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 また明治維新後には皇室の御用邸として使用され、迎賓館としても使用されたが、その建物はない。 同様に観音堂があったようだが、礎石すら廻りの走り根が磴の上に蔓延り見ることが出来ない。
 なぜかパワースポットとして若者に売り込んでいるようだ。

 馬場跡の崩れし土手に野紺菊

 観音堂跡の走り根秋深し


 この鴨場は庚申堂池にある。覗き穴はこちらは長方形であった。餌付けした家鴨を板木を鳴らす ことにより、条件反射付けして溝に呼び込む。つられてやってくる鴨を網や鷹で捕獲するのんびりと した猟である。
 この辺からは当時は東京湾が広がって、風光もさぞやと思われる場所である。

 叩きみる鴨場の板木秋乾く

 上げ汐に鰡飛ぶ池の静けさよ


 昔将軍のお上り場だった近くに、今は水上バスの乗降場がある。いろいろな形の船が寄るので、 ここから海を見ていても楽しい。先にも書いたがエイには温暖化をしみじみと感じさせられた。
 また、水溜まりで水浴びをしていた6、7羽の四十雀を野良猫が狙っており、まさかと思った矢先 1羽を物にしてしまった。生存競争の摂理も見せつけられた一日であった。

 エイ泳ぐ水上バスの停留所

 一瞬に小鳥捕る猫秋寂びぬ

 秋の浜離宮の呼び物の一つが黄花コスモスの群生だ。黄花コスモスは中南米の原産でいわゆるコスモス とは種が違うのであるが、こちらは強さを感じる花で、コスモスの嫋やかさはない。今回浜離宮には コスモスも多く植えられ中でも変わり種があって面白かった。

 浜菊や灯台跡の空青く

 コスモスの吹かるる形に咲きにけり



吟行2012,10,22


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