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面 影          武藤辰男

短歌生活  第二卷第九号 九月号   昭和四十四年九月発行

  知らぬひの筑紫ゆきたり故ありて駿河の人に嫁ぎたりとふ

  賑はひの巷に出でていとせめて
             面影に似しひとを求(と)めしか

  命死なむと言ひたる人もながらへて3DKにいま住むといふ


   あとがき
 以上が活字として残されている父の短歌のすべてである。
 戦前の昭和十八,九年は言論統制、軍部とのせめぎ合いの中に心の叫びを抑制しつつ、それでも僅かに 反戦の気持ちが出ているのがよく解った。
 さらに統制は紙にも及んでおり、紙質は悪く、少しでも多くの作品を載せようと、活字も9ポイントと 小さく、ルビも虫眼鏡がないと讀めない。ページ数も20ページ程度となっていた。それでも弾圧に寄る ものか、どんどんと統合を繰り返していた。
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