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向島界隈(隅田川の春)
撫牛の赤きまへだれ風光る
2007年7月号伊吹嶺「伊吹集」収載
隅田川
今年は暖冬で桜の開花はだいぶ早いのではないかと予測を付けて3月23日に隅田川での墨堤
お花見吟行を計画した。
残念ながら、前2,3日が寒くなり、川縁の染井吉野は午後になってやっと開花宣言の十輪ほど
がそれぞれの枝に開いたのみであった。
現地で以前の花見を思い出して作句したものもあるが、やはり迫力不足となってしまった。
31日に深川の友人宅に招かれ、大横川の桜を観賞することが出来た。大横川は隅田川の支流で、
深川で括れば同地域になる。最後の写真がそれである。
好天に恵まれた隅田河畔は花見客が大勢繰り出し、弁当を広げる頃には、あちらこちらで車座を
見ることが出来た。
行き交う水上バスや、鴎を眺め、上げ潮になって上ってきた海の香りを吸い込んだ後、撫牛で有名な
牛嶋神社を参拝する。撫牛は、おびんづるさんと同じで、自分の悪いところを撫で、石の撫牛を撫でる
と御利益があるそうだ。また、子供が生まれたとき、涎かけを奉納し、これを子供にかけると
健康に育つとも言われ、真新しい前垂れが掛かっていた。
この神社には、狛犬と並んで狛牛と言うかどうか判らぬが精悍な牛の守り神も鎮座していた。
花見舟水上バスとすれ違ふ
墨堤の泥にまみれて仏の座
揺るる藻と見えしは蝌蚪の大集団
三囲(みめぐり)神社も近くにある。裏手の小菜園では豆の花(正確には
豌豆の花)も咲いていた。
名前の由来は、600年も前の文和年間、近江の三井寺の僧源慶が東国を巡礼し、隅田川の
ほとりに荒れ果てた小祠を見つけた。
弘法大師ご創建の由緒ある祠であると聞き、再建に着手、地面から白きつねにまたがった神像を
発見した。そのとき白きつねが現われ、神像のまわりを三度めぐって消えた。この故事から
「みめぐり」と言われるそうだ。また、江戸時代に芭蕉の高弟宝井其角が、雨乞いする村人にかわって「夕立や」と発句したところ、翌日から
雨が続き、農民の苦難は救われたと伝えられている。こうしたことから三囲神社を俳諧の霊場と
呼ぶこともあるそうだ。他に西山宗因、富田木歩など多くの句碑がある。
神主の小さき農園豆の花
2007年7月号伊吹嶺「伊吹集」収載
花街の包丁塚や百千鳥
夕日透く大川端の糸柳
この辺は向島の花街に近い、今でも検番もあり向島芸者もいるようである。
この時期特に有名になるのが、長命寺のさくら餅である。さくら餅の葉は塩漬けにされて
大変美味しい。
食べるさくらの葉は染井吉野はだめで、花の白い大島桜なのだそうである。
染井吉野は未だしであったが、木蓮、
芽柳、雪柳、
豆の花や仏の座
まで沢山の花を楽しむことが出来た。
そして染井吉野は31日に楽しませて頂いた。
ホームページ見開きの写真も、この大横川。
大横川は永代橋の下流すぐに隅田川に流れ込む。また、そのすぐ傍の三角州が佃島となる。
[了]
吟行2007,03,23
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