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身邊近事          武藤宏樹

春 秋     昭和十九年七月発行
           綜合詩歌改題 第一卷 第一号 七月号
  久々に友と酒くみ雨の夜を白金泥の經の話しす

  初等科に入学したる子の姿つひに見ずして月越えむとす

  戰はたけなはなるに咲きみだる多摩墓地の櫻見て歸りけり

  大方は浅き意欲にとどまりし受驗作文みつつしつかる

  眞實を稀には書ける者ありて二千餘りの作文考査し終へぬ
  

近 作           武藤宏樹

春 秋     昭和一九年十月発行
             第一巻 第四号 十月号
  裏庭の防空壕に筵など放りこみをる母の聲きこゆ

  私のことに拘り生きをりと夜半に目覺めて鋭く思ふ

  疎開せし子の捨て置きしクレヨンを
            老母(ばば)は集めて箱に入れをり

  乳母車三輪車など片付けし玄關先に吾が靴を穿く

  若き補充兵國民兵に混じりつつ吾も訓練す夜間對戰車攻撃

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