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讀史雜抄          武藤宏樹

日本短歌 昭和十七年九月号収載

  日本書紀かき傳ふるは太子(みこ)うせて
       この天(あめ)が下凡(おほ)に闇(くら)しと

  みことのり承けて必ず慎むに
             君臣天地四時(しいじ)したがふ

  蝦夷(えみし)らが火に投ぜしを船史(ふねのふひと)
                燼豫の國記とりいでて献す

  あらたしき胎動うちにひそめるを
          知らざるものは沈淪(ほろび)ゆきたり

  ときすでに新態勢は決しゐて
            ふるきに泥(なづ)む人ほろびゆく

  八人の訟(そ)をききわけてあやまたず
                  裁き斷じぬ聖徳の太子

  「一つには和二つには敬三つには謹」
              十七條や大きまつりごとの章句

  史と傳と相ひ異なるをあやしまず
           或は戰死すといひ異國に渡るともいふ

  橘の王妃の願きこしめし作らせ給ふ天壽國曼陀羅

  ほろびゆく時勢(ときよ)に立ちて身をつくし
                名をとどめざる人も多かり

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