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 蘇鉄生ゆ開山堂は西日中

 木下闇卒塔婆百基苔生せり

 夏つばめ心字なぞりて池の上 
21年伊吹嶺誌9月号遠峰集収載

 絶対に見落とせないのが、この内藤家歴代の墓。宅地の間に、どこか異国の遺跡を思わせる二〇〇基ほど の墓が並ぶ。とてつもなく大きい。日向延岡の領主内藤家歴代の墓所で、江戸の霊巌寺から移されたものである。
 夏草が茂り、何の手入れもされていないが、これがさらに思いを深くさせる。

 遺跡めく墓標二百や夏の草

 空梅雨や領主の墓の供花涸れて 

 本堂裏手からの眺めである。内藤家墓所から材木座海岸に出て汐風を満喫。最後に補陀落寺に立ち寄る。
 補陀落(ふだらく)とははるか南方の海にあるとされる、観音浄土のこと。そんなことを考えると白い 立浪草が波立つ海にも思えた。
 最初にも書いたが、材木座は若き日の青春の一ページでもあり、慎太郎の「太陽の季節」にも通ずる 懐かしさを胸に抱いて帰途についた。

 鎌倉武士闊歩せし地や群はちす

 立浪草揺るるばかりや補陀落寺

 若き日の在りし湘南大南風 

[了]
吟行2012,5,24

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