夏、朱夏、炎夏、炎帝、九夏

      炎帝や火口の底のエメラルド           栗田やすし
      ゴーギャンの裸婦のびやかに島の夏        小長哲郎
      朴葉味噌焦ぐるにほひや夏の宿          三井あきを
      夏盛ん朝より水を荒使ふ             篠田法子
      乳を欲る泣き声太し夏旺ん            金原峰子
      道遠し炎帝に首押へられ             梅田 葵
      夏百日塩田句碑に日の匂ひ            田嶋紅白
      身ごもりを知らせくる娘や夏来る         武藤光リ

五月、聖五月、聖母月

      弁当の飯ぎゆう詰めに五月来る          河原地英武
      羊刈るバリカンの音五月来る           武田稜子
      五月来るアクアマリンの耳飾           中野一灯
      見晴るかす実朝の海五月来る           中野一灯
      さざ波の光りまぶしく五月来る          尾関佳子
      観音を見上ぐる親子聖五月            花村富美子
      胸薄き少女の像や聖五月             奥山ひろみ
      少女らの声朗らかや聖五月            坂上真理子
      胎動に添へし手のひら聖五月           小田二三枝
      聖五月ルルドの水を壺に受く           豊田紀久子
      若冲の樹花鳥獣図聖五月             夏目悦江
      江ノ島の潮路明るき五月かな           森垣昭一
      聖五月龍馬の墓所に千羽鶴            巽 恵津子
      フラ躍る野外ステージ風五月           小蜥テ民子
      早口に九九唱ふる児五月来る           小蜥テ民子
      海の碧ネモフィラの青聖五月           武藤光リ
      婚約のリング渡す子聖五月            武藤光リ
      ロボットの動き真似る児聖五月          武藤光リ       前書き  孫光里
      離乳食良く食ぶる子や五月来る          武藤光リ       前書き  孫光穂
      花嫁のゑくぼ光れり聖五月            福田邦子
      廊下まで響く産声聖五月             桑原健次
      聖五月パンを焼く香に目覚めをり         鈴木みすず
      よく歩く東京の人風五月             伊藤範子
      伊根五月小さき波寄す舟屋口           長江克江
      ジーンズの破れ新し五月来る           中村あきら
      さはさはと庭抜くる風五月来る          磯田なつえ
      聖五月鳩サブレーのバターの香          奥山ひろ子

若夏

      若夏の空トポロチの絮とべり           平千花子

初夏、夏始(なつはじめ)、首夏

      海流はゼロ初夏の壇の浦             栗田やすし
      初夏やみすずの墓に絵らふそく          栗田やすし  前書き  仙崎
      初夏の田水かがよふ散居村            栗田やすし
      鵜の舟を洗ふ日和や夏はじめ           小島千鶴
      夏初め銀の腹見せ魚跳ぬる            大島知津
      初夏の風吹き渡る馬場の跡            藤田映子
      仏飯のすぐ乾きたる夏はじめ           二村美伽
      初夏の弁天の肌艶めける             武藤光リ
      初夏や土産のういろ薄甘き            武藤光リ
      初夏の波が児を追ふ九十九里           武藤光リ
      語り継ぎ織り継ぐ絣夏若し            砂川紀子
      初夏の駅に靴紐締め直す             鈴木美登利
      夏はじめ寝返りし嬰の面変はり          小蜥テ民子
      初夏や白き波立つ由比が浜            日野圭子
      初夏の教卓に置く腕時計             河原地英武
      初夏や駿府櫓に檜の香              中村たか
      昆虫記借りて来し子や夏初め           荒川英之
      また一つ水輪生まるる夏初め           山口耕太郎
      初夏やマスクの口に紅少し            武藤けい子
      時計屋の世界時計の狂ふ首夏           加藤剛司

夏めく、夏きざす

      銭洗ふ弁天の洞夏きざす             武藤光リ
      乗鞍の白き稜線夏きざす             武藤光リ
      潮風のネモフィラに触れ夏兆す          武藤光リ
      夏きざすいろり端よりジャズ流る         武田明子
      女子大生ホームに溢れ夏兆す           佐々木美代子
      街路樹の葉ずれの音や夏兆す           加藤雅子
      真向ひに仰ぐ乗鞍夏兆す             市川悠遊
      曲るたび軋む江の電夏きざす           大津千恵子
      夏めくや馬の前髪切り揃ふ            岸本典子
      四間道の古りし屋根神夏兆す           磯野多喜男
      襖絵の青海原や夏きざす             林 尉江
      パキと折るセロリの香り夏兆す          八尋樹炎
      竹皮に包むおにぎり夏めきぬ           山本法子
      名刹の檜皮の反りや夏めけり           伊藤克江
      コクトーの貝殻の詩碑夏きざす          佐藤とみお
      黒々と巴の塚や夏きざす             牧 啓子
      暮れそむる飛騨の山々夏兆す           牧 啓子
      赤米の酒の甘さよ夏きざす            藤田岳人
      嗣治の裸婦の艶めき夏兆す            横井美音

夏浅し

朝曇

      ゆつくりと緋鯉向き変ふ朝曇           奥山ひろ子
      山頭火句碑へ杖置く朝曇             金田義子
      朝ぐもり神隠しめく失くし物           井沢陽子
      ベットにて不在投票朝曇             中村たか
      芥焚くけむり地を這ふ朝曇            下里美恵子
      入院の夫の荷軽し朝ぐもり            豊田紀久子
      朝曇ぶつかり稽古の音響く            山本悦子
      真直ぐなねずこの幹や朝曇            市江律子
      朝曇糶声高き氷見漁港              山下帰一
      鯉はねて水の臭へり朝ぐもり           久野和子

朝焼

      朝焼けや水打つて糶終りたり           高橋ミツエ
      朝焼の空美しや手術の日             中川幸子

夕焼、夕焼雲

      海夕焼マンションに児と積木積む         栗田やすし
      客去りし競輪場に大夕焼             片山浮葉
      走つても走つてもまだ夕焼中           篠田法子
      大夕焼被曝ドームを染め上ぐる          鈴木みすず
      夕焼けや誰も出て来ぬかくれんぼ         渡辺慢房
      予科練機飛びしかの日の夕焼雲          金田義子
      網を上ぐ夕焼の色滴らせ             国枝髏カ
      壁打ちの少年夕焼消ゆるまで           山田万里子
      大夕焼湾に横たふ寝釈迦島            牧野一古

西日

      妊りの土偶西日に掌を合はす           栗田やすし       前書き 国宝・合掌土偶
      大西日砂丘に長き己が影             栗田やすし
      大西日法堂に鐘響きをり             武藤光リ
      ぽつねんとペリーの像や大西日          武藤光リ
      大西日真つ向に受け六地蔵            武藤光リ
      西日散る五輪の海の波がしら           武藤光リ
      大西日突き倒されし闘牛士            片山浮葉
      ピッチャーの影長くせり大西日          多々良和世
      瓦葺く一枚づつに大西日             山下 護
      西日さすブリキの家の貯金箱           河原地英武
      西日射す書架捨てきれぬ資本論          中野一灯
      教会の絵硝子西日吸ひつくす           小長哲郎
      大西日あまねし誓子多佳子句碑          市原美幸
      西日浴び僧が閉ぢゆく諸堂の扉          丹注N碩
      西日中九条を説く街宣車             矢野孝子
      地境の談合長し西日中              金原峰子
      西日濃し時計止まりし父の家           太田滋子
      神谷バー西日と共に入りたる           石橋忽布

朝凪

      朝凪や捨て猫肥る島の路地            小原米子
      朝凪の須佐の入江や鱚を干す           倉田信子
      朝凪や釣り師ふんばる磯の岩           市川あづき

夕凪

      夕凪や島の如くにコンテナ船           関根切子

清和、清和月

      勾玉のやうな雲浮く清和かな           河原地英武
      鮠走る影のきらめく清和かな           井沢陽子
      清和かなマリアに太き絵らふそく         服部満代
      清和かな一位で染めし紬糸            谷口千賀子
      清和かな田水を移る雲の影            坪野洋子
      清和かな弁財天の白き肌             豊田紀久子

薄暑、軽暖

      俯せの据風呂錆びて島薄暑            栗田やすし      前書き:御手洗・汐待ち港
      朱唇小さき壁画の美女や奈良薄暑         栗田やすし
      天女彫る鑿艶めける薄暑かな           栗田やすし
      夕薄暑牛の乳房の桃色に             山本悦子
      俥屋の揃ひのたすき街薄暑            森垣昭一
      襖絵の著き剥落城薄暑              磯野多喜男
      夕薄暑ラッパの誘ふ豆腐買ふ           桜井貞子
      サンダルでバットの素振り夕薄暑         大谷みどり
      遊郭の細き格子や夕薄暑             花村富美子
      芥焚く煙流るる島薄暑              辻江けい
      マタニティドレスふはりと薄暑かな        高田栗主
      教典のセピア色なり奈良薄暑           志知祥子
      乗り継ぎのパリで水買ふ夕薄暑          石川紀子
      三日月の田毎に映る薄暑かな           右高芳江
      薄暑かな馬籠に手焼せんべいの香         澤田正子
      占ひに声掛けられし街薄暑            上田博子
      下町にコロッケ匂ふ夕薄暑            鈴木みすず
      分銅で秤る米屋や町薄暑             鈴木みすず
      一啼きで負け犬となる薄暑かな          谷口千賀子
      嘴上げて水呑む鶏や薄暑来る           関根近子
      古書店の高窓開くる薄暑かな           市川克代
      括り女の指先見つむ薄暑かな           長澤和枝
      貝を焼く匂ひただよふ島薄暑           坂本操子
      捨て猫の路地に肥れり島薄暑           小原米子
      幽霊坂の標うすれて街薄暑            武藤光リ
      塾の名の名入り鞄や夕薄暑            武藤光リ
      鰻屋の煙噴き出す路地薄暑            小長哲郎
      路地裏に集まる猫や夕薄暑            伊藤範子
      寺薄暑骨董市に般若面              河村惠光
      遮断機の降りつぱなしや町薄暑          河村惠光
      負け馬のいななき高し夕薄暑           河原地英武
      家壊す重機の拳薄暑なる             磯田なつえ
      古書に古書積み上げて売る薄暑かな        荒川英之
      軽暖や血圧計の唸る音              関根切子
      ホッピーの褪せしポスター夕薄暑         佐藤とみお
      夕薄暑肩でインコの独りごと           上杉和雄
      人違ひされて会釈や街薄暑            岸本典子
      生乾く塗りたてポスト薄暑光           林 尉江
      焼き鳥の匂ひ漂ふ街薄暑             山下善久

薫風、風薫る

      念入りに水浴ぶ鴉風薫る             矢野愛乃
      歌添ふる師の文まぶし風薫る           土方和子      *土に`あり
      薫風や安吾の里の水豊か             国枝隆生
      空に城置く薫風の綾子句碑            櫻井幹郎
      天守より手を振る少年風薫る           牧 啓子
      お祓ひの衣擦れの音風薫る            余語和子
      薫風や素焼の壺のキリル文字           河原地英武
      生物の教師の白衣風薫る             河原地英武
      呆け封じ寺に爆笑風薫る             益田しげる
      薫風を入れて縒り上ぐ糸の艶           谷口千賀子
      風薫る山荘に聞くチャルダッシュ         谷口千賀子
      風薫るチアーガールの臍ピアス          上杉和雄
      キュツと鳴るガラスの器風薫る          丹羽一橋
      風薫るカリヨンひびく石畳            松本恵子
      鯉の名はさくらとかへで風薫る          幸村志保美
      介護士の花壇の手入れ風薫る           夏目悦江
      薫風や安曇野どこも水の音            石崎宗敏
      竪穴に竈の跡や風薫る              武藤光リ
      薫風や木の間隠れに千木の金           武藤光リ
      薫風や鄙に画廊の喫茶店             武藤光リ
      糊利きしワイシャツの襟風薫る          河村惠光
      餘部の天空の駅風かをる             伊藤旅遊
      飛鳥路や薫風に乗る鐘の音            伊藤範子
      薫風やひと棹で出す渡し船            鈴木真理子
      薫風や米粒光る塩むすび             渡辺慢房

立夏、夏立つ、夏に入る、夏来る、今朝の夏

      霊山に緑衣の仁王夏に入る            栗田やすし
      夏に入る自粛つづきの無精髭           栗田やすし
      厚切のポテトチップス夏来る           河原地英武
      ミシン踏む立夏の雨の明るさに          石原進子
      あをあをと苔に雨滲む立夏かな          児玉美奈子
      少年のしなやかな指夏来る            松本恵子
      お木曳の綱の白妙夏来る             矢野孝子
      輪くぐりの海馬(あしか)の飛沫夏立ちぬ     安藤幸子
      D51を載せて鉄路や夏来る           畑ときお
      梅花藻の小花ゆらめき夏立てり          村瀬さち子
      お木曳のわん鳴り伊勢は夏に入る         神尾朴水
      夏立つやぎやまん皿の絹豆腐           三井あきを
      老犬の小さき鼾今朝の夏             加藤ノブ子
      山門は白木の柱夏立てり             武藤光リ
      夏来る河童住むてふ淵の色            伊藤旅遊
      被爆樹の太き走り根夏来たる           奥山ひろみ
      陶匠が髭剃り落とし夏に入る           河村惠光
      切り花の小口の匂ふ夏来る            中村あきら
      木曽川の水の蒼さや夏立てり           鈴木真理子
      水槽の稚魚と目の合ふ立夏かな          平 千花子
      古椅子の軋みかすかに夏来る           新井酔雪
      口紅をささぬ日数や夏来る            牧野一古
      シャンプーは森の香りや夏に入る         野瀬ひろ
      大鎚の間を打つ小鎚夏は来ぬ           安藤一紀
      突堤に波立ち上がる立夏かな           関根切子

小満(5月21日頃)

      小満や塵ひとつ無き青畳             河原地英武
      小満やこの先為さんことあまた          小長哲郎
      小満や岬巡りのバス光る             八尋樹炎
      小満や水瓶を抱く女神像             山田万里子

皐月、早苗月、五月雨月、橘月、五月寒

      乗鞍の雪より昏るる早苗月            若山智子
      五月寒人立ち寄らぬ籤売場            武藤光リ
      教室の隅のいびきや早苗月            河原地英武
      五月雨や銀座キネマに灯のともる         関根切子
      さみだれや開けば匂ふ蛇の目傘          丹羽一橋

五月尽

      地下鉄にあまたの落書五月尽           山崎文江
      読むはずの書を枕辺に五月尽           梅田 葵

六月

      六月の礎(いしじ)に影やももたまな       砂川紀子
      六月の空高々とブーケ舞ふ            藤田幸子
      六月の竹美しや石の門              中川幸子
      六月や登呂田へ水の行き渡り           磯田なつえ

水無月、青水無月

      雲低き青水無月の五十鈴川            倉田信子
      能舞台青水無月の風わたる            谷口千賀子
      水無月の雨に匂へり青畳             矢野愛乃

芒種(6月5日頃)

      芒種なり手帳に細字びつしりと          河原地英武
      子と踏める芒種の畦のやはらかさ         荒川英之
      襖絵の竹の翠も芒種なる             川端俊雄
      芒種の風やコサックの子守唄           市川あづき

卯の花腐し

      旅鞄濡らし卯の花腐しかな            栗田やすし
      手術痕疼く卯の花腐しの夜            坪野洋子
      川下る舟に卯の花腐しかな            伊藤旅遊

茅花流し

      投函し茅花流しの道帰る             栗田やすし
      土管坂登れば茅花流しかな            石原進子
      熱気球茅花流しの中を発つ            森田とみ
      佃島茅花流しの渡し跡              日野圭子
      幽霊図茅花流しを来て拝す            坪野洋子
      雀とぶ茅花流しの土手に沿ひ           中川幸子
      埋立地覆ひて茅花流しかな            伊藤範子
      又ひとつ茅花の絮が空へ発つ           山崎文江

筍流し、筍梅雨

      筍流し木曽の棚田を濁したる           谷口千賀子

麦の秋、麦秋

      麦秋や指に紫紺のインク染み           河原地英武
      鼻高き埴輪の兵士麦の秋             河原地英武       前書き 高槻市今城塚古墳公園
      教卓に鞄をどかと麦の秋             河原地英武
      膝小僧覗くジーパン麦の秋            中野一灯
      麦秋や顎に貼りつくウエハース          中野一灯
      風向計の針定まらず麦の秋            小田二三枝
      白煙のなびく浅間嶺麦の秋            茂木好夫
      銅鐸に渦の紋様麦の秋              伊藤旅遊
      音もなく流るる大河麦の秋            伊藤旅遊
      残照に映ゆる大利根麦の秋            伊藤旅遊
      旅立ちの伊吹嶺晴れて麦の秋           児玉美奈子
      アッシジの僧院近し麦の秋            つのだひろこ
      晴れつづく大和三山麦の秋            柴田孝江
      麦の秋フランスパンを横抱きに          松原英明
      手拍子で賛美歌謳ふ麦の秋            鈴木みすず
      火薬庫に火のつきさうな麦の秋          鈴木みや子
      モンゴルの馬頭琴聴く麦の秋           金田義子
      武蔵野の土の温みや麦の秋            森垣昭一
      麦秋や錆びし大釜ころがれり           生田 愛
      麦秋やベンチ一つの無人駅            澤田正子
      遅刻の子一人道行く麦の秋            中山ユキ
      閂は五寸の木切れ麦の秋             幸村志保美
      麦秋や河より低き治水の碑            国枝隆生
      横揺れの一輌電車麦の秋             安藤一紀
      エンディングノート書き込む麦の秋        長崎眞由美
      麦の秋蛸突つ張つて干されたる          井沢陽子
      家毎の背戸に石橋麦の秋             山本悦子
      古書売るも一冊五円麦の秋            牧野一古
      麦秋や別れのあとの風の音            岸本典子
      人恋ふる龍笛の音や麦の秋            丹羽一橋
      風切つて三河単線麦の秋             鈴木真理子
      さわさわと鳶の羽音や麦の秋           八尋樹炎
      麦秋やそぼ降る雨の匂ひ立つ           平松公代
      麦秋が焦げんばかりや吉良の里          下里美恵子

黒南風、荒南風

      黒南風や海女の手足に貼り薬           山本法子
      黒南風や目の血走れる孕み牛           和久利しずみ
      黒南風や堀割古りし佃島             関根切子

走梅雨、迎え梅雨、梅雨模様

      走り梅雨一草庵に笠一つ             栗田やすし
      また一つ銭湯畳む走り梅雨            角田勝代
      量り売る味噌の匂ひや梅雨きざす         江口ひろし
      宙乗りの化猫芝居走り梅雨            森 妙子
      土産屋で安傘買へり走り梅雨           武藤光リ
      走り梅雨番所の軒を伝ひ落つ           武藤光リ
      病む母に大きミトンや走り梅雨          鈴木みすず
      走り梅雨折皺深き離縁状             鈴木みすず
      ショパン弾く指の火照りや走り梅雨        太田滋子
      のつたりと鈍色の海走り梅雨           磯田なつえ

五月雨、さみだるる

      むき出しの古墳の巌さみだるる          河原地英武
      五月雨にてるてる坊主萎れをり          下山幸重
      五月雨や佃の路地に地蔵の灯           武藤光リ
      五月雨に崩るる窟(やぐら)瑞巌寺        武藤光リ
      五月雨や琵琶湖に注ぐ川幾つ           夏目隆夫
      さみだるる昼を灯して塩煮小屋          二村美伽
      竹林を背にさみだる一草庵            上杉和雄
      旅先で友の訃を聞く五月雨            森 妙子
      除幕待つ五月雨の傘重ね合ひ           矢野孝子
      五月雨や昼を灯して詰将棋            中野一灯
      五月雨や角(つの)つややかに鬼瓦        松井徒歩
      高野山蓮華八葉さみだるる            伊藤克江

五月闇

      五月闇死は忽然と背後より            栗田やすし
      宝物に掛けし白布や五月闇            河原地英武
      五月闇未だ音の合はぬ稽古笛           花井佐和子
      目を凝らす十王堂の五月闇            小蜥テ民子
      河太郎住むてふ淵や五月闇            伊藤旅遊
      松原に試し斬り石五月闇             岡田佳子
      便箋のインク匂へり五月闇            新井酔雪

梅雨、ついり、梅天、梅雨空、五月空、旱梅雨

      黒々と碧の遺墨や梅雨の寺            栗田やすし
      硫気噴く無間地獄や梅雨烏            栗田やすし
      母の忌や雲間がくれの梅雨の月          栗田やすし
      開城の鉄扉軋ます梅雨の朝            栗田やすし   *名古屋城
      屏風絵の銀の剥落梅雨に入る           河原地英武
      青梅雨や留学生の侘び住まひ           河原地英武
      青梅雨やニスの匂へる図工室           河原地英武
      甲冑に胸の厚みや梅雨の闇            河原地英武
      退院の裏口かすめ梅雨の蝶            二村美伽
      CTの重たき扉梅雨湿り             二村美伽
      節くれし駅舎の木椅子梅雨湿り          奥山ひろ子
      金箔の光る菩薩や梅雨の闇            奥山ひろ子
      生臭き鵜宿の土間や梅雨じめり          武藤光リ
      旱梅雨旅籠の庇波打てる             武藤光リ
      入梅や運河に揺らぐ常夜灯            武藤光リ
      常念も穂高も見えず梅雨曇            武藤光リ
      独房や薄き布団の梅雨湿る            武藤光リ
      梅雨雫ためて天水桶青む             武藤光リ
      梅雨しとどこんにゃく奉る閻魔堂         武藤光リ
      梅雨深し歯科医が咲かす水葵           武藤光リ
      石塊が於七の墓や梅雨深む            武藤光リ
      日蓮の得度の山や梅雨滂沱            武藤光リ
      荒梅雨や庫裏へ駆けくる下駄の僧         武藤光リ
      荒梅雨や昔中尉の軽き骨(こつ)         武藤光リ
      餌をねだる金魚の口や梅雨曇           武藤光リ
      友逝くや一人酒酌む梅雨の闇           武藤光リ
      梅雨暗し護符を貼りたる太柱           高橋ミツエ
      荒梅雨や千人針に汗のしみ            上杉和雄
      御岳も恵那も隠して梅雨に入る          二村満里子
      膝に打つ鍼ながめをり梅雨に入る         磯野多喜男
      粉薬の砂噛むごとし梅雨に入る          服部萬代
      糠床を混ぜて日暮るる入梅かな          青山美佐子
      色紙の折り散らかせし梅雨の部屋         大谷みどり
      梅雨深し箍のはづれし捨て鵜籠          大谷みどり
      風呂場まで鵜の匂ひくる梅雨の闇         栗田せつ子
      外郎(ういろう)てふ胃薬飲んで梅雨籠      栗田せつ子
      主亡き書斎に梅雨の灯を低く           矢野孝子
      蛇皮線の音の湿りや梅雨に入る          藤田岳人
      能郷は梅雨霧の中水の音             石崎宗敏
      出港の汽笛短し梅雨湿り             飯田蝶子
      梅雨の寺残るお吉の網代籠            夏目悦江
      旱梅雨夕べ烈しき西の風             夏目悦江
      鳥一羽どこへ急ぐか梅雨の空           夏目悦江
      引越しを終へて見上ぐる梅雨の月         加藤裕子
      梅雨じめる祠にビジュル石ひとつ         平 千花子
      曲家に煤けし背負子梅雨深し           服部鏡子
      梅雨しとど地球を洗ふやうな音          服部鏡子
      神棚の塩の湿りよ梅雨深む            村上ミチル
      寺田屋に深き弾痕旱梅雨             岸本典子
      ふれて見る綾子の句碑の梅雨湿り         鈴木真理子
      梅天や象が膝折りあいさつす           岡島溢愛
      那谷寺の奇岩奇石や梅雨深し           金田義子
      瀬田川の水音荒く梅雨に入る           内田陽子
      梅雨深し賢治のセロのにぶき艶          井沢陽子
      九条守る署名バッグや梅雨に入る         井沢陽子
      荒梅雨や白木の匂ふ大鳥居            倉田信子
      とびとびに師の句碑の苔旱梅雨          奥山ひろみ
      母乳捨て梅雨溝濁す昼休み            山 たけし
      荒梅雨の明けて郡上の水滾る           中山敏彦
      振り向けば姥捨山や旱梅雨            兼松 秀
      つゆ入りの風なまぐさし桶狭間          加藤ゆうや
      梅雨鴉一声鳴いてそれつきり           下里美恵子
      梅雨空に夕星ひとつ児ら遠し           山本光江
      梅雨ごもり友の電話の幾度も           坂本操子
      三円で買ふレジ袋梅雨湿り            森垣一成
      志ん生をラジオで聴いて梅雨籠          角田勝代
      店畳む居酒屋二軒梅雨に入る           熊澤和代
      首筋の蠍のタトゥー旱梅雨            朝倉淳一

送り梅雨

      送り梅雨降るだけ降つて山晴るる         谷口千賀子
      舞終へし髪の重さよ送り梅雨           大島知津
      観測船「ふじ」にともる灯送り梅雨        川島和子

返り梅雨、戻り梅雨

      何枚も履歴書書く子戻り梅雨           河原地英武

虎が雨(陰暦5月28日の雨)、曾我の雨

      虎が雨遊女の墓の欠け茶碗            武藤光リ
      虎が雨露座観音の頬伝ふ             武藤光リ
      虎が雨城址に大き水溜り             坂本操子

五月晴、梅雨晴、梅雨晴間

      民謡の一節高し五月晴              下山幸重
      蔵開けて絞り商ふ五月晴             小蜥テ民子
      仏壇の妻と語れり五月晴             平居正臣
      レントゲン待つ行列や五月晴           加藤百世
      梅雨晴や天守繕ふ槌の音             二村美伽
      梅雨晴れや棹いつぱいに野良着干す        藤田岳人
      古稀の師の大いなる夢梅雨晴間          松永敏枝
      音軽き盲人の杖梅雨晴間             武田明子
      仲見世の天窓開く梅雨晴間            菊池佳子
      梅雨晴やリヤカーで来る宅急便          関根切子
      大岩の耳が空突く五月晴             石原進子
      五月晴箍新しき海女の桶             石原進子
      交番に長靴干せり梅雨晴間            鈴木英子
      五月晴富士に向かひて産着干す          岩田啓子
      浅間嶺は雲の中なり梅雨晴間           水鳥悦枝
      梅雨晴間尼僧の下駄の音せはし          武山愛子
      梅雨晴間小瓶にもらふママレード         太田滋子
      潮染みの潜水服や梅雨晴間            小田二三枝
      よく響く祝詞奉上五月晴             上村龍子
      分蜂の渦巻く羽音梅雨の晴            高橋幸子
      だんごむし丸め遊ぶ子梅雨晴間          松本恵子
      針塚に日の差し込めり梅雨晴間          牧 啓子

夏の暁、夏暁

      夏暁なる白磁のごとき富士の肌          武田稜子
      夏暁をあつけらかんと犬逝けり          倉田信子

夏の朝、夏朝

      薄紅に染まる穂高や夏の朝            塩原純子

梅雨冷え、梅雨寒

      梅雨寒やかくもかぼそき翁杖           栗田やすし     前書き 義仲寺
      板敷の軋む天守や梅雨の冷え           武藤光リ
      実盛の錆びし兜や梅雨の冷え           武藤光リ
      梅雨寒や木つ端に彫りし観世音          武藤光リ
      ビル街に地震の遺構や梅雨寒し          武藤光リ
      梅雨寒し過疎となりたる団地の灯         中野一灯
      病む牛に指を吸はるる梅雨の冷え         宇野美智子
      革切れし兵の背嚢梅雨の冷            伊藤範子
      古き闇籠め梅雨冷の飾り壺            櫻井幹郎
      野舞台の奈落を覗く梅雨の冷           金原峰子
      梅雨寒や床の間に本溢れさせ           河原地英武
      梅雨寒し肩に食ひ込むおぶひ紐          山本光江
      梅雨寒し刺股飾る関所跡             太田滋子
      梅雨寒や両の腕より血を採らる          丹注N碩
      梅雨寒し運勢欄に目を凝らす           山本玲子
      梅雨寒やワクチン接種の列につく         上杉和雄
      梅雨寒やさらに増したる治療薬          梶田遊子

梅雨雷、梅雨の雷

      音もなく雲光りたり梅雨の雷           鈴木みすず
      梅雨の雷和服の子らは裾からげ          鈴木みすず
      眠る子の足のぴくりと梅雨の雷          上杉美保子
      診察を待つ間も遠き梅雨の雷           丹注N碩

梅雨明、梅雨あがり

      癒え兆す夫の笑顔や梅雨明くる          前田史江
      病む妻へ玉子粥炊く梅雨の明           石原筑波
      茹卵つるりと剥けて梅雨明くる          篠田法子
      若冲の鶏の白さよ梅雨明くる           栗田せつ子
      梅雨明や義歯はめて終ふ旅仕度          丹羽康碩
      病名のまたひとつ増え梅雨の明          丹羽一橋
      梅雨明や差し汐川にせめぎ合ふ          武藤光リ
      傘骨の曲りしままや梅雨の明           中斎ゆうこ
      尾を振つて牛売られゆく梅雨の明         山本光江
      食卓に白磁の小皿梅雨明くる           日野圭子

緑雨

      銭洗ふ女緑雨に髪濡らし             栗田やすし
      赤子立つ緑雨の窓に額つけて           上杉美保子
      鉢花の路地に吹き込む緑雨かな          相田かのこ
      茶屋町の格子戸匂ふ緑雨かな           上杉和雄
      牧水の墓石を濡らす緑雨かな           近藤文子
      磨崖仏の線描伝ふ緑雨かな            林 尉江

青時雨、青葉時雨、夏時雨

      辻多き鎌倉古道青しぐれ             林 尉江
      青時雨甲冑寂びし武尊像             矢野孝子
 

夏の霧、夏霧

      夏霧や魁偉描きし径延ぶる            佐藤とみお
      夏霧や賽の河原に硫黄の香            中村修一郎
      一村を隠し茫々夏の霧              武藤光リ
      夏霧の昇竜めきて尾根走る            玉井美智子

海霧、霧笛

      海霧染めて犬吠埼の日の出かな          千葉ゆう

夏霞

      寝釈迦めく半島はるか夏霞            伊藤範子

夏至(6月21日頃)

      生れし嬰が足で空切る夏至の夜          片山浮葉
      今日夏至の刻を告げたり鳩時計          岡島溢愛
      夏至の酒大徳利で酌み交はす           中山敏彦
      峡の田へ夏至の入り日の輝けり          武藤光リ
      有線が正午を知らす夏至の空           武藤光リ
      夏至の土間筵被せて壺干せり           梅田 葵
      看護婦に血を採られゐる夏至の朝         山下帰一
      黒猫と目の合ふ夏至の夕間暮           牧野一古

半夏生(夏至から11日目)、半夏、半夏雨(7月2日頃)

      漱石の座禅の寺や半夏雨             栗田やすし
      飴なめて喉しづめたり半夏生           日野圭子
      半夏雨芥漂ふ渡船跡               日野圭子
      医者嫌ひ通して傘寿半夏生            鈴木みや子
      犬の子の長き手足や半夏生            前野一夫
      丸薬の臭ひの強し半夏雨             山 たけし
      抜かれゆく釘丸く反る半夏生           山 たけし
      糖衣錠つばで呑み込む半夏生           山 たけし
      親知らず歯のうずきをり半夏雨          尾関佳子
      フルートを遺影に奏づ半夏雨           松本恵子
      隧道に苔の匂ひや半夏雨             国枝隆生
      門前に智恵の餅売る半夏かな           小長哲郎
      半夏生切口白き杉丸太              井沢陽子
      能楽堂松に降り込む半夏雨            石川紀子
      味噌樽にたまり滲み出す半夏生          倉田信子
      金槌で砕く黒糖半夏生              関根切子
      咽赤く鴉鳴きをり半夏生             利行小波
      半夏雨上総暮しに慣れし庭            武藤光リ
      半夏生小屋に褪せたる農暦            久野和子
      上げ潮の運河のうねり半夏生           矢野孝子
      歯型取る医師の饒舌半夏生            林 尉江
      崩れたる土間の盛塩半夏雨            酒井とし子

夏の海、夏潮、夏浪

      水平線真青や夏の海暮るる            砂川紀子
      夏潮にジェットスキーの水脈眩し         小蜥テ民子
      原色のサーフボードや夏の海           太田滋子
      夏の海見んとて砂丘ひた登る           下里美恵子

盛夏、夏旺

      真夏日や風よく通る仁王門            中村修一郎
      夏旺ん蛇口一つは上を向き            吉岡やす子
      深呼吸といふも吐息か夏盛ん           梅田 葵
      夏旺ん赤錆しるき消火栓             内田陽子
      東大にスターバックス夏盛ん           武藤光リ

風死す

      籠大仏囲む羅漢や風死せる            武藤光リ
      風死すや城に明治の弾薬庫            河村惠光
      赤錆の防毒マスク風死せり            小田二三枝
      コンテナの露西亜語の文字風死せり        加藤剛司

小暑(陽暦7月7日頃)

      採血のチューブ赤らむ小暑かな          松井徒歩

土用(立秋前の18日間)、土用浪、土用凪、

      土用波裏側見せて崩れたり            吉田明美
      和紙の里土用次郎の太鼓打つ           松永敏枝
      灯台の狭き螺階や土用波             長谷川美智子
      南吉に借財の遺書土用入り            片山浮葉
      土用波砕け岩屋の船隠し             若山智子
      帆船のゆるり向き変ふ土用凪           小田二三枝
      ブイ打ちの浮桟橋や土用波            平 千花子
      水平線押し上げて来る土用波           伊藤旅遊
      流木を浜に押し上げ土用波            伊藤旅遊

三伏

      三伏の厨にグラス割れし音            篠田法子
      三伏や起き抜けに聞く喪の知らせ         角田勝代
      朱らふそく買ふ三伏の窯の町           梅田 葵
      三伏の厨にこもる酢の匂ひ            日野圭子
      三伏やたかぶり鳴ける大鴉            日野圭子
      三伏の米の磨ぎ汁生温き             日野圭子
      三伏の過ぎし傷口労れり             中村たか
      三伏や目鼻潰えし石地蔵             武藤光リ
     

大暑(7月23日頃)

      増水の川ぎらぎらと大暑なる           谷口千賀子
      ボンエットバスで往き来や島大暑         岸本典子
      裏打ちの糊に水足す大暑かな           長崎真由美
      蛇口みな上向いてゐる大暑かな          篠田法子
      景徳鎮叩き割りたき大暑かな           篠田法子
      前髪の額にはりつく大暑かな           市原美幸
      山並みの歪みて見ゆる大暑かな          伊藤旅遊
      樅の木に鴉鳴き合ふ大暑かな           荻野文子
      送電線弛みきつたる大暑かな           国枝髏カ
      積むのみの本をまた買ふ大書かな         国枝髏カ
      けふ大書日がな流せる厨水            金原峰子
      龍笛の内は血の赤大暑かな            桐山久美子

八月

      八月やインクの滲む兵の遺書           上村龍子

夏の空、夏の天、夏天

      夏空へ嬰児の放尿きらめけり           山ア育子
      千枚田千の夏空映しけり             加藤ゆうや

夏の雲、梅雨雲、夕立雲、夏雲

      噴煙の夏雲となる浅間山             神谷 尚
      夏雲のにはかや原爆投下の地           服部鏡子
      高欄の宝珠七色夏の雲              金田義子
      夏雲の名残纏うて富士青し            磯田なつえ
      珊瑚積む城壁高し夏の雲             千葉ゆう
      夏雲や単車には無き時刻表            渡辺慢房
      夏雲やパトカー乗せて島フェリー         玉井美智子
      夏雲や灼け染み多き船頭笠            武藤光リ
      夏雲や子の声揃ふ地曳網             武藤光リ
      槍穂高浮かべる空や夏の雲            山本悦子
      夏雲やビルは直角積み上げて           櫻井幹郎

雲の峰、入道雲、雷雲

      丘陵に牛が草喰む雲の峰             牧野一古
      峰雲をそびらに青き八ヶ岳            国枝隆生
      仰け反りて打ち込むサーブ雲の峰         渡辺慢房
      時化去りて入道雲の湧き出づる          平居正臣
      雲の峰木曽の大河に映りたる           谷口悦子
      黒船の現れし海原雲の峰             武藤光リ
      雲の峰鎌倉五山見下ろしに            武藤光リ
      雲峰の育つ早さや沖かもめ            武藤光リ
      雲の峰峠下れば仏国寺              武藤光リ
      峰雲や高い高いをせがむ嬰            武藤光リ
      峰雲や小鯵輝く網を曳く             武藤光リ
      幾度の転居転勤雲の峰              武藤光リ
      強力の一歩一歩や雲の峰             小長哲郎
      宙に舞ふ海豚のジャンプ雲の峰          丹羽一橋
      甲斐駒に入道雲の仁王立ち            坂本操子
      五頭山に雲の峰立つ欣一碑            坂本操子
      大富士に立つ峰雲の二た柱            坂本操子
      八ヶ岳より雷雲の押し寄する           高橋幸子
      宇宙へと開くパラボラ雲の峰           高橋幸子
      船荷積クレーンの音や雲の峰           田端 龍

虹、夕虹、虹の梁、雲の虹

      カリヨンの響く塔より虹立てり          荒深美和子
      奥長良朝靄に立つ小さき虹            佐藤とみお
      黒部谷棒立ちの虹天を衝く            山下智子
      指タッチ父と交はす児虹の橋           武藤光リ

御来迎、御来光、丸虹

      吸ひ込まれさう木曽駒ヶ岳(きそこま)の御来迎  長江克江

夕立、白雨、夕立雲、夕立風

      夕立のあと青空の高くあり            河原地英武
      夕立や遍路かけ込む札所寺            長谷川つゆ子
      大夕立来て肉桂屋に雨やどり           栗田せつ子
      玄海の漁火近し夕立晴              阪元ミツ子
      白雨来て腰落ち着けし資料館           荒深美和子
      夕立やたちまち烟る花樗             八尋樹炎
      納骨を終へたる夕べ夕立来る           山本正枝
      白雨去る家クすみずみまで洗ひ          櫻井幹郎
      化野の千灯うるむ夕立あと            山本悦子
      合戦の地に踏み入りて大夕立           服部鏡子
      陶房の波打つ三和土白雨来る           武田稜子
      田も山も一瞬に消え大夕立            武藤光リ
      夕立去る大東京の塵静め             武藤光リ
      昼灯す慰霊の燭や夕立雲             武藤光リ      *都慰霊堂

喜雨、慈雨、喜雨の虹

      喜雨兆し妻がか細きオクラ植う          藤田岳人
      喜雨の音嬉しく聞きて寝落ちたり         関根近子
      たなごころ開けば喜雨の一つつぶ         山 たけし
      田圃径膝まで跳ねる喜雨の泥           音頭恵子

驟雨

      驟雨来て草叢に鎌見失ふ             高橋幸子

夏の雨

      トタン巻く湯屋の煙突夏の雨           三井あきを

スコール

      スコール来首里金城の石畳            千葉ゆう

雹、氷雨、雹叩く

      うたた寝の犬驚かす雹の玉            宇佐美こころ
      氷雨降る四谷見附に傘とばす           倉田信子
      雹一過警笛長き鈍行車              梅田 葵

夏台風

      夏台風真闇につのる風の音            砂川紀子

南風(みなみ)、大南風、正南風(まみなみ)

      大南風磯に珊瑚の屑乾ぶ             小原米子
      灯台に風見の天女南風吹く            磯田なつえ
      辻売の真珠のピアス南風吹く           河原地英武
      南風吹く刑場跡や腑分けの地           武藤光リ
      南風吹く地震の爪痕残す寺            武藤光リ
      大南風軍の電探てふ遺構             武藤光リ
      教室にハートの落書大南風            武藤光リ      前書き 明治村
      水門の信号は青南風吹く             矢野孝子
      林立のマストを鳴らす大南風           倉田信子
      大南風浜の床屋の混みあへり           栗生晴夫
      漁小屋に乾く胴長大南風             小田二三枝
      南吹く舟屋の滑車軋ませて            内田陽子
      玄海の鳶吹き上ぐる大南風            八尋樹炎
      荒南風や藻屑散らばる由比ヶ浜          坂本操子
      叩き干す物みな白し大南風            熊澤和代
      舟型に彫りし手水や南吹く            林 尉江

はえ、正南風(まはえ)、南東風(はえごち)

白南風、しろはえ

      白南風や路傍に小さきマリア像          砂川紀子
      白南風や神棚のある操舵室            安藤幸子
      白南風や窓開け放つ島のバー           千葉ゆう
      白南風や鑑真和上の上陸地            市川悠遊
      白南風に風見馬跳ぶ美術館            野ア和子

あいの風、あえの風、あゆの風(山陰地方の北東風)

      あいの風藻屑寄せ来る舟屋口           平松公代

土用東風、青東風

      竿干しのシーツが躍る土用東風          坪野洋子

茅花流し

      縄文の遺跡に茅花流しかな            栗田やすし     前書き 伊計島

青嵐、せいらん

      青嵐サイロの尖に風見鶏             巽恵津子
      むき出しの梁も国宝青嵐             櫻井幹郎
      青嵐鉢巻したる女杣               勝見秀雄
      青嵐稜線尖る狼煙山               幸村志保美
      青嵐森を撓ませ過ぎゆけり            鈴木みすず
      葡萄畑吹き抜けてくる青嵐            上田博子
      青嵐瓦礫の山に縫ひぐるみ            中野一灯
      エロイカの想練りし径青嵐            中野一灯
      青あらしロースクールの通し土間         山下智子
      山城のゆれんばかりや青嵐            梅田 葵
      ヘルメット脱げば女人や青嵐           石崎宗敏
      捨て網に乾ぶ藻屑や青嵐             熊澤和代
      喚声に四股高々と青嵐              丹羽一橋
      農小屋の鍵締め直す青嵐             藤田岳人
      自画像のゴッホ横向き青嵐            利行小波
      青嵐や蛙句碑立つ法の池             武藤光リ
      産土神の磐座清め青嵐              武藤光リ

やませ、山背風、七日やませ

      親鸞の上陸の地や山背風(やませ)吹く      倉田信子
      津波語る被災の漁師やませ吹く          武藤光リ       *東北行
      梅雨やませ山田五反の老農夫           中野一灯

暑し、暑苦し、暑き夜

      野球帽どつと乗り込む暑さかな          高橋ミツエ
      道路掘る重機傾く暑さかな            岡島溢愛
      半鐘の錆こぼれ落つ暑さかな           中川幸子
      星ひとつ瞬き暑さ忘れをり            中川幸子
      木蝋の指に粘れる暑さかな            山本光江
      山下りて一気に暑さ迫り来る           安藤幸子
      ロンドン塔よぎる鴉の影暑し           栗田せつ子
      灯台の影の短き暑さかな             栗田せつ子
      ネックレス外してよりの暑さかな         梅田 葵

灼くる、熱砂、灼岩、日焼浜

      灼けし土蹴上げて牛の身構ふる          栗田やすし
      足元に己が影濃し砂灼くる            栗田やすし
      灼けゐたり戦場たりし浜の砂           栗田やすし
      石ひとつの遊女の墓や灼けてゐし         田畑 龍
      灼くる地のほてり足裏に伝ひくる         関根近子
      赤錆の魚雷の灼けて横たはる           矢野孝子
      灼けてゐし剣ヶ峰への溶岩の径          藤田岳人
      鉄灼くる臭ひや長き貨車の列           山たけし
      灼けゐたる碑文や雪中遭難像           佐藤とみお
      組み上げし巨石灼けをり天守台          中野一灯
      基地灼けて迷彩服のランニング          中野一灯
      暮れてなほ久女の句碑の灼けてゐし        市原美幸
      杖遅々と横断歩道灼けゐたり           武藤光リ
      古戦場跡を巡りて首灼くる            林 尉江
      廃校の子らの慰霊碑灼けゐたり          近藤文子
      目に映るものみな灼けし陶干場          武田稜子
      紅殻の柱に灼けし馬つなぎ            角田勝代
      灼けゐたりなほ整列の兵の墓           熊澤和代
      風灼くる「九」の機章の特攻機          松井徒歩
      刻紋は外様の悲哀石灼くる            富田範保
      母の骨納むる墓の灼けゐたり           松永敏枝

極暑、酷暑

      里芋の葉の裏返る極暑かな            澤田正子
      マネキンの指の向かうの酷暑かな         畑ときお
      ペコちやんの笑ひ続くる酷暑かな         渡辺慢房
      集塵車唸りて来たる酷暑かな           横井美音
      腹の子の五センチばかり極暑くる         市川克代
      読みかけの本の嵩なす酷暑かな          中山ユキ
      極暑の中戦火堪へにし友逝けり          吉岡やす子
      干し魚の眼のぬけ落ちし極暑かな         内田陽子
      酷暑かな厨に一日水使ひ             鈴木みすず
      峰越えの電線たるむ極暑かな           坪野洋子

溽暑、蒸暑し

      陶土練る溽暑の窓を押し開き           河村恵光
      塩ふふむ稽古力士や溽暑なる           谷口千賀子
      楽器屋にジャズ高鳴れる溽暑かな         鈴木みすず
      蒸暑し座席に残る背の湿り            菊池佳子
      溽暑なりシャッター街のアーケード        櫻井幹郎
      鬱の字を辞書で確かむ溽暑かな          中山敏彦
      近江の海溽暑にさらす定置網           武田明子
      溽暑かな歌集に著き被弾跡            松岡美千代
      孕み牛腹で息する溽暑かな            奥山比呂美
      糠床に粗塩を足す溽暑かな            川島和子
      一片の雲動かざる溽暑かな            山本光江
      たこ焼きの蛸のはみ出す溽暑かな         森垣一成

日盛、日の盛

      日盛りの鵜が緑眼をかがやかす          栗田やすし
      音もなく砂崩るるよ日の盛り           栗田やすし
      日盛りに閉ざす旅籠の梁太し           茂木好夫
      鉄を切る鋭き音や日の盛り            清原貞子
      日盛や水牛シャワーに目を細め          砂川紀子
      マネキンの高き乳房や日の盛り          山下善久
      日盛りの水匂ひくる金魚村            福田邦子
      日盛りに名残のホーン柩車発つ          丹羽一橋
      日盛りを来て湧水に手を浸す           下里美恵子
      日盛の三軒目てふ道遠し             中斎ゆうこ
      日盛や屋根に石置く家暗し            金田義子
      日盛を来て検温のモニターに           伊藤範子

炎天

      炎天や列折りかへす握手会            河原地英武
      炎天にがつと組みたる牛の角           栗田やすし
      炎天を来て酒注ぐ父母の墓            栗田やすし
      炎天下足場組む鉄響きあふ            栗田やすし
      炎天下女剣士の居合抜              武藤光リ
      黒光る禰宜の木靴や炎天下            武藤光リ
      炎天の道は一筋杖の道              武藤光リ
      炎天に出て行く吾子を見送りぬ          太田滋子
      炎天下鳩に豆まく好好爺             原田睦代
      ポケットの鍵の束鳴る炎天下           則竹鉄男
      炎天にイルカ大きく弧を描く           河井久子
      炎天を五体投地の人行けり            高島由也子
      炎天の戦人塚に空薬缶              田畑 龍
      電柱の影にバス待つ炎天下            小長哲郎
      炎天のわが影半歩先をゆく            田野 仁
      炎天や径に鼠の行き倒れ             兼松 秀
      宗祇井へ女優来てゐる炎天下           兼松 秀
      炎天に師の墓残し帰りけり            栗田せつ子
      炎天や沈没艦より重油の輪            鈴木みすず
      炎天や影の倒るる絞首台             山本悦子        前書き: ポーランド
      電線の影たどり行く炎天下            熊澤和代

炎昼、夏の昼

      炎昼やぴくりともせぬ河馬の耳          伊藤克江
      炎昼や土掘つて犬腹這へり            中山敏彦
      炎昼の運河に鉄の臭ひけり            中山敏彦
      炎昼を疾風のごとく猫よぎる           松島のり子
      炎昼や父似の戦没画学生             加藤百世
      炎昼やはばたき重く鴉翔つ            岩上登代
      嘴あけて鴉歩めり夏の昼             豊田紀久子
      肩越しにゲルニカを観る夏の昼          笹邉基子
      炎昼の厩舎木曽馬音立てず            山下智子
      炎昼や先の曲がりしテレビ塔           武藤光リ
      炎昼や荷風の歌碑に酒の瓶            横森今日子
      炎昼の町に鉄切るにほひ満つ           千葉ゆう
      炎昼や船渠に響く鉄の音             中野一灯
      微動だにせず炎昼の観覧車            石川紀子
      炎昼や駄菓子屋で呑むニッキ水          三井あきを
      炎昼の短き影に躓きぬ              佐藤とみお
      木蝋の溶けて黒ずむ夏の昼            松岡美千代
      おはやうとインコ連呼す夏の昼          野島秀子

炎暑、炎ゆる、炎熱

      負け牛の目の血走れる炎暑かな          栗田やすし
      炎熱や被爆時計の針歪む             栗田やすし
      山門を出て炎熱の日を浴ぶる           藤田岳人
      生地皿の音たて乾く炎暑かな           内田陽子
      うかと出て炎暑の街によろめけり         福田邦子
      船頭の法被塩噴く炎暑かな            澤田正子
      自動ドアー炎暑の街へ開きけり          熊澤和代
      口紅の二つに折れし炎暑かな           太田滋子
      Tシャツの背に張り付く炎暑かな          関根切子
      釘浮きし船板塀や炎暑来る            上村龍子
      片減りの牛の舐め塩牧炎暑            上村龍子
      炎熱や止まりしままの風見鷄           佐藤とみお
      腹見せて鮠浮き上がる炎暑かな          牧野一古

油照、脂照

      闘牛の蹄食ひ込む油照り             都合ナルミ
      補聴器を外しゐる母油照             藤田岳人
      髪切つて襟足にくる油照             小原米子
      油照り廃市に剥げし案内図            龍野初心
      地下道を出て新宿の油照             渡辺慢房
      テロの記事絶ゆることなし油照り         国枝髏カ

涼し、夏のほか、朝涼、夕涼、涼雨

      立ち並ぶ円空仏の涼しき目            栗田やすし
      火の山の風が涼しき草千里            栗田やすし
      賢帝の右手のミイラ燭涼し            栗田やすし
      風涼し土間より低き竈口             栗田やすし
      能登涼し揚羽の紋の陣羽織            栗田やすし
      風涼し茶屋に朱塗りの煙草盆           栗田やすし
      千筋なす雨だれ涼し円覚寺            栗田やすし
      闇涼し漁火遠き露天の湯             栗田やすし
      涼しかり地下鉄駅のレーニン像          上杉和雄
      棒切れで遊ぶ子供や水涼し            吉田幸江
      涼しさや水音高き峡の里             伊藤範子
      涼しさや海へなだるる千枚田           伊藤範子
      底の石見えて涼しき舟屋口            伊藤範子
      朝涼し泡の噴き出す化粧水            伊藤範子
      朝涼や手の上で切る絹豆腐            伊藤範子
      涼しさや産後のゆるき束ね髪           山本光江
      首飾り長き観音涼しかり             山本光江
      涼しさや舟屋に寄する波の音           山本光江
      風涼し奈良の小川に手を淨む           児玉美奈子
      手拍子の弾む島唄星涼し             前田史江
      朝涼や葉先に光る水の玉             森垣昭一
      朝涼や雲淡く刷く駒ヶ岳             丹羽康碩
      絵ガラスの青の涼しき礼拝堂           塩原純子
      涼風に長湯となれり露天風呂           大石久雄
      海ぶだう口に弾ける涼しさよ           栗田せつ子
      涼しさや芭蕉生家の通し土間           伊藤登美江
      松風の涼し家康産湯の井             長江克江
      拝所に磯鵯の声涼し               長江克江
      宮人に珊瑚の海の風涼し             砂川紀子
      紅型の藍の流水涼しかり             砂川紀子
      四つ辻に風の抜け道星涼し            武山愛子
      御典医の井戸の抜け穴風涼し           澤田正子
      陣屋涼し上がり框の青海波            武藤光リ
      竪穴の藁屋根洩るる日の涼し           武藤光リ
      水底に稚魚涼しけれ五十鈴川           武藤光リ
      夕涼や寒月句碑の石の青             武藤光リ
      堂涼し写経に集ふ村の衆             武藤光リ
      涼しさや昼の湯舟に陽のかけら          武藤光リ
      涼気涼気水ぶちかます鯱のショー         武藤光リ       *鴨川シーワールド
      燭涼し宮殿に聴くモーツアルト          平松公代
      天井に駕籠吊る紺屋土間涼し           上村龍子
      遙かより手を振る人や夕涼し           菊山静枝
      風涼し寝ころびて見る天井画           龍野初心
      爺杉のそびゆる羽黒山涼し            長崎真由美
      観音の耳?涼しき渡岸寺             長崎マユミ
      川風の涼し誓子の金魚句碑            小島千鶴
      涼しさや反り身に拝む観世音           矢野孝子
      パスタ屋へ流しのタンゴ星涼し          若山智子
      夕涼や巻藁船の灯をともす            山口茂代
      放し飼ふ千のあひるの白涼し           都合ナルミ
      千仏に千の燈明堂涼し              松本恵子
      沢涼し飯盒洗ふ草束子              中野一灯
      竹貼りの湯殿涼しき脇本陣            河合義和
      夕涼や青き泡浮くインキ壜            河原地英武
      名古屋駅涼しき顔の力士来る           河原地英武
      涼風や竹串美しきあぶり餅            河原地英武
      縦横に涼風抜くる座禅堂             篠田法子
      磨き上ぐ堂縁涼し満願寺             内田陽子
      朝涼の厩に祀る馬頭尊              内田陽子
      風涼し造り酒屋の通し土間            河村惠光
      大粒な雨来て涼し治水の碑            岸本典子
        滝涼し役行者の高足駄              神尾朴水
      玉砂利に音の涼しき禰宜の沓           安藤幸子
      沈金の花鳥涼しき輪島椀             小長哲郎
      膝くづす和紙人形の涼しさよ           小長哲郎
      啖呵切る声の涼しき吉右衛門           林 尉江
      琴の音の洩るる茶屋街夕涼し           豊田紀久子
      涼風を通す茶室の躙り口             福田邦子
      一口の玉露の余韻涼しかり            中村たか
      絣着て三河乙女の瞳の涼し            鈴木英子
      朝涼や新聞コラム書き写す            小蜥テ民子
      ぼら待ちの櫓に鳶の声涼し            市江律子
      色町へ渡る涼風思案橋              下山幸重
      風涼し温泉街の丸ポスト             牧 啓子
      和紙の里白山よりの風涼し            上杉美保子
      大吟醸透けるグラスの藍涼し           長江克江
      波郷館出て涼風の葛西橋             佐藤とみお
      朝涼や良寛詩碑へ雀のる             奥山ひろ子
      葦笛の音色すずしく吹きくれし          上田博子
      涼しさや京の町家の細格子            伊藤旅遊
   

冷夏、夏寒し

      被爆者の潰えし時計夏さむし           武藤光リ
      剥製の鵜の青き目や夏寒し            上田則子
      覗き見る廃坑の闇夏寒し             神野喜代子
      夏寒し膝の痛みをもて余す            足立サキ子
      夏寒し告知待つ身の置きどころ          篠田法子

短夜、明易し、明急ぐ、明早し

      モニターの乱るる波形明易し           二村美伽
      雨樋に雀ざわめき明易し             中山敏彦
      山鳩の声をうつつに明け易き           夏目隆夫
      耳につく捨猫の声明易し             若山智子
      明け易し夫には言へぬ夢を見て          生川靖子
      明易し早き煮炊きの湯治宿            坂本操子
      明易し富士に真向ふ伊豆の宿           松本恵子
      短夜の術後の夫の鼾かな             都築恭子
      短夜やこむら返りの二度までも          梅田 葵
      明易の夢に出て来し若き母            岡島溢愛
      明易し母につなぐる酸素管            井沢陽子
      短夜の夢や亡き夫背広着て            井沢陽子
      明易し母の手術日告げらるる           奥山ひろみ
      明け易し麻酔切れたる腕疼く           安藤幸子
      預かりしをさなに添ひ寝明易し          伊藤範子
      書き捨つる原稿の嵩明易し            石崎宗敏
      納得のゆかぬ訳文明易し             河原地英武
      短夜や老猫こつと逝きにけり           武藤光リ
      明易や味噌汁匂ふ漁師宿             武藤光リ
      明易や津波の痕を残す宿             武藤光リ
      救急のベッドの溲瓶明易し            武藤光リ
      明易し機銃掃射を受くる夢            山下智子
      短夜や眠れぬ母は経唱ふ             野島秀子
      短夜やルーペで辿る名所図会           森垣一成
      日々未知へ目覚む余生や明け易し         櫻井幹郎
      明易しICUの電子音                山ア育子
      短夜や腕組んで煉る一行詩            上村龍子
      今日オペのマーキング撫で明易し         佐藤とみお

夏の日、夏日、夏日影、夏日向,夏夕日

      日蓮の袈裟掛けの松夏日濃し           武藤光リ
      鰡群るる川の底まで夏日射            武藤光リ
      宇治橋の擬宝珠夏の日を弾く           武藤光リ
      夏日影人魚のやうな女行く            大石ひさを

夏の夜、夜半の夏、夏の宵、夏の夕

      嬰生れて嫁に礼言う夏の宵            佐久間寿子
      宿下駄の焼印薄れ夏の宵             奥山ひろ子
      ペディキュアは青空の色夏の夜          奥山ひろ子
      老猫の路地知りつくす夏の暮           関根切子

夏の月、月涼し

      お木曳の果てたる杜や月涼し           矢野孝子
      お木曳を終へて梢に夏の月            鈴木美登利
      白光るシテの小面夏の月             伊藤範子
      夏の月港のマスト影絵めく            井沢陽子
      磧湯に足を浸せり夏の月             関根近子
      地震あとの夏満月をまぶしめり          豊田紀久子
      夏満月掠める雲の迅やさかな           平 千花子
      黒々と土蔵の鍵や夏の月             高橋幸子
      あらはなる大河の鱗夏の月            河原地英武
      月涼し浦に出を待つ屋形船            森垣一成
      月涼し延命無用と母墨書             山ア育子

梅雨の月、梅雨満月

      子を帰す静寂や梅雨の月潤む           小田二三枝
      梅雨の月爪切る音の柔らかく           井沢陽子
      発電機唸る露店や梅雨の月            関根切子

夏の星、星涼し

      龍之介執筆の宿星涼し              栗田やすし
      夏の星姉となる児と数へをり           若山智子
      エレベーター涼しき星へ昇りゆく         櫻井幹郎

旱星

      流木の横たふ浜や旱星              牧野一古
      不器用に生きて仰げり旱星            国枝洋子

熱帯夜

      立ちすくむ路上の鼠熱帯夜            河原地英武
      熱帯夜隣家に停まる救急車            豊田紀久子
      熱帯夜母の寝息を確かむる            豊田紀久子
      チリチリと鳴る耳の奥熱帯夜           小蜥テ民子
      熱帯夜さす目薬のなまぬるき           河村惠光
      びは色の大き月出る熱帯夜            倉田信子
      圓生の語りくぐもる熱帯夜            渡辺慢房
      周波数ずるるラヂオや熱帯夜           渡辺慢房
      熱帯夜舌下に甘きニトロ錠            上杉和雄
      心臓にメス入るる夢熱帯夜            佐藤とみお
      ビル街の鈴懸匂ふ熱帯夜             新井酔雪
      豆球に天井浮かぶ熱帯夜             貫名哲半
      

夏の山、夏山、青嶺

      夏山の駒の雪形ほそりけり            近藤文子
      青嶺より吹く風入れて舞稽古           大島知津
      たたなづく青嶺遠見の方位盤           中野一灯

山滴る

五月富士

      五月富士裾まで見えて師は遠し          栗田やすし
      暮れ際の窓に蒼あを五月富士           中村たか
      子の新居ビルの隙より五月富士          八尋樹炎
      江ノ電の窓いつぱいに五月富士          伊藤範子
      夕日背に淡き姿の五月富士            小島千鶴
      暁に薄紅色や五月富士              鈴木みすず

赤富士

      赤富士の逆さを映す湖浄土            栗田せつ子

お花畑、

      お花畑までの坂道息はづむ            中根多子
      富士現るるお花畑の奥の空            中根多子
      暁光や色現はるるお花畑             高橋幸子
      お花畑見に熊除けの鈴借りる           国枝髏カ
      ストックを寝かせ一服お花畑           河村惠光

青岬、夏岬、夏の崎

      海光や鳶を眼下に青岬              佐藤とみお
      師を恋うて鐘を慣らせり青岬           川島和子
      青岬地球の丸さ信じをり             富田範保

雪渓

      大雪渓見し旅の夜の寝つかれず          柴田孝江
      残照に富士雪渓のきはだてり           小原米子
      大雪渓くぐり来し水掬ひ飲む           中野一灯
      空真青雪渓迫る南部富士             武藤光リ
      旅装解く窓や雪渓暮れ残る            矢野孝子
      雪渓を仰ぐ吊り橋風渡る             横井美音
      帰国子が富士の雪渓眩しめり           小田二三枝
             室堂を巡る雪渓まぶしみて            小蜥テ民子
      常念岳の雪渓指せる風見鶏            高橋幸子

片蔭、日影、夏影

      片蔭に食パン売りの四輪車            伊藤靖子
      片かげり一町続くなまこ塀            山下善久
      片蔭や仏具の町に廓すぢ             鈴木みや子
      片蔭に入りて神籤を広げ見る           小原米子
      片蔭に寄りて人混む三之町            櫻井幹郎
      城壁の片蔭に絵を並べ売る            栗田せつ子
      片蔭の途切れ奈良井の高札所           小田二三枝
      身を寄する片陰もなし被災の地          中野一灯 
      パン買ひに路地の片蔭選びけり          安藤幸子
      宗祇水までの片蔭連なりて            野島秀子
            片蔭や老爺二人の長話              野ア和子

旱、旱空(かんてん)、旱雲

      鳥の餌にねずみ顔出す旱かな           若林美智子
      家ごとに貯水槽備ふ旱かな            若林美智子
      トラックに羊押し込む旱畑            若林美智子
      大旱墓にたつぷり水そそぐ            前田昌子
      こぼれ塩舐むる旱の塩煮小屋           辻江けい
      不揃ひの西瓜ころがる旱畑            横森今日子
      旱川濁して変ふる鯉の向き            坪野洋子

雷、雷鳴、雷雨、遠雷、日雷、はたたがみ

      夜の雷ドナウ河畔の城照らす           栗田やすし
      翻訳の手元を白く真夜の雷            河原地英武
      風追つて雷雨走れり京の路地           河原地英武
      磐積みし武将の塚や日雷             河原地英武
      日雷搾乳の牛押し合へり             井沢陽子
      遠雷やガレ場に耳をそばだつる          中野一灯
      遠雷や発破に荒れし採石場            中野一灯
      遠雷に夕餉の箸を止めにけり           夏目隆夫
      蕪村読む耳驚かす夜の雷             市川克代
      産土神の杜をゆるがすはたたがみ         沢田充子
      夕暮れの地を叩き過ぐ雷雨かな          沢田充子
      一人居の夜更け激しき雷雨かな          森 妙子
      雷鳴や河原桟敷のどよめけり           上杉和雄
      喪の家の静寂に一閃日雷             上杉和雄
      雷鳴や終末時計二分きる             上杉和雄
      遠雷や亡父の文箱に肥後守            矢野孝子
      ラマンチャの赤き大地を雷雨来る         矢野孝子
      遠雷や鉢巻を干す弓道場             奥山ひろ子
      矛を持つキトラ壁画や雷遠き           山下智子
      骨太き夫の骨壺雷雨来る             中村たか
      叡山の雲引つ下げてはたたがみ          武田稜子
      木道の滑りやすさよ雷走る            笹邉基子
      はたたがみ大空港を揺るがせり          高橋ミツエ
      雷去りて草の匂ひの濃くなれり          上杉美保子
      平家琵琶聴きに雷雨の橋渡る           長江克江
      日雷雨の匂ひの近づけり             中山敏彦
      夜半の雷熱き大地をしづめたり          高橋幸子
      手庇の毘沙門像や雷雨来る            丹羽康碩
      玻璃鳴らす一度かぎりの真夜の雷         丹注N碩
      みちのくの闇に一声はたた神           松井徒歩
      ひとり居の百ヶ日目や日雷            都合ナルミ
      雷鳴や戸棚に走る家の猫             武藤けい子
      遠雷やコピー紙で切る指の腹           貫名哲半
      遠雷やぽつくり寺へ駆け込める          下山幸重
      遠雷や江戸切絵図のたたみ皺           伊藤旅遊
      船室に恋の落書はたた神             上村龍子
      遠雷の止みてより雨大降りに           山崎文江
      安楽死の是非問ふテレビ雷走る          武藤光リ

卯波、卯月浪

      卯波寄す貝の貼りつく潮仏            国枝隆生
      卯波寄す予科練生の駆けし浜           上村龍子
      卯波寄す丘の碑文に古代文字           森垣昭一
      人住まぬ巌流島や卯波立つ            中山敏彦
      廃番屋卯波の飛沫かぶりをり           中山敏彦
      霊媒師祈る卯浪の飛沫浴び            佐藤とみお
      卯浪立つ岩に磯鵯ふんばれる           中村たか
      江の島に逆巻く卯浪富士昏るる          牧野一古
      哭くやうに散華の崖に卯波寄す          山下智子
      奥深き気比の松原卯波寄す            松平恭代
      卯波寄す松枯れ多き能登金剛           上杉和雄
      曳く波を寄する卯波が畳なはる          兼松 秀
      ひもすがら恋路ヶ浜に立つ卯波          伊藤旅遊

夏の潮、夏潮

      夏の潮まぶし津波の避難塔            中村たか

青葉潮、鰹潮

      塩田の句碑へ満ちくる青葉潮           豊田紀久子
      砂浜に靴めりこめり青葉潮            関根近子
      青葉潮朝日を浴びて出漁す            中根多子
      青葉潮弁天さまへ百一段             長谷川郁代
      青葉潮富士昏れてより粗々し           栗田せつ子
      竜神の岩に砕けし青葉潮             利行小波
      青葉潮崖観音を目指し来る            武藤光リ
      ネモフィラの丘より望む青葉潮          渡辺慢房
      置網の浮子の光れり青葉潮            栗生晴夫
      なぶら来て波のふくらむ青葉潮          市川あづき

夏の川、夏瀬、夏河原

      どの石も輝く白さ夏の川             河合義和

出水、夏出水、洪水、水害、出水川、梅雨出水

      夏出水こぞの胡桃を置き去りぬ          清水弓月

白夜

      白夜なるマッターホルン見ゆる宿         松本恵子

氷河

      ロッキーの氷河に友と出つ会す          佐藤とみお

夏深し、夏闌、夏さぶ

      夏深む奉納舞の足拍子              武藤光リ

夜の秋

      万燈の火影ゆらめく夜の秋            若山智子
      念仏の菅笠目深か夜の秋             小田二三枝
      陶物の直し見てゐる夜の秋            山下帰一
      水割りの氷響けり夜の秋             渡辺慢房
      レコードの溝黒々と夜の秋            渡辺慢房
      金ペンにインクのなじむ夜の秋          幸村志保美
      マティーニのオリーブ青し夜の秋         武藤光リ
      コンと啼く影絵の狐夜の秋            横森今日子
      重ね合ふ皿のひびきや夜の秋           上杉美保子
      夜半の秋膝より外す子の重み           上杉美保子
      夜の秋グラスの氷揺らす音            龍野初心
      高架往く電車の響き夜の秋            小蜥テ民子
      天国に弟二人夜の秋               中川幸子

夏果、夏行く、夏惜む、夏の限り

      白波を眼下に夏を惜しみけり           栗田やすし
      もの言はぬ父となりゐて夏逝けり         小島千鶴
      夏惜む故郷の川に足浸し             都合ナルミ
      逝く夏や屋台に褪せし時刻表           尾関佳子
      予定なき駅に降りたち夏惜む           増田和代
      被爆樹の幹しろじろと夏の果           山本光江
      夏惜しむ博多中州の屋台の灯           多々良和世
      砂文字を消し去る波や夏の果           二村美伽
      食卓に阿蘇の軽石夏終る             伊藤旅遊
      補陀落の海遠霞む夏の果             都合ナルミ
      観音の背に十字や夏の果             服部鏡子
      夏の果即身仏をまなかひに            服部鏡子
      雀来て砂浴びし跡夏の果             鈴木真理子
      夏惜しむ大三角を眼裏に             山下帰一
      堂奥に響く読経や夏の果             武藤光リ
      山小屋に薪積み足して夏果つる          上田博子
      行く先の決まらぬ瓦礫夏の果           国枝洋子
      満ち潮の細かな光夏の果             小原米子
      原爆展見て口渇く夏の果             坂本操子
      少女らのタップダンスや夏終る          夏目悦江
      夏終る平和の鐘を一打して            倉田信子
      浅間嶺の噴煙薄る夏の果             林 尉江
      門柱にシーサー一つ夏の果            河原地英武
      校庭の遊具影濃く夏終る             小原米子
      駄菓子屋の面子色褪す夏の果て          花村富美子
      余生とて変らぬ日々や夏終る           牧 啓子
      桐下駄に著き指あと夏惜しむ           久野和子
      夏の果子の足跡を波さらふ            大島知津

晩夏、夏の末

      黄ばみたる恩賜の煙草晩夏光           栗田やすし
      積み上げし古書に日の射す晩夏かな        栗田やすし
      湧水の底砂舞へり晩夏光             戸塚昭子
      遺句集を入れて旅立つ晩夏かな          熱海より子
      天井に櫂吊る艇庫晩夏光             伊藤範子
      鳩時計鳴るを聞きゐる晩夏かな          加藤百世
      揚げ舟にひとで乾ぶる晩夏光           中野一灯
      天下の険越ゆる晩夏の富士黒く          神尾朴水
      晩夏光窓辺に牛の哺乳びん            長江克江
      晩夏光濃き影なせる山の樹樹           磯田なつえ
      枕木にタールの匂ふ晩夏かな           渡邉久美子
      晩夏光藻屑寄せ来る九十九里           武藤光リ

秋近し、秋隣、来る秋

      秋となり更新過ぎしパスポート          倉田信子

武者人形、五月人形、武具飾る、馬具飾る

      武具飾る両替商の蔵座敷             野島秀子
      梁太き明治の商家武具飾る            山本光江

幟、鯉幟、吹流し、矢車、幟竿

      磯風といふ波に乗り鯉幟             坂本酒呑里
      少年の指吸ふ癖や鯉幟              沢田充子
      三階の窓に小さき鯉幟              武藤光リ
      朝市の開く漁港や鯉幟              武藤光リ
      山間の過疎の里なる鯉のぼり           中村修一郎
      新生児ベッドに紙の鯉のぼり           長江克江
      園児らの手形の鱗鯉のぼり            河村恵光
      市庁舎の空に国旗と鯉幟             堀内恵美子
      鯉のぼり尾をからませて風を待つ         服部冨子
      鯉幟風に目覚めて尾を揺らす           福田邦子
      内蔵助通ひし廓鯉のぼり             兼松 秀
      風孕み屯所へ傾ぐ鯉のぼり            巽 恵津子
      風に先づ尻尾応ふる鯉のぼり           巽 恵津子
      畳まれて四角き顔の鯉幟             河原地英武
      鯉幟の尾の映りゐる水田かな           清水弓月
      御嶽に向きて口開く鯉幟             山本悦子
      表札に子の名を加へ五月(さつき)鯉       上田博子
      火の国の瓦礫の空を鯉幟             玉井美智子
      傘寿には傘寿の夢や鯉のぼり           櫻井幹郎
      鯉のぼりたたみて四角目はひとつ         櫻井幹郎
      停泊の漁船に小さき鯉のぼり           平 千花子
      園児らの手形のうろこ鯉のぼり          大島知津
      対岸の風を蹴り上げ鯉のぼり           小原米子

柏餅

      車椅子の母と語らふ柏餅             鈴木紀代
      大皿へ積む紅白の柏餅              奥山ひろ子
      深刻な話にならず柏餅              石橋忽布

粽(ちまき)、粽笹、粽結ふ

      兄逝きてはや三年や粽解く            栗田やすし
      軒に吊る祇園ちまきの匂ひたつ          谷口千賀子
      解くほどにみどり香りし粽かな          利行小波
      粽解く巻きたる紐の長さかな           小長哲郎

騎射(うまゆみ)、馬弓、流鏑馬、(陰暦5月5日)

      流鏑馬の騎手の襷の緋ぢりめん          篠田法子

菖蒲湯、菖蒲風呂

      菖蒲湯に二株浮かせ浸りけり           吉岡やす子
      菖蒲湯の匂ひそのまま嬰の眠る          角田勝代

滝、滝の音、女滝

      滝の水岩間小をどりして流る           栗田やすし
      雨後の滝太き柱となりて落つ           栗田やすし
      瀧壺へ水が水押し落ちにけり           坂本操子
      滝の音鍾乳洞に轟けり              山口登代子
      那智の滝白龍のごと現れて落つ          加藤元道
      夜叉竜の滝水散りて風青し            小里育湖
      護摩けむりたちまち滝を隠しけり         都合ナルミ
      五色なる願掛布や滝じめり            溝口洋子
      雨あとの四十八滝轟けり             鈴木英子
      頬を打つ豪雨の如き滝飛沫            高橋孝子
      束で落つ瀑布のしぶき浴びにけり         夏目悦江
      大滝の音が音追ふ岩に立つ            中村修一郎
      滝壺の怒濤ひびかせ盛り上る           牧野一古
      眼鏡ずれしよ滝垢離の厄男            牧野一古
      滝落ちて水群青を深めけり            上田博子
      雲間よりよぢれて滝の落ちにけり         金田義子
      山伏の問答ひびく瀧開き             倉田信子
      目つむりてしばし滝音聴いてをり         福田邦子
      大滝やとぎれとぎれに友の声           兼松 秀
      滝壺の岩にはじけて水光る            石原進子
      青竹の杓で神酒受く滝開             内田陽子
      お茶請けはいなりずし二個滝見茶屋        櫻井幹郎
      一瞬は宙に留まり滝落下             伊藤旅遊
      人語消し雨後の大滝轟ける            巽 恵津子
      山晴れて一条の滝輝けり             千葉ゆう
      息の合ふ山伏問答滝開              栗田せつ子
      落つる水攀づる水あり滝の音           富田範保

雲海

      雲海の果てに浮かべり阿蘇五岳          栗田やすし
      雲海に裾ひく富士の蒼さかな           牧野一古
      雲海や放牧牛の塩なめ場             新谷敏江
      雲海の渚に入日燃え残る             中野一灯

滴り、山滴り、苔滴り

      滴りは死霊の呻き壕の底             栗田やすし  *前書き 旧海軍司令部
      滴りは山のささやき遍路道            栗田やすし
      空海の山滴れるあしたかな            中川幸子
      滴りや岩屋の奥の六地蔵             石原筑波
      滴りや我等は碧き星に棲む            渡辺慢房
      石仏に山の緑の滴れり              上田博子
      戦禍聞く壕の滴り背に肩に            矢野孝子
      昼暗き煉瓦トンネル滴れり            関野さゑ子
      滴りの間合ひの長し石地蔵            山たけし
      鎌を研ぐ指先の水滴らせ             丹羽康碩
      滴りや線描淡き磨崖仏              松井徒歩

噴井、噴井鳴る

      噴井水溢れ八尾の坂走る             国枝隆生
      水饅頭冷やす噴井のあふれつつ          清水弓月
      城跡の噴井へ続く石畳              角田勝代

泉、泉汲む、泉鳴る、草泉

      山寺の泉に媼手を浸す              中村修一郎

清水、山清水、夕清水、涸清水、清水汲む、清水茶屋

      山清水掬ふ片手は岩つかみ            丹羽康碩
      音立てて御廟の裏の山清水            山口茂代
      登り来て喉潤せり岩清水             大橋幹教
      たうたうと流るる清水鱒棲めり          山下善久
      修験窟の樋に溢るる岩清水            山本悦子
      膝折りて聞く西行の苔清水            都合ナルミ
      山清水たつぷり原爆慰霊の碑           都合ナルミ
      清水呑む阿蘇噴煙に喉鳴らし           都合ナルミ
      水神を祀る奈良井の山清水            山下智子
      木洩れ日に苔のきらめく崖清水          栗生晴夫
      修験者の踏みし古道や苔清水           河合義和

金魚、金魚売り、金魚玉

      金魚屋のたらひ波立て俄雨            河原地英武
      金魚玉覗く主治医の大目玉            河原地英武
      金魚売り富士の湧水注ぎ足せり          坂本操子
      金魚売竜神様の水貰ひ              長谷川郁代
      朝市の金魚値札を避け泳ぐ            栗木豊代子
      背中越し糶札飛べり金魚市            河合義和
      早口の符牒飛び交ふ金魚市            市川悠遊
      出目金を野太き声が糶り落とす          日野圭子
      歯を削る音や金魚の立ち泳ぎ           市川正一郎
      不細工なほど蘭鋳の高値呼ぶ           篠田法子
      金魚市銜へ煙草で糶り始む            服部鏡子
      金魚玉幼の病みし日のことも           武藤光リ
      児の如く母は金魚に語りかけ           田嶋紅白
      金魚にも話しかけたき独りの夜          坪野洋子

目高、緋目高、目高捕り

      糶の柝鳴れば緋目高片寄れり           伊藤克江
      石臼に目高遊ばせ蕎麦処             後藤邦代
      雨水満つ南蛮甕に目高の子            福田邦子
      緋目高を赤子抱きて眺めをり           藤吉 博
      目高死すちひさき口を堅く閉ぢ          近藤文子
      ふたり老いメダカ百匹生き生きと         近藤文子
      人住まぬ家の大甕目高生る            長江克江
      大甕は唐三彩や目高棲む             国枝隆生
      石臼に緋目高を飼ふ骨董屋            中山敏彦
      朝市やペットボトルに目高売る          奥山ひろ子
      糸尻に祖父の刻印目高生ゆ            市川正一郎
      大甕に糸屑ほどの目高の子            菊池佳子
      緋目高をを飼ふことのみの余生かな        篠田法子
      目高飼ふ爺の小庭の陶火鉢            夏目悦江
      塵のごと浮き沈みせり目高の子          沢田充子
      塵ほどの目高ひたすら尾を振れり         服部鏡子

緋鯉、錦鯉、鯉涼し

      緋鯉飼ふ殿下お成りの合掌家           森 靖子
      石のせて糶へ押し出す緋鯉舟           篠田法子

熱帯魚

      潮引きて熱帯魚透く潮溜り            栗田やすし
      熱帯魚飼ふ病院のティールーム          森 靖子
      水替へて熱帯魚の尾鮮やかに           松永敏枝

水遊び、水鉄砲

      青空へ光ちらせり水遊び             河原地英武
      ベランダに声の弾ける水遊び           井沢陽子
      水遊び子の喚声の悲鳴とも            山鹿綾子
      先生の撃たれては起き水鉄砲           関根切子
      横丁の二丁使ひの水鉄砲             松井徒歩
      ずぶ濡れも遊びのひとつ水鉄砲          服部鏡子

浮人形、浮いてこい

      浮いてこい陶器の街の小料理屋          栗田やすし
      突くたびに指を逃がるる浮人形          国枝洋子
      料亭の大擂鉢に浮いてこい            国枝洋子
      浮いてこい盥に映る卯建屋根           福田邦子     *卯建=原句は木偏に兌
      和菓子屋の門口陶の浮いてこい          上田博子

水中花

      泡一つ音なく吐けり水中花            栗田やすし
      妻帰る夜の病室の水中花             櫻井幹郎
      歓楽の酒に咲きたる水中花            櫻井幹郎
      水足して息づかせたり水中花           国枝洋子
      文机につく頬杖や水中花             櫻井勝子
      水中花余震に泡の浮かび来る           田嶋紅白
      酒断ちてジョッキに咲かす水中花         佐藤とみお

汗、汗ばむ、玉の汗

      汗ばめる子の掌に団子虫             河原地英武
      汗の顔集めてをり博打の木            河原地英武
      嬰児の汗の香ほのと膝にのせ           河原地英武
      太鼓打つ女に汗の力瘤              森 靖子
      雨の日の赤子抱く腕汗ばめり           小島千鶴
      芝居果つ木偶の胴串汗みどろ           山本悦子
      面はづし汗拭く茶髪猿田彦            山本悦子
                   朝刊を配りて頬の汗つたふ            清原貞子
      汗垂れて山城までの九十九折           笹邉基子
      珠洲の塩味見て汗を拭ひけり           佐藤とみお
      溶接工汗の上汗滴らす              宇佐美こころ
      眼鏡押し上げて汗拭く通夜の僧          丹羽康碩
      曳売りのまづ汗拭ひ荷をおろす          篠田法子
      汗の目に地獄図の赤あふれたり          矢野孝子
      気前よくまけて汗拭く七味売           鈴木みすず
      一字づつ稿書く指に汗滲む            豊田紀久子
      汗の玉散らし腕振る測量士            三井あきを
      湯上りの児のすぐ汗の児となりぬ         小蜥テ民子
      袖で汗拭ひつつ吹く硝子玉            服部鏡子
      汗だくの児を抱く母の汗まみれ          服部鏡子
      予科練の名残の痣ぞ汗拭ふ            矢野孝子
      汗ばめり地下道長き大手町            伊藤範子
      再会の汗ばむ肩をたたき合ふ           奥山ひろ子
      縁切りの願掛け絵馬や汗あふる          鈴木英子
      二の腕で拭ふ大汗郵便夫             大嶋福代
      登り来て流るる汗に海の風            野ア和子
      汗滂沱釜の御塩を掻き混ぜる           富田範保
      新聞を読み終へはがす汗の肘           中斎ゆうこ

髪洗ふ、洗ひ髪

      鯖街道たどりその夜の髪洗ふ           山たけし
      掻きあげてはらりとおもし洗ひ髪         鈴木みや子
      象あまた見し昂ぶりの髪洗ふ           都合ナルミ
      百までは生きてと母の髪洗ふ           栗田せつ子

夏風邪

      夏の風邪夫の看取りに大マスク          山本正枝
      夏風邪におたふく豆の旅土産           中村たか
      夏風邪の鼻先重く稿継げり            国枝隆生
      夏風邪の粥に落せり能登の塩           山下智子

熱中症

      天井の染み伸び縮み熱中症            河原地英武

打水、水を打つ、水撒く

      打水のあとの静けさ花街跡            河原地英武
      水打つて法善寺横丁匂ひけり           福田邦子
      すぐ乾く路地にたつぷり水を打つ         高木佐知子
      山頭火句碑が打ち水はじきけり          下田静波
      寺男延命水を打ち水に              都合ナルミ
      苔に水打ちてひと日を終りたる          児玉美奈子
      山の宿流るるほどに水打てり           廣島幸子
      門川の水打つ朝の三之町             平松公代
      打ち水を渡りし風を貰ひけり           渡辺慢房
      路地挟む蔵元水を打ち合へり           佐藤とみお
      打ち水の風情清やかや法衣店           谷口千賀子
      旧街道朝の水打つ理髪店             谷口千賀子
      僧待てり土間に打水繰り返し           塩原純子
      打水の忽ち乾く地鎮祭              木村喜美子
      水打つや介護に少し空き時間           櫻井幹郎
      打水や腹立つときは遠くまで           櫻井幹郎
      小柄杓で妻小気味良く水打てり          中山敏彦
      来客を待てり二度目の水を打ち          八尋樹炎
      打ち水の匂ふ町家の通し土間           長江克江
      門川を板で堰止め打水す             角田勝代
      打水の泥に汚せし新鼻緒             丹羽康碩
      水打つて夜の始まる神楽坂            矢野孝子
      打水や路地に灯の入る先斗町           丹羽一橋
      打水の風を通せり仏の間             森 靖子

噴水、ふきみず、吹上げ

      一躍りして噴水の落ちにけり           河原地英武
      戦ぐことなき噴水や地下広場           櫻井幹郎
      噴水の天辺の水鴉飲む              服部萬代
      噴水や光のかけら空に舞ひ            龍野初心
      噴水のしぶき眩しき被爆の地           奥山ひろみ
      噴水の飛沫に少女近寄れり            日野圭子
      雨に濡れ噴水に濡れ女神像            富田範保

風鈴、風鈴売

      母恋へば軒の風鈴一つ鳴る            栗田やすし
      風鈴の下のびきつて仔犬寝る           栗田せつ子
      風鈴や茅の匂ひの合掌家             谷口悦子
      今年また陶の風鈴軒に吊る            大平敏子
      風鈴となる灼熱のガラス玉            篠田法子
      海恋ふて山風に鳴る貝風鈴            篠田法子
      鉄風鈴逝きて空き家の軒に鳴る          篠田法子
      風鈴やひそと過ぎたる夜の風           梅田 葵
      鍛冶町に音色たがへし軒風鈴           鈴木みすず
      妻逝きて風鈴の舌取れしまま           田畑 龍
      短冊は伊勢型紙や江戸風鈴            笹邉基子
      プレハブの飯場の軒に貝風鈴           渋谷さと江
      父逝きて空きし父の座軒風鈴           市原美幸
      みちのくの風鈴居間に馴染みたり         神尾朴水
      会話なき窓の風鈴よく鳴れり           菊池佳子
      ふいに鳴るしまひ忘れし江戸風鈴         菊池佳子
      風鈴の舌取れしまま錆びしまま          武藤けい子

釣忍

      夕風に抜くる路地(ろうじ)や軒忍        河原地英武
      釣忍揺るる茶房で友を待つ            加藤雅子
      花街の名残の路地や釣忍             石原筑波
      吊忍日矢に浮かびて艶めけり           中山敏彦
      母の忌の雨にしたたる釣忍            八尋樹炎
      銭湯の格子に揺るる釣忍             下山幸重
      吊忍谷中の路地の行き止まり           龍野初心
      釣忍煽りて風の吹き抜くる            矢野愛乃
      釣忍風かよふとき水匂ふ             伊藤範子

走馬燈、廻り灯籠

      遺されし児が見つめゐる走馬燈          金田義子

納涼(すずみ)、涼み台、涼む、川涼み、夕涼み、夜涼み

      湯上りて皆坊つちやんの間に涼む         中山敏彦
      鴨川の空に鳶舞ふ夕涼み             河原地英武
      雲の間に探す火星や夕涼み            関根切子

岐阜提灯

      岐阜提灯ともし古里遠きかな           栗田やすし

夏点前、朝茶、名水点、夏茶碗

      夏点前ガラスの茶器に水満たし          鈴木英子

扇風機

      扇風機唸る天守の二層の間            栗田やすし     前書き:彦根
      犬小屋の天井に吊る扇風機            工藤まみ
      休み鵜の小屋に大きな扇風機           栗田せつ子
      扇風機板間に唸る芝居小屋            二村美伽
      音立てて牛舎に唸る扇風機            横井美音
      唸り声止まず昭和の扇風機            伊藤旅悠
      扇風機廻る音のみ神事待つ            辻江けい
      採点の職員室の扇風機              奥山ひろ子
      産気づく牛へ大きな扇風機            中村たか
      銭湯のときどき止まる扇風機           関根切子
      うす暗き牛舎に唸る扇風機            佐藤とみお
      扇風機うなる天井桟敷かな            伊藤克江
      子等去りし居間で首振る扇風機          久保麻季
      時に音立てて古めく扇風機            武藤けい子
      読みふける手塚のまんが扇風機          井沢陽子

冷房、冷房車、クーラー

      駆け込めば男子一人や冷房車           河原地英武
      新着の俳誌を膝に冷房車             伊藤範子
      冷房や船弁慶に微睡めり             角田勝代

花氷、氷柱

      幼子が顔押し付くる花氷             上杉美保子
      氷柱を盥に寄席のはじまれり           佐々木美代子

冷蔵庫

      冷蔵庫突然唸る妻の留守             中山敏彦
      独り居や突然唸る冷蔵庫             井上靖代

扇、古扇、扇子、団扇、渋団扇

      縁日へ三尺帯に団扇差し             豊田紀久子
      室堂の郵便局に渋団扇              山下 護
      鵜篝の火種を熾す渋団扇             角田勝代
      北斎展出て広げたり絹扇子            谷口千賀子
      骨太の扇子せはしき笊碁かな           山下帰一
      休業の陶工房に渋団扇              武藤光リ
      熱の児に婆の団扇の余念なし           武藤光リ
      岐阜団扇つくる足半窓に吊り           都合ナルミ
      戦争画観つつ扇子の荒使ひ            伊沢陽子
      水郷の船に手擦れの渋団扇            金原峰子
      出番待つ女をあふぐ団扇かな           松井徒歩
      関取の団扇を置けるゆうべかな          松井徒歩
      病窓に青き島原うちは風             玉井美智子
      後れ毛に扇子の風の軟らかし           八尋樹炎

更衣

      警官の腕に入墨更衣               若林美智子
      ポケットの砂を叩きて更衣            奥山ひろ子
      みちのくに住みて二年や更衣           近藤文子
      独り居を頑固に通し更衣             上田博子
      日々茫々いつとはなしに更衣           鈴木みや子
      校庭の明るし今日の更衣             山下美恵
      更衣して浮世絵の前にたつ            加藤都代
      女生徒の声の明るし更衣             加藤元通
      更衣マネキン一糸纏はざる            岸本典子
      マネキンの赤きサンダル更衣           岸本典子
      父の書く職歴長し更衣              河原地英武
      野良着にも好みを通す更衣            内田陽子
      ブラウスを少し派手めに更衣           日野圭子
      マネキンの襟ぐり深し更衣            三井あきを
      樟脳のにほふ茶箱や更衣             三井あきを
      形見なる服捨てられず更衣            安藤幸子
      一人居の八十路を生きて更衣           牧 啓子
      くるぶしの錆ゆく齢更衣             松井徒歩
      平成をぬぎすつるごと更衣            山ア育子
      抽斗に残る母の香更衣              川島和子

夏衣、夏着、夏姿

      剃りあとの青き尼僧や夏衣            岡部幸子
      糸弾き襟を替へたり夏ごろも           三井あきを
      門前で試着して買ふ夏の衣            近藤きん子
      藍深し琉球織りの夏衣              日野圭子
      クールビズ着て天丼を頬張れり          渡辺慢房
      笑ふ児の夏着の柄はさくらんぼ          武藤光リ

夏服、麻服

      括り女の夏服鹿の子絞りかな           丸山節子
      夏服の少年見する歯の皓(しろ)さ        清水弓月
      プリントの音符が躍る夏の服           坪野洋子

夏シャツ、ポロシャツ、白シャツ

      Tシャツの力士仔犬とたはむるる          森 靖子
      夏シャツをゆるやかに着てクラス会        清水弓月
      父の遺影抱く少年の白きシャツ          上杉和雄
      白シャツでふるへて待てりご来光         藤田映子

半ズボン、ショートパンツ

      半ズボンはいてか細き父の脚           関根切子

アロハ、アロハ着る

      個展への寸志アロハのポケットに         櫻井幹郎
      潮の香のデッキに吊すアロハシャツ        内田陽子

レース

      十姉妹軒端に鳴かせレース編む          伊藤旅悠
      朝弥撒へ農婦の白きレース服           磯田なつえ
      軽やかにレースを走る裁ち鋏           太田滋子

夏帽子、夏帽、麦藁帽、カンカン帽

      夏帽子課外授業の子らの列            辻 桂子
      夏帽子少し押し上げ風入るる           月光雨花
      新しき麦藁帽に風の音              山田悦三
      夏帽を押へ蔵王の釜覗く             神谷洋子
      夏帽子行き交ふ高原駅舎かな           森 敏子
      夏帽を濡らして伊豆の雨あがる          栗田せつ子
      ラ・マンチャの風にとばせり夏帽子        栗田せつ子
      生簀箱手繰る女の日除帽             舩橋 良
      髪結ふて忘れてゆきし夏帽子           熊谷タマ
      大道芸投銭受くるパナマ帽            益田しげる
      夏帽子触れあふ内緒話かな            河原地英武
      思ひ出の逗子へは寄らず夏帽子          櫻井幹郎
      夏帽子被りなほして富士仰ぐ           宇佐美こころ
      船長(キャプテン)の夏帽子置く父の棺      山ア育子
      着物の娘カンカン帽で闊歩せり          天野アイ子
      夏帽子抑へ吊り橋渡りけり            小原米子
      自転車の尼僧の黒き夏帽子            市原美幸
      網棚に取り残されし夏帽子            渡辺慢房
      道化師の鼻に立ちたる夏帽子           渡辺慢房
      ダンディーと云われ米寿の夏帽子         岸本典子
      夏帽を目深にモンロー歩きかな          河村惠光
      白髪また増えて父似や夏帽子           伊藤範子

羅、絽、紗

      碧眼の僧羅の裾さばき              豊田紀久子
      羅の尼僧に会へり数寄屋橋            佐藤とみお
      羅や若き尼僧のペンダント            古賀一弘
      羅に風はらませて芝居見に            谷口千賀子
      うすものの女運べる京料理            小島千鶴
      羅に巾着提げし京男               兼松 秀
      羅の背筋伸ばして点前かな            川島和子

甚平、甚兵衛

      夕風や甚平を着てポストまで           栗田やすし
      甚平の赤子や前歯生え初むる           花村富美子
      さくらんぼ柄の甚平嬰に届く           石川紀子
      甚平や親しき友をみな亡くし           森 靖子
      甚平着て碧き眼の聟胡座かく           金田義子
      甚平を着て故里の山仰ぐ             山口耕太郎
      甚平着て何故か落ち着く齢かな          田畑 龍
      甚平の紐結び合ふ幼かな             金原峰子

すててこ

      住職のすててこ親し盆の寺            倉田信子
      花柄のすててこ干せり相撲部屋          関根切子

浴衣、初浴衣、藍浴衣

      浴衣着て漱石偲ぶ道後の湯            栗田やすし
      浴衣着て坊つちやん列車見にゆけり        上田則子
      糊こはき浴衣の襟や山の宿            中野一灯
      茶を酌めり家族揃ひの宿浴衣           牧田 章
      古稀の友浴衣小粋にチャチャ踊る         岸本典子
      藍浴衣結ひあげし髪艶やかに           菊池佳子
      浴衣着て姉妹のごとき親子かな          中村あきら
      湯畑やつんつるてんの宿浴衣           千葉ゆう
      児へ贈る浴衣に泳ぐ金魚柄            石川紀子
      着替へたる浴衣へ通す浜の風           田畑 龍
      髪を編む十指しなやか藍浴衣           伊沢陽子
      浴衣着て座敷わらしの話聞く           国枝洋子
      浴衣着て都大路を大股に             河原地英武
      湯浴みして嬰の浴衣の金魚柄           武藤光リ
      ズームにて科(しな)作る児や初浴衣       武藤光リ
      たれ待つや浴衣の袖を胸に抱き          金田義子

木布、生布、上布、芭蕉布

白重、白衣

      検校の塚に白衣(しらえ)の霊媒師       武藤光リ

白服

      白服の女生徒さんざめくホーム          小蜥テ民子

白絣、白地

      風筋に白絣吊る蚤の市              福田邦子
      白地着て八百屋の主値札書く           伊藤範子

夏帯、単帯

      夏帯を結び背筋を伸ばしけり           牧 啓子
      凛として芸妓の黒き単帯             朝比奈照子
      和太鼓の五人きりりと単帯            櫻井幹郎
      夏帯を締めて母似の姉妹             市原美幸
      ウインドに夏帯映し人を待つ           矢野孝子

簡単服、あっぱっぱ

      褐色の写真の母のあつぱつぱ           渡辺慢房
      制服のやうに母着しあつぱつぱ          武藤けい子
      二回目の接種済みしとアッパッパ         佐藤とみお

夏足袋、単足袋

      自転車の夏足袋まぶし修行僧           牧 啓子

夏手袋

      地図の上夏手袋の指辿る             渡辺慢房

白靴

      白靴を提げて浅瀬を渡り切る           栗田やすし
      連休や白靴洗ふ兄妹               木全一子
      退院の友の白靴煌めけり             菊池佳子
      ペンギンのごと白靴の嬰歩く           山本光江
      白靴の結び目固く癒ゆる母            奥山ひろ子
      白靴の生徒会長朝礼台              河村惠光

夏布団、麻布団、夏掛、薄掛、タオル掛

      太腿に挟みて軽き夏布団             渡辺慢房

裸、裸身、裸子

      攻め焚きの煤はりつける裸身かな         武田稜子
      柔らかく弾む裸子手に受くる           上杉美保子
      裸子の踵くすぐる波の泡             小田二三枝

跣足、裸足

      復帰の日素足で歩く珊瑚浜            栗田せつ子
      跨がりて欄間荒彫る素足かな           小蜥テ民子
      渡し待つ流れに素足遊ばせて           小蜥テ民子
      ゲルニカに跣の女ばかりかな           矢野孝子
      ペディキュアの少し派手めの素足かな       幸村志保美
      行進の子らの素足の美しき            磯田なつえ

日焼、潮焼、日焼止め

      メモを取る巡査指まで日焼けして         河原地英武
      車椅子押す二の腕の日焼かな           松原和代
      イヤリング肩に揺れゐる日焼顔          小原米子
      慰霊碑を撫づる日焼けの腕伸ばし         都合ナルミ
      コックスの日焼の乙女声張れり          佐藤とみお
      御旅所へ日焼けの巫女のかけこめり        市江律子
      日焼けの子西行水に足浸す            岸本典子
      農学生日焼の腕に時計跡             太田滋子
      日焼けの子髪の先まで日の匂ひ          上杉美保子
      くつきりと鼻緒の痕や日焼の子          武藤光リ
        ぬかるみを跳び合つてゐる日焼けの子       川端俊雄
      島行きの艇に跳び乗る日焼けの娘         山下善久

夏休み

      幼子の歯みがき日記夏休み            小蜥テ民子
      隣家より朝の音読夏休み             市原美幸
      本堂に子らの画展や夏休み            市原美幸
      夏休み長き廊下を車椅子             牧田 章
      遊具みな塗り替へてゐる夏休み          篠田法子
      夏休み人で膨らむ天安門             大石ひさを
      夏休み朝より学習塾灯る             日野圭子
      幽霊画に見入る子泣く子夏休み          上杉和雄
      貝殻を箱いつぱいに夏休み            井沢陽子
      夏休み子等の狂言声そろふ            市江律子
      夏休み児と読み合へる昆虫記           松平恭代
      夏休み地球儀を見に丸善へ            山田万里子

昆虫採集、捕虫網

      捕虫網橋より森にかくれけり           山たけし
      床の間に捕虫網立て児の熟寝           山たけし
      フロントに虫捕網や山の宿            利行小波
      一筋の藻の乾きたる捕虫網            荒川英之
      捕虫網書斎の窓を突(つつ)きけり        河原地英武

箱眼鏡、覗眼鏡

      梅花藻の川辺に干さる箱眼鏡           野島秀子

虫送り、虫追ひ、実盛祭

      藁馬の耳は枇杷の葉虫送り            河合義和     *前書き 祖父江虫送り

誘蛾灯

      迫りくる夜気生臭し誘蛾灯            河原地英武
      誘蛾灯照らす機屋のなまこ壁           伊藤範子
      またの世の闇蒼からむ誘蛾灯           川端俊雄
      途切れなき音の無機質誘蛾灯           武藤光リ

鵜飼、鵜篝、鵜籠、鵜川

      投網打つ昼の鵜川のかがやきに          栗田やすし
      鮎を獲し老い鵜流れに身をまかす         栗田やすし
      怠けゐる鵜なりや早瀬下るのみ          栗田やすし
      担はれて籠の疲れ鵜声立てず           栗田やすし
      鳥屋の灯を消してより鵜の寝静まる        栗田やすし
      川上の空明かりして鵜舟現る           栗田やすし
      鵜篝の靡くを祖なる火と思ふ           栗田やすし
      激つ瀬にわが鵜と定め目離さず          栗田やすし
      疲れ鵜を仕舞ふ篝の火屑浴び           栗田やすし
      蚊帳囲ひして疲れ鵜を眠らする          栗田やすし
      休み鵜が嘴噛み合はせ睦み合ふ          栗田やすし
      鵜供養の舳先に焚けり昼篝            小蜥テ民子
      篝火に猛り荒鵜が籠たたく            安藤虎杖
      宴舟真闇に残し鵜舟去る             安藤虎杖
      盲ひ鵜の嘴こじ開けて水飲ます          栗田せつ子
      篝火に鵜が吐きし鮎きらめけり          栗田せつ子
      病める鵜に泥鰌一匹づつ与ふ           栗田せつ子
      青竹をつぎ足し鵜籠繕へり            栗田せつ子
      丈草の別れ岩より鵜舟発つ            谷口千賀子
      鵜飼果て老鵜大きくはばたけり          谷口千賀子
      竹藪を照らして過ぐる鵜飼舟           都合ナルミ
      疲れ鵜の濡れ羽舳に拡げけり           都合ナルミ
      カンテラに仕舞鵜飼の蓑畳む           都合ナルミ
      鵜仕舞の竿にみどりのひとところ         都合ナルミ
      鵜篝の闇揺さぶつて近づき来           二村美伽
      鉄匂ふ篝火鵜川に漬けし時            長谷川郁代
      鵜篝の薪香りくる宿の朝             河合義和
      朝まだき鳥屋へ鵜匠の深き礼           河合義和
      鵜の篝荒瀬の波に大揺れす            兼松 秀
      疲れ鵜の首摺り合はす夜の鳥屋          小田二三枝
      絡まりし鵜縄解く手の早さかな          鈴木紀代
      昂ぶれる鵜の喉をなでなだめをり         水野時子
      鵜篝に薪足す火の粉撒き散らし          丹羽康碩
      疲れ鵜の背撫で首撫で励ませり          森田とみ
      桂林や竹の筏の鵜飼舟              新川晴美
      鵜の和毛岩に張りつく船着場           村瀬さち子
      初鵜飼藍の匂へる鵜装束             尾関佳子
      鵜飼待つ間や山肌に夕日映ゆ           小島千鶴
      疲れ鵜の羽広げ干す鳥屋の庭           服部鏡子
      足半の鵜匠早足夕川原              平松公代
      篝火の消えし鵜川の闇匂ふ            山本光江
      料亭に灯のともりたる鵜川かな          鈴木みすず
      ミッキーの手提げ小脇に女鵜匠          鈴木みすず
      初鵜飼女鵜匠のつけまつげ            市原美幸
      残照の鵜川ゆつくり屋形船            坂本操子
      篝火に鵜匠の顔のほてりかな           磯田なつえ
      川風に女鵜匠の声清し              奥山比呂美
      火の粉浴び鵜縄さばきの極まれり         小長哲郎
      潜く鵜に篝の火屑降り注ぐ            熊澤和代
      鵜飼舟早瀬に火の粉た走らせ           武藤光リ
      篝火の熾の崩れて鵜飼果つ            武藤光リ
      川風に爆ぜて篝火鵜を照らす           武藤光リ
      篝火に気負ふ鵜匠や総がらみ           武藤光リ
      目に痛し鵜の食み痕の残る鮎           武藤光リ
      闇を出て闇に戻りぬ鵜飼舟            伊藤旅遊
      疲れ鵜の水の匂ひをまとひけり          山本悦子

夜振、夜振日、川照射(かわともし)、夜焚(よたき)

      夜振鮎提げきし夫の頬ゆるび           上田博子
      少年の面をこがす夜振の火            長江克江
      対岸の闇揺らしけり夜振りの火          中野一灯

梁、梁打つ、梁瀬

      行く水ののびやか簗場過ぎてより         小柳津民子
      水神に切幣散らし簗打てり            伊藤旅遊
      枝先の鳶が見下ろす柳瀬かな           福田邦子
 

暑気中り、暑に負ける

      口開けて肩で息する暑気中り           矢野愛乃
      暑気中り終日家に隠りけり            下山幸重
      暑に負けし身を仰向けに歯科の椅子        熊澤和代
      飯粒の口に粘れり暑気中り            梅田 葵

夏痩、夏負け、夏やつれ

      夏負けや水よく吸へる三時草           河原地英武
      夏痩せを知らぬ女で通しけり           井沢陽子

山開

      山開き地酒の銘は苗場山             山下智子
      穂高背に開山祭のホルン鳴る           小田智子
      護摩焚の煙の太し山開              中村たか
      日を浴びて切幣舞へり山開き           藤田岳人
      山開一位の枝で祓はるる             平松公代
      穂高嶺へホルン響けり山開            中野一灯
      年毎に歩幅縮まる山開              中野一灯
      山伏の一太刀に山開きけり            佐藤とみお

海開

      蛸焼に塩のききゐる海開             片山浮葉
      列なして漁船祓はる海開             牧野一古
      ヘリコプター花束落す海開            廣中美知子
      禰宜の声波が掻き消す海開き           篠田法子
      海開き近き槌音小屋普請             中野一灯

海の家

      看板に筆太の誤字海の家             伊藤旅遊

プール

      女教師の臍をみな見しプールかな         櫻井幹郎
      にこやかに浮く貴婦人の夜のプール        櫻井幹郎
      幼稚園プールの底に絵のイルカ          森 靖子
      一筋の光プールの底照らす            利行小波

カヌー

      カヌー漕ぐ真上巣立ちの尾白鷲          都合ナルミ

ヨット、ヨットレース

      余る風斜めにいなすヨットの帆          小長哲郎

ボート

泳ぎ、水泳、遠泳、浮袋

      父の胸目指す浮輪の兄おとと           伊藤範子
      クロールの子がまん丸の口開く         河原地英武

サーフィン、サーファー、波乗り

      サーファーに波のトンネル太平洋         武藤光リ
      サーファーの影絵の如く波に立つ         武藤光リ

登山、登山靴、山小屋、ザイル、登山帽

      落伍せし友の足揉む登山宿            岩本千元
      登山の子靴紐固く結ひ直す            太田滋子
      白杖を手に霧ごめの登山道            牧田 章
      湧水に浸して被る登山帽             藤田岳人
      頂上の見えて重たき登山靴            内田陽子
      登山靴もう履かぬとは思へども          加藤ゆうや

ポッカ、歩足

キャンプ、テント、キャンプの夜

      テント張り冷水配る爆心地            栗田やすし
      キャンプの火昔の恋の話など           渡辺慢房

帰省、帰省子

      鈍行を木の椅子で待つ帰省かな          渡辺慢房
      地べた古る土間へ帰省のハイヒール        櫻井幹郎
      帰省子のまづ飲み干せり紫蘇ジュース       玉井美智子
      ただ白き一筋の道帰省かな            下里美恵子

土用灸、焙烙灸、土用艾(もぐさ)

      両膝に八十路半ばの土用灸            栗田やすし
      焙烙灸熱し念仏自づから             神尾朴水
      土用灸庫裡の煮炊きに男衆            神尾朴水
      大方は善女の集ひ土用灸             神尾朴水
      支へ持つ腕のしびれや焙烙灸           安藤幸子
      息止めて焙烙灸の着火待つ            佐藤とみお
      古畳のへこみによろけ土用灸           中斎ゆうこ
        

避暑、避暑地、避暑の宿

      避暑終る積丹ブルー黄昏れて           米元ひとみ

暑気払ひ

      もつ鍋を老舗に食べて暑に耐ふる         角田勝代
      暑気払ひ昼酒飲みて眠りをり           山本法子
      素人の落語に笑ふ暑気払ひ            野村君子
      にが瓜を佃煮にして暑気払            倉田信子
      厨床ひたすら磨き暑に耐ふる           鈴木真理子
      暑気払ひ鰻ぶぶ漬け食べもして          山下智子
      熱きもの熱く食して暑気払ひ           朝比奈照子
      耳見ゆるほど髪切つて暑に耐ふる         太田滋子
      奪衣婆の胸乳あらはに暑に耐ふる         篠田法子
      暑に耐ふる盲導犬の息忙し            中野一灯
      暑に耐ふる災害報道眼裏に            武藤けい子
      快勝の棋譜並び見て暑気払ひ           堀 一之
      夏負けの顔を鏡に髪を梳く            服部鏡子

暑中見舞、夏見舞

      夏見舞切手に海の色選ぶ             幸村志保美
      風呂敷の耳揃へをり暑気見舞           山 たけし
      アルプスの山頂で出す夏だより          小島千鶴
      夏見舞一万尺でしたためり            金田義子
      トマトの絵はみ出す暑中見舞かな         菊池佳子
      滲みたる友の癖字や夏見舞            新井酔雪

夏館

      夏館木偶ひと息に逆上がり            大嶋福代

夏座敷

      高野川瀬音ひびかふ夏座敷            児玉美奈子
      読経する声良く透る夏座敷            中津川幸江
      川風も声も筒抜け夏座敷             中本紀美代
      大の字に寝て本を読む夏座敷           安住敦子
      どの家も川風入れて夏座敷            二村美伽
      自在鉤揺るる陣屋の夏座敷            武藤光リ
      茶箪笥の漆光りや夏座敷             上村龍子
      花嫁のれん飾る老舗の夏座敷           牧 啓子
      火の島を借景にして夏座敷            斎藤眞人
      細身なる一茶の句軸夏座敷            鈴木真理子
      三味で聞く三国の小唄夏座敷           中山敏彦
      解く帯に猫の纏はる夏座敷            鈴木英子

夏の灯

      夏の燈の洩るる町家の細格子           上村龍子

日除

      初生りの日除けのゴーヤ拳ほど          大倉カツ江
      網つくろふ大漁旗を日除けとし          金田義子
      出格子に瓢箪這はす日除かな           岡田佳子

日傘、日からかさ、パラソル

      人力車降りて開きぬ白日傘            栗田やすし
      赤信号妻の日傘の影に入る            栗田やすし
      雨傘の日傘に変はり棺送る            小原米子
      帰り来て熱たたみ込む日傘かな          小原米子
      身籠りし子の大振りの日傘かな          小原米子
      氷穴へ日傘杖とし潜りけり            牧 啓子
      日傘もて防げり鯱の大飛沫            桜井節子
      ぼけ封じ詣でて日傘忘れ来し           上杉美保子
      合掌家描く片手に日傘差し            兼松 秀
      白日傘大きく振つて渡船呼ぶ           二村美伽
      木綿着て使ひ馴れたる白日傘           伊藤克江
      白日傘富士五合目の混み合へり          長谷川久恵
      湘南の海みる日傘夫へ差す            工藤ナツ子
      白日傘縁結び石そつと撫づ            野島秀子
      折りたたむ日傘に残る温みかな          大島知津
      実習船発つや埠頭の白日傘            内田陽子
      八橋に独りたたずむ白日傘            武藤光リ
      日傘ごと反りて大仏仰ぎけり           中斎ゆうこ
      白日傘閉ぢて接種の列につく           伊藤範子
      足裏を日向に伸ばし砂日傘            田嶋紅白
      遠ざかるために開きし日傘かな          渡辺かずゑ

木布、生布、上布、芭蕉布

      蜘蛛の糸ほどの麻糸上布織る           小島千鶴

サングラス

      人に逢ふまでの色濃きサングラス         栗田やすし
      サングラス三途の川を渡りけり          栗田やすし
      山頂の雲の迅さよサングラス           奥山ひろ子
      サングラス外して飲めり延命水          奥山ひろ子
      潮の香や視力なき目にサングラス         牧田 章
      跡目継ぐ若き僧なりサングラス          岡野敦子
      サングラスして妻少し若やげる          丹羽康碩
      デイケアに出かくる父のサングラス        荒深美和子
      サングラス掛けて口紅濃く差せり         鈴木みすず
      サングラス外して見上ぐピラミッド        横井正子
      特攻の遺書に腕組むサングラス          八尋樹炎

ハンカチ、汗巾(あせふき)、汗拭ひ

      無言館ハンカチーフを握りしめ          石原進子
      ハンカチに妣の刺繍の頭文字           三井あきを
      ハンカチをたたみ直して人待てり         中斎ゆうこ
      ハンカチに包む貝殻女の子            野ア和子

新茶、走り茶、新茶あまし

      新茶汲む淡きみどりを滴らせ           栗田やすし
      新茶摘む足許に藁敷かれあり           山鹿綾子
      二人居の黙しゐるのみ新茶汲む          国枝隆生
      新茶汲む終の一滴振り切つて           国枝隆生
      新茶蒸す厨の窓を開け放ち            渡辺久美子
      喪ごころにふふむ手揉み茶甘かりし        上田博子
      和菓子添へ新茶届けり誕生日           上田博子
      走り茶の口に転がる甘さかな           坪野洋子
      茶畑に囲まれ新茶商へり             矢野愛乃
      父母に供へて朝の新茶飲む            鈴木真理子
      たんねんに針となるまで新茶揉む         金田義子
      新茶酌む土産の干菓子開かむと          森川ひろむ
      封切つてしばし新茶の香に憩ふ          中野一灯
      新茶汲む新元号に少し慣れ            服部鏡子
      新茶汲むワクチン接種二回終へ          栗田せつ子

古茶

      古茶淹れて夫婦向き合ふ三時かな         安藤幸子

葛切、葛練り

      葛切りや木々の影透く江戸切子          三井あきを

白玉

      白玉を妻出し呉れしテレワーク          河原地英武

蜜豆

      蜜豆や門限過ぎし子を待ちて           奥山ひろ子
      恋神籤見せて笑ふ娘蜜豆屋            武藤光リ

水羊羹

      竹筒に光るしづくや水羊羹            貫名哲半
      僧堂の句会半ばの水羊羹             牧野一古

ラムネ、サイダー、レモン水、清涼飲料水

      海の風抜くる茶店やラムネ飲む          中村修一郎
      雑貨屋の土間にラムネの泡零す          河原地英武
      湧水で冷やせしラムネ回し飲む          牧 啓子
      あれこれで通ずる会話レモン水          武山愛子
      少女らの弾ける笑顔ソーダ水           上杉和雄
      サイダーの弾くる音を飲みほせり         関根切子
      梅花藻の流れに沈めラムネ売る          森 靖子
      単語帳肌身離さずソーダ水            渡辺慢房
      仲見世の裏リヤカーでラムネ売り         山本悦子
      立飲みの冷しラムネや佃路地           鈴木みすず
      ラムネ売首に皺くちや豆絞り           森垣一成
      人魂に遭ひたる話ソーダ水            河原地英武
      天守閣仰ぎて鳴らすラムネ玉           金原峰子
      ラムネ飲みガラスの玉を鳴らしみる        中山敏彦
      ビー玉の位置たしかめてラムネ飲む        下山幸重
      ラムネ抜く音や昭和のなほ遠し          下山幸重
      ソーダ水モネを観てきし昂ぶりに         牧野一古
      丸まりし手帳の付箋ソーダ水           奥山ひろ子
      ラムネ飲む一口ごとに玉鳴らし          齊藤眞人
      ラムネ栓抜く子の小さきちから瘤         丹注N碩
      百点を広ぐる吾子やソーダ水           川島和子

氷菓、アイスクリーム、小倉アイス

      夕空に翳し齧れりアイスバー           河原地英武
      椅子の背に白衣引つ掛け氷菓舐む         二村美伽
      ラベンダーの風邪をうなじに氷菓食ぶ       山本光江
      喜寿近き人には見えず氷菓食ぶ          加藤元通
      子返りの母と並びてアイス舐む          高橋幸子
      氷菓食ぶ少女の一重まぶた褒め          矢野孝子
      夫の愚痴氷菓舐めつつ聞いてをり         八尋樹炎
      銀の匙曇らせ氷菓つつきをり           小島千鶴

アイスティー、アイスコーヒー

      音立てゝ氷が動くアイスティー          二村美伽

氷水、夏氷、みぞれ、すい

      ネクタイを外す学生かき氷            河原地英武
      参道に椅子はみ出して氷水            河原地英武
      笑ふたび氷屋の椅子軋みけり           河原地英武
      チャンネルは五輪に合せ夏氷           河原地英武
      ぞんざいに置く腕時計かき氷           河原地英武
      六道の辻で飲みたる氷水             尾関佳子
      小さき手にそつと手渡すかき氷          太田滋子
      はんなりと抹茶に染まるかき氷          奥山比呂美
      天守より降りて一人のかき氷           山口耕太郎
      縁台の二人の距離やかき氷            渡辺慢房
      発病のことは話さずかき氷            森 靖子

砂糖水、水売

      物食へぬ父に一さじ砂糖水            横森今日子

麦こがし、麦炒粉、はったい

      ふるさとの母より便り麦こがし          石原筑波
      麦こがし囓りて母を想ひけり           横井美音
      飛騨の旅夫へみやげの麦こがし          角田勝代

麦湯、麦茶

      からくりの童子麦湯を運び来る          伊藤旅遊
      下校の子喉を鳴らして麦茶飲む          熊谷タマ
      帰国の子まづ一杯の麦茶かな           利行小波
      とつとつと戦争語り麦茶酌む           野島秀子    *とつとつのとつは繰り返し記号
      虫封じ終へたる巫女が麦茶のむ          片山浮葉
      ボヘミアングラスに麦茶透き通る         中村あきら
      潮風の匂ふ生家や麦茶のむ            山口耕太郎
      経をへし僧は一気に麦茶干す           武田明子

甘酒、一夜酒

      甘酒や富士に真向かふ天下茶屋          佐藤とみお
      茶屋で聞く与五郎悲話や一夜酒          太田滋子
      一夜酒その冷たさを好みけり           梅田 葵

心太

      ひと言を胸にをさめて心太            国枝洋子
      食細き母に勧めし心太              鈴木澄枝
      心太突けばほのかに檜の香            予後玲子
      幼き日母とすすりし心太             森 妙子
      心太輝きながら突かれけり            奥山比呂美
      心太廃業決めし茶屋の椅子            武藤光リ
      心太食うて八十路の心意気            武藤光リ
      酢に咽せて児に労はるる心太           安藤幸子
      子と交す人生論や心太              渡辺慢房
      心太啜るワクチン打ち終へて           下里美恵子
      答無き介護の日々や心太             大島知津
      

冷奴、冷豆腐

      妻の留守昼は冷奴で済ます            栗田やすし
      冷奴くづして食ぶる一人の餉           山本法子
      すててこが似合ふ齢なり冷奴           山原勇人
      子等去つて夫と無言の冷奴            牧 和代
      居酒屋で子と汲む酒や冷奴            大橋幹教
      冷奴柾目の著き利休箸              佐藤とみお
      冷奴胡坐で父と酌みし日よ            国枝隆生
      染付の鯉の箸置き冷奴              山下帰一
      冷奴かえでの一葉添へにけり           利行小波
      物忘れ重なる夕べ冷奴              梅田 葵
      冷奴老いて譲らぬ者同士             小長哲郎
      冷奴さらりと嘘の言へる人            森 靖子
      杉箸は木曽の土産よ冷奴             坪野洋子

冷汁、冷し汁、煮冷し

      広き家狭く暮らして冷し汁            牧野一古
      ブランチは祖母伝来の冷し汁           中村あきら

冷麦、冷素麺、冷麺

      冷麦や吾妹の肩に種痘痕             河原地英武
      死後託す話の出でて冷素麺            梅田 葵
      青竹の匂ふさうめん流しかな           武田稜子
      瀬戸内の風にさうめん乾ききる          岸本典子
      音たててさうめんすするひとりかな        森 妙子
      素麺に一すぢの紅母は亡し            角田勝代

夏料理

      どんぶりは裏藪の竹夏料理            森 靖子
      箸置きに風の一文字夏料理            森 靖子
      篠竹に小さき雨音夏料理             長江克江
      一錠の食後の薬夏料理              櫻井幹郎
      川風の通ふ貴船や夏料理             小長哲郎

船料理、生簀船

      船料理今宵座に敷く救命具            大嶋福代

伽羅蕗、伽羅蕗煮る

      雨音に伽羅蕗焚いて居りにけり          八尋樹炎

土用蜆

      味噌少し濃いめの土用蜆汁            日野圭子

泥鰌鍋、泥鰌汁、柳川鍋

      白髪の同窓会や泥鰌鍋              八尋樹炎
      どぜう鍋検査の呪縛とけし夜           横森今日子
      どぜう鍋老舗の床の黒光り            丹羽一橋
      どぜう鍋追加の葱を山盛に            横井美音

梅酒、梅酒漬ける

      天窓のひかり差しこむ梅酒壜           清水弓月
      遺されし母の梅酒の琥珀色            熊澤和代
      氷片のころんと鳴れり夜の梅酒          坪野洋子
      娘(こ)には娘の子育て論や梅酒酌む       山本光江
       

焼酎、泡盛

      仏壇の父と泡盛酌み交はす            江口ひろし
      梅焼酎古りし付箋を張り替ふる          伊藤範子
      生で焼酎呷りし彼奴先立てり           中野一灯

ビール、ビヤホール

      Gパンの僧と酌み合ふ生ビール          藤田岳人
      地麦酒や船板塀のレストラン           奥山ひろみ
      七七忌遺影の父にビール注ぐ           市原美幸
      生ビール来て訳もなく乾杯す           服部鏡子
      コンサート終へ地下街の生麦酒          奥山ひろ子
      草臥れし背広は椅子にビヤホール         河原地英武
      献杯のビールの苦さクラス会           松岡美千代
      キックオフ待たずに干せり生ビール        矢野孝子
      缶ビール空けて一番星を待つ           酒井とし子

冷酒、冷し酒

      一口の冷酒に酔へり昼下り            菊池佳子
      職探す話などして冷し酒             豊田紀久子
      長生きの話などして冷し酒            豊田紀久子
      酔ふほどに恋の話や冷し酒            下里美恵子
      信念を秘して寡黙や冷酒酌む           矢野孝子
      

豆飯

      まろやかに炊きたる嫁の豆ご飯          熊谷タマ
      朝採りの大粒小粒豆の飯             廣島幸子
      母恋うて炊く三度目の豆の飯           国枝洋子
      悪妻の塩加減良き豆の飯             渡辺慢房
      子等の来て一日の早さ豆ご飯           音頭恵子

鮓、鮨、鮓漬くる

      鮨食べに鈍行列車乗り継いで           岸本典子
      鯖鮨や若狭塗箸蒼光り              石崎宗敏
      鮓握る乙女小さく髪結び             奥山ひろ子

納涼、(すずみ)、縁涼み、川涼み、庭涼み、涼み船

      杉の香の太き欄干川涼み             河原地英武

川床、床涼み、貴船川床

      むき出しの腕にしぶき貴船川床          河原地英武
      大粒の雨来て川床の早仕舞            河原地英武
      夕風に提灯ゆるる川床座敷            黒田昌子
      青竹の手摺にしぶき川床料理           鈴木紀代
      水音に声かき消され川床料理           二村美伽
      昏れ残る山むらさきに貴船川床          丹羽一橋
      対岸の鹿と目の合ふ貴船川床           河合義和
      提灯の明り連なる貴船川床            伊藤範子
     

船遊、舟遊山

      柴又の灯の揺れ通し船遊び            武藤光晴
      国宝の城を仰ぎて舟遊び             近藤きん子
      遊船にいまローレライの崖せまる         山口茂代
      遊船の名前はうらら被爆川            幸村志保美
      木曽川の晴れて遊舟行き交へり          日野圭子
      国宝の城の下まで舟遊び             平松公代

網戸

      跡継ぎの話網戸に風入れて            金原峰子
      写経する網戸越しなる風入れて          安藤一紀

葭戸、葭障子、葭屏風

      夫と声合はせて替ふる葭障子           都築恭子
      葭屏風立てて海辺の文学館            安藤幸子

葦簀、葦簀茶屋

      待合に大き葭簀や診療所             二村美伽
      葭簀張る炭焼小屋に塩の飴            野島秀子
      大楠の蔭に葦簀の能舞台             武藤光リ
      朝採りの貝売る婆や葭簀影            武藤光リ
      仲見世や葭簀正して店開く            武藤光リ     *淺草鬼灯市
      葭簀立て駅のホームに露天風呂          森 靖子
      葭簀茶屋壁の品書赤茶けて            新井酔雪

夏暖簾、麻暖簾

      路地裏に氷挽く音夏のれん            関根切子
      一期一会染め抜く坊の麻のれん          上村龍子
      厠にも吊す藍染夏のれん             石橋忽布

青簾、玉簾、葭簾、古簾、簾

      飴色となりし仏間の竹簾             安藤幸子
      ビル裏に残る家並古すだれ            櫻井幹郎
      本郷に仕舞屋多し青簾              石原筑波
      拝所へ榕樹の気根簾なす             平松公代
      荷より先づ簾取り出す朝市女           篠田法子
      青すだれ揺れて庫裏より人の声          澤田正子
      昼の灯の洩るる祇園の軒簾            坪野洋子
      青簾捲き上げてあり巫女溜り           武田稜子
      掛け替へて風鮮しき青簾             熊澤和代
      巻き上げしままの簾や生家古る          伊藤範子
      軒すだれ吊れば海風ささ揺らす          野ア和子

籐椅子

      浅間山へ向きし籐椅子辰雄の居          後藤邦代
      籐椅子の凹みにふれて父恋へり          鈴木真理子
      籐椅子に読みをり碧梧桐百句           中川幸子
      籐椅子に遠来の友くつろげる           松本恵子
      小気味良きまでのざざ降り籐寝椅子        熊沢和代
      籐椅子に介護疲れの身を沈む           下里美恵子

竹床几

簟(たかむしろ)、籐筵、花茣蓙

      花茣蓙に姉妹腹這ひまんが読む          豊田紀久子
      花茣蓙に羽二重団子香ばしき           長崎眞由美

寝茣蓙、寝筵

      さはさはとベランダに風寝茣蓙干す        田畑 龍

ハンモック、吊床、寝網

      ハンモック揺らし六十代終る           栗田せつ子
      星々をめぐる童話やハンモック          渡辺慢房
      木漏れ日や踵の覗くハンモック          渡辺慢房

蝿取器、蠅取紙、蝿取リボン

      蠅取紙まとめ買ひして山荘へ           尾崎 孝
      作業場に蠅取りリボン石材店           佐藤とみお

蠅叩

      蠅叩きもて客招く朝市女             栗田やすし
      一人居の枕辺に置く蠅叩             兼松 秀
      住み慣れて吊せし侭の蠅叩            益田しげる

蚊遣、蚊火、蚊遣香

      朝市のテントに吊るす蚊遣香           二村美伽
      烏賊を干す簀子に太き蚊遣香           舩橋 良
      抜穂祭禰宜の数だけ蚊遣香            長谷川久恵
      牛突きの牛に焚きやる蚊遣香           平松公代
      蚊遣香引き寄す銀座占ひ師            坪野洋子
      畑仕事腰に結はひし蚊遣香            龍野初心
      蚊遣香産み月の子の眉薄し            小田二三枝
      干物屋の小皿に煙る蚊遣香            上杉美保子
      縁日の佃煮屋より蚊遣の香            若山智子
      蚊遣香通夜受付の足許に             坂本操子
      沼釣の夫の後ろに蚊遣置く            八尋樹炎
      股割りや土俵の上の蚊遣香            山下善久
      縁側に蚊遣火匂ふ父の家             太田滋子
      蚊遣火の燻る脱衣所鄙の宿            石橋忽布
      庭仕事蚊取り線香尽くるまで           中斎ゆうこ
      逃したる一匹に焚く蚊遣かな           武田稜子
   

蚊帳、母衣蚊帳

      母衣蚊帳に指をしやぶりて寝落ちたり       伊藤範子
      古蚊帳の赤き縁取り母遠し            兼松 秀
      暗がりに母背のびして蚊帳を吊る         青山美佐子
      蚊帳を吊る母のミシンの椅子に乘り        渡辺慢房
      蚊帳吊りの金具四隅に奥座敷           松平恭代
      青蚊帳を揺らせば海にゐる心地          加藤ゆうや

夜濯(よすすぎ)

      夜濯ぎのすぐ乾きたる体操着           小蜥テ民子
      夜濯ぎの物干す音をたてぬやう          小蜥テ民子
      夜濯ぎや妻亡き事にやゝ慣れて          兼松 秀
      夜濯のジーパン吊し窯の番            関根切子
      夜濯の一竿に風生まれたる            梅田 葵
      夜濯やマンションの灯を眺めつつ         太田滋子
      夜濯ぎの手折る一枚軒に吊る           安藤幸子
      夜濯ぎや子のポケットにダンゴ虫         河村惠光

氷室、氷室守、氷室山

      しろがねの鋸で切り出す氷室雪          福田邦子

虫干、土用干、曝書、風入れ

      風入れや戦死の父の遺言書            栗田やすし
      書き込みのありし父の書曝しけり         中村たか
      曝書して懐し父の蔵書印             小長哲郎
      被爆せし少女の日記曝さるる           篠田法子
      襖絵の牡丹緋牡丹お風入れ            梅田 葵
      天平の笛の音あえかお風入            山下智子
      ぼろぼろの母の歳時記曝しけり          伊藤範子
      親鸞の配所の軸やお風入れ            長谷川郁代
      風入れや絵解きの僧の青つむり          内田陽子
      本堂に百軸かけてお風入             内田陽子
      曝書せし父の手紙にわれの事           内田陽子
      虫食ひのしるき濡縁曝書寺            安藤幸子
      陶工の被爆者手帳曝しをり            武田稜子
      虫干の出征幟太き文字              山本法子
      土用干文箱の底に通信簿             森垣一成
      たたう紙に母の墨文字土用干し          菊池佳子
      風入れの柳行李に恋の文             河村惠光
      ひび割れの地獄の絵巻曝しけり          渡辺かずゑ
      土用干千人針は神棚へ              矢野孝子
      風入るる日本兵の鉄かぶと            長崎眞由美
      幽霊の木綿の小袖お風入れ            松岡美千代
      製本の糊あと固き書を曝す            平 千花子
      風入や衣装はづせば木偶貧し           櫻井幹郎

ギヤマン、カットグラス、びいどろ、切子

      ギヤマンの小鉢に触るる匙の音          渡邉久美子
 

草矢、草矢射る、草矢放つ

      草矢打つ瀬音かすかな谷へ向け          兼松 秀
      恵那山へ向けて下校子草矢射る          山本悦子

草笛、草笛吹く、麦笛、麦笛吹く

      草笛や高原の空昏れ残る             国枝洋子
      髭もじやの小屋番草笛吹きにけり         山下智子
      草笛の川面にひびく渡し跡            山本悦子
      草笛やふと想ひ出す疎開の地           下山幸重
      綾子師の生家草笛鳴らし合ふ           山本光江
      窯垣の小径に鳴らす草の笛            小田二三枝
      太閤の宮に草笛響きたり             松永敏枝
      草笛を吹きつ御油より赤坂へ           栗田せつ子
      草笛に口笛合はす夕河原             丸山節子

花火、遠花火、花火舟、

      大花火木の間がくれにしだれけり         高橋ミツエ
      驟雨きてずぶ濡れとなる花火の夜         上杉美保子
      大花火果てみちのくの闇深し           上杉美保子
      部屋にゐて音聴きあかず遠花火          牧田 章
      見えぬ目を研ぎ澄まし見る大花火         牧田 章
      山の端に音無く花火揚がりけり          漆原一枝
      舟宿の障子にひびく揚花火            日野圭子
      坂多き町に住み古り遠花火            日野圭子
      大花火果てて騒めく下駄の音           上杉和雄
      生きてゐるだけで幸せ遠花火           清水弓月
      水中花火爆ぜて水神祭かな            角田勝代
      舟着場跡へ花火の桟敷組む            角田勝代
      和太鼓を打ち終へし時花火かな          奥山ひろ子
      フィナーレは煙の中や大花火           武藤光リ
      夢のごと美く音無き遠花火            武藤光リ
      花火師の舟大波に見え隠れ            武藤光リ
      花火果て潮の匂ひの路地帰る           金原峰子
      音もなくネオンの上の遠花火           服部鏡子
      顔映る夜汽車の窓や遠花火            矢野孝子
      湯上がりの髪の匂ひや遠花火           河原地英武

手花火、線香花火

      手花火へ川面の小鴨近寄れり           河原地英武
      子等待てりねずみ花火を遠巻きに         森田とみ
      手筒花火女混じりてゐたりけり          佐藤春子
      和蝋燭より手花火の火を貰ふ           角田勝代
      手花火の果てて硝煙匂ふ闇            田畑 龍
      息つめてもらふ線香花火の火           奥山ひろみ

夏炉

      合掌の夏炉囲みて酒談義             栗田やすし
      山荘の夕べ夏炉の煙立つ             日置艶子
      斜陽館夏炉の灰の白さかな            田畑 龍
      ジーパンの膝折る少女大夏炉           鈴木信子
      うだつ上ぐ町家の帳場夏火鉢           川村鎮野
      夏炉焚く低き嬶(かか)座や合掌屋        小田二三枝
      薪くべて夏の炉端に草履編む           福田邦子
      夏炉の間煤けきつたる将棋盤           国枝隆生
      煤けたる夏炉に一日湯が滾る           竹中和子
      岩屋守夏ストーブを足元に            若山智子
      お助け小屋夏炉の灰の匂ひ濃し          廣島幸子
      夏の炉の宿に明治の時計鳴る           森 靖子
      古民家の大夏炉守る結ひの婆           牧 啓子
      語り部の身振り手振りや大夏炉          奥山ひろみ
      夏ストーブ回旋橋の操作室            山本悦子

籠枕、陶枕

      押入に父のにほひの籠枕             松原和代

竹夫人、添寝籠、抱籠

      抱籠や芭蕉生家の中二階             小長哲郎
      飴色の手ずれの艶や竹夫人            武田稜子

昼寝、三尺寝、昼寝起、昼寝人

      船室のドア開け放つ昼寝かな           河原地英武
      昼寝覚少し弛びしソファの脚           河原地英武
      昼寝するほかなし独り書に倦みて         河原地英武
      大昼寝プレイボーイ誌顔に乗せ          上杉美保子
      鬼の面とり少年の三尺寝             上杉美保子
      離れ家にひとりの昼寝遠汽笛           吉田幸江
      新聞紙顔に棟梁三尺寝              奥山ひろ子
      トラックの窓に足ある三尺寝           小長哲郎
      頬杖のはづれて昼寝さめにけり          服部冨子
      一竿の磯着のしずく昼寝時            福田邦子
      波音を足裏に聞けり昼寝覚            森垣昭一
      父の齢越えたる母の大昼寝            掛布光子
      ヘルメット胸に抱へて三尺寝           横森今日子
      売り切つて店に昼寝の朝市女           武藤光リ
      うまひ子に指つかまれしまま昼寝         鈴木みや子
      ライオンの耳よく動く午睡かな          上田博子
      故郷の畳匂ひし大昼寝              龍野初心
      風みちへ昼寝枕と文庫本             山 たけし
      宮大工樟の木陰で三尺寝             牧野一古
      川の字の崩れて昼寝終りけり           伊藤範子
      園児らのイの字ハの字の大昼寝          篠田法子
      すぐ乾く涙の跡や昼寝覚             幸村志保美
      読みさしの仏陀のことば昼寝覚          河原地英武
      かたはらに人居し気配昼寝覚           梅田 葵
      昼寝覚この世の風と思ひけり           梅田 葵
      山鳩の声の間遠に昼寝覚             橋本ジュン
      秒針の動き見てをり昼寝覚            関根近子

端居、夕端居

      亡き母の齢数へて母偲ぶ             大平敏子
      誰彼が病める話や夕端居             二村美伽
      湯上りのシャボン匂へり夕端居          大澤渓美
      正座して芙美子の家に端居せり          日野圭子
      耳遠くなりたる母や夕端居            山本光江
      喧嘩して居間に戻れず夕端居           石橋忽布
      夕端居問はず語りを聞いてをり          下里美恵子

夏場所、五月場所

      夏場所や茶屋のおやぢの白襷           森垣一成
      初めての髷に声飛ぶ五月場所           佐藤とみお
      夏場所の力士下駄音高鳴らせ           小島千鶴

薪能、若宮能(5月11,12日奈良興福寺での能)

      鵜篝の火を貰ひたり能舞台            国枝隆生
      薪能楊貴妃の背を鵜舟過ぐ            国枝隆生
      薪能白装束で火を移す              大倉カツ江
      夜叉面の青き鼻筋薪能              小長哲郎
      篝火にシテの貌映ゆ薪能             吉田幸江
      薪能シテが繰り出す蜘蛛の糸           鈴木真理子
      髪立てて鬼女の地団駄薪能            夏目悦江
      火打石切つて始まる薪能             武藤光リ
      杉秀まで火の粉とどけり薪能           澤田正子
      薪能狂女絵扇ひろげたる             丹羽康碩
      小面の金冠映ゆる薪能              鈴木みすず
      彼の世から響く笛の音薪能            伊藤旅遊

夏狂言、夏芝居、怪談芝居

      畳み皺つきし袴や夏芝居             河村恵光
      幽霊の足見えてゐる夏芝居            森 靖子
      夏芝居声すずやかな橋之助            関根近子
      亡霊のお菊井戸より夏芝居            巽 恵津子

ナイター

      ナイターの喚声爆心地の空へ           市原美幸

夜店、夜店の灯

      灯にかざし少女夜店の指輪買ふ          長谷川郁代
      遠き日の夜店に匂ふカーバイド          龍野初心
      カルメ焼く夜店に匂ふカーバイト         宇佐美こころ
      カンテラの匂ひなつかし夜店の灯         田畑 龍
      子の打てる夜店の射的大当り           瀬尾武男
      アセチレン匂ふ夜店や漁師町           伊藤克江
      七日経終へて夜店の啖呵売            山ア育子
      螺子を巻くブリキの車夜店の灯          新井酔雪

新内ながし、流し、町ながし

起し絵、組絵、組立、切抜燈籠

      月浴びて起し絵のごとプラハ城          中野一灯

箱庭

      箱庭の人仰向けに倒れをり            河原地英武
      箱庭の犬に子犬を加へやる            齋藤真人
      箱庭のレトロバスにも時刻表           伊藤旅遊
      箱庭の隅で動かず救急車             伊藤旅遊
      箱庭に炭の欠片の橋架かる            伊藤範子

外寝

香水

      香水の行き交ふ授業参観日            江口ひろし
      懐かしき香水の香に振り向きぬ          渡辺慢房
      香水のにほふ芸妓とすれちがふ          立川まさ子
      香水のほのかな匂ひ読書室            河原地英武
      人降りて香水のこる昇降機            櫻井幹郎
      香水のほのかな名残懺悔室            森垣一成

天花粉、天瓜粉、汗しらず

      誰似かと言ふてペタペタ天瓜粉          小長哲郎
      天花粉児は喜喜として部屋を這ふ         武藤光リ

日向水

      老海女の胸乳あらはに日向水           都合ナルミ
      海女留守の小屋の盥に日向水           武山愛子
      母在ればいつも盥に日向水            上田博子

行水

      行水が日課と笑ふ老いし母            荒深美和子
      行水の子に大粒の雨跳ぬる            武山愛子
      行水の双子また泣く夕まぐれ           武田明子

シャワー

      惜敗の涙を漱ぐシャワーかな           松井徒歩

水番、水守る、水盗む

      さりげなく水盗みたる男かな           夏目隆夫

水争、水喧嘩、水敵

蚕の上蔟(あがり)、上蔟、

      五齢蚕の身を弓なりに糸吐けり          小田二三枝
      大達磨たなに煤けし蚕のあがり          牧野一古
      上族や雨だれのごと尿の音            安藤幸子
      繭の中反り身の蚕透けて見ゆ           下里美恵子

代掻、田掻く、田掻牛

      名札立て代掻き終る学校田            高橋ミツエ
      代掻の泥匂ひくる一揆寺             若山智子
      泥水の背に跳ねくる代田掻き           藤田岳人
      ケータイを胸に揺らせて代田掻く         丹羽康碩
      谷底の三角四角代田掻く             上杉和雄

代田、田水張る

      田水張り伊那の千枚煌めけり           二村満里子
      代田掻く輪中の空の薄曇り            坪野洋子
      田水張る常念岳を正面に             内田陽子
      雪形の馬の姿や田水張る             栗田せつ子
      ことごとく代田となりて夕日照る         下里美恵子
      散居村映す砺波の大代田             廣島幸子
      田水張る常念岳を真向かひに           服部鏡子
      ひとところ山の影おく代田かな          上杉美保子
      朝靄の伊勢街道や田水張る            野島秀子
      水満ちて代田細波止まざりき           武藤光リ
      見はるかす代田光りて一枚に           加藤百世
      動く雲動かぬ雲や田水張る            梅田 葵

早乙女

      早乙女のまだ泥付かぬ白脚半           平松公代
      早乙女の戸惑ふ一歩泥の田へ           服部鏡子
      早乙女の白き脛見せ泥おとす           小田二三枝
      早乙女の蹴出しの緋色華やげり          上田博子
      先頭は婆の早乙女唄流る             藤田岳人    *御田祭
      早乙女が手を借りて抜く泥の足          廣島幸子
      早乙女の先づジーパンをたくし上げ        関根切子
      早乙女に射す虹色の光かな            玉井美智子
      神の田に早乙女一人下り立てり          横井美音

田植、田植笠

      田を植うる少女名入りの体操着          奥山ひろ子
      大夕日映し田植の終りけり            鈴木みすず
      対岸に見る北鮮の田植かな            鈴木みすず
      田一枚植ゑし媼の塩むすび            舩橋 良
      大き目に握る田植の焼きむすび          横森今日子
      どしや降りの雨に声張る田植唄          福田邦子
      田植時秋篠川の水引きて             福田邦子
      田植すみ棚田に曇り空映る            金原峰子
      くたびれし形に干され田植足袋          服部冨子
      田の畦に婆が囃しぬ田植歌            小蜥テ民子
      田を植ゑて角の鋭き鏝のあと           鈴木みや子
      鷺遊ぶ田植の済みし一枚田            成田久子
      山際にはり付く数戸小田植うる          夏目隆夫
      風渡る植ゑしばかりの学校田           上村龍子
      白極む乙女の手甲田植舞             廣島幸子
      分校の生徒五人や田を植うる           森 靖子
      遮断機のなき踏切や田を植ゑに          森 靖子
      握り飯土手で頬張る田植時            藤田岳人

早苗、玉苗、苗打ち、余り苗、捨苗、苗籠

      夕映えの田に青々と余り苗            栗田やすし
      早苗箱女総出で洗ひけり             立川まさ子
      補植苗植ゑて棚田のささ濁り           花村つね
      田の隅に夕日まみれの余り苗           石川紀子
      捨て苗の葉先に小さき雨の粒           山本光江
      子達乗せて大きく傾ぐ早苗舟           坪野洋子
      町角に残る早苗田風やさし            夏目悦江
      まだ影をなさぬ早苗や棚田風           田畑 龍
      田に深き大き足跡余り苗             上杉美保子
      早苗田に雨の水輪の重なりぬ           小田二三枝
      家や墓映す早苗田散居村             上杉和雄
      早苗田の道に残りし靴の泥            松永敏江
      玉苗を畦に寝かせて神事待つ           角田勝代
      田の隅に句点のごとく余り苗           貫名哲半
      余り苗いよいよ青く風に立つ           中野一灯

植田、五月田

      みちのくやうすきみどりの植田風         栗田やすし
      植田水一輌電車の影映す             右近芳江
      千枚の植田に千の竹の樋             森 靖子
      常念岳を映す植田や空真青            武藤光リ
      山峡の雲を映せり植田水             河井久子
      ふるさとの風と思へり植田道           牧田 章
      みはるかす植田の中の散居村           辻江けい
      中空の富士を映せり大植田            坂本操子
      空近くつづく植田の光りあふ           坂本操子
      佐久鯉を植田に放つ五、六百           片山浮葉
      眺望の谷に植田の一部落             安藤幸子
      千曲川中州に小さき植田見ゆ           つのだひろこ
      子の植ゑし列弓なりや植田風           小田二三枝
      水光る植田に残る足の跡             牧 啓子
      植田水千の田を経て荒海へ            中山敏彦
      葬の列植田の村をまはりけり           松永和子
      植田風畦に線量表示板              倉田信子
      立山の連峰映す植田水              林 尉江
      山影を逆さに植田かはづ鳴く           神尾朴水
      影長く植田に伸ばし父帰る            山 たけし

青田、青田風、青田道

      青田道隠れ聖徒の部落まで            服部鏡子
      青田風念佛衆の笠煽る              山口登代子
      母の歩に合はす家路や青田風           高橋幸子
      青田道押し行く母の車椅子            高橋幸子
      喫茶店青田の見ゆる席に着く           松原佳子
      母郷なる青田の風を深く吸ふ           山本光江
      いにしへの蒲生(がもう)野いづこ青田風     山下善久
      ふる里や下駄つつかけて青田道          佐々木美代子
      交番の前一望の青田波              村井まさを
      青田波淡く色濃く寄せ来たり           山本法子
      土手刈るや青田に足を浸しつつ          藤田岳人
      信濃路や青田真中に村の墓            藤田岳人
      実盛人形青田風来て燃え崩る           河合義和
      湖よりの風の自在や大青田            篠田法子
      ぽつねんと入鹿の塚や青田風           加藤ゆうや

田水沸く


      畦へだつ廃車の山や田水沸く           栗田やすし
      真つ白な地蔵のあてこ田水沸く          八尋樹炎

さなぶり、田植仕舞、しろみて、さんばい祭

      早苗饗の家族揃ひて五目飯            川口信子
      早苗饗や爺の声張る佐渡おけさ          中野一灯

黍蒔く

      黍若し茎くれなゐの激戦地            巽恵津子

茄子植う

      敷き藁に水たつぷりと茄子植うる         兼松 秀
      茄子の苗提げて帰島の老漁師           安藤一紀

甘藷植う,藷挿す

      雨兆す風やはらかし藷を挿す           久野和子
      畝高に藷苗植うるほまち畑            坪野洋子
      種藷を選ぶ艶よし器量よし            藤田岳人
      藷植うや苗に日除けの新聞紙           藤田岳人
      藷植うる一畝毎に腰伸し             豊田紀久子
      潮風の常陸の陸に藷を挿す            渡辺慢房
      藷苗挿す本陣裏のほまち畑            伊藤範子

草むしり、草取、除草

      草取りを続け無心になりゆけり          加藤元通
      草を引く鋏一丁腰にさし             横森今日子
      農小屋へ雨を逃るる草取女            丹羽康碩
      草取や土に鎌先突き立てて            丹羽康碩
      草を取る無我の心地を楽しみて          丹注N碩
      早暁の半刻と決め草を引く            武藤光リ

麦刈、麦車

麦打、麦埃、麦焼

      麦焼いてお市の里の空焦がす           掛布光子

干草、草干す

      荷車に干草の山驢馬引けり            生田美貴子
      厩に積む干草匂ふ木曽の雨            山本悦子

草刈、草刈女、草刈舟

      草刈つて町会長の腰立たず            武藤光晴
      弘法の道刈草の匂ひかな             中川幸子
      レモン水飲む草刈りの小昼かな          丸山節子
      草刈女腹に柄を当て鎌を研ぐ           服部冨子
      刈り草の匂ひただよふ芝居小屋          日野文子
      草刈り女腰に小ぶりの砥石下げ          上杉美保子
      河童淵また刈草の流れ来る            近藤文子
      朝刈りの草の匂へる舟乗場            上田博子
      草刈りて草の匂ひに腰下ろす           服部鏡子
      刈り伏せし草の匂ひの古墳山           服部鏡子
      草取女ひと畝ごとに腰伸ばす           丹羽康碩
      草刈りて抱卵の雉子飛び立たす          清水弓月
      日本人墓地に唸れり草刈機            河原地英武  *前書き ハバロフスク
      研ぎ直す刃先のへたり草刈機           藤田岳人
      草刈りて棚田の畦の匂ひ立つ           兼松 秀
      草刈り機音と香りを遠くまで           矢澤徳子

田草取、一番草、三番草、除草機

      腰籠の水したたらし田草取り           山本悦子
      島に老い棚田の草を屈み引く           岸本典子
      田草取る女にはかに腰伸ばす           丹羽康碩
      田の畔に積み上げられし二番草          矢野愛乃
      千枚田農婦一人の田草取             市川悠遊
      先生が一番はしやぐ田草取            関根切子
      先生も子らも泥んこ田草取            武藤光リ
      学習の田草取る子の泥まみれ           国枝洋子

塩田、塩田夫

      塩田に己が影踏み汐を撒く            林 尉江
      汐焚夫あかがね色の力瘤             奥山ひろみ

梅干す、干梅、梅漬

      郵便夫干梅の香を誉めゆけり           坪野洋子
      背な丸く母似と言はれ梅干せり          服部萬代
      貨車の音遠く響きて梅干せる           竹中和子
      一人居や三日三晩の夜干梅            竹中和子
      干し梅の塩噴く筵一揆村             山たけし
      干し梅や真昼静かな妻の留守           渡辺慢房
      梅干を母の朝餉にひとつ添ふ           藤田岳人
      幾笊も梅を干しあり隠れ里            片山浮葉
      梅干して一粒づつの影つくる           夏目悦江
      ベランダの陽射し追ひかけ梅を干す        牧野一古
      駅弁やまづ梅干をひとかじり           奥山ひろ子
      広辞苑梅干漬けの足し重石            下山行重
        風音の乾ぶ日和や梅を干す            金原峰子
      塩噴いて母の梅干古りにけり           関根切子
      遠き日の母せし如く梅干せり           加藤百世
      中天に瞬く星や夜干梅              松平恭代
      梅干の夜更けてことに匂ひけり          松岡美千代

昆布採る、昆布干す

      昆布干す最果ての地に太宰の碑          栗田やすし
      昆布干すとどの島見ゆ岬みち           幸村富江
      番屋前浜に子も出て昆布干す           山口茂代
      見霽かす利尻の富士や昆布干す          野口ゆう子

天草干す、てぐさ、まくさ

      波音に天草干せり石鏡(いじか)海女       小蜥テ民子
      天草の口開け日和鳶の笛             坂本操子
      天草干す二坪ほどの海女の庭           国枝洋子
      島女天草干して多弁なる             下里美恵子
      天草を採るたび小舟傾ぎをり           只腰和子
      口開けの天草舟を揺らし刈る           栗田せつ子
      干し上ぐる天草の香や海人の土間         山本法子

荒布干す

      今日よりは上がり海女とて荒布干す        山本悦子

藻刈、藻刈船、藻草干す

      胴長を脱ぎ藻刈夫の昼餉かな           平松公代

菜種刈、菜種干す、

      晴れ三日続きし朝菜種刈る            小島千鶴

菜穀火、菜穀焼く

干瓢剥く、干瓢干す、新干瓢

      神名備の風に干瓢高く干す            矢野孝子

繭、繭掻、繭干す、新繭、繭市

      耳元で振る繭音のかそけさよ           福田邦子
      繭を煮る匂ひただよふ屋敷畑           福田邦子
      糸取るや繭にさなぎの透くるまで         倉田信子
      玉繭に蛹の影や糸取場              奥山ひろみ
      繭煮れば湯気の抜けゆく明り窓          奥山比呂美
      蚕蛹のころがる土間や糸を取る          坪野洋子
      大鍋に糸を引かれて繭踊る            小田二三枝
      白繭を振れば蛹の音幽か             上田博子

糸取、糸引く、糸取女、糸取車

      低き灯にかざす指先糸繰女            小田二三枝
      糸取るや近くで牛のよく鳴けり          牧野一古
      熱き湯に繭をどらせて糸を取る          安藤幸子
      鍋の湯に繭躍らせて糸引女            兼松 秀

溝浚へ、堰普請、どぶさらへ

      スコップの音をちこちに溝浚へ          藤田岳人
      溝浚へ終りてよりの長話             市原美幸
      割烹着の女医の出てゐる溝浚へ          内田陽子
      ざりがにが目を剥いてゐる溝浚へ         加藤ゆうや

馬冷す、馬洗うふ、牛冷す、牛洗ふ

      嬰あやすやうに声かけ馬洗ふ           森 靖子
      踏み台に乗りて少女が馬洗ふ           森 靖子
      馬冷やす流れの速き河童淵            鈴木みすず
      暮れ残る空の茜や馬冷す             利行小波

安居、夏籠(げごもり)、一夏(いちげ)、夏入(げいり)

      洗ひ場に米粒しずむ安居寺            鈴木みや子
      拳ほど打ち減る板木安居寺            山本悦子
      夏安吾の三和土に並ぶ白草履           河村惠光

夏書(げがき)

      井戸水で夏書きの筆を洗ひけり          垣内玲子
      山風や夏書の指にもつれたる           谷口千賀子

袋掛

      ゆく船を遠見に枇杷の袋掛け           菊山静枝
      袋掛終へて一村静もれり             澤田正子
      袋掛終へし桃畑風さやぐ             小島千鶴
      袋掛け女脚立を跨ぎをり             山下 護
      正面に大富士仰ぎ袋掛              中村修一郎
      やはらかな風の三河路袋掛            近藤文子

竹植うる日、竹酔日、竹迷日、竹植う(旧5月13日)

      暮れ際の雨の明るし竹酔日            鈴木みや子

みどりの日

      小刀で鉛筆削るみどりの日            松原英明
      青き藻の乾ぶ雁木やみどりの日          武藤光リ

子供の日

      人の名を思ひ出せずよ子供の日          栗田やすし
      交番に国旗はためく子供の日           日野圭子
      子供の日皿軋ませてカツ切れり          河原地英武
      鉛筆と匂ひ消しゴム子供の日           河原地英武
      機関車の汽笛高らか子供の日           河原地英武
      腹這ひて父子の会話子供の日           磯田なつえ
      紙兜折つてすごせり子供の日           牧 啓子
      子供の日釣つては池に鯉放つ           兼松 秀
      子供の日見つかるやうにかくれんぼ        梅田 葵
      七度読む絵本に寝つく子供の日          中斎ゆうこ
      缶蹴りを知らぬ子ばかり子供の日         石橋忽布

端午、菖蒲の節句、五月の節句

      紙兜被る看護婦端午の日             相澤勝子

菖蒲湯

      ふくよかな傘寿の胸乳菖蒲風呂          坂本操子
      まだ高き日差入りくる菖蒲の湯          夏目悦江

競馬(くらべうま)5月5日京都上賀茂神社の神事。勝馬、負馬

      競べ馬囃す土塊浴びながら            都合ナルミ
      眉太き少年騎手やくらべ馬            渡辺かずゑ
      負馬の背の汗ひかる草競馬            篠田法子
      観客に砂跳ね上げて草競馬            高柳杜士

母の日

      母の日やぶつきらぼうの子の電話         上杉美保子
      母の日に子も母として花貰ふ           服部富子
      母の日や遠まなざしの肖像画           和久利しずみ
      母の日や目盛り薄れし鯨尺            榊原昌子
      母の日の母に真紅のマグカップ          河原地英武
      母の日や父子で作るハンバーグ          服部達哉
      母の日やマッシュポテトを子が作り        服部達哉
      母の日も茣蓙に声張る朝市女           都合ナルミ
      母の日の日差しやはらか綾子句碑         高橋孝子
      母の日の母となりたる妻の顔           渡辺慢房
      母の日や母の使ひしおんぶ紐           栗生晴夫
      母の日や母恋ふ八十路過ぎてなほ         田畑 龍
      母の亡き母の日所在なかりけり          下里美恵子

時の日、時の記念日

      時の日や改札口で待ちぼうけ           古賀一弘
      時の日や外せば重き腕時計            櫻井幹郎
      時の日や遺品の時計遅れがち           鈴木満里子
      時の日の流るる雲を見てゐたり          近藤文子       前書き イムス病院
      瓶詰めに時の日の午後使ひ切る          大島知津

父の日

      父の日の何事もなく終はりけり          江口ひろし
      父の日や軍服の父若かりし            安藤幸子
      父の日や回転寿司の皿重ね            山本光江
      父の日も父は始発で魚買ひに           横森今日子
      父の日に娘好みのシャツ届く           森垣一成
      父の日や嫁ぎ来る子に貰ふ酒           武藤光リ
      父の日や仏壇に先づ発泡酒            武藤光リ
      父の日や飴噛んで子に叱らるる          丹羽康碩
      父の日や昭和一桁集ひ酌む            山下帰一
      父の日や寝椅子に夫のコンサイス         内田陽子
      父の忌は父の日雨の降り止まず          関根切子
      父の日や地球に戦禍絶えぬ日々          櫻井勝子

練供養、曼荼羅会、来迎会(5月14日奈良当麻寺)

      面ずれてよそみの菩薩練供養           野島秀子

八瀬祭、さんやれ祭(5月9日)

      太鼓の音遠に聞きつけさんやれ祭         東口哲半

葵祭、加茂祭(5月15日)

      葵祭果てトラックに牛積まる           武田稜子

浅草祭、三社祭(5月17,8日)

      三社祭雷門で待ち合はす             日野圭子
      デンキブラン呷る男の三社祭           関根切子
      三社祭小犬も腰に団扇挿し            佐藤とみお
      船下りて三社祭の渦の中             森垣一成

祭、夏祭、山車、宵宮(よみや)、神輿、祭囃子、祭提灯、祭舟

      びしょ濡れの祭法被や藍匂ふ           武藤光リ
      川風に祭提灯揺れやまず             武藤光リ
      祭果て擦り傷目立つ鉾車             武藤光リ
      肝煎のどかと腰据う夏祭             武藤光リ
      田舎銀座祭雪洞飾り立て             武藤光リ
      山車に出す祝儀を竿の二階人           武藤光リ
      潮騒にぞめく神輿や九十九里           武藤光リ
      浪来れば波に挑めり荒神輿            武藤光リ
      提灯を繕ふ路地や祭来る             澤田正子
      祭馬隠るるほどに飾りけり            都築恭子
      潮の香や祭太鼓のひびきくる           宇野美智子
      穂孕みの田の道を行く神輿かな          渡辺昌代
      諸肌の女御輿や夏祭               右高芳江
      ほろ酔ひの禰宜が餅投ぐ村祭           加藤ノブ子
      女衆も入りて神輿の活気づく           鈴木みすず
      老いの背の刺青淡し夏祭             宇佐美こころ
      深川や水に暮れたる夏祭             宇佐美こころ
      虚子旧居まで響きくる祭笛            栗田せつ子
      渡御を待つ浮桟橋の錆赤し            佐藤とみお
      長老の酸素ボンベや神輿宿            佐藤とみお
      老杉に笙の音わたる里祭             谷口千賀子
      片腕は天に突き上げ神輿衆            相田かのこ
      御祭風首里のまほらに集まり来          陳 宝来
      直会の酒を一気に夏祭              廣中美知子
      神輿行くビルの谷間の空細し           奥山ひろこ
      ふるさとに知る人ぞなき祭かな          片山浮葉
      鯛祭ひれに照る照る坊主吊り           片山浮葉
      担ぎ手に女加はる荒神輿             山本法子
      小刻みに揺るる神輿の金細工           太田滋子
      鯛神輿通す電線押し上げて            奥山ひろみ
      山車からくり唄ひ手はみな白髪衆         中根多子
      若衆が山車に抱きつき向きかへる         河村惠光     かへる→かふる?
      地下足袋に小鉤きりりと山車廻す         林 尉江
      浅草や御輿の好きな娘たち            古賀一弘
      下町や女御輿の汗しづく             千葉ゆう
      山車廻す勢子はそろひの絞り着て         金田義子
      神輿綱曳く子走る子転がる子           武藤けい子
      一人居の夜更けて復習ふ祭り笛          兼松 秀
      真つ新の白き地下足袋みこし曳く         森 靖子
      軽トラの神輿爆竹鳴らし過ぐ           中斎ゆうこ
      綿菓子の舌に溶けゆく夏祭            武田稜子
      提灯の廻りて山車の動き出す           富田範保

御柱祭

      ラッパ鳴り崖へせり出す御柱           金田義子
      里曳きの御柱へと木遣歌             廣島幸子

御田植(住吉は6月14日、伊勢は旧5月28日)、御田

      花笠に雨のしたたる御田祭            倉田信子
      白足袋で入る泥田や御田植            坪野洋子
      お田植のすみて重たき泥の脚           篠田法子
      昼花火打ち上げ磯部御神田植(おみたうえ)    神尾朴水
      お田祭巫女が束ねし髪ほどく           片山浮葉
      御田植を待つ笹舟を流し合ひ           森 靖子
      御田植や三河木綿に紅襷             山ア育子

花田植、大田植、花田牛(広島地方の山村田植行事)

      花田牛角に擦り込む清め塩            都合ナオミ
      花田植牛追ひすでに酔ふてをり          都合ナルミ

沖縄忌、慰霊の日(6月23日)

      一匹の蟻地を這へり沖縄忌            栗田やすし
      米兵が礎(いしじ)に花輪慰霊の日        栗田やすし
      十字描く飛行機雲や慰霊の日           河原地英武
      沖縄忌いしじに小さき星条旗           牧野一古
      紫陽花に激しき雨や沖縄忌            児玉美奈子
      生れたての邯鄲真白沖縄忌            近藤文子
      沖縄忌植ゑしゴーヤの二尺ほど          上村龍子
      白木槿一輪咲けり慰霊の碑            倉田信子
      慰霊の日影柔らかき花梯梧            野島秀子
      沖縄忌ペンのかするる宛名書き          国枝隆生
      白蝶の低く飛び交ふ慰霊の日           都合ナルミ
      暮れてなほ梅雨雲厚き沖縄忌           豊田紀久子
      古代蓮ふくよかに咲く沖縄忌           松永敏江
      慰霊の日枇杷色に雲暮れんとす          栗田せつ子
      百合よりも白き雲湧く慰霊の日          栗田せつ子
      生徒らと島に見し星慰霊の日           荒川英之
      植込みに土竜穴掘る沖縄忌            武藤光リ
      ポケットの平和かたる児沖縄忌          山ア育子
      

夏越(なごし)、茅の輪、夏祓、形代流す

      神官の声のこだまや夏祓             本多俊枝
      里宮に響く夏越の触れ太鼓            内田陽子
      音たてて白絹裂けり夏祓             中村たか
      拝殿の御籤先づ引き夏祓             上田博子
      山の端に輝く夕日夏祓              松本恵子
      日を弾く禰宜の木靴や夏祓            武藤光リ
      結界に笹触るる音夏祓              武藤光リ
      大仰に禰宜が絹裂く夏祓             武藤光リ
      白絹を禰宜が引き裂く夏祓            坪野洋子

茅の輪、菅抜(すがぬき)

      老友と旅の茅の輪を潜りけり           安藤虎杖
      大茅の輪傷む足よりくぐりけり          二村満里子
      雨傘をつぼめ茅の輪を潜りけり          関根近子
      夕まぐれ茅の輪くぐりて鳩あそぶ         山下美恵
      ごめんねと言ふ母を負ひ茅の輪かな        高橋ミツエ
      男衆軍手で結へり大茅の輪            廣島幸子
      結界の風とくぐれり大茅の輪           武藤光リ      *上総一宮
      八の字に茅の輪潜りや児を肩に          武藤光リ      *上総一宮
      菅抜や抜かれ抜かれて輪の細る          武藤光リ      *上総一宮
      山裾の社に小さき茅の輪かな           夏目悦江

形代、人形、祓草、麻の葉流す

      惜命や形代に息吹きかくる            清水弓月
      丹念に名を書き形代納めけり           上田博子
      形代を流して瀬音高鳴れり            日野圭子
      形代の我が名滲ませ通り雨            伊藤範子
      形代にややの口つけ流しけり           山本法子

朝顔市

      切火せし朝顔市の護符賜ふ            佐藤とみお
      鬼子母神朝顔市で賑はへり            福田邦子
      着流しの小粋な会釈朝顔市            岸本典子
      ごつた返す朝顔市の鬼子母神           坂本操子
      朝顔市売り子鯔背な鬚男             武藤光リ
 

鬼灯市、酸漿市、枝鬼灯

      幼名で酸漿市に待ち合はす            宇佐美こころ
      葭簀越し鬼灯市の灯が揺るる           日野圭子
      背に余る枝鬼灯を女の子             武藤光リ       *淺草鬼灯市
      鬼灯市青き匂に噎せ返る             佐藤とみお

四万六千日、十日詣(7月10日)

      スカイツリー四万六千日の晴れ          佐藤とみお
      風煽る四万六千日の雨              中山敏彦
      ぼけ封じ四万六千日の煙(けむ)         橋本ジュン

パリ祭、巴里祭(7月14日)

      シャンソンの歌姫忍ぶパリー際          日野圭子
      銀巴里で聞きしシャンソン巴里祭         伊藤旅遊
      擦り切れしレコードかけて巴里祭         近藤文子
      スカーフを小粋に結びパリー祭          横井美音
   

祇園会、宵山、鉾町、無言詣(7月17〜24日)

      宵山や灯が入り街の華やげる           金田義子
      行きつけの本屋へ祇園祭見て           河原地英武
      たつぷりと水撒き鉾の向き変ふる         長江克江
      祇園会や人の溢るる二階窓            武藤光リ
      鉾曲がる辻に敷たる竹の艶            河合義和
      祇園会に混む寺町の煎餅屋            野島秀子
      夕空に長刀鉾のそそり立つ            鈴木英子

海の日

      海の日や金子みすゞの鰯の詩           片山浮葉
      海の日やマリンブルーの砂時計          森垣一成

野馬追、野馬追祭、相馬野馬追(七月二十三日から三日間)

      野馬追の幣立て胴の太き馬      
      野馬追や被災の土を蹴散らして          佐藤とみお
      落馬して駒追ふ武者や野馬祭           千葉ゆう

原爆忌、平和祭、広島忌

      ふち焦げし原爆の日の目玉焼           栗田やすし
      白きもの瀬を流れゆく広島忌           栗田やすし
      広島忌書棚に小さき古陶片            栗田やすし
      回廊の人影くろし広島忌             河原地英武
      ホースより水のむ人や原爆忌           河原地英武
      ゆく人の影無かりけり原爆忌           河原地英武
      川底にひしめく石や原爆忌            河原地英武
      鳩一羽われを離れず原爆忌            河原地英武
      原爆忌糠床の香の掌に残り            菊山静枝
      黙祷で始む朗読原爆忌              高橋治子
      ツナ缶のぱかんと開く原爆忌           八尋樹炎
      原爆忌蔓あるものは巻き登り           矢野孝子
      鉢花に水をたつぷり原爆忌            上村龍子
      鶴を折る皺ふかき手や原爆忌           上杉美保子
      まつ白に湧き立つ雲や広島忌           山本光江
      いつまでも昏れぬ水辺や広島忌          渡辺かずゑ
      慰霊碑に日矢いくすぢも広島忌          内田陽子
      枝陰に鳩くぐみ鳴く原爆忌            国枝洋子
      雲に雲重なり湧けり原爆忌            都合ナルミ
      ドロップの缶鳴らしみる広島忌          利行小波
      原爆忌深き青空みあげをり            牧 啓子
      起きぬけの喉の渇きや広島忌           長江克江
      折鶴に通す白糸広島忌              磯田なつえ
                  腹這ひてレントゲン撮る原爆忌          太田滋子
      雲間より淡き日矢伸ぶ原爆忌           廣島幸子
      黙祷す蝉鳴き止まぬ広島忌            武藤光リ      *蝉は虫に單
      町中にサイレン響く広島忌            武藤光リ
      白熱の朝のみんみん広島忌            武藤光リ
      案山子田に響くサイレン広島忌          武藤光リ
      雲の無き空にサイレン原爆忌           武藤光リ
      灼け砂に鳩の影濃し広島忌            山口耕太郎
      ざりがにの鋏散らばる広島忌           岡田佳子
      ひたすらに蝉鳴き継げり広島忌          高橋幸子      *蝉は虫に單
      語り部の話に泣けり広島忌            日野圭子
      広島忌夕日がビルの窓を焼く           金田義子
      八月六日広電軋む橋の上             三井あきを

北斎忌(陰暦4月18日)

      外房に寄する卯波や北斎忌            武藤光リ
      大浪を潜るサーファー北斎忌           武藤光リ

修司忌、寺山忌(5月4日)

      修司の忌花アカシアの空騒ぐ           矢野孝子
      みちのくの青空通し修司の忌           山田万里子

万太郎忌、傘雨忌(5月6日)

      傘雨忌や仲見世に買ふ水中花           武藤光リ
      傘雨忌や甕の金魚の水替ふる           武藤光リ

鑑真忌(旧5月6日)

      三輪さうめん山と積まれて鑑真忌         岸本典子
      水煙に天女を探す鑑真忌             中根多子
      鑑真忌伽藍の甍なだらかに            福田邦子
      鑑真忌青波寄する障壁画             野島秀子
      鑑真忌襖絵に見る海の青             小島千鶴
      鑑真忌坐像に残る緋衣(ひえ)の色        小島千鶴
      瓊花咲き満ちて鑑真忌が近し           栗田せつ子

四迷の忌(5月10日)

      くたばるはも少し伸ばし四迷の忌         武藤光リ
      四迷忌や終活なんて糞食らへ           武藤光リ

業平忌(旧5月28日)

      池の面に映る白髪業平忌             栗田やすし
      四阿に畳む蛇の目や業平忌            伊藤克江

晶子忌(5月29日)

      紅色に明けゆく空や晶子の忌           山本玲子
     

橋本多佳子の忌(5月29日)

      あかあかと燃ゆる鵜篝多佳子の忌         栗田やすし
      多佳子の忌空の鵜籠を川に浸け          国枝髏カ
      出水禍の話ばかりや多佳子の忌          武藤光リ
      山の湯のひとりに溢れ多佳子の忌         福田邦子
      多佳子忌の沖より濤の膨れくる          牧野一古

信長忌(旧6月2日)

      大皿の割れて粉々信長忌             上田博子
      噛み砕く金平糖や信長忌             加藤剛司
      信長忌尖る石ころ踏みつけて           加藤剛司
      声太き鎮守の鴉信長忌              武藤光リ

桜桃忌、太宰の忌(6月13日)

      大宰忌の雨を見てゐる誕生日           栗田やすし
      莨火を乞うて木陰へ太宰の忌           矢野孝子
      桜桃忌縹の空に一つ星              矢野孝子
      夕焼の褪せゆく疾さ桜桃忌            佐藤とみお
      やませ這ふ海猫(ごめ)の岬や桜桃忌       中野一灯
      怠け寝の真昼けだるき太宰の忌          中野一灯
      桜桃忌疎水を覆ふ草の丈             内田陽子
      太宰忌の夏蝶行方定まらず            武藤光リ
      門川の濁り逆巻く桜桃忌             武藤光リ
      さくらんぼ喰うて大宰の忌と思ふ         武藤光リ
      桜桃忌近し野川の淵よどむ            上村龍子
      窓ばかり見て桜桃忌過ぎにけり          中村たか
      武蔵野の夕空澄めり桜桃忌            山口耕太郎
      植物の恋説く教師大宰の忌            河原地英武
      督促の本を返しに桜桃忌             河原地英武
      堰落つる出水の音や大宰の忌           市原美幸
      筆太で真実と書く大宰の忌            荒川英之
      映画果て潤む桜桃忌の星座            大島知津

樺の忌

      青梅を机の上に樺の忌              齊藤眞人

芙美子忌(6月28日)

      芙美子の忌浮雲一つ動かざる           武藤光リ
      芙美子忌やチラシの裏の走り書          中野一灯
      家計簿に吐息一つや芙美子の忌          山本玲子

楸邨忌、達谷(たつこく)忌(7月3日)

      ゲラ刷の文字塗り潰す楸邨忌           河原地英武

茅舎忌(7月17日)

      蜘蛛の糸に宿る雨粒茅舎の忌           渡辺慢房
      鳩来れば雀も来る茅舎の忌            松井徒歩
      リハビリへ熱風をゆく茅舎の忌          坂本操子

秋桜子忌、喜雨亭忌、群青忌、紫陽花忌(7月17日)

      紫陽花忌激しき雨を窓越しに           栗田やすし

河童忌、餓鬼忌、竜之介忌(7月24日)

      河童忌の一日雲の定まらず            下里美恵子
      片減りの亡父墨磨る餓鬼忌かな          矢野孝子
      盛り場に人無き雨の餓鬼忌かな          中村たか
      河童忌やこの世に欲しき蜘蛛の糸         武藤光リ
      河童忌や窓より逃がす夜の蜘蛛          山田万里子
      河童忌や街に疫病なほ盛ん            鈴木英子

甘露忌、不死男忌(7月25日)

      甘露忌の運河に黒きもの浮かぶ          栗田やすし
      甘露忌や夜空のいろの洋酒瓶           河原地英武
      読みかへす俳句入門不死男の忌          武藤光リ
      罅割れのトマトは畑に不死男の忌         武藤光リ
      甘露忌やグラスの氷鳴らしをり          国枝髏カ
      高く長き刑務所の塀不死男の忌          山本玲子

露伴忌、蝸牛忌(7月30日)

      丁寧に小筆運べり露伴の忌            松平恭代

木下夕爾の忌(8月4日)

      夜の帳静かに降りて夕爾の忌           武藤光リ

草田男忌(8月5日)

      野も山もなべて緑に草田男忌           伊藤旅遊
      をさなごの肘のゑくぼや草田男忌         山田万里子

新樹、新樹光

      新樹光ガーゼの産着縫ひ上ぐる          上杉美保子
      作務僧の剃りあと清し新樹光           三井あきを
      新樹光茅葺き厚き合掌家             尾関佳子
      禅問答新樹の山に谺せり             奥山ひろみ
      王義之の筆勢強し新樹光             中野一灯
      新樹光伊八の彫りし波うねる           中野一灯
      新樹光賢治遺愛のセロの艶            金田義子      前書き= 花巻ー遠野
      露天湯の湯けむり新樹まで届く          山口茂代
      新樹光ロープ手繰りて崖登る           兼松 秀
      棒あれば棒振る少年新樹光            山 たけし
      ゆつくりと廻す輪蔵新樹光            磯田なつえ
      新樹光車輪煌めく人力車             太田滋子
      ひつそりと新樹が包む無言館           太田滋子
      新樹雨流燈句碑の石洗ふ             武藤光リ
      日蝕を新樹の影に求めけり            武藤光リ
      新樹光差す政宗の孔雀の間            武藤光リ
      新樹寺烏天狗の青き面              武藤光リ
      髪切つて新樹の街を歩きけり           長江克江
      軒に干す藍の綛糸新樹光             岡田佳子
      婚の儀の雅楽新樹へ澄みわたる          金田義子
      理学士のぬくき手のひら新樹光          岸本典子

新緑、緑さす、緑、緑雨

      みどり濃し辺戸の岬の草とべら          栗田やすし
      緑さす萩大寺の鬼瓦               栗田やすし
      若き日の子規の詩稿や緑さす           栗田やすし
      緑さす若き少尉の父の墓             栗田やすし
      新緑の風や地球儀廻し見る            中山敏彦
      神鏡に新緑溢る諏訪大社             坂本操子
      新緑や下駄鳴らし来る渡御の列          野島秀子
      廃業の店看板に緑さす              川村鎮野
      池の面にひねもす細き緑雨かな          谷口千賀子
      虚子とのみ彫られし墓や緑さす          谷口千賀子
      正座して緑雨の雫見てゐたり           国枝洋子
      海光や竜飛岬の緑濃し              石原筑波
      緑さす素焼の小鉢陶工房             井沢陽子
      ブロンズの藤村座像緑さす            利行小波
      新緑へ息深く吸ひ鐘撞けり            市原美幸
      藤村の学びし二階緑さす             久野和子
      新緑や弥陀の光背煌めける            武藤光リ
      新緑や小さき入江の船溜り            武藤光リ
      納骨や墓に新緑惜しみなし            武藤光リ
      弁天の秦野白きに緑さす             中村修一郎
      緑さすレリーフうむる安吾の碑          廣島幸子
      緑さす如庵へ萱の門くぐる            鳥居純子
      新緑の風と渡りし千曲川             奥山ひろ子
      洋裁の修了証書緑さす              関野さゑ子
      時刻む櫓時計や緑さす              福田邦子
      喜寿迎ふ師の白髪に緑さす            鈴木真理子
      頬杖の少年の顔みどりさす            幸村志保美
      新緑へ民次の画室開け放つ            小蜥テ民子
      緑さす玻璃に掴まり立ちの嬰           松永敏枝
      頂門に緑さしこむ如来像             佐藤とみお
      扁額の天狗の面や緑さす             森垣一成
      鑑真の閉ぢし御目や緑さす            山ア育子
      さ緑に萌ゆる木賊の二寸ほど           若山智子

麦、麦畑、麦の波

      アルプスの裾に舞ひたつ麦ぼこり         天野アイ子
      刈り終へし麦畑に満つ日の匂ひ          平松公代
      朝市の仏華に青き麦穂の香            角田勝代
      青麦を添へ朝市のほとけ花            矢野孝子
      熟れきつて芭蕉の麦の濃紫            矢野孝子
      青麦の穂先にふれて稚児の列           金原峰子
      雨の来て色を濃くせり麦畑            武藤光リ
      焦げ色に熟れきる麦穂一揆の地          国枝隆生
      むらさき麦刈られし茎も紫に           長崎眞由美
      項垂る紫麦の禾長し               鈴木英子
      刈りごろてふ紫麦の軽き音            坪野洋子
      熟麦の光りが包む一揆塚             坪野洋子
      熟れ麦の紫匂ふ三河かな             武田稜子
      風渡るむらさき麦の濃き穂波           磯田なつえ
      三州の風に紫麦熟るる              豊田紀久子
      岡アへ一里の宿屋麦熟るる            鈴木英子
      紫の麦の穂揺るる陣屋跡             太田滋子
      コンビナートの煙一筋麦熟るる          谷口千賀子
      なほ続く虫歯の痛み麦は穂に           伊藤旅遊
      麦の穂の禾(のぎ)つややかに日を返す      松平恭代
      麦刈れば山懐の広ごれり             安藤一紀

夏蓬、蓬長く

      廃船の底に一筋夏よもぎ             栗田やすし    前書き:沖島
      一村は廃屋ばかり夏よもぎ            石崎宗敏
      石棺を城垣として夏蓬              片山浮葉
      刈り伏せて青き匂ひの夏蓬            関根近子
      句碑の辺に長けてそよげり夏蓬          矢野愛乃
      夏蓬工事車輌の出入口              朝比奈照子
      藁屋根に火除けの絵文字夏蓬           関根切子
      夏よもぎ長けて瓦礫の山隠す           国枝洋子

青薄、青萱、萱茂る

      風立つや仙石原の青芒              橋本紀子
      全身で母を呼ぶ児や青すすき           山 たけし
      青芒茂りて水辺遠くなる             清水弓月

藍刈、藍玉、藍搗、一番藍

      白雲や藍干す庭の匂ひ立つ            鈴木みすず

若葉、里若葉、窓若葉、若葉風、柿若葉

      ダム底となる村道に草若葉            牧田 章
      庭巡り木々の若葉に触れもして          牧田 章
      書に倦みし眼に眩しかり庭若葉          梅田 葵
      灰つけて大釜磨く柿若葉             関根近子
      柿若葉野菜束ねる朝市女             長谷川つゆ子
      柿若葉綾子生家にまぶしめり           後藤暁子
      水の良き珈琲店や柿若葉             藤本いく子
      嬰児の澄みし瞳や柿若葉             小林幸子
      最澄の産湯の里や柿若葉             児玉美奈子
      瀞八丁迫り出す宿の柿若葉            新谷敏江
      漆喰の崩るる蔵や柿若葉             高橋ミツエ
      雨あとの若葉の照りや綾子句碑          掛布光子
      白無垢の娘の手を握る樟若葉           右高芳江
      樟若葉白塗りはげし稚児の顔           笹邉基子
      ブナ林の若葉明りや足湯せり           中根多子     *ブナ=木偏に無
      特攻の兵舎若葉の風通ふ             山本光江
      名を呼べば這ひ来る赤児窓若葉          山本光江
                 川縁をひとり歩けり若葉風            太田滋子
      手に触れて椎の若葉のやはらかし         太田滋子
      小暗さの芭蕉生家や若葉風            谷口由美子
      若葉風魔除けの鈴を鳴らし買ふ          小原米子
      谷若葉山女跳ねたる淵青し            小石峰通子
      光悦の赤楽茶碗窓若葉              青木紫水
      まんぢゆうに若葉を添へて持て成せり       石原れい彩
      飛騨川の早瀬に迫る谷若葉            中村修一郎
      伎芸天若葉明りに立ち給ふ            中川幸子
      激戦地風にさやげる甘蔗若葉           長江克江
      窯出しの茶碗のぬくみ若葉風           兼松 秀
      巻き直すメトロノームや窓若葉          二村美伽
      退職の便り届けり柿若葉             中山ユキ
      萩若葉窓を閉ざして箔打てり           尾崎佳子
      直会の赤飯包む朴若葉              山本悦子
      柿若葉介護の少女良く笑ふ            山田悦三
      ジャムを煮る厨にまぶし柿若葉          荻野文子
      降り出してすぐに本降り若葉雨          吉田明美
      樟若葉天守の磴に焦げし跡            武藤光リ
      若葉影踏板軋む勝手口              武藤光リ
      鯉幟泳ぐ日和や里若葉              武藤光リ
      微熱して窓の若葉を眩しめり           小田和子
      若葉光鶯張りの廊めぐる             上杉和雄
      柿若葉土蔵に柱時計鳴る             国枝洋子
      吉祥天袖に若葉の風孕む             岡田佳子
      田に覆ふ欅大樹の若葉かな            中村たか
      筆箱の鳴るランドセル柿若葉           渡辺慢房
      子の頬の赤き面皰(にきび)や柿若葉       渡辺慢房
      若葉して崩落続く屏風谷             熊澤和代
      若葉風散華高舞ふ招提寺             市原美幸
      松陰の幽居三畳若葉寒              利行小波 
      ペン軸の銀の匂ひや若葉冷            河原地英武
      疫病や梅の若葉のみな捩れ            河原地英武
      若葉風遠まなざしの信長像            鈴木英子
      若葉風浴ぶ野舞台に足垂らし           都合ナルミ
      柿若葉曾孫に言の葉一つ増え           神尾朴水
      柿若葉束子で洗ふ兵の墓             林 尉江
      修行僧いつも小走り樟若葉            岸本典子
      文字小さし兵士の遺書や若葉冷          渡辺かずゑ
      フラミンゴの池に若葉の風通ふ          日野圭子
      椎若葉匂ふ舟屋に網干され            加藤ゆうや
      蘆若葉細波たてて潮引けり            関根切子
      碑の享年みな十六よ柿若葉            佐藤とみお
      横綱に抱かれて泣く児楠若葉           佐藤とみお
      窓若葉学食でとるBランチ             鈴木 文
      庭若葉三代揃ひバーベキュー           瀬尾武男
      キャンパスに多きリュックや若葉風        鈴木みすず
      青々の句碑に滴る若葉かな            山本玲子
      若葉風ギヤマン光る天狗の目           三井あきを
      日の光濡れてゐるなり柿若葉           伊藤旅遊
      庭ぢゆうの陽を撥ね返し柿若葉          橋本ジュン
      伎芸天に見ゆ若葉の道抜けて           栗山紘和
   

若楓、楓若葉、青楓

      光堂覆ひて楓若葉かな              栗田やすし
      若楓露天湯に陽のやはらかし           伊藤克江
      丹の門に影のゆらげり若楓            佐藤とみお
      山門は風の抜け道青楓              河村恵光
      御手洗に水湧く音や若楓             漆畑一枝
      明るさを水に映して若楓             渡辺慢房
      山門を潜れば薫る青楓              山下善久
      青楓葉末に光る雨雫               小山 昇
      青楓日の斑揺るるや貴船川            小田二三枝
      若楓洩るる日の斑や極楽寺            武藤光リ

葉柳、夏柳、柳茂る

      掘割に棹さす影や夏柳              龍野初心
      葉柳や折り目合はざる町の地図          山 たけし
      夏柳手摺に舟の透かし彫             岡田佳子
      夏柳水車の飛沫きらめけり            関根近子
      夏柳映りて青き宗祇水              若山智子
      葉柳の大門くぐり廓まで             小島千鶴
      葉柳や夜の銀座の通り雨             伊藤旅遊
      蔵町にただよふ酢の香夏柳            荒川英之

夏野、青野

      アルプスの夏野気ままな牛の群          松本恵子
      牧草のロールころがる大夏野           井沢陽子
      演習の砲声遠き夏野哉              丹羽一橋

夏草、青草

      夏草や閉じて久しき町工場            二村美伽
      夏草や海を背にして予科練碑           朝比奈照子
      夏草を引き石垣のゆるびけり           鈴木美登利
      目鼻欠く石の羅漢や夏の草            高田 實
      夏草や野舞台を護十三戸             神尾朴水
      磨崖仏見むと夏草踏みしだく           森 靖子
      夏草や石積み粗き坑の口             服部鏡子
      夏草や津波に耐へし賢治の碑           服部鏡子
      夏草を刈る音響く古墳山             日野圭子
      脇腹に青草のぞく阿弥陀仏            磯田なつえ
      夏草や潮にゆがみし鉄路伸ぶ           井沢陽子
      たてがみとなりて夏草風の中           河原地英武
      夏草や家紋のしるき破風墓            平 千花子
      夏草や母のゐまさぬ母の庭            丹羽康碩
      夏草や風船爆弾飛ばせし地            武藤光リ
      夏草や子に棄てられし秘密基地          渡辺慢房
      夏草を摘み来て供ふ兵の墓            倉田信子

青蔦、蔦若葉、蔦茂る

      青蔦の絡む鉄扉や兵舎跡             二村美伽
      煙突に絡む青蔦朝日浴ぶ             鈴木紀代
      青蔦に笹鳴きの句碑なぞり読む          朝比奈照子
      廃屋に地酒看板蔦茂る              山下善久
      シーサーにからまる蔦の若葉かな         平 千花子
      裏山は津波避難所蔦茂る             服部鏡子
      伸びきつて青蔦空に迫りたり           山本光江

青芝、夏芝

      青芝にひねもす雀睦みをり            加藤元道
      青芝にみどり子一歩踏みだせり          森 妙子
      青芝へ靴投げ合つて児が遊ぶ           藤吉 博
      青芝に影濃きピサの斜塔かな           石川紀子
      青芝や木椅子に夫と語らずに           児玉美奈子
      東大の青芝に犬遊ばする             丸山三依
      青芝に銀のロケット工学部            関根切子
      大奥の跡の青芝雨しとど             武藤光リ
      芝青むカップに沈む球の音            中野一灯
      青芝に凹み残して老教授             中野一灯
      青芝や雨に艶めく敷煉瓦             瀬尾武男

青蘆、芦茂る、青芦原

      青葭の風に鳴りけり象の骨            都合ナルミ
      渡し舟漕ぐ青芦の風に乗り            山本光江
      青葦の影も真青や鯉の池             大嶋福代
      青蘆や日照雨のあとの湖広し           梅田 葵
      鮒釣りの魚籠青葦に括りけり           矢野孝子
      青蘆や遺跡めきたる河口堰            伊藤範子
      青蘆に触れては傾ぐ手漕ぎ舟           鈴木 文
      鉱毒に廃れし村や蘆茂る             佐藤とみお     *渡良瀬遊水池
      朽ち舟を隠し入江の蘆茂る            坪野洋子

緑陰

      韮山や大緑蔭に砲二門              栗田やすし
      がじゆまるの大緑蔭に水の神           栗田やすし
      緑陰に舫ふ蘇州の幌小舟             田畑 龍
      緑陰や小鳥の遊ぶ水たまり            松永和子
      緑陰の岩一枚に水走る              内田陽子
      碧の句碑大緑陰にしずもれり           下里美恵子
      緑陰や爺の打ち込む香車駒            武藤光リ
      緑蔭や磴の木漏日玉のごと            武藤光リ      *上総一宮
      友を待つのつぽの生徒緑陰に           磯田秀治
      緑陰にねむる最古の登窯             櫻井幹郎
      緑蔭や給水車くる村の井泉(カー)        平 千花子
      緑蔭を拾ふ城址の広さかな            磯田なつえ
      緑蔭で若き雲水法螺習ふ             太田滋子
      敵味方なき首塚や大緑蔭             栗田せつ子

木下闇、下闇、青葉闇、木暗し

      結願寺まで参道の木下闇             牧田 章
      神鶏に追はるる鴉青葉闇             上杉和雄
      青葉闇トロイ木馬の胎の中            武田稜子
      祭馬木下闇より曳き出せり            武田稜子
      青葉闇なす三畳の女中部屋            武田稜子
      熊除けの笛高鳴らす青葉闇            中野一灯
      淡き灯の愚陀佛庵や木下闇            山下 護
      ぽつねんと電話ボックス木下闇          小原米子
      下闇や歩兵の小さき鎮魂碑            小原米子
      青葉闇腕八本の馬頭尊              林 尉江
      尾の先は起きている猫木下闇           関根切子
      修験者に径を譲れり木下闇            長江克江
      落人の墓みな傾ぐ木下闇             山本悦子
      義朝の無念の湯殿木下闇             石川紀子

余花、夏桜、青葉の花

      水神の小さき祠や余花の雨            鈴木まつ江
      父の墓コップに余花の雨あふれ          栗田せつ子

葉桜

      葉桜の下行商の荷を下す             鈴木澄枝
      葉桜や退院の荷の軽かりし            安藤幸子
      色褪せし父の文箱花は葉に            長谷川つゆ子
      葉桜の影踏んでゆく骨納             福田邦子
      葉桜や錆こぼれつぐ特攻機            国枝洋子
      葉桜の風や朝餉の卵割る             下里美恵子
      葉桜の風のゆたかに義民の碑           長江克江
      葉桜や日の斑まみれに義民の碑          坪野洋子
      友と会ふ葉桜下のカフェテラス          山本法子
      葉桜の下に集へり車椅子             日野圭子
      師弟句碑まで葉桜の影踏んで           日野圭子
      葉桜の影の中なる義民の碑            豊田紀久子
      特攻の碑に葉桜の影淡し             渡辺かずゑ
      金網の中の葉桜駐屯地              大島知津
      葉桜の陰に余熱の登り窯             川端俊雄
      葉桜や明智城址へ男坂              渡邉久美子
      葉桜の並木清しや母許りへ            金田義子
      葉桜や玩具のダンプ仰向けに           伊藤範子
      葉桜や鉈彫仏の深き罅              音頭恵子

青葉、青葉山、青葉若葉

      つむじ打つ銀杏青葉の雫かな           河原地英武
      ライターの灯の横顔や青葉の夜          櫻井幹郎
      露天湯のまはり濡れ色青葉の夜          櫻井幹郎
      媚薬めく青葉の夜の赤ワイン           櫻井幹郎
      ギター背にペダル漕ぐ娘や青葉風         上杉和雄
      青葉風老医が守る診療所             山田悦三
      青葉風白樺の幹際立てり             中根多子
      掌に古墨の匂ひ青葉冷              石原筑波
      青葉雨母の手縫ひの小袖解く           上田則子
      孫生れて植うる青葉の花水木           上田則子
      櫟青葉夢二の画室囲ひけり            巽 恵津子
      柿田川狭めて青葉照り映ゆる           岸本典子
      綾子句碑青葉若葉の風の中            中川幸子
      江の電の笛の短く青葉風             小田二三枝
      骨上げの骨の火照りや青葉寒           角田勝代
      風そよぐ青葉の山に骨納む            児玉美奈子
      青葉冷昼餉に啜る団子汁             八尋樹炎
      手術待つ廊下の椅子の青葉冷           八尋樹炎
      走りては吾を待つ児や青葉風           小蜥テ民子
      淡海余呉一望にせり青葉山            倉田信子
      津波痕著き断崖青葉風              武藤光リ
      病院の曲る額の絵青葉冷             花村富美子
      青葉風大きく逸れるフリスビー          中斎ゆうこ
      青葉風赤子抱かれて深眠り            日野圭子
      走り根の道秘湯へと青葉雨            高橋幸子

茂、茂り葉、繁茂

      西行も渡りし橋や苔茂る             田畑 龍
      楷茂る藩校に風やはらかし            市江律子

草いきれ

      草いきれ画鋲錆びたる掲示板           長澤和枝
      仏頭の転がる遺跡草いきれ            武田稜子
      捨て窯に散る陶片や草いきれ           森垣一成
      草いきれ離村拒みし民の墓            佐藤とみお
      山の墓刈りしばかりの草いきれ          内田陽子
      草いきれ海が終点錆鉄路             角田勝代
      草いきれ母の生家を見て過ぐる          櫻井幹郎

草茂る、茂る草

      幼子も一揆の墓に草茂る             栗田やすし
      お狩場の低き矢場跡草茂る            小田二三枝
      ベルリンの壁の名残や草茂る           山口茂代
      地震ありし能登人の里草茂る           野口ゆう子
      日本に向きし野墓や草茂る            漆畑一枝
      虎杖の貫き茂る窯の壁              宇田鈴枝
      草茂る被爆瓦礫の照り返し            幸村志保美
      夏草の茂る陸前津波跡              下山幸重
      建設省名残の杭や草茂る             小原米子

苔の花、花苔

      尼寺の庭にかがやく苔の花            林 尉江
      鐘楼も茅葺の屋根苔の花             武藤光リ
      偉人坂てふ石段に苔の花             武藤光リ       前書き  明治村
      大杉の走り根覆ふ苔の花             山下 護
      庫裡までの飛石づたひ苔の花           松本恵子
      走り根のからむ樹海や苔の花           武田稜子
      霊木の文殊の注連に苔の花            中山敏彦
      師を恋ふて無名庵まで苔の花           栗田せつ子
      昼暗き如庵の裾の苔の花             鈴木真理子
      石裂けし無縁仏や苔の花             山下善久
      行者径閉ざす倒木苔の花             奥山ひろ子

葎、葎生、葎の宿、八重葎

      草葎分け入り覗く休め窯             玉井美智子
      閘門の塔が影置く金葎              角田勝代

萬緑

      万緑や負け馬柵を蹴り上ぐる           長谷川郁代
      万緑にとけこむ寺の読経かな           黒田昌子
      万緑へ始業の窓を開け放つ            松島のり子
      万緑や和上坐像の肩大き             星野文子
      万緑を映す川面や沈下橋             飯田蝶子
      万緑や昆虫館に子らの声             伊藤克江
      万緑や噴煙なびく阿蘇五岳            中野一灯
      万緑を突き抜け陶の観世音            安藤幸子
      万緑に開きし森のエレベーター          利行小波
      万緑の闇の底ひの長谷舞台            内田陽子
      万緑の底に瀬音と磨崖仏             内田陽子
      美人画展出て万緑に浸りけり           神尾朴水
      万緑や団子の幟茶屋に立つ            武藤光リ
      万緑や鳥語それぞれ美しき            武藤光リ
      万緑の正殿に置く石一つ             国枝隆生
      万緑や孫と頬ばるおほむすび           酒井とし子

夏木立、夏木

      縞馬の毛並艶やか夏木立             藤田映子
      天平の校倉囲む夏木立              川島和子
      遷宮を終へて二年(ふたとせ)夏木立       武藤光リ

病葉

      走り根に病葉積もる鞍馬寺            長谷川美智子
      帝井の病葉掬ふ長柄杓              太田則子
      病葉を一枚拾ふ爆心地              市江律子
      病葉の散り敷く道を車椅子            関根近子
      病葉の降り積む脊山日照雨来る          伊藤旅遊
      神の鶏宮の病葉踏み散らし            武田明子

夏落葉

      声小さき御願(うがん)の祝女(のろ)や夏落葉  栗田やすし     前書き:アマミチュー
      丈六の樗堂の墓や夏落葉             栗田やすし     前書き:御手洗・汐待ち港
      神鶏のま白き卵夏落葉              相澤勝子
      旅疲れ門に溜まりし夏落葉            熱海より子
      夏落葉乾ききつたるポンプ井戸          上杉和雄
      野鼠の穴にささりし夏落葉            武田稜子
      夏落葉雲水たゆみなく掃けり           高平タミ
      壬生屯所跡に散りつぐ夏落葉           日野圭子
      検校の点字の碑文夏落葉             奥山ひろみ
      愚陀仏庵守りて掃けり夏落葉           中山敏彦
      園丁の先づ掃く句碑の夏落葉           中山敏彦
      夏落葉散り継ぐ無言館の坂            大島知津
      シーサーの守る御願所(うがんじゅ)夏落葉    平 千花子

常盤木落葉、杉落葉、椎落葉、松葉散る

      杉落葉箱根古道の石畳              佐藤とみお
      へそ石と伝はる礎石杉落葉            神尾朴水
      磐座に建ちし社殿や杉落葉            松永敏枝

竹落葉、笹散る

      山の辺の道しんかんと竹落葉           栗田やすし
      広げたる弁当に散る竹落葉            岡野敦子
      竹落葉峡の棚田に散り止まず           宇野美智子
      竹落葉木曽の棚田に降りしきる          幸村志保美
      竹落葉富士湧水とひかり合ふ           都合ナルミ
      昼月や音幽かなる竹落葉             櫻井幹郎
      竹落葉ひとひら肩に瑠璃光寺           栗田せつ子
      石棺の底にはりつく竹落葉            松平恭代
      手で払ふ綾子の句碑の竹落葉           近藤きん子
      一遍の島の井に降る竹落葉            上田博子
      経蔵の磴に散り敷く竹落葉            小柳津民子
      輪蔵の四方の鉄扉や竹落葉            山本光江
      あだし野の湿りがちなる竹落葉          鈴木真理子
      蕉翁も師も来し道や竹落葉            坂本操子
      竹散るや室の八嶋の風に乗り           松本恵子
      山の辺の道せばめをり竹落葉           田畑 龍
      竹落葉踏みつつ虚子のやぐらまで         鈴木みすず

蕗、蕗の雨、蕗の広葉

      山の湯の朝市で買ふ蕗の束            栗田やすし
      たんねんに蕗の葉で拭く水眼鏡          幸村志保美
      蕗の葉を揺らしひよつこりキタキツネ       米元ひとみ
      子等去りし余白蕗煮て埋めむか          下里美恵子
      地滑りの止まらぬ沢や蕗広葉           坪野洋子
      蕗担ぐ肩幅広き島をんな             山下善久
      蕗煮るや午後より雨のつのり来し         関根近子
      蕗の皮一気に引きて夕仕度            高橋幸子

夏蕨

      夏わらび摘みて辿れりマリア墓碑         大澤渓美
      夏わらび呉れり馬籠の郵便夫           長谷川郁代
      レシピ添へ北海道の夏蕨             鈴木澄枝
      恵那山を間近に摘めり夏蕨            小島千鶴
      夏蕨摘むや馬柵(うませ)の急斜面        長江克江
      裏山に尼僧と摘めり夏蕨             長崎眞由美
      夏蕨太る厩舎へ続く道              若山智子
      落人の里に長けたる夏わらび           倉田信子
      木漏れ日や音立てて折る夏蕨           高橋幸子

芹の花、花芹

      神苑に湧水流る芹の花              岡田佳子

紫蘇、紫蘇の葉、紫蘇の香

      紫蘇を揉む湖一望の外流し            矢野孝子
      紫蘇畑を抜けて炎上せし寺へ           幸村志保美
      紫蘇の色染みたる笊を仕舞ひけり         牧 和代
      膝ついて日がな一日紫蘇間引く          角田勝代
      赤紫蘇の葉先荷台をはみ出せり          奥山ひろ子
      青紫蘇を刻む檜の俎板に             奥山ひろ子
      孫ひ孫輪となりて紫蘇もみにけり         森 妙子
      匂ひ立つ観音みちや紫蘇の花           山下善久
      青紫蘇に虫喰ひの穴三つ四つ           松本恵子

茗荷の子、茗荷汁、夏茗荷

      泥の手で掴みてくれし茗荷の子          渡辺慢房       *掴むは、旧字。
      四万十の茗荷の白さ味噌汁に           中川幸子
      朝採りの茗荷刻めり妻の留守           丹羽康碩
      朝採りの茗荷両掌にあふれさす          丹羽康碩
      直会に鍋ごと届く茗荷汁             都合ナルミ
      茗荷の子藪に片足入れて摘む           国枝隆生
      庭先のとんだ所に茗荷竹             菊池佳子
      妻黙す刻あり朝の茗荷汁             山 たけし
      父母に冷やして供ふ茗荷汁            河村惠光

青山椒

      古墳への道に色濃き青山椒            長江克江
      艶やかな山の土産の青山椒            藤田映子
      塩を売る土間に並べり青山椒           岡田佳子

パセリ

      魚箱にパセリ育てて路地住まひ          尾関佳子
      指擦つてスープに散らすパセリかな        貫名哲半

筍、のこめし、たかんな、淡竹(はちく)の子

      念仏寺裏に筍掘りの声              小原米子
      法被着てたけのこ売りや寺の庭          与後玲子
      磨崖仏前に筍掘りし跡              都合ナルミ
      朝掘りのたかんなを提げ馬籠坂          山下智子
      たけのこを猪の親子が食べにきし         片山浮葉
      陶工の行き来せし径淡竹の子           梅田 葵
      初掘りの筍かかげ山下り来            中村たか
      たかんなの切り口白くしたたれる         伊藤範子
      一人居の母に筍御飯炊く             丸山貴美子
      土擡ぐたかんなの芽や綾子句碑          廣島幸子
      友来たる大き筍横抱きに             山本悦子
      筍の秀の向く方に掘り進む            兼松 秀
      竹の子に帽子預けて一休み            松永敏江
      先づ深く筍飯の湯気を吸ひ            佐藤とみお
      たかんなや釉薬光る廃れ窯            河合義和
      真竹の子空気もろとも手折りたる         高橋幸子
      筍を剥けばナウマン象の牙            武藤光リ
      淡竹の子もらふ手書きのレシピ添へ        横井美音

竹の皮散る、竹の皮落つ

      竹皮の終ひの一枚反りて付く           梅田 葵
      竹皮を脱げり小町の化粧井戸           伊藤旅遊
      竹の皮脱ぎし真竹に絹の雨            高橋幸子
      竹皮の散る音かすか綾子句碑           塩坂恵子
      竹皮をぬぐや真青な露しづく           武田稜子
      師の句碑へ如庵の竹の皮脱げり          山本光江
      竹の皮脱ぎ散らしたるけものみち         国枝髏カ
      竹皮を脱ぐ静けさの師弟句碑           大島知津
      竹皮を脱がず白壁越えにけり           河原地英武
      竹皮を脱ぐかそけそよ業平寺           下里美恵子
      竹の皮散る義元の墓の前             小島千鶴

篠の子、熊だけ、笹の子

      句座のごと篠の子囲む子規の墓          佐藤とみお

若竹、今年竹

      輪蔵の脇凛然と今年竹              栗田やすし
      今年竹如庵の空にさやぎをり           倉田信子
      有楽苑の垣はみ出せり今年竹           奥山ひろみ
      今年竹好き放題に皮脱げり            山下善久
      今年竹触れ合ふ音や仏道             斉藤陽子
      若竹の先しなやかに打ち合へり          中山ユキ
      夕風や雀出入りの今年竹             中山ユキ
      観音の空しなやかな今年竹            久野和子
      今年竹しつかりと皮付きしまま          武藤光リ
      今年竹鳥居の高み越えにけり           武藤光リ
      師の句碑へさやぐ如庵の今年竹          山本光江
      若竹や風に揺れゐるひとところ          田畑 龍
      クレヨンの緑より濃し今年竹           利行小波
      ぬきん出て庫裏の空掃く今年竹          井沢陽子
      指跡の琅かん色や今年竹             中村たか       *かんは王編に干
      若竹や曽孫の乳歯生え初むる           豊田紀久子
      若竹の天井突けり農具小屋            市江律子

竹の花、竹咲く

      いつせいに竹の花咲くけもの道          牧野一古

牡丹、ぼうたん、牡丹園

      白牡丹しべをあらはにして崩る          栗田やすし
      牡丹の崩れんとして吹かれをり          丹羽康碩
      牡丹描く女片膝地に着けて            丹羽康碩
      牡丹の固き蕾のうすみどり            丹注N碩
      観音に百の献上牡丹かな             小蜥テ民子
      一斉に咲きし牡丹や母を恋ふ           山口茂代
      黄昏の風の中なり白牡丹             小澤明子
      崩れゆく牡丹の匂ひ闇深む            山たけし
      墓訪はな母の牡丹の咲く頃に           都合ナルミ
      白牡丹揺れ戻るときうすみどり          梅田 葵
      釈迦の前雨に崩るる白牡丹            矢野孝子
      ぼうたんへ吐息のごとき宵の風          矢野孝子
      風によく揺るゝ牡丹より剪れり          矢野孝子
      ぼうたんの終りの一花あでやかに         松本恵子
      しろがねの雨こぼしけり白牡丹          平松公代
      白牡丹蘂震はせて崩れけり            丸山節子
      牡丹に顔寄せ人をやり過ごす           熊沢和代
      回廊を牡丹の風の吹き抜くる           鈴木英子
      吹く風の甘さよ牡丹咲き満ちて          牧野一古
      一刷けの風ぼうたんを崩しけり          谷口千賀子
      ぼうたんの色崩れゆく日の陰り          近藤文子
      崩るるを待つぼうたんに夜の帷          富田範保

芍薬

      退院を待たず芍薬散り尽くす           鈴木真理子
      木の臼に芍薬活くる紙問屋            兼松 秀
      山からの風に芍薬首振れり            中村修一郎
      芍薬を抱くほど剪りて妻戻る           丹羽康碩
      芍薬のうす紅が好き白もまた           丹羽康碩
      芍薬が咲いたと母へひとりごと          松平恭代
      芍薬や首重たげにしなやかに           武藤けい子
      母の忌に八重芍薬の束を活く           小原米子
      籠り居の卓に芍薬あふれ挿す           谷口千賀子
      芍薬の開ききつたる昼眠し            梅田 葵

茴香の花

      茴香の花けぶり立つ屋敷畑            平 千花子

杜鵑花(さつき)皐月、五月(さつき)つつじ

      夕くれて庵の皐月の白さ増す           月光雨花

鉄線花、てっせんかづら

      雨上がる朝鉄線の開き初む            高橋幸子
      嵐去り鉄線の花野放図に             高橋幸子
      垣越して風ともみあふ鉄線花           清水弓月
      牧水の遺愛徳利や鉄線花             上田博子
      いつ見てもどこか揺れをり鉄線花         近藤文子
      鉄線花藍工房の垣のぼる             伊藤範子
      鉄線の花幾鉢も寡婦の家             武藤光リ

時計草、ぼんかづら、ぼろんかづら

      雨粒を蕊に弾ませ時計草             河原地英武

車輪梅

      車輪梅咲くや亀甲墓の庭             砂川紀子

海桐の花、花海桐

      命絶えし子を抱く像や花海桐           栗田やすし    前書き:海鳴りの像
      花海桐匂ふ誓子の旧居跡             国枝髏カ

石楠花

      石楠花や女人高野の奥の院            益田しげる
      石楠花のたわむ樹間に朝の富士          山下善久
      石楠花や女人高野の男坂             田畑 龍
      石楠花や筧に細き水の音             八尋樹炎
      不開(あかず)門址に石楠花朱を極む       磯田なつえ
      石楠花のなほ咲き残り奥の院           伊藤旅遊

著莪の花、姫著莪

      擦れ違ふ禰宜と会釈や著莪の道          丹羽康碩
      十二支を祀る山道著莪の花            山本法子
      花著莪や古墳に著き獣道             熊澤和代
      そり返り鐘撞く僧や著莪の花           生田美貴子
      山寺のくづれし土塀著莪の花           水野時子
      花著莪に沈む小ぶりの羅漢佛           巽 恵津子
      浄智寺の磴の湿りや著莪の花           武藤光リ
      著莪の花母校に今も尊徳像            加藤百世
      著莪咲くや川音響く塩の道            岸本典子
      芭蕉碑や雨に色増す著莪の花           森垣昭一
      白虎隊自刃の跡や著莪の花            上田博子

杜若、燕子花

      杜若茶室に白湯のたぎる音            日野圭子
      咲き揃ふ花びら重き杜若             内田陽子
      産卵の鮒が揺らせり杜若             中本紀美代
      かきつばた屈めば風の止みにけり         幸村志保美
      湿原の風の粗さよかきつばた           幸村志保美
      かきつばた触れ合ひて色濃くしたり        鈴木真理子
      縄文土器大目まんまる燕子花           山 たけし
      かきつばた男川女川のひゞき合ふ         下里美恵子
      かきつばた田水あふれて畦濡らす         下里美恵子
      日の匂ひ水の匂ひやかきつばた          下里美恵子
      水の照り風のそよぎやかきつばた         下里美恵子
      綾子師と吹かるる心地かきつばた         熊澤和代
      風渡るばかり綾子のかきつばた          角田勝代
      戒壇を叩く雨粒かきつばた            金原峰子
      池の面の光やまずよ杜若             利行小波
      湿原に音なき雨や杜若              栗田せつ子

あやめ

      花あやめ土手に子の声よく透る          池村明子
      花あやめことばやさしき八瀬の宿         児玉美奈子
      花あやめ手術控へし友見舞ふ           松平恭代
      サッパ舟往き交ふ水路花あやめ          坂本操子
      川風に睦み合ひたり花あやめ           武藤光リ

菖蒲、あやめ草

      抽んでて夕鶴といふ白菖蒲            森 靖子
      白菖蒲つぼみ解く風やはらかし          鈴木真理子

花菖蒲、菖蒲田、菖蒲池

      葛飾の水に影置く花菖蒲             石原筑波
      花菖蒲紫紺に染まる雨の玉            新井酔雪
      菖蒲守脚抜く時に水濁る             武藤光リ
      水郷の風むらさきに花菖蒲            武藤光リ
      血の池に揃ひ立ちたり菖蒲の芽          磯田なつえ
      花菖蒲かがめば水の匂ひたつ           渡辺かずゑ
      かそけしや菖蒲田に引く水の音          谷口千賀子
     

黄菖蒲

      黄菖蒲の花の明るし鏡池             関根近子
      黄菖蒲の影に潜みしハリヨの子          石川紀子
      黄菖蒲や雨後の流れの薄濁り           久野和子

一八、鳶尾(いちはつ)

      一八や山の風くる陶干場             堀内恵美子

踊子草、踊草、踊花

      踊子草萌え初む紫香楽宮趾かな          金田義子

舞鶴草

      舞鶴草芽吹く工女の墓囲み            宇野美智子

立浪草

      立浪草棚田の風に揺れづめに           幸村志保美

昼顔

      昼顔や大聖堂は静まれり             野々垣理麻
      昼顔や陸より暮るる鹿島灘            渡辺慢房

はま瑰(はまなす)    はま=王偏に攵

      はま瑰や雲を脱ぎゆく十勝岳           山本光江        はま=王偏に攵
      はまなすや鰊番屋の格子窓            鈴木 栄
      はまなすや風に声飛ぶ岬かな           井沢陽子
      はま瑰の花びら波の音に散る           福田邦子
      夕風の浜にはまなす咲き乱る           鈴木英子
      はま瑰や沖ゆく船の点となる           横井美音        はま=王偏に攵
      はま瑰ややん衆の名札残る宿           三井あきを       はま=王偏に攵

薔薇、花薔薇

      壺の薔薇おおきくゆれし昼の地震         牧野一古
      朝摘みし花匂ひ立つ薔薇の風呂          服部達哉
      口ずさみ薔薇園巡る車椅子            神尾知代
      しばらくは薔薇から離れ憩ひをり         米元ひとみ
      仏間にも薔薇活け母へ香を分つ          桜井節子
      落日の光に薔薇の透きとほる           漆畑一枝
      薔薇の雨立子の小さき硯箱            伊藤範子
      繚乱と薔薇咲く家に忌中札            森 靖子
      ひとり居に一人のリズム薔薇の花         井沢陽子
      雨近き庭の白薔薇剪りにけり           水野時子
      みどりめく少女の裸像薔薇盛り          梅田 葵
      ベンチ去る女のあとに薔薇の風          梅田 葵
      ペルシャ猫見ゆる出窓や薔薇屋敷         千葉ゆう
      金網を抜け出て薔薇の真くれなゐ         熊澤和代

梧桐、青桐

      梧桐の葉を広げたり被爆の地           市原美幸

紫蘭、白及(しらん)

      西行の歌碑に紫蘭の影伸ぶる           武藤光リ
      棺出す庭に紫蘭のこぼれけり           小蜥テ民子
      によつこりと顔出すやうに紫蘭咲く        大石ひさを

九輪草、七階草

      滝壺を廻る細道九輪草              河合義和

鈴蘭、君影草

      父母に庭のすずらん摘み供ふ           中山敏彦
      すずらんに湖風届く昼餉時            武藤光リ

百合、笹百合、鬼百合、透(すかし)百合、鉄砲百合

      笹ゆりや嶺に白雲わき出づる           小石峰通子
      山腹を覆ひて揺るる百合百花           横井正子
      故郷の山百合庭に開きけり            中村たか
      曲り屋の茅葺屋根に小鬼百合           山下智子
      白百合の初咲き供ふ夫の墓            門村鈴子
      山百合の倒れて花をもたげたる          中山ユキ
      姥百合に埋もるる谷間一揆の地          上杉美保子
      笹百合に風立ち木曽の雨上る           坪野洋子
      括られて鬼百合はみな俯ける           鈴木 文
      笹百合や棚田の水の響き合ふ           若山智子
      薬屋の百の抽斗百合の花             太田滋子
      喪の家の白百合の香とプッチーニ         奥山ひろ子
      白百合や息詰めて読む兵の遺書          上杉和雄
      姥百合の香へ開け放つ座禅堂           野島秀子
      オーボエが好きてふ孫や百合の花         野ア和子

宝鐸草、狐の提灯

      山の辺に狐の提灯綾子亡し            国枝隆生
      坪庭に狐の提灯大井宿              山下智子

擬宝珠の花、ぎぼし、花ぎぼし

      兄恋ふや遺愛の擬宝珠芽生えたる         矢野愛乃
      鉄柵の透き間に見ゆる花擬宝珠          清水弓月
      水音にそひて歩けり花ぎぼし           日野圭子
      雨十日ぺたりと伏せし花擬宝珠          磯田なつえ

柿の花

      銃後てふ母の青春柿の花             畑ときお
      武家門の錆びし乳鋲や柿の花           牧 啓子
      曇天に散りて錆をり柿の花            武藤光リ
      棒鼻の案内板錆ぶ柿の花             長崎眞由美
      柿の花土塁崩れし曲輪跡             安藤幸子
      柿の花こぼれ尽きたり長屋門           小山 昇
      機(はた)音の絶えて久しや柿の花        山 たけし

栗の花

      栗の花雨の匂ひの重たくて            小田智子
      微かなる夜汽車の響き栗の花           渡辺慢房
      夜風やゝ湿りて来たり栗の花           梅田 葵
      安曇野に低き雲あり栗の花            高田 實
      栗の花竜馬が越えし峠道             上杉美保子
      根尾谷の横ずれ断層栗の花            上杉和雄
      花栗の空にほぐるる殉教碑            近藤文子
      俯いて擦れ違ふ子や栗の花            兼松 秀
      花栗の匂ふ北斎寝起きの間            服部鏡子
      花栗や堂に北斎天井画              山下帰一
      野仏や花栗匂ふ小布施みち            漆畑一枝
      花栗の香の匂ひ濃し宿場道            高橋幸子
      花栗の匂ふ丸子の無縁墓             中村修一郎
      川ふたつ落ち合ふところ栗の花          下里美恵子
      咲き満ちて花火のごとし栗の花          矢野愛乃
      外湯まで闇に匂へり栗の花            平松公代
      みちしるべ捜す山路や栗の花           安藤一紀
      雄鶏の雄叫び長し栗の花             武藤光リ
      夕暮れの風の重さや栗の花            野瀬ひろ

椎の花

      海舟の墓にこぼるる椎の花            武藤光リ
      椎の花終の棲まひの庭に散る           武藤光リ
      閉ざされし赤門に降る椎の花           武藤光リ      *東大キャンパス
      椎の花湖を見下ろす天守跡            平松公代
      搦手の高き石段椎の花              武山愛子
      大坊の梵鐘古ぶ椎の花              児玉美奈子
      国分寺や鴟尾の真上の椎の花           清水弓月
      本殿の空を蔽へり椎の花             巽 恵津子
      禅寺に水湧く音や椎の花             松本恵子
      隠れ城てふ山寺や椎の花             小蜥テ民子
      筆塚の筆に降り積む椎の花            倉田信子
      花椎のけだるき匂ひ舟屋路地           岸本典子
      湾沿ひにひしめく舟屋椎の花           伊藤克江
      花椎を映すガラスの美術館            安藤幸子
      師の句碑を包む香や椎の花            栗山紘和
      コロナ禍の街暮れてゆく椎の花          栗田せつ子
      散りつぎて池の面椎の花まみれ          森 靖子

大山蓮花、天女花(おおやまれんげ)、深山蓮華

      蘂赤き大山蓮花匂ひ立つ             栗田やすし
      香をかげば大山蓮花雨こぼす           倉田信子
      大山蓮花庚申坂に香を放つ            野島秀子
      曼荼羅へ大山蓮華香を放つ            野島秀子
            

楝の花、花楝、栴檀の花

      でこぼこの溶岩に降り継ぐ花楝          角田勝代
      湧水の流るる大社花楝              野島秀子
      青空にまぎるる淡さ花樗             清水弓月
      栴檀の匂ひ満ちたる毛利墓所           上杉和雄
      車椅子押す手に零る花あふち           熊澤和代
      栴檀の花や高空曇りがち             梅田 葵
      花楝雲とどまれば色深む             梅田 葵
      雨やんで楝の花のけぶりをり           牧 啓子

女貞(ねずみもち)の花、玉椿

      ねずみもち綾子の句碑になだれ咲く        澤田正子
      師の句碑にこぼれて弾む女貞花(ねずみもち)   廣島幸子

卯の花、空木の花、花卯木、姫うつぎ

      卯の花や白川郷へ橋一つ             栗田やすし
      空木切り春雷句碑に供へけり           佐藤春子
      花卯木使ひ込みたる志野茶碗           清水聡子
      水の鳴る木橋のほとり花空木           田畑 龍
      卯の花や釣瓶井残る生家跡            佐藤とみお
      峠路にまぶしき白さ花うつぎ           内田陽子
      虚子へ向く立子の墓や花卯木           熊澤和代
      九頭竜に沿ひたる山路紅うつぎ          金田義子
      国盗りの城にこぼるる花空木           市江律子
      踊り子のドガのスケッチ姫空木          山下帰一
      喪に籠る雨の一日や花卯木            利行小波
      卯の花や喘ぎて登る謡坂             河合義和
      師の庭の光あふるる花卯木            長江克江
      廃鉱の錆色の路はなうつぎ            岡田佳子
      卯の花や板張り粗き外厠             武藤光リ
      卯の花の零れてゐたり朝の地震          武藤光リ
                魚はねて空木の花の影ゆらす           牧 啓子

花茨、花うばら、野ばらの花、茨の花

      湖見ゆる姫街道やうばら咲く           掛布光子
      大鼠横切る疾さや花茨              水野時子
      野茨の花が枝張る舟着場             伊藤範子
      花うばら児への片仮名軍事便           矢野孝子
      水見色の瀬音ゆかしき花茨            矢野愛乃
      湯の町を分つ渓流花うばら            小原米子
      分流は静かな川に花いばら            小原米子
      見はるかす津波禍の土手花茨           国枝洋子
      とうさんとつぶやいてみる花うばら        幸村志保美
      花茨軍艦島の闇深し               玉井美智子

朴の花

      無住寺となりて久しや朴ひらく          桜井節子
      山襞は雲湧くところ朴の花            武田稜子
      浮雲を追ふ浮雲や朴の花             小原米子
      背に日を受くる観音朴の花            武藤光リ          *東北行
      朴散華命賭したる司令塔             武藤光リ          *東北行
      登城坂ぬけて明るし朴の花            渡辺かずゑ
      杖借りて目指す頂上朴の花            服部鏡子

ひとつばたご、なんじゃもんじゃ

      弓を掛くなんじやもんじやの花の幹        片山浮葉
      老ライダーなんじやもんじやの花嗅げり      山下善久
      満開のひとつばたごの大揺れす          中川幸子
      朝の鐘なんじやもんじやに風生まれ        中川幸子
      なんじやもんじや空近々と盛んなり        小原米子

水木の花、灯台木

      咲き満つる水木の花に滝しぶき          大津千恵子
      試走車のテストコースや水木咲く         武藤光リ

山法師の花、山帽子、

      暮れてなほ径に明るし山法師           千葉ゆう
      朝の日を集めて清し山帽子            武田稜子

槐の花、花槐、えにす、くぜまめ

      樹下を黄に染めし槐の落花かな          田畑 龍
   

アカシアの花、はりえんじゅ

      アカシヤの花散る下を三輪車           角田勝代
      木道にこぼれて匂ふ針槐             角田勝代
      生地なる大連遠し針槐              中川幸子
      乳母車花アカシアの風に押す           金原峰子
      アカシアの花びら零る廃れ窯           鈴木英子
      喪ごころや雨にけぶれる針槐           矢野孝子

マロニエの花

橡の花

      飢餓谷の底が明るし橡の花            山本悦子
      木曽駒を離れぬ雲や橡の花            坪野洋子
      橡咲くや地震に崩れし外曲輪           武藤光リ
      雨雲を突き上げ咲けり栃の花           澤田正子
      花栃や日本武尊掛けし石             市江律子

忍冬(すいかずら)の花、忍冬、吸葛、金銀花

      唱名に始まる一日忍冬花             森 靖子
      忍冬の垣に錆びをり屋敷町            武藤光リ
      吸かづら無聊の庵に香を放ち           武藤光リ
      夜の帳降りて香るや金銀花            河合義和

定家葛の花

      定家葛こぼるる平家隠れ洞            奥山比呂美

棕櫚の花、花棕櫚

      昏れぎはの空が明るし棕櫚の花          関根近子
      曇天やぼつてり垂るる棕櫚の花          菊池佳子
      棕櫚の花芭蕉の句碑へこぼれけり         福田邦子
      棕櫚の花ギター教師の庭先に           松本恵子
      終の地に住みて十年や棕櫚の花          武藤光リ

えごの花、ちしゃの木

      崖せまる背戸に散り敷くえごの花         松本恵子
      えごの花小指ほどなる埴輪売る          夏目悦江
      えご咲くや暗く湿れる土塁跡           武藤光リ
      厩舎より驢馬の耳見ゆえごの花          市江律子

榊の花、花榊

      花榊匂ふつばいち観世音             廣島幸子
      花榊匂ふ吉野の厨神               林 尉江
      貞奴の霊廟清し花榊               上杉和雄

菩提樹の花、菩提の花、菩提樹咲く

      菩提樹の花の散りしく爆心地           幸村志保美
      声明や菩提樹の花盛りなり            山下善久

桐の花、花桐

      山の田の荒るるにまかせ桐の花          清水弓月
      日翳りて色失ひし桐の花             福田邦子
      里山に桐の紫朴の白               夏目隆夫
      桐の花散り込む流れ鍬浸す            下里美恵子
      禅堂に警策の音桐の花              吉田青楓
      桐の花越後の空を支へゐし            山下智子
      空爆の跡地に咲けり桐の花            門村鈴子
      祓はれし馬場へ散り継ぐ桐の花          武田稜子
      門川に鱒飼ふ暮し桐の花             上杉和雄
      古筆展出て花桐の空仰ぐ             鈴木真理子
      桐咲いて空の青さの極まれり           鈴木真理子
      掌にぬくき落ちしばかりの桐の花         鈴木真理子
      桐咲くや遺書となりたる日記帳          熊澤和代
      との曇る空押し上げて桐の花           熊澤和代
      谷へ散る落人村の桐の花             森 靖子
      との曇る山峡の空桐咲けり            坂本操子
      夕方に熱の出る日々桐の花            石川紀子
      漆黒の寝釈迦に桐の散りつくす          篠田法子
      牛匂ふ村の戸毎に桐の花             山本法子
      山桐や末寺の太鼓葬告ぐる            武藤光リ
      みちのくや汚染の山に桐の花           武藤光リ     *東北行
      桐の花空の青さと響き合ふ            松平恭代
      てのひらに拾ふ全き桐の花            小柳津民子
      釈迦牟尼は暗きに在す桐の花           都合ナルミ
      歩きてふ一人遊びや桐の花            松井徒歩
      禅寺の空押し上げて桐の花            福田邦子

胡桃の花

      岩走る水音に垂る花胡桃             近藤文子
      トロッコの通るたびゆれ花胡桃          牧野一古

楠の花

      箔残る木彫仏や楠の花              松平恭代
      花楠の陰で易者の生欠伸             廣島幸子
      柔らかに揺れてゐるなり楠の花          中川幸子

天蓼(またたび)の花、木天蓼の花

      木天蓼の花に妙義の山尖る            神尾朴水
         木天蓼の白際やかに雨上り            国枝隆生
      またたびの白き花散る獣道            若山智子
      藪分けて木天蓼の花確かむる           国枝洋子
      またたびの花に真向かふ平家墓所         市江律子
      またたびの花や秘湯へ九十九折          山本悦子
      木天蓼の花の白さや谷深し            上田博子

櫨の花

      櫨の花こぼれて匂ふ利休の碑           栗田せつ子

がまずみの花

      しぶき上ぐ渓へがまずみ花こぼす         金田義子
      がまずみの花揺れ雨の近づけり          栗田せつ子

桷の花、小梨の花、姫海棠

      鈴鳴らし山羊が柵越ゆ桷の花           牧野一古

蜜柑の花、花蜜柑、レモンの花

      吹き上ぐる瀬戸内の風花蜜柑           田端 龍
      花みかん匂ふ峠や海の風             山下善久
      陵(みささぎ)へ蜜柑の花の匂ひ立つ       中山敏彦
      雨兆す風に匂へり花みかん            熊澤和代
      師と歩く蜜柑の花の匂ふ畔            大島知津

青梅、実梅

      梅は実に女人くぐりし小さき門          栗田やすし
      実梅売るみすずの街の乾物屋           栗田やすし           前書き 仙崎
      落梅のうぶ毛に光る雨しづく           高橋ミツエ
      落梅の香れる庭に朝日さす            長澤和枝
      梅は実に綾子の句碑に夕日差           佐々木美代子
      青梅の一つ転がる綾子句碑            加藤ノブ子
      音軽く枝に弾みて実梅落つ            渡辺慢房
      青梅が一つ転がる東慶寺             牧野一古
      梅の実の三つ四つ育つ綾子句碑          桜井節子
      尼寺の開かずの扉梅は実に            塩坂恵子
      実梅売る絣のひとの加賀訛            塩坂恵子
      正座してひとつづつ拭く庭の梅          岡野敦子
      熟れ梅の屋根打つ音の夜もすがら         関根近子
      梅の実の落つるがまゝや虚子旧居         栗生晴夫
      孫生れて植ゑし記念の梅は実に          花村富美子
      梅は実に娘の恋の話聞く             長崎眞由美
      だめ猫のままに逝きけり梅落つる         武藤光リ
      青梅の風やはらかし師弟句碑           鈴木真理子
      青空へ梅もぐ竿を伸ばしけり           菊池佳子
      実梅落つ茂吉生家の屋敷神            小島千鶴
      もぐさ屋の薄れし屋号実梅熟る          上村龍子
      青梅の一つ艶やか綾子句碑            沢田充子
      屋敷神祀る生家や梅は実に            小原米子
      青梅にほのかな紅のありにけり          齊藤眞人
      梅の実の際立つ青さ雨弾く            久野和子

桜の実、実桜

      桜の実色づき初めし金閣寺            長谷川しげ子
      指差すを覚えし赤子桜の実            金原峰子
      実桜の降り敷く茅野の尖石            廣島幸子
      葉がくれに桜実となる関所跡           日野圭子

楊桃(やまもも)、やまうめ、楊梅の実

      楊梅のこぼるるままに友病める          森 靖子
      敷石に楊梅踏んで杓子庵             中村たか

さくらんぼ、桜桃、

      桜桃の樹下ではしやげり姉妹           栗田やすし
      桜桃の枝を介護の手土産に            長谷川雅子
      湖の風に色づくさくらんぼ            北村美津子
      小さき手が数へて分けるさくらんぼ        熊谷タマ
      金箔の弥陀に供ふるさくらんぼ          山口行子
      アメリカ産ダークチェリーの悪女めく       小長哲郎
      さくらんぼ一つ増えたる子供椅子         上杉和雄
      腕白の頬に涙よさくらんぼ            上杉和雄
      鵯群れて食べ尽くしたりさくらんぼ        関根近子
      若き日の恋の話やさくらんぼ           熊澤和代
      あめ色の古き腰籠さくらんぼ           近藤文子
      摘み摘みて師の喜寿祝ふさくらんぼ        近藤文子
      エフエムの正午の時報さくらんぼ         奥山ひろ子
      指さしてあれこれ聞く児さくらんぼ        武藤光リ
      

山桜桃(ゆすらうめ)、ゆすら

      実を零す枝引き寄せしゆすらうめ         井上 梟
      みやらびの黒き瞳よ山桜桃            福田邦子
      伸子(しんし)張りくぐりて摘めりゆすら梅    神野喜代子
      昨夜の雨零して摘めりゆすらの実         武藤光リ
      ゆすらの実ふふめば朝のつめたさよ        武田稜子

桑の実、桑苺

      桑の実や風さわさわと吹き抜くる         福田邦子
      桑の実の熟るる岸辺に舟繋ぐ           福田邦子
      修善寺に続く坂道桑熟るる            花村富美子
      たはむれに桑の実を食み渡船待つ         河合義和
      桑の実に群がる雀枝揺らす            石原れい彩
      遠き日を語りて摘めり桑苺            国枝洋子
      桑の実のうすら甘さよ旅はじめ          八尋樹炎
      遠くなる母なき故郷桑苺             上村龍子
      桑苺ハリヨの孵る水へ落つ            坪野洋子
      萱屋根に山桑熟れし実をこぼす          山本悦子

紫陽花、四葩、七変化

      紫陽花の原種苗買ふ朝の市            丹羽康碩
      父の供花少し小振りの濃あぢさゐ         岸本典子
      あぢさゐや仏足石に水溜り            渡辺協子
      濃あぢさゐ男子生れしと声はづむ         不破志づゑ
      あぢさゐの藍をつくせし寺の庭          黒木純子
      あぢさゐの色を重ねし雨上り           清水聡子
      紫陽花に触れて石仏巡りかな           藤本いく子
      白紫陽花幼き毬は薄みどり            巽 恵津子
      虚子庵の名残の四葩藍淡し            小島千鶴
      雨女認めぬ友よ濃あぢさゐ            小島千鶴
      紫陽花や町家にパッチワーク展          市原美幸
      鎌倉の山あぢさゐの瑠璃きざす          福田邦子
      紫陽花の青が囲めり丈草井            廣島幸子
      門川に鯉飼ふくらし濃あぢさゐ          角田勝代      *郡上八幡
      紫陽花の重みを母の乳房とも           河原地英武
      七変化たつぷり活けて美容院           梶田遊子
      紫陽花の碧の遠くに空の青            武藤光リ
      濃紫陽花尼僧の語る死後の国           武藤光リ
      千木光る社の空や濃あぢさゐ           武藤光リ      *二句文京区紫陽花まつり
      どの道も紫陽花の道藍の球(たま)        武藤光リ
      紫陽花や及ばぬ恋の置き土産           今里健治

額の花、額紫陽花

      寡婦たりし母が好みし額の花           栗田やすし
      よろずやの間口一間額の花            雨宮民子

南天の花

      長雨に南天の花散り尽す             相澤勝子
      駅裏に鉄道神社花南天              磯田なつえ
      白極む御殿医跡の花南天             上村龍子

山梔子の花、花山梔子

      梔子の香によみがへる母の顔           牧田 章
      月光に浮きて梔子匂ひ濃し            金田義子
      梔子の渦にとどまる昨夜の雨           伊藤範子
      雨後の庭山梔子の白匂ひ立つ           中山ユキ
      くちなしの花の真白や兵の墓           奥山ひろみ
      朝刊を手にくちなしの香に寄れり         石原進子
      くちなしの黄ばみし花や甃の上          清水弓月
      舞稽古終へ梔子のよく匂ふ            大島知津
      梔子の花や帯屋の長暖簾             河原地英武
      くちなしの香りほのかや小町塚          服部鏡子
      くちなしや一人暮しの勝手口           鈴木真理子
      くちなしの香や雲重き夕間暮れ          中斎ゆうこ

藻の花、花藻、玉藻、水藻の花

      みそぎ川花藻の覆ふ水くらし           鈴木みや子
      藻の花のそよぎよ水の湧くあたり         内田陽子
      梅花藻の花に屈めば風立てり           河原地英武
      梅花藻の蕾ほぐるる水の底            藤田幸子
      しろじろと富士湧水の花藻かな          福田邦子
      梅花藻の花踊らせて水湧けり           武田稜子
      藻の花に刃金光の水疾し             坪野洋子

蓮の浮葉、銭葉、巻葉

        すいれんの葉の幼くてまそほ色          栗田やすし
      浮き雲の映る水面や蓮浮葉            中村修一郎
      蓮の葉の蠢いてをり源氏池            今井和子
      蓮浮葉鯉口あけて泡一つ             鳥居純子
      蓮の葉の上で転がる雨の粒            長谷川しげ子
      さざ波に揺れどほしなり蓮浮葉          坂本操子
      水玉をのせては風の蓮浮葉            近藤文子
      いとけなき蓮の浮葉や杜国の碑          金原峰子

蓮、蓮華、蓮の花、蓮池、蓮見船

      蓮ひらく祈りの十指解くやうに          伊藤範子
      蓮の花影もろともに揺らぎゐる          伊藤範子
      蓮の風甘し山門拭き抜くる            堀内恵美子
      しののめや蓮見の関の緋毛氈           金田義子
      風の道見えて蓮の葉うら返る           服部萬代
      群生の蓮に湖国の風荒し             巽 恵津子
      朝風にほぐれつつあり蓮の花           中川幸子
      花散りし蓮の萼のうすみどり           中山敏彦
      白連の大揺れしたり一揆寺            中斎ゆうこ
      朝風に光零せり蓮畑               武藤光リ
      伸びきつて大蓮の花せめぎあふ          幸村志保美
      明日咲くか蓮の蕾のふくよかに          横井美音
      蓮咲いて浄土の風の中に村            富田範保

睡蓮、未草(ひつじぐさ)

      石臼に今朝一輪のひつじぐさ           栗田やすし
      花閉ぢし睡蓮に闇深まれり            栗田やすし
      土砂降りや蕾の固きひつじ草           中山敏彦
      睡蓮の池針ほどの稚魚の群            夏目悦江
      睡蓮の花つつき合ふ鯉の稚魚           吉岡やす子
      睡蓮の鉢に笹舟浮かしけり            長崎真由美
      姑祝ふ鯉のはねたり未草             金原峰子
      睡蓮やモネの館に写楽の絵            堀内恵美子
      弁天池浚ふ睡蓮片寄せて             奥山ひろみ 
      大甕に睡蓮咲かせ蛇笏の居            中村たか
      睡蓮の花閉ぢてより夕長し            上杉美保子
      絞り屋の庭睡蓮の開き初む            日野圭子
      こまやかな雨の水輪や羊草            近藤文子
     

河骨、こうほね

      河骨の花を揺らせり寺の鯉            国枝隆生
      河骨の花躍らせて水湧けり            坪野洋子
      河骨に水音絶えぬ誕生日             中川幸子
      河骨の水面に雨のあかるかり           谷口千賀子
      河骨の灯しと見ゆる日暮どき           東口哲半

布袋草、布袋葵

      布袋草動きて現るる鯉の口            小田智子
      デパートで夫の買ひ来し布袋草          木全一子
      布袋草むらさき淡き夕の庭            松永和子
      鮒群るる沼に盛りの布袋草            山田悦三
      江ノ電の窓いつぱいに五月富士          伊藤範子
      梅花藻の白花ゆらぐ流れかな           新野芳子
      藻の花に日射明るし地蔵川            水野時子
      布袋草片寄せられし舟着き場           長江克江
      布袋草水面余さず咲きにけり           熊澤和代

水芭蕉

      木道の軋み続けり水芭蕉             藤田岳人
      木漏れ日の森に耀ふ水芭蕉            横森今日子
      水芭蕉見に熊除けの鈴ならし           栗田せつ子
      月山の風に帆をあぐ水芭蕉            山本悦子

菱の花 菱咲く

      水漬きたる舟に菱咲く湖北村           熊澤和代

藺、藺草、姫藺、細藺

      夕かげに舫ふ渡しの藺座布団           森垣昭一

太藺、太藺刈る

      瀬音して太藺のみどり濃くしたり         小田和子

藻刈、藻刈船、藻刈棹

      巫女抱ふ桶より刈り藻潮垂らす          片山浮葉
      藻刈り舟巫女の注ぎし二壺の神酒         片山浮葉

蒲、蒲の穂、蒲茂る

      蒲の穂にしばらく夕日止どまれり         中川幸子

萍、根無草、萍の花

      萍に傾ぎしままの田舟かな            田畑 龍
      舟通す萍たもで掬ひ上げ             坪野洋子
      根無草砲座のあとの水溜り            平松公代
      閑かさや萍生やす庫裡の鉢            武藤光リ

蓴菜、蓴、蓴舟

      蓴菜の沼蒼々と風わたる             福田邦子
      沼の面にじゆんさいの花光合ふ          福田邦子
      昼暗き森の池なか蓴(ぬなわ)群る        山崎文江

海桐の花

      断崖に砕ける波や花海桐             横井美音
      潮騒の高まる夕べ花海桐             小原米子

罌粟の花、罌粟の実、罌粟坊主

      国境の大草原に芥子の花             栗田やすし
      風の来て忽と鬼罌粟揺らぎけり          武藤光リ
      芥子の花幼児風をつれてくる           金田義子
      罌粟坊主揺るる国境検問所            伊藤旅遊
      江の電は風の径なり花ポピー           野島秀子
      丘染めて虹のごと咲く芥子の花          石川紀子
      綾子師の墓訪ふ道辺芥子の花           佐藤とみお

雛罌粟、虞美人草、ポピー

      雛げしや日時計午の刻を指す           武藤光リ
      ひなげしや幸せ薄きふりをして          高柳杜士

未央柳、金糸桃

      子規庵の庭に明るし金糸桃            市原美幸
      そよ風と遊べる未央柳かな            加藤ゆうや

おおでまり、手毬花

      よく笑ふ隣家の少女手毬花            上村龍子
      雨あとの庭に弾めり大手毬            関根近子
      咲き満ちて白極まれり大手毬           関根近子
      山の辺の風に弾めりてまり花           国枝洋子
           

泰山木の花

      継ぎ目なき泰山木の蕾かな            河原地英武
      大鳥居おほひて咲けり泰山木           中平紀代子
      夕の日に泰山木の花錆ぶる            武藤光リ
      泰山木塩田長者の庭に錆ぶ            上杉和雄
      泰山木今朝鮮しき白解きぬ            金田義子

沙羅の花、夏椿の花、さらの花

      本堂に遠き潮騒沙羅の花             武藤光リ
      のびやかにひびく木魚や沙羅の花         中野一灯
      沙羅の花母の残せし硯箱             垣内玲子
      磨崖仏の裂け目に咲きし夏椿           山崎文江
      禅寺の昼の静けさ夏椿              日野圭子
      夏椿縁切り状の墨薄れ              日野圭子
      風立ちて沙羅の花ちる万願寺           岩上登代
      初孫や日ごとふくらむ沙羅の花          新井由子
      沙羅は実に寺の奧処の鬼子母神          山下智子
      朱印押す僧の手白し沙羅の花           前田史江
      雨しとど沙羅の蕾の落ちるまま          小蜥テ民子
      晩鐘の響く棚田や沙羅の花            八尋樹炎
      古備前の壺に一輪夏椿              鈴木みすず

さびたの花、糊うつぎ

      さびた咲く水音高き行者径            国枝洋子
      花さびた沢音こもる行者小屋           高橋孝子
      さびた咲く屯田兵の薄板屋            野島秀子
      花サビタ故里の田を白く染め           中根多子
      木道に躍る日の斑や花さびた           坪野洋子

合歓の花

      海へ向く移民の墓や合歓の花           熊澤和代
      また辞書を引きし単語や合歓の花         渡辺慢房
      城の絵の慰問袋や合歓の花            青木しげ子
      宮下に落ち合ふ流れ合歓の花           夏目悦江
      夕の雨含みて重し合歓の花            夏目悦江
      屋敷跡空一ぱいに合歓の花            花村つね
      師を偲ぶ虹の光の合歓の花            国枝隆生
      合歓戦ぐ皇女降嫁の峠道             坪野洋子
      象潟の雨ともならず合歓の花           富田範保
      軍鳩の慰霊碑小さし合歓の花           長崎マユミ

青羊歯、玉羊歯、羊歯若葉

      帝井の羊歯の青さよ鳶の笛            高橋孝子
      羊歯青し寺に応挙の幽霊図            山本玲子
      業平の井戸をはみ出す歯朶若葉          奥山比呂美

海芋、カラー、海芋の花

      海芋咲く灯台守の官舎跡             幸村志保美
      一日経て一日古りたる海芋かな          渡辺慢房
      肩まろき朱泥の甕や海芋咲く           久野和子

      芭蕉翁宿りし寺や藜生ふ             小島千鶴
 

青芒

      青芒風よりほかに寄辺なし            伊藤旅遊

破れ傘

      悔ゆることなきとは言へず破れ傘         栗田やすし
      破れ傘三寸ほどの傘の反り            矢野愛乃
      木食の庵にまみえし破れ傘            夏目隆夫

玉巻く芭蕉、芭蕉玉解く

      義仲寺の門辺玉巻く芭蕉かな           廣島幸子
      大株の芭蕉玉解く寺院跡             中村たか

雪の下、鴨足草、虎耳草

      母の忌や花咲き初めし鴨足草(ゆきのした)    朝比奈照子
      水しぶく崖にはりつく鴨足草           萩野文子
      鴨足草花の枝垂るる政子の井           服部満代
      鴨足草書院の庭の隅隅に             巽 恵津子
      住み捨てし山家の水場鴨足草           松本恵子
      志野焼の壺に束ねて鴨足草            上田博子
      鼻欠けし馬頭観音鴨足草             河合義和

虎尾草

      うす紅の虎尾草やさし伊吹山           磯田なつえ
      虎尾草を活け宗悦の書幅掛く           山下帰一

すべりひゆ

松葉牡丹、日照草

      水ばかり飲む子兎や日照草            高橋ミツエ

敦盛草、敦盛の花

      霧に濡れ敦盛草のいろ深む            坂本操子

鬼灯の花、酸漿の花

      葉隠れに花鬼灯の白さかな            竹中和子

青鬼灯、青酸漿

      青鬼灯兜太の句碑の太き文字           石原筑波
      鎌の先青鬼灯のにほひ立つ            高橋幸子

姫女苑

      姫女苑土地売却の札覆ふ             豊田紀久子
      揺るるたび蝶を放てり姫女苑           都合ナルミ
      姫女苑ひつそり咲けり式部廟           小島千鶴
      母校への土手の明るし姫女苑           小島千鶴
      たたみ皺著き踏絵や姫女苑            矢野孝子
      洞穴の岩のほとりに姫女苑            平 千花子
      師弟句碑前に闌けたる姫女苑           若山智子

花茗荷、藪茗荷

      石臼の郵便受けや花茗荷             若山智子
      藪茗荷生ふ半兵衛の屋敷跡            石川紀子
      渡船場の小暗き道や花茗荷            長崎眞由美
      軍馬の碑そびらに一花藪茗荷           河合義和
      九十路やふらふらと摘む花茗荷          山下智子

烏柄杓、半夏

      山頭火句碑に半夏の花ゆらぐ           岸本典子
      禅寺の庭に半夏の花開く             牧 啓子

半夏生、片白草

      片白草活けて明るき詩仙堂            倉田信子
      半夏生染屋に錆びし馬つなぎ           鈴木真理子
      悲しげなルオーのピエロ半夏生          伊藤旅遊
      子規庵の引き戸の厠半夏生            鈴木みすず
      母植ゑし片白草の白清し             長崎眞由美
      湿原の水の岐れ目半夏生             森垣一成

螢袋、釣鐘草、提灯花

      野面積隙間に螢袋かな              高橋幸子
      手洗ひに螢袋の花の影              清水弓月
      休憩は螢袋の咲くところ             夏目悦江
      螢袋かすかに揺れぬ何かゐる           田畑 龍
      魚釣りし辺りや螢袋咲く             中村たか
      螢袋折目正しく開きけり             中村たか
      昏れてきて螢袋の白灯る             井沢陽子
      覗き見る螢袋の内ひそと             小蜥テ民子
    

浦島草

      山峡の美人の湯とや浦島草            菊池佳子

向日葵、日輪草

      向日葵のいまが盛りの峠道            牧田 章
      向日葵や海一望のカフェテラス          鈴木真理子
      島の畑大ひまはりに朝日さす           手登根博子
      ひまはりの花児が入れて棺閉づ          小蜥テ民子
      向日葵の花束受くるメダリスト          平松公代

葵、立葵、銭葵、這葵

      立葵下校の子等のよく笑ふ            佐藤博子
      立葵すつくと伸びし城の址            多々良和世
      伸子張る染師の庭の立葵             近藤文子
      立葵揺れて静かな島の路地            日野圭子
      立葵染屋に古りし糸秤              武田稜子
      立葵子等が背くらべして通る           宇佐美こころ
      家訓記す大福帳や銭葵              市江律子
      猫歩く落第横町立葵               斉藤眞人
      幼な児が背伸びして見る立葵           夏目悦江

紅蜀葵、もみぢあふひ

      銃砲店横向きに咲く紅蜀葵            石原進子

黄蜀葵、とろろあふひ

仏桑花、ハイビスカス

      壕出でし目にしむ赤き仏桑花           鈴木みすず
      原種てふ少し小ぶりな仏桑花           中根多子
      ひめゆりの塔にハイビスカス捧ぐ         武藤光リ
      軍機とぶ遙拝の地や仏桑花            平 千花子

ユッカ、ユッカ咲く、花ユッカ

      女子寮の昼の静けさユッカ咲く          下里美恵子
      池の面へ影を映して花ユッカ           金田義子

夏薊

      夏薊水車の廻る馬籠宿              櫻井貞子
      勝家の逃れし径や夏あざみ            辻江けい
      渡り来し土手に色濃き夏あざみ          中山敏彦
      刈り取りの土手に残りし夏薊           多々良和世
      聳え立つ鋸尾根や夏薊              藤田岳人
      夏薊強力の荷の背に余る             益田しげる
      野仏は手のひらほどや夏薊            国枝隆生
      夏薊海みつめをり隠岐の牛            内田陽子
      最澄の越えし峠や夏薊              奥山ひろみ
      鉄路錆び敷石も錆び夏薊             山 たけし
      能舞台裏に群れ咲く夏薊             市江律子
      さりげなく別れし人や夏薊            下山幸重
      廃村に横たふ墓石夏薊              安藤一紀

山葵の花

      朝市へ濡れて届けり花わさび           長江克江
      花山葵湧水崖の割れ目落つ            武藤光リ
      水音の響く部落や花山葵             花村富美子
      踊り子の越えし山路や花山葵           安藤一紀
      浄蓮の滝へささめく花わさび           富田範保

浜昼顔

      浜昼顔群れ咲く浜に宝貝             栗田やすし
      亡き妻のごと浜昼顔の色淡し           兼松 秀
      埋もれし浜昼顔に波の音             中村たか

浜豌豆

      捨て舟の棺置きしごと浜豌豆           関根切子
      屈み見る浜豌豆に風走る             国枝洋子

虫取撫子、小町草

      茶畑の路地埋め尽くす小町草           山下智子

カーネーション、和蘭撫子

      カーネーション一鉢ありて母はなし        武藤光リ

烏瓜の花

      断崖に烏瓜咲く隠岐の島             山下善久
      雨あとの瀬音や烏瓜の花             飯田蝶子
      烏瓜咲いて日食始まれり             磯田なつえ
      回り道して見るからすうりの花          石原進子
      咲ききつて夜目にも白し烏瓜           坪野洋子
      夜風立つ垣根に烏瓜の花             坪野洋子
      山裾の暗みに烏瓜の花              山本法子
      烏瓜今宵咲かんとうすみどり           金原峰子
      朝まだき牛舎に烏瓜の花             八尋樹炎
      うたかたの華やぎ烏瓜咲いて           牧野一古

虎杖の花、名月草

      虎杖の花のこぼるる登山道            角田勝代
      昌平坂いたどりの花散りしきる          若山智子
      虎杖の紅きざしたり古窯跡            上杉美保子
      虎杖の呆けし花や馬防柵             橋本紀子
      桃色の虎杖の花風生るる             市江律子

蔓荊(はまごう)

      蔓荊の花や浸食進む浜              中村たか

浜木綿

      浜木綿や何処でも止まる浦のバス         八尋樹炎
      浜木綿に雨走り来る岬かな            下里美恵子
      浜木綿咲く神社に祀るくじら石          嶋田尚代
      浜木綿や浜辺に小さき供養塔           橋本紀子
      浜木綿や握る切符の潮湿り            幸村志保美
      浜木綿や開けつ放しの蜑の家           山本法子
      浜木綿や補陀落渡海船出の地           平松公代

松虫草

      カウベルの音木の間より松虫草          井沢陽子

苦菜の花、花苦菜

      潮灼けの苦菜の花や辺戸岬            夏目悦江

梯梧、梯姑、海紅豆

      大獅子に弾痕あまた梯梧散る           栗田やすし
      花梯梧漆喰壁に辞世の句             平 千花子
      沖待ちのタンカーかすむ花梯梧          牧野一古
      類ひなき梯梧の真紅傘寿祝ぐ           上村龍子
      ヒップホップ踊る若人花梯梧           松岡美千代

福木の花

      花福木路地が曲れば風もまた           下里美恵子
      焚字炉に弾み落ちたり花福木           平 千花子

月桃の花、花月桃

      花月桃白きはまれば匂ひ濃し           栗田やすし

青甘蔗

      青甘蔗の煌めく丘や夕日濃し           栗田やすし
      青甘蔗や大口あくる洞窟(がま)の闇       平 千花子

芭蕉の花、花芭蕉

      色極む芭蕉の花や峡日和             山下善久
      花芭蕉釣月軒に蘂こぼす             山本光江

蘇鉄の花

      蘇鉄咲く風鳴るばかり辺戸岬           砂川紀子
      蘇鉄咲く珊瑚ドームの王の墓           砂川紀子

ゴールデンシャワー(南蛮皀莢)

      ゴールデンシャワー朝の光を揺れこぼす      砂川紀子

アマリリス

      茎高くアマリリス咲く誕生日           熊澤和代
      涙の目移す真紅のアマリリス           熊澤和代
      アマリリス真紅に咲きて二女嫁ぐ         市原美幸
      アマリリス若き日の歌口ずさむ          矢野愛乃
      暮れ際の抜け道ゆけばアマリリス         内田陽子

日日草

      幼な児の小さき干し物日々草           小蜥テ民子
      心経で始まる朝や日日草             小蜥テ民子

百日草

      産院のボンボン時計百日草            井沢陽子
      褪せてなほ首擡げをり百日草           武藤光リ

千日草、千日紅

繍線菊(しもつけ)

      繍線菊(しもつけ)や白壁造りの和紙の店     坂本操子

花魁草、草夾竹桃

      香を放つ花魁草や暮近し             矢野愛乃
      夕闇に花魁草の匂ひけり             矢野愛乃

飛燕草、千鳥草

      わが名さへ忘れし母や飛燕草           高橋幸子

車前草(おほばこ)の花

      おほばこの花や宿禰の土俵跡           安藤幸子
      おほばこの畦を往き来の猫車           神野喜代子
      緒の切れし草履捨てあり車前草          山 たけし
      おほばこの花の真白や流人墓           上村龍子

酢漿草(かたばみ)の花、酸い物草

      かたばみの花のつづけり四つ目垣         石原進子
      かたばみの種弾けとぶ自刃の地          市江律子
      女郎塚裾にかたばみ種飛ばす           岡田佳子
      野仏の裾かたばみの花盛り            久野和子

羊蹄の花、(ぎしぎしは春)

      ぎしぎしの花の影置く遊女の碑          石原筑波

竹煮草

      杉苗の根付きし頃や竹煮草            夏目隆夫
      最上川船頭みちに竹煮草             近藤文子
      中山道行く手をふさぐ竹煮草           河合義和
      滾つ瀬に花穂の触るる竹煮草           鈴木英子
      清里に白き十字架竹煮草             長崎眞由美

柘榴の花、花柘榴

      雨細し紺屋の庭の花柘榴             大津千恵子
      ざくろ咲く空の青さや爆心地           幸村志保美
      花ざくろ散る枡形の石畳             玉井美智子
      ざくろ濃く咲く築城の石切り場          岸本典子
      下宿屋の暗き階段花ざくろ            関根切子
      洗ひ場へ石段二つ花ざくろ            角田勝代

夾竹桃

      夾竹桃白際立てり投票日             新川晴美
      夾竹桃赤し野外の原爆展             石原進子
      堀川の潮の迅さや夾竹桃             武田明子

百日紅

      百日紅雨に明るし石光寺             長江克江
      百日紅墓提灯の杭正す              清水弓月
      島のバス曲がりて散らす百日紅          小原米子
      ほろほろと百日紅散る苔の庭           河合義和
      夕日射す山懐の百日紅              中村修一郎
      南吉の借用証書百日紅              片山浮葉
      胃検診朝から揺るる百日紅            小長哲郎
      病院の裏くれなゐの百日紅            森 靖子
      喪の家に百日紅の揺れやまず           上杉和雄
      百日紅のみに風ある真昼かな           梅田 葵
      慰霊堂の池畔に燃えて百日紅           武藤光リ     *都慰霊堂

凌霄花、のうぜんかづら

      凌霄のなだれて咲けり間垣村           二村美伽
      のうぜんの花散る子規の土蔵裏          奥山ひろみ
      凌霄花男住まひの塀上る             小原米子
      伸びきつて風捉へをり凌霄花           伊藤範子
      のうぜんや蔵に牛馬の手綱掛け          野島秀子

茉莉花、素馨、ジャスミン

      ジャスミンの庭や仔猫の深ねむり         夏目悦江
      満開の茉莉花に寄す車椅子            夏目悦江

サルビア、セージ

      サルビアの燃ゆる予科練兵舎跡              

野牡丹

      野牡丹や豚舎の跡の石囲ひ            栗田やすし
      野牡丹が散らす五弁の濃むらさき         上杉和雄

青通草

      渓水の高鳴る茶屋の青通草            若山智子
      電柱の支線を攀づる青通草            小木曽フジヱ
      青あけび三つが蔓に横並び            中川幸子
           

青栗

      青栗のこぼれてゐたり兵の墓           早川文子
      青栗を一つ拾へり朝の径             岡野敦子
      金平糖ほどになりたり栗の毬           関根近子
      青栗や少年はつしと面打てり           千葉ゆう
      青栗の棘やはらかき一揆の碑           武田稜子
      青栗の棘の鋭さ日を弾く             若山智子

青胡桃

      山水の走る宿場や青胡桃             栗田やすし
      青胡桃ぬれてころがる古戦場           近藤文子
      青胡桃ぬれてころがる古墳跡           矢崎富子
      竪穴の藁屋根低し青胡桃             松永敏枝
      石を積む余呉の岸辺や青胡桃           熊澤和代
      旧道はダム湖の底ひ青胡桃            幸村志保美
      木曽川の水まんまんと青胡桃           牧野一古
      ゆるやかに回る水車や青胡桃           金田義子
      青くるみ荒瀬へ枝を張りゐたり          巽 恵津子
      水車小屋のこる旧家や青胡桃           上田博子
      北佐久の空へ抽んづ青胡桃            上田博子
      木曾谷へ枝垂れ影なす青胡桃           野島秀子
      川風に揺るる枝先青胡桃             福田邦子

青柿

      柿青し分教場に紙芝居              岸本典子
      青柿や石垣粗き山の家              橋本紀子
      青柿の落ちて転がる陶干場            関根近子
      青柿の踏まれて匂ふ吉良の寺           久野和子
      雨止みて青柿落つる音聞けり           小島千鶴

青葡萄

      湧水の溢るる暮し青葡萄             中川幸子
      青葡萄の前に休むときめてをり          中川幸子
      舟小屋の風の湿りや花葡萄            利行小波
      教会の点字の聖書青葡萄             日野圭子
      青葡萄一房ごとに影やどす            牧 啓子
      アルプスの風に粒立つ青葡萄           豊田紀久子

青林檎

      蕉翁の辿りし道や青林檎             松永敏江

青柚子、青柚

      青柚子を通りくる風干し法衣           山 たけし

夏萩

      夏萩をゆたかに挿せり父母の墓          鈴木真理子
      夏萩の紅を濃くして雨上がる           横森今日子

含羞草(おじぎそう)、ねむりぐさ

      野歩きの皆触れて行くおじぎ草          豊田紀久子
      含羞草触れて馬籠の坂のぼる           小島千鶴
      眠草子が指先で触れゆけり            岸本典子

月見草、待宵草

      月見草大きく月へひらきけり           米元ひとみ
      閉ざされし灯台囲む月見草            大石久雄
      月見草ふるさとの川細りたる           中山ユキ
      色深し波荒き日の月見草             下里美恵子
      花閉ぢてうすくれなゐの月見草          下里美恵子
      夜泣きの子あやす声あり月見草          榊原昌子
      潮満つる自決の浜や月見草            澤田正子
      むらさきによぢれて朝の月見草          今泉久子
      月見草川原の石に陽の温み            小長哲郎
      被災地の風にそよげり月見草           渡辺かずゑ

十薬、どくだみ

      十薬の花や鉄鉢句碑の裾             栗田やすし
      十薬の更にはびこる狭庭かな           加木雅子
      窓際に十薬活けて轆轤挽く            平松公代
      十薬の逞しき根を引きゐたり           児玉美奈子
      十薬や窯場に走る通り雨             八尋樹炎
      十薬の匂ふ軍手を洗ひ干す            清水聰子
      干し上げし十薬の香の芳しき           山本法子
      どくだみの繁るや松の廊下跡           武藤光リ
      どくだみのあまた義朝湯殿跡           藤田岳人
      どくだみを千切りて犬の傷ぬぐふ         上杉美保子
      十薬や庭に積まれし吐かせ籠           牧 啓子
      どくだみや朝日とどかぬ屋敷神          菊池佳子
      十薬や古道に石の道しるべ            東口哲平
      十薬や八百屋お七の刑死跡            栗生晴夫
      目が合ひし猫十薬へ駆け込めり          奥山ひろ子
      十薬のはびこる中や売地札            熊澤和代
      どくだみの伸び放題や登り窯           国枝洋子

庭石菖

      業平の塚守る寺や庭石菖             小島千鶴

小判草、俵麦

      小判草街道筋の骨董屋              藤田幸子
      さはさはと治水の岸に小判草           伊藤範子
        小判草あふれてゐたり鵜山径           長谷川郁代
      小判草ゆれて夕日のきらめけり          山下帰一
      小判草揺るる延命地蔵尊             長崎眞由美
      小判草百両がほど瓶に挿す            倉田信子
      熟れきつて乾びし音す小判草           田畑 龍

捻花、文字摺草

      ねぢれ花芝生に一本残し置く           石原進子
      青芝の中捩花の群れ咲けり            成田久子
      道三の首塚小さし捩れ花             上村龍子
      捩花やをさなに兆す反抗期            上村龍子
      捩花の天へ行きつく小虫かな           中川幸子
      腹這ひて捩花撮れり大男             田畑 龍
      関跡に捩りゆるびし文字摺草           野島秀子
      捻子花や想ふほど子に思はれず          中村あきら
      ねぢ花に木洩れ日淡し杓子庵           若山智子
      鵜の塚に群ら咲きゐたりねぢり花         片山浮葉
      吾が庭に突如一本ねぢればな           武藤光リ
      崩れたる寺の土塀に文字摺草           国枝洋子
      雨誘ふ風の匂ひや文字摺草            国枝洋子
      捩花や屋根に石置く水車小屋           国枝洋子
      尼寺跡の礎石すべらか捩ぢり花          長崎マユミ

灸花、へくそ葛

      御殿跡井戸の辺に咲く灸花            丸山貴美子
      あらかたは鼻欠け地蔵やいと花          市川正一郎
      雲近き山の学校灸花               磯田なつえ
      揚羽蝶蜜を吸ひたる灸花             長谷川郁代
      休め窯罅にくひ込む灸花             武田稜子
      灸花垂るる祠も能登瓦              幸村志保美
      灸花寂れし村をつなぐ橋             八尋樹炎
      五右衛門の墓の背に伸ぶ灸花           小島千鶴
      ミルク缶の手洗ひ水や灸花            市江律子

蚊帳吊草

      蚊帳吊り草削き懐しき香りかな          夏目隆夫
      蚊帳吊草友と裂きたる日の遠し          安藤幸子

箒木、箒草、ははきぐさ、はうきぎ

      あをあをと高さ揃ひて箒草            中川幸子

駒繋、金剛草

      荒瀬音四方に根を張る駒繋            山下智子

風露草、伊吹風露

      一輪の風露見つけし山路かな           夏目悦江

現の証拠、いしやいらず、牛扁

      陣場野は現の証拠の花浄土            栗田せつ子

蠅取草、蠅毒草

      黒ずみし蠅取草や徹夜明け            河原地英武

萱草(かんぞう)の花

      御前崎浜萱草の濃かりけり            中村たか
      野萱草(かんぞう)ポトマス河畔うめつくす    河村恵光
      萱草の花を愛でゆく郵便夫            河村惠光
      湿原に朽ちし木道野萱草             高橋ミツエ
      野萱草明し観音像の裾              巽 恵津子
            

夕菅、黄菅

      海鳴りや黄菅群れ咲く葦毛崎           栗田やすし
      夕菅や単線果つる海の町             舩橋 良
      夕菅の風に向き替ふ信濃かな           土方和子        *名前の土に`あり
      夕菅の芽吹けり水の中にまで           都合ナルミ

草苺

      野苺の熟るる弥勒の山登る            下田静波

蛇苺

      牧水の歌碑を囲めり蛇苺             岸本典子
      ゆふぐれの母が水やる蛇苺            河原地英武
      蛇苺そこよりけもの径まがる           山 たけし
      憶良歌碑裾にまつ赤な蛇苺            武田明子
      じやんけんの後は散り散り蛇苺          山田万里子

木苺

      木苺の触るれば零る峠口             中野一灯
      密やかに木苺熟るる崖の上            松本恵子
      木苺の甘きハイジの牧場かな           高島由也子
      木苺を傘の柄で寄せ母遠し            八尋樹炎

阿旦の実、 阿檀の実 (沖縄地方)

      阿檀の実生徒四人の小学校            服部鏡子
      戦艦の包囲の浜や阿旦熟る            平 千花子

銀龍草、幽霊草

      石上の杜の静けさ銀龍草             中川幸子
      いうれい草冷たし木曽の分水嶺          谷口千賀子
      山の冷え銀竜草に及びたり            山下智子
      しろじろと指に冷たき銀竜草           澤田正子
      道標に熊の爪痕銀竜草              山本悦子

紅の花、紅粉花(べにばな)、末摘花

      紅藍花(べにばな)の畑白々と土乾く       武藤光リ

仙人掌の花

      朝日受く仙人掌の花紅透けり           福井喜久江
      サボテンに空蝉あまたすがりをり         小澤明子
      仙人掌の蕾ふくらむ書道展            市江律子
      牧場の団扇仙人掌丈五尺             山崎文江

胡瓜苗

茄子苗

瓢(ひさご)苗

      網張つて大瓢?の苗植うる            夏目悦江

夕顔、夕顔棚、夕顔明り

      夕顔の終の一花や訃のしらせ           漆畑一枝
      夕顔の襞解くまでのうすみどり          平松公代
      夕顔や連歌師来たる滝之坊            中川幸子
      夕顔の花に雨粒ガラシャの忌           八尋樹炎
          

南瓜の花

      花南瓜角逞しき島の山羊             栗田やすし
      這ひ上り茶畝またげり花南瓜           松本恵子
      花南瓜近江水路に蔓延ばす            小蜥テ民子
      徒花の多き南瓜の咲きにけり           小原米子
      授粉せり南瓜の花を広げつつ           藤田岳人
      人影なきフクシマの地に花南瓜          近藤文子
      稲藁を敷かれ南瓜の花盛り            市原美幸
      境なき本家と分家花南瓜             上村龍子
      降りさうな雨のにほひよ花南瓜          橋本ジュン

胡麻の花

      沢風に吹き曝されて胡麻の花           矢野愛乃

玉蜀黍の花、なんばんの花

      セミナリオ址なんばんの花高き          幸村志保美
      花なんばん盛り杜国の隠栖地           上村龍子
      もろこしの花食う虫を憎みけり          矢野愛乃

芋の花

山芋の花

      白き花つけ山芋の茎のぼる            石原進子

甘藷の花

      鉄柵の中に一畝藷の花              八尋樹炎

馬鈴薯の花

      一畝の馬鈴薯咲かせ島に住む           久野和子
      図書館の裏じやがいもの花盛り          久野和子
      最果ての牛乳うまし薯の花            垣内玲子
      能登島や薯の花咲く畑二枚            金田義子
      馬鈴薯の花の盛りや遠伊吹            兼松 秀
      畑一面むらさき淡き藷の花            石川紀子
      古戦場跡馬鈴薯の花盛り             平松公代
      大粒の雨じやがいもの花打てり          関根近子
      じやがいもの花の中より北狐           栗田せつ子

茄子の花、花茄子、茄子植う

      裏庭に茄子の花咲く駐在所            野島秀子
      干拓の畑に照り合ふ茄子の紺           野島秀子
      傘さして夫見入りをり茄子の花          岸本典子
      茄子咲くや道より低き藍染屋           小田二三枝
      一合の米研ぎし水茄子苗に            上杉美保子
      たつぷりと畝に水撒き茄子植うる         藤田岳人
      

蒟蒻の花

      鉢植ゑの蒟蒻の花つん立ちに           栗田やすし
      蒟蒻を鉢に咲かせり峠茶屋            天野アイ子

牛蒡の花、花牛蒡

      まろやかな山の風くる花ごぼう          倉田信子

棉の花

      棉の花しづかに深く地熱吸ふ           下里美恵子

韮の花

      膝上で鎌研ぐ農婦韮の花             山田悦三
      どしや降りのあとすつくりと韮の花        児玉美奈子
      韮の花かすかな風にゆれやまず          白鳥光枝
      風吹けば不揃ひに揺れ韮の花           関根近子
      韮の花言葉少なくなりし母            松本恵子
      韮の花ギブスの足を持て余す           久野和子
      紫に暮れゆく浅間山韮の花            高橋幸子
      白き星ちりばめしごと韮の花           上杉和雄

独活の花

      ししうどの幹逞しき伊吹山            上田博子
      独活の花みどりあまねき草千里          大石ひさを
      花独活を大きく揺らし草競馬           小島千鶴
      猪独活に砂を飛ばせり草競馬           林 尉江
      潮騒の届く坂道独活の花             国枝洋子

夏大根

      ふるさとの夏大根のおろし蕎麦          福田邦子
      日を追うて干す千切りの夏大根          長江克江

蚕豆、はじき豆

      蚕豆のけふの青さを買ひにけり          朝比奈照子
      蚕豆をむきゐて雨の降り始む           中山ユキ
      茹で上げて湯気まで青きはじき豆         下里美恵子

豌豆、絹莢

      豌豆豆莢も食らひし日のありき          夏目隆夫
      土踏まずこぼれ豌豆踏みにけり          山 たけし
      潮風や絹莢一つづつ摘めり            平松公代
      豌豆のすぢ取る夕べ母恋し            奥山比呂美
      花鋏軽く音させ豌豆採る             高橋幸子
      莢豌豆夕日に粒を透かし採る           高橋幸子

枝豆、月見豆、夏豆

      枝豆にモンゴルの塩ほの紅し          藤本いく子
      枝豆のうぶ毛に残る朝湿り           谷口千賀子
      節くれの指で枝豆摘みくれし          舩橋 良
      丹精の枝豆に振る能登の塩           武藤光リ

胡瓜、胡瓜もみ、一夜漬

      朝採りの細き胡瓜に花残る            花村富美子
      豊作の胡瓜を配る両隣              矢野愛乃
      歯切れよし叩き胡瓜の甘酢和へ          矢野愛乃
      沢水を汲みて掛けやる胡瓜苗           高橋幸子
      木喰の裔のもてなす胡瓜漬            磯田なつえ
      一坪の舟屋の路地の胡瓜畑            角田勝代
      子離れをせねばと今朝の胡瓜もむ         大島知津
      丹精の胡瓜見事に反り返る            武藤光リ
      糠漬の胡瓜の艶や母の味             太田滋子
        駅弁の蓋に分け合ふ胡瓜漬            奥山ひろ子
      朝採りの胡瓜手の平冷たくす           野ア和子
      板摺の手に心地よし初胡瓜            野ア和子
     

茄子、鴫焼、茄子漬、初茄子、焼茄子

      初なすび母の畑を受け継ぎて           辻江けい
      茄子の葉の汐焼けてをり海女の畑         辻江けい
      雨粒を零して採れり初茄子            小原米子
      朝の膳色良き茄子の一夜漬            夏目隆夫
      染付の小皿に茄子の一夜漬            江本晴子
      裸弁天供物の茄子の艶めけり           服部鏡子
      弁天へ切り口白き茄子供ふ            服部萬代
      焼き茄子の一品で足る独り者           兼松 秀
      ほの甘き茄子の煮浸し夕の膳           夏目悦江
      夫立てる鋏の音や初茄子             野ア和子
      二人居の安らぎ茄子の一夜漬           国枝髏カ
      茄子洗ふ紫紺の水ををどらせて          渡邉久美子

玉葱

      ギャラリーに玉葱つるす陶の町          岡島溢愛
      玉葱吊る舟屋に古りし箱眼鏡           井沢陽子
      玉葱を軒端に吊す武家屋敷            森垣昭一
      アトリエの軒に玉ねぎ吊し干す          市原美幸
      玉葱を提げきて護憲談義かな           山本光江
      吊り下げし赤玉葱の艶光り            河合義和

らっきょ、辣韮、薤掘る

      辣韮を剥きし臭ひの爪を切る           小長哲郎
      らつきようを一升漬けて母卒寿          牧野一古
      アマデウス聴き辣韮のひげ根切る         若山智子
      泥らつきよ洗濯板で洗ひたる           片山浮葉
      手に残る青き匂ひや辣韮剥く           藤田岳人
      今日と決め今年の辣韮漬け込めり         松平恭代
      辣韮のまばゆき肌や洗ひあげ           玉井美智子
      陶房の軒にらつきよを吊し干す          倉田信子
      うす皮を剥く辣韮の尻の艶            橋本ジュン

パセリ

      朝摘みのパセリ添へたるハムエッグ        岡田佳子

トマト

      鈴生りのトマト小粒や基地の畑          砂川紀子
      起き抜けに摘む鉢植ゑのミニトマト        鈴木真理子
      トマト熟る海より低き干拓地           平松公代
      塩振つて初生りトマト頬張れり          藤田岳人
      ひび割れの初生りトマト朝食に          藤田岳人
      熟れトマト水車の水に洗ひたる          玉井美智子
      トマト食ぶ居醒(いさめ)の水をしたたらせ    橋本ジュン

甘藍、キャベツ、玉菜

      キャベツ畑よぎり牧舎の牛を見に         河村惠光
      虫喰ひのキャベツごろごろ海女の畑        都合ナルミ

若牛蒡、新牛蒡

      朝市の濡れて匂へり新牛蒡            辻江けい
      酔ふほどの酒にはあらず若牛蒡          渡邊慢房
      新牛蒡炊きつつ雨を聞きてをり          佐々木美代子
      新牛蒡抜けば土ごと匂ひけり           牧野一古

新馬鈴薯(しんじゃが)

      母抱へ来る新ジヤガの土こぼし          松永敏枝
      

苺、苺ミルク、苺畑

      苺二つ母帰す日のBランチ            大嶋福代
      プランターの苺いびつに色づけり         江本晴子
      苺狩りまづ一粒をほほばれり           関根近子

夏蜜柑

      萩焼の街彩れり夏ミカン             市原美幸
      上げ底のバケツで売れり夏蜜柑          大嶋福代
      夏みかん諸仏に供へ明るかり           小蜥テ民子

      柏手を打ち朝採りの瓜供ふ            奥山ひろ子
      吹き降りの後の静けさ瓜刻む           矢野孝子
      湧き水の流れに籠の瓜冷やす           小島千鶴
      一斗缶叩き猿追ふ瓜畑              矢野愛乃

杏、からもも

      杏熟れ猿除けラジオ鳴り放し           山田悦三
      杏ジャム煮る雨音を聞きながら          国枝洋子

李(すもも)、巴旦杏、牡丹杏

      とびつきて犬が落せり巴旦杏           倉田伸子

夏茱萸、俵茱萸

      夏茱萸をつまみし二指のすぐ染まる        二村美伽
      夏ぐみに鈴鹿の夕日滴れり            国枝洋子

バナナ

      創業は昭和十年バナナ売             河原地英武
      受水(うきんじゅ)の水ほとばしる青バナナ    宇野美智子
      吾にバナナ呉れて征きたる兄なりし        市江律子
      バナナ熟る日本兵の眠る島            服部鏡子
      バナナ買ふ一番小さき房選りて          小蜥テ民子
      朝日差す厩舎の裏の青バナナ           松岡美千代

マンゴー

      トロ箱にマンゴー並べ島の路地          金原峰子

メロン

      食べ頃が静かに過ぎてゆくメロン         小長哲郎
      一切れのメロンの舟や旅の果           今里健治

枇杷、枇杷もぐ、枇杷の種

      枇杷熟るる空き家となりし友の家         菊池佳子
      枇杷は黄にオランダ坂の石畳           吉田青楓
      枇杷熟るる鑑真さまの御前に           本多俊枝
      ゆるやかに煙吐く島枇杷熟るる          服部鏡子
      枇杷熟るる番場宿への道しるべ          長江克江
      国盗りの城の抜け道枇杷青し           奥山ひろみ
      朝採りの枇杷の実抱へ見舞はれし         中村たか
      枇杷を?ぐ女きゃたつを仁王立ち          関根近子
      癒え兆す素直に剥くる枇杷の皮          平松公代
      大粒の種まろやかや枇杷啜る           磯田なつえ
      雨七日落つるにまかせ小粒枇杷          下里美恵子
      ふるさとは枇杷熟るる頃母恋し          玉井美智子

木耳

      木耳に山の暮色の深まりぬ            大島知津

梅雨茸、梅雨菌

      梅雨茸罪あるごとく踏まれをり          小長哲郎
      梅雨の茸触れば崩るるもろさかな         吉岡やす子
      椎茸とまがふ梅雨茸蹴つとばす          田畑 龍
      墳丘の裾梅雨茸のなまめかし           河合義和
      雨しとど夜目にも白き梅雨きのこ         牧野一古
      城跡にあんぱんほどの梅雨茸           平松公代
      防空壕跡に真白き梅雨きのこ           奥山比呂美

黴、黴けむり、黴の香、黴の宿

      黴臭き幕僚室に自爆痕              栗田やすし   *前書き 旧海軍司令部
      黴匂ふ天守に狭き隠し部屋            山口登代子
      骨董市並ぶ春画に黴の痕             小長哲郎
      黴匂ふ父の癖字の日記帳             大嶋福代
      黴匂ふアルバム繰れば父母若し          山口茂代
      黴にほふ父に貰ひし英和辞書           高橋ミツエ
      黴匂ふ遺品積まれし恐山             巽 恵津子
      黴兆す書架の奥より智恵子抄           中野一灯
      黴匂ふ極彩色の籠り堂              上村龍子
      黴匂ふ父の歌帖の革表紙             武藤光リ
      黴拭ふ吾が青春の愛読書             伊藤旅遊
      色褪せし辞書の落書黴匂ふ            小山 昇
      古墳めく信管庫とや黴匂ふ            内田陽子

袋角、鹿茸、鹿の若角

      雨打てりまだうす赤き袋角            田畑 龍
      袋角陽の温もりを受けてゐし           川口敏子

鹿の子、子鹿、鹿(か)の子

      灯籠の陰に仔鹿の大きな目            廣島幸子

落し文、

      手に乗せて帆掛舟めく落し文           河原地英武
      落し文ひとり暮しの落着きぬ           鈴木みすず
      綾子句碑裏に拾へり落し文            市江律子
      巻初めてまださみどりの落し文          矢野愛乃
      落し文そつと拾ひて解きにけり          儀間千恵子
      落し文拾ふ参道気多詣              小長哲郎
      鴨塚に吹き寄せられし落し文           弓野スミ子
      ポンペイの娼婦の部屋に落し文          野村君子
      手のひらに土のしめりの落し文          鈴木真理子
      手に取ればかすかなしめり落し文         梅田 葵

螢、螢狩、螢舟、草螢

      ひと吹きし螢火手より飛びたたす         河原地英武
      初螢葦の葉先をすべり落つ            矢野孝子
      水音にかこまれて待つ初螢            桜井節子
      氏神へ渡る吊り橋初螢              矢野愛乃
      杣が家の屋根の上飛ぶ大螢            矢野愛乃
      螢狩闇に刈草匂ひけり              坂本操子
      螢火のわが胸先にきしあはれ           鈴木みや子
      幼子の指より漏るる螢の火            奥山ひろみ
      ほうたるの光の中の一軒家            磯田なつえ
      故里の田に水みちて螢の夜            菊山静枝
      螢来る闇静まりし古戦場             川口敏子
      命終の螢流れに火を曳けり            森 靖子
      螢待つ夫と訣れし者同志             森 靖子
      螢火の消えてかすかに闇動く           山本光江
      息吹きて掌の螢を放ちやる            山本光江
      明滅の息揃ひたり恋螢              山本光江
      負け螢草の葉裏に光りけり            武藤光リ
      水匂ふ大川の土手螢見に             小島千鶴
      草むらにもつれて消えし姫螢           清原貞子
      初螢かすかに闇の動きけり            砂川紀子
      宿下駄をはき畦道を螢見に            牧 啓子
      風の出て螢ふぶきとなりにけり          牧野一古
      夢に来てただ笑む母や蛍の夜           牧野一古
      信玄の隠し湯ぬるき螢の夜            長崎眞由美
      螢火親し歩む先ざき点しける           巽 恵津子
      身ほとりに水の匂ひや螢狩り           山本悦子
      放生の僧の袂へ螢の火              山本悦子
      対岸に大声あがる螢狩              幸村志保美
      螢狩る一家揃ひの宿浴衣             森川ひろむ
      降り出して螢一つが傘の内            金田義子
      湯上りの香とすれ違ふ螢狩            田畑 龍
      杉の香のつよき木橋や初螢            上杉美保子
      仏壇の燭消して置く螢籠             丹羽一橋
      石に座しほうたるの闇近うせり          熊澤和代
      リモートに慣れねばならぬ螢籠          玉井美智子
      水口に高くは舞はず初螢             小田二三枝
      螢火の西へ東へ古戦場              伊藤旅遊
      ほうたるの照らす生命線長し           谷口千賀子
      螢見の声が集まる峡の村             内田陽子
      螢火に山うつすらと浮かびたり          内田陽子

まくなぎ、めまとひ、糠蚊,揺蚊

      まくなぎや池に小さき太鼓橋           夏目悦江
      鐘楼門潜るめまとひ払ひつつ           山本光江
      まくなぎを片手で払ひ測量士           関根切子
      窯場径歩くめまとひ払ひつつ           関根近子
      思ひ川揺蚊はらひ手を清む            岡田佳子
      まくなぎを払ひてつづく立ち話          河村惠光
      まくなぎの渦が囲めり辻祠            谷口千賀子
      めまとひを払ひ暮色の峠口            中野一灯

蚊、蚊柱、蚊を打つ

      ちぎりたるレモンミントに蚊が一つ        河原地英武
      民衆の不在説くひと藪蚊くる           河原地英武
      蚊を打つて校正のペン取り落とす         栗田やすし
      音もなく蚊がつき来たり無言館          栗田せつ子
      雑草を抜くたび藪蚊飛び交へり          藤田岳人
      十石舟宇治の藪蚊と乗り合はす          山下智子
      蚊を打ちて高松塚の壁画観る           上杉美保子
      一茶句碑寄り来る藪蚊吹き放つ          中野一灯
      着けば刺す東照宮の大藪蚊            片山浮葉
      神事待つ間や神宮の蚊にささる          小島千鶴
      吉良の墓拝し藪蚊におそはるる          河村惠光
      血膨れの藪蚊打ち据ふ吉良廟所          坪野洋子
      鐘撞いて藪蚊起こせり満福寺           武藤光リ

孑孑、ぼうふり、棒振虫

      花筒に孑孑踊る一揆塚              坪野洋子

蝿、蝿の声、蝿打つ、蝿を追ふ

蚋、ぶと、ぶよ、蚋子(ぶと)の跡

      神官が榊で蚋をはらひけり            関根近子

ががんぼ、蚊蜻蛉、蚊の姥

      ががんぼや脚もげしこと知らぬげに        下山幸重     もげしは漢字 手偏に宛
      ががんぼや灯を消してより雨激し         梅田 葵
      ががんぼの埃のごとく飛びにけり         中村たか
      毛氈苔ががんぼの足捕へけり           山崎文江
     

蟻、蟻の列、蟻の道、蟻の国

      古稀過ぎて蟻のごとくに砂丘攀づ         栗田やすし
      蟻這へり地震で崩れし城の垣           栗田やすし     前書き  勝連城跡
      蟻這へり志賀重昂の墓の肩            栗田やすし
      蟻の列曳かれゆくものうごめける         市川正一郎
      一列に蟻横切れり遊歩道             幸村富江
      身の丈を越す国境の蟻の塔            都合ナルミ
      蟻のぼる辻の陶板案内図             高橋ミツエ
      銭錆ぶる賽の河原に蟻走る            小長哲郎
      列をなす蟻それぞれの影を曳き          小長哲郎
      音たてて大蟻急ぐ相場欄             市川正一郎
      屋敷神へ行きつ戻りつ蟻の列           橋本紀子
      蟻の列投込寺の寄せ墓に             武藤光リ
      縄文人棲みし大地や蟻の列            武藤光リ
      飛石を退ければ露は蟻の国            武藤光リ
      惑ひ来て蟻パソコンのモニターに         武藤光リ
      蟻出て仏足石を登りけり             雨宮民子
      大蟻がテーブルを這ふ山の家           市川斐子
      地球儀の大海を蟻よぎりけり           佐々木美代子
      里山の三角点に蟻の道              野島秀子
      蟻這へり磴千段の一段目             佐藤とみお
      藍色の窓のカフェーや羽蟻の夜          河原地英武
      六法に付箋あまたや羽蟻の夜           河原地英武
      切株の平らな迷路蟻走る             河原地英武
      みくまりの岩這ひのぼる山の蟻          若山智子
      藩校の太き閂蟻走る               奥山比呂美
      宮殿に隣る石牢蟻の列              豊田紀久子
      飴ひとつ置く悪戯(いたづら)や蟻の道      櫻井幹郎
      蟻の道またぎ郵便受け覗く            安藤一紀
      通夜の間を蟻が一匹よぎりけり          市川あづき
      葬送の静けさに似て蟻の列            伊藤範子
      行く蟻も来る蟻もあり雨もよひ          内田陽子

羽蟻、羽蟻の夜

      ほの青き茶房のネオン羽蟻来る          河原地英武
      羽蟻出づ南大門の亀裂より            河原地英武

蟻地獄、あとずさり、あとさり虫

      寺の子の鐘撞く真下蟻地獄            鈴木みや子
      雑居房の床下あまた蟻地獄            武田稜子
      観音の前にあまたや蟻地獄            廣島幸子
      指先でつつく古窯の蟻地獄            舩橋 良
      降り出しの雨が崩せり蟻地獄           関根近子
      祇王祇女屋敷跡なる蟻地獄            下里美恵子
      蟻地獄古窯の赤き土こぼす            熊澤和代
      蟻地獄水戸の烈士の斬首塚            櫻井勝子

優曇華

      優曇華に夕風重くなりにけり           梅田 葵

油虫、ごきぶり

      国盗りの城の抜け道油虫             山本悦子
      息を吹き返しごきぶり遁走す           加藤ゆうや

玉虫、吉丁虫

      きらめきて飛ぶ玉虫を素手で捕る         坂本操子
      枝先を廻る玉虫見て飽かず            石川紀子
      差し来たる陽に玉虫の飛び立てり         八尋樹炎

鍬形虫

      くはがたを秘仏堂より放ちやる          若山智子
      鍬形の迷ひ込みたる観音堂            牧 啓子
      背番号つけ鍬形の闘へる             佐々木美代子

甲虫、兜虫、皀莢(さいかち)虫

      値下げ札玩具売場の兜虫             小原米子
      三匹をまとめて値引かぶと虫           小原米子
      音立てて兜虫飛ぶ日暮かな            関根近子
      朝市や籠つけて売るかぶと虫           宇野美智子
      死してなほ漆黒の艶甲虫             伊藤範子
      千年の樟の洞より兜虫              山本法子

髪切虫、天牛

      髯つまみ髪切虫を鳴かせけり           牧野一古
      天牛が飛び入る登山電車かな           伊藤克江
      尻少し浮かせ天牛舞ひ上がる           加藤剛司

金亀虫、ぶんぶん、かなぶん

      うだつ越え来し星空のこがねむし         櫻井幹郎    うだつ=木偏にハの下に兄(だ)
      かなぶんの玻璃打つ音や闇深し          磯野多喜男
      残業の灯に飛び込めり黄金虫           関根切子
      金亀虫溺れてゐたり釉薬甕            武田稜子
      教室に青く干からび金亀子            河原地英武
      仔牛の尾絡むぶんぶん振り落す          野島秀子

尺取虫、尺蠖(しゃくとり)、土瓶割

      無言館出て尺蠖をはげませり           栗田やすし
      葉脈になりきつてをり尺蠖虫           武山愛子
      尺蠖の宙をまさぐる枝の先            服部鏡子
      草に寝て尺取虫に尺取られ            服部鏡子
      糸吐きて地上に降り来土瓶割           服部鏡子
      尺取虫原発事故の紙面這ふ            山本光江
      手に這へる尺蠖次の歩に迷ふ           国枝髏カ
      尺蠖の風に吹かるる石舞台            角田勝代
      日時計を歩む尺蠖近江宮             松岡美千代
      尺蠖の塀の高さを測りをり            加藤ゆうや

天道虫、瓢蟲(てんたうむし)

      泥んこの幼子の手に天道虫            青山美佐子
      花嫁の白きベールに天道虫            伊藤旅遊
      てのひらの裏へうらへと天道虫          矢野孝子

根切虫

      畝立ての土に蠢く根切虫             藤田岳人
      くねりつつ蟻に曳かるる夜盗虫          玉井美智子
      ひそやかに葉陰に太り夜盗虫           伊藤範子

毛虫

      流刑小屋差入れ口に毛虫這ふ           服部鏡子
      らふそくを掲げ住職毛虫焼く           武山愛子
      山の辺の径塞ぎをり松毛虫            上杉和雄
      眼の前に落ちし毛虫のうすみどり         松本恵子
      毛虫這ふ画鋲の残る掲示板            小田二三枝
      割箸でつまむ山椒の太毛虫            伊藤克江
      毛虫群る毛虫注意の札の裏            玉井美智子

水馬、あめんばう、川蜘蛛、水澄し

      沖の井のよどみし水にあめんばう         近藤文子
      流さるるやうで流れず水馬            近藤文子
      あめんばうふはりと落葉跳び越せり        山本正枝
      小流れに逆らひ来たるあめんばう         山本法子
      あめんばう交む川灯台の影            栗田せつ子
      流さるるだけ跳ね戻り水馬            渡辺慢房
      あめんぼの影の丸さや船着場           長谷川郁代
      色里の名残りの池や水馬             角田勝代
      一水に逆らふ姿勢水馬              武藤光リ
      あめんぼの細き腕が雲掴む            武藤光リ
      あめんぼの水輪水輪を越えゆけり         武藤光リ
      あめんばうぶつかり合つて横つ飛び        鈴木真理子
      あめんばう水面跳ぶとき日を弾く         上村龍子
      あめんばう出合ひ頭に跳ねにけり         河原地英武
      あめんばう布陣の如く散らばれり         河原地英武
      弦弾くやうにあめんぼ戻りけり          河原地英武
      木道の足音に散るあめんばう           伊藤克江
      あめんばう鯉の頭を一つ跳び           千葉ゆう
      甕に来て甕にほどよきあめんばう         武藤けい子
      水馬水面の雲に飛び乗れり            下山幸重
      あめんばう水面の雲を引つ張れり         渡邉久美子
      あめんぼの夫々乗れる光の輪           川端俊雄

鼓蟲(まいまい)、水澄し

      水底の影より動くみづすまし           石崎宗敏
      水底の影には見えて水すまし           宇佐美こころ
      おのが影引いて回れりみずすまし         玉井美智子

源五郎

      せせらぎへ子が戻したる源五郎          塩原純子

蝉生る、蝉の穴(蝉の旁はすべて單)

      古戦場おびただしきは蝉の穴           栗田やすし
      蝉抜けし穴黒々と無量寿寺            栗田やすし
      師の句碑を囲む大きな蝉の穴           澤田正子
      蝉の穴遊女の墓の小さかり            鈴木みすず
      枳殻の刺を掴んで?の羽化            熊澤和代

空蝉、蝉の殻(蝉の旁はすべて單)

      洞窟のマリアの裾に蝉の殻            長江克江
      空蝉の結びみくじにすがりをり          廣島幸子
      蝉の殻義仲墓所の苔つかみ            巽 恵津子
      庭下駄の鼻緒掴めり蝉の殻            足立サキ子
      空蝉や色の褪せたる仁王像            磯田なつえ
      手のひらに載す空蝉の重さかな          小長哲郎

蜻蛉生る

      生れたる蜻蛉に水の匂ひかな           河原地英武
      草の先翅やはらかき蜻蛉生る           中津川幸江
      とんぼ湧く薬師岳への登り口           荻野文子

蟷螂生る、子蟷螂

      塵ほどのかまきり生るる連なりて         花村つね
      生れけり糸ほど細き子かまきり          松平恭代
      蔓ばらに逆立ちてをり子蟷螂           上杉和雄
      糸ほどの鎌構ふる子かまきり           夏目悦江
      子かまきり草よりみどり鮮しき          幸村志保美
      生れたてのまだ肌色のいぼりむし         中川幸子
      皮を脱ぐ足さみどりの子かまきり         久野和子
      あばら骨めく卵より子かまきり          荒川英之

蜘蛛、蜘蛛の子、蜘蛛の囲

      ひとすぢの光となりてくもの糸          栗田やすし
      蜘蛛の囲を払ひて覗く業平井           鈴木真理子
      鬼蜘蛛が囲を張る城の隠れ部屋          早川文子
      蜘蛛の糸引く錫杖や大師像            菊池佳子
      まつすぐに如来の御手に蜘蛛降りる        岩上登代
      蜘蛛の巣の梅雨にうたれて光りけり        与後玲子
      吹く風に身をまかせをり女郎蜘蛛         夏目悦江
      医王寺の説法石に袋蜘蛛             荻野文子
      猪垣の石に糸張る女郎蜘蛛            安藤幸子
      錆び尽す魚雷の穴に蜘蛛の糸           国枝洋子
      うつかりと顔盗られたる蜘蛛の糸         村井まさを
      内子座の奈落に潜む女郎蜘蛛           八尋樹炎
      蜘蛛の糸対の石獅子つなぎけり          平 千花子
        鬼蜘蛛の囲の大いなる不破の関          坪野洋子
      蜘蛛の囲の光れり松の廊下跡           鈴木みすず
      蜘蛛の子の走る日時計盤の上           平松公代
      蜘蛛の子の供華より下りる朝かな         山 たけし
      蜘蛛一匹殺めし夜の風絶ゆる           梅田 葵
      百年の松の根方に袋蜘蛛             高橋幸子
      雨の粒連らね蜘蛛の囲眩しかり          古賀一弘
      鉢植の水やり蜘蛛の糸弾き            河原地英武
      木目より蠅虎(はえとりぐも)や浮御堂      河原地英武
      尻向けて巣を繕へり女郎蜘蛛           河原地英武
      天井の蜘蛛落とさんと定規取る          河原地英武
      石室の隙間は蜘蛛の縄張りよ           河原地英武
      丈草の墓にきらめく蜘蛛の糸           松井徒歩
      信綱の歌碑に真赤な子蜘蛛散る          林 尉江
      恐ろしや車庫に棲みこむ女郎蜘蛛         武藤光リ
      女郎蜘蛛三和土に黒き親柱            武藤光リ
      一雨の雫連ねて蜘蛛の糸             熊澤和代
      大仏の金の御指に蜘蛛の糸            朝倉淳一

蠅虎

      モビールの鳥に蠅虎ひそむ            河原地英武

蝸牛、ででむし、まいまい

      師の句碑にすがれり小さき蝸牛          桜井節子
      でで虫の背伸びしてゐる小糠雨          八尋樹炎
      ででむしの這ひだす朝や下駄を干す        八尋樹炎
      でで虫が角出す秋篠窯の木戸           小島千鶴
      ででむしが小さき角出す一茶の碑         小島千鶴
      かたつむり新聞受に首伸ばす           関根近子
      山頭火句碑に角出すかたつむり          下里美恵子
      涅槃図をこぼれさうなりかたつむり        武田稜子
      かたつむり天の岩戸を這ひ上る          武田稜子
      でで虫の登りつめたる道標            武田稜子
      医務室の曇りガラスに蝸牛            河原地英武
      かたつむり一揆の塚を這ひ上る          国枝洋子
      進むとき殻立て直す蝸牛             荒川英之
      かたつむり猫が一瞥して通る           矢野孝子
      細枝を抱き込むやうにかたつむり         若山智子
      終ひの地の二人暮しや蝸牛            国枝髏カ

蛞蝓、なめくぢり、なめくぢら

      なめくぢり私は好きと三歳児           上田博子
      銀色の跡美しきなめくぢり            清水弓月
      なめくじり蘭の花芽を齧り消ゆ          上杉和雄
      なめくぢり雨のしづくを引つぱれる        荒川英之

紙魚、紙の虫、雲母(きらら)虫、衣魚

      紙魚の痕あまた北斎漫画本            小長哲郎
      地獄絵の閻王胸に紙虫の穴            金田義子
      紙魚あまた母の手摺れの謡本           上杉美保子
      朱筆ある松陰日記紙魚の跡            山下 護
      巻物の普羅句たかし句紙魚走る          中川幸子
      紙魚走る藤村遺愛の英語辞書           奥山ひろみ
      紙魚走る赤線多き資本論             中野一灯
      日銀の褪せし辞令簿紙魚走る           森垣昭一
      紙魚走る五十三次絵すごろく           伊藤旅遊
      紙魚走る祖父の遺せし千字文           松永敏枝
      無言館恩賜のたばこ紙魚走る           栗田せつ子
      予科練の遺書を貫く紙魚の穴           坪野洋子
      繕へる児童図書よりきらら虫           加藤ゆうや
      仏壇に父祖の花伝書紙魚走る           服部鏡子
      紙魚走る父の遺品の謡本             鈴木真理子

梅雨の蝶

      文字薄き遊女の墓へ梅雨の蝶           武藤光リ
      谷戸深く眠れる虚子や梅雨の蝶          磯田なつえ
      ぽぽぽぽとつづく耳鳴り梅雨の蝶         伊沢陽子
      六道の辻をよぎれり梅雨の蝶           河原地英武
      反り美しき古刹の屋根を梅雨の蝶         坪野洋子

夏の蝶、揚羽、小灰(しじみ)蝶

      風紋に影やはらかし黒揚羽            栗田やすし
      魂魄の塔を仰げば揚羽来る            栗田やすし    *前書き 祭神三万五千柱
      夏蝶の影ゆらゆらと石畳             桑原 良
      夏の蝶スコール過ぎて空へ舞ふ          志知祥子
      松原や風に吹かるる夏の蝶            夏目悦江
      夏蝶来伊勢の家並の古格子            矢野孝子
      夏蝶が舞へりダヴィンチ最後の地         上田博子
      夏蝶やひめゆり部隊の濠に消ゆ          高橋ミツエ
      落日の妙義山背に黒揚羽             奥山ひろ子
      翳りなき結界に舞ふ夏の蝶            武藤光リ
      夏蝶の離れては来る矢立句碑           武藤光リ
      黒揚羽鎌倉道の小暗がり             武藤光リ
      御社を移せし跡や黒あげは            武藤光リ
      影見えて影より大き黒揚羽            梅田 葵
      黒揚羽影を大きく来たりけり           梅田 葵
      朝稽古果てし土俵に夏の蝶            奥山ひろみ
      竹林の洩れ日縫ひ行く黒揚羽           熊澤和代
      深山蝶鍬打つ先を低く飛ぶ            高橋幸子
      夏の蝶尼僧の墓に翅休む             太田滋子
      揚羽蝶舞ふ野ざらしの化石林           加藤ゆうや
      縁側に猫が目で追ふ夏の蝶            佐藤博子
      雲走る三角点に夏の蝶              国枝洋子
      夏の蝶清掃すみし連隊碑             中村修一郎
      ペンキ塗り終へし濡れ縁揚羽来る         瀬尾武男

蛾、灯蛾、火(ほ)蛾、夜(や)蛾

      魚河岸の裸電球火蛾飛べり            森垣昭一
      窓の蛾の羽音密か無言館             田嶋紅白
      雪洞に蛾の舞ふ影や高瀬川            岡田佳子
      山の宿てのひらほどの蛾が壁に          坂本操子

火取虫、灯虫

      境内の篝に舞へり火取虫             丸山節子

蚕蛾(さんが)、蚕の蛾、繭の蝶、くすさん、天蚕

      蚕蛾(かいこが)の羽ふるはせて産卵す      小田二三枝
      山まゆを大学教授取りてきし           片山浮葉
      天蚕の生れしばかりの薄みどり          牧 啓子
      天蚕のうすきみどりよ手に受くる         小島千鶴

夏蚕、二番蚕

      掌に載せし夏蚕の殻の軽さかな          伊藤範子
      手繰り出す夏蚕の糸の艶めける          和歌山智子
      

蝉、おし蝉、初蝉、夕蝉、蝉取り(蝉の旁はすべて單)

      語り部となりし老爺に蝉時雨           栗田やすし
      みんみんや骨董市の鉄兜             河原地英武
      予備校の前の落蝉掃かれけり           河原地英武
      蝉死せりチェロの形の胸を見せ          河原地英武
      熊蝉のこゑ熱風に煽らるる            河原地英武
      地下都市の通気口めく蝉の穴           河原地英武
      林間のラジオ体操蝉時雨             武藤光リ
      落蝉や弥生遺跡の草の上             武藤光リ
      師の詠みし仏足石や蝉の声            武藤光リ     *前書き 九品仏 
      山門の反りし板塀蝉時雨             武藤光リ
      落蝉の摘まみあぐればいと軽し          武藤光リ
      蝉頻りお骨を拾ふ兄弟              武藤光リ     *妹死す
                 少年のポケットに蝉鳴きやまず          矢野孝子
      梁太き浄瑠璃館蝉しぐれ             鈴木真理子
      母の忌や初蝉の声庭に聞く            八尋樹炎
      凶と出しみくじ室生の蝉鳴けり          神尾朴水
      仰向くは蝉の臨終かも知れず           村井まさを
      手に触るるものみな熱し蝉の声          加藤都代
      掌に取れば未だ落蝉の生きてゐし         加藤元通
      腹帯を巻きし観音せみしぐれ           片山浮葉
      みんみんや谷の底なる一部落           下里美恵子
      母恋へば脊山の蝉の鳴きしきる          下里美恵子
      一人居の午のながさや蝉時雨           竹中和子
      日蝕や蝉鳴き止みてほの暗し           下山幸重
      がじゆまるの気根も揺らす蝉時雨         儀間千恵子
      落蝉に苔柔らかき綾子句碑            野島秀子
      豪族の土塁の跡や蝉時雨             森垣昭一
      蝉の声絶えて檜山の闇匂ふ            森 靖子
      火おんどり果てし山里夜の蝉           小田二三枝
      蝉の声はたと止みたる真つ昼間          上杉和雄
      みんみんやぐづりゐし子の眠りたり        松本恵子
      熊蝉や枝奔放な三保の松             磯田なつえ
      学寮の破れ畳や蝉時雨              石崎宗敏
      爪立てて殻抱きたる明けの蝉           近藤文子
      白き翅かすかに震ふ羽化の蝉           平松公代
      紅殻の褪せし腰板蝉しぐれ            市江律子
      雑木には唖蝉ばかり鎮魂碑            田畑 龍
      初蝉や卑弥呼の里の曲り角            国枝洋子
      みんみんや人の湧き出す三鷹駅          梶田遊子
      訃の電話切れば初蝉鳴き出せり          栗田せつ子

      胃を病みて蠅一匹に苛立てる           勝見秀雄
      蝿とまる三崎漁港の台秤             武藤光リ

斑猫、道教へ

      斑猫と連れだちて行く山の暮           近藤紀子
      道をしへ霧の伊吹の登山口            玉井美智子

糸蜻蛉、とうすみ蜻蛉

      糸とんぼ向きかふるとき胴ひかる         石原進子
      膝折つて八丁蜻蛉見つめをり           今泉久子
      勝頼の短かき幟糸蜻蛉              長崎真由美
      糸とんばう放生池に羽たたむ           武藤光リ
      お狩場の裾にとなめの糸蜻蛉           伊藤範子
      糸とんぼ水際の草に息つげる           林 尉江
      糸とんぼ止まる川石磨崖仏            神尾朴水
      糸とんぼ氷室の跡に見失ふ            市江律子
      糸とんぼ観音池の水を打つ            久野和子
      糸とんぼ水面に瑠璃の糸引けり          渡辺かずゑ

川蜻蛉、おはぐろ蜻蛉、柳女郎

      川とんぼ山の日ざしに羽根たたむ         栗田せつ子
      川とんぼ茅葺小屋のせせらぎに          丸山三依
      丸子路にひびく瀬音や川とんぼ          矢野愛乃
      水音を離れぬ羽黒とんぼかな           宇佐美こころ
      翅は陽に紛れて飛べり糸蜻蛉           磯田なつえ
      日食のあとの静寂や川とんぼ           福田邦子
      胸厚き流燈句碑や川とんぼ            松永敏枝

羽抜鳥

      伏籠に夕日まみれの羽抜鶏            栗田やすし

老鶯、乱鶯、夏鶯

      老鶯や木の間隠れに近江富士           栗田やすし     前書き 幻住庵
      老鶯や親鸞遠流の海凪げる            山たけし
      老鶯のひねもす鳴いて山暮るる          加藤若水
      伊吹山夏鶯の声近し               鳥居純子
      ひもすがら老鶯の声和紙の里           磯野多喜男
      老鶯と明けの雨聴く坊泊り            山下善久
      老鶯の声ひびきけり陶土谷            堀内恵美子
      老鶯の声澄む翁生誕地              上村龍子
      老鶯や蕎麦屋の暗き通し土間           武藤光リ
      老鶯や城の甍の葵紋               武藤光リ
      老鶯や化石生家の背山より            佐藤とみお
      老鶯や裏の竹藪しづもれる            荒川英之
      樺の森夏鶯の四方より              松本恵子
      夏うぐひす華蔵世界に谺せり           下里美恵子

時鳥、杜鵑、ほととぎす

      ほととぎす聴きたる夜の雨激し          栗田やすし
      杉山のくらきより声ほととぎす          鈴木みや子
      時鳥檜山へのぼる道細し             安藤幸子
      鳴きすてて背山へ消えしほととぎす        安藤幸子
      雨あとの空が明るし時鳥             栗田せつ子
      御嶽の暮るるまで鳴くほととぎす         牧 啓子
      産土へ明けのきざはし時鳥            神尾朴水
      時鳥猿除け囲ひ繕へば              山田悦三
      ほととぎす啼いて吊橋大揺れす          足立サキ子
      ほととぎす一声高くそれつきり          伊藤旅遊
      親王の墓へひと声ほととぎす           金田義子
      殉教の地にほととぎす幾度も           国枝隆生
      水見色どこまでも晴れほととぎす         国枝髏カ
      どこからも三輪山見えてほととぎす        国枝髏カ
      ほととぎす伊吹の空に交響す           国枝洋子
      時鳥つひに鳴かざり狩場跡            倉田信子
      浅間嶺へ雲湧く朝ほととぎす           奥山ひろ子
      ほととぎす行人塚へ啼きつげり          坂本操子
      時鳥真夜を目覚めて鳴きつゞく          清水弓月
      妣の夢醒むる夜半の時鳥             山本法子
      僧の説く色即是空ほととぎす           武藤光リ
      観音の背に夕日やほととぎす           武藤光リ

郭公、閑古鳥

      遠郭公男体山を雲はなる             関根近子
      郭公や鎮守の森の大欅              高田栗主
      四万十の底まで透けて遠郭公           八尋樹炎
      郭公や仔馬しつぽを廻しづめ           長江克江
      馬の背を磨く郭公聴きながら           長江克江
      昼暗き天城の森や閑古鳥             山本法子
      郭公に目覚めし古稀の女旅            林 尉江

十一、慈悲心鳥

      十一の声筒抜けや峡の空             勝見秀雄
      十一の声かき消して軍用機            谷口千賀子

仏法僧、木葉木菟

      仏法僧鳴きて古刹の鎮もれる           江口たけし
      木葉木菟森に小さき博物館            野島秀子

青葉木菟

      青葉木菟ゐるべき場所に大鴉           河原地英武
      老犬を看取る二夜や青葉木菟           牧野一古
      青葉木菟金峯山寺の秘仏見に           長崎眞由美
      青葉木菟鳴けば目で追ふ森の闇          澤田正子
      息ひそめ聽き入る闇の青葉木菟          澤田正子
      胸うちを風吹くやうに青葉木菟          清水弓月
      峡の家の点りそめたり青葉木菟          清水弓月
      ワクチンの後の微熱や青葉木菟          酒井とし子

雪加

      ひとしきり雪加鳴き継ぐハーブ園         栗田やすし      前書き:沖縄

四十雀

      四十雀初瀬の谷を響かせて            国枝髏カ

山雀

      山雀の声にめざむる旅の宿            日野圭子
      山雀が巣立つやさしき風のこし          栗田せつ子

黄鶲

      黄鶲の囀る雨の雑木山              矢野愛乃

黒鶫

      黒つぐみ鳴いて風止む飛騨の里          牧野一古

大瑠璃、瑠璃鳥

      大るりや杉の暗きに疣の神            中村たか
      大瑠璃の光を引いて巣へ戻る           矢野孝子
      大瑠璃や川隔て見る磨崖仏            熊澤和代
      日蝕の過ぎたる峡に瑠璃鳴けり          倉田信子

三光鳥

      三光鳥ほいほいほいと妻籠宿           清水弓月
      三光鳥鳴くよ綾子の句碑の上           栗田せつ子
      三光鳥白木造りの持仏堂             武藤光リ

駒鳥、こま

      防人の母恋ひの碑やこま鳴けり          栗田せつ子

雷鳥

      雷鳥に出合ふガレ場の暮早し           若山智子
      雷鳥に会ふ御嶽の雪崩あと            平松公代
      葉陰より雷鳥現るる西穂高            長江克江
      がれ場晴れ子連れ雷鳥現るる           横井美音

夏雲雀

      雲に触れ一気に落つる夏ひばり          巽 恵津子
      常念岳(じょうねん)の雲の解けゆく夏雲雀    山下智子

鴉の子、親鴉、子鴉

      アマビヱの如く水辺に鴉の子           河原地英武
      飛びたちて風に流さる鴉の子           関根近子
      大寺の鬼瓦より鴉の子              栗田せつ子
      鴉の子源兵衛川のふちのぞく           牧野一古
      親鴉巣を守る声の牛めけり            高橋幸子

夏燕、燕の子、親燕、岩燕

      汐待ちの港自在に夏つばめ            栗田やすし      前書き:御手洗・汐待ち港
      壁青きカフカの家や夏つばめ           栗田やすし
      夏つばめ長良の早瀬かすめ飛ぶ          栗田やすし
      塩の道軒並みに鳴く燕の子            山下智子
      中空の子燕に餌口移し              伊坂壽子
      浚渫の川面かすめし夏つばめ           山本正枝
      藍染めの生地干す軒や夏つばめ          大澤渓美
      あやとりのやうな電線夏燕            河原地英武
      鵜の川の早き流れや夏つばめ           武藤光リ
      巣燕や農家に大き長屋門             武藤光リ
      夏つばめ心字なぞりて池の上           武藤光リ
      夏つばめ釣船舫ふ柳橋              佐藤とみお
      地酒買ふ軒の明るし燕の子            宇野美智子
      紅殻の梁に育ちぬ燕の子             山本光江
      三之町しなやかに飛ぶ夏つばめ          鈴木真理子
      夏つばめ二之町ぬけて三之町           近藤文子
      夏つばめ築地市場に低く飛ぶ           多々良和世
      木蝋の匂ふ軒先夏つばめ             上杉美保子
      待ち合はす駅舎の軒の夏燕            奥山ひろ子
      巣づくりはホテルの軒よ岩つばめ         山下善久
      能楽の里に飛び交ふ夏つばめ           掛布光子
      夏燕遺跡の粘土銜へ去る             石崎宗敏
      天草の海の碧さや夏燕              玉井美智子
      露天湯の梁に餌待つ燕の子            千葉ゆう
      大口を競ひ子燕梁に鳴く             丹羽康碩
      電線に子ら呼んでゐる親燕            近藤文子
      軒深き忍者の街に燕の子             安藤一紀
      暮れ方の大路を低く夏燕             上田博子
      夏燕加賀の茶房になら百句            廣島幸子
      呉服屋の軒に燕の一番子             小柳津民子
      廻旋橋開く時潜る夏つばめ            豊田紀久子
      百毒下しの薬看板夏つばめ            神尾朴水
      鋳物屋に育つ燕の一番子             栗田せつ子
      釣り浮子の頭掠むる夏つばめ           梶田遊子
      子燕の口を眺めてバスを待つ           梶田遊子
      夏燕特攻の碑へ真つしぐら            下山幸重
      燕の子火を吐くごとく口あけて          渡辺かずゑ
      雨近し鋤田ついばむ夏燕             野島秀子
      仏具屋の金看板に燕の巣             武田稜子

行々子、葭切、葭雀

      葭切や岸を離るる手漕ぎ舟            栗田やすし
      ものゝふの首据ゑ岩や行々子           二村美伽
      鮒を釣る竿先よぎる行々子            牧野一古
      葦切や風に片寄る舫舟              宇佐美こころ
      渡良瀬や葭切の声地より湧く           岩上登代
      葭切や潮の満ちくる渡し跡            国枝洋子
      よしきりや錠新しき水車小屋           丹羽康碩
      行々子葭しなはせて鳴きつげり          山本悦子
      葭切の鋭声頻りや渡し舟             村瀬さち子
      ゆるやかに進む小舟や葭雀            伊藤範子
      葭切に千曲の水の嵩増せる            神尾朴水
      行々子鳴くあかときの千曲川           長崎眞由美
      行々子篠突く雨を呼びにけり           熊澤和代
      行々子お吉入水の淵暗し             山本法子
      葭切の声騒がしき朝の馬場            上田博子
      行々子自粛の日々を鳴き継げり          川島和子
      渡良瀬や此岸彼岸の行々子            佐藤とみお

青鷺

      櫓の音に青鷺たたせてしまひけり         山下智子
      青鷺の立つや一点見据ゑつつ           小原米子
      青鷺のつがひ湖中の杭に立つ           堀 一之
      青鷺の飛立つ羽音泥しづく            松永敏枝
      まばたきて青鷺雑魚を一呑みに          河村惠光

白鷺

      白鷺の吹かれて長き飾り羽            小蜥テ民子
      白鷺の冠羽なびかせ魚漁る            貫名哲半

磯鵯、磯鵯(いそひよ)

      御塩浜磯ひよどりの声澄めり           長江克江

水鶏、水鶏笛

      逝きし友ふと偲ぶ夜や水鶏笛           櫻井勝子

鳧、鳧の子

      途切れては鳧鳴く里や母は無し          林尉江
      飛び交ひて鳧けたたまし入鹿塚          高橋孝子

鰺刺、小鰺刺

      鰺刺を見上げて揺らぐ手漕舟           栗田せつ子

軽鳧(かるがも)、軽鳧の子

      軽鳧の子の親の水輪を離れずに          小原米子
      軽鳧の子の産声和毛ふるはせて          橋本ジュン

通し鴨、残る鴨

      渡し跡波に乗り来る通し鴨            清原貞子

浮巣、鳰の巣、水鳥の巣

      まだ赤き雛乗つてゐる浮巣かな          谷口千賀子

鴨の子、子鴨、鴨の雛

      母と見る子鴨の水脈の消ゆるまで         武田明子

海猫、ごめ、海猫孵る

      あをあをと伊根の一湾海猫鳴けり         栗田せつ子
      海猫鳴くや浄土ヶ浜の静けさに          武藤光リ        *東北行
      海猫啼いて雨となりたる伊根の里         倉田信子
     

翡翠、しょうびん

      翡翠の水面掠めて日を弾く            田畑 龍
      翡翠の雛鳴く声や切り岸に            夏目隆夫

海月

      海月群る流人の島の舟溜り            平松公代
      潮仏胸の高さを海月の子             角田勝代
      子海月の命透きたるゆらぎかな          中山敏彦
      海月浮くレトロな街の運河かな          森垣一成
      空のいろ映し海月は砂浜に            河原地英武
      ゆらゆらと海月は青きシャンデリア        河原地英武
      命かな海月の傘の閉じ開き            金田義子
      花ひらくやうに海月の漂へる           若山智子
      製油所の夜景クルーズ海月浮く          高柳杜士
      ふつふつと波間に湧けり海月の子         松岡美千代

海鞘、まぼや、あかぼや

      海鞘刺は丸ごと海よ田酒酌む           高柳杜士

夜光虫

      泳ぎ来し人全身に夜光虫             国枝隆生
      夜光虫波の高さに漂へり             内田陽子
      浸す手が白く光れり夜光虫            加藤ゆうや

船虫

      舟虫の右往左往や潮仏              奥山ひろみ
      小走りの舟虫島の石祠              辻江けい
      船虫や波に隠れし磯仏              山下善久

海蛍

      かたまつて波青白き海蛍             国枝隆生

蟹、沢蟹、磯蟹、蟹の穴、蟹の泡

      水ゆれて小蟹あらはる忘れ潮           谷口由美子
      揚舟の底に泡吹く赤手蟹             辻江けい
      夕立晴蟹歩みをる杣の庭             中村修一郎
      沢蟹の動きうながす竹の杖            巽 恵津子
      蟹走る潮の引きゆく被爆川            山本光江
      沢蟹の生れしばかりや甘露の井          夏目悦江
      水軍の墓碑に潜めり赤手蟹            野島秀子
      沢蟹の靴に隠るる山家かな            牧 啓子
      沢蟹の湧くごと現るる雨後の杜          坂本操子
      沢蟹のもぐりし岩間磨崖仏            神尾朴水
      沢蟹のひそむ平家の隠れ岩            幸村志保美
      穴出て小さき争ひ汐まねき            関根切子
      求愛の爪桃色に潮まねき             内田陽子
      レジ袋履いて覗けり蟹の穴            熊澤和代
      沢蟹や川底に日のゆらぎをり           山本法子
      沢蟹が西行水の岩のぼる             中斎ゆうこ
      山雨来て蟹の這ひ出す山路かな          磯田なつえ
      潮引きし泥地に光る蟹の穴            石川紀子
      沢蟹が土間に入りくる雨催            小原米子
      沢蟹の爪振り上ぐる雨催ひ            小原米子
      片方の爪が見えをり蟹の穴            八尋樹炎
      白浜に白き砂蟹母遠し              栗山紘和
      蟹の子の走るホームや始発駅           武藤光リ

鮎、香魚、年魚、鮎の宿

      トロ箱に長良の鮎の細身なる           栗田やすし
      ふるさとに来て妻と食ぶ鮎なます         栗田やすし
      鮎汲みが外道を河へ逃がしたり          片山浮葉
      尾を跳ねて釣らるる鮎のきらめけり        若山智子
      跳ぬる鮎蕗に包みて貰ひけり           近藤文子
      鮎川に巡査も来たり解禁日            佐久間寿子
      鮎の瀬の投網朝靄払ひけり            中野一灯
      飾塩崩して鮎の骨抜けり             武藤光リ
      鮎の香や街の灯映す四畳半            武藤光リ
      鮎釣の話飛び交ふ散髪屋             兼松 秀
      タモ網の中で外せり掛かり鮎           兼松 秀
      鷲掴みして鮎に刺す竹の串            丹羽康碩
      胴震ひして焼かれゐる串の鮎           丹羽康碩
      奧美濃や瀬音轟く鮎の宿             市川悠遊
      只管に川遡る稚鮎かな              夏目隆夫
      鵜が吐きし鮎篝火にきらめけり          下里美恵子
      石ひとつ載せて沈めし鮎の籠           関根切子
      囮鮎握りて動き確かむる             石崎宗敏
      裏みちは水音ばかり鮎の町            上杉和雄
      幼子の指すりぬける簗の鮎            奥山比呂美
      鮎を焼く少女の口の一文字            渡辺かずゑ

岩魚、岩魚小屋、岩魚籠

      化粧塩ほどよく焦げて岩魚食ぶ          花田紀美子
      渓流に糸流しては岩魚釣る            鈴木英子

山女魚、山女、甘子山、山女釣

      せせらぎに遊ぶ日の斑や山女焼く         横森今日子
      笹刺しの雪代山女錆のこる            清水弓月

鯰、梅雨鯰、鯰釣る

      遠来の友と老舗の梅雨鯰             佐藤とみお

鰻、土用鰻

      鰻屋の列の後尾に本開き             河原地英武
      就活の天王山や鰻食ふ              河原地英武
      一粒の米も残さずひつまぶし           河原地英武
      路地裏に漂ふ鰻焼く匂ひ             鈴木真理子
      縁日や母に誘はれ鰻食ぶ             野島秀子
      鰻裂く湖風渡る外流し              野島秀子
      鰻屋の夫婦揃ひの丸眼鏡             足立サキ子
      骨の音鳴らし一気に鰻割く            鈴木みすず
      鰻見て素麺買うて戻りけり            武藤けい子

穴子、焼穴子、穴子鮨、穴子釣

      穴子食ぶ有楽町のガード下            河原地英武
      簀子より剥がして売れり干し穴子         森 靖子
      全身の骨透けて見ゆあなごの子          河合義和
      舟の灯の手元は暗し穴子釣            武藤光リ
      穴子釣るコンビナートの炎背に          武藤光リ

鱧、祭鱧、五寸切(ごんぎり)、鱧の皮

      鱧天や祗園の空は青く暮れ            河原地英武
      鱧皮に目のなき東男かな             小長哲郎
      小気味よき骨切る音も鱧料理           小長哲郎
      大鱧の眼鋭く売られをり             武藤光リ
      目打せし鱧まな板をはみ出せり          東口哲半
      老僧と酒酌み交はす鱧の皮            山下善久
      鱧の骨切る板前の男振り             田畑 龍
      しやりしやりと鱧切る音や京の夜         石橋忽布

黒鯛、ちぬ、黒鯛釣

      ちぬ下げて教会の庭横ぎれり           長江克江
      黒鯛釣白灯台の前に座し             松本恵子

鰹、鰹売、夜鰹

      古九谷の皿をはみ出す鰹かな           市江律子
      古九谷の大皿に盛る初鰹             森川ひろむ
      俎は音よき檜初鰹                渡邉久美子

鯖、しめ鯖、鯖釣、鯖鮨

      鯖を干す路地江の電の曲り来る          都合ナルミ

鯵、くさやの干物

      腹見せて鰺一尾浮く船溜り            栗田やすし
      一面に鯵干す匂ひ島日和             八尋樹炎
      ひしめきて小鯵糶場に吐き出さる         篠田法子
      潮風の抜け来る路地や小鰺干す          栗生晴夫
      軒に干す鰺の一つがそり返る           小田二三枝

飛魚、とびお、あご

      やつちやばに飛魚の昼餉や矢立の地        武藤光リ
      遙かなる遠流の島や飛魚とべり          鈴木 文
      飛魚とんで水平線は斜めなり           伊藤旅遊

烏賊釣、烏賊火、烏賊干す

      黒木御所前に烏賊干す島日和           倉田信子
      赤々と入り日射したる烏賊襖           中野一灯
      透けゐたる烏賊の歯応へ呼子の夜         玉井美智子

鱚、鱚釣

      空青し鱚入れぐひの釣り日和           後藤暁子

章魚、蛸、蛸壺

      糶終へし蛸に値札のなぐり書き          石原筑波
      章魚もがきをり海色の網の中           佐藤とみお
      一と棹に蛸とシャツ干す島ぐらし         市川正一郎
      糶り箱の蛸剥がされて墨吐けり          嶋田尚代
      大蛸を腕にからませ運びけり           玉井美智子
      海原を離れ大蛸水飛ばす             玉井美智子
      蛸壺に太き屋号や蜑の小屋            山崎文江
      茹でたての蛸をぶち切る大鋏           小原米子

おこぜ、虎魚

      糶を待つ箱のおこぜの笑ひ顔           栗田せつ子
      空揚げの虎魚怒りの口を開け           小長哲郎
      まづ包丁研ぎて虎魚のうすづくり         牧野一古
      朝市やおこぜ寄り目で空見上ぐ          中斎ゆうこ

鯒、牛尾魚

      鯒捌く片減りの出刃朝市女            角田勝代

蝦蛄、蝦蛄の鎧、蝦蛄鍋

      漁師妻トロ箱に蝦蛄あふれさす          栗田やすし

赤えい、えい

      声あげてエイ数へ合ふ橋の上           伊藤範子      *エイは漢字
      エイ泳ぐ潮の流れに逆らはず           下里恵美子     *エイは漢字

鮑、鮑桶、鮑海女

      海女浮かむ初捕り鮑高く挙げ           坪野洋子
      鮑海女額の魔除けにそつと触る          坪野洋子
      鮑殻きらめく島の校舎跡             市江律子
      花のごと開く鮑を糶り落す            富田範保

亀の子、銭亀、子亀

      亀の子の泳ぐ手足のばらばらに          幸村志保美
      亀の子が亀の子に乗る洗面器           加藤剛司

海亀、赤海亀、亀泳ぐ

      海亀の産卵跡や朝の浜              栗田やすし

雨蛙、青蛙

      青蛙鳴くだけ鳴いて水に浮く           矢崎富子
      堂守の当番札に青蛙               野島秀子
      マリヤ寺金環の眼の青蛙             山下智子
      水撒けばあちこちに飛ぶ青蛙           山鹿綾子
      胎教のピアノ聞きゐる青蛙            中川幸子
      寺田屋の湯殿の隅に青蛙             中川幸子
      墓石の文字の深きに雨蛙             中山ユキ
      干し竿の穴に眠れる雨蛙             佐久間寿子
      朝の試歩杖先に来る青蛙             谷口千賀子
      ぴよんと飛び保護色美しき青蛙          神尾朴水
      国府跡跳ぶ生れたて青蛙             磯田なつえ
      青蛙天水桶に棲み付けり             矢野愛乃
      土にゐて土の色なる青蛙             服部鏡子
      蓮の葉にまだ尾のとれぬ雨蛙           森 靖子
      夕闇の迫る貴船や河鹿笛             山本玲子

河鹿、夕河鹿、河鹿笛、河鹿宿

      鵜の川の深き闇より河鹿笛            栗田やすし
      滝音を離れてよりの河鹿笛            坪野洋子
      降り出して一際強き河鹿笛            小林幸子
      河鹿鳴く流れに添へり塩の道           熱海より子
      河鹿鳴く山懐の湯治宿              下山幸重
      混浴の峡の露天湯河鹿鳴く            下山幸重
      正調の山中節や河鹿鳴く             下山幸重
      河鹿笛川面ころげて響きくる           松本恵子
      肩寄せて師弟の句碑や遠かじか          神尾朴水
      山蔭のかぶさる渕や夕河鹿            中村修一郎
      水音の絶えぬ十戸や河鹿笛            八尋樹炎
      濡れ縁に残る火照りや夕河鹿           石崎宗敏
      裏木曽の雨大粒や河鹿鳴く            上田博子
      山かげの久女の墓や河鹿笛            玉井美智子
      暮れなずむ木曽の山々夕河鹿           河合義和

山椒魚、はんざき

      山椒魚影のびやかに法の池            辻江けい
      はんざきの朽ち葉まみれに生け捕らる       玉井美智子
      はんざきを両手にぐいと掴みたる         玉井美智子
      木苺を摘むやはんざき棲む川辺          小蜥テ民子
      手を振つてはんざき川へ戻しやる         山本光江
      はんざきを守る農婦の声若し           沢田充子

蝦蟇(がま)、蟾蜍(ひきがえる)、蟾(ひき)

      昼暗き隠沼の森蝦蟇鳴けり            神尾朴水
      蟇鳴くや闇の彼方の街明り            八尋樹炎
      泥煙沼に広げて蟇つるむ             坪野洋子
      蟇鳴いて真夜の川風なまぐさし          矢野孝子
      二タ声にひと声応ふひきがへる          矢野孝子
      岨道にどつかと坐る蟇              中村修一郎
      姉の忌の軒に来てゐる蟇             関根近子
      蟾蜍注連張る力石の陰              櫻井幹郎
      水田に細波立つや蟇の声             松永敏江
      軍馬碑の裾に野太き蟇の声            林 尉江
        ぼけ除けの飴置く寺や蟇鳴けり          山下善久

螻蛄、おけら

      握りたる指掻き分けて螻蛄逃(けらのが)る    宗野順子
      螻蛄鳴くや松上げ果てし闇の中          東口哲半
      尼寺の昼の静けさお螻蛄鳴く           河村恵光

手長蝦、川蝦

      川蝦を富士の水ごと掬ひけり           大島知津

ザリガニ、蜊蛄

      ザリガニを盥に放ち夏季保育           玉井美智子
      水口に退く蜊蛄の泥けむり            松永敏枝
      蜊蛄の墓は小石よ梅雨じめり           谷口千賀子
      ざりがに釣る弁天様の眼間(まなかい)に     山崎文江

牛蛙

      雨催ひ鈍き声出す牛蛙              中村修一郎
      牛蛙夜昼もなく鳴き通す             関根近子
      図書室の夕べ物憂き牛蛙             山下 護
      牛蛙小池の闇をゆるがせり            山下帰一
      降り出しの雨の水輪に牛蛙            関根近子
      恋鳴きと云へど地声や牛蛙            小長哲郎
      隠沼の闇をふるはせ牛蛙             国枝隆生
      昼灯す窯場に鳴けり牛蛙             八尋樹炎
      応へ合ふやうに四方の牛蛙            小原米子
      闇の池声凄まじき牛蛙              山下善久
      黒雲の走る水面や牛蛙              武藤光リ
      濡れ縁に夕日のぬくみ牛蛙            玉井美智子

蚯蚓、蚯蚓出づ

      雨上り土盛り上げて蚯蚓出づ           只腰和子
      芝踏めば蚯蚓飛び出す石舞台           高平タミ
      相続の話こまごま蚯蚓鳴く            下里美恵子
      大鴉蚯蚓咥へて飛び立てり            松平恭代
     

蛭、馬蛭

      足に塩ふりかけ蛭の谷渡る            森 靖子
      蛭多き碓氷峠を越えにけり            漆畑一枝
      鋤き終へし飛騨の車田蛭泳ぐ           河合義和

蝙蝠、蚊喰鳥、かはほり

      自決濠よりとび出せり蚊喰鳥           栗田せつ子
      かはほりや佃の路地に豆腐売           武藤光リ
      かはほりや城跡畑となりゐたり          安藤幸子
      暮れてきし寺かはほりの飛び交へり        安藤幸子
      小石投げ蝙蝠の影たしかむる           下山幸重
      黒雲の上へ下へと蚊食鳥             河原地英武
      蚊喰鳥骨ふるはせて歩きけり           河原地英武
      かはほりの右往左往や能舞台           市江律子
      篝火に染まり飛び交ふ蚊喰鳥           奥山比呂美
      夕潮のさし来る運河蚊喰鳥            牧野一古
      千金の刻惜しむかに蚊喰鳥            加藤ゆうや

蜥蜴、青蜥蜴、瑠璃蜥蜴、縞蜥蜴

      脈をとるやうに蜥蜴の首もてり          河原地英武
      とかげ這ふ砲火に焦げし洞窟(がま)の口     栗田やすし
      うす暗き風葬の跡蜥蜴這ふ            栗田やすし    前書き:仲泊遺跡
      木洩れ日の石のベンチへ青蜥蜴          熊澤和代
      瑠璃蜥蜴賽銭箱より飛び出せり          太田則子
      青蜥蜴五輪塔よりすべり落つ           荻野文子
      るりとかげ古墳調査の岩走る           廣島幸子
      靴干して蜥蜴の脱皮見てゐたり          玉井美智子
      蜥蜴の子手に遊ばせて登園児           玉井美智子
      青蜥蜴資材小屋より踊り出る           矢野愛乃
      武家門の階走る瑠璃蜥蜴             石原進子
      隠れ場はいつもの石よ青蜥蜴           尾崎 孝
      大根の双葉に乗れり蜥蜴の子           上田博子
      瑠璃とかげ谷間の小橋わたりきる         岡田佳子
      とかげ鳴く秀吉邸の櫓跡             野島秀子
        落したる太き尾捜す蜥蜴かな           近藤文子
      忙しなく腹で息する青蜥蜴            小長哲郎
      咎のある如く隠るる縞蜥蜴            上村龍子
     

井守、赤腹

      御穂田(みふうだ)の井守をペンで裏返す     栗田やすし
      井守の子役の行者の足元に            鈴木みや子

守宮

      浴室の守宮を妻と逃がしやる           栗田やすし
      灰色の防空電球守宮鳴く             豊田紀久子
      守宮飼ふ少女越えたり母の丈           近藤文子
      朝刊に紛れてゐたり守宮の子           牧野一古
      ショパン聴く壁に守宮の張りつけり        国枝洋子
      ポストより引きだす手紙やもり堕つ        井沢陽子
      月蝕を窓の守宮と見てゐたり           高橋悦子
      守宮の子湯舟に落ちて泳ぎをり          塩原純子
      硝子戸に子連れの守宮雨しぶく          梅田 葵
      飲食のみの一日守宮鳴く             梅田 葵
      けふも又守宮きてゐる厨窓            花村富美子
      罅深き備前の壺に守宮棲む            武田稜子
      窓越しの守宮に着替へ見られけり         山本法子
      硝子戸に喉ひくひくと守宮かな          山本法子
      東屋の明り障子や守宮這ふ            松永敏枝
      戸を繰れば朝日の中に守宮落つ          加藤百世

蛇、蛇衣を脱ぐ、蛇の衣、蛇の脱(もぬけ)

      てらてらとくちなは畦を越えゆけり        栗田やすし
      境内の岩に吹かるる蛇の衣            横森今日子
      大樟の洞(うろ)に顔出す神の蛇         今泉久子
      箸ほどの蛇が来てゐる目高鉢           山口行子
      やまかがし溝の流れに逆らへり          矢野愛乃
      鉄棒で押さへ捕らふる赤まむし          矢野愛乃
      蛇隠るそよりとも草動かさず           森 靖子
      手掴んで川へ放れり山楝蛇            森 靖子
      くちなはを抱へて村の子ら来たり         片山浮葉
      蛇の衣軒に下がりて吹かれゐる          中根多子
      出つくはす蛇や合鍵にぎり締む          市川正一郎
      蛇衣を脱ぎし式部の廟所前            小島千鶴
      鉄棒の一打で仕留む黒蝮             矢野愛乃
      口あけて雨に打たるる蛇の衣           矢野愛乃
      神木の大楠のぼる蛇の艶             石川紀子
      毒蛇の見本と四葩化学室             山 たけし
      水音へ蛇すべりゆく化石句碑           坂本操子
      足元に棒と見紛ふ山楝蛇(かがし)        横井美音
      くちなはを見てより風の生臭き          市川あづき
      隠るるに尻尾振りたる山楝蛇           松井徒歩
      青大将外階段の手摺り這ふ            松永敏枝

蝮、蝮酒

      尼寺の庫裡の暗みに蝮酒             武田稜子
      古民家の土間に琥珀の蝮酒            玉井美智子

百足虫、百足

      無住寺の朽ちしきざはし百足這ふ         金田義子
      思ひつきり百足叩きし震へかな          幸村志保美
      踏み潰す鋼鉄(はがね)光の大百足        武藤光リ
      真二つに切られて逃ぐる大百足虫         兼松 秀
      山城の荒き石積百足這ふ             千葉ゆう
      音立てて襖登れり大百足             河村惠光
      大百足虫吸ひし掃除機如何(どう)しよう     櫻井幹郎
      大百足干涸びゐたり古戦場            平松公代
      大百足虫打つて薬缶の水呷る           川島和子



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