぶき          横井美音
      乗つ込みに揺るる葦原ひとところ         矢野孝子
      乗込みのしぶき朝日にきらめけり         都合ナルミ
      乗つ込みや川いつぱいに渦拡げ          市江律子
      乗つ込みのしぶきに濡るる水神碑         安藤一紀
      乗込の鮒のゆらりと水濁す            市川あづき

白魚、しらお、白魚汲む

      上流は落人の村白魚汲む             平松公代
      掌に受けて白魚啜りこむ             渡辺慢房
      たんねんに漁夫が繕ふ白魚網           福田邦子
      白魚の重なり合うてなほ透けり          国枝隆生
      勝気なる女三人白魚汁              倉田信子
      喉元で跳ぬる白魚一気飲み            下山幸重
      枡に盛る白魚の目の黒きかな           田畑 龍
      四つ手網艫に干したる白魚舟           石橋忽布
      白魚舟川のきらめき曳き帰る           富田範保
      蓋とれば日月椀に白魚の眼            富田範保

公魚、あまさぎ

      鳶の笛公魚釣りにこぼれきし           巽 恵津子
      公魚の釣糸連らぬ余呉の湖            巽 恵津子

柳鮠、鮠、はや、うぐい

      堀川の黒きよどみに鮠の群            上杉和雄
      柳鮠水の光を崩しけり              幸村志保美
      湖の日の斑の中に桜鮠              中根多子
      鮠の子が簗簀の隙間より逃がる          若山智子
      鮠の子の群るる汀や渡し待つ           金原峰子

桜うぐひ、花うぐひ、石斑魚

海胆、雲丹

      北限の海女割りくれし海胆啜る          栗田やすし
      海胆割つて黄金の玉を啜りたり          藤田岳人
      海胆採りの父子に海の底透ける          栗田せつ子

春鰯

      青光りする春鰯掴み買ふ             清水弓月     掴みは旧字表記

眼張

      雨あとの日差しが眩し眼張煮る          梅田 葵

鰆、鰆舟

いかなご、こうなご、小女子

      手に取りて見る小女子の干し加減         中本紀美代
      瀬戸内の市やこうなご煮る匂ひ          関谷千春
      こうなご干す棚いち面の銀の色          服部萬代
      小女子干し十指こまかく動きづめ         服部満代
      鴎連れ小女子漁の船戻る             上田博子
      小女子は思ひ思ひに曲がりゐる          藤田映子

桜蝦、桜蝦干す

      生乾く桜えび陽に透きとほる           栗田やすし
      桜蝦拡げ干したる富士河原            夏目隆夫
      桜えび干す砂浜に日差し降る           河西郁代
      川石に乾き艶増す桜えび             磯田なつえ
      大富士や川原に乾く桜エビ            花村富美子
      潮の香を放ちて乾く桜えび            栗田せつ子
      富士を背に地にひろげ干す桜蝦          小長哲郎

望潮、うしおまねぎ、てんぽ蟹

      マングローブ潮干の湾に汐まねき         栗田やすし
      切支丹一揆の浜に潮まねき            玉井美智子
   

蟹工船、鱈場蟹

      水槽に脚持て余す鱈場蟹             佐藤とみお

桜鯛、姿見の鯛

      行商の小さき俎板桜鯛              宇佐美こころ
      俎板に白子こぼせり桜鯛             長江克江

鰊、かどいわし、鰊群来(にしんくき)、鰊焚く

      トロ箱にふるさとの銘かどいわし         中野一灯

栄螺、栄螺焼く

      朝富士や網より外す大栄螺            平松公代
      老海人の肩に食ひ込む栄螺網           関根切子
      栄螺焼く七輪あふぐ朝市女            中野一灯
      頑なに蓋を閉ぢたる栄螺焼く           牧之内あきふみ

      蛤や汁うつすらと海の色             中村あきら

浅利、浅利舟、浅利汁、浅利売

      よく伸びる浅蜊の舌や七日飼ひ          河原地英武
      浅利掻く吉良の海凪ぐ日和かな          上杉美保子
      絶食のベッドに匂ふ浅蜊汁            坪野洋子
      おちよこにて母が味見の浅蜊汁          松原和代
      浅蜊掻くうさぎ島まで大干潟           角田勝代
      夕糶の漁港に届く大浅蜊             角田勝代
      浅蜊取る神の小島を真向ひに           岡部幸子
      浅蜊掻く媼親しき浜言葉             内田陽子
      渡船札帽子につけて浅蜊掻く           内田陽子
      舌噛んで真水に閉ざす貝の口           鈴木みや子
      行く雲や誓子の海の浅蜊掘る           中川幸子
      胴長を死に靴といふ浅蜊海女           山本悦子
      浅蜊掻くかもめをあまた従へて          国枝洋子
      バケツごと伊良湖の浅蜊もらひけり        森 靖子
      引売りの荷台に浅蜊汐吹けり           安藤幸子
      馬鍬に総身を預け浅蜊掻く            佐藤とみお
      浅蜊漁夫胸までつかり馬鍬引く          牧野一古
      群鴎あさり掻く舟遠巻きに            藤田岳人     前書き:蒲郡吟行 鴎は旧字体
      厨の灯消せば真闇よ浅蜊鳴く           梅田 葵
      震災の癒え行く浜の浅蜊汁            渡辺慢房
      橋立や小雨の中に浅蜊掻く            林 尉江
      雲低き与謝の細江の浅蜊舟            長江克江
      音立てて浅蜊を洗ふ忘れ潮            小田二三枝
      のびきつて舌の真白き大浅蜊           市川あづき

蜆、蜆舟、蜆汁、蜆川

      母恋ふて啜れり妻の蜆汁             牧田 章
      客寄せの声よく通る蜆売り            市川悠遊
      豆腐屋の前で売らるるしじみかな         木全一子
      トロ箱の蜆潮吹く朝の市             二村満里子
      蜆選る擦り切れ毛布風除けに           坪野洋子
      母ほどの母にもなれず蜆汁            矢崎富子
      子の旅の宍道湖土産蜆汁             清水弓月
      蜆舟淡海の雨を戻りきし             井沢陽子
      ほどほどの幸を味はふ蜆汁            今里健治

蜷、川蜷、海蜷

      千枚田細き流れに蜷の道             栗田やすし
      二期田刈り終へし御穂田(みふだ)に蜷の道    栗田やすし
      登呂の田の流れに著き蜷の道           立川まさ子
      水底の小さき起伏蜷の道             市川正一郎
      透き通る池の水底蜷の道             生川靖子
      醤油蔵めぐる小川や蜷生るる           都合ナルミ
      水底に重なり合へり蜷の道            関野さゑ子
      村井泉(ガー)の水音すがし蜷の群        平 千花子

田螺、田螺の道、田螺和

      茹で上げし田螺匂へる夕厨            大嶋福代
      学校田田螺の角の伸びやかに           磯田なつえ
      田螺とる登呂の小流れ光らせて          谷口千賀子
      田螺鳴くスーパームーン水に照り         櫻井勝子
      

桜貝、紅貝

      有明の磯に拾へり桜貝              森 敏子
      波いちど触れに来しのみさくら貝         櫻井幹郎
      掌に受けてほのと潮の香桜貝           豊田紀久子
      手のひらに受けて色濃き桜貝           下里美恵子
      波際にまだ生きてゐる桜貝            牧野一古
      金婚の軽き幸せ桜貝               国枝髏カ
      砂浜に虹のかけらか桜貝             伊藤旅遊

寄居蟲(がうな)、やどかり

      基地となる浜の寄居虫(やどかり)手に這はす   栗田やすし
      やどかりの足跡たどる朝の浜           平松公代
      透き通る海の蒼さや寄居虫(がうな)這ふ     中村修一郎
      やどかりのバケツもて乗る臨海線         橋本 淳

磯巾着、いしぼたん

      靡きゐる磯巾着や潮溜              山本法子

羊の毛刈る、羊刈る

      羊の毛刈る髪ゐてもゐなくても          河原地英武



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