第三泊より第五泊
第三泊目。秋田。翌日大館を経て花輪線により毛馬内より十和田湖畔に出づ。湖を渡り逍遙しばらくありて
再び休屋に戻り第四泊は静かにこの山間の湖畔にねむる。月よし。
第五日目。十和田神社に参拝、昼よりそのかみ大町桂月をして嘆賞せしめし奥入瀬の渓谷を下る。但し
自動車なりし為、送中の風景も忽ちにして過ぎ馬の名所三本木に着。この夜は盛岡の駅前に第五泊の宿を
とった。以上二,三日は蕉跡と関わり薄き故省筆す。
中尊寺、毛越寺
第六日。盛岡出発前の一時間を割いて厨川の柵阯見学。前九年役の往時をしのんだ。砦あとに立って
北上川を老杉の樹の間に眺め美しい小鳥の囀りにほんの一,二分恍惚となる。印象深き一,二分ではあった。
盛岡駅より平泉に下車。中尊寺見物、「奥の御(みたて)」の藤氏三代の栄華。山間の僻地一朝にして
奥羽五十余郡の主都となる。しかもその滅びのすみやかにしてわびしき。さまざまの歴史は芭蕉翁がこの
山に杖を引いてより私たちには又ぐかい所縁の地となったのである。金色堂、経堂は芭蕉翁当時のものと
同じだというので親しみは殊更である。紺紙金銀泥の一切経その字間行間に妖しき空想の気ただよい、暑熱
も此處ではいつしか冷えてゆくのであった。杉木立の中に建つ寂びた御堂に昼間の月を、ありやなしや振り仰いで
五月雨の降りのこしてや光堂 芭蕉
の句碑を蝉しぐれ繁きが中に白日の夢ではないかと眼を懲らす。