尖石遺跡


復元の縄文の居に草苺  光晴

 翌日は心配した天候も上々で秋の高原を満喫できた。暦の上ではもう少し夏なのだろうが感覚的には初秋だった。
 以前より訪問したくてたまらなかった尖石遺跡に行った。
縄文のヴィーナス  尖石遺跡は八ヶ岳西南山麓1070メートルの台地にある。昭和5年から発掘調査が行われており、未だに続いている。
 この遺跡の特徴は、その膨大な埋蔵物であり、完全なものが多く、さらに芸術性まである点だと思う。
 これらの遺物は、近隣の与助尾根遺跡、丸山遺跡、棚畑遺跡、長峯遺跡、中っ原遺跡などの出土品と共にこの 尖石史蹟公園内の「尖石縄文考古館」に展示されている。
 左の写真は国宝に指定された「縄文のヴィーナス」である。大きさは27センチとそう大きくはないが柔らかな線と 芸術的な誇張はすばらしい。
 また、これより約1000年後の土偶といわれる「仮面の女神」も国宝ではないがすばらしいものである。興味のある方は以下のホームページ を見られると良い。
    http://www.city.chino.nagano.jp/main.asp?fl=show&id=1000019036&clc=1000000044&cmc=1000000107&cli=1000000752&cmi=1000001709

 静岡の登呂遺跡は弥生時代の遺跡であるが、それより2,3000年も遡るであろうこの遺跡の出土品はずいぶん 昔から文化が存在したことを教えてくれる。自然を恐れながらも、敬い、親しみ、驚き楽しんだことだろう。
 大らかに、奔放に生きて、生を全うしていった縄文人と心を通じさせる何かがこの山にはある。そんな気が八ヶ岳 に奔る早雲を眺めていて感じた。
完全形な土器 ?
完全な形に復元された土器がたくさんある。よく見ればいろいろな図形が描かれていて、 芸術性も高い。破片も沢山展示されている。 女の土偶は他の遺跡でもでるが、男らしき土偶はあまりない。ひきかえ、シンボルだけは 各地で出土するようだ。縄文時代は完全な女系社会であり、女はすべてが敬われる対象であり、男は子作りの 道具としてだけしか見られなかったのかも。男は種馬的存在であったかもね。これをチン説と言う。
大反魂草(おおはんごんそう)中心の花野  この項のトップにある復元住居の写真は、与助尾根遺跡である。住居の周りの森は橡や栗や胡桃が実を付け、木苺、草苺 が赤い実を付けていた。今よりも気候は暖かだったようであるから、さらに豊富な木の実があり、狩りの対象物も 豊かだったと想像できた。そして草原には左の写真のような花野が見渡す限り続いていたのだろうか。

 縄文の土偶に見ゆ花野かな

 落葉松や山道しるき蝉の声

 逆さ八ヶ岳揺らせ渡れり葛の風    光晴

龍神池と露天の湯

龍神池からの八ヶ岳  東京目黒の柿の木坂に本店があるという中華料理店で昼食をすまし、龍神池を中心に高原を散策。秋を感ずる涼風に 身をゆだね、早雲の変わりやすい八ヶ岳の山容を満喫した。
 真っ青な青空が見えたと思うとすぐに大きな入道雲が現れ、しばらくすると下からもガスが沸いて来て見る間に空を 曇らせてしまう。走馬燈のように景色が替わって行った。
 帰りに遺跡の近くにある縄文の湯に寄って汗を流した。
 さわさわと風になる落葉松が囲う露天風呂に入った。縄文の人々も温泉に入ったのだろうか。打たせ湯に打たれながら 古代の人々の声を探していた。

 打たせ湯に身を預けたり雲の峰

 落葉松の囲む露天湯夏果る   光晴

 

牧場そして絵本美術館

 早くも3日目となり下界に戻る日となった。
 本日は高原牧場を見学、そして「小さな絵本美術館」に寄って茅野駅に出ることとする。
Nさんの庭にある沢  朝食前にNさんの別荘地に流れる沢に降りてみた。八ヶ岳からの水であろうか、勢いよく飛沫を上げていた。奥様の 話ではビールでも西瓜でも流れに浸けておけばすぐに冷えるそうだ。こんなそばに流れがあるのに、あまり湿気を感じない。 高度の所為かも知れないが、大変気持ちの良い別荘地であった。
 Nさんご夫妻には大変ご迷惑をかけてしまった。さらに来合わせていた、お孫さんのまいちゃんにもお世話になりました。 現代の女子高生にも、純真な、そしてご家族に素直な子供達がいるのだと大変安心させて頂いた。


 白樺に葉づれの楽や夏深し  光晴

 Nさんにはお別れを告げ奥様の運転で牧場に向かった。
 この牧場は八ヶ岳中央農業大学校の付属らしい。お土産即売場には野菜や乳製品、パンなど売っていた。その中に 木苺のジャムがあったので、山道で若かりし頃見つけては食べたことを思い出し、友人へのお土産にと買い込んだ。
牛はのんびりと行動していたが、一頭の牛が近づいてきて大きな目でじっと私を見つめた。その瞳は絶対に何かを訴えて いる目であった。


  傷秋や牛の瞳に見つめらる  光晴

 この牧場からは諏訪神社の御柱を運ぶことから、御柱街道と名前の付いた道をしばらく下ると、 雑木林の中に「八ヶ岳小さな絵本美術館」があった。
 この美術館は、絵本作家のさとうわきこさんが主宰するそうで、本館が諏訪湖畔にあるそうだ。
  私には読んだ記憶は無いが、堀内誠一さんの「えほん原画展」を開催していた。やはり子供連れが大半であったが、 絵本をこの年になって見るのも郷愁があってなかなか良いものだと感じた。大きなおなかの女性が、ゆっくりと 一人で見て回っていたのが非常に印象的であった。
 今回の旅はこれで終わりとなるが本当に久しぶりに山に呼んで頂いて良かった。Nさんご一家に感謝、感謝である。
 八ヶ岳ははやくも夕霧か雲かに覆われ初め薄墨色となっていた。
 

  色白の妊婦避暑地の美術館
「伊吹嶺」伊吹集11月号収載

  夕霧や八ヶ岳の山々モノトーン  

  赤蜻蛉旅の終はりの駅にベル 光晴

夏の美濃戸口逍遙  完
(2004,08)


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